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最近の運動といえば、はなちゃんの散歩。最近はちょっとだけ遠回りして、「六間川」の川沿いの細い道をてくてく・・・まわりはたんぼと畑で、白い鷺や灰色の鷺や、雀や・・・そして用水として使われているので、流れが非常にゆるやかなためかなんと!かるがもの親子まで!お母さんのあとを必死でついて泳ぐ四羽の子がもが、なんともかわいい~~!「はな!見てごらん!かるがもだよ~」と言っても知らん顔で草むらをかぎまわっている。向こう岸についたかもの子どもたちは、首をのばしてはっぱをついばんでいる。それを見守るお母さん。3日に一度くらいの割で見かけるのだが、もうすっかり大きくなってお母さんの2/3位の大きさになっている。元気に大きくなってね~!はなと言えば、先日深山公園のドッグランに行ってみた。中・小型犬専用のドッグランにはいったので、周りにははなより小さい犬ばかり。でも日ごろ他のわんこと出会うことがなくて、犬が苦手なはなはひたすら逃げ回っている。ミニチュアダックスの男の子がお尻をくんくんするので「なにすんのよ~」と逃げるのだが、むこうはかまわずお尻に鼻くっつけてついてくるので、二匹でぐるぐると回るばかり。しまいには「がうっ!」と一喝。だめだこりゃ・・・でも走って逃げる犬をみると、とたんに勇ましく追いかけたりしてなんて臆病なやつなんだ!同じトイプーちゃんも何匹かいたのに、お互いに知らん顔。みんな自分が犬だと思ってないのかもしれない。やはり小型犬はいつもおうちの中にいるんだもんね。なんだか私たちも、子どもの公園デビューにつきあう親の気分。6月とはいえ日向はかなり暑いので、(毛むくじゃらのはなはもっと暑かろう)そうそうに退散。公園の中にはドッグランの他にも、子どもの遊具広場や有料の「英国庭園」などもあって、入り口の方には「道の駅」でいろいろ美味しそうなものも売っている。子どもたちが大きくなってからは、こんな公園に行くこともなくなってしまったのでたまには三人目のやんちゃ娘を連れて出かけるのもいいかもしれない。
2009年06月22日
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とってもとても久しぶりに日記を書きます。ブログなるものに初めて参加したのがこの楽天ブログ。中学生のころから大学を卒業するまでは日記をつけてて、学校の友達と交換日記をしたりしてたあのころを思い出して・・・でも、ネットのブログって自分の書いた文を誰か知らない人が読んで、それにコメントを返してくれたり足跡や他の人のブログの書き込みからたどり着いた人とブログを通して友達になったりできる。色々な所の色々な人・・・海外在住の人とでさえ簡単に話ができるなんてなんだかSFの世界みたい。私が彼女に出会ったのは悩める東大生のブログの書き込みをたどっていった先だった。だんな様の海外赴任に伴って海外にいる彼女には大切な自慢の息子さんがいて、海外での日々の暮らしや、息子さんの成長、彼女の悩み苦しみ・・・まるで隣にいるかのようにありのままの姿を語ってくれた。かわいい猫ちゃんや暮らしている街の四季を撮った写真。行った事もなくて、きっとこれからも行くこともないだろう街がすごく近くに感じられる。彼女の文章も、写真も、明るくて美しい。過酷な環境を微塵も感じさせない。会ったこともないのに、会えばきっと抱きしめてしまうだろうと思うくらい大好きな彼女。たかが文章、たかがブログ。でも・・・不特定多数の人が自由に閲覧できてどこの誰ともわからずに、匿名で書き込みができる。同じ文章でも、人を傷つけることも慰めることもできる。書く人の真意が正しく伝わるかどうかはそれを読んだ人の感じ方しだい。直接の会話だと、売り言葉に買い言葉でけんかになっちゃうかもしれないけど、その場で謝ったり誤解を解くこともできる、かもしれない。ブログだと少しタイムラグができてしまう・・・表情が読めないぶん、相手がどう感じているかがわかりにくい。取り繕った文章がまた誤解を呼ぶかもしれない。文章にすることによって自分の気持ちを整理したり、冷静に考える事ができると思っていた。自分を知ることができると思っていた。ブログなら、それを他人に読んでもらって第三者の目で見てもらえる。自分の文章がどんな風に見えるかを書き込みをしてもらうことで知ることもできる。ネットはまさに諸刃の剣だと思う。文章を書くことを仕事にしている人は評論やら批評やら、常にそういうことにさらされているんだろう。「そんなつもりじゃないのに」「誤解を招くようなことを書いてしまったのだろうか」しまった、と思っても世に出た文章はもう取り戻せない。消し去ることはできない。ネットで文章を書くということは、小説家でもなんでもない、ただの一般民間人の私でも、「自分の書く文章に責任を持たないといけない」ということなんだろう。そんな世界には足を踏み入れたくないという人もいるのに勝手にブログにその人のことを書いてしまって他人からそのことを知らされてびっくり・・・そんな大失態をやらかしてしまった私。自分のことならともかく、他人のことをブログに書くのはその人の了解をとってからにするくらいの慎重さが必要なのかもしれない。その人に許してもらえるかどうかわからないけど、こうしてブログを再開したのはネットで知り合った彼女に、私の気持ちを知ってもらいたいから。直接会うことができないのでせめてネットを通して彼女に言いたいことがある。私はここにいるよ。失敗もするし落ち込みもするただの人間で、それでもきれいなものを見ると感動する心を悲しむ人を見て涙を流す心を忘れないでいたいと思う。きっとあなたと同じ人間なんだよ。ただの文章なのに、ただのブログなのにその人の性格や感情が伝わってくる。私には思いもつかない考えや経験しようもない体験を知ってその思いを共有することもできる。諸刃の剣だからこそ使い方しだいで世界を切り開くこともできるのだと私は信じていたい。
2009年01月21日
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受験も後半を迎え、もうすぐ二次試験前期日程! あえてその話題は先送りにして・・・ 車の中でラジオを聞くという巴里雀さん。 私もたいてい車に乗るとオーディオタイム。 なかなか家でゆっくりとCDを聴く暇が無いので、 一人で新譜や好きな曲を聴く貴重な時間だ。 そしてバンドのヴォーカル練習の時間でもある。 (対向車や平行車の人が不審がるかもね) ラジオで楽しみなのは、自分では見つけ出せないであろう 知らないアーティストを紹介してもらえること。 本当にたまたま、偶然その時間帯にラジオをつけていたから 出会えたアーティストというのがけっこういる。 これもきっと運命なのかしらと思う事もある。 今はどんなアーティストもTVで見ることができて PVもあって、 昔みたいに「どんな人なんだろう?どんな演奏をするんだろう?」 と、勝手に想像することもあまりなくなったけど、 ラジオで声だけきいていると、人によって曲によっては いろんなことが思い浮かぶこともある。 声を聴いただけで、その後その人の写真なんか見て 想像に近いと思ったり、思わぬギャップに驚いたり・・・ それも一つの楽しみ。 小説なんかを読む時も もちろん自由自在に空想して楽しむのだが、 最近は売れている本は必ずといっていいほど映像化される。 もちろん私個人の想像と、映像を作る人の想像は ちがう人間だから違うのがあたりまえで、 「イメージと違う!」なんてココロの狭いことは言わない。 ことにしている。 もちろん私だって、 小説のなかの登場人物を想像するときに 俳優さんのイメージを重ねたりすることはある。 映画化されたものをみて 「私だったらこの人にやってもらって、この場所はこんな感じで・・」 なんて違った映像を想像してみることもできなくはない。 でも、できるなら先に原作を読みたいものだ・・・ しかし、最近のDGや特殊撮影の技術はものすごくて 特にファンタジーものなんか、あまりのリアルさに 現実のものかと思えてしまうほど。 いい年した大人なら、「すごい技術だなあ~」なんて ちょっと離れてみることもできるけど、 子どもにとってはこれはちょっと行き過ぎなんじゃないかと 不安になることがある。 本を読んで想像するよりも先にこんな映像を見せられたんじゃ 本を読む楽しみを半分奪われてるような気がするんだけど・・ うちの子がまだ小さかった頃、 レンタルでディズニーの「ファンタジア」を借りて見たことがある。 この映画は物凄く絶賛されていたので。 しかし、ビデオを見て「こりゃヤバイ」と思った。 できすぎている。完璧に出来すぎている。 ベートーベンの「田園」とか ポンキエッリの「時の踊り」 だれだっけ?の「魔法使いの弟子」等等・・・ 映像と音楽が違和感なく似合っている。 大人が見るぶんには大変よろしいと思う。 しかし、これらの曲を聴いたことが無いうちの子たちに これを最初に見せるのは非常にはばかられた。 「魔法使いの弟子」を聞くと必ず ほうきがバケツをもって歩く姿が思い浮かぶんじゃないか、 この曲のイメージがこれで固められてしまうんじゃないかと 不安になってしまったのだ。 いまや、うちの子も本を読むよりも 映画やTVドラマを見る方が多い。 昔は実写にするとブーイングの嵐だった漫画も 小説に負けないくらいドラマ化されている。 花を背負っているような超美形の少女漫画の主人公でも やってしまえるほど、最近の俳優さんは綺麗な人が多いものね・・・ 目から入る情報は大きい。 そして長く残る。 文章よりも映像の方が早く入ってくる。 他の感覚よりも優先されてるような気がする。 できるものなら目だけでなく 聴覚触覚臭覚味覚 他の感覚も豊かになってほしい。 たまには目から入る情報をシャットアウトして 耳を澄ませてもっと微小な情報もキャッチしたい。 目を閉じて見えない映像を想像したり、 聞こえない音を想像したり そんな楽しみは自分だけのものだけど、 そういう積み重ねから想像力だけじゃなく 創造力もできてくるんじゃないかしら。 とりこんだ情報を自分のなかでゆっくりと 整理したり吟味したりする時間も持ちたい。 そうやって心の奥深くに蓄積された情報があってこそ 新しい信号をキャッチするアンテナが伸びてくるのだと思う。 天から啓示が降って来たりするかも・・・! 例によってとてつもなく話しが飛躍するのが 私の癖です。
2008年02月20日
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今朝の新聞の読者投稿欄にのっていた中学三年生の書いたおたよりから・・・3年間学園祭の舞台で演劇をやった。みんなの前で大きな声で演技をするのははずかしいけど、やってよかった。それはなんでかっていうと、たくさんの人に私の存在を知ってもらえたから。大勢の人に自分の存在を知ってもらうことそれは私の「小さなしあわせ」そんな風に書いてあった。なんてシンプルな理由!そう、私もきっとそうなんだ。「私はここにいるよ」「こんな風に生きているよ」それを知ってほしくて舞台に上がる。自分が幸せになるために。歌ったり踊ったり、演技をしたり演奏したり絵を描いたり物を作ったり何かを成し遂げたり、成績を残したり「人に見せる」ための舞台の上で自分を表現する方法を見つけた人は幸せだ。そして、表現するということは自分を知ってもらうだけでなくその手段となる歌や演劇を作った人のことも伝えることになる。それは作った人が死んでしまった後もそれを表す人がいる限りずっと消えずに残っていく。その思いは永遠に生き続ける。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・死んだ男が残したものは・・・・死んだ男の残したものは一人の妻と一人の子供他には何も残さなかった墓石ひとつ残さなかった死んだ女の残したものはしおれた花と一人の子供他には何も残さなかった着物一枚残さなかった死んだ子供の残したものはねじれた足とかわいた涙他には何も残さなかった思い出一つ残さなかった死んだ兵士の残したものはこわれた銃とゆがんだ地球他には何も残さなかった平和ひとつ残せなかった死んだ彼らの残したものは生きてる私 生きてるあなた他には誰も残っていない他には誰も残っていない 作詞 谷川俊太郎 作曲 武満徹誰にも知られずになにも残さずに死んでいった人もいる。だけど、それを知ってほしくてうたを作った人がいる。そしてそのうたを歌う人がいる。うたを聞いた人の心にはきっと何かが残っていく。耳を澄ませて遠い声を聞くことができる人。それを形にすることができる人。人に伝えるために、それを表現する人。創作者と表現者、そして観客。その思いがシンクロするとき、それは無上の喜びだ!やっぱり舞台って・・・ステキ!
2008年01月16日
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先週末はバレエ教室の発表会。金曜日からリハーサルでホール入。土曜日は子どもたちもリハに入り日曜日の本番に向けて気合が入る。楽屋に入ると、気持はダンサー!(カラダは・・・?)今回はいつものホールより少し小さいのだがその分客席も楽屋も舞台に近くて、なかなかアットホームな感じ。いつもは教室が違うのでなかなか会えないメンバーともすぐに毎日一緒にいるかのようなわきあいあいとした雰囲気になる。同じ目標、同じようにバレエがすきという気持が年や仕事や、環境を越えて「同じ仲間」になれる。私みたいな初心者でも、小さい頃からバレエを習ってきた上級者と同じ舞台に立つということで仲間として受け入れてもらえることがなによりも嬉しい。今回子どもたちの発表とクラシックは第一部コンテンポラリーと大人の演目は第二部という入替制の公演になった。大人たちの舞台になると、みんな慣れているというか自主性があって舞台での自分の場所とか出るタイミングとか先生にいちいち指示されなくてもやるべきことがみんなわかっている。今回もおっと目を引く照明の中いつにも増してみんなの踊りが輝き出す。自分の意思で自立して踊っているという感じ。これも先生の指導の賜物。すばらしい育て方だと思う。子育てや部下育ての参考にさせて頂きたい・・・発表会に出て踊ることももちろん好きだけどこんな、舞台が出来上がるまでの色々な動き、監督さんや裏方さんの仕事を見ること、要するに「舞台」というものがとても好きだ。この大きな輪の中に、自分もいるということがすごく楽しい、嬉しい。だからやめられないんだよね・・・当日朝は、2部にしかでない私は子どもたちのメイクや衣装がえのお手伝い。ベテランのお姉さんでさえやるのをためらうアイライン引き。「いえ、私はいいです」なんて後ろに下がらないでよ~!メイクの仕上げのNさん一人じゃ間に合いそうにないのでしぶしぶ私もお手伝い。私の後ろでは、子どものお母さんがわが子のメイクが出来上がるのをじっと見ている・・・プレッシャー!!そして、何人かやってみてわかったののは一重まぶたの子の方が、メイクしやすい!変わり映えがする!お母さんが喜ぶ!そんなこんなで、有無を言わせずメイクも終わり!きれいなチュチュを着てはしゃぎまわる子どもたちを舞台袖に連れて行き隣の子にちょっかいを出してけんかになるのを止めながら衣装を取替え、髪飾りを取替え無事に第一部も終了。子どもたちも3回目の発表会くらいになると見よう見まねで自分でメイクしたり、着替えもお互いにやりっこしたりする。そして舞台袖に行くと真剣な表情で出番を待つようになる。もうりっばなダンサーだ。今は大人になったお姉さんたちも先輩のやってるのを見ながらこんな風にして育っていったのだなあと、しみじみ・・・している場合ではない!夜になれば、今度は私も出るんだから!自分の舞台に集中!!メイクして衣装に着替えてダンスシューズをはいているとだんだん日常を忘れて舞台に入っていける。舞台の袖ではベテランも新人もみんな同じように緊張している。さあ!舞台の幕が上がる!・・・そして・・・・あ~今回も楽しかった!思うように踊れたかどうかいつものようによく覚えてないけど(そして次回こそはもっと上手くやろうと誓うのだ)幕が降りた後の開放感は何物にも変えがたい快感だ。(そしてまた次の舞台にも出たいと思うのだった)楽屋でみんなで写真を撮って「愛人K」さん(役名)と「舞台はやめられないよね~」と同士の誓いをたてるのであった・・・カラダの動く限り細々とレッスンを続けて前回よりは上手くなれるようにがんばりますから、先生!次は何をやるの~!?
2007年11月22日
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小さい頃習いたかったクラシックバレエ。近くに教室もなく、大人になってから始めるのは無理だと言われて当時流行っていたジャズダンスなんぞをやってみたりした。娘が生まれたら絶対に習わせよう!と心に決めてはや幾年・・・念願の娘に恵まれ、赤ちゃんの頃から洗脳し、「バレエやってみる?」ときいて返事を待たずにバレエ教室に放り込み娘が1人でレオタードを着られるようになったのを見計らい「先生、私も一緒にレッスンしていただけませんか?」かくして私の熟年バレエ修行が始まったのであった。ジャズダンスでも、多少のバレエっぽいレッスンはあったがすべてフランス語のバレエ用語とその動きを一致させることはもとより一番の難関はワルツの三拍子に合わせて踊ることだった。日本人のDNAに三拍子は組み込まれていない!ついつい4拍めを期待してしまうこの体。足を付け根から外に向けることとか身体を上に引き上げることとかいままでの生活の中にはありえない動きがいっぱい・・・なるほど小さいうちから習うのにはこういう理由があったのか。しかし、イメージトレーニング歴は長い。あこがれ続けたバレエを踊れる喜びの方が挫折しかける弱い心に打ち勝って気がつけばバレエを始めて7年が経過!(その割には技術は低迷している・・・)なんとかワルツにもついて行けてるような気がしなくもない。(音を無視しているといううわさもあるが)そしてバレエスクールの発表会に出演させてもらうのもこれで4回目となった!(ぱちぱち)今年の発表会は来る11月18日。本当に「おまけ」出演ではあるが、今年もちゃあんと役柄をもらって存分に個性を発揮できるように取り計らってくださるK先生。受験生の娘は今回の発表会はお休みするというのに母は呑気に踊っております!「え~んかぁ・・・」(岡山弁でいいな~の意)と恨みがましい娘の目をものともせず「ねえねえ、もっと派手な首飾りの方がいいかなあ?」などと尋ねてさらにうらやましがらせてたりして。(鬼母)しかし、ふと気が付けばあと二週間で本番ですがな!さあキャラクターをさらに際立たせるような小物を買いにいかなくちゃ!ヘアメイクもかんがえなくちゃね。今回は高ピーでお金持ちのマダムですからね、おほほほほ(・・踊りの練習は?!) ・・・告知・・・11月18日(日)岡山の市民文化ホールで昼夜二部構成で行います昼は子ども中心の創作とクラシックバレエ。私が出るのは夜の部(別名コンテンポラリーの部)ですが、中心メンバーは小さい頃からバレエを踊ってきた由緒正しいバレエダンサーたち。トウシューズを脱いで思いっきりはじけている美女たちの踊りを存分に堪能できると思います。「えっ?あれが・・あの・・?」昼の部で気高いお姫様のようだった○○ちゃんが夜の部ではありえない芸名とともに別人のようなキャラをお見せできるなんてこのバレエスクールをおいて他にはありません!夜の部は午後5時会場、5時半開演見てみようかな~という方は私にメッセージをどうぞ!
2007年11月03日
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TVを見ていてドヴォルザークの交響曲第九番「新世界」の第四楽章が流れたらそれはスズキSX4のCM。プラハの街を走る赤い車と国立劇場で指揮をする、西本智実さん!!す・て・き~~!目が釘付けでしゅ!!http://www.suzuki.co.jp/dom4/senden/index_sx4.htmますますご活躍の西本さん今年はベルリンを拠点に、ヨーロッパのオーケストラの指揮をして日本でも数々のコンサートを行っている。あの痩身のどこにそんなパワーが隠れているのでしょう?!車好きの息子のYUが「おっ、西本さんだ。かっこええ~」知ってるの?さすがわが息子(親バカ)そう、やっぱそうだよねっ!!車もいいけどここは西本さんの勝ち!「いいなあ~こういう男前の女の人あこがれるわあ~」という娘。うんうん!私もそう思う。私が家で写真集やらDVDやら並べているからかしら。いやいや、いいものは誰が見てもいいのだわ!次回のコンサートには親子3人で出席か??はやく自分でチケット買えるようになってね
2007年10月26日
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お彼岸の連休は岡山でライブ三昧。 22日土曜日は岡山城天守閣広場にて 「フォーク・ジョイントコンサート」 出演・猫・ばんばひろふみ・杉田二郎 このメンバーがわかる方・・・あなたは1950年代生まれですね?! 私は違います!でも主人がどーしても見たいというので ついて行ったのです。 なのに・・・当時の彼らのヒット曲が全部歌えるのはなぜ? 真夏のような炎天下の広場で おじさんおばさん(学校帰りの喫茶店でギターを弾いてみんなで歌っていた、そんな青春時代を送った方々) なつかしそうに歌っておりました。 「みんな、無理するな。倒れるなよ」 と、何度も出演者に言われながら・・・ さあ、彼らの代表曲 「地下鉄に乗って」「いちご白書をもう一度」 「戦争をしらない子どもたち」 みなさんご一緒に そして夜は桃太郎スタジアムでの 「岡山国際音楽祭オープニングコンサート」 のチケットが手に入ったので のこのこ出かけて行った。 地元出身の歌手から、海外ミュージシャン。 演歌、ジャズ、クラシックと 次から次へと赤いじゅうたんを通って出てくるみなさん。 多種多様なジャンルのこのコンサートは 脈絡のなさでは「紅白歌合戦」以上・・・ えんえん4時間にわたる「日本の歌、世界の歌」であった。 私のお目当ては「フライド・プライド」と「ドーリス」。 司会者のさっぶ~い親父ギャグに 笑うしかなかったドーリスが気の毒・・・ フライド・プライドは次の日に岡山でライブがあるので 主人に聴かせて、あわよくばチケットのスポンサーになってもらおうとの目論見。 ギターフリークの主人は思ったとおり フラプラのギタリスト「横田さん」の、 抜群のギター・テクに一発でK・O!! 帰ってから、即チケットを予約(やったぜ!) というわけで、メインは23日。 フライド・プライドのライブin MOGURA ギターの横田さんとヴォーカルのSHIHOちゃん デュオのこれは、フュージョン?ジャズ? とにかくしほちゃんの歌声はハンパじゃない! 目を閉じてたら黒人のジャズシンガーにしか聞えない。 パワフルでスモーキーでジャジーで はたまた時にはキュートで・・・ レインボウ・ヴォイスとも言われてる。 ジャズのスタンダードからポップス、ロック、 いろんな曲を彼らのアレンジで楽しませてくれた。 今回初めて日本語の曲も聴かせてくれた。 彼らの「リバーサイド・ホテル」を聞いてたら 井上陽水って・・日本人じゃないよなあ~と 思ってしまった。 今回はパーカションの「剛くん」か加わり、 さらにパワーアップ! ギターの横田さんもスパニッシュに、ジャズに ハードロックに、はたまた津軽三味線に なんでもやっちゃるぞ的なノリで もうお腹いっぱいになるくらい楽しかった!! お客さんの底なしアンコールに三回も答えてくれて、 ありがとう!お疲れさま! 横田さんは「岡山に住みたい」なんて言ってた。 なんでも岡山の空はお日様の臭いがするって・・・ 「岡山の空」コミュをお奨めしたい!! 帰りにCD買ってサインしてもらっちゃった。 「今度はぜひ倉敷に来てください!!」と 横田さんの手を、ぎゅうぎゅう握り締めてしまった。 Mr,Z!!彼らを呼んで~~!! ブラックステージでやってもらおうよ~!! 「フラプラを倉敷に呼ぶ会」作ろうかしら・・
2007年09月25日
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いや~昨夜の巨人VS阪神はすごかった~5時間近い延長戦。とらキチのうちの主人と義父は最後まで観戦して大喜び。この3連戦はたしかに面白かった!さて、娘たちの学園祭も無事に終わりあとは受験に向けて心置きなく勉強ができる・・ってか?今年も文化祭のバンドライブと体育祭を見に行った。高校生のパワーと集中力には恐れ入るばかり。ライブで飛び跳ねている姿は男の子のおっさんのような野太い声に似合わずけっこう子どもらしくてかわいい・・・体育祭では、3年生が中心になってマスゲームのようなものをやるのだが音楽編集から振り付け演出まで高校生とは思えない出来栄えに大きな拍手が起こる。4段のピラミッド、チアリーディングのように飛び上がったり音楽に合わせてうまく盛り上げることも忘れない。実行委員たちが、泣いたり笑ったりけんかしたり暴走したりしながら作った振り付けを、3年生が手分けして1.2年生に教えて広い運動場でみんなで表現する。みんな一生懸命踊って走っている。すごく真面目だ!衣装やボンボンを作りチームのアルファベットをデザインしたゼッケンを作りおそろいのうちわを用意し大きな手書きの幕をかけた応援席でみんな手を打ち掛け声をかけそしてまさに真夏の太陽みたいにはじけている。部活も引退して夏中補習に明け暮れていたのかと思いきや・・・体育祭の準備と練習をしていたのか・・・「けじめが大切!」という学校の方針で学園祭ではどれだけ盛り上がってもOK。やりたいだけやらせてくれる先生方の忍耐力と生徒を信じるその包容力には親としても頭が下がる。日ごろのうっぷんもストレスもこの3日間でわれを忘れて大騒ぎすることでか・な・り発散されたと思われる。私たち大人にも、いや大人にこそ、こういう機会は必要なのかもしれない。お酒を飲んで大騒ぎするよりずっと健康的だわ・・・学園祭には卒業生や退職した先生も来ておられた。体育祭の最後にチームのリーダーが集まって「僕たちはこの学校がだいすきだあ~~!」と叫び全校生徒が本部席の前に押し寄せて肩を組んで校歌を歌う。これも毎年自然発生するらしいが見ているほうも気持ちが伝わってきて涙が出そうになる。卒業しても見に来たい気持ちもわかる。・・・なんだかうらやましいなあ。「そんなに一生懸命にやるな」なんて言われた私の高校時代とはえらい違いや!校歌も歌えない生徒が大半のわが母校。ああ、灰色の高校生活がよみがえる・・・娘よ、先生は厳しいし勉強はきついだろうが思う存分高校生活を楽しんでおくれ。この時季はもう二度と訪れないのだから。「いい学校だった」と思える子ばかりではないだろうが今この時、この場所でしか出会えない友達がいること、同じ時を過ごし、共に泣き笑い苦労したその思い出はずうっと大切な宝物になるはず。やっぱり、うらやましい・・・私も今この時を大切にしなければ。
2007年09月10日
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夏ですね~ 暑いですね~ 猛暑日が続いてます・・・ 今日はお墓参りに行ってきました 明日からお盆休みで、子どもを連れて実家に行きます。 はなも連れて行こうと思ってます・・・! 最近乳歯が抜け始めていて やたらとなんでも噛み付いている彼女。 さて、どうなることやら。 昨日は久しぶりにいつもの美容院に行ってきた。 (最近、ライブの前にしか行ってないような・・・) 店長のお兄さんも、その奥さんも バンドをやっていると聞いてたので 昨日はバンドの話で盛り上がってしまった。 たぶん私より10歳くらい年下だと思うんだけど、 やはりバンドやってる人にとっては KISSやZEP、DEEPPURPLEなんがは もはやジャズでいう「スタンダード」と化しているようだ。 彼らは私の中高生時代の曲もよく知っている。 いつもは黙々と仕事をしてるお兄さんの前で うたたねをしている私も、 昨日はカットの手つきの鮮やかさに見とれつつ 最後は手櫛でかろやかにセットしてくれるまで しゃべり倒してしまった。 あ~楽しかった! そして、涼しげなへあすたいるになって 満足満足! ブラックステージの開店が延期になってしまったので 結局いつものREDSTAGEでライブすることになった。 狭くて暑いけど、ガールズパワー炸裂でいくぞ~! ライブまで後2週間・・・! 練習の回数も増やしたので、 なんとかなりそうな雰囲気になってきた、かな? あとは暗譜と歌詞の暗記をしなくては。 毎回なぜか3日前にならないと覚えられない。 そして舞台では開き直る私。 実はそうとう図太いのかもしれない・・・
2007年08月11日
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生後4ヶ月にして初のトリミング。やっと暑苦しい毛糸球からすっきりスリムないいとこのお嬢さんみたいに変身。トリマーさんにリボンやらつけてもらっておんなの子らしくなったではないか!でも中身は変わらない・・・触ると怒るし、むりやり抱き上げるとがるる・・・とうなるし。胴は短めにカットしてもらったのでなんだか艶のいい猫ちゃんみたい。みんなに褒められてわかってるのかわからないのかいつものように部屋中かけまわってこそっとなにかをくわえてきてはびりびりに破いて遊んでいる。「チョーダイ」と言ってもテーブルの下にもぐりこんでこっちを睨んでいる。子どもには厳しいお父さんもはなにはめっぽう弱い。ちゃんとしつけをしないと!(憎まれ役は私か?)
2007年07月28日
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先週末はライブ三昧! 土曜日は高梁まで娘と「吉田兄弟」のコンサート。 中学生のころ高橋竹山の津軽三味線を聴いて 目の前に日本海の荒波と燃える炎を見てしまった私。 TVで吉田兄弟を見て、ファンになった娘。 津軽三味線の音色に惹かれる気持ちは もしかしてDNAに組み込まれているのか? とはいえ娘は、三味線と洋楽のコラボとかに興味があるようで、 まあ、そういう風に邦楽も進化していくのは 良き事かもしれない。 彼らが積極的に全国各地、海外までライブをして歩くのは 「三味線というものを少しでも多くの人に知ってもらいたい」 からだそうだ。 これからどういう風に彼らが演奏していくのか、 もしかしたら伝統的な津軽三味線に戻っていくのかもしれない。 兄弟の超絶技巧には恐れおののくけど 私としては、やはり竹山のような魂を揺さぶる演奏には まだまだだね、と思うのである。 そして日曜日は・・・ うってかわって真夏の野外ライブ! 広島の山の中の広大な公園で 若者たちに混じって おばさんも飛び跳ねてきましたとも! おととしは家族みんなで見に行ったのだが 受験生のお姉ちゃんは泣く泣くあきらめ、 友達と行くんだ!という息子を 中坊だけで行かせるわけにも行かず、 朝も早よからツアーバスに乗り込み 帰ってきたのは真夜中だった。 会場の芝生広場は、炎天下で陰も無いので 一昨年なんかもう、しなびたきゅうりもしくは 干しすぎたアジの干物状態。 今年はダイヤモンドバリアの日焼け止めを全身に塗りたくり 大きなバスタオルを頭から被り うちわも凍らせた飲み物も ばっちり用意していった。 (そんな大荷物を持っているのは、やはりおばさんだけ・・・) だが今年は梅雨明けが遅れたため、 ちょっとの雨はあったものの ほとんど曇り空で、風も涼しくて おばさんにはうってつけの気候。 ひぐらしが鳴き、トンボがとんでいた。 こりゃええわ~ アーティストグッズを買うために二時間並び お目当てのグッズを買い込んで狂喜している息子とその友達。 しかし、その後入場してすぐに別行動をとったため 息子たちとは帰りのバスに乗るまで ずっと会えないで終わってしまった。 だって!ものすごい人、人、人!! 目立つようにと真っ赤なTシャツを着せておいたのに 会場で売っている某アーティストTシャツの中に 真っ赤なやつがあったのが運の尽き。 あっちこっちに赤Tが・・・ 「あれは茶髪だから違う、これは短パンだから違う、 あっちは女の子だし・・・」 蛍光緑にでもしておくんだった・・・ しかたないのであきらめて 1人で真夏の野外ライブを楽しむことにした。 大きな舞台とスクリーン。 地響きのようなバスドラムも、ギターの大音響も 野外なら大丈夫! この日の出演者は、ふだんTVにあまり出なくて そのぶんライブに力を入れているバンドばかり。 やっぱ、音楽はライブで見聞きするのが一番だ。 気持ちの伝わり方が違う。 息子のお勧めの「ELLEGARDEN」「BUMP OF CHICKEN」 やはり人気のバンドはすごいオーラだった。 ああ、私も若い頃もっと飛び跳ねておくんだった・・・! (飛び跳ねたけど) トリをとったバンプがやるころには 夕闇があたりを包み、舞台の照明が皆の姿を照らし出し、 広い会場が一緒になって揺れていた。 おととし初めてここでバンプを見たとき ヴォーカルの兄ちゃんは長い前髪で顔が隠れてて 一言もしゃべらずに演奏のみ。 飛び上がりもしないし、派手なアクションもない。 「ヒッキーかしら・・・」と心配したものだった。 今年はそれでも少しお話していた。 「みんな最後まで残ってくれてありがとう・・・」 なんて奥ゆかしいんでしょう。 バンプのグッズ売り場が一番の長蛇の列だったのに。 みんな彼らが見たくてここへ来たのに。 「会いに来たよ、会いに来たよ。 君に会いに来たんだよ・・」 と、彼は歌う。 バンプのヴォーカルの藤原くんは独特な声をしている。 彼もまた選ばれた人なんだと思った。 パンクありHRあり、ラテンあり 大音響にこぶしを振り上げ、空を指差し、飛び跳ねて 一緒になってライブを楽しんだ皆が 舞台の上のアーティストと一緒に 歌いながら一つになっていく。 ああ!やっぱりライブは最高!! 来年も・・・行くか!? そして真夜中に倉敷駅にバスは着き、 迎えにきてくれた息子の友達のお母さんに うちまで送ってもらって、 「どちらがお好きでしょう?これで元気になってくださいね」 と、ビールとスイーツまで頂いてしまった。 会場では全然お世話しませんでしたのに・・・すみません。
2007年07月26日
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日曜日に主人が、「はなを洗ってやろう!」というので初めてのシャワー敢行。お湯をかけるとあらら、なんてスリムなカラダ・・・足なんて細くて折れそうだ。もこもこの体毛のせいで太って見えただけだったのね~あんがいいやがらずにシャンプーさせてくれたけどぬれねずみのような体でリビングに駆け出していったので遊びに来ていたYUの友達が「きゃー」と叫んでいた。二人でつかまえてドライヤーあてると再びもこもこふわふわになった。あ~これで「はな、臭いよ!」とお姉ちゃんに言われなくてすむね。ついでに目の周りの毛だけ、主人がカットしてくれた。思ったよりも上手くできたので「はな、お父さんがカットしてやろうか」と、妙にその気になってしまった。やめて~!へたくそな庭木の刈り込みみたいにでこぼこになっちゃうよお~!早くトリミングにつれていかなくちゃ・・・!今日はバンドの練習日。ヴォーカルのスーザン(キャサリンだったっけ)がお休みのため、よっちの歌う曲を中心に練習。彼女はもともとボーカルやってたことがあるのだ。力強くて張りのある声なのでロックを歌うのに向いている。しかも、英語が上手い!昔やったことのある曲だったのであっという間に形になって、ザックも「いいじゃ~ん」と言ってくれた。彼女は、なにせ声がでかいので一緒に歌うと私の声なんか聞こえないくらい。彼女がヴォーカルやればいいのにと前から思っていたけど、本人は「ギターやりたいんだもん!」と言うのでたまにしか歌が聴けない。確かに自分でやるなら楽器の方が楽しいもんね。今回のライブでは、声質も、歌い方も全く違う3人のボーカルをお楽しみください。(私も1曲歌うの♪)夜はバレエのレッスン。今日は久々にK先生が登場。なにも言わないのに先生がいるだけで背筋がしゃんと伸びる。レッスンに行くまでは、娘と一緒に「湿気のせいかな、身体がだるいなあ・・」とふにゃけていたのに、レッスンが済むと汗かいてすっきり!身体が軽くなったような気がする。(体重も軽くなってるといいんだけど)11月の発表会には、受験生の娘に代わって私が出演することになったので(後ろの方に・・・)そろそろ身体を絞らなきゃね!
2007年07月19日
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幼稚園時代からの古~い友達と、久しぶりに会ってランチした。Eちゃんは同じ市内に住んでいるのに、お互い忙しくてなかなか会えないでいる。Sちゃんは実家のあるK町に住んでて、これまた忙しい公務員。Sちゃんは大学生になってから始めたクラシック・バレエをいまも細々と続けていて、私たち親子のよきアドバイザーでもある。彼女と話し出すと、2時間3時間は止まらなくなるのでよほど暇のあるときでないと、電話をするのもはばかられる。今日はゆっくりと、ランチしながらそのあとカフェでお茶しながら気がついたら4時間が経過・・・でも、楽しかった!子どものこと、仕事のこと、趣味の話女3人寄れば、話はつきない。小さかったこどもが成人式も終わり、下の子も大学生になり余裕のでてきたEちゃん。看護士の彼女は今、訪問看護で力仕事に励んでいる。昔からパワフルな子だったが、まだまだ元気いっぱいだ。バレエ友達のSちゃんは、ベテラン中学教師。うちの中坊のことも相談にのってもらう。いままで何度かスケジュールが合わずお誘いを断っていたので「Mちゃんはいつも忙しいね~」と言われる。まあ子どもがまだ学生だし仕事はしてるわ、踊ってるわバンドやってるわ・・・いろいろやりすぎ?ま、一度しかない人生だから悔いのないようにやりたいことはやっとかないとね!ということで、みんな納得。ますますパワフルなおばさん3人組である。思い起こせば数十年前、二十歳になったばかりのころ「いつかお金を貯めて3人でヨーロッパ旅行に行こうね」と誓い合った私たち。まだまだ実現しそうにないけどそれでもいつか・・・と皆ひそかに思っている。いろいろ物入りな毎日を過ごしている私にとってははるか遠い夢なのだけれど元気で働いていれば、いつの日かきっと・・・!バンド仲間とはNYライブハウスめぐりという夢があるし、またひとつ目標ができてしまった。
2007年07月16日
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介護事業で儲けようなんて・・・甘い!!確かに民間に委託した方が、よりよいサービスができるかもしれない。でも保険医療とちがって、簡単な資格取得だけで、だれでも事業所が起こせるから儲け主義に走ってしまう人も多いのかもしれない。ほんとうに困っている人を助けるために時間とカラダを使って働いてくれる人。キリスト教が浸透している欧米のボランティアと日本のそれとはちょっと違うような気がする。介護保険を使えば、助けてもらう人も心苦しい思いをしなくていい。そのためにできた介護保険なんだろうけどなんで日本人は「国のお金」「保険のお金」となると「使わなきゃ損」みたいに思うのだろう。取り残したらそのお金はいらないと思われて報酬が減らされるとでもいうのだろうか。そのお金がいったいどこから出てると思ってるの?請求が増えれば、お金が足りなくなって保険料が増えてしまうのに。「保険からお金が出る」といっても結局は利用者が払ってるのと同じなのに。そして、本来その報酬をもらうべきは現場で働く人のはずなのに。架空の人員を登録してまで介護保険を請求したりしてその分まで保険料を払ってるのは利用しているお年寄りなのに。介護の現場は本当に大変だと思う。体力も気力も人並み以上に必要だ。いつか自分もお世話になるだろう。その時にお世話をしてくれる人たちが、気持ちよく働けるようなそんな介護保険であってほしい。しわ寄せが行くのはいつも黙って耐えている真面目な人だなんて・・・!「私を必要としてくれている人がいるから」と、やめるにやめられず、働き続ける人。そんな人たちがいてくれるから、この世はまわっている。私は、そんな人を尊敬します。医療保険もいっしょだ!私も心して働かなければ。
2007年06月08日
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今日は初めての予防接種を受けるため我が家の愛犬はなを近所の動物病院に連れて行った。最近日増しに凶暴になっていくこのお嬢様がいったいどんなリアクションをするのか心配なような、楽しみなような・・・なにせ我が家につれて帰ってから初めての外出。キャリーを出して毛布をひいてやると「何なに?これ?」と自分から入っていく。何気なく扉をしめて車に積み込むとあれれと思ったらしく、ちょっと不安げな泣き声に。車が揺れるときゃんきゃん泣きはじめた。初めての病院に、緊張しているのか病院に着いたらおとなしくなってしまった。ここはかつて飼っていたうさぎを診てもらったところなのだが若い男の先生(と言っても、40代?)と看護士さん(動物病院でもそう呼ぶのだろうか?)が一人。うさぎを連れて行ったのはもう5年以上前だが病院のたたずまいも、内装も変わっていない。さて、診察台の上に乗せたとたんはなはぶるぶる震えながら先生の注射を持つ手を凝視。なかなかカンがいいやつだ。先生のやさしそうな外観にだまされたはなちゃん。ぐわしっと首をつかまれてぶすっと注射を打たれ「きゃい~ん!」とそれはでかい声を出した。これで終わりかとおもいきや耳の中の毛を抜かれ、中を掃除されダニの検査。聴いたことがないような大きな声でぎゃんぎゃん泣き喚くはな。しかし暴れようとするはなの首を診察台に押さえつけて先生は容赦なく施術。・・・さすがだなあ・・・最後には観念しておとなしくなったと思ったら診察台の上にうんちが・・・「そりゃあ、これだけやられたらおもらしもするわよねえ」と、看護士さんもくすくす笑っている。無事に検査もおわり予防薬をたらしてもらって今日はおしまい!だっこしてやると丸くなって先生をじっとにらんでいる。初めての試練を終えて帰ってからもちょっとほけっと脱力している。はなちゃん、がんばったね!我が家のYU君も赤ちゃんの頃予防接種であばれまわりポリオのワクチンを飲んですぐおえっと吐いた。「お母さん、ワクチンの前にお乳飲ませたらだめですよ」と怒られたけど、それは濡れ衣です!この子はお乳以外のものはみかんの果汁だろうが、白湯だろうが吐き出すんですよ~。一人分のワクチンを無駄にしたYUを看護士さんはうらめしそうに見てたっけ・・・そのYU君ももうすっかりでかくなったけどやっぱり注射はきらいなようだ。(あばれることはないけどね)はなちゃん、さすがに今日は疲れたようでベッドをひっくり返してあばれることもなくすでにぐっすりと眠っている。眠っていると天使なのは犬も子どもも一緒かな。
2007年05月21日
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人様の日記を読んでいて自分の子どもの頃のことをちょっと思い出した。私が生まれたのは県中央の鉄道も通っていない山の上の田舎町。ほとんどの家庭が農業従事者で給食の足しにと、大根やにんじんなどの野菜を持って登校している子を見ることもしばしば。(友達は給食費の代わりだと言ってたが・・・まさかね)子どもたちは野生児のように、山や畑を駆け回りそこらへんの野草や木の実を食べておやつ代わりにし先生は「子どもは風の子」と、休み時間は教室に残ることを許さずしもやけとあかぎれで真っ赤な手をしてかさかさの赤いほっぺで、鼻水をたらしている子が大多数。学校から帰って遊びにいくのは山。大将格の子に命令されて木に登ったり、がけを登ったり穴を掘ったり・・・・おままごとだろうとお人形あそびですらも外にござをしいてやっていた。家には誰もいなくて子どもは夕日が沈むまでは外で遊ぶのが鉄則。夕食だからと呼びにいかなくてもお腹がすいたらほっておいても家に帰る。そんな中、うちの両親は公務員だった。ほかに仕事をしていても、大半の家庭は兼業農家だったけどうちはまったくのサラリーマン。はっきり言って周りからは浮いていた。その上母は少女小説で育ったロマンチストで子どもに「パパ、ママ」と呼ばせたり髪を長くして、リボンで結んだりさせていた。女の子はみんなおかっぱ頭だった頃私一人が三つあみでワンピース。当然男の子にも女の子にもいじめられた。よく泣く弱虫だったこともあり、しまいには先生にまで「そんなかっこうをしているからだ」とまで言われる始末。小学校に入ると、担任の先生に「髪を切りなさい」と言われた。みんなと同じようにしてくださいと親にも言ったのだろうか?一人違うということで、いじめられたらかわいそうと祖母が母を説得したらしい。私もめでたくおかっぱ頭になった。しかし、天然パーマの私のおかっぱはやはりみんなと違っていて「おめー、パーマかけとんじゃろうが」と、相変わらずいじめられた。いつも遊んでいた大将格の女の子は運動神経もよく頭もよくていつも私ができないだろうと思われることを選んでやらせてくれた。「その丸太の上を落ちないように走って渡れ」とか「この木に登ってこい」「このがけを登れ」・・・サバイバルゲームか・・・?「できるまで、帰ったらダメ!」と言われてしょっちゅう大泣きしていた。泣くと大将は怒る。でも、後で考えてみるとその子が怒るのは私ができないからじゃなくてできないといってやろうとしないからだった。やって失敗してけがをしたりしたら心配してやさしくしてくれたし、チャレンジしたということだけで褒めてくれたりもした。う~ん、ある意味すごい先生だったかもしれない。とは言っても、私は本当は家でマンガを読んだり絵を描いたり着せ替え人形ごっこをする方が好きだった。りかちゃんハウスには、壁に遠近法で二階へ続く階段が描いてあって「あの階段の上にはきっとこんなお部屋があってこんな家具があって、窓からはこんな風景が見えて・・」とか想像してみることがなによりも楽しいことだった。うちまで大将が遊ぼうと呼びに来てもトイレにかくれて居留守をつかったり、遊んでいる途中でかくれんぼをするフリをしてその場から脱走して家に逃げ帰ったこともあった。もちろん次の日には大将に怒られたけど「お腹が痛くなって・・・」と泣いて見せたりした。「もうあんたとは遊んであげない!」と言われたらむしろ嬉しいくらいで、それを察した大将はそのうち「あの子と遊んだら絶交だからね!」と、他の子を脅かしたりしていた。さすがにみんなに無視されるとつらかったけど基本的にそのころから一人でいることが苦にならない性格だったらしい。自分で都合のよい世界を作れるものだから、マンガが好きでせっせと描いていた。その中では自分はみんなのアイドルでみんなが自分を褒め称えてくれた。(暗い・・・)ただ、私の描くマンガについては大将も自分より上手いと認めてくれていて私の描いた絵をあげると喜んでくれた。中には私のことをかわいそうと思ってくれる子もいたり同じように大将に泣かされる子もいて、そんな子とこっそり遊ぶこともあった。私が他の子と違うということを認めて受け入れてくれる子もいたのだ。マンガが好きだというのがきっかけで仲良くなった子はいまでも私の親友だ。当時夢中になっていたバレエ漫画にあこがれて二人ともおとなになってからバレエを始めて今に至る。・・・三つ子の魂百まで・・・?絵を描くことが私にもその子にとってもとても大切な自己表現だった。たわいない子どもの想像将来の夢理想の人間を私たちは白い紙に描いていた。学校の先生は「マンガみたいな絵」を描くことを嫌っていたが美しい人を表すのには私にとってはマンガがぴったりだったのだ。「目が大きすぎる」とか「鼻が高すぎる」とか現実にはこんな人はいないのよと先生は言っていたが、美しいものを自分が美しいと思える方法で表現することが、なんでいけないのか。・・・当時の私には反論するすべもなかったけど。服装や生活スタイルがみんなと違うことが苦痛で「どうして普通の格好をさせてくれなかったんだろう」と親を恨んだ時期もあったけど、いまになってみると得るものも多かったような気がする。「人のやっていることを自分の価値観で批判しない」「親しき仲にも礼儀あり」「他人は他人、自分は自分」多様な価値観の中で自分を見失わずに生きていくために、そして、人は一人では生きられないからこそ他人とうまくやっていくためには思いやりと技術が必要なのだということ。たくさん笑ってたくさん泣いて、たくさん考えてそんな中から自分で見つけ出していくしかない。今私とつながりのあるすべての人たちも子どものときから今まで、いろいろなことがあってその中でいろいろな生き方を習得してきたのだろう。自分と価値観が違うのはあたりまえで同じことでも違う感じ方や考え方があるのだろう。できるならばお互いに話を聞いて、お互いに少しでも歩み寄れたらもっと楽しくつきあっていけるんだろうなと思う。・・・大将の名誉のために、ひとこと。彼女の有無を言わせぬ特訓のおかげで私も逆上がりができるようになった。その時だけは、心から彼女に感謝した。本当に先生になればよかったのに、今彼女は研究室で働く学者さんになっている。
2007年05月18日
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お膝の上でいつまでもじっとして なんてかわいらしい女の子・・・だと思っていたら それはわずか3日間だけだった・・・! 我が家の箱入り娘のはなちゃん じつはとんでもないやんちゃ坊主だった。 トイレのしつけをしようとゲージに入れておけば 「きゅ~ん、く~~ん」とか情けない声で甘えるくせに いざ、出してやると、とたんにだだーーっと走り回り ちょっと目を離すと すみっこで粗相はするわ、 つかまえようとすると「ヴーーっ」とうなるわ 抱っこしてなでようとすると 歯をむいて噛みつこうとするわ・・・ 最初に甘やかしすぎたのがいけなかったのか 4人兄弟だったのにひとりぼっちになって かわいそう・・と同情したのがまずかったかなあ。 そういえば、一番に兄弟にケンカを売ってたのはこの子だったっけ。 もともと気の強い子だったのね・・・。 寝てるときには思いっきりおなかを見せて でろ~んと伸びている。 リラックスしてるというか、えらそうなというか・・・ こりゃなめられたらアカン! 噛むのをやめさせるためには、あごを上向きにして押さえつけてやりましょう 人間の方がエライんだと教えましょう。 ・・・と、本に書いてある。 で、仰向けにしてあごをおさえようとすると はなちゃん、全力で抵抗してあばれまわる。 身をくねらせて、するっと逃げ出すと、 テーブルの陰からこっちを見てうなっている。 こりゃあ、小さいうちに躾けないと とんだおてんば娘になっちゃいそうだ。 子育て同様、子犬育てもガマンと根気が必要なのね・・・
2007年05月08日
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待ちに待った赤ちゃんがやってきました! 栗色の巻き毛がかわいい お目めのくりっとした 足の長い・・・女の子の トイプードルの赤ちゃんが!! 先週の土曜日に愛媛へお迎えに行き 橋をわたってはるばる倉敷の我が家へ。 今、リビングのサークルで ベッドにあごをのせて眠っている。 これが意外とやんちゃで気が強い女の子。 でも、お膝の上でまったりするのが好きで 家中みんなにかわいがられて あまやかされております。あ~あ。 しかし・・・お母さんの私は はいはいしていた頃の子どもを思い出しながら そこら中を掃除しまくって なにか落ちてないか探し回って おまけにトイレのしつけができるまでは どこで粗相をしてるんじゃないかと 後をついてまわり、始末をして臭いを消して・・・ 早くトイレ覚えてね~~。 おかげさまで普段しないような すみっこまで掃除ができて これはこれで、まあよかったかも・・・ もらってきた次の日には 紹介してくれたS歯科のIさんが見にきてくれて (うちのわんこのお兄さんがいる) 「うちの子もこんなときがあったわよね~」 とか、普通の子どもみたいに言ってるし。 犬つながりのお友達も増えそうで ますます掃除に力が入る!かなあ・・・ 2日目にはみんなで名前を決めた。 「はな」ちゃんです よろしくお願いします! ただいまの悩みは おしっこは、ほぼトイレでするようになったのに うんちは外へ出たときにあちこちでやっちゃうこと。 臭い消しのスプレーとか吹きまくっているのに まだ臭うんだろうか・・・ トイレでしたら褒めてあげようとおもってるのに まだ褒めてあげられない。 初めての子育て、いや犬育てで 悪戦苦闘のお母さんなのです・・・
2007年05月03日
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月末だし、朝から3件回ろうとはりきって仕事にでかける。まずS歯科へ。ついてそうそう、受付のIさんが受けた電話がなにやら長引いて困っている様子。しかも、だんだん声が高くなっていく。フリーダイヤルでかかってきた電話なのだがもちろん相手は名前も名乗らないで言いたい放題。見かねて代わった私にも高飛車な言葉でののしってくる。あ~、これは要するに私を怒らせたいんだなとわかってはいても、だんだんむかむかしてくる。心臓はどきどきして、手が震える。冷静に話そうと、か・な・り努力した。20分ほどそんなやりとりが続き、やっとのことであちらから電話を切ってくれた。Iさんと顔を見合わせて「疲れた・・・・」改めて電話の怖さを思い知った。最近の電話機は性能がいいから、顔はみえないのにすぐそこにいるような臨場感で迫ってくる。また当分電話をとるのが怖くなりそうだ・・・どんな人でも商売をしていたらきっとこういうことはあるんだろうなと思った。まだうちなんか少ない方だよね。最近いいことばかり続いていたから誰かが戒めてくれたのかな。「調子に乗りすぎるなよ」って。気をつけよう!
2007年04月27日
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M歯科の受付のNさんの結婚式にお招きを受けた。ジプシースタッフで、すご~くお姉さんの私にも気を使ってくれていつも仲間に入れてくれる。エアロビのインストラクターをしてたり最近はスノボとかボディ・ボードとかやってる体育会系でアネゴ肌で、でもすごく細かいところにまで気がついていつも明るくて楽しくて友達もいっぱいのNさん。ひとつ年下のとてもやさしそうな癒し系の彼氏をびしばしと(?)ひっぱりながら彼女のこだわり満載の披露宴が行われた。まず席につくと、Nさんからの手書きのメッセージ。一人一人にそれぞれ感謝の言葉がつづられている。準備をしているころに「いろいろサプライズを用意してありますからね」と、言っていたが突然呼ばれてスポットライトを当てられるのはうれしいような恥ずかしいような・・・でも、楽しみ。となりに座ったMA歯科の受付のTさんが「え~、心と身体の準備ってものがあるのに~」とかあせっている。色内掛けで挨拶、乾杯のあと花嫁はお色直しに退場。エスコートは新婦のお母様と妹さん。妹さんは彼女に似て、明るくて元気。お母さんも若いな~白いウエディングドレスに着替えてシルバーグレーのタキシード姿の新郎の元へ。お父様を2年半ほど前に亡くされているNさん、叔父さまがお父様代わりに彼女をエスコート。この方、Nさんが結婚するといって彼氏を連れてきたときに「わしが代わりにどんなやつか見ちゃる!」と言ってお母様のとなりに座っていたらしい。すごくNさんをかわいがっているみたい。さて、ケーキ入刀のあと壇上に呼び出されたのは、となりのTさんとそのご主人の、分院MA歯科院長のT先生。お二人にもケーキ入刀をしてほしいという。実はこのお二人、入籍と写真だけで結婚式はされていない。ウインタースポーツの大将T先生とは日ごろからのプライベートなお付き合いがあってNさん前からこの期を狙っていたらしい。夫婦で列席するように招待したのももちろんこのプレゼントのため。壇上に呼び出されたとたんに泣きだすTさん。先生も後ろを向いてしまった。Nさんに促されて入刀した二人はうれし涙で目が真っ赤。司会者に質問されても、上の空でしゃべろうとしても声がでない。T先生、これだから披露宴はしなかったのかも?二人のことを知らない他の列席者の方たちもこの涙にこめられた思いを受け取っていたのだろう。中には同じように泣いている人もいた。仕事に遊びに一生懸命で理事長にも言うべきことは言うけど実はとってもシャイで気が小さいんだと自分でおっしゃっていた。照れ屋さんだけど、人の気持ちがよくわかる、感受性も豊かな方だ。頑固でマイペースなやんちゃ坊主みたいで姉さん女房のTさんに甘えっぱなしでのびのびと自由に生きてるけどきっとTさんのことをとても大切に思っている。Tさんもそんな先生が大好きなんだろうな。ブーケをプレゼントされて席に戻ってきたTさん、「やだ~、やっぱりカラダの準備ができてなかった。こんなことならエステにでも行っておくんだったわ」と、笑い泣き。もらったブーケを大切そうにテーブルに置いた。さすがNさん!粋なはからいに、披露宴は暖かい感動に包まれた。私たちも同僚として鼻が高い。二度目のお色直しは少しグリーンの入ったブルーのドレス。幾重にも重なったフリルが妖精みたい・・・キャンドルサービス、友人のお祝いに続きテーブルをまわって一緒に写真撮影。そして、ブーケ・プル。投げるんじゃなくて?花嫁が持った数本のリボンをみんなでひっぱってだれか一人のリボンだけがブーケにつながっている。独身女性が恥ずかしがってでてこないだろうとちゃんと名前を呼んで参加させてくれた。ラッキーなブーケを当てたのはM歯科の衛生士Kさん。・・・これは、本当に次の花嫁になりそう・・・貸切状態だったらしく4時間にわたる披露宴。でも、あっという間だったような気がする。色々準備も忙しくて、大変だっただろうけど心行くまで彼女もこのパーティーを楽しんだみたいだ。頑張ったかいがあったね!Nちゃん最後にDVDで二人の生い立ちとご両親への感謝の言葉が送られた。若いご両親に抱かれた赤ちゃんの頃の二人。妹、親戚、おばあちゃん・・・いろんな人に愛されて育ってきた二人。二人一緒の写真はどれも笑顔がいっぱいだ。Nさんは亡きお父様とお母様の結婚写真も見せてくれた。ご両親の歩んできた道を、これから二人で歩んでいくんだという決意。「お父さん、これからもずっと見守っていてね。お母さん、お父さんの分も一緒に幸せになろうね」そのテロップの後ろには「僕は君を残して死にません」という歌が流れている。お父様が闘病中も、疲れていても笑顔を絶やさなかったNさん。お父様が「仕事がんばれよ」「いつも笑顔で」と、言ってくれていたからだと当時のNさんは言っていた。「人のいいところを見るようにしなさい」というお父様の言葉どおり、Nさんはいつも前向きで、人を許す寛容さとやさしさがある。「お前はいい子だ、私の自慢の娘だ」そう言っているお父様の言葉が聞こえてくるような気がした。お父様がどんな方だったのか、Nさんを見ればわかる。子どもを育てるということはこういうことなんだなと思った。思いは受け継がれ、愛は続いていく。人を愛することそれを教えることが親の役目だと思う。楽しい披露宴も終わり帰ろうと駐車場に行くと着替えを済ませたT先生夫妻が山菜取りに山へ入ろうとしていた。「ウチは自給自足ですわ」とT先生。自然を愛すること。それが大事だとT先生はNさんに言っていた。子どものおられないT夫妻だがいつも仲良くて、結婚したころと変わらない。私たちの間では「T先生たちは二人で一人分」として通っている。まるで生まれたときから一緒にいるみたいな不思議な一体感がある。あの二人が結婚するといったときにはみんなもう当然のことのように感じてあまり驚く人もいなかった。(当人は驚かせようよ思っていたらしいが)そんな夫婦もあり・・・さて、Nさんたちはどんな夫婦になっていくんだろう?
2007年04月23日
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今月もレセプト無事に提出できました~!今年は4月の点数改正がなかったので、いつも通りの月初め。でも・・・4月の月初めは・・・たいていお花見と重なってしまう。今年は開花は早かったものの、途中寒かったからかたっぷり週末2回、桜の花は待ってくれていた。昨日の日曜日に我が家もお花見。今年は甥っ子たちが参加できず、あっというまに食べてあっというまに終わってしまった。まあ、どっちみち私は朝からバーベキューとおにぎりの準備に忙しく会場に着いたらついたで、遠くの駐車場に車をとめに行って、火をおこしてテーブルだして、はらぺこの子どもたちを仕切るべく、焼肉奉行に忙しくてゆっくりと桜の花を見るというような風情ではない。コンビニおにぎりでも買っての~んびり桜をながめながら歩いて木の下にハンカチでもしいて桜の花散る中でひっくりかえって空を眺めて・・・そんなお花見をしたいっ!!今年は場所取りのために前日の夜中に公園へ行った。時は0時過ぎ。吐く息も白い。・・・なのに、暗闇の中で夜桜バーベキューをしている人がいる!提灯の明かりも消えて(防犯灯はあるものの)花なんか見えるわけもなく、このくそ寒いのにきゃあきゃあと大騒ぎしている!(夜中にシートをひきに行く私らもどうかと思うけど)いやはや若い者には勝てませんなあ・・・お花見って・・・大変なのね・・・舞い散る桜の花びらというのもこれまた風情があって私は大好きだ。実はこれからが桜の一番きれいな時だと思う。レセプトの間にたまってしまったカルテを片付けたら桜吹雪の中を歩いてみたいものだ。(間に合うかなあ・・・)
2007年04月09日
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昨夜TVに大御所先生とともに出演していた 「ショー・コスギ」 ・・・こんなにかっこいいオヤジだったっけ? 笑顔がすてき~~!! ハリウッドのアクション俳優の第一人者として、 アメリカでニンジャ・ブームを起こした・・・ とは知っていたが、なんだか昔の話みたいに思っていて、 もっと年寄りな方だというイメージがあった。(失礼) 子どもが小さい頃、「レンジャー」シリーズのVTRで 「カクレンジャー」(ニンジャのイメージ) に出演していた息子のケインを見て、 「あー、この子ショーの息子なんだー」と言って 「誰それ?」と子どもに聞かれ、 「昔のハリウッド俳優」と答えてしまった。 後で知ったのだが、 思っていたよりもケインは若くて、 当時まだ10代だったらしい。 ならば、ショーがまだ59歳というのも納得。 昨日のTVでは、ケインを勘当した理由を告白して、 顔をみるのも、名前をきくのもいや、みたいに言ってたけど ケインの話をするときの、声とか自慢げな顔とか見ると H先生が言うように本当は息子と仲直りしたいんだろうなと 思わせるものがあった。 (ちょっと演技入ってたかもしれないけど) どこの家庭でも同じかもしれないけど 「父と息子」の関係は難しいものだと思う。 女の私には理解しかねるところも多い。 息子は父を超えたいと思っている。 ただ父はそれを、 「自分がいいと思う方法でやってほしい」と思い、 息子は「自分のやり方でやりたい」 と思うのだろうか。 父息子のバトルはどこでも繰り広げられている。 どっちもちょっとだけ素直になって ちょっとだけ歩みよる努力をしてくれれば・・・ と、はらはらしている母もまた たくさんいると思うのだけれど・・・
2007年04月04日
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カレーなる一族の次は「世界フィギュア選手権大会」今日は男子シングルのフリー。地元岡山出身の高橋大輔くんが出るとあっては見ないわけにはいくまい!彼がフィギュアを始めた倉敷のリンクは私の職場のすぐ近く。私だって子ども会のつきそいで滑ったことあるも~ん。(だから?)彼がオリンピックに出てからというものますます沢山の子どもたちが毎日そこで練習していることだろう。優雅に見えても実際は、かなりいかついスポーツだ。TVで見るよりも、すごいスピードで滑って回って飛んでいるのだからこけたらさぞかし痛いことだろう。でもそんなことは感じさせないくらい気持ちよさげに滑る彼らがうらやましいような、気の毒なような・・・TVの前で子どもたちと一緒に正座してしっかり見ましたぞ!外国の手足の長いイケメン選手に次々と高得点を出されて、(ステファン・ランビエールかっこよかったわ)地元開催というプレッシャーや「ガラスの心」と呼ばれた悔しさ逃げ出したくなるような緊張の中で・・・大輔くん!がんばった!昨日のSPよりスピードもあったしこの一年鍛え抜いて安定した軸のジャンプ。もちろんエッジの深い得意のステップ。フリーの最高得点を出して、日本男子初の銀メダル!!よかったよかったお母さんはウレシイよお~~!どんなに技術のある選手でもそこは人間だもの。心ひとつが身体を動かすことも、動かなくさせることもある。今日という二度とない時に逃げずにたちむかう真摯な気持ち。自分のやってきたことを信じてひたすら前を向いて突き進む姿。それは純粋で美しい。人間って・・・いいなあ。今日もまたいい気持ちになってしまった。世の中には美しいものがいっぱいだ。
2007年03月22日
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見ました~?「華麗なる一族」最終回。「白い巨塔」の山崎豊子原作とあってやはり考えさせられるストーリーだった。キムタクを主演にもってきたりしてちょっと視聴率狙い?と最初はあまり期待せずに見ていたのだが「真のリーダーのあるべき姿」「激動の現代を生きぬく力」「親子の絆」「夫婦とは」経済小説としてだけでなく、人間ドラマとしても思わず腰を据えてみてしまう奥深さ。ちょっと現実離れしているようでそれでも、似たようなことは絶対にあると思う。娘なんかは一族の人間関係の複雑さに「やめて~!結婚したくなくなるう~」と見るに耐えなかったらしいが、いい年くった私たちなんかは「あ~、いるいるこういう人」とあっさり言ってしまえるところが情けないというか・・・あ~あ、オトナっていや~ね~ラストはちょっと時代かがかってたけどあの当時なら仕方ないかなとも思った。彼らにとっては血縁というものは今よりももっとずっと大切なものだったんだろう。やさしすぎる「鉄平」が、自分の夢よりも家族の幸せのために命をかけて訴えた思い。でも、それが家族のために、本当に家族のためになったんだろうか。もうちょっと図太く生き抜いて一族の行く末を最後まで見届けて欲しかった。自分が信じる生き方を貫くために・・・私だったら、あんなくそ親父ほっといて「痛い目にあってしまえ!」と縁切りしてやるのに~!親父さんを救うために自分を犠牲にするなんてばかばか~!キムタクのばか~~!あ、いや「鉄平」か。思わず現実かと思わせるなんて・・・キムタクもけっこういい役者だなあと、見直したのでした。
2007年03月18日
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昨日YUを塾に迎えに行こうとしたら車が動かせない状況になってしまい、最終バスにも間に合わないのでタクシーで帰らせることにした。 お金もケイタイももってないしタクシーに一人で乗るのも初めて・・・家のそばにはわかりやすい目印もないしちゃんと道順を説明できるのだろうか・・「それくらいできるよ」とYUは言ったのだがとりあえず表の県道まで出て待っていると、裏通りにタクシーが止まってYUらしき黒い人影が降りてきた。あわてて料金を払いにいくとやさしそうな運転手のおじさんがにこにこして待っていた。表の広い通りでは止められなくて狭い裏通りまで送ってくれたみたい。「お金持たずにタクシーに乗るのって、気まずいよ~」そりゃそうだ。ごめんごめん。・・・その後、夜中になって「筆箱がない!タクシーに忘れたかも!」なんでかばんに入れておかないの~!どこのタクシーかも、運転手さんの名前もわかんない。私も、暗かったからタクシーの色さえ覚えてない。「初乗り400円て書いてあったけど」とYUが言うのだがそれってどこも同じだと思う・・・あ~もうあきらめるしかないか・・・と思ってたら、今日のお昼すぎに、タクシーの運転手さんが筆箱を届けに来てくれた。筆記用具に名前を書いていたのと、家のすぐ近くでおろしてもらっていたので探してたずねてきてくださったようだ。私は仕事でいなかったのだけどお義母さんが受け取ってくれていた。「やさしそうな人だったよ」と、お義母さんも言ってた。YUが困ってるだろうと、わざわざ持ってきてくれるなんて・・・ありがたいことだ。どこのタクシー会社の運転手さんなのか結局はわからなかったのでしょうがないのでここでお礼を言いま~す!ありがとうございました!!
2007年03月14日
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昨日書いた映画「バッテリー」の予告編にでてくるテロップ「いまだから、できることがある」実は昨日映画のHPでちゃんと見るまで、「今しかできないことがある」だと思っていた。これって・・・似てるけどやっぱり違うよね!この記憶のあいまいさは年のせいばかりではなくて気持ちが焦ってたからなのかも。後者だと、今やらないともうできない。後悔しないように、やりたいことはやらなくちゃ!って感じがして、ちょっと焦る。でも「いまだから、できることがある」と言われると、まだ遅くはない。可能性は十分あるよ。と励まされている感じがする。自分の気持ちしだいでそんな風に勝手に記憶してしまうなんて言葉って不思議だ。ついでにロケ地になった私の通った高校のあるT市のことについて思い出した。山あいの大きな川の流れる街で、川沿いの市街地から山のてっぺんの城跡まで、急な坂が続く。高校はそのお城のどなたかの住居あとにあるらしくりっぱな石垣の上にあって川べりのバス停からそこまで低血圧の私は貧血を起こしそうになりながら登っていったものだ。城下町の桜並木古いお屋敷桜の花びらが雨上がりの湿った黒いアスファルトに散っているのをきれいだなあ・・・と見ながら歩いていたのを思い出す。(下を向いてないとくらっときそうで・・・)登校時にはぐるっと回り道をして登るのだが帰りは校門から、踏み切りのない線路をわたって広い階段の坂を下っていた。でも、この横断路は線路のカーブのすぐ先で見通しが悪い上に遮断機もないので、あまり使用しないようにと言われていた。もっともここを渡るのは、バス通学の生徒だけだったけど。この「踏み切りのない線路を渡る」というところが、監督のお気に召して登校の場面に使われたらしい。予告編にも登場しているので大勢の生徒が登っていく様子を見て「あ~、懐かしいなあ・・・」と、思い出したのだ。私の高校時代は、低血圧と、理解不可能な数学とオペラとマンガとであっという間に過ぎていった。好きだった男の子は他の子とつきあうし、色白でお肌すべすべの男の先生に気に入られてるとひやかされるし、とにかく眠かったし、食欲が湧かなくて顔色の悪い、ぼーっとした高校生だった。学校の中庭にはお城がまだあったころのなごりの「心字池」(しんじいけ)のある由緒正しい庭園があった。冬になって氷の張ったこの池を必ずだれかが渡ろうとして「メタンガスが湧いてるからやめなさい」と科学の先生に怒られていた。運動場は山の斜面を削ったところにあって山からむかでやら何やらでかい虫がわさわさと教室にまで入り込んできてしょっちゅうきゃあきゃあと悲鳴が聞こえたものだ。・・・なつかしいなあ・・・
2007年03月12日
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娘を半年ぶりくらいに美容院に連れて行って、終わってから二人で春のお買い物!私は今度のライブのために黒のパンツをゲット!上は通販で買ったフリルのブラウスを着るつもり。それ一色しかなかったので、あまり着た事のない深い緑色なんだけど薄手でラメが入ってて、ちょっとせくしー系?熟女としましては(?)やはりこれくらいは、ね。娘は黒いジーンズと短めのグレンチェックのパンツ。ジーンズは今日買う予定ではなかったのに、ヘンな髪型をしたお兄さんに「この春の新作で、イチオシ!」と勧められてセルビッチデニムストレッチスリムストレート・・とかいうのを試着させてみたら、これがなかなかよかった。スキニーよりはゆったりしてて、ストレートよりはほっそりしている。「お母さんもいかがですか?」という誘惑を振り切って、にこにこしてる娘に(だけ)奮発してやることに。レジで清算してると、4,900円だと思っていた短パンがセールで1,900円だった!のでちょっと得した気分。すかさずお兄さんが「じゃあ、4,900円だったつもりでこの白いベルトはどうですか?春にぴったりですよ~~。」・・・いや、もういいから(汗)私が今朝落として割ってしまったので娘の新しいお茶碗も買って、「315円均一」のかわいい雑貨屋さんでランチョンマットやらサッシェやらクッションやら・・・ブランド物の買い物袋ではないけれどいろんなお店のかわいい袋を両手いっぱいに持って「やっぱ、ストレス発散には買い物が一番!」なんて怖いことを言う娘。・・・確かに、そうだよね~「あとは映画を見に行くだけ!」「ねーねー、いつ行く?」・・・一緒に行ってくれる彼氏はおらんのか!!娘が見たがっているのは、昨日封切したばかりの地元岡山が舞台の人気小説「バッテリー」の映画。主人公は中学生の野球少年ということで、原作者の母校の中学でロケをしてそこの野球部員や教師たちもエキストラで出演しているらしい。その他のロケもほとんどが県内で行われていてここ、岡山ではこの映画をこぞって宣伝している。(私の母校の線路まえの坂道もロケに出てた!)S新聞にもロケ誘致やエキストラに沢山の地元住民が奔走したという記事が載っていたりして前評判は上々。主人公の天才ピッチャー「巧」君とバッテリーを組む「豪」君。原作が有名なだけに、イメージにあうかどうか誰がやるのか、興味津々だった。オーディションで選ばれた二人はともに新人だがなんども予告編をみているうちになんだかぴったりな気がしてくるから不思議だ。これは映画を見ないわけにはいかない!というので、ウチの子どもたちも楽しみにしている。今日の新聞には「映画館は満員」なんて載っているし。これを見て野球少年が増えることは間違いない!かな?YUが野球部に入ったのだって、この小説のファンだったから、というのも理由のひとつだろう。ポスターには題字の下に「今だからこそ、できることがある」なあんで書かれていてYUの気持ちを考えるとちょっと複雑・・・・・でもYUはあんがいけろっとしていて、母が心配するほど弱っちでも繊細でもなさそうだ。まだまだ他にもやりたいことは沢山あるみたい・・・
2007年03月11日
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早起きしたので、昼食の後うたたね・・・ どころか、お布団に入って爆睡してしまった。 わずか1時間足らずだったけど、けっこう熟睡できて 頭がすっきりした。 でも、目覚める少し前に変な夢を見てしまって 起きたときには息が上がっていた。 YUをD病院から車でつれて帰っていると 突然大量の雨が降り出し、 いつも通る道が冠水し始めた。 交差点の手前で、前を行く車が半分くらい水につかっているのを見て、あわてて引き返す。 道を横切るように大量の水が左手の田んぼの方に流れこんでいく。 近所の人が、用水路の水門を開けたので まもなく交差点からは水が引いていった。 すると、いつのまにか車から降りていたYUが 右の方から津波のようにやってくる水に 押し流されようとしている。 「早くこっちに来なさい!」と叫ぼうとするのだが なぜか声が上手く出てこない。 左の田んぼにはまってしまったYUの手をひっぱって やっと連れ出すと、 乗っていた車がいつのまにか自転車に変わっている(!) YUの手を引き、もう片方の手で自転車をおして もう乾きかけた交差点をわたっていった。 そして、これだけの水が流れているのに 空は晴れているのだ・・・ 変な夢~!! (だいたい夢って変なものだけど) 久しぶりに見た夢を覚えていたので チョット書きおいておこうと思ったのでした・・・
2007年03月10日
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今日も花粉は飛んでいるらしい。わたしもなにげに花粉症?でもそれほどひどくはないので鼻づまりが花粉症のせいなのか、ここのところ寒くなったせいなのかいまいちわからない・・・学校では今になってインフルエンザが蔓延している。YUの中学校では、体育館部活組と吹奏楽部が軒並みやられているとか。期末試験が受けられなかった子も多いらしい。来週は公立高校の一般入試だというのに・・・三年生を守るため、さっさと帰宅させようと1,2年生も全部活お休みに。YUも、そうそうに帰ってきて・・・ゲーム三昧。こらっ!!昨日整形外科でレントゲンを撮ってみてもらい、YUの疲労骨折も完治したとの診断。でもこれからのことが心配なので、S先生にちょっと相談してみた。「う~ん、ちょっときついね。また骨折する可能性は大だねえ」個人差はあるのだろうが、YUのようにいままでろくに運動してなかったひょろひょろBOYではもう少し基礎的なところから地道に鍛えた方がいいのかも。待ち時間にYUといっぱい話をした。ちょっと話題を振ると、いままで溜まっていたものを吐き出すかのようにあれこれ学校のことをしゃべりだした。やはりYUも部活がしんどいらしい。「友達も、みんな言ってるよ。もちろんやりたい子もいるんだろうけど僕らみたいな楽しみたいだけ、っていう子もいっぱいいるよ」入部当初、先生に「どこまでいきたいか」ときかれて「全国大会!」と言った子がいたらしい。昨日まで小学生だったんだもん。子どもなら言うでしょ、夢は「甲子園」とか「メジャーリーグ」とか・・先生だって真に受けてるわけじゃないだろうけど「しんどい」と言えないのは「おまえらが言ったから、がんばってるんだぞ!」と、怒られちゃうから・・・高価なユニフォームを買ってもらって早朝からお弁当を作ってもらって、応援してくれる親の気持ちに答えるためにもガンバレ!と言われて、何も言えなくなる子どもたち。本当にやりたいと思ってる子は10人もいないんじゃないか・・・と言う。「先生だってダルイとかしんどいとか言ってるよ。僕らが言うと怒るのに・・・」・・・ああ、オトナってそういうとこあるよねえ・・・子どもはちゃんと見てる。言わないだけで。部活をやめる時はどうすればいいのか辞めていった子に聞いたり、他の部活の情報を仕入れたり実はYUもちゃくちゃくと準備を始めていたらしい。あとは勇気を出して「筋肉君」に切り出すだけ・・・ちょっと残念だけど、仕方ないのかな。やめちゃって後悔しない?ときくと「今でも休みの時には、みんなグランドで(町内の)野球して遊んでるんだよ。全然大丈夫!」・・・友達がいるから。一年間よくがんばったと褒めてあげよう!子どもたちはみんな「県大会に出たい」と思ってると信じている先生。(ホントかな?)子どもの本音が見えなかった(見なかった)のだから仕方ないと思う。言葉に出せない気持ちでも、態度や表情でわかることもあるのに。大勢の生徒を相手にしていたら、難しいのかな。それとも、子どもの気持ちを無視して管理や統率することの方が大事だというのだろうか。学校でいじめがあったとかなかったとかそりゃあ、気がつかなくても無理はない。でも、事が起こってからでは遅いのだ。先生が気がつかないなら、子どもたちが言いたいことを言えるようにせめて親がバックアップしてやらないと。もちろん親が間違うこともあるし学校に逆らえと勧めるわけじゃない。でも、本当は子どもだって言いたいことはあるのだ。聞こうという気持ちがあれば子どもも心を開いてくれるのではないか。「先生や親に言ったってしょうがない」なんて哀しい言葉を聞きたくはない。子どもをちゃんと見ること、話を聞くこと気持ちを理解した上で、力になったり導いたりしてあげること。私はちゃんとできているのだろうか?
2007年03月09日
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子どもたちはもうすぐ年度末。高校の卒業式も終わり、受験で引退していた先輩が部活に遊びに来て一緒に練習したりしているらしい。昨年のキャプテンが「マネージャーさんに感謝して大切にしてあげるように」言ってくれたと、喜んでいる娘。女の子との接し方がまだまだぎこちない男の子たち。やはりこの時期は女の子のほうが少しお姉さんみたいだ。一方息子のYUは部活のことでもめている(親が)野球部なんだけど、なんせ時間が長い!平日は帰宅が6時半、土日は毎週朝7時前に出て帰ってくるのは夜7時すぎ。確かにうちは学校から遠いので、通学時間もかかるのだがそれにしても休みなしで一日中部活をしていては・・・いつ勉強するんだ!夏休みや冬休みも、もちろん休みなしで毎日!帰ってきたら疲れてバタンキュー他にもやりたいことがあってもできないので試験期間中で部活が休みになると、嬉々として友達と遊びにでかける。・・・期末はどうするんだ!!あげくのはてには疲労骨折。まだまだ骨も軟いのに・・・部活の顧問は「脳みそ筋肉」のうえやたらと怒るので、怖くてみんな何も言えない。身体も声もでかいので中坊が束になってもかなわない・・・らしい。対抗するような元気のある子もいないだろう。誰かが怒られていると、それを見て「こっちに来ませんように」とお祈りするのが関の山。「いつでも話にきてください」と、教頭先生も言ってたし・・・それならば、と主人がお休みのときに、中学校へ話をしに行った。でも、結果としては教頭も顧問も「今の状況を変えるつもりはない」ということらしい。もちろん子どもたちのために一生懸命やってくれていることに対して非常に感謝はしているのだが、公立中学校の部活としての本分というか「何のための部活なのか」ということをもう少し考えてみてくれないだろうかと手を変え品を変え、褒めたりおだてたりしながら提案するものの結局は「うちの部はこれでやっていく」というところに話が帰っていく。さすがの主人もだめだこりゃ、と帰ってきた。野球部を強くしたいという思いとでも全員をまんべんなく見てやりたいという先生の気持ちもわかるのだが、それでももう少し効率のいい時間の使い方があるんじゃないかと何度言ってもわかってもらえなかったと・・・「脳みそ筋肉」先生と、新卒の若い顧問とでたぶん自分がやってこれたことだからと子どもにもやってくれているのだろう。「一日中部活してても、勉強もやってる子はやってます」「野球がやりたいなら、勉強だってやれるはず」・・・少なくともうちのYUはできないみたいだ。YUは野球が好きで部活に入ったのだけどレギュラーになるには中学校に入ってから始めていたのでは遅いのだということはわかっているようだ。今は少年野球が盛んで、もう野球歴5、6年という子もいる。ただ「野球を楽しみたい」と思って入った部活だが「強くなる!県大会に出る!」のを目標にしている以上それについていくしかない。バンドもやりたいし、パソコンやゲームもしたい。中学時代は、子どもなら好奇心もいっぱいでいろいろなことに興味をもってやってみることも必要なんじゃないかと思っている。子どもだから睡眠時間はやはり確保してやりたいしすると・・・時間が足りない・・・主人も私も、悪いけど中学校の先生に対する見識を変えざるをえないような状況だ。子どもには子どもの事情もあるだろうし・・・さて、どうしたものか。
2007年03月04日
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旅行の間コンタクトレンズをしてなかったので久しぶりにレンズ(ハード)を装着したらなんだかものすごく痛い。そのうち涙が出て目が開けられなくなってきた。・・・長年使い倒したからもう限界かなあそういえば最近目やにが出てたしなんか目に入って傷かついたのかしら・・・それとも新しい洗浄液があわないのかなあ・・・なんて思いながら、しょうがないからはずしてメガネおばさんにもどったのにやっぱり目が痛い・・・涙がでる。もしやこれは・・・花粉症?!そういえば鼻がつまるし水っ鼻でるし暖かい台湾から帰って風邪でもひいたのかと思ってたのに・・・!去年までなんともなかったのにとうとう私も花粉症デビューなの??いや~~ん!明日は耳鼻科に行ってみよ・・・
2007年02月20日
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主人の遅めのお正月休みで連休がとれたので 前から彼が行きたがっていた台湾へ行くことに。 とにかく食べ物が美味しいというので しょうろんぽーとかふかひれやあわびやらまんごーやら ぱいなっぷるけーきや牛筋煮込麺やら・・・ とりあえず食べること第一目標! 関空から3時間ほどでついた台湾は 5月くらいの気候で曇っていたけど暖かい。 ちょうど台湾ではもうすぐお正月。 日本と同じように干支があるのだが なぜかこちらの「猪」は「豚」。 とくにこの豚の年は縁起がいいらしい。 あちこちにはぷっくりと太った金色の豚の絵やら 貯金箱やらがいっぱい並んでいる。 ついたホテルは地下鉄の駅から歩いて2分の 繁華街のど真ん中。 古くてぼろいけど、日本語は通じるし きれいに掃除はしてあるので、けっこう便利。 ホテルのある「西門」のあたりは 映画館や流行の洋服を売っているお店が多いので 夜遅くまで若者がいっぱいだ。 こちらの人はほとんど3食外食ということで 朝はおかゆやサンドイッチ 昼や夜は麺類や肉まんや餃子の屋台がいっぱい出ている。 カキ氷やお餅のおやつ系もあるある。 もちろん「セブンイレブン」や「ファミリーマート」も 「マグドナルド」に「けんた」もある・・・ 台湾は中国語で、発音はわからないけど、 漢字をみれば意味はそれなりにわかる。 タクシーも運転手さんに行き先を書いたメモを見せれば つれてってくれるし、 あとはメーターに出た金額を払えばいい。 しかも、安い! 地下鉄もきれいで安くて 地名もわかりやすいし、 市街地の移動は全然問題ない。 若い子は親切だし ずうずうしいおっさんもおばさんもいないし 強引な客引きもいないし 話し声もすごくやわらかくて静かだ。 ・・・同じ中国語とは思えない・・・ 地下鉄には日本のアイドルの大きな写真があって タクシーのなかでは「演歌」が流れてたりして ここでは今は「日本流」みたい? ガイドブック片手に 食べまくり~~! 一番の贅沢は「ふかひれとあわびとロブスターのコース」 だったけど、二人で1万円弱。 もう食べれません!と言うくらいの量だった。 この日は私の誕生日でもあったので、ま、いいか。 下町でたべた牛肉麺(筋を煮込んだスープで) 「排骨麺」(豚のロースがどかんとのっかってた) なんかは300円位。 さすがに屋台は怖いので生物はデパートの地下で。 「マンゴーアイス」はマンゴーのジュースを凍らせてから カキ氷にして、マンゴーの角切りをちらして練乳をかけて ・・・すごーくおいしかった!これが300円。 毎日がお祭りみたいな「夜市」もあちこちにあって とにかく歩いているだけでおもしろい。 「千と千尋の神隠し」の湯屋街のヒントになったという 「九扮」(フンの漢字がでてこない。ほんとうはにんべん)という街もおもしろかった。 山の急斜面に張り付いたような階段と坂道の町で、 京都の「三年坂」とかをもっと急にしたような道に いろんなお店がある観光地だ。 赤いちょうちんが並んでいて、もっと時間があったら夕暮れのこの街を見てみたかった。 いや~、予想通り体重は増えてしまったけど 楽しい旅行だったわ。 いままで行ったアジアの街のなかでは 一番身近でおもしろいところだと思う。 みなさんもぜひ!
2007年02月17日
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最近よく見かけるのが 小さな子どもをつれたお母さんが 子どもと手もつながず、子どもの方を見もしないで さっさと歩いていく光景。 主にスーパーでなんだけど 駐車場への行き帰りなんかにこれを見かけると 「・・・危なくない?」とはらはらしてしまう。 お母さんの後からたたーっと走っていく 3歳前後くらいの子ども・・・ 車がぶぶーっと走ってきたらどうすんだろう。 車に乗ってる人が注意して走ってくれるから大丈夫、 と思ってるのかしら? お店の中でも 通路を走り回るわ、品物に手を出すわ でも近くにお母さんがいる様子はない。 「おいおい、ちゃんと見ててよ・・」と 言いたくなるのは私だけ? もちろん私の子どももこんな小さいころは 騒いだり走り回ったりして みんなに迷惑をかけていたのだけれど それでもいちおう「迷惑かけてる」という意識はあった。 迷子にならないように カートに乗せるか、自分の前を歩かせてた。 先日もスーパーのレジを済ませて 「かごから袋に買ったものを入れ替えるテーブル」 (なんて言うんだっけ?) の上に土足でよじ登ろうとする子どもがいたので 「だめだよ。ここにあがっちゃ」と やさし~く注意したけど、 お母さんはちょっと離れたところで お父さんと話をしていてぜんぜん気がついていない。 子どもはばつの悪そうな顔でお母さんのところへ走っていった。 おそらくお母さんだってそれを見たら注意するはずだ。 でも見てない。 せめて子どもがいま何をしているかぐらい 把握しておいたほうがいいんじゃないだろうか。 他人迷惑ということはさておき 危ないじゃないか~~!! 子どもから3分以上目を離してたら 連れ去られる時間はじゅうぶんにあるだろう。 今日び、子どもが不審者に狙われたり へんなおじさんだってうろうろしてたり 自分で自分の身を守れるようになるまでは 子どもが今どこで何してるのか、 親としては心配で、心配で・・・ てことはないんだろうか? 「最近の若いものは・・・」 なんて年寄りじみたことを 言ってみたくなる今日この頃。 よその子どものことまで心配するなんて ・・・おばさんだから? どこかの偉いおじさんが 「女は子どもを生む機械」 なんてあほな発言をしてたけど そんなこと思ってるような人に 少子化問題の解決なんてできるのかしら? 子どもは生めばそれでいいというものじゃないだろう。 採卵用のにわとりじゃあるまいし! 少子化を女のせいにするんじゃない! 子どもが欲しくてもできない人 育児のことを考えると、生むことを躊躇せざるをえない人 ひとりきりで、家族がいなくても生む人もいる。 かと思えば 育児放棄したり虐待したりして せっかくできた子どもを粗末にする人もいる。 生め生めというのなら お母さんが安心して子どもを育てられる社会に、 子どもが安全に大きくなれる社会にしてくれ~! 子どもは自分の所有物じゃない。 神様から預かった大切なもので 社会全体で暖かく育てていかないと 「ハーメルンの笛吹き」に つれていかれちゃうぞ! ・・・と、おばさんは怒っております。
2007年02月01日
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人生も40年以上生きていると いろんなことが起きてくる。 「この間、骨にひびがはいっちゃって」とか 「入院して手術した」 とかいうと 「あ~私も、去年やったのよ~」 なんていう人が必ず一人や二人出てくる。 過ぎてしまえば人事みたいに笑い話にして 盛り上がったりするのだけど 笑い飛ばしたあと、 それって実は大変なことなんじゃない? と思わなくもない。 「人生いろいろあるのが普通なんだなあ」と思う。 普通の生活を普通に送っているように見える友人たちも 実は過去に(今も)苦しんだり悲しんだりした 経験を持っている人が多い。 何気ない話をしているうちに 「実はね・・・」とか 「昔こんなことがあって」 と、聞いてみてびっくりなんてことがある。 命とひきかえに何かを失う人もいる。 きっとその時には死ぬほど辛かったに違いないのに 今目の前であっさりと話をする友人を見ていると 「私の苦しみなんて、なんてことない」と思う。 自分が苦しんだ人はきっと 他人の苦しみが理解できる。 私の想像をはるかに超えた苦しみを背負って 今を生きている友人がいる。 神様はどこにいるのか?と 訴えたくなるような不運にみまわれて それでも生きていかなければならない。 自分ではどうしようもなくて ましてや周りの人も何もしてあげられない。 彼女の心境を思うと 自分のあまりの無力さに泣きたくなる。 まさに「祈るしかない」状況だ。 いつの日か彼女も 「あの時は大変だったわ」と 笑って思い出すことができるのだろうか。 時さえたてば癒える苦しみと違って 彼女は自分でがんばるしかない。 果てしなく、答えのない課題を 一つ一つこなしていくしかない。 いつか元通りになれるのか 努力しても報われるのかどうかもわからない。 私が知らないだけで、世の中には 苦しい現実を受け入れて生きるしかない人がいっぱいいる。 そんな人を 「かわいそう」と思うのも違う気がするし 「私は幸せだ」と比べるのも違う気がする。 何を言ってもそらぞらしい感じがして 私は何も言うことができない。 何をすることもできない。 かつてそんな風に思いながら 何もしてあげられず、 何も言ってあげられなかった従姉妹がいた。 今はどこにいるのかわからない彼女なら なんと言うだろう? ずうっと後悔しているのに いまだに答えが見つからない。 同じ苦しみを味わわなければ その心をわかってあげる事はできないのだろうか?
2007年01月26日
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物事が思い通りにうまく運ばないのはたいてい自分に問題があるからでとんとん拍子に運ぶときはたいていだれかのおかげだったりする。ラッキーというものは天から降ってくるものではなくて自分の前世の行いがよかったからでもなくていろんな人のいろんなやさしさや気づかいに自分が気が付いていないだけなのかもしれない。ありがたいことです。ミスを責められたりいたらなさのために人を傷つけたり思わず「ちっ」と舌打ちしたくなるそんなときに、つい「だれだれがこうしてくれなかったからだ」「自分にしわよせがきたんだ」「あいつがバカだから・・・」なんて人のせいにしてしまうことがある。そうやって問題から逃げてしまってはなにも解決しない。進歩もない。なにもかも自分のせいだとしょいこむことはないけれど誰かのせいにする前にちょっと自分のことを振り返ってみてみよう。あ、あのときこうしていればよかったんだ。あの一言がよけいなことだったんだ。と、気が付くことがある。「人を変えようとするな!自分が変われ!」これは映画の台詞だ。・・・・・「スティン・アライヴ」より(「サタデーナイト・フィーバー」の続編)(知らない?よね・・)ブロードウエイの舞台であこがれのヒロインとベッドインしてその相手役も手に入れて有頂天の主人公。でも彼女とのデュエットダンスはいまいち上手くいかない。へたくそよばわりされた上に「一度寝たくらいで大きな顔しないでよ!」と、あっさり捨てられてしまいむしゃくしゃして荒れてる主人公にプロデューサーがこう言う。ストーリーは???なところもあったがなぜかこの台詞だけがいまでも心に残っている。(ちなみにその後のストーリー) 彼は自分のことを密かに思ってくれている 友達の女の子にデュエットの相手をたのみ 必死になって練習する。 本番の舞台では、ヒロインを蹴落として アドリブでソロを踊り(そりゃないだろう) 最後にヒロインを高く抱え上げて 見事フィニッシュ!! プロデューサーの演出よりも盛り上がり みんなが彼を見直すことになる。(さすが映画)と、脱線したが「人を変えようとするな。自分が変われ」といわれてもこれは実はすごく難しいことだ。自分に非があると認めたくないし明らかに相手のほうが間違ってると思うときにこれが実践できるだろうか?でも私の経験から言ってこれが出来たときには必ず相手も変わってくれる。今でも半信半疑なんだけど不思議とそういうことが起こる。たとえ自分の思ったとおりにならなくても変なこだわりがなくなっていこじな相手を大きな気持ちで許すことができる。すごく大人になった気分。自分を変えるためには、まず自分を見つめること。自分の本当の気持ちに気づくこと。自分がどんな人間なのか何を望んでいるのか本当の自分を探し出すこと。それは時に悲しくて、時には恐ろしくてあまりやりたくないことかもしれない。でも、起こることすべては自分の中から発していることでそのすべてに自分の何かが影響しているのだ。自分の未来は自分で変えられる。じゃあ運命だって自分で変えられるのかもしれない。自分が変われば・・・ところで「お陰さま」ってだれだろう。神様?仏様?ご先祖様?そういって手を合わせるとき私達は「誰も見ていなくても、何もかも知ってる存在」があるということを密かに恐れ敬っているのだと思う。無理やり考えないようにしてすみっこに追いやった自分の本当の気持ちやそこにあるのに見たくないから見ないようにしている現実とかそんなものを隠しておきたくて沈黙を守る「お陰さま」に手を合わせてお祈りしたりする。「お陰さま」はいつも自分の味方だ。物事がうまく行くときは「こんな私なのにありがたい」うまく行かないときには「ああ、こんな私だからしょうがないか」と思ってみる。「お陰さま」はいつも私の秘密を知っててでも誰にも言わないでいてくれる。ありがたいことです。(合掌)ちょっと今日は説教たれてみました。自分自身に言い聞かせるために・・・(人のことでショックをうけて、その人のためというより、自分がすっきりするためにはどう対処すればいいのか?と思い悩んでいるからです・・・未熟者ですね)
2007年01月25日
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昨日ちょっとわけあって、娘の幼稚園時代のママ友に会いに行った。前にブログに書いたキリスト信者のYさんだ。連絡先がわからなくなっていたのだが信者の彼女のことだから、日曜日には教会にいるはずと無謀にもアポなしで教会へ突撃。山際の小さな教会につくとちょうど中から皆さん出て来られていた。なにやらきれいな服を着ていらっしゃる方が多いので「結婚式かしら?」と思ったのだがいや、日曜の午前中は礼拝だから結婚式はしないと幼稚園の牧師様が言われていたし・・・その中に、いたいた!彼女。相変わらずキレイでやさしそうなまなざし。「Yさん!」と、声をかけると少し考えてから、あっと気がついた様子で「あら!お久しぶり」と駆け寄ってこられた。岡山にこの教会の支部ができて、今日がそこの初めての礼拝ということでみんなでこれからそちらに移動するところだという。間に合ってよかった・・・「ごめんなさいね、ゆっくりお話したいけど・・・」と言う彼女。突然押しかけたのをおわびしてでも、どうしても彼女に相談したいことがあったのでその場で立ち話をしてしまった。微妙な話で、しかも図々しいお願いをしたのだけど「わかったわ、私がやってみる」と快く引き受けてくださった。ああ、やっぱり彼女に会いにきてよかった。全然昔とかわらない。今は「伝道師」として教会でがんばっておられるらしいが私には「マリアさま」に見える。やさしい笑顔に癒されて教会を後にした。・・・で、今日は歩くと足の甲が痛いというYUをD病院の整形外科に連れて行った。運よく夏に腕の骨折でお世話になったS先生の診察を受けることができた。「こりゃ使い痛みか疲労骨折だね。安静にしてシップ張ってたら2週間くらいで直るよ」今週末に隣町である「クロスカントリー・マラソン」に部活全員で出場することになってるのに・・・しかもYUはクロスカントリー駅伝の選手なのに・・・走りこみやりすぎた!!みたい。まだまだ骨はお子様なんだなあ・・・「なに?マラソン?骨折なら却下!MRIで調べてあげるから!」疲労骨折はレントゲンではわかりにくく直ったら新しい骨が出来てて、初めてわかるらしい。MRIなら骨内の血流とか調べられるので今でもすぐわかるから・・・と。診療時間も終了間際なのに、30分かかる検査をしてもらって、もう一度診察室へ。結局疲労骨折と判明。週末のマラソンは棄権するように言われた。「最近けが人多いんだよ。疲労骨折1名、野球肘2名・・・」と、YU。やっぱり野球部やりすぎかも・・・土日は朝8時から5時半、6時まで。冬休みはそれが年末年始の5日間を除いて毎日だったし。学校から遠いうちの子たちはそれにプラス1時間づつ。朝暗いうちに出て、暗くなってから帰ってくる。まるでジャパニーズビジネスマン♪(古!)「時間をかければいいというもんじゃなかろう。甲子園めざす部活優先の高校じゃあるまいし、勉強する時間と体力がどこに残ってるんだ!」と、怒っている主人がもっと怒る顔が目に浮かぶ。塾とか勉強がある子は先に帰っていいと言われても、みんなが練習してるのに自分だけ抜けるのは気が引けるし、第一、野球がやりたくてしょうがないんだから。部活はしたいわ、バンドはやりたいわゲームはするわパソコンはするわ・・・・勉強・・・してないよね。そりゃ成績下がるわよね。この間も主人に「そこへ座りなさい」と言われてふてくされて怒鳴られて・・・部活のせいだけじゃないんだけど、ケガまでするとなると、主人が直談判にいくのも時間の問題だ。それも仕方ないかなあ・・・最近反抗期のYUには内緒にしとこう・・・ああ、せっかくYさんに癒してもらったのにまた・・・頭が痛いわ。
2007年01月22日
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作陽・・・負けちゃったよ~。 さすがに決勝戦。 大観衆の中で、白熱した試合だった。 でも、でも・・・ ここで入れなきゃ!というところで 何度がはずした作陽と、 PKを失敗した後、 きっちりと得点して名誉挽回した盛岡商の林くん。 左サイドからDFを突破しての スルーパスを、落ち着いて押し込んだ盛岡の決勝ゴール。 あの成田くん(だっけ?)の ドリブルはすごい! 最後の最後まですごい勢いだった。 ロスタイムになってからも 得点されるんじゃないかとひやひやした。 これはもう仕方のない勝負だと思った。 体力気力ともに相手の方が勝っていた。 合間のスポーツ飲料のCMで 「相手よりも、諦めなかった 相手よりも、沢山走った・・・」 というナレーションがあったけど、 本当に、ほんの少しだけの差で 勝敗は大きく変わってしまうのだ。 選手を信じてじっと見守った野村監督。 グランドに突っ伏して大泣きする選手。 その場に固まったまま表情も変えずに 立ち尽くす村井くん。 つかみかけた夢が 無情にその手をすり抜けてしまった。 あと少しでとどいたのに・・・ その横では盛岡の選手が、晴れ晴れとした表情で 静かに喜びをかみ締めている。 いままでの苦しさが、霧になって消えていく・・・ 監督も和やかな表情だ。 病気をおしてサッカー一筋に命を懸けた斉藤監督。 監督は「選手が喜ぶ姿を見たい」と言い、 優勝インタビューで盛岡の選手は 「監督に恩返しができました」と言っていた。 いい関係なんだなと思った。 作陽は岡山県では一人勝ちの状態で、 強化のための練習試合をする相手もいない。 岡山県、とくに県南の私たちにとっては 作陽は雲の上の存在で まるでよその県のチームのような感じ。 私立だから、サッカー部にも 県内より県外の子の方が多いんじゃないだろうか。 県大会など、やる前から 優勝するのは作陽だとみんな思っている。 はたして彼らに岡山県の代表という意識はあるのだろうか? どうしても「強豪校を勝ち抜いて」 という、高校野球のような盛り上がりには欠ける。 娘の高校のサッカー部なんかも 作陽とは試合をしたことすらない。 (県大会に出るのもやっとだから仕方ないか) どうも県南の人たちは 高校サッカーに関してはちと冷めている。 少年サッカーは盛んなのに・・・ 彼らは中学校や高校では部活に入らず クラブチームに入ってしまうのかな。 地元の選手がいっぱい入っている 公立高校のサッカー部が いつか国立に出てくれたら・・・ そしてJリーグや、日本代表の選手に なってくれたら・・・ 岡山のサッカーも、もっと盛り上がるのにな。 とりあえず 準優勝おめでとう! 県南のサッカー部も がんばれ~~! ・・・本日の新人戦(地区予選) 娘の高校は残念ながら敗退。 ダブルの負けに 「もう、宿題する気になれない・・・」 なんて、落ち込んでる場合か!!
2007年01月08日
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雪です。吹雪です!娘は新人戦が自校であるため、朝からお世話しにでかけた。雪だ~~!息子も部活で朝からお弁当もって出かけた。雪だ~~!二人ともがんばってね母はお家でこもってますから。年末から年明けのお休みでおうちにこもってTV見ていたらフィギュアスケートやら箱根駅伝やら高校サッカー選手権やらやたらとスポーツ三昧。寒い中で頑張っている若者たちを暖かいお部屋でのうのうと応援。特に昨日のサッカー。岡山の作陽高校が・・・なんと決勝に進出!野球に比べて高校サッカーはあまりTVで放送しないのだがさすがに地元の高校が勝ち進んでいるとなると地元のニュースでも流し始めた。昨日の準決勝は、土砂降りの雨の中。さぞかし寒かったことだろう。国立のピッチには、じゃぶじゃぶとプールのような水溜りができていてボールは転がらないわ滑るわ・・・観客席では滝のように流れる雨に座ることもできずに震えながら応援する人たち。選手たちはそれでもものともせずに走りまわりまるで、ずぶぬれの身体から熱気を放っているようだ。作陽高校のみんな本当におめでとう!!特に突出した選手がいるわけでもなく解説するアナウンサーも作陽についてはあまり情報もないのか特に試合以外のコメントはなし。相手校の選手の方が画面には沢山映っていたように思う。でもチーム全体のまとまりというか全体を見る目やどこに自分がいるべきかという判断とかそういうものが優れていたように思う。ボールが飛んだ先にすっと画面の横から出て来てボールを奪っていく作陽の選手。・・・高校サッカーも面白いじゃないか・・サッカー少年だった主人とサッカー大好きでマネージャーをやってる娘は狂喜乱舞して明日の決勝戦を楽しみにしている。岡山出身といえばフィギュアの高橋大輔くん!全日本優勝おめでとう!フリーの演技では、もう飛ぶ前から「あ、これはいける!」と思うような顔つきで4回転もしっかりした軸で余裕のジャンプ。バレエもそうだけど、身体の軸がしっかりとまっすぐに立っていれば何回転でもできるような気がする。上半身の安定感と足腰の強さが出てきてなんだかものすごく安心して見ていられた。去年の今頃とは別人のような自信に溢れた笑顔だった。世界選手権がんばってね~!真央ちゃんもいつもけろっとした顔で高得点を出して体型も恵まれていて「天才」と言われているのだが、この日の涙には彼女がどれほど練習して努力してそれを手に入れたのかということを気づかせてもらった。ミキティは残念だったけどこんな一流の選手になると身体をぼろぼろに酷使してケガや故障も「あたりまえ」と思わないとやっていけないんだという厳しい事実を思い知らされた。人を感動させるパフォーマンスの裏には身を削って命をかけて努力する強い心があるのだ。自分のやりたいことやるべきことを見つけた人というのはこういう人たちのことなんだろう。「がんばれ!」と応援することしかできないけれどとにかく目を離さずにそんな彼らを見つめていたい。あ、雪がやんで晴れてきた・・・
2007年01月07日
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更新をさぼって人のブログを読むだけにしていたらいつの間にか年が明けていた。明けましておめでとうございます~!(それもすでに遅い)今年は娘の受験と、息子ますます部活にいそしむようでまたまた寝不足の一年になりそう・・・いつもどおりの年末と年始。診療が終わってから始まるレセプトの仕事なのでみんながお休みに入っても、私は1、2日は遅れてお休みに入る。今年は新しいプログラムのおかげでいつもよりは早く仕上がった。・・・ただ、プリンターの調子が悪い。「早く休ませろ」と文句を言っているみたい。だましだましプリントアウトして、予定より一日早く3件分終了。のこりの2件は年明けにゆっくり片付けよう。30、31日はお義母さんがおせち料理を作っておられる横で片っ端から大掃除。・・・ガラス拭きと台所磨き。あまり寒くなかったので油断して素手で雑巾仕事をしたものだから、気がつくと手が荒れてあかぎれでぼろぼろ・・・冷水が痛いよう~~!そして毎年恒例の主人手作りの年越しラーメン。とんこつとじゃこ・昆布・かつおのあわせ出汁。・・・けっこう材料費かかってるんだよね。男の人が凝りだすと、そういうところは頓着なし!ま、おいしいから仕方ないか。今年はなにげに「紅白歌合戦」も見られたし。最後はみんな寝てしまって、夢うつつで年越し。最近はいつも1時就寝なので、私は全くいつもどおり。昔は除夜の鐘をきいて年が明けるのをTVで見るのが年に一度の夜更かしだったのに・・・初詣はこれまた毎年恒例の「阿知神社」バレエで一緒してるMちゃんが今年も巫女さんやってた。徹夜でご苦労様です・・・今年は暖かい新年で、そのあと美観地区をぶらぶらしてみた。いつのまにか新しいお店ができてたり有名旅館の前で写真を撮ったりなかなかの観光客気分。主人はふらっと立ち寄った倉敷ガラスのお店で純金を高温で溶かして色を出した赤いグラスを購入。お店の人にいろいろ語られて前から欲しかったピッチャーとグラスをセットで・・・きれいなワインレッドでまさか金の色とは思わなかった。「金が溶けたこのグラスで水を飲むと血糖値がさがるんですよ!」と、お店の方が言われたのだが、なんだかお酒も美味しく感じられると主人。・・・本当かなあ・・・信じて飲めば砂糖も薬ってとこかしら?「あ、それ学校で習った。プレシーボ(偽薬)とか言うんだよね」と、娘。手に持ってしっくりくる倉敷ガラスの定番の形のグラスは私も大好きで、あめ色のを探していたのだがなかなか今は、数も少なく高くて手が出せない。新年早々いい買い物をした・・・かな?今年もみんな元気でよい1年になりますように。私の今年の目標・・・とりあえずクリスマスからお正月で食べ過ぎてきつくなった太ももと腰周りをスリムにしよう~~!ギターにも挑戦したい。ピアノも練習して、わがバンドを「高校生級」から「大学生級」にレベルアップ!したい。そして柔軟な身体と体力を身につけて皆と一緒に踊りたい!仕事もますます手際よく知識を増やして、皆の役に立てるようにがんばる!これって去年と同じかな?やりたいことがはっきりしてきた感じ。
2007年01月03日
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光海丸さんの言うとおり、カタログを集めて研究し始めたオトコは止められない。本屋さんでその筋の本を立ち読みし市内の音響オタク店「K」でスタッフにも感心されるほどの知識を蓄え、垂水の「ぼーず」サテライトショップまで出かけて実物の音を確かめ・・・お父さんの「自分へのご褒美」買っちゃいました~~!5.1chのスピーカー!!もうもう、彼は嬉しくてしかたありません!毎日映画のDVDやら音楽ライヴのDVDを楽しんでおります。う~んさすがに「ぼーず」あの小さいスピーカーのどこにあんなにすごい音が隠れているのでしょう。(さすがにウーファーはでかいけど)足元からどどど・・・と響いております。今年の年末年始はお家で楽しく過ごすことになりそうです。・・・私はそんなところにゆっくりと座ってサラウンドを楽しんでいる暇はありません!でも、座ったら最後立ち上がれなくて夜更かししてしまいそうです・・・昨日は借りてきたクラプトンの「アンプラグド」ライヴを見てアコースティックギターに酔いしれてしまいました。・・・やっぱりギター弾きはかっこいい・・・しかし、ギターを弾く人はみんな長くて細いきれいな指をしてる人が多い。ピアニストのよう・・・(うっとり)隣にすわっているお父ちゃんの指は・・・太くて短い。「指が届かなくて、コードをおさえるのに苦労するんだよ~」なるほどね~。私もピアノを弾くとき、どんなにがんばってもオクターブ+1くらいしか届かない。リストやチャイコフスキーは指が長くて普通の人には弾けないようなピアノ曲を作ってるらしい。・・・楽器には長くて細い指がバレエには長くて細い足があると有利なんだな~~やっぱり(泣)
2006年12月11日
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最近主人が「ホームシアター」熱にうかされてあちこち家電店めぐり。もともと音響にはこだわりがあったのだがトリガーとなったのは23日に行ったライヴのせいかもしれない。倉敷の「クッキー・ジャー」なるライヴハウスで「赤箱」オーナーがメンバーに入っているバンドがライヴをやるというので、主人と一緒に聴きに行った。あともう2組のバンドも出ていたのだがMr、Zのバンドはハードロック、もう少し若いバンドはロック・フュージョン?ジャズっぽいヴォーカルなしの3人でギターとベースとキーボード。キーボードがかっこよかった・・・あんなふうにアドリブで弾いてみたいものだ。最後は京都から来たバンドでおっきなウッドベースとドラムとエレキギター。こちらは、もっとジャズに近い。しかし、さすがに間近でみるコントラバスは大きい!「のだめカンタービレ」でコントラバスをやってる「さえこ」ちゃんがヴァイオリンフェチのお父さんに「どうしてヴァイオリンじゃだめなんだ!」と聞かれて「だって、大きくてかっこいいんだもん!!」と叫んでいたけど、たしかに大きくてかっこいい・・・かもしれない。かつてS歯科にパートに来ていた子が夫婦でコントラバスをやっていたのだが、なにせ持ち運びに苦労すると言っていた。電車なんかに乗ろうものなら思いっきり迷惑そうな白い目でみられるので移動のために大きなワゴン車を購入したらしい。で、主人はというとかつて学生時代にはギターを弾いていたので目はMr,Zの新しいストラトのギターに釘付け!「あの太いネックは細かくて速いリードをするためだ」「音の切れがいい。技術もあるし、ほれ、手元を見ていないのは、上手い証拠だ」私は主人のギターは聴いたことがないのだが、彼の批評にはなんとなく説得力がある。なつかしい70年代のロックを聞いてああ、こういうのを「ロック・バンド」というのだと思った。メンバー全員が、まさに主役。自分の見たい人をじっくり見るにはやはりライヴだなあ~。帰ってから「おれもギター弾こうかなあ・・・」と言い出した。この間のビートルズの弾き語り「リッキー」さんのアコギをきいてからというものそのような気持ちにはなっていたらしい。「まず、アコースティックだよ!いつでもどこでも弾けるし」最近おじさんバンドが増えてきて、昔は買えなかった高いギターをうれしそうに買っているおじさんも多いときく。・・・弟に借りたアコギ、今娘の友達の家に出張してるんだけど、返してもらわなくちゃ!それと同時に、家で大画面TVで音楽ライヴやドルビーサラウンドの映画を見たいといって5.1chスピーカーを物色し始めた。家電店のホームシアターコーナーを見て回った後、知る人ぞ知る、知らない人は知らない音響の「オタク」店、笹沖の「カック倉敷」へ。さすがにいろんなメーカーのいろんな音響システムが所狭しと並んでいる。ここのスタッフもまたそうとうな「オタク」だ。2階には、ホームシアター体験ルームがあるのだが「ちょうど、新しいプロジェクターが来たんですよ!」といって、映画館のようなシアターで5.1chのサラウンドのDVDを見せてくれる。映画のDVDなんか、まさに小さな映画館で見ているよう。「ちょっと面白い映像があるんですよ~」とか言って見せてくれたのはちょっと太めのサラ・ブライトマンがアントニオ・ヴァンデラスとデュエットする「オペラ座の怪人」とかその後スリムになったサラの歌う「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」キッスが管弦楽団と共演するライヴ(楽団員も全員キッスのようなメイクをしている)一晩だけの再結成のイーグルスのアンプラグドで弾く「ホテル・カリフォルニア」私たちが「へええ~!」とか「おお~!」とか言うとすごくうれしそうに、どんどん蔵出しものを見せてくれる。自分の趣味で集めたとしか思えない、「知る人ぞ知る」ものばかり。この人かなり・・・好きなんだ~。それを見て「わかる」私たちも、かなり「オタク」なのかもね。箱詰めされてる「ぼーず」のスピーカーまでわざわざ繋いで聴かせてくれて、もう主人は3分の2くらいその気になっている。おいおい!見積もり中の「エコ・キュート」の方が先だろう!大人買いのできる年齢になった男に昔夢中になっていたおもちゃを見せるのは非常にまずい!・・・私のせいじゃないも~ん・・・
2006年11月27日
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なんだか、久しぶりの更新。特に何もなかったといえばなかった平和な日々・・・ありがたいことだ。朝の早起きのせいで仕事が終わった頃には、猛烈な眠気が襲う。スーパーの駐車場に車を止めて買い物の前に「爆睡」してしまう。気がついたら2時間くらい寝てたりして自分でもびっくり・・・でも、そうやってお昼寝できた日は夜の後片付けや、明日の準備をしてお風呂に入るまでなんとかできる。いったんソファや床に寝転ぼうものならあっというまに・・・夢の中~・・・この間はお昼寝中にちゃんとストーリーのある夢まで見て夜の睡眠時間と、分けて寝る習慣になってしまった。・・・これで、いいんだろうか?!このあいだの土曜日には受付のNさんがお休みのうえに院長が出張にでてしまいカルテの入力ができないというので久しぶりに一日M歯科の受付にすわることに。代診のW女医、お子さんが4歳と1歳。上の子はパパが見てくれるのだが下のお嬢チャンは、ママがいないと駄目だそう。なんとか午前中は託児所でガマンしてもらって午後はM歯科でママの仕事を見ながら遊んでもらうことに。いつも院長がいないときはこうなので受付のNさんがベビーシッターの実習(?)おとといの午後つれてきたお嬢Kちゃん、嘔吐下痢の病み上がりのためかあまり元気がない。いつもは待合室で暴れ放題だというがその日はママにもたれてへたれている。・・・泣くな、こりゃ。それでも患者さんは待っているのでママから引き剥がして私が抱っこする。「うえええ~~~~ん!」と、手をのばして足をじたばたさせて抵抗するもののさすがに力が入らないみたい。大声で泣いてはいるが、涙は出ていない。(鼻はたれてるけど)ひさしぶりに抱っこしてあやしているとけっこう重い・・・小柄な女の子なので、体重も力もたいしたことはないのにじわじわと腕にこたえてくる。子育て中はこんなの片手でかかえていろんなことをやっていたのに、すっかり腕の筋肉も落ちてしまったようだ。それでも抱っこしていれば少しはましなようで足はしっかりと私の胴に巻きついている。泣き喚くこと2時間半、待合室で遊んでいる男の子に気をひかれて泣き止んだ。「Kちゃんも、遊ぶ?」と聞くとうなずく。初めて私の膝の上で手を離しておもちゃを持つ。でも、おいていこうとすると泣く。「おいで」と手を広げると、Kちゃんも手を伸ばす。・・・うふふ、かわいいじゃないか。診療の済む頃になるとやっと落ち着いておやつを食べたりしてでも目はじっとママを見つめている。(ちょっと恨みがましい目で)「Mさん本当にすみません!助かりました!」診療の済んだW先生は休むまもなくKちゃんを抱っこして帰って行った。たまのことだから私も平気だし、久しぶりに赤ちゃん抱っこできて楽しかったよ。でも、少子化が懸念されている昨今だがこういう現場のあわただしさは当事者でなければわかるまい。保育所があっても、病気の子は預かってもらえない。休めば他の人に迷惑をかけるのはわかっていても子どものために仕事を休まざるを得ない。泣き喚く子どもを置いて仕事に行かなければならないお母さんの辛さ。仕事でどんなに疲れてもその後の子どもの世話やおうちの仕事はやっぱりお母さんがやらなければならない。いらいらして子どもに当り散らしてそのことで自分を責めて落ち込んだり。ほんの3,4年の間のことなんだけどそのときには余裕がなくて「もういやだ~!」と叫びたくなる気持ちもわかる。かといって子どもの世話は誰もが簡単に代わってあげられることではない。体力、気力、忍耐力!・・・年をとるときついかも・・・できるだけは私も助けてあげたい。これからM歯科も順々にベビーブームの兆し・・・みんなが「お互い様」と助け合って子どももお母さんも幸せになれるように!
2006年11月20日
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土日はYUの部活のため4時起き(その後二度寝)日曜日にはリビングのワックスがけをして目を覚ましたものの、身体のリズムは狂っちゃうので月曜日は朝が辛い。火曜日くらいまでいつも引きずってしまう。んで、今日はバンドの練習に行って脳みそと手を酷使してこれで、なんとか平日モード!今日の練習はちょっと慣れてきた「JUNO-D」でいろいろ音を変えてみる。でも、Mr.Zは「ギターにするなら、ディストーション利かせてリズムはこう、刻んでね」うっ・・・難しい・・・というか、手が疲れる・・・サブギターの代わりができたらと思ったんだけど根性なしの私にはやっぱ無理かなあ。ギター弾いてみたいなあ・・・なんて言ったら、ぼけっ!それよりキーボード練習しな!って、怒られそうだわ。おとなしくキーボード練習しよう。今日も黒鍵から指を滑らせて半音下の音出してしまったしかも、ラストの盛り上がりで・・・情けない~!練習のあと、タワーレコードに寄ってYUに頼まれたCDを買う。「えるれがーでん」の新譜。マイナーレーベルながら、今若者の間では超人気のバンド。「赤箱」でも、たいていの高校生バンドがコピーしててスタジオ全部からエルレの曲が聞こえてくることもあるという。・・・そんなにすごいのか・・・これは聞いてみなくては。では後ほど・・・
2006年11月14日
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今日のS陽新聞の「読者のページ」に中学生の書いたイラストが載っていた。雨の中で泣いている女の子のイラストで、制服の袖で涙を抑えようとしても心の中に降っているかのような雨の中で体中ずぶぬれになっている。今もどこかでこんな風に一人で泣いている子がいる。小さくて、やわらかい心が傷ついて泣いている。誰も信じられなくて、誰かに助けてもらいたくて自分を大切に思って欲しくて・・・そのイラストを見ているとあまりにもかわいそうでかわいそうですぐにでも行って抱きしめてあげたいと思った。イラストの女の子は制服を着ている。そう、子どもたちにとっては学校は世界のすべてに等しい場所だ。いじめられて辛いのなら学校を休めばいいのにとか学校を変わればいいのにとか、簡単に言うけれど子どもにとってはそんなに簡単なことではないのだ。自分のいる世界がどんなにひどくてもそれが自分の居場所。外にどんなにすばらしい世界があってもそれは自分の場所ではない。きっとそんな風に思ってそこから逃げ出すには「死」しかないと思ってしまうのだ。そんなの悲しすぎる。まだまだ小さいから、世界を変える力もなくてそこから逃げ出す方法も見つけられない。大人が助けてやらなくてだれが助けることができるだろう。どうして子どもたちは大人に助けを求められないのだろうそんなに私たちは頼りないのだろうか?大人たちだって、子どもを助けられない無力さを悲しんでいるのに。たしかに昔からいじめはあったしどんなに対策を練ってもこれからも無くなる事はないだろう。それに、いじめられた経験をもつ人はそこから「人を思いやる心」を勉強できる。いじめる方は、そうと自覚せずにやっていることが多くて「気づかないうちに人を傷つけているかもしれない」という謙虚さも傷ついたことのある人でなければわかるまい。だけど、取り返しのつかなくなるほど、死を選んでしまうほどのいじめだけはどうしたって防がなくてはならない。もっと子どもと話をして信頼してもらえるような大人にならなければ。大人だっていじめられることはある。傷つくのは大人も子どもも同じなのだ。同じように苦しむことがあるのだと子どもにもわかってもらいたい。一人ひとりの力は小さくてもほんの少しでも世界をかえていこうと一緒に泣いて一緒に考えてかっこわるくても、生きていこうとそれだけは言わなくては。泣いている女の子の絵のそばにはこんなコメントが書いてある。「何もかもひとりでかかえこまなくてええよ。力をぬいて生きていこ。命を大切に。」このイラストを描いた子もきっとこんな風に泣いたことがあるんだ。この子はイラストを描くことで客観的に自分を見ることができる。そして自分自身へのメッセージをイラストに描いているのだ。なにかひとつでもいい。子どもたちにはこんな風に自分を表現できる方法を見つけてもらいたい。誰にも言えず、誰にも気づいてもらえないそんな悲しい心をどうにかして外に現してほしい。小さな命が小さな心が風に吹き消されないようにそっと手で包んで大事に育てていかなければ
2006年11月09日
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朝からTVで来日中のサラ・ブライトマンのインタビューやらスタジオライブをやっている。この人の声はやはり普通じゃない。なんというか、伸びのある声のなかになにか1本芯のようなものがある。ちょっと前に北野たけしのTV番組でやっていたのだが「カリスマ性のある声」を分析してみるとそういう声には、人の耳でききとれない高ヘルツの音が含まれているという。そしてビブラートも普通のものよりも細かい振動があるそうだ。そしてそれらは、訓練では習得できない、天性のものだ。村上龍は「13才のハローワーク」の中で歌手になりたい人への指針として、こんな風に書いている。「歌唱力は学校で訓練すれば上達するが、声は、まさしく天性のもので誰もが歌手になれるわけではない。自ら望んで歌手になるよりも、周囲がそのすばらしい声に気づいて歌手になることをすすめることが多い。音楽的な素養も大切だが、天性の声を持っているかどうかのほうが重要だ」たしかにそのとおりだと思う。とおりすがりにふと耳にした歌声に立ち止まって聞き入ってしまうことがある。その声を聞いているだけで癒されたり元気になったりする。いつまでも聞いていたいような声。それはまさに神様からの「ギフト」そんな声を持った人はやはりそれをみんなのために役立てるべきだ。そして私たちはそんな人たちを大切に守り育てなければならない。日本の音楽、特にポップシーンではやたらと新曲をだしたり、無茶なスケジュールのライブをしたり夜となく昼となくTVやラジオに引っ張り出し売れているときは会社総出で売り出し、儲けまくり売れなくなったら、廃棄処分。ミュージシャンを大切にしているとはお世辞にも言いがたい。歌手もピンからキリまでだけど中には「ギフト」をもらっている人も確かに存在する。なのにそんな刹那的な商業ベースに乗っかってしまってはあまりにももったいないし、申し訳ない。ミュージシャンが自分の才能に、自ら磨きをかけいろんな人の協力を得てお互いに刺激し合いその時々の自分にできる最高の仕事を何に縛られることなくできたら、そうすれば私のような「普通の人」でも「天国」みたいな感覚を感じて幸せな気分になれるのだ。歌うということは踊ることと並んで人間のもっとも基本的な感情表現の方法だと思う。自分で歌うことはもちろんかわりに誰かが歌うのを聞いているだけでも感情の発露になる。きら星のように数多い歌手のなかでひときわ大きく輝く1等星。もちろんその他の小さな星たちの輝きのなかにも自分とぴったり合う波長をもった声がある。そんな声を探すのも「天体観測」みたいで楽しい。みんなにも「自分だけの1等星」がいるのかしら?
2006年11月07日
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社員旅行に行ってきました。大きなレンタカーでのんびり出発。湯郷温泉でゆったりまったり・・・「ドイツの森」で動物とふれあった後(うさぎ・豚・犬)泊まりはジャズの流れるオトナのお宿「かつらぎ」ロビーにはピアノやドラムセットが置いてあってライブをやったりもするそうだ。お部屋は琉球畳で床の間は竹林のイメージ全館お香のいい匂い・・・ご馳走と温泉とロビーでピアノの生演奏。となりにはおしゃれなカフェがあって「別腹」でケーキ盛り合わせのデザートまでいただいた。お酒飲んだので早々に爆睡・・・起きたとき「ここはどこだっけ?」と思うくらいよく寝た!昨日はお宿を出てから近くの備前焼の窯元で「土ひねり」体験。お湯のみ2個分できるくらいの土をいただき弟子のお姉さんの指導で私は備前焼の湯のみ製作に挑戦!力の抜き具合が以外に難しく、ちょっとやりすぎるとぶわっと広がってしまう。(向かいで作っていたNさんの湯のみは、ほぼ抹茶茶碗と化していた)さすが職人のM先生と技工士さんはそれなりのできばえ。初挑戦の先生が一番形よく手際もいい。出来上がった作品を見ると、それぞれの個性がなんとなく表れていておもしろい。焼きあがって送られてくるのは来年かな?楽しみ~!土いぢりはいくつになっても楽しいものだ。窯元の先生は70歳くらいの方できけば、陶芸をはじめたのは56歳からだという。大きなケガで入院している時に友人から薦められたのがきっかけだったらしい。公務員から木材店へと転職し、仕事中に大怪我をしたときにはもう終わりかと覚悟したという。大手術の末一命をとりとめ、療養中に出合った備前焼に魅せられ一念発起して勉強し老後の蓄えを使って登り窯を作った。こんなに早く独り立ちするのにはかなりの努力が必要だったことだろう。「いくつから始めても遅いなんてことはないですよ。むしろ若いうちから始めるのと違って、私には時間がないと思うから覚えるのも速かったんですよ」と、にこにこして言われる。「一日働くのは2時間くらいですよ。この釜いっぱいになるのに3ヶ月くらいかかるかな」それって速くない?やっぱ手際とセンスも秀でておられるのだろう。お弟子さんもトリマーからの転職らしいが「なかなかおもしろい物を作るんですよ」と、見せてくれたのは板のうえに海の上でうねる龍を立体的に焼いたものだった。備前焼の土と焼きの色が繊細な細工に不思議と似合っている。すっかり備前焼のファンになったNさん。「新居の食器には備前焼がいいな~」と、夢が膨らむ・・・いろいろお話も聞けて、みんな勇気と元気をもらって湯郷を後にした。今回は若い人に運転も任せきりで帰りの車でもぐうぐう寝てしまい日ごろの疲れもふっとんでしまった。みんなありがとう~!たのしい旅行でした
2006年11月03日
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最近知り合った方なのだが非常に電話の受け答えが感じのいい方がいる。前の職場で受付や電話交換の仕事をしていたり今の職場でも最初は受付をしていたので電話で人と話をすることが多かった。全然知らない初めての方何度か会って話をした方そしていつも会っている人と電話で話をする時など声のトーンや話し方、言葉遣い、イントネーションなどでけっこう相手の感情がわかってしまう。もちろん同じ人でも日によって変わったりするのでそれだけで相手を判断したりはしないのだが。「今日はなにかいいことがあったのかな?」「なにかいやなことがあったのかな」忙しそうだとか、心ここにあらずって感じだとか緊張してるなとか、いやに角ばってよそよそしいとか言葉はきれいだけど、なにかちがうな・・・とか。電話の相手も自覚してないような心の中の気持ちが電話の声に表れることがある。「あ、この人は電話するのが好きじゃないんだな」と思うこともある。そういう人はなぜかメールの方が饒舌だったりする。電話だと、メールよりもっと自分の気持ちが伝わってしまいそうで知られたくないような感情を隠して話をしたいときはついメールにたよりたくなる。最初の感じのいい方の話に戻るがその人はいつ電話をしても(メールアドレス知らないので)いつも同じような対応をしてくれる。(今忙しいのじゃないかな?)(迷惑かけてないかな?)と恐る恐る電話をしている私の気持ちを察したようにおおらかな声で安心させてくれてあ、電話してよかった、と思わせてくれる。きっと人と会話することにかなりの訓練や経験をつんでいるのだろう。そして、きっとその人の性格のせいでもあると思う。最近私もすぐメールにして電話で直接話をすることが少なくなった。タイミングを計るにはメールは便利なんだけどやはり会話は、話の内容だけでなく「気持ち」も一緒に伝えた方がいいに決まってる。でも、いざ電話をしようと思うとけっこう「気合」がいるんだな~これが。かかってくる電話は全然平気でむしろ、うれしいくらいなのに。電話をする仕事が多かったとはいえ実は私は電話はあまり好きではない。相手の感情がもろにわかってしまうだけにいや~な気分になることが、ままあるからだ。それにつられて自分までいや~な声になってしまうのではという怖さもある。家にかかってくる電話といえば「家庭教師」とか「マンション買いませんか」・・・これも断り方によっては捨て台詞を聞かなければならないことがあってますます電話が怖くなってしまう。友達に電話するのにそんなに気を使うこともないのにと思うのだけれどやっぱ電話をするのは勇気がいる。私って・・・ヘン?
2006年10月28日
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拓郎つま恋ライブ’06 の、ドキュメントを今TVでやってます。 吉田拓郎60歳! ぜんぜん昔と声が変わらない。 しかも病気をした後だというのに、この体力。 舞台に立つ人はやはり体力が一番なんだなあ。 私より7歳年上の主人は、目をうるうるさせて懐かしがっている。 私の時代は、拓郎よりちょっと後で かぐや姫も解散して、風とか、アリスとか 中島みゆきや五輪まゆみとかが出てきた頃だ。 それらみんなフォークというジャンルだったけど 拓郎の歌のほうがよりアメリカのフォークに近い。 そう、ボブ・ディランのような感じ。 でも、拓郎の歌を今になって聴くと なんだかすごくじんと来る。 当時は悪そ~な兄ちゃんで、ちょっといやらしくて そんな歌を中学生が歌うのもはばかられていたものだ。 (何度もいうけど田舎だったし) 31年ぶりのつま恋には、 見たところ50代くらいの りっぱなおじさんおばさんがいっぱいだ。 昭和20年代~30年代生まれの私たちにとって ライブを見たり、ラジオで新しい歌をきいたり そして、自分でもギターを弾いて歌を歌うことが ごく当たり前のことになった時代だと思う。 だれかがギターを弾いて それに合わせて皆で歌を歌う。 それだけのことが、心を揺さぶるくらい楽しい。 それはいまでもきっと変わらない。 歌を歌うこと。 みんなで音楽を共有すること。 ・・・やっぱりそれは今も楽しい!! どこかのレコード店のコピーじゃないけど 「No music No life!」 だよねえ~。 明日はバンドの練習日です。
2006年10月23日
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H歯科の院長先生のブログが面白い。診療中はとてもクールで、頭がよくて感情もあまり表に出されない。私よりもずっと年下なのにこの先生と話をするときには思わず緊張してしまう。毎週2回、律儀に更新されていてそんなところにも彼の真面目な性格がよく現れている。そのブログは笑いあり、涙ありで理系の方には珍しく(?)かなりの文才ありとお見受けする。自分を客観的に見ることにおいてはここまで書いちゃっていいのかしらと思うくらいその性格や行動を起こす要因についてもかなり深く分析されている。ここでアドレスを紹介するのは控えるがうちの医院をご存知の方ならHPからリンクしてあるので容易に検索できると思う。そのブログの中で先生が「ご先祖さまのどこかで、ちょっとしたズレがあったなら今の私の存在はなかっただろう」という言葉にインスパイアされてちょっと今日のブログはそれを拝借することに。結婚している方ならだれしも「違う人と結婚していたら、今はどんな生活をしてるだろう」と思うことがあると思う。もしくは両親から「違う人と結婚していたかもしれない」可能性があったことをきかされたことがあるのではないだろうか。今の両親が結婚していなければ私と言う人間はこの世に生まれてこなかったのだ。・・・そんなことを考えたりしませんでしたか?なんだか「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で結婚する前の両親に出会い二人が仲たがいすると、写真の中の自分が消えそうになるので両親をなんとしても結婚させようとがんばる主人公を思い出してしまう。本当にこの世は偶然でできているのだろうか。それともなにか大きな力があれこれと画策しているのではないか。命というもの、私と言う存在赤の他人が偶然だか必然だかわからないけど出会うということの不思議さ改めて考えてみるとますますわけがわからなくなってなぜかそこに大きな自然の力が働いているのではないかと思ってしまう。それは神様というものかもしれないし宇宙の秩序というものかもしれない。宇宙のどこかに天国があると言う人がいれば自分の中に神や宇宙があるのだと言う人もいる。ああ、なぜか秋になるとこういうことを考えてしまうのは空がどこまでも青くて星がちらちらとまたたいて自然というものの偉大さを思い知らされるからだろうか。なあんて哲学してみる秋の夜・・・
2006年10月15日
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