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すごく何か目的があるわけではないけれど、無駄にお金を使っているならば改めようと感じた。以前から気になっていたのがエンゲル係数である。友達に会うと一度に5000円くらいかかる時もある。週に2回か3回お弁当を持っていけば、恐らく7000円くらいの節約になるだろう。時々一人でカフェでお茶をするのは必要だと思うので削る対象にしないことにする。日々を大切に丁寧に過ごせば、小さな事でも続ければちりも積もれば山となるというように大きな事を成し得るのだと思う。仕事であれ、何かしなければと思ったその時にその瞬間にそのことをしておけば雑務なんかもたまらないのだと思う。一度に全てができるわけではない。日々の積み重ね。地味に思えるような平凡な日々を楽しむ事は私にあっている気がする。お金がたまることが幸せなのではないのだと思う。そのプロセスである、お弁当づくりが楽しく感じられていくそんなことの方が主になるといいなと思う。イエペさんを思い出す。(楽天のお友達)彼女には会ったことはないけれど、彼女の日記に溢れるものに私は感動する。ああそうだったのかと膝を打つような気持ちになる。筋が通っていて、毎日が輝いているような気がする彼女の毎日はいいなと思う。*昨日の日記はいろいろな事を含みすぎた日記で、読んでもわかりにくかったのだと思います。家族は私のことをとても大切に思ってくれている。正月そうそうに私の恋愛のことで家族会議みたいになってしまった。父は私を目の前にして、直接は聞かないものの私がいないときに母や姉にしきりに私の話をしているのだそう。そういう話は姉から聞かされたりする。そして昨日も私を目の前にしておきながら、N君のことはひと言もいわないで俳句の話で終わってしまった。そして話が終わるとすっと隣の部屋に行ってしまった。*ここ数日毎日私は頭の中を旅をしていたようなものだった。常に上昇していきたいという気持ちがある感情は脳みその上澄みの部分で、その下にたまっているのは小さな迷い達。私はその迷い達の還る場所を見つけようとしている。N君について。彼とは水平線をたどっている。忙しさが良いのか、電話をしても会ってもけんかもしないし楽しく話をしている。人に相談するとその相談の数だけ意見があり、その分だけ自分が迷う。自分ひとりが悩んでいても、何もかわらないのではないか?と言ってくれる友達がいた。それもそうだと思う。中学と高校の部活が一緒で、大学の学部も同じで、今も毎月会う友達がいて、その子は私のことをよくわかってくれている。その友達に彼の事を話すと色々といいことを言ってくれた。私が「彼が彼氏でなければよかった、つきあわなければ苦しまなかったのに」と言うと「そんなことはない。つきあったからこそ、お互いに成長できるし、きっとそれは違うと思うよ。だって今の状態がそうなんじゃないかと思う。」と言われた。「自分の理想の完璧を求めようとするのは無理だと思う。その埋め合わせは他の男の子でしたらいいのだ。」と言う。けれど彼は彼のままでいいのだと思う。どこかを直して欲しいと願えば、それは私が一緒にいたいと思っていた彼でなくなってしまうのだと思う。彼は彼のままでいいのだと思う。彼は今日スノボをしに行っている。明日会うことになっている。きちんと話をしようと思うのだが、その文章がなかなかうまくつながらない。頑張れ、私!
2004/01/31
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家に帰ると玄関にスリッパがきれいに並んでいた。そういうことがひどく嬉しかった。誰がしたのだろうスリッパがきれいに並んである玄関を見るとどんなご馳走を見るよりもこころが安らいだ。ただいまというと奥のほうから父がおかえりと応えた。父は俳句の雑誌で句を取り上げられたといって無邪気に喜んでいた。わたしはそれに対してそれほどの反応をしなかった。しずかな夕食をとる。母も姉も今日は指圧をしてからかえるのだという。お味噌汁はじゃがいもとニンジンがはいっていて、お味噌が強くいつもよりもしょっぱい味がした。父はいつもよりも話し掛けてごきげんだったけれど私はいつもよりも不機嫌だったのであまりいい答えを返さなかった。しばらくしてお互いの時間に戻った。父は俳句をつくりに書斎へ私は帰りに買った雑誌を台所の椅子に座って読む事に。*ku:nelという雑誌が発売されたので、帰りに購入した。はじめて購入したのだが、なかなか素晴らしい雑誌である。生活に関するストーリーの雑誌。写真が何気ないのだけれど、とても惹かれるものがある。様々な分野の人々のくらし。ああ、私 この人達に会うことはないのだけれどでもこういう人達がいるということがわかって嬉しい と感じた。金曜日の夜に早く帰ってきて雑誌を読んだりPCを触ったりするのはなかなかの贅沢だと感じる。なんというか次の日の心配をしないでいいわたしはここにいていいのだと感じるのがいい*かえる場所ただいまと言える場所があることを感謝しなければと思う。そのくせひとりでどこかに行って。そしてしばらく家に帰りたくないと思うときもある。何もしたくないと思ってひどく悲しくなったりして無気力になることもある。かえる場所があるからそんなワガママな発想が浮かぶのだと思う。家のスリッパを見たときにすべてがふきとんだ。
2004/01/30
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今年の初夢は、妊娠する夢だった。気がついたら生まれていて、隣で寝ていて、すぐに走り出すほど元気な子供だった。男の子だった。夢の中で、一瞬とまどうけれどすぐに『育てなきゃ』と思う。自分は台所にいて、新居なのかな?壁が木製だったのを覚えている。そして昨日も子供が生まれる夢だった。また男の子だった。初夢の時は戸惑いがあったのに、昨日は戸惑うことがなかった。嬉しくて嬉しくて誰かに言いたくて仕方が無いのだ。その子は生まれた時は未熟児かと思うほどに小さいけれど、次の瞬間に普通の赤ちゃんくらいになっていて言葉を話していた。「おかあさん」とか普通に言っている。「この子、すごいなぁ」と思いながら目が覚めた。妊娠する夢を見るときというのはどんな時だろう?*多くの場合、実際の妊娠を暗示するものではありません。忍耐を必要とする状態、大きな負担や義務、新しい状況への準備期間、なにかが始まることなどをあらわしています。未知の自分に出会えること、新しい可能性への期待、事態の変化を暗示しているようです。その夢全体の状況によって事態の明暗がわかれます。(眠り男の夢占い辞典より)夢を見たときに大切なのは、その時の気持ちとか気分だとか。昨日は嬉しい、と感じているのできっと良いのだと思う。妊娠する夢を一ヶ月のうちに2度も見るとさすがに、不思議に思えた。何か新しい環境に飛び込もうとしている自分がいるのかもしれないと感じる。*おととい出社時間がもう少し早くならないかと考えていると、会社の人が新しい地下鉄のルートを教えてくれた。なるほど、もっと早くからそのルートにしていれば良かったのだと思う。今まで3年も頑固として変えなかったのは、習慣になってしまっていたからか。大阪から御堂筋線で本町よりも、西梅田から四つ橋線で本町に行く方がはるかに人が少なく、又乗り継ぎ時間が短い。いつのまにか固定されている行動パターンを変えると、違うものが見えてくるのだと思う。乗る電車のルートを変えると、朝出会う人たちも変わってくる。話をすることもなくすれ違っていく人たち。きっと知り合いになることもなく。けれど同じ電車に乗り合わせるという縁がある人たち。ひそかに自分の印象に残ってしまう人がいる。服装というか、雰囲気というかどうも記憶に残る。恐らく何度か会っているうちに、相手も私のことを何となく認識しているのではと思う。電車を変えると御堂筋で出会うとても華やかな女の人を見られなくなるのはちょっと残念かもと密かに思う。いつもどこかのブランドの洋服を着ているだろうと思われる、巻き髪が完璧で、細身ですらっとした女性。香水の匂いがきつくて、私は彼女がどこにいるのかすぐにわかってしまう。
2004/01/29
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母は私を妊娠していた時、むしょうにレモンが欲しくなったと言う。レモンをかじっていれば気持ちが落ち着いたのだとか。姉の時はりんごが食べたくなったと言うのだから、子供の嗜好によって食べたいものが変わったりするようだ。不思議である。レモンを食べていたから色が白くなったのだとか、りんごのお陰で声がきれいだとか、そういうエピソードを聞いていたからというわけでもなく、私はレモンがとても好きである。すっぱいものを食べると元気になる。気持ちがしゃんとして、よっしゃーという気合いが入る。食道にある自動販売機にはポッカの『キレートレモン』がおいてあり、仕事の合間に息抜きに買いに行く。微炭酸なのですこしビリビリとした刺激がレモンの酸味を引き締めてとても美味しい。量はさほど入っていないのだけれど、あとすこし…とあとを引くくらいなのがいいのかもしれない。人でも、もうすこし話をしたい…と思わせながら別れるくらいがちょうどいいのかも?なんて関係の無いことを考えたり。*昨日家に帰るとトトが寄ってきた。「ただいま。偉いねー。おまえ」なんて話をしているとお隣の庭から「こんばんわー」と声が聞こえた。一瞬なにが起きたのかわからなかった。つられて大きな声で「こんばんわ」と返事をする。顔をあげると見たことも無い格好が良い男の子が、車庫の陰から見えた。お隣には人が住んでいるけれど、あまり交流がなかった。というか私があまり家にいることが少なかったからだと思う。一瞬驚いた。そして彼が誰かということに気づくのに一分くらいかかってそして記憶が戻ってきた。ああ、そうか。アメリカに留学していたんだったなぁと。彼を最後に見かけたのは3年前くらいだった。今は大学生だと思う。彼の小学生時代、中学生時代を知っているのだが急に大人になったという感じがして親のような心境だった。「おやまぁ、立派になられて」と言わないまでも、本当に内心驚いてしまった。たいした会話を交わすことができず、彼のほうから「ではまた」と笑顔で言われて、まぬけにも同じように「ではまた」と交わしておいた。??いつのまに、あんなに人間が変わってしまったのだろう。アメリカという土壌が彼を変えたのだろうか?大きな声で挨拶をして、笑顔でニコニコなんて考えられない。彼は少なくとも照れてしまうようなタイプだったのに、と私は一晩たっても首をひねってしまうのだった。人の人格を変えてしまうほどの環境のもとにおかれると人は変わるのかなと思う。そういえば私も外国に留学をしていたときに思いもしないほどに活発になったように思う。いらない気遣いをすることなく、のびのびと出来たように思う。
2004/01/28
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小学校の卒業時に、10年後の自分へ手紙を書いてタイムカプセルに入れた。高校卒業時に卒業生が集まってそのタイムカプセルを掘り起こして、手紙を取り出した。小学生の拙い字で書かれた文字。手紙には何が書いてあったか、忘れてしまったけれど確か「毎日楽しいですか?」とかそんな風だったと思う。10年後、何をしているのだろう?とイメージしながら未来の自分へ手紙を書くことっていいかもしれないと思う。*未来の私へお元気ですか?もしかすると結婚をしているのかもしれないね。大切な人にやさしく出来ていますか?自分をやさしく出来ていますか?人生は楽しいですか?今出来ることを精一杯頑張って下さい。*私は昨日あることを決意して本屋に行った。それは資格を取るということだった。閉まりかけの本屋に飛び込んで、高まる動悸を押えつつ、秘書検定2級の問題集を購入する。完全独習というもので、参考書と問題集が一緒になったものだ。自分の仕事をもっと深く理解したいと感じた。手探りで仕事をしていくよりも、納得してしたほうが楽しい。知らないことは出来ないと思う。そう思うと、私はかっかっと自分が燃えているような気持ちになった。今しか出来ないことかもしれないと思う。方向や目的が決まると、何だかとても幸せな気持ちになる。気持ちがおさまる場所を見つけて、安定する感じ。
2004/01/27
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私は鈍感なのかもしれない、と最近になって思う。とくに人からの優しさについて。優しさや思いやりというのは、人によってそれぞれの尺度がありこれが優しさだ、これが思いやりだとはいいきれないものだ。自分が思う優しさを相手に求めていては相手の気持ちに気づくことは到底難しいのだと思う。自分の価値観で人の気持ちを推し量ろうとしてはいけないと思う。例えば自分は相手からすこしも優しくされていない、と感じるとき自分の感覚がにぶっているのかもしれない。本当はすごく愛されているのに。具体的な話をすると、それは父のことである。父はいつもわかりやすく親切というわけではない。過剰な優しさを与えてくれるというわけではなくしかし必要な時には手助けをしてくれているのだと後になって気づく。今日の朝、私はゆっくりと起きてきて、台所の椅子に腰をかけていた。6時になり父が階段をのぼっていく音。そして又降りていく音がする。「なんだ、おまえ 起きていたのか」「うん。」そんな風なのが私と父のやりとり。老夫婦のように短い会話をして、お互いの準備に取り掛かる。何気ない生活の中にしみこんだ場所に愛情が点在するのではないかと近頃感じるようになった。人からの親切や思いやりとか、密かに企ててくれていることとかそういうことに気づくと実は自分がとても恵まれているのだと感じる。すこし足を止めて、感じてみようと思う。
2004/01/26
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今日は本当に冷え込む日だ。特に私の家は山の頂きにあるので、普段でも三ノ宮とは2、3度違う。ある程度の気温を越えると諦めのような気持ちになる。僧侶の気持ちに近づくのか、いつのころか寒い時も「寒い」とは言わなくなった。悟りきっているのだろうか。こんなものだと納得している節があるようだ。寒くても寒いと感じない。先日大阪の街中を友達と歩くことがあった。やはりその日も冷え込む日だった。その友達がやたらと「寒い寒い」と言うと私は「そうだろうか」と思ってしまう。知らず知らずに皮膚が強くなったのかもしれない。そのくせ会社の廊下なんかを歩いていて、ひゅっと寒いと感じるときに「寒い」と思う。のろのろ歩く。温かいところを知ると、気の弱さがでてくるみたい。ココアを飲んでため息をつく。苦いくらいに甘い。仕事の合間に飲むと 気持ちを揉み解してくれて和む。*お昼まえ、友達からメールが入る。高校生の時の恩師が亡くなったのだと言う。突然の訃報に私は驚くしかなかった。私は高校を卒業以来、高校には訪れていないので何年も彼には会っていない。私は彼が担任をしている時学級委員をしていたので、たくさんの思い出がある先生だった。よく怒る先生で、前のほうの席に座っているとつばの雨をふらせた。うっかり授業中におしゃべりをすると、チョークを投げられた。チョークは床に叩きつけられると、ぱっと飛び散り青やら赤やら白色で床を染めた。掃除の時間はそれらを雑巾でふき取ったものだった。彼は一日に二度くらい校内放送で私を呼ぶ。「申し訳ないんだけど」と言って、ちょっと謙虚な風な言い回しで色々なことを頼まれた。ハイハイと出向いてしまう私も私だと思う。ただ単に机をひとつ移動させるだけに呼ばれたこともあったし、資料が重たいので持っていってくれと言われたり。彼のしわがれた声、たばこ臭い息、真っ白い髪の毛。笑うとやたらにいい笑顔をしてくれる先生だった。小さな用事で私を呼ぶ。お食事中であったとしても。腹がたつこともあったし、気持ちを高揚させてくれる時もあった。彼を思い出すとき、私は自分がまだセーラー服を着ているままのような気持ちになる。ほこりっぽいセーラー服を着て、みつ編みをして。私の心の中では彼はあの時のまま、私もあの時のまま。今日は御通夜で明日がお葬儀だ。もう彼に怒ってもらえないのかと思うと、私は残念でならない。そう思うともっと気持ちよく、彼の用事を引き受けていたらよかったなぁと思う。残念ながら今日も明日もどうしても用事があり行くことが出来ない。心の中で私は彼に献花する。先生、私 あなたのこと大好きだったよ。安らかにお眠りください。
2004/01/23
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昨日に引き続き幸田文の小説に関するネタなのですが…『台所のおと』では生活における音について、事細かに描かれていた。あの女のたてる音が好ましいとか、あの女のたてるあの音が好ましくないとか。たてる音が生理的に嫌で我慢がならなくて、それが別れる原因になったりする。日常にたてる音について、あまり考えたことがないけれどやはり音にはその人の人となりが表れているように思える。いつか姉と話したことがあったのだが、「生活音がうるさくない人がいいね。ドアでもバタンとしめたり、食器をガチャっと置いたりすることがない人がいい。」とのことだった。それは本当にわかる、と思う。音を立てるとき、一緒にいる人への配慮はなされていないのだと思う。何故なら音を立てるときは、恐らく本人は気づいていないし音を立てた途端にそれは無かったことになると思い込んでいるのかもしれない。私の父はいつも引き戸をガシャンと締めたり、物を置く時の動作が粗雑だったりする。破壊的な音がするので、こちら側のペースというか気持ちを乱すような気がする。音というのは奥深いのだと感じる。例えばパソコンでキーを押す速さ。これも個性が出る気がする。速いけれど静かに打つ人はいいなと思う。速くて粗雑な感じがする人は、指がまどろっこしくて嫌だと思う。出来れば一緒に暮らす人は生活音が気にならない人がいいなと思う。そういう自分も出来るだけ心掛けなければと思うのだ。*昨日は久しぶりに会う人ばかりのお食事会だった。3年ぶりに会うと、身をまとっている空気が何となく違っていて一瞬違うように見えるのだが 話していると懐かしさが戻ってくる。以前はあまり話をしたことがないKちゃんと話が盛り上がる。Kちゃんは夏に結婚を控えていて、もう結納をすませたのだという。7年もつきあった彼と。あまり大きな喧嘩はしたことがないらしく、似たもの同士のようだ。彼女は何だかホッとしたような、余裕が感じられて見ていてすがすがしかった。彼から「お互いをいたわりあう夫婦になろうな。」と言われとか。8人で集まって、色々な話を聞くと本当にそれぞれで面白かった。ずっと同じ会社で働いている人、再就職した人。「タイミングが大切」と言う話が盛り上がった。何でもタイミングだ、と。嬉しかったことは、Kちゃんに「mamikoro、元気そうね」と言われたことだった。そういう誉め言葉は本当に嬉しい。きれいになったね、と言われるよりも自分のことを見てくれているのだと感じるから。
2004/01/21
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AMAZONで幸田文の本を知り、会社の帰りに買って帰る。幸田文の文章はとても繊細で、そして適確な表現である。『台所のおと』という作品であるが、小料理屋の夫婦の物語である。夫も妻も互いに再婚同士で、子供がいない。ずっと夫がお店に立って、お店を切り盛りしていたのだが病気のために店に出ずに床に伏すことになる。一日中することもなく、横になり妻がたてる料理をする音を聞いている。彼女が立てる音を追いかけることがとても楽しく感じている。その音の変化を感じ取っていて、そのことを彼女に伝える。妻はドキっとするのだ。実は夫の病気の経過を医者から聞いていて心に秘めていたのだった。*最初の一ページを読むと吸い込まれるように、本の中に入っていった。静かだけれどどこか軽やかで、又日常のあやうさのようなものがある。夫婦が寄り添うようにしている作品で、ああ…いい話だなと感じる。それぞれが、それぞれの歩んできた人生を背負い、過去を清算するわけでもなく過去にとらわれるわけでもなく、寄り添う。今の私の気持ちにぴたりときた。*昨日の夜はバスで寝過ごしてしまう。幸田文の本を読んでいたからなのか恐ろしく睡魔にやられてしまったようだった。終点で目がさめて(運転主に起こされた)暗い夜道を歩いた。田舎なので殆ど真っ暗、通る車の数も少ない。だから正直いって恐いし、心細くなる。けれど何度か犬の散歩をしている主婦に遭遇することが救われた。終点のバス停の横にあった自動販売機でコーンスープを飲みながら歩く。星がきれいだった。田舎でネオンが少ないからだと思う。30分凍えながら、途中ぐれてしまいそうになりながらも家に到着する。ご飯がとてもおいしかった。予定外のことって、『おいおいどういうこと?』と思ってしまうけれど楽しむことも出来るのだと思う。夜道の30分、星の光とコーンスープとともに。
2004/01/20
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美容室に行き、パーマをかける。パーマをかけるのは5年ぶりくらいで、今まではずっとストレートだった。だから仕上がりを見たときに、パーマでフワフワになった自分がすごく違和感を感じてしまう。担当のMさんが「きっとパーマに慣れてないだろうから、違和感があるかもね。でもラフに仕上げたらいいよ」と言ってくれた。美容室の帰りは何度もショーウインドウで自分を見てしまう。何だか新鮮で、違う自分になったみたい。家に帰ると家族に「よくなったね。」と言われた。最近母は冬のソナタにはまっていて、「ユジンさんみたいよ。」と誉めてくれた。たまには変身もわるくないかも。*何となく古いものを捨てていきたい気持ちだったこともあり、携帯電話の機種変更をした。Jフォンのシャープのもので、機種はV401SHというもの。写メールの画像が、100万画素もあるためか非常に鮮明である。ずっと使っていた電話は2年も使っていた。けれど、切り替える時は寂しいという気持ちというよりも清々しさに似ていた。長い年月の間に携帯電話は私の手の形に形作られたかもしれない。手に取ると自分の体の一部のように、機械が馴染む。ずいぶんと働いてくれた。十分である。もうそろそろいいだろうと思った。20分ほどでデータ写しが完了するというので、隣のカフェで一人でお茶をする。姉に「絶対に行って来て。すごくいいカフェだから」と言われたカフェだった。カフェ『Gauloises』は三ノ宮センター街の、ナガサワ文具店を南に降りたJフォンショップの隣の地下にある。かわいいマスターが面白い動きをして、注文を聞きに来てくれる。紅茶は『musica tea』のものだと思う。『musica』の紅茶の缶が並んでいたから。ジャズを聴きながら美味しいワッフルと紅茶を頂く。ここは誰かの家みたいだと思う。メニューは上手とは言えない字で書かれていたり、画用紙にチューリップの絵が何気なく描かれていたり何だか胸がきゅーんとなる場所である。おまけにマスター。会えばもう一度会いたくなる人。「また、来てください。」少年のように笑顔がこぼれた。街中で、老舗のカフェに入るのは好きだ。新しいカフェとは違った、濃い時間が流れる。初めて訪れたとしてもしっくりと体に馴染んで何年もここにいるような気持ちになる。*新しい携帯電話の使い心地はすごくいい。自分の分身みたい。古いものを捨てて新しいものを取り込むと、新しい出来事がやってきそうな気がしてくる。
2004/01/19
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私は以前から元町という町が気になっていた。三宮ほど華やかではないけれど、地元の人が頑張っているという気迫があったから。中華街の活気は特別で、訪れるとかならずエネルギーをもらえるのだ。来週の22,23,24,25日は春節祭だったかな。今日は大阪から出てきてくれた友達とランチだった。インターネットで色々と調べてみると、手作り生麺のパスタのお店が出てきた。パスタが好きだというお友達だったので、このお店に決まり。場所は元町から山側に5分くらい上がったところにある。私はいつも行く前に必ずお店にお電話をかける。お店が開いているかどうかの確認とともに、いちよう予約をしておく。そうすると歓迎してくれるし、出された料理も味が美味しくなるような気がするのだ。お料理って気持ちが入るものだと思う。お茶ひとつ例に取っても、気持ちを入れるとお茶も美味しくなる。お店に電話をすると感じの良い女性の方が出た。11時半~だという。予約をする必要はする必要はないだろうということだったけれど、しておいた。お店の場所はJR元町駅の東出口を出て、鯉川筋を上に上がる。生田新道も抜けていく。すると左側に見えてくる。『パスタフレスコ』と書かれた看板が見えてくる。外観は見落としてしまいそうなお店なのだけれど内装は素敵だった。スタッフは女性二人だった。麺の種類は色々で、タマゴパスタ トマトパスタ ほうれん草パスタ。私はほうれんそうパスタを食べる。バジルのパスタだった。麺はしっとりとしていてコシがあり、美味しかった。お友達の方はトリコロール・パスタというものでトマトとカルボナーラとバジルのソースが上にかかっていた。電話をして行ったので、お店の人にやはり喜ばれて帰るときは丁寧にお礼を言われた。元町界隈を歩いていると中華料理が多くて驚く。また三宮とは違った、落ち着いて飲めそうなお店があったりして元町もいいなぁと思う。三宮は大阪よりも人通りが少ない。元町はさらに少ない。古いお家があり、古くからのお店があり生活感が感じられる。八百屋があり、地元の人がごく普通に買いに来るという雰囲気の場所だった。野菜が凄く安くて、都会の八百屋だとは思えない感じだった。白菜も大根もどうどうと太っていた。あるお店の前を通ると、『1月17日、震災記念日。みんなが幸せに暮らせますように』と書かれていた。決して忘れる事がないようにまた、決して忘れてはいけないのだと感じる。祈るような気持ちで、街を歩いた。私は北区に住んでいるので震災の被害は少なかった。やはり海側の方が被害が大きかったようだ。被災者の家族の方には辛い日になるだろう。『復興』その言葉は今も特別に心に響く。この街は『復興』に向けてあの日からずっと歩んできたのだと思う。
2004/01/18
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今年は自分の行動をどこかで冷静に見るように心掛けている。勢いで突っ走ってしまうところがあるので何でも程々にしたいと思う。予定も入れ過ぎていたら、中休みを取るとか食べ過ぎないようにするとか。やり過ぎないこと。そうそう朝、お粥にするようになってから便秘が治った。お昼ご飯がとても美味しく感じるようになったように思う。昨日は以前担当をしていた上司と美味しいお酒を呑んだ。その人に言われたのが、「やりすぎる」こと。2年ぶりに会って、言われた言葉。やはり彼は私のことを見抜いているなと。新入社員の頃、3ヶ月接していたということが大きくて、その頃のことを知られているので恥かしい。誉めていただいたことは、「おっとりとしているけれど、肝心なことは言っている。」ということだった。又、「おっとりとしているから、多少きついことを言ってもきつく聞こえないというところがある」とのこと。その通りだと思う。だからこそ、私は助かっているのだと思う。今日はお料理の日だ。実はお料理のお稽古をやめようかと思っている。お稽古のリストラというか、現在お茶とお花と書道とお料理をしている。結局お料理が一番やめてもいいのではないかという結論に達する。時間が無くて、心に余裕が無いから習ってもためにならない。どうせならば楽しんでしたい。それならばいっそ一度辞めてしまうのも選択なのだと感じる。ベターホームのレシピ、本当に美味しいので惜しい気もするけれど・・。またしたいと思えば、始めればいいのだ。今日はさばの味噌煮のお稽古である。とても楽しみにしている。
2004/01/16
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今日はバタバタとしていて、ずっと動き回っている。役員さんがいらっしゃる日は何かと用事があるものだ。15時。やっと落ち着いて口紅を塗り直す。気持ちを落ち着けて椅子に座る。お昼にお客様が来て、お昼ご飯はお弁当を手配することになっていた。お味噌汁がなかったので、コンビニに買いに行くことにする。上着を着ないで外に出た。急いでいる時は寒さも感じなかった。忙しい日はめまぐるしくて、一日が矢のように過ぎていく。自分が生かされていることを感謝できて、それはそれでいい。*年末に占いをしたのだが、それがすごく当たっていて恐いくらい。言霊と霊感タロット占いだった。雰囲気のある人だった。会って早々、私の顔を険しい顔で見ていた。何だろう?と思っていると占いが終ってから私の後ろにいらっしゃる人のことを教えてくれた。それは本当に驚いた。ご先祖さんらしい。占いをして良かったと思う反面、知ってしまったので動揺することもある。でもどう選択したらいいのか迷路に迷い込んだ時は占いも手だなと思う。ある作家さんが言っていたのだが、すごく悩んでいる時は多分どちらを選択しても同じなのだと思う。案外とても小さな決断とか、不意に思いついて何気なく選んだことのほうが後々の人生を大きく左右することになったのだとか。親切な占い師さんだった。私がAを選んだ場合、Bを選んだ場合についてどちらも占ってくれた。占い師はカウンセラーに似ている。最終的な選択権はお客に委ねていて、けれどアドバイスはしてくれる。毎月起こることを言ってくれた。例えば誰に会うとか、電話がかかってくるとか。自分の行動する以前に、起こりうることだったりする。7月のスパイダーマンの映画も言い当てていたのだと昨日気づいた。7月は不本意なお誘いがあるのだとか。結局私がその誘いに乗ることもタロットに出ていたのかな。運命ってある程度決まっているのかもしれない。起こることとか。でも自分がその時にどうするかでちょっとづつ変わっていくのだと思う。昨日は帰りのバスの中で これから何があってもきっと大丈夫だと思った。考えがひとつにまとまると、静かな納得とともに安心感を得る。例えば自分の身にどんなことが起きたとしても、その時に自分が自分の羅針盤で感じて考えて選択していけば少なくとも自分にとっては間違いではないのだと思う。それでいいではないか、と思う。どんとこい、未来!みたいな気分になる。ちょっと不思議な日記になってしまいました。笑)
2004/01/15
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昨夜は本当に冷え込みがきつくかった。雪は降らなかったけれど、アイスリンクの上を歩いていることを思わせる寒さだった。私は疲れていたのでまたお風呂で眠ってしまった。お風呂上りにメールが入っていた。誰からだろうか。送り主を見たときに、目を疑った。それは1年半前くらいに仲が良かった男の人からだった。「嘘でしょ。」何度も見たけれど、間違いなく彼だった。その彼とは映画『スパイダーマン』を一緒に観に行った人だったのだけれど、2度ほど一緒に食事をしたきり疎遠になっていた。特に私も彼も喧嘩とかそういうこともなく、いつのまにか連絡が途切れていった。メールの内容はまた『スパイダーマン2』の公開が始まるので一緒に観に行こうとのこと。1を観ていないと行けないので、私ではないといけないのだという。そのメールの返事を考えながら、化粧水を染み込ませたコットンで顔をたたいていると 気が付くと1時になってしまっていた。私は考え事をしていると時間があっという間にたってしまう。今朝、洗面所で姉に昨日のメールの話をすると「で、何で彼はフェイド・アウトしたんだっけ。気軽な誘いだし、行けば?躊躇したりしていたら、かえって俺そんなつもりじゃないし。と言われるよ」と言われる。N君と付き合っているので、そのお誘いについて考えてしまうのだった。本当に不意打ちメールだった。忘れた頃に誘われると、また思い出す。男の人は勝手だと思う。1年半前、疎遠になっていく時期 彼は忙しいことを理由に誘わなくなったりした。どういう作戦なのか、それともただたんなる遊びなのか。たんなる思いつきなのか。私は心の暇人ではないので、そっとしておいて欲しいと思ったりするのだった。
2004/01/14
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今年のダイアリーは、『夢をかなえる魔法の手帳』というものです。そのダイアリーは、藤沢優月さんという人が作ったもので、『夢をかなえる人の手帳術』というものの実践した手帳です。12月のはじめに、何気なく本屋の店頭で売られていたのを手にとってすぐに購入した。日付は自由に書き込むことができるので、何月からでも始められるというもの。一日のスケジュールが細かく書き込めるようになっている。今年はスケジュール管理をしっかりとしようと思っている。そうすることで、不用意に心配したり自分を見失ったりしないですむように思う。今年はどういう年にしたいのか。毎日、何をすべきなのか。頭を使って考える時間、ぼーっと何もしない時間を上手に組み合わせる。与えられた時間はみな同じだけれど、時間の幅は広げることができる。*あるデータによると、書き出すことの効果は本当に大きいそうです。人間は、夢や目標として書き出したことの実に9割を、一年後には達成しているそう。しかも、メモの存在を忘れたり、捨ててしまっても、なぜか課出したことは達成されているそうです。これを私は「書くだけで9割の法則」と呼んでいます。(夢をかなえる人の魔法の手帳 著・藤沢優月 より)
2004/01/13
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さちこと西宮にある門戸厄神に御参りに行った。彼女と門戸厄神に行くというのは毎年の恒例行事になっていて、今年で4年目くらい。いつもよりも少し遅めのお参り。お正月熱も冷めているだろうし、人の出も少ないと思われたが意外と参拝する人は多かった。屋台の数も昨年よりも多かった。水で手を清めると神聖な気持ちになる。毎年同じところでお参りをすると、懐かしいような気持ちになる。おみくじをひくと大吉だった。実はおみくじを引くのは2度目である。2日に、大阪の本町にある難波神社が初詣でそのときは吉だった。内容はここ数年、書かれた事がない良い事ばかりだった。しかし一緒にいたさちこは余り良くなくて、すまないような気持ちになる。おみくじって、悪い結果の時は妙に気になるもの。「運がいい人と一緒にいると運が良くなるらしいで。だから一緒にいようね。」と言うと「うん、一緒にいてな。」と言われた。そのお参りの帰り、駅の近くにあるイタリヤ料理屋でランチを食べる。姉からの推薦だったのだが、とても美味しくて有名なお店のようで今月号のあまから手帖にも載っていた。大阪の南船場にも姉妹店がある。お店は『バルカーロ・ラランテルナ』という名前である。お店はなんと深夜の3時まで営業している。イタリア人のスタッフが「ボンジョルノ」と迎えてくれた。その彼が二晩で作ったというピザを焼く釜があり、イタリア本場の雰囲気である。私の姉が言うにはピザの焼き具合がたまらないのだそう。私はランチメニューの1,500円のものを頼む。前菜、パスタ、メイン料理、デザートとコーヒー。すべて「プレーゴー」と言って出してくれた。前菜はどうやって作ったのだろう?と首をかしげるほどおいしかった。とてもオススメなお店である。さちこと身近に起きた話をしていると、2時間があっという間に過ぎていた。さちこの話を聞いて、私は感じたことをアドバイスする。やはり客観的にみると同じことでも、違っているから。彼女の言い分と、彼の態度について考えてみる。メールや電話があまりないのだという彼、けれど彼女が言ったことや着ていた洋服のことは覚えているのだという。それを聞いて少し安心する。言いたいことは溜めないようにね、とアドバイスをする。そういう自分も、言いたいことを溜めてしまうほうだなぁと心の中で思った。多分私も彼女も相手に遠慮をしているのか、恐いのか、肝心なことを言葉にすることが出来なかったりする。そういうところが似ているのかも?と感じた。
2004/01/12
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今日は戎リーグというアメフトの試合を観に行く予定だった。それは関西学生オールスター対社会人オールスターという試合。企業のチアリーディングをしている友達がいて、その子がその試合が最後ということだった。私は友達と3時に待ち合わせをしていた。しかし勘違いをして2時に三宮に着いてしまった。思いがけない1時間という時間ができる。三宮で良さそうなお店を求めて散策しているとギャラリーがあった。吸い込まれるように入っていく。普段はギャラリーに足を止めるなんてことはなかったけれどその時は観たいという気持ちになった。展覧会はとても素晴らしいものだった。作家の方は天然の樹齢200年の樹の中を掘り、その中に和紙を何枚も重ねて貼り付けてその中に絵を描いている。その絵を描く旅に祈るのだそう。毎日必ず祈りの時間というのがあり、祈っては瞑想して、インスピレーションを得ては描くのだそう。クリスチャンである彼の描く絵はどれもキリストに関するものだった。キリストが再び生まれるという題材にした、『再生の朝』というタイトルのものが何枚かあった。そのほかはイスラエルに咲く野の花だったりした。作家の人は一枚の絵の描くのに半年から1年かけている。もっと思い入れがある絵は3年もかかっている。納得がいくまで、描いて祈って描いている。直接作家さんとお話をする機会があるのは珍しいことだったしまた芸術に対する想いが祈りである人に出会ったのも初めてだった。絵からはすごくオーラが出ていたような気がする。絵の具も自分で顔料を混ぜて手作りのもの。作家の方のお母様が目の不自由な方で絵を観るときは手を直接絵に近づけて観るのだそう。良く描けた絵はあたたかく感じるみたい。もし人工的な画材を使った絵だと冷たく感じるのだそう。「いつも描いた絵を母に観てもらうんです。」と言っていた。帰る間際に「もしかして、あなたは絵を描いているのですか」と言われた。何も言わなかったのに何故か彼には伝わっていた。「そうなんです。でも余り最近は描いていなくて。この間はコンサートの挿絵を描いたりしました」と答える。「たくさん描いたらいいのに。それで展覧会を開いて多くの人に観てもらうといい。そしたら自分が描きたいものがわかってくるし、自分がどんどん表現できるよ。」と言われた。帰る間際に私は「頑張って下さい」と彼に言うと彼は「お互いに頑張りましょう」と言ってくれた。同じ視点で考えてくれたというのが嬉しかった。今日も思いがけずいい出会いがあった。彼に会えて本当に良かった。とても励みになる。
2004/01/10
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昨日姉から不思議な話を聞いた。それは姉が気に入って通っている化粧品のアドバイザーさんが体験した話である。アドバイザーさんをAさんと呼ぶことにしよう。Aさんが姉に言った。「この仕事も、していると色々な客様に会ったりするものよ。」と言って次の話をした。10年前、お店で接客をしていると背の高いおばあさんが入ってきた。身だしなみもきちんとしていて、きれいな人だったらしい。その人が化粧品を一式欲しいと言ってきたのでAさんは、あれこれと一緒に選んで、結局彼女は6万円分くらいのお買い物をして帰っていった。とても喜ばれたのだという。しばらくして、又同じように化粧品を見繕って選んであげるとこう言われたのだという。「いつも大丸の方に歩いていく時にあなたのお店の前を通ります。けれど私は一度もお店に入ろうとは思いませんでした。しかし、私はお店に入ろうと思ったのでした。何故ならあなたが私を呼んだのですよ。あなた、ご自分では気づいていらっしゃらないようですけれど。あなたは感受性が強い方ですね。そして、人のことをかわいそうだと思っているところがあるので、気を付けたほうがいいですよ。今の仕事は続けなさい。」それきり、そのおばあさんはお店には現れなかったのだという。10年たってもなお不思議なお客様として、印象に残っているのだとか。本当に変わったお話である。私は姉に「それって、人間だったの?」と聞いてみたら「うん、きちんとした身なりの人だったらしいよ」とのこと。アドバイザーのAさん、きっとそのお客様の一言がずっと心に残ったのだと思う。もしかすると言い当てられたように思えたのだろうか。私も少し気になるお話だった。接客業って人との出会いがある仕事なのだと思う。そういう私も随分と昔、不思議なお客様だったのかもしれない。就職活動をしていた頃のこと。泣きながら化粧品屋に行ったことがあった。私の化粧品デビューは遅くて、大学4年になってもなおスッピンだった。化粧品を使ったことがなくて、けれど就職活動をするのにそれではいけないと感じた。企業の訪問の後、疲れきった私は化粧品屋に寄った。「どうしても明日までにファンデーションが欲しいんです。」と言って自分でも驚いたことに、ボロボロと泣いてしまった。お店の人はおろおろして、「そうよね、では選びましょう」と言って私の肌に合う化粧品を一緒に選んでくれた。今思い出しても恥かしい思い出である。化粧品屋さんは特殊な場所なのだと思う。女性にとって、自分を変えてくれるかもしれないという想いを持って訪れる場所。その場所には女性の様々な気持ちが残っているのかもしれないと思う。期待や夢、悲しみとか色々。
2004/01/09
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昨日帰宅すると、私宛に大きな紙袋が郵送されてきた。差出人は私の大学時代の知人である。昨年の11月に知人に依頼を受けて、あるコンサートのパンフレットの挿絵を頼まれていて、きつねの絵を描いたのだった。紙袋の中身はコンサートのパンフレットと詩集。それと、知人の母からのお礼の手紙と、詩人からのメッセージとプレゼントの袋が入っていた。私の挿絵は詩集に載せられていて、紙の質も良かったのかとても良い感じにおさまっていた。何だか達成感があり、嬉しかった。きつねの絵は、図鑑を見てインスピレーションを得て描いたものだった。わざわざ動物園に行ったのにきつねに会えなくて、オオカミをデッサンしたりした。きつねはイヌ科の動物なので、自宅の犬を見たりした。表情はうまく描けていたのかもしれない、と自画自賛する。詩人に喜ばれたらしくて、プレゼントの中身はガラスの地球儀だった。青色のビー玉がついていて、きらきらしていてきれい。今年、海外旅行に行きたいと思っていたのもあり、世界が近づいたような気がした。それにしても、プレゼントにガラスの地球儀を贈るなんて、詩人らしいなぁと思う。ちょっとロマンチックだと思う。夜に早速知人にお礼の電話をする。短い電話だったけれど、話ができてよかった。受け取ったらその日にお礼を言うのが一番だと感じる。*今日は満月である。食欲が出てしまうのもそのせいだと思う。家に帰って水晶の浄化をしよう。持ち主の気持ちが石に移るらしい。石が悪い気を抱いてしまうとあまり良くないらしい。毎回満月の夜はベランダに小さなお皿の中に水を入れて、水晶を入れている。冬などは外気がつめたいので氷が張ってしまう。朝、氷を割って中の石を取り出すときれいになった気がする。満月の浄化はおすすめ。アクセサリーで石つきのものも浄化したほうがいいかもしれない。
2004/01/08
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最近私は朝食をお粥にすることにしている。炊いたご飯にお水を入れて、電子レンジで2分か3分くらいあたためると即席でお粥を作ることができる。体の調子が悪い時にお粥を食べるととても美味しく感じるもの。朝、目覚めて最初に口にするものだから胃をいたわってあげたほうがいい気がする。ただのお粥では変化がないので、豆乳粥にしている。電子レンジでつくったお粥に豆乳の粉末を入れて混ぜる。するとまろやかな味になる。今日はかつおだしを入れてみたのだが、和風で上品な味になった。朝の忙しい時間、ご飯はぱぱっとすませてしまうことが多い。けれど少し手間をかけることで、自分にヨシヨシしてあげられるような気がする。*私の母はお出かけをする前日に、次の日に着る洋服を全てコーディネートして寝る。そうすると次の日に慌てないでいいのだそう。ためしに私も真似をしてみたら、気持ちがよいのだ。一日一日がつながっているのだと感じる。前の日、洋服を準備していると自然と気持ちが明日に向かう。どんな一日にしようとか…。そういうことが大事なのかもしれない。
2004/01/07
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しばらく日記をお休みしていて、申し訳ありません。またゆっくり更新します。
2004/01/06
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休み明けの出勤日。仕事がどっと押し寄せてきて、戸惑う。失敗がたくさん見つかって、とても反省したり。けれど反省した分、もっと頑張ろうと感じる。自分がまだまだだと感じることが前進する一歩目なのかもしれない。**急に思い立って絵を描きたくなった。ずっとしたいと思いつつできなかった。行動的になれなかった。絵筆は机のひきだしにしまいこんでいた。急に思い立って、絵筆をとってみる。形にとらわれず、思い向くままに描いてみる。すると自分の中の気持ちが色を選んで、するすると絵になる。絵は声にならない言葉なのだと思う。そんな気がした。今年は自分が好きな絵を描こうと思う。
2004/01/05
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父の親友の家族と私の家で、お食事会をする。それは随分と前から計画されたものだった。父の親友は私と姉をとても気に入っていて、それで息子さんのお嫁さんにと言ってきた。その人は家に来たこともあり、私はよく知っている。息子さんの評判はよく聞いていた。実際に会ってみると、思ったよりも素敵だと思った。イメージではひげもじゃで、背が高くて気持ち悪いような人だと思っていたから。趣味は、バイオリンとピアノ、スノーボードとサーフィンという人で同じ人間なのに色々なことが器用にできる人だった。私は彼の趣味のどれひとつ出来ないことばかりだったので大変驚いた。唯一ビリヤードだけ、私がしたことがあるものだった。お昼御飯はお見合いのような会で、私も姉もその人も話しにくかった。それで、御飯の後ビリヤードに行く事になる。ビリヤード。私は一度だけしたことがある。本当に初心者なので棒が玉をかすってしまう。彼はとても親切に丁寧に教えてくれたので、本当にわかりやすかった。姉も私もぐんぐん上手になった。近距離であっても遠距離であっても、そんなに力は入れずにすっと前に押すだけで玉がいい所に進んだりする。彼は真剣に玉を見据える。とても強く押すこともあるしとても優しく『こつん』と押すこともある。…そっか、『こつん』でいいんだ…と思う。とてもたのしい二時間になった。気が付くと私のことを「mamikoroちゃん」と呼んでくれていて、嬉しかった。ビリヤードの後から、私は何だか気持ちがすっと伸びる気がした。とても力が入っていた気がして、これではいけないと感じた。そんなに力はいらない。自分の中にたまっていた余分な力をすっと抜いてみると、落ち着くような気がした。彼に会ったおかげで、私はすこし落ち着くことができた。
2004/01/03
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一年が始まる時、私はNHKの行く年来る年を見ていた。母がおせち料理の最後の仕上げをしていて、私は台所の椅子に座っていた。テレビの前で迎えるカウントダウンは私の毎年の恒例。しばらくするとN君からの電話がなった。長電話をしてしまい、母の手伝いをできずに1時半に。新年始まって早々母と大喧嘩をしてしまう。1年の計は元旦にありという。元旦の日はなんだか心がざわざわしていた。家族がみんな私の恋愛についての話した。みんなが「mamikoroちゃん、変だよ」と言う。テンションが低いのに、落ち着きがない。絶えず、人の意見に左右されてしまう。「芯を持ちなさい」なんて言われる。N君となかなか別れることができないのだった。そんな不安定な状態だったけれど、私はよく動いた。洗い物はするし、お茶の用意とかもした。まるで、自分の中でバランスをとるかのように。家族に対して、悪いという気持ちが働いていい子に徹したのかもしれない。
2004/01/01
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