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今年のお年賀で『素敵な人・物との出会いがありますように』 と書いている人がいた。いいなぁと思った。人との出会いと同じように物との出会いも、素晴らしいものでありたい。お友達の結婚式が間近に迫っているのに、着て行く洋服を買えずにいた。仲の良い友達だったから、気合を入れたかった。気に入らないものを買う気はなかった。あちこちのお店を渡り歩いてたくさん試着をして、ようやく出会えた。きゃらめるさんに紹介していただいた下着のおかげで背中がスッキリしていた。その服を着るまで気づかなかったけれど。お正月から、下着を着け始めたのでまだ1ヶ月なのに効果が出ていた。念のため他のお店に行くことにした。でも他を見れば見るほど、その洋服のことが強く思い出された。それで結局、すぐにお店に戻って購入した。私の帰りを待っていたみたいに思えた。店員さんも私も嬉しかった。気に入ったものを買うときって店員さんもお客も嬉しいもの。買い物の醍醐味はこういう瞬間にあると思う。強い気持ちで探すと自分にあったものに出会えるのかもしれない。洋服探しは、なくし物を探すのに似ている。「何かお探しですか?」という毎度のセリフはそういう意味なのかも?と思うのだ。
2005/01/30
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疲れが溜まっていたので、鍼灸院に行く。当日だったのにS先生の予約が出来た。S先生がいつものように迎えてくれた。私が疲れているのがわかっているのか、無言でマッサージされる。きっと何も言わなくてもわかるんやろうなと思う。もう8年のつきあい。S先生は、私に会うたびに「自分を愛したらいいよ」みたいなことを言う。実は湯たんぽを抱きしめるという提案をしたのは彼だった。自分自身を腕で抱きしめてあげたらいいのだという。それと心臓をあたためたら、リラックスするらしい。S先生に不意に「ねえ、無敵な人ってどういう人だと思う?」と聞かれた。答えられないでいると、S先生がつづけた。「あのね、無敵なのは赤ちゃんなんだよ。無邪気でね。周りの人は、その人には腹が立たない。そのペースに乗せられてしまうんだ。我慢をするとか、上手に対応が出来る人じゃないんだよ」と言われた。「なんか、今日は硬い顔をしていたね。」「そうなんよ、上司とぶつかってしまってん」と答える。「私、まっすぐやから嘘がつけないし、直球やねん。」「そこがいいんだよ」私が欲しかった言葉だったらしく心の琴線にふれてしまった。無邪気なこと。S先生の言葉が繰り返し頭の中を回る。いつも私に必要なことを教えてくれる。私は体の疲れと心の疲れをとってもらっている。誰かの支えがなくてもひとりで笑いたいし、のびのびとしていたいな。それが無敵ということなら。面白いじゃないか。
2005/01/29
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昨日はある人と御飯だった。まだ咳が残る私は、普段どおりに振舞ったがしんどそうに見えたようで、早めに切り上げる。お酒の量もセーブした。(でも日本酒結構飲んでいました)私が真面目な顔で、お酒にも酔わないでその代わり少し気分が悪そうだったのでその人は心配したのだろう。「早く帰れ」と言われた。不思議と風邪の時って酔うもの。家に帰ってから変なむかつきが残り今朝もむかつきがあり、棒で殴られたような鈍い感覚とすこしばかり頭痛。足湯と熱いお茶で体を緩めて、落ち着かせた。お酒のみのその人は、何人か一緒に御飯を食べる人がいる。私はその中でも飲めるほうなので、重宝がられる。彼のモルモットみたいやなと思う時がある。かなりさばさばしたモルモットである。余り愛想がいいわけでもなく、お酒を飲んでやっと機嫌がなおるような私。もっとも、彼のモルモットは他にもたくさんいる。気分で使い分けているのだろうか。お金がある人は、こういう贅沢があるのだ。私がもし男性だったら、こういう贅沢がしたかったと思うだろうか。彼から他の女性の話を聞くと不思議とやきもちを焼くことがある。私はどこかで、自分だけ目にかけてもらっているのだと錯覚しているのだと思う。そういう部分があることを自分で認識するのも面白いけれど、それは男性には見せない方がいいんだろうなと思う。やきもちというのは、やっかいなものである。私はその人が苦手なくせに、やきもちを焼いている。とても矛盾である。男性は女性にやきもちを焼いてもらいたいという人がいるがけれど、あまり重たい気持ちは要らないのだと感じているかもしれない。と思う。私のひとりごとである。
2005/01/28
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日記って、その日のことを書いていますか?私はその日のことを書く場合もあるし先週のことだったり、一ヶ月前のことを書くこともあります。自分の中で、何度か考えて考えてその結果心に落ちてくるものを書き留めていますね。結論というのか。以前、恋愛の渦中だった頃は何かあるたびに、その日の日記に書いていました。書くことで消化させていたのでしょうね。誰かに聞いて欲しかったのだと思います。今はある事柄の後に、色々と考えるようにしています。例えばショックなことがあるとしてもそれを悲劇的に捉えてしまわないで、もしかすると背景はこうだったのかな?とイメージします。ドラマと違って、私たちはその事件がおきたときの背景を知りません。相手がどんな思いでその場所にたどり着いたのかわかりませんしそれは想像力を働かせて。悲劇のヒロインにならず、喜劇のヒロインにならなくてはと思います。私は感情が激しくてわぁわぁと叫びだしたいけれど大人だからそうするわけにいかなくて行き場をなくしたときに一人二役しています。泣く赤ん坊になる私と、それをあやす私。どうにもならないときはひたすら歩きます。歩いていると、ちょうどいい所にカフェがあってそこで一休みします。同じように珈琲を飲んでいる人がたくさんいます。たった1杯の珈琲で助かる場合があります。
2005/01/27
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先週の木曜日に観劇に行きました。藤原竜也主演の『ロミオとジュリエット』。蜷川監督の舞台を見てみたかったのでした。藤原竜也がキラキラしていてまぶしいのだけれど演技以上に、私が気になったのは舞台から客席まで一気に駆け上がる場面。パンフレットを読むと蜷川監督は藤原竜也と鈴木杏に夏の海に飛び込むようなみずみずしさを出して欲しいということだった。それで1階から3階まで駆け上がらせているのだそう。二人とも、はぁはぁ言いながら駆け上がっていた。若いお二人の演技は本当に上手で見ていると感情移入した。たった4日間の恋愛。すごく速い展開で進んでいく…演劇を観て以来、私は疾走するシーンが頭に残ってしまって生活の一部分に疾走する場面を取り入れている。例えば電車に間に合うようにかなり走りこむとか。疾走するがむしゃらに走るそれはいいことだなと思う。
2005/01/26
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風邪をひいてから、疑問点がひとつ。肌の調子がいいのである。その原因をいくつか考えた。・早く寝る・何も考えない・お菓子をあまり食べない・洗髪の頻度を減らす・ローズヒップティーを飲む・足湯(ラベンダーの製油を入れる)・朝あついお茶を飲む髪の毛を毎日洗わないほうが肌にいいのかも?頭皮と肌はひとつづきなので、余分な水分を取りすぎるのかしら?洗面所で髪を洗って、顔を洗ったら、すぐに化粧水をつけ、その後にお風呂に入ります。そうしたら、肌が乾燥しないみたい。今までは、顔を洗う→お風呂に入る→化粧水だった。それじゃ、すっぴんの時間が30分くらいあるのよね。乾燥するわけだわ。ローズヒップティーも足湯も体の循環を良くしてくれるのは確かである。朝のあついお茶は便秘が治った。寝る前に色々考えるのもやめた。指圧の先生が言っていたように、夜は血液が心臓に向かう時間。考え事をすると、どうしても内向的になりがち。日中に考えたことは建設的になれるのだ。体のことに向き合うと自然と心にも向き合うことになる。いいものを取り込む。考えることも、できるだけいい考えを取り込む。それから。できるだけいい考え方の人と話す。私はすごく影響を受けやすいのでそういうことも、大事である。
2005/01/25
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週末は出来るだけ体をいたわるように心がけました。案外お昼寝はしなくて、家の中で動きまわっていました。お蔭様でちょっとづつ体力は回復しています。家族で近くのお寺に行き、厄除けのご祈祷をしていただきました。家族の一人が厄年だったので。厳粛なお経を聞いていると不思議と心地よくなる。住職の話では、今年は酉年。10こ目の干支であり、収穫の意味があるのだという。終戦から60年がたって、ちょうど終戦と同じ位置になっているのだという。(人は還暦で自分が生まれた年と同じ干支になるのだという)戦争が終わってから、いいものを溜めていなかったからこのような世の中になってしまった。これからいいものを溜めていかなくてはいけない、と仰っていた。お寺に向かう車の中で、家族で”ためる”ことを話していたから驚いた。”ためる”と言ってもお金を貯めて、旅行に行こうという話だったのだけれど。個人レベルでも、もっと大きな社会レベルでもサイクルがあるのだと思う。色々なものが溜まって、その結果、目に見えた形になって結果として出てくるのである。因果応報というのか。だから、例えばろくでもないことをしてしまうと後になってそれが、出てきてしまう。それは2週間周期で、古い細胞が上に上がってくる肌のサイクルに似ているかもしれない。私の家族は平穏なのだけれど、”それはご先祖様の行いが良かったから。徳があったから。”私の両親はそんな風に言う。未来のために、また未来に生きる私の子供達のために色々な選択をするのだと思う。一つ一つの行動はやがて、未来の何かに結びついている。お寺で、住職の話を聞いているうちにとてつもない大きな流れを感じた一日でした。
2005/01/24
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著者が男性の本を読むと、男性心理がわかります。東野圭吾の『トキオ』を読み始めた。彼の表現はきれいではないしものすごく現実的なのだが。でも物語の展開が面白い。私は登場人物の、粗雑で人間的な性格に惹かれるのかもしれない。以前、彼の著書『秘密』を読んだが、これは娘に亡くなった妻の魂が乗り移るという話。『トキオ』は時間を越えて、未来の自分の子供に会うという話である。男性が描くロマンチックは、なんと言うか… スケールが大きいし、あり得ないことだったりする。男性の方がロマンチックだとかいいますよね。よくその意味がわからないと思っていたけれど小説を読むとそうだなぁ!と思う。登場させる女性は理想の女性なんだろうな??と思う。気が強くて、家事はしっかりして、でも優しい。母性が感じられる人。*身近な男性のサンプルとして私は父親の言葉にかなり反応してしまう。彼は彼なりに考えたことをシンプルに発するのだが例えば、きれいな洋服を買うと素直に褒めてくれる。きれいにすると嬉しそうにする。逆に、バーゲンで安くて、しかもデザインもよくないものを買ったとき、すごくがっかりした顔になる。「そんなん着るの」って言う。私の上司も言っていたけれど、男の人は、いつまでも女性にきれいにしておいて欲しいと思うものなのだという。
2005/01/23
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今日は耳鼻科に寄ってから出社しました。昨日は、最初に会社の近くの耳鼻科に行った。気管支が腫れていたからインフルエンザかな?なんて言われ心配になる。病院を変えて、いつもの主治医に見てもらうとやはり炎症がひどいみたいで、手厚い治療をしていただく。それで今日も続けていくことにしたのだが、治療は続けてするほうが効果が出るとの事。風邪をひくと、早く治らないかな?って思う。でも体がすこしづつ良くなっていくのを感じると私の体がんばってるねんなーって自分から元気をもらう。私はいつも気力がなくて、つい気持ちが流されてしまう。だから病気に負けてしまうんやと思う。ついつい、病気の神様が私にいついてしまうのだろう。風邪をひくとシンプルになる。食べ物は選んで食べるし思考回路はあてにならないから、いつもよりも真剣になる。人の気持ちも敏感に感じる。感謝できるしね。寝ること食べることそれ以外は考えないしシンプルになる。私が時々風邪をひくのは必要だからだと思う。日常のなかでたまった膿を吐き出すためのもの。ばっちゃん。さんがいうように風邪が治ったら、体が軽くなりそう。
2005/01/20
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知り合ってから数回しか会っていない人とメールの交換をした。私のフルネームを知らないというので、漢字で教える。私も相手の名前をフルネームで知る。メールが来た。意外に古風で、控えめだったので驚いた。もっとノリノリなのかと思ったから新鮮だった。私は女性の感覚をもった男性に弱い。それはうまく説明できないのだけれど多分父親的な感覚のある人に弱いのだろう。言葉遣いが優しい人に弱い。関西弁ではなく標準語の人に惹かれる。以前、江國香織の講演会に聴きに行ったときに「人を好きになると言うのはその人の文化が好きになると言うことだ」と言っていた。人にはそれぞれの文化がある。私の中にある男性性に、異性の中の女性性がうまくかみ合う人がいいのかもしれない。というのも、私は外見は女性らしいけれどかなり男性的な感覚だから。*昨日から風邪をひいてしまって喉が痛みます。今、色々な方法で治療をしています。まず早く寝ること、薬を飲むこと。ローズヒップティーを飲むことうがいをすること。それから、自分が風邪をひいていることを忘れること。栄養ドリンクを飲んでいるけれどあれは体にいいのかどうか?効いているのかどうかも不確かである。
2005/01/18
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お料理の日でした。先生はとてもサバサバしている人なので私はいつも感動する。何でもテキパキしてて、ハッキリものを言うけれど憎めなくて。すごく負けず嫌いで、有言実行の人であるゲームでも「負けへんよ」と言って、メラメラして結果はいつも勝ち続けている。究極のプラス思考。先生ってお花を咲かすのが上手で、ふつう進呈ものの鉢植えって、咲かせるのが難しいのにもらったばかりみたいに咲き乱れてる。先生に「お花咲かせるのお上手ですね」と言うと「勝手に咲いてる」と言われた。それが気持ちよくて、頭の中をすこーんと風が抜けていった気がした。自分が手を加えたからとか愛情をかけたからとかそんな風に言うわけでもなく花は勝手に咲く。何となく納得する私であった。
2005/01/16
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1月15日は姉の誕生日だった。15日になった時に電話が次々にかかっていてやっと電話が終わったのを見計らって、私は計画を実行する。姉にプレゼントを渡すのである。隠していたプレゼントを取り出そうとするとその近くの棚に何と!私がずっと探していたものがあったのである。書道の筆入れが・・・きゃらめるさんをはじめ、いろいろな方が「あるある」と言いながら探すといいのだとか教えてくれたのだが、忘れた頃に出てくるなんて。あら、まぁ・・・。一度なくしたものを、また見つけたときというのは何でこんなに嬉しいのだろうか。案外、大事なものは目の前にあるのに見つけられないのかもしれない。毎日目にしていると風景になってしまって。けれど、本当に見つかったよかった。*私はニコニコ顔で姉にプレゼントを渡す。今までこんな風な渡し方をしたことがなかったのですごく喜ばれた。いつもはお食事を一緒にしているときとか。よく考えてみると隣の部屋なのだから誕生日を一番最初にお祝いできるし、これはすごく素晴らしいことなのではないかと思ったのだ。お友達には色々なサプライズをするのに家族のお祝いはマンネリになっていたからたまには、こんなお祝いもいいなと思う。
2005/01/15
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昨日、私がフランスのことを考えていて、本屋でフランス語会話の講座テキストを買って帰ってきたらフランスに留学しているお友達からハガキが来た。フランスで何とか生きているという内容だった。彼女に会いたくなった。フランス語を何年も何年も勉強しているお友達。私も4年くらいフランス語を勉強していたのを思い出した。テキストを開けると、懐かしい気持ちになった。母は「今年絶対にフランスに行きなさい」と元旦の日に言っていた。私に外国に行ってほしいみたい。「フランスに行かないなら、アメリカにでも行きなさい」と言う。アメリカにも友達がいるのだ。私は何だかエネルギー不足の感じがあったので、海外に行きたいなぁと思っていた。そうかと思えば美術部の下級生から、一緒にポストカードに絵を書いて売らないか?とのお誘い。それも楽しそうだねーと返事した。少しづつ何かの芽が出てきているような感じがする。今日になって、急にあるお誘いがやってきた。私に記事を書いて欲しいとのこと。それは社内の新聞である。私は面白そうなので引き受けた。去年きゃらめるさんとヨガに行ったときにヨガの先生が言っていた言葉を思い出した。機会がすぽっと落ちてくるという話。器をととのえていたら、チャンスがやってくるとか。まさに、何かが落ちてくるような感じ。それもたくさんの何かが。
2005/01/13
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昨日は書道のお稽古でした。新しい筆をおろすのである。私は土曜日に京都に行っていて、そこで筆を買ったのだった。お店は高台寺の近くにあった。筆をなくしてしまった時、ああ残念と思ったけれどでも又新たに自分の筆が選べるという自由があるのだと気づく。新しい筆を先生がおろしてくれる。真っ白な筆に墨がするする浸透してのりが溶けていく。新しい筆は、硬い毛だったので書いている感触が硬い。筆によって、書いた感覚が違うというのは面白いことだった。しんとしたお部屋で、ごうごうと換気扇の音だけがする。書道をしていると、何もかもがどうにでもなるように思う。あたふたといろいろなことに、心をとらわれてしまいがちな私。けれど、そんな私も書道をしていると一瞬の間でも落ち着ける気がする。*廊下で偶然会った人のことをすこし考えていました。忘れるでもなくその人を思い続けるでもなくけれど一年に何度か、時々思い出す何人かいる人の一人です。私って過去にああすれば良かった、と思うほうです。でもそれは自分をいじめているんですよね。きっと。反省ごっこからは何も生まれない。何となくいろいろな人が浮かんでくる夜はそんな夜は、ゆたんぽを抱きしめよう。
2005/01/12
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最近、デジタルとアナログについて考えています。上司に「仕事はデジタルの要素が多い」と言われた。デジタルというのは、よく意味がわからなかった。けれど、アナログの逆の意味であるのは確か。お花の先生に「仕事って、アナログだけじゃだめなんだと知りました。デジタルですることを頭に入れておかないといけないんですよね」なんて言ったら先生は勘違いして、「mamikoroちゃん、そうよ~ アナログでしなくちゃだめなのよ~。お花の仕事は感性が勝負よ」と言われた。それで、私は気づくのだ。私が今している仕事は感性ですることではないのだと。お花の仕事はアナログですることなのだ。感性でする仕事なのだから。生活の中でもアナログの部分とデジタルの部分があるのでは?そう思うようになった。人とのつきあいだって、どこかデジタルの部分もあるのではないだろうか?そんなことを考えた。例えば仕事の上で知り合った人とは、仕事を離れてもどこか仕事のことを思い出してしまって何だか完全にプライベートになりきれなかったりする。それは、もしかすると仕事の時のデジタルモードで接してしまうからなのかもしれない。そんなことを考えていた。デジタルとはどういう意味なのだろう?私の理解では最初から決まっていること。数字の上で割り切ったことではないかと思う。けれどデジタルだけでは悲しいと思う。せめて仕事から手を離れるときはアナログの切り替えたいと思うのだ。それが頭の切り替えということなのかもしれない。
2005/01/11
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今日は用事があったので外出。家族には「ちょっと買い物へ」と言って出てきた。実は姉の誕生日プレゼントを買うのが目的。どこのお店の何を買うかは決めていたから安心だった。何気なくナ○カミーチェに寄る。セールしていたので30%オフだった。普段、ここのブラウスは高くて2万円はしないものの1万5千円以上するのだ。私が興味深そうにしていると店員さんがやってくる。私はいつも店員さんに色々と出してもらう。きっと頼りなさそうにしているから何とかしなくちゃ、と思われるのかな?今日もいつも通り、色々な組み合わせを教えてくれて私は「ほほー」と感心しながら選ぶ。友達と一緒に買い物に行くと、私はかなり色々なアイテムを出してもらっているので不思議そうにされる。「こんなにアドバイスはしてもらわへんよ。何で、mamikoroちゃんは色々洋服出してもらえるの?」って言われる。私はただ、黙ってニコニコしているだけなのだけれど。それが店員さんにはやりやすいのかも。着たことの無い、紫色と紺色のストライプのシャツを着てみると何だか女っぽかった。もう一つの組み合わせは着慣れているグレーと黒だった。でもこれだったらいつも通りである。少し考えて、いつもは選ばない大人な雰囲気のコーディネートにする。自分じゃ選ばないものだった。時々、店員さんに選んでもらったものを買う。すると案外似合ったりする。赤紫色のカーディガンを着てみると違う人みたいだった。どこかの見知らぬ人に見えた。かなり丁寧に接客してもらったので、満足した。何しろ、シャツのサイズが違ったらすぐに取り替えてくれたりした。ずっと鏡の側にいてくれたのでありがたかった。*姉のプレゼントはイヤリングだった。そのお店では、最初片方だけしか耳につけさせてくれなかった。「両方してもいいですか?」と聞くと驚いたように、もう一つの方もつけてくれた。結局は気に入ったから買ったけれど、何となく物足りなかった。店員さんはかなりべっぴんさんだったのだけれど。帰る前にカフェで休憩することにする。そのお店はおじさん一人でやっている。「ケーキ下さい」と言ったら「うちのケーキは美味しくないから、ケーキを食べるなら他のお店で食べてください」と言われた。でも、そのお店はケーキ、美味しいのである。「でも私は、ここでケーキが食べたいんです」と言うと遠慮がちに見本を見せてくれた。誤解を受けそうだけれど店の人、悪気はないんです。ただただ謙虚な人なのです。そのくせ、出されたケーキは塔のように高くて、大きくてシュークリームまでついてくる。紅茶も、誰が飲むの??と思うほどでっかいカップに入っている。愛情たっぷりの、謙虚なおじさまである。お店は、いつも込んでいる。常連だと思われる。恐らくこの素朴な人柄に惚れてしまうのだ。
2005/01/10
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久しぶりに彼と出会った。その人とはいつもバッタリ出会う。エレベーターの中とか道路のまんなかとか私はバケツに雑巾を入れたものを持って、廊下を歩いていた。すると廊下の先に彼がいた。一瞬誰なのかわからなくて、呆然としてしまった。何だか雰囲気が変わっていたから。認識するまでに5秒くらいかかる。元気そうだった。相変わらず私は、彼の顔を見ると胸がしびれる。すこし挨拶程度の話をする。私ったら、掃除道具を持ってぼんやりしていたから本当に隙だらけだった。馬鹿みたいに口をあけてしまった。彼は以前よりも格好よく見えた。会うときはいつも前触れも無く突然。嵐のような人である。時間が流れて、私も彼も心の中が整理されたのかもしれない。年月がいろいろなものを一緒に連れて行ってくれたのだと思う。お互いに気持ちよく話せたように思う。よかった。時間というのは、みんな同じだけ与えられている。神様は、私と彼がこうして穏やかに出会うことを用意してくださっていたのですね。ありがたいことです。今日は今日だけのために存在するのではなくて、過去からの延長であるし未来への一日でもある私は今日も元気です。*2年前の日記をさかのぼれば出てくる人の話です。
2005/01/07
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4日の日に帰宅してから、あるものがなくなっていた。それは書道の筆入れ。もちろん筆が入っている。4日は書道のお稽古だった。筆入れは鞄の中に立てて入れていた。落とすにしても、ちっとも覚えがないのである。気になる場所は探した。電車やバスや地下鉄の落し物センターに聞いてみる。係りの人は本当に丁寧に調べてくれたけれど無い。神隠しにあったみたい。コンタクトレンズをなくして、辺りを一心不乱に探すのと筆をなくしてあちこちに電話をするのと、なくすということにおいては同じだと思う。4年書道していて、筆をなくしたのは初めて。道具をなくすということは、何ともいえない喪失感である。書道の筆って、使っていくうちに自分に馴染んでいくもの。とっくに捨てられているのかもしれない。もしくは書道が趣味の人に拾われて、使ってもらえているか。当然のようにあったものをなくしたときにその価値がわかるというものである。例えばイヤリングの片方とか。
2005/01/06
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矯正下着を着けるようになって今日で5日目です。本当に下着ひとつでこんなに違うのかと思います。背中にずいぶんお肉があったのでそれを寄せていくと背中がスッキリする。バストアップもしている。自分の体はこんなものだそう思っている部分が多かったのだと思う。背中のお肉がそぎ落とされただけで洗練された感じになる。バストが上を向いていると、胸を張って生きています~という雰囲気に仕上がる。私はバーゲンに行ってもとくに欲しいものがなかった。着飾ることよりも自分の中の何かをそぎ落としていくことがしたいのである。そして魅力と言うのは引き出していくと言うことなのだと思う。足していくことよりも引いていくことなのだろう。メイクアップも同じ。高価な洋服よりも、形が整ったものやシンプルでも何かデザインが少しいいものを選ぶ。素材はもちろん上質なもの。*そぎ落とすということに関連して。私、しばらく顔を剃っていなかったんです。お友達が、顔を剃ると白くなったという話を聞いて自分もそうかな?と思って剃ってみたら白くなった。シミが目立ってしまって、おおお!と思ったけれど。これも、自分のことをきちんと見ていなかったということなのだと思う。鏡は何の為にあるか?見えていないものがたくさんありそうです。
2005/01/05
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明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。*お仕事がお休みになり勝手ながら日記もお休みさせて頂いていました。メッセージたくさん頂きましてありがとうございます。またお返事させて頂きます。
2005/01/04
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今日は最後の休日でした。朝はおせちと、鯛めしを食べた。午後から着飾って家族写真を撮る。にわとりの真似をして、ふざけて撮ったりして。それから地元の神社へお参り。地元の神社は無人の神社なのだが途切れることなく、参拝客がやってくる。静かにお参りが出来るし目下に電車のプラットホームに電車が停まるのが見えるのがいい。家の近くの雑貨屋で福袋を売っていた。中身はなんだろう?結局1つ購入した。家族でわいわい言いながら一つ一つ出していく。3千円だったのだけれどかなりたくさん… 多分1万5千円くらいのものが入っていた。それぞれが欲しいものがあり、一家族にひと袋でちょうどいい。一番気に入ったのはひよこのぬいぐるみである。ちょうどひよこと同じサイズの、リアルなもので。私はドッキリした。10年前に亡くなった鳥に似ていた。鳥だから?かもしれないけど。なんか、ぬいぐるみじゃないみたいで。魂が入っている、そう思った。姉は気持ち悪いと言ったけれど私はすぐにベッドの枕元に置いた。生きているみたいにしっとりと濡れた目で上を見上げている。お店で売られていた、たくさんの福袋。その中で何気なく選んだもの。何かの縁で私のもとにやってくることになった。*その他入っていたものは…時計、タオル、靴下、ぬいぐるみ×3ゴミ箱、スリッパでした。
2005/01/03
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年末に購入したブラジャーとショーツを身に着ける。毎年、私は元旦の日から新しい下着を身に着けている。リップルのブラとショーツはいつもの下着よりもお高くて私はリッチな気分になる。高い下着を身に着けると自然と姿勢までが良くなって、いつもの洋服も違ったシルエットに見える。前の夜遅くまで御節を詰めて、お正月の準備をした。たった一晩でいっきに1年がたってしまったように全てが古くなってしまったような気持ちになる。すこし恐ろしいような。だから年内に出来るだけ、会いたい人に会うようにしているのだ。次の年にまたつながるように。一年に一度の元旦の日。この日は出来るだけ気持ちよく過ごすようにしている。だが…こともあろう、私はお年賀を見た後泣いてしまったのである。いつも私に色々アドバイスをしてくれる上司からのお年賀。今年は教育、最後の年にする なんて。いえ、別にその言葉に涙したわけじゃないんっすよ。(突然体育会系)ええ、その人の苗字を見ただけで涙が出る泣き虫な私です。ああ、ホントに厳しい人なんです。彼。というわけで、さぁ今年も始まります。*夜にいとこと電話で話す。中学1年の彼女から学校生活の話を聞く。懐かしい。段々自分も中学生みたいな気持ちになってあれ?お姉ちゃんとこうして話をしていると同年代の人と話しているみたいといわれました。そう。気がついたら、私も彼女と一緒に授業を受けているような錯覚に陥っていました。
2005/01/01
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