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次女の夏子が、小学校に入学した頃だったでしょうか。 私が職場で聞いてきた話を、子どもたちにしたことがありました。 「生き物はほかの命をいただいて生きるものだということ」「人間もそうだということ」を、教えたい気持ちでした。「命の尊さ」を教える機会だと思ってしまったのでした。 その話というのは、食肉工場で牛が電気ショックを与えられて殺される話でした。 夏子は、おばけが出てくる本など、恐い場面がある本(絵本ではありません)を読んでは、体をぶるぶるっと震わせたりすることがあり、想像力の強さを感じさせる子でした。人が気分が悪くて吐いた時など、真っ先につられて吐きそうになるのは夏子です。 どのように話したかまでは覚えていません。 ただ、夏子は、その時も、牛が電気ショックを与えられるところを、ありありと思い浮かべてしまったようでした。 三歳ずつ違う長女春子、三女秋子も一緒にその場にいました。 おそらく、それがきっかけとなって、夏子は肉が嫌いになってしまいました。 一般的に嫌いだという子が多いピーマンやグリーンピースなどは、苦もなく食べます。好き嫌いが多いというわけではありません。 ある時、家族でよそのお宅にお邪魔して食事をしたことがあります。お寿司をとってくださっていたのですが、手作りの肉じゃがも出していただきました。「どうするか」と次女を見ていたら、最初に肉じゃがを片付け(「いただき」ですが)、それからお寿司を食べていました。「あら、肉じゃが好きなの? おかわりする? 」と聞かれて、苦笑していました。 家では肉もよく食卓に上りますが、次女はしぶしぶながら、少しだけ食べます。家族でたまに焼肉屋さんに行く時は、野菜を中心に食べますが、それよりも、みんなのために焼き番をしてくれます。 話すタイミング、話す材料が適切ではなかったように思い、反省しています。 ランキングに参加しています。よろしかったらクリックして応援してください。「新米ママ・新米パパに贈る、幸せな子育てのヒント」トップページヘ「子育て応援広場」へ
2009.01.31
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今までに触れてきた本の紹介です。読書案内では、5冊ずつ振り返っています。16 石井桃子 赤羽末吉『したきりすずめ』(福音館書店)17 まついただし あかばすえきち『ももたろう』(福音館書店)18 いしいももこ あきのふく『いっすんぼうし』(福音館書店)19 時田史郎 秋野不矩『うらしまたろう』(福音館書店)20 新美南吉 黒井健『手ぶくろを買いに』(偕成社) 16~19は、「読み聞かせ(2)」で。20は、「手ぶくろを買いに」で紹介しました。 昔話は、読み聞かせの本の定番ですね。将来「国際人」として世界で活躍できるような大人になってほしいと願うなら、まず日本の昔話でしょう。半分冗談ですが、半分本気です。英語が話せることも大事でしょうが、まず日本のことを知っていることが大事だと思います。 いやいや、あんまり過度の期待をかけるとよくありません。「期待」自体は悪くないと思いますが、「過度」になると、子どもには重荷になったり、いやになったりしますから。元気でいることが一番。「死から考える」を思い出さないといけないですね。 福音館書店の「日本傑作絵本シリーズ」には、いい本がたくさんあります。 この中で、19の『うらしまたろう』だけ、家にありません。そういえば、どれを最初に買おうかと検討した時に、『ももたろう』や『したきりすずめ』の絵のほうが、きれいだったり、面白かったりして、後回しにしているうちに、何となく買いそびれたのだったと思います。 『手ぶくろを買いに』は、どれだけ勧めても勧めきれません。絶対におススメです。したきりすずめももたろういっすんぼうしうらしまたろう手ぶくろを買いに ランキングに参加しています。よろしかったらクリックして応援してください。「新米ママ・新米パパに贈る、幸せな子育てのヒント」トップページヘ「子育て応援広場」へ
2009.01.30
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「日の出を見る」という家族行事を紹介しましょう。これは、子どもが5歳の頃の行事です。 冬にします。まだ暗い朝6時頃に家を出て、車で15分くらいのところにある城跡に上ります。冬にするのには理由があります。 一つは、寒いこと。「肉まんの心」で書いたように、子どもと一緒に苦労することが大切だと考えているので、一緒に寒い思いをします。もちろん、楽しみもほしいので、おやつを少し用意します。長女春子の時は、みかんでした。次女夏子、三女秋子の時は、肉まんでした。 二つめは、日の出前の暗さと、日の出後の明るさの対照がはっきりしていること。この時の光景が記憶に残るように。太陽の光によって、明るさも温かさも頂いているのだなあと感じてくれたらと願っているからです。 天候にも左右されることなので、一度目でうまくいくかどうかは分かりません。快晴になりそうな朝がいいです。 最も美しく鮮やかに見えたのは、三女秋子の時でした。まだ数年前のことだから印象が強いのかもしれません。 私と秋子と二人で行く予定でしたが、母が家族みんなで行くものと勘違いして、早く起きてきたので、三人で行きました。日の出を待つ時間は、この時が一番長かったと思います。 城跡に着いて30分以上待ちました。やがて東の空が赤くなってきて、点のような強い光が差し始めます。ずんずん太陽が顔を出してきます。こんなに速く太陽は昇ってくるのかと思うほどです。太陽が出始めてから10分ほど見ていました。町の様子がはっきりと見えてきました。 「わあーきれいー。」「太陽の動きって速いんだね。」「まぶしいー。」 家に帰ると、口の達者な秋子は、さっそく妻に、日の出がきれいだったことを事細かに報告していました。 「寒かったよ。」「肉まん食べたわー。」「地球の端っこからちょんと出てきた太陽が、きれいだったよ。枝と枝の間からね、見えた太陽もね、きれいだったよ。」 夏子に「お前の時もきれいな日の出だったね。」と言うと、「ぜーんぜん覚えていない。肉まんはおいしかったけど。」と言います。 そんなものかもしれません。 前回から京都の写真です。前回のは、竜安寺の枯山水です。この後の写真は、どこで撮影したのか分からないものもあります。 ランキングに参加しています。よろしかったらクリックして応援してください。「新米ママ・新米パパに贈る、幸せな子育てのヒント」トップページヘ「子育て応援広場」へ
2009.01.29
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いままでに触れてきた本の紹介を続けます。11 七田眞『「できる子」の親がしている70の習慣』(PHP文庫)12 まついのりこ『じゃあじゃあびりびり』(偕成社)13 まついのりこ『ばいばい』(偕成社)14 まついのりこ『みんなでね』(偕成社)15 木下順二 清水崑『かにむかし』(岩波書店) 11は、「失敗、失敗。」で。12~15は、「読み聞かせをしましょう」で紹介しました。 子どもを「できる子」にしたいと思ったら(誰でも思うか)、七田式の右脳開発を試してみるのもいいと思います。私の町にも七田チャイルドアカデミーの教室はありますので、検討しました。ただ、私は、「あまり優秀になって小学校の授業を聞かなくなったら」とか、「フラッシュカードなどで、頭の回転が速くなって、じっくり待てない子になったらどうしよう」とか、余計なことを考えてしまって、結局、子どもを七田チャイルドアカデミーには入れませんでした。七田さんが「勉強ができる」ということだけを考えているのでないのは当然ですけれど。教室の印象が悪かったわけでもありません。私の心配しすぎ、杞憂です。心配性なもので。 12~14は、「まついのりこのあかちゃんのほん」のシリーズです。まだあまり言葉を発することができない1歳から2歳くらいのあかちゃんに読んであげるといいと思います。やはり、「初めが肝心」ですから、本を読んでもらえるのが楽しい、と赤ちゃんが感じる雰囲気を作りたいですね。 『かにむかし』は本当に何度も何度も読みました。かにのセリフ「なかなか あしが いうことを きかんもんで、じゅくじゅく」とか、仲間を増やしていく時の決まったやり取り「いっちょ くだはり、なかまに なろう」「なかまに なるなら やろうたい」とか、読んでいてこちらが楽しかったです。古本屋で買ったのかどうか覚えていませんが、うちにある『かにむかし』はすごく古いもので、奥付を見ると「昭和44年6月10日第7刷発行 ¥180」とあります。今の本は大判なのですね。かにむかし ランキングに参加しています。よろしかったらクリックして応援してください。「新米ママ・新米パパに贈る、幸せな子育てのヒント」トップページヘ「子育て応援広場」へ
2009.01.28
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本の紹介からずいぶん離れてしまいました。 子育ての本、読み聞かせの絵本など、これまでの記事の中で出てきた本を、5冊ずつ紹介して、整理しておこうと思っています。6 諏訪哲二『オレ様化する子どもたち』(中公新書ラクレ)7 正司昌子『授乳時のケータイで子どもは壊れる』(KKベストセラーズ)8 デボラ・キャドバリー著 古草秀子訳『メス化する自然 -環境ホルモン汚染の恐怖』 (集英社)9 岡田尊司『脳内汚染』(文藝春秋)10 森昭雄『ゲーム脳の恐怖』(NHK出版) 6は「子どもたちの惨状」で。7は「授乳時には赤ちゃんを見つめる」で。8は「男の子を育てる難しさ」で。9と10は「脳内汚染」で紹介しました。 どれも子育ての難しさを感じさせ、不安を感じさせるようなものばかりです。 でも、子どもたちに少しでもいい環境を与えてやるためには、私たちの置かれた状況というのでしょうか、現代社会の特質を知っておくのが大事だと思います。 『オレ様化する子どもたち』は、高校の現状を知るのにいい本だと思います。少し読みにくいという印象をもたれるかもしれませんが。 『脳内汚染』も私が多くの人に読んでいただきたいと思っている本です。※ここまで10回、沖縄の離島で撮った写真を載せてきました。 ランキングに参加しています。よろしかったらクリックして応援してください。「新米ママ・新米パパに贈る、幸せな子育てのヒント」トップページヘ「子育て応援広場」へ
2009.01.26
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ヨハン・シュトラウス2世の「美しく青きドナウ」を聴きながら、子どもと踊る。子どもが2歳から3歳の頃の「家族行事」です。 土曜か日曜の夜に、子どもを抱っこして、「美しく青きドナウ」をCDでかけて、踊ります。踊るといっても、曲に合わせて足踏みをしたり(「ステップを踏む」かな)、回転したりするだけです。「曲に合わせて」というのは、調子が速くなったり遅くなったり、強くなったり弱くなったりするのに合わせて、ということです。 だいたい土曜の夜にしていました。週に一度の楽しみ、という感じにして。土曜日にできなかったら、日曜日にしていました。 子どもは「抱っこしてー」と言ってきます。ママにだけではありません。ママの優しい抱っことは違って、パパの抱っこは何か面白くて楽しい、という印象を与えたいものです。こちらが疲れていても「抱っこしてー」と言います。疲れていてイスに座ったまま「よし、ここに来い」と言って、座ったまま抱っこすると、「立ってー」と言います。違うんですね。座って抱っこするのと、立って抱っこするのとでは。 注意点もあります。回転したり激しく足踏みしたりすると、子どもは喜びます。それで調子に乗ってもっと激しくと思ったりしますが、あまり回ると目が回って、気持ち悪くなることもあります。子どもの頭をあまり激しく揺すぶるとよくないと言いますから、ほどほどにした方がいいということです。 長女の春子から始めましたが、次女の夏子の時はバッハにしてみました。「バッハのすべて」というCDの1曲目に入っていた「ブランデンブルク協奏曲第5番第1楽章」です。三女の秋子の時は、これというのが思いつかず、また「美しく青きドナウ」に戻りました。もともと音楽の分野は得意ではありませんので、次女、三女へと行くにつれて、サボってしまうことが多くなりました。長女の時には、ほぼ毎週忘れずに1年近くしましたが。 子どもが成長して重くなりますから、してやれてもせいぜい小学校に入学する前くらいまでです。何年もありません。 街で「美しく青きドナウ」を耳にすると、子どもを抱っこして踊ったあの時の幸せな気分がよみがえってきます。春子が「うつくしくあおきドナル」と言っていたのも思い出します。 「そんなの恥ずかしくってできない」ですって? 誰も見ていませんよ。内緒ですればいいんですよ。『決定版 ホームミュージック大全集』 ランキングに参加しています。よろしかったらクリックして応援してください。「新米ママ・新米パパに贈る、幸せな子育てのヒント」トップページヘ「子育て応援広場」へ
2009.01.25
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『手ぶくろを買いに』(新美南吉、偕成社)は、子どもに読んだ本の中でも、忘れられない一冊です。 長女の春子が3歳くらいの頃だったでしょうか。どの本でもそうですが、5回や10回読むのは当たり前。20回以上読んだものもたくさんあります。『手ぶくろを買いに』を読んで聞かせて、10回目の頃です。 『手ぶくろを買いに』のあらすじはこうです。 雪が降ったある冬の日、母さん狐は子狐のために手袋を買ってやろうとします。夜になって町に手袋を買いに行くのですが、母さん狐は、以前人間に追いまくられて、命からがら逃げたことを思い出し、足がすくんでしまいます。しかたなく子狐を一人で行かせることにしました。片方の手を人間の子どもの手にしてやり、このお店に行って、こうやって言うのだよ、と子狐に教えました。子狐は言われたとおりのお店に行って手袋を注文しますが、出してはいけないほうの手を出してしまいます。 はらはらさせます。 しかし、帽子屋さんは疑いはするものの、毛糸の手袋を子狐の手に持たせてやります。心配して待つ母さん狐のもとに帰った子狐は、「人間ってちっとも恐かないや」と言います。母さん狐のほうは、「ほんとうに人間はいいものかしら。」とつぶやき、そこで物語は終わります。 さて、手袋を買っての帰り道、ある家の前で、子狐は人間のお母さんの言葉を聞きます。子どもを寝かしつける言葉と子守唄です。子狐はここで急にお母さんのことが恋しくなります。 この場面で、春子がポロッと涙を流したのです。その情景や子狐の気持ちが一気に分かったのではないかと思います。私にとって、忘れられない一瞬でした。 新美南吉さんの温かくも深い文に、黒井健さんの情感豊かな優しい絵が配され、素晴らしい絵本だと思います。『手袋を買いに』のほかに、同じコンビの絵本で、『ごんぎつね』(新美南吉、偕成社)も素晴らしいです。読んでいる大人のほうも泣けてきます。 子どもが変わった瞬間、子どもが成長した瞬間。それに気づく時って、子育てのだいご味ですね。手ぶくろを買いに ランキングに参加しています。よろしかったらクリックして応援してください。「新米ママ・新米パパに贈る、幸せな子育てのヒント」トップページヘ「子育て応援広場」へ
2009.01.24
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「次女の性格」、「長女の性格」、ときたので、「三女の性格」に行くべきところですが、その前に家族行事を一つ紹介します。 私は長く歩けることを大事に思っています。子どもたちと散歩することも多いのですが、歩く関係で「行事」と考えていることが二つあります。 一つは、「鉄道の駅まで歩く」です。別に鉄道の駅でなくてもかまわないのですが。地方に住んでいますので、最寄りの大きい駅まで約5キロあります。そこまで子どもと私と二人で歩くのです。リュックの中に水筒とタオルを入れて。 バスも通っていますが、私は年に一度くらいはその駅から歩いて家に帰ります。普段そこを車で通っているので、途中にある景色は、知っている景色ではありますが、車の中から見るのと、歩きで見るのとでは違って見えます。「ここにこんなものがあったんだ」とか、「ここはこんなにおいがするんだ」とか、新しい発見があります。帰りには途中にあるお店で昼食をとったりするのも面白いです。 工夫のしどころはいろいろあります。たとえば、家から1キロの場所を車で計測しておいて、そこに来た時に「ここまで家から1キロだよ」と子どもに1キロの感覚を教えてやるのもいいと思います。歩き始める前に「駅まで5キロあるよ」と言っておくのもいいです。 これは、1年生か2年生の行事と思っていますので、春子と夏子はもうやりました。秋子はそろそろやろうかなと思っています。 もう一つは、5年生か6年生の行事と考えている「遠くまで歩く」です。「遠く」は、家から20キロから30キロくらい離れた名所旧跡などがいいでしょう。太宰府天満宮とか、日光東照宮とか、旭山動物園とか。私の場合は、家から約25キロ離れた所に全国的にも有名な名所がありますので、そこまで歩きました。まだ長女の春子と歩いただけです。 そのコースを私は何度も歩いていて、途中の様子は分かっています。どこにトイレがあるか、休憩できそうなところはどこか、だいたい分かっています。この時もリュックに水筒とタオル、少しのお菓子を入れて歩きました。6時45分に出発し、12時頃に到着しました。春子の歩くのが速くてびっくりしました。 向こうで昼食をとり、帰りは電車です。子どもは、普段電車に乗ることがないので、切符を買わせたり、時刻表について話したりします。大人が当たり前だと思っていることを知らなくても当たり前です。街に出て学ぶこともいっぱいあって面白いですよ。 後方支援として、「もし途中で足が痛くなったりしたら、迎えに来てほしいと電話するから、家にいてよ」と妻には頼んでおきました。 ランキングに参加しています。よろしかったらクリックして応援してください。「新米ママ・新米パパに贈る、幸せな子育てのヒント」トップページヘ「子育て応援広場」へ「子育て応援広場」の「歩ける子どもを育てたい 丈夫な靴」へ
2009.01.23
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「視覚タイプ」、「聴覚タイプ」、「触運動覚タイプ」という人の分類の仕方があると聞いたことがあります。どの感覚が優位かに注目した分類です。 今は「視覚タイプ」が多くなっていると思います。情報の多くは目から入ってきますので、元々このタイプが多いのでしょうけれど。 最近では、テレビにもテロップが頻繁に出て、言っていることを目でも確認できるようになってきています。「ここで笑う」というメッセージなのか、聴覚障害のある方への配慮なのか、早口についていけない(私も)お年寄りへの配慮なのか、テロップがあったほうが視聴率を稼ぎやすいという事情もあるようです。聴覚はますます衰えていきます。 「聴覚タイプ」。人の話が聞けるので、学校生活には最も適応しやすいタイプです。授業でも連絡事項でも、話を聞く場面が圧倒的に多いからです。話が聞けない子は、確実に(多分)増えています。聞いただけでは不安で、文字として目で確認したいという傾向は、大人でもどんどんそうなっていますよね。 次女の夏子はきっと「聴覚タイプ」です。二階にいても、誰かが一階でお菓子の包み紙を破るようなカサカサっという音がすると、「何かお菓子食べるの? 」と飛んできます。車の音を聞き分ける聴力も鋭く、「あっ、お父さん、帰ってきた。」と真っ先に気付きます。地獄耳です。 「触運動覚タイプ」は、感覚的で、すぐにおいをかごうとしたり、触って確かめようとしたりします。体験するのが好きです。何でもすぐ手にとってにおいをかぐ人っていますよね。そういう人は「触運動覚タイプ」の可能性が高いです。 このタイプは、不思議な行動をとるように周囲から見られることが多いようで、理解してもらえないこともあり、学校に適応しにくい面があるようです。それが非行に結びつくことも考えられます。こんなことを言うと、「触運動覚タイプ」は悪いように思えてしまいますが、そうではありません。じっくり型が多く、一度身につけたことは強固なので、天才型も多いようです。大リーグのイチロー選手がこのタイプではないかと聞きました。 どれがいい悪いという話ではなく、相手のこと、そして自分のことを理解するための方法の一つということです。 さて、長女の春子です。「触運動覚タイプ」だと私は見ています。食器の片付けの時に、注意したことを聞かずに皿を落としたり、料理の仕方などを教えてもらう時に、教えてもらった通りにやらなくて自分流のやり方でやろうとしたりすることが多いです。それでよく怒られます。「何でそんなことをするの! 」と人を怒らせてしまうような行動が多い気がします。 周囲があまり気にならない、というのか、周囲に注意があまり行っていない感じです。でもそれはそれで、「私は私」と思えて、人を羨ましく思ったりしないで、いい面もあります。 「この子のこういうところは、なかなか理解してもらえないだろうな。それで怒られてしまうことが多いかもしれないなあ。」と私は少し心配しています。 子育ての心配は尽きません。 ランキングに参加しています。よろしかったらクリックして応援してください。「新米ママ・新米パパに贈る、幸せな子育てのヒント」トップページヘ「子育て応援広場」へ
2009.01.22
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次女の夏子は、テレビの電源をこまめに消してくれます。ですから、うちのテレビは、リモコンでボタンを押せばすぐにつくようにはなっていません。電源を入れ直してからリモコン操作です。 食器棚には、地震の時に中のものが飛び出してこないように、飛び出し防止用のチェーンがつけてあるのですが、そのチェーンは留められていないことがよくあります。たいていは妻か長女の春子です。妻と春子はそういうことに「おおらか」です。そのチェーンをかけ直すのは次女か私です。 タンスにしまったタオルや下着が、ちょろんと飛び出していることがあります。タンスを開け直して中に入れるのも次女か私です。 私が教えたわけではありません。3歳くらいからそうでした。整然と並んでいるようなのが、心地よいのだと思います。 本屋さんで何気なくポンと置かれた本を、元の位置に戻していることもあります。 10円ガムなどのお菓子を買ってきた時には、引き出しの中の箱にきちんと並べて、うれしそうにながめています。その感覚は私には分かります。私も小さい頃、クッピーラムネを色ごとに分けたりするのが好きでした。 変な奴とお思いでしょうか。「なくて七癖」、子どもは(大人も)変なことをするものです。 几帳面ということなのでしょう。きちんとしているといえば聞こえはいいですが、細かいことにこだわったりして、一緒にいてきゅうくつだと思われることもあるでしょう。学校には適応しやすいタイプです。 びっくりしたことがあります。まだ3歳くらいだったと思います。次女の夏子がトイレに入ったまま出てこないのです。イスに乗って上のほうからそっとのぞいてみると、用を足しているのではなく、洋式便器に座っているのです。考え事をしているかのようでした。 私にも似た経験があります。小学校の3年生頃だったと思います。近所に住んでいた新聞記者の方が、1枚の写真を持ってきてくれました。見ると私が写っています。玄関の前にたたずんで考え事をしている(ように見える)私の姿です。「不思議な子どもだな」という思いで撮影されたのだと思います。 ちなみに私は三人兄弟(姉、兄、私)の末っ子です。 外見も性格も私に一番似ているといわれる次女の夏子でした。 じっとトイレに座っていた夏子をその後どうしたのかですか。トイレの外から「夏子」と呼びました。夏子は何事もなかったかのように、返事をして出てきました。 ランキングに参加しています。よろしかったらクリックして応援してください。「新米ママ・新米パパに贈る、幸せな子育てのヒント」トップページヘ「子育て応援広場」へ
2009.01.21
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兄弟姉妹の性格って全然違います。 「あの子は○○さんの妹なのに、お姉ちゃんと全然違うわね」といった言い方をよく耳にしますが、兄弟だからこそ全然違うという気がします。うちの子どもたちが三姉妹ですので、ここでは姉妹を想定して書いていきます。 「同じ家族の中で、同じ家に住み、同じものを食べ、同じ方針で育てられる。だから、同じような性格になる」と、私たちは何となく感じていて、先のような言葉が出てくるのでしょうけど、そんなことはありえません。同じ食卓についていても、食べているものって意外と違ったりしますよね。 最初の子は、親のほうも何をするにも初めてです。どうやってお風呂に入れたらいいのか。おむつはいつ頃とったらいいのか。自然にとれるものなのか。幼稚園はどこに入れたらいいのか。すべて初めてで、とまどうことばかりです。その分、長女は大事にされるというのか、手をかけてもらえることが多いと思います。親がしてくれることが多く、近くに競争相手がいないので、のんびりした性格になりがちなのかもしれません。 一方、末っ子は、近くに競争相手がいます。うかうかしていたら、ほしいものもお姉ちゃんにとられてしまいます。のんびりしているお姉ちゃんが、「早くしなさい」と怒られているのをちゃんと見ていて、自分は要領よくこなします。お姉ちゃんという近くの目標がいつもあるので、いろんなことが早くできるようになります。3人目ともなれば、親のほうも慣れてきますから、「これくらいは放っておいても大丈夫」ということが増えますし、お姉ちゃんが面倒を見てくれることもあって、親が手を出すことが少なくなります。その分、自分でやろうとして、また、お姉ちゃんに負けまいとして、発達が早くなるように思います。遊びでも流行でも、お姉ちゃんたちのすることを見ていますから、おませさんになることが多いですよね。 さて、「真ん中の子は、気をつけて見てあげないといけない」と言います。上の子は、初めての事態に出くわしていくので、親も心配して手をかけざるを得ない。末っ子は、まだ小さいから手をかけざるを得ない。そして、真ん中の子は置き去りにされるようにして、手をかけてもらえなくなる。そういう状況になりやすいのだと思います。1月16日の「赤ちゃんがえりだったのでしょうか」で書いた次女のことも、これにあてはまりそうです。 長女か次女か三女かだけでもこれだけ違います。遺伝子の働きとしか思えないこともあります。親の働きかけだけで子どもが育つわけではありません。おじいちゃんやおばあちゃんがいるか。近所に子どもがたくさんいるか。住む場所が自然に恵まれているか。子どもの性格形成には、多くの環境要因がからんでいます。 兄弟姉妹だからこそ、性格は違います。その性格の違いを受け入れるのが大事だと思います。「性格の違いを楽しむ」と言ってもいいかもしれません。 「お姉ちゃんはきちんとしていたのに」などと、兄弟姉妹を比べない心がけが大事ですね。言われた妹は「私はお姉ちゃんとは違う」と反発するだけです。 次回は「性格の違いの面白さ」について書こうと思っています。 ランキングに参加しています。よろしかったらクリックして応援してください。「新米ママ・新米パパに贈る、幸せな子育てのヒント」トップページヘ「子育て応援広場」へ
2009.01.20
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引き続き、「沖縄の離島へ」の第3回です。 沖縄の離島への旅で印象に残っていることはたくさんあります。 子どもたちが砂浜で貝拾いをしている姿などは、いつまでも見ていたい光景でした。 長女の春子は、竹富島のコンドイビーチで海水浴をした後、いかにも亜熱帯の木という木で木登りをしていました。三姉妹の中で、一番多く自然に触れ、動物や昆虫に興味があったのは春子です。夏子と秋子も木登りをしていましたが、やはり一番楽しそうで得意気なのは春子です。 次女の夏子は、コンドイビーチに到着して、エメラルドグリーンの海を見て、「わあー」と歓声をあげました。上の写真がその海です。日差しのせいか、海の色の違いか、沖縄本島で見る海ともまた一味違った海でした。比較的口数が少なく(春子よりは多いかな)、冷静沈着という雰囲気の夏子ですので、あの「わあー」は意外でした。 三女の秋子は、西表(いりおもて)島で貝拾いをした時、見知らぬお姉さんたちと楽しそうにおしゃべりしていました。普段からおしゃべりな秋子は、コミュニケーションが得意です。家族の中で一番です。 私たちが宿泊していた石垣島のホテル日航八重山の近くに八重山農林高校があります。私たちが活動を始める8時頃にはすでに練習を始めていた八重山農林野球部も印象的でした。2006年は、八重山商工が春夏の甲子園に出場していたので、よけいに注意がいったのですが、沖縄の野球熱を感じました。 最後の一泊は沖縄本島のホテルJALシティ那覇でした。ここで撮った写真には、三姉妹の楽しそうな笑顔が写っています。三女の秋子が真ん中で、二人の姉の肩に手をまわしています。宝にしたい一枚です。普段はけんかばかりしている三姉妹ですが、大人になったら仲良くやってほしいと願うばかりです。 次回は、「兄弟を比べない」の予定です。 ランキングに参加しています。よろしかったらクリックして応援してください。「新米ママ・新米パパに贈る、幸せな子育てのヒント」トップページヘ「子育て応援広場」へ
2009.01.19
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「沖縄の離島へ」の第2回です。 拠点にした石垣島の港にある平田観光で「秘境・西表 滝・由布(ゆふ)島 Mコース」の切符を買いました。西表(いりおもて)島までは高速船で35分です。 西表島に着いたらバスで浦内川の河口へ行きます。島内には信号が二つしかありません。一つは小学校の前にあります。その信号はいつでも青です。小学生の教育のために作られた信号なのだそうです。私たちにとって当たり前の信号でも、見たことがなかったらそれが何なのか分かりませんものね。「赤は止まれ」も分かりませんものね。 浦内川の河口からはボートに乗ります。マングローブの林を進みます。軍艦岩という船着場から徒歩でカンピレーの滝を目指します。片道約2キロメートルの山道です。途中みどりのかたつむりや、みどりのとかげを見つけては足を止めます。そんなにのんびりしていたわけではないのに、カンピレーの滝に着いた時には、自由時間も半分以上過ぎていました。水遊びもそこそこにして来た道をもどりました。帰りは早歩き、最後のほうは走りました。はしゃぎながら早歩きしていた5歳の秋子は、終盤走り出すころには、半べそでした。 マングローブの林をもどってきて、昼食をとり、浜辺で星の砂を拾ったりして、午後は由布島へ。水牛車で10分かけて浅い海を渡ります。御者台で運転する(?)おじさんが「アサトヤユンタ」という歌を歌ってくれます。由布島は島全体が亜熱帯植物園になっています。冒頭の写真は、由布島の中にある「チョウ園」にいたオオゴマダラです。 前回書いた、波照間(はてるま)島でのサイクリングも、西表島でのハイキングも、大変といえば大変です。でも、自然の中を歩き回ったりするこういう体験こそ大切にしたいと思っています。だからこそ、1月12日の「1に体育、2に音楽」で書いたように「長く歩ける体力」をつけてやりたいのです。 ありきたりですけれど、子どもたちに、自然の中での体験をたくさんさせてやりたいと思います。 ハイキングやサイクリングはおススメです。みんなでちょっと大変な思いをして、「あー大変だったね。でも気持ちよかったね。」と言いたいものです。 オオゴマダラのさなぎは金色なんですね。びっくりしました。オオゴマダラのさなぎの写真や、マングローブの写真なども、載せていきます。 旅行記のようになってしまいました。あー楽しかった。 ランキングに参加しています。よろしかったらクリックして応援してください。「新米ママ・新米パパに贈る、幸せな子育てのヒント」トップページヘ「子育て応援広場」へ
2009.01.18
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沖縄の離島に家族5人で出かけたことがあります。2年半ほど前の8月のことです。 石垣島を拠点にして、竹富島、西表(いりおもて)島、波照間(はてるま)島に行きました。西表島は、イリオモテヤマネコで有名なあの島です。波照間島は、人が住んでいる島では日本最南端の島です。ちなみに、人が住んでいない日本最南端の島は沖ノ鳥島(東京都)です。 私が一番楽しみにしていたのは波照間島でした。石垣港から高速船に乗り、60分で波照間港に着きます。島の面積は12.7平方キロメートル。自転車を借りて、島内をサイクリングしました。 三女の秋子はまだ5歳だったので、私の後ろに乗せました。島内は坂道も多かったからです。8月のことですから、みんな汗びっしょりになりました。8歳だった次女の夏子も頑張りました。一番大変だったのは普段あまり自転車に乗っていない妻だったかもしれません。サトウキビ畑がたくさんありました。野生のヤギもたくさんいました。 日本最南端の碑や、八重山の英雄オヤケアカハチ誕生の碑などに行きました。北浜(これで「にしはま」と読みます。)で海水浴をした後に、「青空食堂」で食べたゴーヤ入り冷麺、野菜炒め定食、ショウガ焼き定食、どれもおいしかったなあ。 最南端だけあって、12月中旬から6月頃なら、南十字星が4つそろって見えるそうです。星空観測タワーには、望遠鏡やプラネタリウムもあります。南十字星とは言わなくても、きれいな星空を見ようかと、波照間島に一泊することを検討しましたが、宿泊はしませんでした。 この旅行は、その5年前から考えていたものでした。経済的には余裕はありませんが、一度くらいは子どもたちを海外へ連れて行こうかと考えていたのです。私たち夫婦にゆかりが深いのは中国だったので、シルクロードが第一の候補でしたが、「真夏のシルクロードは子どもたちには厳しいだろう。せっかくの旅で中国が嫌いになってもよくないかな。」と考え、沖縄の離島に変更したのです。中国以外のほかの国という選択もあったのですけれど。 家族行事は、いろいろと考えてやってみました。家族旅行もその一つです。その結果がどうかは何年後かにしか分かりません。子どもたちが、「あれは苦痛だった」と振り返ることもきっとあるでしょう。そんなことも、できるだけご紹介していきたいと思っています。今の時点ではっきりしているのは、私にとって楽しかったということです。 ランキングに参加しています。よろしかったらクリックして応援してください。「新米ママ・新米パパに贈る、幸せな子育てのヒント」トップページヘ「子育て応援広場」へ
2009.01.17
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「き、き、き、きょうね、そ、そ、そ、そとでね……」と次女の夏子が言い出したのは、3歳になってまもない頃でした。びっくりしました。明らかにどもっています。吃音(きつおん)です。 「どもり」については、よく知りませんでしたが、「赤ちゃんがえりの一つかな」と思いました。三女の秋子が生まれて、父母、祖父祖母、みんなの気持ちが秋子に向かっている時期でしたので。 「赤ちゃんがえり」については、「下の子が生まれると、ママを取られたような気になって、おねしょをしたり、夜泣きをしたり、急に甘えん坊になったり」というくらいのことは知っていました。 私が心がけたのは、「大丈夫だよ」と子どもに言い聞かせることでした。笑ったりしないこと、怒ったりしないことを心がけました。でも、不謹慎というか、反省していますが、時には笑えてきてしまうこともありました。「怒られているのに笑えてきてしまって」ということがありますが、あれに近い感じでした。 妻は小児科の先生に相談しました。指示としては、「夏子ちゃんに関心をむけて、意識して相手をしてやってください」という感じだったように思います。 2ヶ月くらい経った頃でしょうか、ふと気付いたら治っていました。その後はどもることはありませんでした。 もう一つあります。やはり次女の夏子が足を引きずって歩くので、びっくりしたことがあります。どもりと同じ頃でした。私 :「どうした? 転んだのか? 」夏子:「ちがう。転んでない。」私 :「どこが痛い? 」夏子:「うーん、分からない。」と言うのですが、怪我をしたかのように足を引きずって歩きます。 このときも「大丈夫だよ。よくなるよ。」と子どもに言い聞かせました。股関節の動きをなめらかにするような運動を、私が手を添えてさせました。根気よくしました。このときも、小児科の先生への相談はしましたが、整形外科で診てもらうことはしませんでした。こちらは、1ヶ月くらいで収まっていったように覚えています。 あの「どもり」と「足の引きずり」が「赤ちゃんがえり」だったのかどうかは、よく分かりません。自分の対処の仕方がよかったかどうかも分かりません。どちらも比較的短期によくなってよかったのですけれど、こういう問題が子どもを育てていると、次々と出てくるのですよね。 子育てってやっぱり人生の一大事ですね。 ランキングに参加しています。よろしかったらクリックして応援してください。「新米ママ・新米パパに贈る、幸せな子育てのヒント」トップページヘ「子育て応援広場」へ
2009.01.16
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さっそく「読み聞かせ(2)」です。 前回最後に「夜、布団に入って寝るまでの何分かの幸せを、子どもたちにたくさん与えてあげたい」と書きましたが、読み聞かせは、夜寝る前とは限りませんね。 夕食後「お父さんこれ読んで」と子どもがひざに乗ってきたりしたときにも、朝起きたときでも、昼間でも、いつでも読みましたが、一番多かったのが「夜寝る前」です。 読み聞かせの最終段階は、小学校の1年生か2年生あたりでしょうか。 自分である程度本が読めるようになったら、それはすごくいいことですから、「すごいねえ、自分で読めるの」と言ってほめるといいと思います。これは3歳か4歳くらいでしょうか。大人から見れば簡単に読める本でも、子どもが一人で本を読むというのは、それだけでほめるのに値するすごいことです。大いにほめたいものです。そこで子どもの本好きが決まります。 ただ、自分で本を読めるようになっても、子どもは「本を読んで」と言ってきます。本を読む楽しさと、ママ、パパに本を読んでもらう楽しさは別物です。特に小学生になれば「自分で読めるでしょ」と言いたくなるかもしれませんが、そこで読んであげたいですね。 長女の春子が小学校1年生の時でした。春子は一時「怪人二十面相」のシリーズが気に入って、次から次へと図書室から借りてきて、「お父さん読んで」と迫ってきました。例によって、寝る前に読むのですが、5分や10分では終わりません。「今日はここまで」と5分で切り上げることもありましたが、たいていは15分、20分と読んでやりました。時には30分を超えました。今振り返ると、多少苦痛に思うこともありました。でも、いやそうに読んだことはありません。基本的には楽しい時間でした。 部屋には子どもの絵本がたくさんあります。「こんなによく買ったな」「だいぶんお金もかかったな」などとも思いますが、あまりけちらずに、いい本を子どもに与えたいものです。私は「日本傑作絵本シリーズ」(福音館書店)の『したきりすずめ』『ももたろう』『いっすんぼうし』がおススメです。買いそびれたのか、なぜか『うらしまたろう』は、うちにありません。よかった絵本はまだまだたくさんありますが、厳選してこの後何回かは紹介していきたいと思っています。 三女への読み聞かせももうすぐ終わりです。ぎぼりつこさんの「しずくちゃん」のシリーズ(岩崎書店)を自分で読んでいます。「この坂でこけると3年いないにしぬっていうジンクスがあるんだって……」と言うので、「えー『ジンクス』なんて言葉知っているの? 」と聞くと、「えへへ、『しずくちゃん』に書いてあったんだ」と言います。まだ時々「お父さんこれ読んで」と言ってきますので、「よしよし」と読んでやります。この楽しみもあと少しかと思うと、少し寂しくもあります。 ランキングに参加しています。よろしかったらクリックして応援してください。「新米ママ・新米パパに贈る、幸せな子育てのヒント」トップページヘ「子育て応援広場」へ
2009.01.15
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読み聞かせは「幸せな子育て」の必修科目といってもいいものです。子どもの成長にも、ママ、パパの幸せにもつながります。 「子どもの成長にも」というのは、言葉を覚えていくことになるからです。「ママ、パパの幸せにも」というのは、子どもとのほんわかした貴重な時間を味わうことになるからです。ママやパパが私に本を読んでくれたという幸せな雰囲気を、子どもはきっと感じ取ります。ここが一番大事なことかもしれません。 読み聞かせの第一段階は、『じゃあじゃあびりびり改訂』(まついのりこのあかちゃんのほん)(偕成社)あたりでしょうか。身の回りのものの名前と、その形と、そのものが発する音とを結びつけてくれる本です。水の流れる「じゃあじゃあ」という音、紙が破れる「びりびり」という音。それが書名になっています。他にも踏み切りの「かんかんかんかん」という音や自動車の「ぶーぶーぶーぶー」などもあります。 子どもはまず、ママ、パパ、まんま、ぶーぶーなどの言葉を発するようになりますから、それに沿った、子どもが聞いて自分からも言えるようなものを集めてくれています。(まついのりこのあかちゃんのほん)のシリーズでは、ほかに『ばいばい』と『みんなでね改訂』(いずれも偕成社)をうちでは読みました。 読み聞かせは、妻のほうがたくさんしてくれましたが、私もたくさんしました。 私が最も好きだったのは、文が木下順二さん、絵が清水崑さんの『かにむかし』(岩波書店)です。「こらあ ええもんが あった。いっちょ うちの にわに まいてみよう」など、楽しいセリフがたくさんあります。「うしのふん」にも役割とか存在意義があるということを、子どもたちは知らず知らずのうちに感じ取っていくと思います。話としては「さるかに合戦」ですが、さすが「夕鶴」の木下順二だと私は思っています。 子どもたちは繰り返しが好きです。一冊の本の中にも繰り返しが何度も出てきます。それを繰り返し繰り返し「読んで」と子どもはせがみます。分かっていることがうれしいということもあると思います。少しでも読み間違えると「ちがう! 」と指摘したりもします。そんなときは「○○ちゃんはよく覚えてるねー」と言ってやればいいと思います。 読み聞かせについても、うちの場合はこうでしたよ、ということがいろいろとありますので、「読み聞かせ(2)」や「読み聞かせ(3)」がこの後きっと出てきます。 夜、布団に入ってから寝るまでの何分かの幸せを、子どもたちにたくさん与えてあげたいですね。 ランキングに参加しています。よろしかったらクリックして応援してください。「新米ママ・新米パパに贈る、幸せな子育てのヒント」トップページヘ「子育て応援広場」へ
2009.01.14
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長女の春子をひざにのせて、『論語』の「読み聞かせ」をしたことがあります。春子が2歳くらいのころだったと思います。1日や2日ではなく、1ヶ月くらいかかったでしょうか、ほぼ一冊読んで聞かせました。「読んで聞かせた」ではなく、「読んだ」だったかもしれませんが。 もちろん、漢文の調子がなんとなく耳に残っていれば上等と思ってやっていました。 春子はそのことを全然覚えていません。マイナスだったとは思いませんが、あまり意味はなかったかもしれません。最初の子ということで、意気込んでいたのですね。空回りだったようにも思います。二女、三女にはしませんでした。 「これはまずいかもしれない」と思って、中止したこともあります。 早期教育で有名な七田眞さんの本を読んでだったかどうか覚えていませんが、自作の漢字のカードをパッパッと見せて、子どもに覚えさせるというのをしたことがあります。これも長女の時でした。意気込んでいました。長女が3歳くらいだったでしょうか。3歳くらいというと、いろいろなことが話せるようになってきて、面白いときです。 「ひらがなやカタカナよりも、漢字のほうが絵のように認識できるから、子どもには覚えやすい。ひらがな、カタカナ、漢字の順で学習する必要はない」という考えがあってやったものです。特に「山」とか「魚」のような、そのものの形からできている漢字は覚えやすいと思って、「馬」「鳥」などを覚えさせました。子どもはどんどん覚えていきます。「すごい」と思います。「すごいねー。これも分かるの。」とやはり上手にほめると、子どももノッてきて「蟻(あり)」とか「蜜柑(みかん)」のような難しい漢字も読めるようになっていきます。 また「うちの子、天才かも」と勘ちがいします。親バカです。何度でも勘ちがいします。 ある日、子どもがお絵かきをしていました。ちらっとのぞいてみると、お日さまでもありません。人間の顔でもありません。動物などはまだとても描けません。それは文字のようなものでした。 ドキッとしました。「それは字の練習をしていたんだよ」と言われるかもしれませんが、まだ絵らしいものが描けないときです。何か違うなと感じました。それでそこまでで、漢字のフラッシュカードはやめました。 これが失敗だったかどうかは分かりません。もしかしたら続けていたほうがよかったかもしれません。ただ、時期が、あるいは順序が違っていたような気はします。何が失敗なのかは簡単には決められません。 フラッシュカードが悪いと言っているのではありません。自作のカードだから悪かったのでもありません。フラッシュカードはいいと思っています。 七田式右脳開発フラッシュカードはたくさんありますので、興味のある方は試してみてもいいと思います。その前に、七田眞さんの『「できる子」の親がしている70の習慣』(PHP文庫)を読まれるといいと思います。 今パラパラと読み直してみると、「生まれてから小四まで。この時期は過去の偉人達の言葉を暗唱するのに適しています。般若心経や漢詩、論語などの古典を暗唱させましょう。すると、それらが潜在意識の深いところに入って、精神的バックボーンになります。」と書いてあります。目次には「知能の発達の順序を知った働きかけ」という項目もあります。 ちなみに、漢字のカードについては、三女が5歳になったころから、新たに自分で作り、覚えさせていきました。三女の前でカードに漢字を書いて、前のものを復習しながら、読める漢字を増やしていきました。この漢字カードについては、またいずれ触れたいと思います。 次回は「読み聞かせ」の予定です。 ランキングに参加しています。よろしかったらクリックして応援してください。「新米ママ・新米パパに贈る、幸せな子育てのヒント」トップページヘ「子育て応援広場」へ
2009.01.13
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国語の力の重要性については、1月8日の「『実況中継』を子どもにしてあげよう」で、触れましたが、子育てで大切にしたいことは、両親の考え方や得意なことによって、いろいろあっていいと思います。でも、「うちの子なのだから私たち親が何したって勝手」とはいきません。子どもは親の所有物ではありませんから。 さて、分かりやすくするために、教科で言うなら、みなさんは何を大切にしていますか。「1に国語、2に算数」ですか。それとも「1に体育、2に体育、3、4がなくて5に体育」ですか。 私の場合は「1に体育、2に音楽、3に国語で、4に算数」と思っています。 1の体育というのは、アスリートにしようというのではありません。長く歩けるような体力、スポーツを楽しめるような感覚、意識しなくても健康に気を遣うような生活習慣、そういうものを指しています。保健体育といったほうがいいかもしれません。 2の音楽というのも、ピアニストにしようというのではありません。これは音楽や美術を楽しめるような感性、面白いものが世の中にはたくさんあるという感覚を持ってほしいということです。芸術といったほうがいいかもしれません。 3の国語は学習の基礎です。世界を広げたり、人生を楽しんだりするのに不可欠の力です。「なぜ勉強するの」という問いに対して、私は「人生を楽しくするため」という答えを持っています。「天井を高くするため」という答えを持っているという人も、何かの本で読んだことがあります。 4の算数。計算は日常生活にも必要ですし、大人になって社会に貢献しようとすれば、論理的な思考力も重要です。 たとえば、両親が音楽家で、子どもたちも自然と楽器に親しみ、家族でミニコンサートができるようなのは、素晴らしいと思います。「1に音楽、2に音楽……」ですよね。特にそんなことを意識する必要もないと思いますが。 私が「1に体育」とするのも、私が体育会系だからかもしれません。「2に音楽」の部分は、私にとっては最も苦手とするところです。苦手だからだめということではありません。自分ができなくても、ピアノを習わせることはできますし、上手にほめることができれば、子どもを音楽好きにすることはできると思います。自分で楽しさや技術を教えるのも一つ、指導者を選んでお任せするのも一つです。環境を整えてやることが大事ですね。 一度「うちの場合はどうだろう」と考えてみてはいかがですか。 ランキングに参加しています。よろしかったらクリックして応援してください。「新米ママ・新米パパに贈る、幸せな子育てのヒント」トップページヘ「子育て応援広場」へ「子育て応援広場」の「歩ける子どもを育てたい 丈夫な靴」へ
2009.01.12
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朝日新聞朝刊の4コマ漫画「ののちゃん」で、お母さんが「今日の晩御飯のおかず何にしようかな」と悩む場面はよく出てくるように思います。ご飯の支度だけではなく、メニューを考えるだけでも大変なことで、多くのお母さんたちが同じように頭を痛めているのではないでしょうか。 夏休みや冬休みの長期休暇に入ると、三度の食事を用意しなくてはならず、子どもたちは「ごはんまだあ? 」「ごはんまだあ? 」とせがみます。「早く休みが終わってほしい」というお母さんたちの悲鳴が聞こえてくるようです。 「昔は一日中ご飯の支度に追われていたものだよ。」と母は言います。電気炊飯器があったり、食器洗い機があったり、困った時にはコンビニがあったり、と食事の手間が省けたとはいえ、食事の準備や後片付けの大変さは、今もあまり変わっていないようにも思います。手軽になった分、「大変なのが当たり前」という意識がなくなり、感覚的には大変さが増しているかもしれません。 私は学生時代に一時期自炊していたことがあります。夕食だけですけれど。自炊といっても、野菜炒め、焼き肉、卵焼きに目玉焼きにスクランブルエッグ。カレーにシチューにハヤシライス。肉入りチャーハンにシーフードチャーハンにピラフ。と多彩な(?)メニューです。 ある日、鶏のから揚げに挑戦しました。できあがった鶏のから揚げは、黒焦げでした。ころもを付けるのを知らなかったのです。あれは「ころも」というのかな。 しかし、そんな失敗もあった自炊を経験したからこそ、調理の難しさや後片付けの手間、メニューを考える大変さが多少なりとも分かります。 子どもがクラブの試合で朝早く出て行く日などは、それより早く起きて弁当の準備をしなくてはなりません。本当に頭が下がります。「妻に感謝」です。 お父さんたち、食事の準備などの大変さに思いを致しましょうね。そして、できることならその一部でもサポートしましょうね。「できることなら」などと言わず「ぜひとも」と言ってよ、という声が聞こえてくるようです。 結婚はこれからという女性たち、できれば一人暮らしをしたことのある、もっと言えば自炊を少しでも経験したことのある男の人がいいかもしれませんよ。 ランキングに参加しています。よろしかったらクリックして応援してください。「新米ママ・新米パパに贈る、幸せな子育てのヒント」トップページヘ「子育て応援広場」へ
2009.01.11
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『脳内汚染』(文藝春秋)という本があります。京都医療少年院に勤務する岡田尊司さんの書かれた本です。いわゆる子育ての本ではありませんが、一読をおススメしたい一冊です。 テレビゲームをよくする人の心理的特性(たとえば共感性の乏しさ、現実回避の傾向など)が、学校現場から報告される最近の子どもたちの特性と重なることが気になると言います。 「共感性の乏しさ」は学校の中でもいろいろなところに表れます。たとえば、授業中の本読み。友達が読んでいるのを聞いていないので、自分が指名されたときに「どこからですか」と尋ねる。たとえば、文化祭の準備。委員が「あと3日しかありませんから、みんな放課後残って準備していきましょう」と呼びかけても、委員に事情も告げずに帰ってしまう。そういう生徒はずいぶん多くなりました。これくらいならかわいいほうです。小さいことです。 高校野球の不祥事がよく新聞に出ます。必死で練習してきた結果勝ち得た甲子園出場が取り消されてしまうかもしれないのに、喫煙や飲酒、暴力が起きるのです。控え選手の難しい立場がありますが、他校の不祥事を自分たちのこととして感じられないのだと思います。「海外への修学旅行で集団万引き」などというのも、日々子どもたちの現実を見ている学校関係者には、さほど意外なことではないと思います。もっとすごい例は、1月5日の「子どもたちの惨状」で紹介した諏訪哲二さんの『オレ様化する子どもたち』(中公新書ラクレ)などをお読みください。心の病で休職する教員が増加しているというニュースもうなずけます。 「現実回避」の例としては、追試があるのに帰って行ってしまう、というのがあります。帰って行ってしまっても、翌日呼び出されて注意されるに決まっているのに、どうして帰ってしまうのでしょう。翌日のことなどに思い至らず、とにかく目の前の現実から逃げたいと感じているように見えます。「脳内汚染」が進んでいるとしか思えないような出来事が増えました。原因は単純ではないのでしょうけれど。 ゲームは依存症になる危険性があります。岡田さんは、「開始年齢が低いほど危険」「男の子、年上の兄弟がいる子、一人っ子は注意」と言います。自分の意思でやめられなくなるのですから、1時間だけなどと時間制限するのも無駄とまでは言いませんが、かわいそうなことだと私は思います。 とはいえ、周りの多くの子どもたちは、携帯型のゲームを持っていますよね。外で遊べと追い出されても、家の外でたむろして、それぞれが自分のゲーム機で遊んだりしていますよね。見たくない光景です。みんなが持っているのに、自分の子どもだけ持っていないという状況に親が耐えられるか、うまく(ではなくても何とか)子どもを納得させられるか、ゲーム以外の楽しみを子どもに与えられるか、が分かれ目ですね。 「脳内汚染」というタイトルにしたものの、あまり具体的に「脳内汚染」がどういうもので、どう対処したらいいのかということについては書けませんでした。 ちなみに、フリー百科事典『ウィキペディア』では、「『脳内汚染』は森昭雄さんの『ゲーム脳の恐怖』(NHK出版)の焼き直しにすぎない」という指摘があることや、日本神経科学学会会長津本忠治さんの「こういった本は神経学に対する信頼を損なうことになる」という言葉を紹介しています。岡田さんに対する風当たりの強さを思わせます。 「明るく」「楽しく」と心がけているのに、なかなか難しいです。 次回はもう少し楽しくいこうかな。 ランキングに参加しています。よろしかったらクリックして応援してください。「新米ママ・新米パパに贈る、幸せな子育てのヒント」トップページヘ「子育て応援広場」へ
2009.01.10
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私は三人の女の子を授かりましたが、子は授かるものという意識で、男の子がいいとか女の子がいいとか、そういうことはほとんど考えませんでした。 ただ、子どもを授かる前から考えていたのは、「男の子だったら育てるのが難しいだろうなあ」ということです。 一つは、自分が経験してきたことや考えてきたことを、「オレはこうだったのだから」と強く押しつけてしまう危険性があると思ったからです。「このスポーツをやれ」とか「男だったらこうあるべきだ」とか。こちらは私個人の問題です。 もう一つは、世の中全体が男の子を育てにくい状況になっていると感じているからです。 今、全国の高校で調査をしたら、学級委員や級長は、女子のほうが圧倒的に多いのではないかと想像します。中学や小学校でもおそらくそうでしょう。文化祭などで、リーダー的役割を果たすのも女子が多いです。 マラソンやレスリングを見ても、女性の元気良さが目立ちます。 渡部昇一さんのように「男は男らしく 女は女らしく」という主張は少なく、特に学校現場では、「男らしさ 女らしさ」を否定する「ジェンダーフリー」の雰囲気のほうが濃厚です。体育時の着替えも男女の別なくひとつの教室でする中学校もあるという噂です。その調子ですから、男の子のオスらしさは抑え込まれがちです。 いやむしろ、環境ホルモンによってオスのメス化が人間でも進んでいることの表れなのかもしれません。こちらは社会全体の問題です。関心のある方は、デボラ・キャドバリー著 古草秀子訳『メス化する自然 -環境ホルモン汚染の恐怖』(集英社)を読まれるといいと思います。「環境ホルモン」関係の本もいろいろとありますが。 そして最後にもう一つ、もっと身近な具体的問題として、男の子をゲームから遠ざけることの重要性と難しさを感じていたということもあります。 次回は、ゲームの話、「脳内汚染」の話です。環境ホルモンも怖いですが、「脳内汚染」も怖いです。不安をあおるつもりではないのですが、自分たちの置かれた状況を知るヒントになると思いますので。 ランキングに参加しています。よろしかったらクリックして応援してください。「新米ママ・新米パパに贈る、幸せな子育てのヒント」トップページヘ「子育て応援広場」へ
2009.01.09
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言葉を獲得することが、子どもの成長にとって大切だということを前回書きました。そして、それは親にとっての「幸せな子育て」につながるということも。 子どもの言葉獲得についてのおススメは「実況中継」です。この「実況中継」という言葉は、前回紹介した正司昌子さんの『授乳時のケータイで子どもは壊れる』(KKベストセラーズ)にある言葉です。 赤ちゃんが生まれた瞬間から、周りにあるもの、周りで起きていることを語って聞かせるのです。「おっぱいあげようねー。」「うんちが出たねー。」「今日は暑いねー。」「お日さまがキラキラまぶしいねー。」何でもかんでも片っぱしから「実況中継」したらいいと思います。基本的にはうれしそうに、楽しそうにと心掛けるといいと思います。もちろん「今日は雨が降って洗濯物が乾かなくて困っちゃうねー。」でも悪くありません。赤ちゃんはこうして自分の周りの世界を認識していきます。 私たちは情報の多くを目から取り入れていますが、ほかの感覚も意識して、「ごはんのいいにおいがしてきたねー。」「すずめがチュンチュン鳴くのが聞こえるねー。」「この服はサラサラで気持ちいいねー。」「このおかゆはちょっとしおからいかなー。」なんていうのもいいと思います。「ねー」「なー」と伸ばす必要はありませんが。 「子どもが元気でさえいてくれたらいい」と思えるようになれたらいいのですが(これは本当にそう思います)、「できれば勉強もできたほうが」などと思ってしまうのが人情です。 学習のかなめは、教科でいえば国語です。しかし、国語の勉強って、漢字の勉強以外に特にこれをやったというのが頭に浮かばない人も多いのではないでしょうか。中学生、高校生になって国語の成績を上げるのって、難しいですよね。国語の得意な子はずっと得意、苦手な子はずっと苦手、そういう例がほとんどですよね。 いわゆる「国語の力」と大きく関係するのは、音として聞いた言葉や文字として見た言葉と、自分の知識や体験とを結びつけようとする頭の働かせ方。想像力とか、考える姿勢とか、周りの出来事を感じ取る力とか、そういったもののような気がします。そういったものの基礎は、小学校に入学する以前にかなりできている気がします。 「3歳までが勝負」などとは言いませんが、赤ちゃんがお腹にいるときから3歳までに、たくさん「実況中継」してあげるのがよいと思います。 さっきは「赤ちゃんが生まれた瞬間から」と書きましたが、子育ては生まれる前から始まっているのですよね。「うちの子はもう3歳を過ぎてしまったから手遅れだ」などと悲観することはありません。小学校入学以前が最も大事だとは思いますが、中学生、高校生にしてあげられることも結構あります。このブログでは、中学入学前までの子を主な対象と考えて書いていきますが。 ランキングに参加しています。よろしかったらクリックして応援してください。「新米ママ・新米パパに贈る、幸せな子育てのヒント」トップページヘ「子育て応援広場」へ
2009.01.08
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授乳については、男性の私には直接的には分からないことも多いのですが、それは子育て全般に言えることです。産みの苦しみも直接的には分かりません。お世話になった助産師さんは「鼻からスイカを出すようなものだ」とおっしゃっていました。私にできたのは、出産のときにそばにいてあげることや、手を握ってあげることくらいしかありませんでした。声をかけることすらまともにできませんでした。 2008年12月29日の「死から考える」で取りあげた、河合隼雄さんの『父親の力 母親の力 「イエ」を出て「家」に帰る』(講談社+α新書、32ページ)に「苦労していないと幸福になれないということがあります。苦労するから幸福が見えてくるということもあります。」とありますが、それは真実だと思います。子育ての幸せを感じる可能性は、我々男性は、出産の苦しみを味わう女性に遠く及ばないのだと思います。私は子育ての経験から(というか子どもたちから)たくさんの幸せをもらっていると感じていますが。 授乳についてですが、授乳しながらテレビを見たり、ケータイでメールを打ったりすることを避けるのは大事なことです。赤ちゃんはお母さんのおっぱいを飲みながら、お母さんを見ています。お母さんの口の動きを見て、お母さんの語りかけを聞いています。そうして言葉を獲得していくのです。 言葉の獲得は、赤ちゃんの幸せにとってものすごく重要です。もちろん、女の子のほうが男の子より言葉の獲得が早いとか、個人的な差はありますが、言葉の獲得がうまくいかないと、思いを表現できなくて、イライラがつのってしまうことが多いようです。子どものイライラがつのると、行動にも表れますから、親のイライラにもつながります。ですから、赤ちゃんに話しかけても理解できないなどと思わず、語りかけることが大事です。言葉の意味は分からなくても、思いや雰囲気、愛情といったものを、赤ちゃんはきっと感じているはずですし。 うちでも授乳時に妻がテレビを見ていたことはありました。私の母は、「テレビを見ながらおっぱいをあげるのは良くないと思うよ。」と言っていました。戦争のために、小学校も卒業できなかった母は、子どもが大好きです。育児書なんてほとんど読んでいないはずですが、育児書に書いてあるようなことが身についているので驚かされます。子どもをたくさんほめてくれたり、子どもの聞き役になってくれたり、怒られたときの逃げ場所になってくれたりして、私の子育ても母にずいぶん助けられています。 さて、授乳時のケータイについては、正司昌子さんの『授乳時のケータイで子どもは壊れる』(KKベストセラーズ)を読まれるといいと思います。その第3章は、「授乳時のテレビとケータイで子どもは壊れる」となっています。 この本の内容で、もうひとつぜひ実践したいのが、赤ちゃんに対して身の回りのことを「実況中継」してやることです。次回はその「実況中継」についての予定です。 ランキングに参加しています。よろしかったらクリックして応援してください。「新米ママ・新米パパに贈る、幸せな子育てのヒント」トップページヘ「子育て応援広場」へ
2009.01.07
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年末から何か新しいことに挑戦してみようと思って、ブログを始めてみました。もともとパソコンの操作が得意ではないので、いくつかの本を参考にしながら、悪戦苦闘しています。 子育てについては、とても関心のあることですし、一生懸命やってきているという思いもあるので、書く材料はたくさんあります。それで一日にひとつくらいのペースで記事を書いてきましたが、パソコンの技術が足りないので何をやってもスムーズにいかず、「ええい、もうやめた」とこの一週間何度も思いました。 FC2ブログでは、仮登録までは簡単にいきましたが、送られてくるはずのメールが届かず、(何度も試みましたが)結局登録することもできませんでした。 この楽天ブログでも、記事を書いて、最後に「公開する」をクリックしても「大変申し訳ありませんがシステムエラーが生じました。……」の表示が出て(今確認のためもう一度その表示をみようとしましたが、たどりつけません)、やり直してもやり直しても公開できません。 3日から4日かけて10回くらいはトライしましたが、なぜか一度だけうまくいって、あとはすべて「大変申し訳ありませんが……」です。何がいけなかったのか分かりません。 「ヘルプ」で「解決するにはここ」と紹介されたURLをクリックすると、「表示できません。詐欺の可能性があるので推奨されません」(これも確認しようとしてもたどり着けず)というような表示が出て、少しも「ヘルプ」になっていません。 何とか問い合わせフォームを整えて、メールで問い合わせしました。それが今日の昼ごろです。返事が来る前に(いつ返事が来るのか知りませんが)もう一度トライしました。するとあっけなく公開できるではありませんか。それでそれまでに書いていた記事を一気に公開しました。 何がいけないのか今も分かりません。この後もあの「大変申し訳ありませんが……」に苦しめられるのではないかとびくびくしています。 プロフィールの編集やら何かの設定やら、まだ分からないことだらけで、少しずつ形を整えていけたらいいなと思っています。リンクを作成するのも今からやってみます。 この「新米ママ・新米パパに贈る、幸せな子育てのヒント」のほかに、seesaaブログのほうで、「子規と四季 青山登の『坂の上の雲』日記」というブログも書き始めました。こちらもどうなることやらと思いながらの試みです。今年の秋から始まるスペシャルドラマ「坂の上の雲」の主人公の一人、正岡子規の俳句をネタにして、子規のことが少しずつでもわかっていくようなブログにしたいと思っています。内容は決して高尚なものではなく、くだらないお遊びというくらいの気持ちで、気楽に書いています。 ここまでの一週間は、どちらのブログもほぼ毎日書いてきましたが、このペースで書いていくのは難しいです。どちらも週に1回ずつは記事を投稿していこうと思っています。 ランキングに参加しています。よろしかったらクリックして応援してください。「新米ママ・新米パパに贈る、幸せな子育てのヒント」トップページヘ「子育て応援広場」へ
2009.01.06
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子どもたちがどんな悲惨な状況になっているか。おそらく世間一般ではそれほど感じられていないのではないかと思います。 テレビ番組で「学級崩壊」などが取り上げられたり、ニュースで青少年の引き起こす信じられないような事件が報道されたりしていますから、教育が危機的だという認識はそれなりにあるでしょうけれど。 しかし、教育が危機的だ、というより子どもたちを取り巻く環境が危機的だ、と言ったほうがいいかもしれません。教育だけを何とかしても子どもたちの問題は何ともならないと思います。問題は複雑です。私は絶望してはいませんが、正直なところ悲観的な気持ちです。 こまごましたことをいくつか紹介します。 学校にはよく苦情の電話がかかってきます。 自転車の交通マナーが悪いという内容が多いです。高校が近くにあって家の前を登下校の高校生が自転車でよく通るという方や、高校生の通学路を通勤の車で通るという方は、日常的に不快な思いをされていることと思います。 道いっぱいに広がって走る。クラクションを鳴らしてもよけようともしない。信号待ちの車にぶつかっても謝りもしない。両耳をふさいで音楽を聴いているし、ケータイを見ているし、交差点で左右の確認もしないし、事故がないほうが不思議です。実際にいろいろな事故が起きます。 学校では検尿さえ提出期限に出せない生徒がたくさんいます。宿題などの提出物ならなおさらです。「なんでこうなっちゃったの」と思うことだらけです。年齢が上がっていくほど顔つきも、そして行動も悪くなっていくように思えます。 そのあたりのことを知るには、諏訪哲二さんの『オレ様化する子どもたち』(中公新書ラクレ)を読むのがいいと思います。一部紹介します。 「消費社会期」に入り一九八〇(昭和五十五)年以降の学校からは、子ども(生徒)がこれほど変容し、「オレ様化」してしまったら、もう学校は学校たりえないという悲鳴と軋りが聞こえてくる。(中略)私はそうなった原因を教育レベル、学校レベルの問題としてではなく、子ども(若者)たちが学校だけで「教育」されているのではなく、すでに学校へ入る前から、そして入ってからもずっとより強力に「情報メディア」や「商品経済」や家庭から充分に「教育」されている事実に見る。 子育てを取り巻く環境の厳しさを感じることと思います。「子育ては一大事だ。」「いい加減な気持ちではいけない。」という気持ちになると思います。頑張りすぎる子育てがよくないとしても、地域で育ててもらえるような時代ではなくなっていますから。 ランキングに参加しています。よろしかったらクリックして応援してください。「新米ママ・新米パパに贈る、幸せな子育てのヒント」トップページヘ「子育て応援広場」へ
2009.01.05
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これまでの記事の中で、いくつかの本を紹介してきました。ここまで紹介したものとしては、1 明橋大二『子育てハッピーアドバイス』(1万年堂出版)2 河合隼雄『父親の力母親の力 「イエ」を出て「家」に帰る』(講談社+α新書)3 佐々木正美『子どもへのまなざし』(福音館書店)4 外山滋比古『親は子に何を教えるべきか』(PHP文庫)5 岸本裕史『どの子も伸びる幼児の学力』(小学館)の5冊です。1は「便利は弱い、便利は怖い」で。2は「死から考える」で。3は「おしっこが青い? おむつの話」で。4は「ほめてやらねば人は動かじ」で。5は「子は親の背を見て育つ」で。 本を読む習慣がない人にとっては、あれもこれも読むというわけにはいきませんので、極端なことを言えば、この5冊、もっと極端なことを言えば、1と3の2冊を丁寧に読めばいいと思っています。もちろん、読んだことを自分なりに考え、実行していくことが大事です。 私自身は、子育てに強い関心があったことや、教育関係の仕事をしていることもあって、子育てや教育に関する多くの本を読んできました。「このことについては、みな一様に大切だと言っているな」とか、「これについては意見が分かれているのだな」とか、多くのものを読む意義はあると思いますので、これからもいろいろな本を紹介していきたいと思っています。そして、時々今回のように「読書案内」として、振り返っていこうと思っています。私の整理のためでもあります。 『子育てハッピーアドバイス』は、シリーズでほかに何冊も出ています。佐々木正美さんの『子どもへのまなざし』は、続編『子どもへのまなざし(続)』も出ています。『子育てでいちばん大切なこと』(大和書房)も出ています。こちらは『子育てハッピーアドバイス』に近いとても読みやすい作りになっています。 ランキングに参加しています。よろしかったらクリックして応援してください。「新米ママ・新米パパに贈る、幸せな子育てのヒント」トップページヘ「子育て応援広場」へ
2009.01.04
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子育ての好循環を生むヒントの二回目です。 一回目は「ほめる心がけをする」でした。山本五十六の「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」という言葉を紹介しました。 二回目の今回は、「子どもは親が言ったようにはやらない、親がするようにする」そういうものだ、ということを意識することの重要性です。 子供がよくすること、よく言うことで、気に障ることというのはたくさんあります。それらは、ちょっと考えてみると、父親か母親のどちらかがしていることだったり、言っていることだったりします。子どもは親の行動をよく見ているものです。 子どもに勉強させるいい方法は、親が勉強している姿を見せることです。本を読め、と言うより、親が本を読む姿を見せることです。スポーツをさせたかったら、親がスポーツを楽しむ姿を見せることです。 ただ、これも実際には「言うは易く行うは難し」ですね。 多くの親は「勉強しなさい」と口うるさく子どもに言ってしまい、勉強嫌いな子を作ってしまっています。やれやれとうるさく言われたら、いやになるものだということを、意識したほうがいいと思います。自分を振り返ってみてもそうですよね。自分がやることの多くは、ほめてもらったことがあって好きなこと、親がしていたことですよね。大人になれば、「やるべきことだから」「せざるをえないから」ということも増えてきますが。 親が勉強している姿を見せるのは難しくても、子どもが小さい頃に、本を読んであげることなら、少しの努力でできるのではないでしょうか。寝る前にお母さん、お父さんが本を読んでくれた幸せな気分は、子どもの本好きにきっとつながります。子どもが大きくなってからの「勉強しなさい」より、100倍効果があります。 「子どもは親がするようにするものだ」「親ができないことを子どもに求めすぎないほうがいい」ということです。「親ができないことは、子どももできない」というわけではありません。ほめて好きにさせたり、環境を整えてやったりすることを、親が一生懸命考えることが大事だと思うのです。 小学校入学までにこれだけは身につけさせたい、ということを知るには、岸本裕史さんの『どの子も伸びる幼児の学力』(小学館)がお勧めです。陰山英男さんの実践で爆発的に普及した100ます計算の生みの親です。 ランキングに参加しています。よろしかったらクリックして応援してください。「新米ママ・新米パパに贈る、幸せな子育てのヒント」トップページヘ「子育て応援広場」へ
2009.01.03
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前回の続きで、子育ての好循環を生むためのヒントの第二回を書く予定でしたが、元日ですので、元日に関係あることを書きます。前回の続きは次回にまわすことにします。 子どもたちが成長した後、「私が小さいときみんなであんなことしたよね。」と話題にできる材料を作ることは、家族にとってすごく大事なことではないかと思います。このブログの中でも、いろいろな家族行事を紹介していこうと思っています。 うちの正月の家族行事は、わずか一分くらいのものです。ゆっくり寝ていて、朝十時くらいになることもありますが、ここ数年続けています。 私たち夫婦が一方に並んで座り、子どもたち三人が反対側に並んで座ります。正座です。私たちも子どもたちも、普段正座をする機会はまずありません。しかし、正月ということで改まった雰囲気を少し演出するのです。ですので、パジャマのままではなく、着替えて顔も洗ってからにします。 5人が整列したら、私が「あけましておめでとうございます。」と言います。妻も一緒に言います。そして、それに続いて、子どもたちも「あけましておめでとうございます。」と返します。次に、私が「今年もよろしくお願いします。」と言います。妻も一緒に言います。子どもたちが「今年もよろしくお願いします。」と声をそろえて返します。 基本的にはこれだけのことです。子どもたちにとっては、次が大事でここがおまけかもしれません。この後に、子ども一人ずつにお年玉を渡します。「はい、これは春子。はい、これは夏子。はい、これは秋子。」「大事に使うように。」くらいのことは言いますが、あまりあれこれ説教するのは控えています。「この機会に大事なことを教えてやろう」と思ったりもしますが、それは我慢します。 子どもたちにとっては、お年玉をもらう大事な行事ですから、一分間の正座くらいは何でもありません。 ある女優さんだったと思いますが、子どものころを回想して、「お正月の改まった雰囲気が好きだった」と書いていました。それを読んだときに、「ああ、こういうのもいいかもしれないな」と考えてこの行事を実行してみることにしたのです。 子どもが何歳くらいになったらこれをやろう。この季節には毎年あれをやろう。と家族行事を普段から考えておくのは楽しいものですよ。(記事中の人名は仮名です。今後も基本的に人名は仮名を使うことをお断りします。) ランキングに参加しています。よろしかったらクリックして応援してください。「新米ママ・新米パパに贈る、幸せな子育てのヒント」トップページヘ「子育て応援広場」へ
2009.01.01
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