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2009.09.22
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Les Sceaux


B-I,D.2
B.非文献史料
I.「記念物的」史料
D.他の研究分野にも属する物
2.印章

   *   *   *

 レオポール・ジェニコが創刊した叢書『西欧中世史料類型』から、第36分冊、ミシェル・パストゥロー『印章』を紹介します。
 この叢書、1分冊が50-150頁ほどの短い書物となっていて(第81-83分冊の『説教』は1冊で1,000頁ほどありますが…)、叢書のタイトルどおり、西欧中世の多様な史料類型の概観を与えるものとなっています。なお、上記タイトル邦訳のしたに書いた「B-I,D.2」というのは、本叢書の全体構成のなかでの本書の位置づけを示します。この構成の訳については、ジェニコ 『歴史学の伝統と革新』
 さて、ミシェル・パストゥローの経歴や著作ついては こちらの記事 にゆずるとしますが、一点興味深かったことがあります。それは、本書『印章』が刊行された1981年には、彼はまだ高等実習研究院第4セクションの所属ではなくて、国立図書館でメダルの保管員をされていたということです。
 …と、前置きが長くなってしまいましたが、本書の構成は以下のとおりです。

ーーー
前書き

参考文献目録

第1章 用語の問題と定義
 第1節 印章とは何か
 第2節 中世の用語
 第3節 近代の用語
第2章 5世紀から15世紀における印章の使用

  A.年代的・地理的普及
  B.社会的普及
  C.印章の法的価値
 第2節 印章の製造
  A.母型

 第3節 印章の使用
  A.印章母型の生と死
  B.刻印の取り付け
第3章 印章学
 第1節 保存の問題
  A.母型
  B.刻印
 第2節 調査目録の企て
  A.既存の目録
  B.きたるべき目録
 第3節 史料批判および分類のいくつかの規則
  A.真偽確定、同定、年代特定
  B.分類に関する試論
第4章 歴史学および考古学に供する印章
 第1節 印章がもたらす情報の厳格さ
 第2節 印章研究が提供する情報の多様性
  A.文書形式学
  B.政治史、法制史、行政史
  C.文献学、刻銘学、古書体学
  D.固有名詞学、系図学、社会史
  E.紋章学
  F.考古学、物的文明の研究
  G.文化史、民俗史、宗教的態度の歴史、心性史
  H.美術史
ーーー

 まずは印章の簡単な性格をメモしたうえで、通読した印象を書いておきます。

 パストゥローがそれなりに妥当性を認める印章の定義は、「軟らかい素材、一般には蝋の上に、厳格には母型と呼ばれる硬い物体(金属や石)に彫られた図像や文字が刻印されたもので、通常権威や所有権の個別のしるしとして用いられる」(クーロンによる。訳は『西洋中世学』117頁(岡崎敦先生)を引用)です。彼はさらに、印章のもつ三つの機能として、 (1)秘密や内容の完全さを保証すること、(2)所有権の明示、(3)権威の保証、を挙げています。
 母型matriceと刻印empreinteという言葉が出てきますが、母型が金属や石でできていて、印章の図像などが彫られたもので、これをもとにして蝋などで作られるのが刻印です。版画にたとえるなら、もとになる彫り物が母型で、それを紙に押してできた絵が刻印、ということになるでしょうか。注意しなければいけないのは、母型そのものも印章と呼ばれることがある、ということですね。
 さて、この印章は、証書などの文書に付されました。よくあるのが、羊皮紙の下の縁にひもをつけて、そこに印章をぶら下げるという取り付け方です。ちなみに、一つの文書に複数の印章が付されることがありますが、その位置には、左側が優位という風に序列があるそうです。また、あんまり多くの印章を付けるときは、下の縁だけでなくて文書の3面、あるいは4面全てに印章が付けられることもあるのだとか。
 印章は、非常に早い時代から使われていました(たとえばメソポタミア文明)。西欧では、ローマ時代に、指輪型の印章が使われていたそうです。印章はさらに中世を通じて使われ、11世紀後半頃から社会の多くの階層に普及していきますが、14世紀頃にはその普及も弱まります。羊皮紙にかわって紙が使われるようになったり、自筆署名が行われるようになったりしたことが、衰退の原因と指摘されています。

 では、通読した印象を。
 まず残念だったのは、印章は図像史料なのに、図版が一つもないこと。叢書全体に通じることなのかどうかはまだ知りませんが、図像史料を扱う分冊にはその図版がないとイメージもわきにくいですよね…。

 もう一点残念だったというか、おや?と思ったのは、印章の分類に関する部分です。今までの目録や研究で行われてきた印章の分類方法を、パストゥロー氏はことごとく批判しますが(年代による分類、所有者の社会的カテゴリによる分類など…)、印章に描かれた図柄の形式(type. 紋章、船など…) による分類は学術的優位性がある、といいます。はて、その根拠が分からないのですね。図柄の形式による分類でも、印章の年代や地域、所有者は多様で、それらの区分はできないのに、他の分類に対してどう優位性があるのか、示す必要があるのでは、と思いました(私の読みが浅いのかも知れませんけれど)。
 さて、本書で特に興味深い、あるいは氏が強調しているのは、印章という史料のもつ学際的性格です。史料あるいは研究テーマの学際的性格を強調し、関連諸科学との協力を呼びかけることはまた、ミシェル・パストゥローの研究姿勢にも通じることだと思います。特に第4章第2節は関連諸科学・諸領域のなかで印章という史料類型がいかに活用されるかを提示しており、興味深いです。
 もう一点、ミシェル・パストゥローの研究姿勢に通じることでもありますが、それはさらなる研究を促す問題提起の多さです。たとえば、印章の製造人についてはほとんど知られていないそうです。そこで氏は、彼らがいかに印章を作ったのか、彼らはその職業をいかに組織したか、貨幣の製造人も兼ねたのか、図柄の形式や銘文の選択には彼らの影響もあったのか、などの問題を列挙します。このように、常に未開拓の問題を指摘していくところに、パストゥロー氏の研究の魅力の一端があると私は思います(もちろん、テーマ自体の面白さや語り口、視野の広さなどなど、その魅力はいくつも挙げられます)。

 今回はレジュメ風のノートはとらず、本文の欄外にメモをつけながらざっと読む方法をとりましたが、おかげで割合早く読了できました。有意義な読書体験でした。

 なお、うえに挙げた『西洋中世学入門』の第7章「印章学・紋章学」(岡崎敦)の印章学の部分は、本書の的確な要約となっていて、本書を読み進めるうえでとても参考になりました。

(2009/09/21読了)


*最近は本書をはじめいくつか洋書を読み進めたりしていて、小説は読めていません。小説も、「読まなきゃ」と義務的に読むのは辛いので、いまは自分の好きなように、西洋史勉強意欲が高いときはその気持ちを優先していこうと思います。





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Last updated  2009.09.23 20:55:09
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