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2010.02.15
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ミュリエル・ラアリー(濱中淑彦監訳)『中世の狂気―十一世紀~十三世紀―』
( Muriel Laharie, La folie au Moyen Age. XIe-XIIIe siecle )
~人文書院、2010年~

 精神医学の知見も盛り込みながら、中世における狂気(狂人)の諸側面を提示し、またその位置づけを行う好著です。
 本書は、1992年に刊行された池上先生の著作 『歴史としての身体―ヨーロッパ中世の深層を読む―』 の参考文献にも取り上げられています。そのため、気にはなっていたのですが、このたび邦訳が刊行され、日本語で読めるようになったことを嬉しく思います。
 まず、本書の構成は以下のとおりです。

ーーー


序論

第一部 狂気の宇宙
 サタンと神の間―超自然的狂気の永続と変化(十一~十三世紀)
 第一章 悪魔の犠牲者と悪魔の味方(一) 狂気の悪魔化
  A.憑依れた者たち(悪霊憑き)
  B.悪魔の他の犠牲者たち
  C.魔法使いたち
 第二章 悪魔の犠牲者と悪魔の味方(二) 狂気の道徳化
  A.無信仰の者たち
  B.その他の罪人たち
 第三章 天から遣わされた人々

  B.偽りの予言者と偽りのメシア
  C.神の狂人たち……狂気の聖化
 人間と野獣の間に―自然的狂気の出現(十二~十三世紀)
 第四章 医学的省察の発展
  A.病因論

 第五章 文学的及び図像的な紋切型表現の成功
  A.狂乱型狂気の諸原因
  B.「狂気の」人
第二部 狂気に対する封建社会の態度
 第六章 狂人に対する寛容と統合(一) 癒し聖人頼み(十一~十三世紀)
  A.聖人の生前にもたらされる治癒
  B.聖人の死後にもたらされる治癒
  C.癒しの総決算
 第七章 狂人に対する寛容と統合(二) 「自然的」手段(十二~十三世紀)
  A.医学的治療
  B.愛
 第八章 狂人の周縁化と排斥(十二~十三世紀)
  A.課された制限
  B.拒絶と排斥
 第九章 狂気の取り込み
  A.社会的政治的な取り込み:雇われた狂人
  B.フォークロア的取り込み:愚者祭

結語

訳者あとがき
図版説明
索引(地名・人名/事項)
ーーー

 まず、訳書として残念だった点と良かった点を挙げておきます。
 人名表記について、2点気になったところがあります。オータンのオノレとありますが、これはホノリウスと表記するのが一般的だと思います(オータンのホノリウス、あるいはホノリウス・アウグストドゥネンシス)。しかし最近は現地読みが主流となっていますから、あるいはオータンのオノレという書き方が一般的になるのかもしれないですね…。もう一人、研究者のドゥリュモーについては、邦訳も刊行されていますし、ドリュモーという表記の方が馴染みがあります。
 注の部分にも、勿体ない点がいくつかありました。邦訳が刊行されている著作もいくつかあるので、それらについては(該当ページまでは示せなくても)邦訳書情報も挙げていると、読者はその他の研究書を参照しやすくなると思います。また、「下記p.○○を参照」という注がありますが、こういう注について、原書のページを挙げているだけで、邦訳書の該当ページを示していないのも残念です。
 …と、いくつか残念な点もありましたが、訳文は読みやすく、良かったです。また、訳者が全員精神医学の専門でいらっしゃることもあり、本書に頻出する医学関連の用語や文章についても、安心して読めました。
 ただし、本書のように歴史学と医学といった異なる学問領域を広く扱った「学際的研究」については、関連しつつ異なる領域の専門家が協力して邦訳を刊行するというあり方も必要になってくるのではないかと思います。そういう中で、さらに新しい研究も生まれてくるのではないかと思うのです。

 さて、本書の内容の方については、全体的に興味深く読みました。狂人を閉じこめるなど、その行動(自由)を規制する際にも、ある種の愛情が伴っていたという指摘は興味深かったですが、一方、(当然というべきか)彼らは厳しく排斥されることもありました。悪魔に憑かれたと考えられる一方、聖なる存在と考えられることもあり。つまり、中世において、狂人は両義的、あるいは多義的な位置づけにあったといえます。
 本書はその多義性を、多くの文学史料や図像史料を扱いながら、明確にしていきます。

 特に面白かった点をいくつか上げておきます。
・ロベール・ダルブリッセルのような遍歴説教師や、アシジのフランチェスコなどの聖人が、狂気との関連で論じられていること。タンケルムスやローザンヌのアンリなどの民衆を惹きつけながら異端とされた人々も、同様に狂気との関連で論じられています。
・狂人を描く紋切型表現について、棍棒とチーズがその代表的な持ち物とされていたこと。
・ジャン=クロード・シュミットによる研究 「中世の自殺」 の内容を簡単に整理したうえで、狂気との関連で内容を掘り下げていること。「中世の自殺」は以前読んでいたこともあり、勉強の甲斐があったと感じました。

 最後に、人間の弱さと醜さを的確に指摘した一文を引用しておきます。こうはなるまい、と考える個人が増えれば、世の中もっと住みやすくなるのでしょうけれど…。

心理社会学者たちが説明しているように、個人は、群集のただ中に飲み込まれるや否や、その批判精神を失い品位を忘れてしまう。群集は「社会性なき」ものであり、過度の熱狂とともに残虐な暴力をもはらんでおり、これは時にリンチにまでいたる。群集が、孤独で貧しい人間を攻撃することで安直な楽しみを得て解放感を味わう時、彼らは、自分たちに不快感を与える狂気をその相手においてまさしく撲滅しようと望むのであるが、実際は自分たちが当の相手の狂人より以上に「狂気で」あることを露呈してしまう 」(346-347頁)

 狂気という観点から、中世社会を分析する興味深い一冊です。

(2010/02/14読了)





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Last updated  2010.02.15 07:04:18
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