池上俊一/河原温(編)『聖人崇敬の歴史』
~名古屋大学出版会、 2025
年~
本書は、総勢 25
編者の1人、池上俊一先生は西洋中世史を専門とする東京大学名誉教授で、膨大な著作があります。近年の著作として、たとえば、
・池上俊一『ヨーロッパ中世の想像界』名古屋大学出版会、 2020
年
・池上俊一『歴史学の作法』東京大学出版会、 2022
年
などがあります。
編者のもう1人、河原温先生は放送大学教授で、中世都市史を専門とされています。このブログでは、単著として
・河原温『中世ヨーロッパの都市世界』山川出版社、 1996
年
・河原温『都市の創造力(ヨーロッパの中世2)』岩波書店、 2009
年
を紹介したことがあります。
さて、全体で 650
頁ほどある重厚な本書の構成は次のとおりです。
―――
総説 聖人崇敬の歴史(池上俊一)
第1部 起源と展開
A ヨーロッパ
第1章 古代~フランク王国(多田哲)
第2章 盛期中世~後期中世(後藤里菜)
第3章 近世・近代(坂野正則)
第4章 ビザンツ(草生久嗣)
第5章 ロシア・東欧(高橋沙奈美)
B アメリカ
第6章 中南米(八木百合子)
第7章 アメリカ合衆国(小檜山ルイ)
C アジア・アフリカ
第8章 日本(川村信三)
第9章 フィリピン(古沢ゆりあ)
第 10
章 アフリカ(飛内悠子)
第2部 多様な役割
第1章 聖人崇敬の神学(山内志朗)
第2章 聖遺物の奉遷・窃盗(北舘佳史)
第3章 聖人名と聖人暦(梶原洋一)
第4章 「荒れ野」に向かう修道士たち(杉崎泰一郎)
第5章 子どもと聖人(池上俊一)
第6章 乙女、妻、そして寡婦―聖女伝におけるモデルの拡がり―(三浦麻美)
第7章 天使にして聖人―大天使ミカエル崇敬―(千葉敏之)
第8章 列聖手続きと教皇の関与(藤崎衛)
第9章 国家を護る聖人―中世イングランドにおける聖ジョージ崇敬―(唐澤達之)
第 10
章 都市と聖人崇敬―中世ブルッヘの場合―(河原温)
第 11
章 地方的聖人崇敬―ブルターニュの場合―(小坂井理加)
第 12
章 疫病除け聖人の「執り成し」―セバスティアヌスを中心に―(石坂尚武)
第 13
章 聖人崇敬と奉納文化(水野千依)
第 14
章 多様なるフランシスコ(神崎忠昭)
第 15
章 顕現する聖母マリア(宮下規久朗)
あとがき(河原温)
図版一覧
索引
執筆者一覧
―――
全 25
章と膨大なため、以下ごく簡単にメモ。
総説は基本的な概念の確認と、各章を踏まえて、全体の見取り図を提示します。
第1部第1章から第3章までは西欧の、第4章はビザンツの、第5章はロシアの、それぞれ聖人崇敬の起源から現代までを展望します。第3章では、フランス革命期に非キリスト教化運動の一環として「聖」のつく地名が変更され、革命家の名称などに置き換えられたとの指摘が興味深いです。
第1部B、Cはそれぞれ、非ヨーロッパ圏における聖人崇敬の歴史を、第1部A同様、通史的にたどります。第8章(日本)で、神のみに対する「崇拝・礼拝」と、聖人に対する「崇敬」が厳密に区別されることがあらためて指摘されるほか、わが国での聖人崇敬の特徴として、初期キリスト教の時代と同様、聖人=殉教者という点が挙げられるとの指摘が興味深いです。
第2部は主に西欧における聖人崇敬の諸相を論じます。とりわけ名づけと暦に着目した第3章、聖人への奉納を論じる第 13
章を興味深く読みましたが、その他の章もいずれも勉強になります。
第1部で通史的概観を提示し、第2部で聖人崇敬をめぐる諸相を論じる本書は、それ自体興味深いですが、本書の目指すところは「今後の個別研究に役立つ基本書となること」 (34
頁 )
とあります。たとえば、地方的聖人について、本書ではブルターニュの事例(第2部第 11
章)が論じられていますが、その他の地域の個別研究の参照軸となりえると思われます。また、第1部の通史や第2部第8章の列聖手続きの基本的な流れは、今後聖人に関して勉強する上で押さえておくべき内容と思われます。
重厚でありながら、適宜補足説明的な注も付されているほか、基本的文献の紹介、充実した索引のおかげで、読みやすく、まさに聖人崇敬に関する「基本書」となる1冊です。
(2025.08.17 読了 )
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