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今日はアニマルコミュニケーションカレッジの授業の日。モデルとして我が家の氣氣(ウサギ・ネザーランドドワーフ・3歳・男の子)が登場した。学生として受講している主人が氣氣を連れて行ったのだが、飼い主でもあり学生でもありという立場。自分でも氣氣のオーラも描きたいし、学生さんからの質問に答えると言う重要な任務もある。助っ人に次女の氣恵(小6)に同行してもらった。氣恵は我が家の中で一番、氣氣の扱いに慣れている。川越の時の小学校でウサギの飼育係を熱心に勤めていただけあって、ウサギの抱っこの仕方など惚れ惚れする。さて氣氣のオーラ。肉体層は元気ハツラツだったのだが、感情層は・・・ブルーが多かったらしい。(らしいと言うのは、私はアニマル講師の立場、氣氣の様子は気になるけれど、自分の仕事をこなせねばならぬのです)どうやら氣氣は私たち家族に対し、疎外感を持っていたらしい。というのも、こちらに引越してきてから、氣氣の住環境は一変した。今までは居間の食卓テーブルそばで、テレビの音や台所の音、常に家族の声が周りにあった。引っ越し後は次女の部屋が氣氣の部屋となり、一家団欒の場ではない。勿論時々居間に大きなサークルを出してサークル内に子どもたちも入り一緒に賑やかに遊んでいたのだが、回数的にはそんなに多くない。氣氣は引っ越しの事に不満があったらしい。勿論私もアニマルコミュニケーターのはしくれ、引っ越しが決まった時も部屋を氣恵の部屋にした時も、氣氣には伝えたし分かってくれていると思っていた。そこが盲点!氣氣はきっと引っ越しでバタバタしていた私にあえて異を唱えなかったのであろう。高江洲先生が仰るには、事後報告ではなく、引っ越すか否かは勿論、氣氣の部屋をどこにするかという相談の段階で家族会議に参加したかったらしい。蚊帳の外におかれているという淋しさから、今現在、彼は結構気持ちがねじれているらしい。申し訳なかったの一言。実は引っ越し云々の時、我が家は大変だった。長女がいじめから不登校になり、私は結構追い詰められていて、「引っ越して心機一転!長女のために新しい環境を用意しよう!」と必死だった。仕事もいつも忙しく通勤時間も長かったので、帰宅は夜遅く、帰ると氣氣に愚痴を聞いてもらう日々だった。「お姉ちゃんが学校行けないんだ、引っ越ししなくちゃいけないかも。」に始まって、引っ越しが本決まりになったあとは「氣氣、忙しいよ大変だよ。でもお母さん頑張るからね。」「引っ越し屋さんが来たらうるさいけど我慢してね。」とか氣氣にブツブツつぶやいていた。だから私は、氣氣には引っ越しを告げているつもりでいたのだけれど、氣氣はそういう形での事後報告ではなく、「引っ越そうかと思う、転校することになるけどいい?」と次女や三女に聞いたように、氣氣にも「引っ越ししたいの、氣氣は賛成してくれる?」といってほしかったんだと思う。こちらに来てからの部屋決めも、氣氣には居間にいてほしかったのだけれど、引っ越し荷物で溢れ未開封の段ボールが山積みで、とても氣氣の居場所を確保できなかったのと、荷物の開封やらあちこち運び出す音が氣氣には迷惑なのではと勝手に思い、氣恵の部屋に移ってもらった。騒音から氣氣を守りたかったのだけれど、氣氣にはありがた迷惑だったのかもしれない。勿論、氣恵の部屋に移ることも氣氣には聞いた。聞いたつもりだった。「氣恵ちゃんの部屋でいい?」って。これってやっぱり事後報告だよね。氣気はきっと、忙しくて心に余裕がなかった私に気を遣い、あえて文句も言わず、氣恵の部屋でずーっとすごしてくれたんだと思う。氣氣、ごめんね。ありがとう。私が仕事から帰ったら氣氣は居間にいた。アルケミストから帰宅して、主人と子どもたちと氣氣とで相談し、氣氣に居間に移ってもらったらしい。氣氣がとってもリラックスして、ゆったりと過ごしている。氣氣の居場所はやはり家族が集まる場所、居間がふさわしい。大事な大事な家族だから。
2010.03.22
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今日は珍しいことに主人と一緒に電車に乗り、そろって帰宅。なぜならば主人が私の勤め先に現れたから・・・というのも、実はアルケミストでは月に一度ヒーリングサロンを開放し、「交流会」なるモノを開催している。交流会という名の通り、アルケミストをよーく知っている人でも、まったく初めての人でも誰でもOK、共に語り交流しましょうという言いかえると、なんでもアリのとってもソフトな会。何かをしなくちゃとか、こうせねばという堅苦しいものではなく、集った人がエネルギーの世界や癒しの世界に触れ時間を過ごし良いエネルギーの場所でリラックスし楽しく過ごしましょうの2時間。今年に入り始まって今日で3回目。ただオシャベリするだけではつまらないので、テーマを決め集まる会にしました。1回目・2回目は自分の過去世を語りましょうの会。自分の過去世を違う視点で見ることができて、私はとっても楽しかったです。(スタッフも勿論進行や準備にかかわるけれど基本は皆さんと同じ参加者の意識)3回目の今日は、アニマルコミュニケーションを語ろう!と集まっていただきました。ウチの主人は現役のアニマルコミュニケ-ションカレッジの生徒ですから、良いエネルギーに満たされたサロンでエネルギー充電の意味もあり参加と相成りました。交流会後待ち合わせて二人揃っての帰宅となりました。 さて、その交流会、私はどうするべきか?実は参加したかったのですが・・・なんせ奥さんがそばにいたら息抜きどころか、恐妻家の名をほしいままにしている主人ですから私がそばにいるとやりにくいであろうというという配慮のもと、出席は見送りました。(なーんて言いながら、実は片づけなければならない仕事があったので遠慮したという事にしておきましょう。)ウチの主人はモノカキ、つまり作家として仕事をしているワケで、まあくやしいけれどモノを見る視点が私とは全然違うなあと考えさせられる事が多い。 彼もブログを書いていて、時々私も覗くのだけれど、サラサラと簡単に書いているようでいて実はすごいことを書いていたりして、う~んとうなってしまうのだ。プロの作家にライバル意識を持つ主婦ブロガーの私もどうかと思うのだけれど、結構彼は家族ネタや奥さん(つまり私の事)ネタを書いているらしく、時々人さまから「ご主人のブログ読んでますフフフ・・」と微笑みかけられると、もしかして私の悪口書いてんのかい!みたいに思ってしまう(心当たりがある自分が情けない)。実は彼はブログを二つ書いていて使い分けているらしく、(らしくと言うのは、ミクシィの方に結構赤裸々にかいてあるようで残念な事に私は誰からも招待を受けずミクシィには入れない。ゆえに彼が何を書いているかは人のウワサが頼りである。)最近はツイッターも始めたようだ。「私の事書くんかい」とまったく気が抜けない。でも表現者として様々な手段で発信していくのは大いに賛成、本を読む人にも読まない人にも発信できるのがネットの良いトコロ。がんばってほしいとエールを送る。主人の本の特徴は、簡単に読めることろ。難しいことも実に読みやすく書けるというのは彼の才能だと思う。「イルカが人を癒す」に始まり、「イルカが教えてくれたこと」「イルカみたいに生きてみよう」と続けてイルカの本を出した時、読者の方々からたくさんお手紙を頂戴した。小学生の女の子からもかわいらしい字でお手紙をいただき主人は本当にうれしそうだった。自分の思いが本になり出版され、多くの方に手に取っていただく。作家と言うのは素晴らしい職業だと、身近で見ていて私は思う。実は、今日の交流会でご一緒した方に、最近出した本(『木村さんのリンゴ奇跡のひみつ』学研刊)の事を言われ主人はびっくりしたらしい。書店に並び出したのはつい最近、1週間位前の事。どうしてその方がご存じなのかとお聞きしたら、船井幸雄さんのブログに主人の本の事が書いてあったという。帰宅しネットで調べたら、確かに主人の本の事を書いて下さっていた、涙が出るほどうれしい書き方をしてくださっていた。自分の書いた本が目にとまり紹介していただけるなんて作家冥利につきるの一言。船井さんのブログ、どうぞぜひ読んでみてください。http://www.funaiyukio.com/funa_ima/
2010.03.19
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松葉杖のお世話になり55日。骨のくっつき具合がすこぶる良いそうで、晴れて松葉杖とお別れする事になった。自分の人生の中で、スポーツで怪我をする事があるなんて考えても見なかった。人生何が起こるか本当に分からない。しみじみそう思う。松葉杖となり一番困ったのは通勤電車。立って乗るのはシンドイし、電車の揺れで転んだら、混んでいて骨折中の足を踏まれたり蹴飛ばされたりしたらどうしよう・・・と恐怖に近いものがあった。幸い職場の理解もあり、混まない時間帯のしかも空いている各停電車に乗りほとんど座って通勤できた。が、しかし、時として立っていかねばならぬ事も数回あった。以前友人が同じように足を怪我し、松葉杖になった時「優先席なのに譲ってもらえない」と聞き、「えっつ!まさかー」「そんなのあり?」と思ったが、悲しいことに現実だった。電車がホームに入りガラス越しに空席チェック、「良かった優先席空いてる」とほっとしたのもつかの間、一緒にホームに並んでいた若者が、ドアが開くなり優先席にスタスタ向かい席に座り、あっけにとられたこともあった。もちろん、お年寄りや体の不自由な人以外にも、外見では分からない疾病を抱えている方もおられるし、もしかしたらその若者も何か病気だったのかもしれない。「松葉杖の私が席に座れるはずというのは私の傲慢なのだろう、きっと彼も病気なんだ」と思い、立って電車に乗った。モチロン席を譲られたこともあった。でも悲しいけれど、松葉杖の私の姿を見ても、席を譲ってくれず優先席で携帯メールに励む高校生や若者がいたのも事実。 「骨折をしていて左足に力をかけられません。松葉杖では不安定で転ぶと危ないので、席を譲っていただけませんか」と声をかけたらよかったのだろうか。私の友人は、優先席に座っていた子どもが隣の席の父親に「お父さん、席譲らなくていいの?」と聞き、父親が「席を譲って下さいと言われたら席を代わればいいんだ」と答えているのを聞き悲しくなったと言っていた。松葉杖姿の人が自分から「席を代わって下さい」と言わなければ、優先席に座れない時代なのだろうか。せっかく席を譲ろうとした小学生の男の子の気持ちに「譲らなくていいんだ」という言葉を返した父親。話を聞いて「まさか」と信じられなかったけれど、いざ自分も松葉杖となり、立って通勤するという事を経験し、彼女の話がそう珍しいことではないと理解した。誰か一人くらい、席を代わって下さる人がいるのでは・・と期待し電車に乗るのは私の甘えなのだろうか。せめて我が家の娘たちには、体の不自由な方や手助けを必要としている方に、心配りができる人になってほしいと切に願う。松葉杖だから席を譲れという既得権意識ではなく、やっぱり思いやりを持ち人に接し、譲り合う社会であってほしいと思う。今回の骨折騒ぎで色々経験できた。エネルギーを使う事で、痛みがなく回復も早かったという事を身をもって体験したし、自己ヒーリングができるって事は本当にありがたいと実感した。アルケミストのヒーリングカレッジで、入学して一番最初に習うのがハンドセルフヒーリング。「学んで即自分の体で試してください」と、四月から入学する生徒さんに声を大にして自分の体験を伝えたいと思う。私の使命は「伝える者」。癒しの世界、ヒーリングそしてエネルギーの素晴らしさを体験した者としてたくさんの方に伝えたい。
2010.03.17
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一匹だけ特別な金魚がいる。名前は生良(せいら)。良く生きると言う意味で主人と子どもたちがつけた。私はひそかに彼女(女の子と私は確信している)を、すぴきんちゃん(スピリチュアル金魚さんの略)と呼びかけていた。彼女はもともと他の金魚さんたちと水槽で泳いでいたのだが、時々泳ぎ方がおかしくなったり動きがぎこちなくなったりで、バケツに隔離していた。元気になり水槽に戻すとまた様子が変わり、別邸のバケツへ。そうこうしているうちに昨年終わり頃からバケツが彼女のおウチとなった。段々傾きの角度が大きくなりここ一カ月は、ほぼ横たわると言った方が分かりやすいくらいの生活だった。でも彼女は元気。泳ぎにくいだろうに、横たわる姿勢のままバケツの中をグルグル泳ぐ。ある時は、じーっとしていてまったく動かず、あー死んじゃった!とびっくりしていると、いたずらっぽく体をピクリと動かしお返事をしてくれる。ここ1週間から10日ぐらい、彼女との会話に変化が起こった。夜帰宅し、彼女にただいまーや朝おはようと声をかけ、「今日は寒いよ、大丈夫?」とかそんなたわいもない会話なのだけれど、声をかけたりエネルギーを送るとグルグル泳いで返事をする回数がめっきり減ってしまった。その代わり彼女はありとあらゆる方法で返事を返してくれる。微動だにしなかった(寝ていただけかもしれないが)状態の時でも、私が声をかけたりエネルギーを送ると、彼女なりの方法で応えてくれる。エラを動かしてのお返事だったり、尻尾だけをちょっぴり動かしてみせてくれたり。ある時は目をぐるりと回してまるでウインクのようなお返事だったり。そんな彼女が私は大好きだった。オレンジ色の体は「自分の最期のその時まで、私は生き抜くぞ」というエネルギーを感じさせ、きれいな輝きに溢れ、不自由な体でしんどい事もあるだろうに、よくぞこんな小さな体で頑張っているなと日々元気をもらっていた。昨夜から彼女の様子が変だ。お別れが近付いているのは間違いない。私が今彼女にできることは、そっとエネルギーを送り見守る事。そして、不自由な身体で日々精いっぱい生きている彼女に恥じないよう、自分も自分の人生を精いっぱい生きる事。アニマルコミュニケーションの世界、そしてヒーリングの世界を学んで本当に良かったと思う。
2010.03.10
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整形外科医の『順調ですね~』の一言。バンザーイと飛び上がりたいのをこらえ、話を聞く。レントゲンの結果がすこぶるいいらしい。ほっとひと安心。「明日あたりから、予報で雨続きなんです、出勤時にどうしたらいいでしょう」と尋ねると、松葉杖一本で傘をさしてオーケーが出た。「ただし痛みが出たら無理しないで安静にしてくださいね。」と優しい一言。「先生、ゴメン。痛みなしです私・・・しかも結構会社では杖なしで歩いてます。」とは言えずお礼を言って診察室をでた。痛みがないのを良い事に、結構動き回っていたのだが、きちんと骨がくっついてきているそうで、めでたしめでたし。「体内透視」の手法を高江洲先生から教えていただいたが、自分の足の骨がくっついているかどうか、透視する自信が自分にはない。エネルギーを患部に送りながら、流れの良いとこ悪いとこの感覚はある。今日のレントゲンはまさしく自分の感覚通り!流れがいいと思う場所はレントゲンでもハッキリ骨がくっついている。「案外、自分の感覚っていいカンジじゃん」なんてちょっぴり誉めてあげたいのだが、調子に乗ってはいけない。「なんとなく~」や「たぶん~」で済ませぬように学んでいるのだから。確立半分のくっついてるくっついてないで浮かれていてはいけないのだ。アルケミストでは動物診療においてレントゲンは使わない。エネルギー治療のみ。レントゲンよりもさらにきめ細かく、心の内まで透視をされ、他の病院で原因不明と言われた動物さんたちが次々癒される姿に、私には「脱帽」の言葉しかない。エネルギーの素晴らしさを伝えたい、ただその思いでこの世界に身をおき足掛け20年。氣光との出会いが私の人生を変えた。氣光が縁で結婚した主人とは、まもなく結婚18周年。あっという間の18年だった。氣の世界を理解しあえる相手が常にそばにいてくれるという事は本当にありがたいし恵まれたことだと思う。理解ある家族と恵まれた職場環境で、エネルギーを使うものとして仕事を得、働く事ができる喜びと幸せ。最近感謝の気持ちが足りないな、私。手放すことができた片方の松葉杖に「今まで支えてくれてありがとう」と感謝を込め、病院にお返ししてきた。今日はおひなさま。そしてもうすぐ結婚記念日。我が家は賑やかな春です。
2010.03.03
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