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今日は楽しい一日だった。18時からアルケミストサロンで交流会。月に一度、集った人達で何か楽しい会をしようと始まった会。今回はインドがテーマ。アルケミストのスタッフには、インドに20回も行ったツワモノが居る。インドの映像やオモシロクイズ、インドの映画の一部をみんなで見たりして大いに盛り上がり楽しいひと時となった。モチロンサイババ様のお話やインドのたくさんの聖者と言われる方々やたくさんの神々のいわれなども聞くことができて、「やっぱ、インド行きたいな~!!」モードである。なぜ人はインドに魅かれるのだろう。人は一体インドの何に魅了されるものなのか。百聞は一見に如かず、自分の感覚でとらえなければ答えは出ないと思う。私はどちらかと言うと、スピリチュアルな世界にかかわりながらも超現実派のタイプだと思う。たとえば、インドへ放浪の旅にでるなんて聞くと、即座に現実逃避?と思ってしまうし、最近流行りのパワースポットめぐりなどにも正直興味はない。現実の世界をしっかり生きることが大切だと思うし、その現実の中に、ちょっぴりスピリチュアルな事柄のエッセンスが入っているくらいがちょうどいいと思うし心地良い。人様から見たら、家の中は24時間、氣の音楽は流れているし、氣をだす機械やらピラミッドや水晶が部屋のあちこちにあり、どっぷりスピリチュアルに浸かっているへんてこな人と思われているかも知れないけれど・・・。ごくごく普通の人が、たまたま氣で病気が治り、あれよあれよとこの世界にかかわっただけで、チャネラーになりたかったワケでもなんでもない。そもそもチャネラーなんて言葉も知らなかったし、イルカと交信したのだって私がやったわけでもなんでもなく、たまたまおいでと言われついて行ったらそうなっちゃったというだけなのだ。でも、この世界を知る事ができ、本当に幸せだと思う。奇跡的な癒しを目の当たりにし流した涙、イルカの群れに囲まれメッセージを聞けた感動、体験したいと思ってもそう簡単に体験できるものではないと思う。氣の世界・エネルギーの世界に触れ、貴重な体験の連続だった。私はなぜそんな機会に恵まれたのか。答えはもう出ている。「伝える者」という使命が私にはある。その使命を日々行う事が大切であり、私の喜びなのだ。子どものように楽しんで、使命とともに歩みたい。インド行きが何か大きな流れの一つになるのかなと思ったりもする。お楽しみは来年。2010年は足元をしっかり固め、2011年には大きくジャンプ、2012年にしっかり着地する。どうやら私はそんな計画を立てているらしい。流れに逆らわず、生かされていることに感謝。
2010.05.24
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ダイエットを始める決心をした。月曜日から体重計に乗り、サイズも計測。新年早々、一年の計は元旦にありとジム通いを始めたが骨折により中断。そろそろ薄着のシーズンだし、ヒーラーがお肉プヨプヨではみっともないと一念発起。とかく良いものは手放さないぞとばかりに抱えてしまう。エネルギーも。悪いものを手放すのは皆理解するところだが、良いものも手放すと言うと一瞬、?の顔をされる。エネルギーは生もの。良いものも手放し循環させることが大切だ。人様をヒーリングさせていただくわが身はというと、やはり良いエネルギーをいっぱいため混んで、アンバランスかつ、ちょっぴりエネルギー供給過剰。体重だけではなく、余分なエネルギーも手放して、すっきりした自分を取り戻したい。
2010.05.20
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冴えている。自分で言うのも変だけど、なぜかわからないけど冴えている。今日、掃除機をかけていて、(いつものことなのだけれど)掃除機のコードが邪魔で、「あー、思い切ってコードレスで縦型の、使い勝手のいい掃除機を買っちゃおうかなあああ」なんて思っていたらひらめいた。私の考え方ってそうだな、「排除の理論」だなと。アイロンしかり掃除機しかり。作業をするときにコードが邪魔だから、コードレスの物がほしい。ただそれだけの、家庭の主婦として作業効率を求める切実な姿。でも、もしこれが家電云々の話じゃなくて、社会生活の中の、人間関係だったら・・・ちょっとコワイ。自分にとって邪魔な人が居るとする。「あの人さえいなければ」となってしまったらどうなのだろう。「あの人さえいなければうまくいく」「あの人が自分を苦しめる」自分にとって不都合な人を、モチロン排除するなんてことはしないけれど、何かそれに通じるものが自分の中にあるのでは・・・そんな風に感じた。ひらめいた。主人は私を「強い」という。私に言わせると、「そんなことない、必死なんだよ私だって」なのだが、どこから見ても私は強いパワフルな人に見えるそうな。顔で笑って心で泣いて、必死に生きているのだけれど、主人以外の方々からも雨にも風にもマケナイ人と印象をもたれるのは間違いない。私は正義の名のもとに、常識と言う名のもとに、家庭でも職場でも、排除の理論を振りかざしているのではないか・・・・。そんな風にちょっぴりだけど、自分を客観的に見ることができたような気がする。階段掃除中にコードが邪魔で、階段から落ちそうになりひやっとしたけれど、掃除機に感謝。排除するのではなく「認める事」が私のテーマ。今日のひらめきは、月曜日に過去世リーディングのセッションを受けたからかな・・・。
2010.05.13
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ゴールデンウィーク最大のイベント、我が家のディズニーランドの一日が終わってしまいました。まさしく夢の国!!でも夢の国に行く前に、数々の現実が待っています。休暇をとる。チケットを買う。あれこれリサーチ(不慣れゆえネットの情報が頼り)。早朝の電車でGO!最大の難関、入場ゲートに並ぶ。などなど・・・・どこからこんなに人があふれてくるのだろうと思わずにいられない。人・ひと・ヒト・・・・。ネットで前夜、色々検索していたら、ディズニーランドにかける意気込みのすごさがあふれていた。地方に住む方だったと思うが、「もう二度と行けないかもしれないから存分に楽しみたい」という思いであったり、「中々家族で旅行になんて行けない、楽しみたい!」というおもいであったり。私も札幌出身なので、なかなか行けないから・・・という思いはよくわかる。独身で札幌に住んでいた頃は、本州の人は、しょっちゅうディズニーランドに行ってるものと思っていた。我が家みたいに、関東に住んでいるのに、めったに連れていけない家があるなんて思っていなかった。家族で行くと実際かなりの出費になる。入園料は一日遊べるなら十分ペイできるとは思うけれど(でも家族5人で25,800円、う~ん結構キツイかも)、園内での食事や飲み物、買い物代なども含めると覚悟はいる。今回もカチューシャやポップコーンのスーベニアバケットをめぐり娘たちとの攻防が。今家にあるもの持っていこうという私と、今売っているカワイイのがほしいという娘たち。ほしくなるのは当然だと思う、だってショップに行くとホントに可愛いものばかりだもの。クリスマスバージョンのポップコーンバケットはパス、プーさんのバケットのみ持参。カチューシャは特別に買って良しとなりいざディズニーランドへ。ゴールデンウィークだから混んでるのは覚悟していましたが、ホントに混んでましたね。奇跡は起こりませんでした・・・・。でも逆に混んでいる中、今回はわりとのんびりゆったりとで楽しめました。一番感じたの我が子の成長。ホントに手がかからなくなりました。(お金はカカルケド・・・)小さいお子さん連れで、泣いている子を一生懸命なだめたり、寝ている子を重そうに抱っこしている親御さんを見ると、ホントあんな時期が懐かしい。ショーやパレードを見てひたすら泣けてきました。勿論素晴らしいということでの感動の涙だと思うのだけれど、感動の裏側にある演じる彼等・彼女等のひたむきな努力やすべての感情を笑顔の下に隠し演じる姿にぐっと泣けてしまいました。人間ってすごいな、生きるってホント大変な事だけどすばらしいなと感じずにいられませんでした。感動できる感情がある、感動できる場所がある。そして感動を分かち合える家族がいる。自分は本当に幸せだと思う。子どもが小さい頃、本当にお金がなくって、でも子どもたちに少しでも楽しませたくって、連休中はひたすら住宅展示場巡りやデパートや大型ショッピングセンターのイベント巡りをしていた時期がありました。チラシを片っ端からチェックして、余計な出費がかからぬようにおにぎりをつくり水筒持参で出かけました。子供向け無料イベントや、スタンプラリーやクイズでもらえるお土産が本当にありがたかったです。そんな貧乏な時期を経験したからこそ、主人も私も働けてそしてお金をいただけて、ちょっぴり余裕がでてきた今を「ありがたい・幸せだ」と心から思えるのかもしれませんね。数々のダメージとなる出来事が次々と起き、経済的にも精神的にも、どん底で苦しんでいた時期、主人が私にメールをくれました。「どん底まで行ったらあとは自然と浮かんでくる、沈みっぱなしは無い」と。どん底から浮かんできた者のやるべき事はなんだろう。自分は何をするべきか。じっくり考えて人生の後半戦を生きて行きたい。
2010.05.03
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