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クリームソーダ です。純喫茶の定番ドリンクです。透き通る鮮やかグリーンに舞い上がる泡ソーダの苦みと甘いクリームのアンバランスが絶妙です。昭和の場面で ウェイターさんに作り方を尋ねると「メロンシロップ3、炭酸水7、で割ります。」と 答えてくれたものでした。昭和が始まった頃 特殊喫茶があったようです。そこには女給さんがいて酒類も提供していました。そこから、分離して酒なしのコーヒーを楽しむだけの 純喫茶 が生まれたのです。ですけど、現在純喫茶と称しお酒を提供する店も多々あるようです。やはりレトロ純喫茶ブームのせいでしょうかね。昭和に実存した純喫茶は、薄暗く 怪しい空気も漂い密談などするには恰好のスペースでありそして 自分が謎めいた人であるかのような顔で利用するのがステータスだったのです。珈琲一杯で長い事居座れたのです。昭和は上の図の方々が例ですが出で立ち 目付き 立ち振る舞い 言葉遣い 体が発する気体 などから職業などはすぐ分かってしまいましたね。純喫茶でよく見かけたのはタバコを吸い溜めしている女性です。午前中の勤務でニコチンが切れて喫茶店に飛込みます。昭和では男性はタバコ片手に仕事をし女性はオフィスで堂々とタバコを吹かすことなど以ての外 というよりやはり仕事内容の責務重度の格差で、女性がそれを控えていたのです。喫茶店での吸い溜めはその現象だったのです。このような事とは別に現代は改正健康増進法で禁煙が進み結構なことです。
2024.11.23
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ひとつ ひとつダイヤルを回しながら発信先の相手を想像したりもしもし の後の言葉はどうしようかと思い巡らし回す。≪ダイヤル回して手を止めたあ~~♫≫その時間は考える事ができたのですね。極端に指の太い方などは鉛筆など使ってダイヤルしていました。1970年代 街中にタバコの匂いが充満し吸い殻が散乱していました。キャパシティーがわずか0.25坪の電話ボックスは タバコを吸いながら長電話するとガラスは磨りガラスに変わり次に使う人は臭くて、ドアを開けたまましかめ顔で通話したのです。昭和45年より、公衆電話の市内通話料金が3分間10円に改正されました。なんとそれ以前は10円で無制限だったのです。だから みんな長電話しました。現在公衆電話から携帯にかけると10円で15秒で切れますね。1954年に誕生した 丹頂形電話ボックス です。クリーム色で屋根が赤く鶴のようなのでそう呼ばれたのです。鉄とガラスで出来ていました。10年後オリンピックで全面ガラス型が登場し1970年までには徐々に撤去されていきました。中に入ると窓はあるものの 防御密室にいる感覚になりました。当時ボックスを使おうとドアーを開けるとしゃがんで泣いている女性をよく見かけたと人は言います。
2024.11.04
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