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「知らない」玲華さんが始発電車で発車を待ちながらうとうとしていると男女が言い合う声がした。しつこく言い寄る男性を、女性が言葉少なに拒絶している感じた。ナンパだろうか。『どうしてこうなんですかねえ』『知らない』『どうしてこうなんですかねえ』知らない』そんなやり取りをひたすら反復している。朝っぱらからうるさいなあ。斜め向かいの席。水商売風の女の真横に、スーツ姿の男が腰掛けていた。『どうしてこうなんですかねえ』『だから、私が知るわけねえだろうが!』男の体はスルメイカのように薄っぺらで向こう側が透けていた。そそくさと降車し、次の電車を待ったという。
2023.04.16
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「あとがき」たとえば会社、スーパー、商店、娯楽施設に社寺、病院、駅すらもが建物だ。そこを渡り歩いて帰っても落ち着くところは一戸建てやらアパート、マンション、最終的には火葬場、墓、と、結局、我々は建物に納まる。人の生活は建築なくしては成り立たない。そこにお化けが棲みつけば、当然、彼らは我々の日常に入り込んでくる。本書はそういった建物にまつわる話を集めている。再録もあれば、書き下ろしもあるのだが『お化けが出てきましてね』という普通の怪談は比較的少ない。書名は『たてもの怪談』だけど、半分はオカルト寄りの引っ越しノウハウや風水の話だ。ゆえに怖くないかもしれない。が、建物が如何に人々の運命を左右しているかそれに気づけば、居心地の悪いものはあるだろう。建物を建てるのは我々だけど、その我々を建物は容易く支配してしまうのだ。『引越物語』はマンション購入の経緯を記したものだけど、端から端まで歩いても十秒かからない空間を自分のものにするまでに、なんでこんな騒ぎが起こるのか・・・・。読み返して思うだに、多分、私は建物に憑りつかれているのだろう。いや、私だけではない、誰も彼も、その空間に集う霊達も同じだ。私たちは死してのちまで、建物を拠り所としている。取り込まれて、憑かれている。睡眠中の金縛りをはじめ、世間にある怪談の多くが家の中の出来事なのは畢竟、そういうわけではないのか・・・・。
2023.03.26
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前触れもなく理屈も通じず、ある日突然遭遇する怪。ひとたび遭えば傷つけられ、命すら脅かされる・・・・そんな単純で恐ろしい怪異譚を集めた人気シリーズ第2弾!門から家の方へ近づいてくる異臭。だが、その臭いは妻にしか分からず・・・『異臭が近づいてくる』玄関に飾られた青鬼の面。ある日、鏡越しに見ると目が・・・・『鬼の面が歪む』体調が悪くなる独身寮の部屋。壁と棚の隙間にねじ込まれていた紙片を見つけ開いてみると・・・・『紙幣がはさまっている』不気味な噂の多い地下通路=トンネル。背後から濡れた足音が近づいてきて・・・・『鬼ごっこ(強制)』他、明日は我が身の恐怖譚全28話収録。
2023.03.26
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琉球奇譚 イチジャマの飛び交う家 小原猛 竹書房怪談文庫「七色の羽」ある時、神谷家の庭に大きな水溜まりができた。真夏の日照りが続く、蒸し暑い日のことである。雨が降った気配もなく、周囲は全く濡れていなかった。庭の一角だけがニメール四方にわたって池のようになってしまっている。『この水はどっから来ようったんかね』神谷家のものたちはそんなことを呟きながら水溜りの周囲を見てみたが、水源となるようなものは見当たらず、ちょっと遠くにあった水道の蛇口も閉まったままだった。ふとその時、水溜りに目をやると、なにやら七色に輝く美しい羽のようなものが横切るのが見えた。一瞬だったので、水の上に張った油のせいかと思ったが、どうやら違う。その羽は七色に輝きながら水溜まりの上を飛んでいた。ところが水溜りの外側には、澄み切った青空しかない。鳥などどこにもいない。それは白鳥ぐらいの大きな鳥の羽で、七色に輝きながら水面の上を何度も何度も横切ったという。水溜りは三日後にはすっかりなくなり、地面はすっかり渇ききってしまった。
2023.02.23
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「茶碗」四十代後半を迎えた秋野早苗さんと食事をしているとき『そういえば、うち、お宝があるのよ』『祖父と父が骨董すきで、こどもの頃はよく見せられたけど、価値なんてわからない。でも一つだけ好きな物があった』それは平安時代から鎌倉時代辺りの茶碗だ。値段は、思ったより安いと聞いた。《でも、値段じゃない。これには価値があるんだ≫そう祖父と父親が彼女に話して聞かせるのだが、その価値については教えてくれない。しかし、彼女が中学生の頃だ。卵巣腫瘍だと診断された。片側を切除することになったが、やはり 『将来、子供が出来にくくなる』と言われた。手術の前々日、リビングに祖父があの鎌倉時代の茶碗を持ってきた。中には透明の液体が入っている。『これは?』『山の湧き水。これをこの茶碗で飲めば手術も上手くいく』ゆっくり口に含むと、冷たさと甘みを感じる。砂糖や果実のようなものではなく、済んだ幽けき甘みというのか。美味しくてすぐに飲み干してしまった。おかわりを二回したところで、急に飲めなくなる。苦くて、一口も喉を通らない。『この茶輪には昔の偉い人が術を掛けていて、これで湧き水を飲むと運気が上がり、体調もよくなるのだ。』予想をしていなかった内容で驚いた。そんなに良いものなら毎日、茶碗を使えばいいのにと言えば、祖父が首を振る。『いやいや、ここぞというときに使えと言われているから。日常で使うと逆に毒になる』そんなものかと頷いていると、祖父が頭を撫でた。『これでもう大丈夫。手術は上手くいく。お前は子供も授かれる』それから数年後、平成になってその茶碗が割れた。『でもね。その茶碗の術は効いたと思うよ』秋野さんには大学生になる子供がいる。『あれだけ出来にくいって言われていたのにねぇ。でもその後、旦那とはすぐ別れちゃったけど。それからずっと独身。流石の茶碗の術も、そっちは駄目だったかも』
2023.02.12
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「家の禁忌」五十一歳の恵子さんの家には家族に信じられていることが二つあった。一つ、この家には、人の目には視えない何者かが棲みついている。一つ、できるだけ屋敷と庭に変更を加えてはならない。目に視えない何かは二階の空き部屋に棲んでいるようだった。杉板の引き戸が勝手に開いたり閉まったりし廊下を歩いたり階段を上り下りする足音がする・・・・そんなことは日常茶飯事だった。家や庭の普請を禁じるという掟は、実際に禁を破ってみた結果、守らねばならぬと家族全員が理解するに至った。まず、彼女が高校生のとき、母の発案で庭にあった茱萸の木を伐り倒した。すると、その直後に父が高熱で倒れた。入院して検査を受けたところ、虫歯が化膿したことが原因で脳に膿が溜まっており、快復には一年を要した。二十歳のときには、これもまた母の発案で、家の増築工事を行った。果たして、竣工工事を待たずに父が呼吸困難で緊急入院。今後は肺に膿が溜まっていた。すぐに背中から管を通して膿を抜き始めたが、入院の翌日から危篤に陥った。そこで初めて母は猛省し、その頃評判だった霊能者に相談した。祈祷してもらって家の四方に盛り塩をしたらみるみる父の病が癒えて、一週間で退院できた。
2023.02.12
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「深夜の病院で」ある深夜二時のこと。『〇〇病院へ向かってくれ』 と上司から連絡があり、いつものスーツに着替え目的の病院へ向かった。到着すると裏口から入っていく。亡くなった方は高齢の男性で、お名前は 『ミチオ』 さん。病室にはご家族が四、五人おられるということだった。薄暗い廊下を急ぎ足でコツコツと歩いていると、前方のベンチに人影が見える。近づいていくと、ベンチには高齢の女性が座っていた。通り過ぎようとしたところ、その女性が頭を下げ『お世話になります』 と言う。え? と思ったものの 『あ、こんばんは』 と軽く会釈をして病室へ向かった。『葬儀社のものです』 と挨拶をし、これからのことを話し合うことになった。まずは、亡くなった故人のお顔を拝見させていただく。ご遺体はなんと女性だった。(あれ?男性だと聞いていたんだけどな) と心の中で思いながら、遺族に確認をした。『亡くなられた方のお名前ですが・・・・』 と訊くと 『××ミチヨ』 であった。電話の際に 『ミチオ』 と聞き間違えて 『ミチオ=男性』 だと思い込んでいたのだ。そして、はっと気が付いた。今、目の前にいる故人の顔は、先ほど廊下のベンチに座っていた高齢の女性と瓜二つだと。『お世話になります』その言葉の意味が、その時ようやくわかった。
2023.01.27
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「深夜」 平山夢明『いや、まいったよ』 とタナカは云った。先日の夜中、十台のタクシーに乗車拒否をされたのだという。一時間程が過ぎ、ようやく停まってくれた運転手が 『誰も停まらなかったでしょ』 と笑った。『ええ』『だってお客さん、血まみれの女が載っかってんだもん。無理だよ、無理』その日、救急で運び込まれた患者のことだった・・・・彼女は手当の甲斐なく亡くなった。『私は昔っから、よく見る方だから平気』運転手はそう云うと車を出した。
2023.01.27
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「もうひとり」真夜中、のどの渇きに喘いで目が覚める。ベッドを抜け出し、キッチンへと向かう。水道の前では、パジャマ姿の自分がこちらに背を向け、黙って水を飲んでいる。
2023.01.08
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「お祭り」福岡県の田舎に住む親戚から、和田さんが二十年以上前に聞いた話。戦前のことだという。椎茸の採れる四月前後、村の人たちが集まる日があった。お祭りとかオコモリといっていたが祭囃子などもなく、家々で寿司やら握り飯を作って、それをヒノキの薄板で作ったワリゴという箱に入れて氏神様のところへ持って行った。それが済むと集会場に集まって、多めに拵えてあった寿司とにぎり飯と煮物なんかを並べ、皆で食べる。ある年、氏神様に供えるほうではない、皆で食べるほうの握り飯だか寿司のなかに、指が入っていた。子供の指で、そんなものが入った握り飯だか寿司が十二、三も出てきたものだから大騒ぎになった。村の子供は一人もいなくなっていないので、どこの子供の指なのかもわからなかった。
2023.01.03
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「憶えていて」 小田イ輔田舎のスナックに勤務する女性の体験。ある日、見るからに死にそうな男性客の相手をすることになった。男性は、もうすぐ癌で死ぬという・・・・、話を聞いて欲しかった・・・・『死ぬのが怖い』 と何度も言っていたが、それより怖いのは・・・・『自分の死後、誰も自分のことを憶えていないだろうことが怖い』 と言っていた。そして 『だから憶えていて欲しい』 『自分がこうして今日、この店に来たことを憶えていて欲しい』重い話だけど 『わかりました』 と言うしかなった。話すだけ話すと、帰り際『本当にありがとう』 と言って、めちゃくちゃ綺麗なお辞儀をしてくれた。それから1年後、彼氏の家でテレビを見ていると、後ろで筋トレしていた彼が・・・・『憶えてる?』 と言う。無視していたら『憶えてる?』 『憶えてる?』 『憶えてる?』 『憶えてる?』 繰り返し言って来る。うるさいと思いながら 『うん』 と返事をすると彼が私に向かって、めちゃくちゃ綺麗なお辞儀をしてきた。うわわ~、去年の客だと思い出した。もし、来年も同じ事があったら『私、あなたの家族でもなんでもないんで』 と言おうと思っているとのこと。
2023.01.01
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「鬼石」 SOO友人Aから聞いた話。彼は十代半ばに大病をし、手術・入院をしていた時期があった。病室は六人部屋だったが、運良く人の良い患者が集まり、居心地の良い部屋だった。そのため、ベッドのカーテンは誰も閉めず、昼も夜も開けっ放しだった。ある夜の消灯後、Aは隣のベッドとの間に気配を感じた。そちらに目をやると、Aのベッドとの間に誰かが背を向けて立っている。子供くらいの背丈で全身は真っ黒、影をうんと濃くしたような雰囲気だったそうだ。影は何かを呟いていた。けれど声が小さくて内容は聞こえない。Aは怖くなり慌てて布団を被った。その日から影は毎晩現れた。そのたびに隣のベッドの枕元に立ち、何かをブツブツ呟く続ける。昼間の様子では、隣のベッドの患者が影の存在に気付いていないらしい。特に害がないものかもしれないと思うことにしたという。しかし七日目の夜、隣のベッドの患者が急変し、そのまま亡くなってしまった。死ぬような病気ではなく、手術も成功したと聞いていたのに。Aは翌日、見舞いに来た祖父にその話をした。祖父は難しい顔で聞いていたが 『明日、また来る』 と行って帰った。そしてその夜、影はAの枕元に立った。枕元に立たれて初めて影の言葉を聞き取れた。『コッチイイヨコッチイイヨコッチイイヨコッチイイヨコッチイイヨ・・・・』影は延々とそう呟き続けた。怖くて怖くて震えていたら朝になっていたそうだ。翌日、祖父が約束通り来た。そして石を一個Aに渡した。祖父が『鬼石』と呼んで、長年玄関に飾っていたものだ。鬼石は掌に載る大きさで、二か所 角のような突起がある。Aは祖父の言いつけ通り、その晩、鬼石を枕元に置いて寝た。その夜も影は現れたが、影が呟き始めると不意に野太い男の怒鳴り声が響いた。『やかましい!』途端、影はさっと溶けるように消えた。Aもびっくりした。声が鬼石から聞こえたからだ。翌日、祖父にその話をすると、『鬼に勝てるものはそういないからな』 と笑った。
2022.12.29
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「正直に言うからだ」それは今から三十年ほど前の話。まだ駆け出しのS水さんは、不動産会社で同じく新人のT中さんとコンビを組んで、担当するエリアのマンションを管理していた。その日もT中さんとマンションへ向かうと、六階へ上がりチェックを始めた。六階、五階と終わり四階に差し掛かった時だった。階段を降り、廊下の電気をチェックしていると、突然廊下の突き当りで何かが動いた。二人でその方向を見ると、下着姿の男が部屋のドアの方を向いたまま、何かに驚いている。薄手の黄ばんだランニングシャツに紺色のトランクス姿で裸足のまま廊下に立っているのだ。気になった二人は、男の元へと廊下を歩いていく。すると男はそのことに気付いたのか、こちらを振り向くと驚いた表情をした後、薄笑いを浮かべ会釈をしながらドアの中へと消えた。『え?』驚いた二人が慌てて近寄るが、ドアが開いた様子も音もない。ただドアの中に吸い込まれたように見えた。慌ててチャイムを鳴らしたが応答がない。ドアノブを回しても鍵がかかっている。『S水さん、何か臭いませんか?』確かにドアの前に立つと、ものすごい臭いがする。二人は急いで一一〇番に連絡をすると警察官の到着を待った。やがて警察官が到着し、立ち合いのもと、合鍵でドアを開けると玄関の前に男の腐乱死体があった。服装はさっき二人が見たままの姿。さっき見た男に間違いないだろう。『ご苦労さまです。どうしてお二人はここで死んでいると思われたのですか?』おもむろに警察官がS水さんに聞いた。S水さんは、さっき見た光景をそのまま警察官に話した。『幽霊ですか?』警察官は怪訝そうな顔をすると『では死体の検案が終わるまでは、お二人は第一発見者兼、容疑者ということで署まで来てもらえますか』『結局、検案が終わったのはその日の夕方で、会社に戻ったのは夜だったんですよ』会社に戻ると何人かの社員は残っていた。てっきり自分たちの苦労に、お疲れ様と労いの言葉をかけてくれると思っていたが、返って来たのは『正直に幽霊なんて話すから、そういう目に遭うんだよ』 以来、S水さんは、管理先で何を見ても幽霊とは絶対に言わないことにしている。
2022.12.24
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「訂正」友人の誘いを断れ切れず、真夜中の県境へふたりで向かう。目的地は一軒の廃屋で、どうやらいわくつきの建物らしかった。けれども、友人はこちらの反応を愉しんでいるのか、現地に到着しても詳細を教えてくれない。勿体ぶった態度にいら立ちつつ庭の藪を漕ぎ、割れガラスをまたいで縁側から室内に入った。懐中電灯の光に、腐りかけた畳や剝き出しの根太が浮かび上がる。そんな中友人が 『な、ヤバイだろ』 と得意げに声をひそめる。『はいはい。で、ここは何なの?』同意するのも癪なので、無関心を装い、訊ねる。『実は、この家で・・・・殺人事件が起こったんだってさ!』友人がこちらの肩を揺さぶった直後・・・・『ちがうう』耳のそばで声が聞こえたかと思うと『いっかしんじゅうッ』声と共に背後から延びる手が懐中電灯の光を遮った。光の輪に一瞬だけ見えた掌は黒く萎びていた。
2022.12.21
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「ホンモノ」沙智さんの実家はお寺である。ある日、総代が父に 『あんたんとこはホンモノだなあ』 と唸ったのである。『ホンモノって、何が?』 沙智さんの問いに『お前さんとのこ寺はな、霊験あらたかなことでひそかに有名なんだ。公に謳ってこそないが口伝えで広まっている』難しい言葉ばかりだったが、除霊の類で評判らしいことは理解できた。けれども不思議なことに、お祓いを頼んだり護摩を焚いてもらう参拝者はいなかった。みな、沙智さんの両親と茶飲み話をして一時間ほどで帰っていく。それだけ。『そもそも父は鈍い性格なんです。とてもじゃないけど総代の言う〈霊験〉があるようには見えない』小学五年の秋だった。その日も、夕暮れに呼び鈴が鳴った。いつもの時刻、いつもの弱々しいチャイム。近所に住む、檀家の《草本のジイ》に違いない。『はぁい』 沙智さんが玄関へ駆けだそうとした矢先、母が叫んだ。『開けるんじゃない』 普段の柔和さが嘘のような、鋭く冷たい声だった。あまりの剣幕に驚いて、走りかけたポーズのままで固まる。母も彼女を睨んだまま、動こうとしない。呼び鈴が、もう一度鳴った。沙智さんは戸惑っていた。居留守を使うにしても、家の灯は庭先まで漏れているのだ。と、ふいにチャイムの音が止まった。次の瞬間、玄関から聞いたことがない耳障りな音が響いた。そして音は激しさを増していく。なのに母は身じろぎもせず、父もやってくる気配がない。『ねえ、あれって草本のジイじゃないの。怒っているんじゃないの』居た堪れずに訊ねる。母は眉も動かさず 『怒っているよ。だから構っちゃいけないの』十分ほどが過ぎ、ようやく音は止んだ。待っていたかのように母が父の部屋へと走っていく。まもなく父は袈裟と法衣、お経の折本を手にやってきた。檀家で葬儀の際の道具一式だ。『今夜かな、明日かな』『たぶん、まもなくだと思います』慌ただしく支度を整えながら、父と母が会話を交わす。その最中、廊下の固定電話が鳴った。草本のジイが急死した・・・・との知らせだった。すでに袈裟をまとった父が、慌てるふうもなくジイの家に向かう。遠ざかる背中を呆然と見送る沙智さんの肩に、母がそっと手を添えた。『あのね、ウチの仕事はこの世に未練がある人をちゃんと送り出してあげることなの。だから生前はどれだけつきあいがあっても、死んだあとは構ってはいけないの。さもないと、連れて行かれる』あ、なるほど・・・・お母さんがホンモノなんだ。そのときようやく、総代の言葉に納得したという。
2022.12.18
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「トイレの個室」岩手県内のF大学二年生のSさんが聞かせてくれた話だ。自宅、学校、バイト先と行き来する生活が続いていた、ある日のこと。バイト先から自宅へ帰る途中、歩いていたSさんを突然の腹痛が襲った。トイレに行きたいが、自宅まではまだ距離がある。慌てるSさんの目に公民館が映った。『助かった!』そう思うと、自然に歩く速度も上がる。受付でトイレを借りたい旨を伝えると、二階のトイレを使うように言われた。お礼を言って、階段を上がり三つあった個室の中央へ駈け込んだ。誰も居なかったが、なんとなく真ん中に入った。用を足し終え、衣服を整えて、鞄を手に持つ。個室のドアを開け、一歩、外に出た。その瞬間、真後ろで 『カチャッ・・・・』 と鍵を閉める音がした。Sさんは受付係に挨拶することもなく、その場から走って逃げたという。
2022.11.23
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「廃屋の幽霊」かつて殺人事件のあった廃屋に幽霊が出るという。持ち主である私はその家が世間の耳目に晒されるのを望まなかった。彼は別居中の妻とともに廃墟の秘密を探りに行く・・・・。まさに福澤徹三が最も能弁となる心理のどん詰まりが引き起こす地獄が其処にある。特にラスト数ページの衝撃はどうだ。嘘と混沌と腐肉のパレード。ともすれば、浮足立ってしまうテーマであるにもかかわらず淡々と実のある描写を重ねたことで濃密な衝撃がすっくと立ち上がった。あとがきより
2022.11.08
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「飛ばす話」悪いものを他人へ飛ばしてしまう・・・・そんな話・・・・十年ほど前のこと、空手の有段者であるEさんは、新前橋駅近くの公園で小学生の息子と娘に稽古をつけていた。けれども、出し抜けに辺りが闇夜のように真っ暗になってしまった。その暗黒の中に白い髑髏が現れた。マントに身を包んで、柄の長い大きな鎌持っている。(死神か!)死神は鎌を振り上げ、Eさんに襲い掛かって来た。(殺られてたまるか!)Eさんは気合と共に、渾身の力を込めた前蹴りを死神の鳩尾へぶちかました。死神は吹っ飛んで、底知れぬ深い闇へと消えていった。そして・・・・娘の前回し蹴りが脇腹に当たって、その非力な衝撃で我に返った。どうやら、熱中症を起こして、立ったまま昏睡していたらしい。ただちに稽古を中止してペットボトルの水を飲んだ。『危ないところだったよ。あのまま斬りつけられていたら、死んでいたかもな』それからひと月ほどして、Eさんの小学校時代からの親友が急死した。その日、親友は自宅にいて急に『気分が、悪く、なった。救急車をよんでくれ・・・・』 と言って廊下で倒れた。『死神だ・・・・。鎌で、斬られた・・・・』譫言なのか、何度かそう呟いたのが最後の言葉になったという。
2022.11.07
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「観覧者」 つくばサーキットレーサーの木田さんがサーキットを走行していると、コースの中に小学校低学年くらいの男の子が立っていた。それは、あるレーサーの息子で一年前に病気で亡くなったとのこと。父親には子供の姿が視えないというので、木田さんがこう言った。『コーナーに立っているから、カーブに気を付けろって言っているんだと思いますよ』一年後、久しぶりにつくばサーキットに来ると、子供の姿が見えないので『今日はライダーの〇〇さんは来ていないんだね』とレース関係者に聞いた。『あの人、事故で大けがしたんだよ。カーブ曲がりそこねてさ』『今は回復されているの?』『まだ病院のベッドだよ。意識不明のまま・・・可哀そうに』あの子・・・・応援に来ていたんじゃなくて、連れに来てたんだ・・・・
2022.11.06
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「秋津駅・新秋津駅」その日もいつものように秋津駅と新秋津駅を乗り換えのため移動していた。夕方、人通りの多い時間帯なので、周囲は同じ目的の人々が多数歩いている。ノリコはスマホをイジリながら、前を行く人だけを注意して歩を進めていた。時間にしたら、一、二分程度・・・・ふと顔を上げたノリコは、思わずビクリと足を止めた。さっきまで周りにいた人々が全て消えたのである。それどころか、自分自身がまったく見覚えのない場所にいるではないか。あたりを見渡せば、周囲は畑が広がっているばかり。ただ、整地されただけの閑散とした荒れ畑だ。秋津町はのどかな郊外だ。駅から一キロほども歩けば、田畑が広がっているのは知っている。しかし、一瞬でそんな所に来てしまった意味が分からない。スマホの地図で位置を確認しようとしたが、なぜかGPSは秋津駅と新秋津駅の中間点でかたまっておりうんともすんとも動かない。電波を確認しても圏外で反応なし。とにかくこの場所を離れようと歩き出した。そのうち両側の畑が途切れ、代わりに団地のような住宅棟が並びだす。心細くなったノリコは団地の中に入り込んで行った。しんと静まり返った敷地を足早に進んでいくと、行き止まりのようなポイントに出くわした。ただ、住宅棟の一階は通路となっており、向こう側へ突っ切ることができそうだ。住宅棟の裏手へと出ると、突然、周囲がざわめきに包まれた。ノリコのすぐ横をバスが通り過ぎて行き、目の前を人々がせわしなく行きかっている。カン、カンという踏切の音も聞こえてきたではないか。いつのまにか、新秋津駅の裏手に出ていたのである。秋津駅と新秋津駅の狭間、そこでおかしな目に遭ったという人はまだまだ他にもいるようだ。
2022.11.05
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「事故物件じゃないの?」 富士玉女一人暮らしのミズホさんは、母親が病気になったので実家の中型犬を引き取ることになった。それを機にペット可のマンションに引っ越した。エレベーターのない四階建ての三階。十歳の雑種犬は階段もなんなく上り下りするので、かまわない。便利な場所なのに相場より安いのは古い建物だからだろう、お隣さんのおじいさんは十五年住んでいるという。新生活が始まり、仕事前に早起きして散歩に出かける。犬も大喜びで玄関を出るが階段を降りようとしない。なんとか促して中二階の踊り場を抜けると、そこから先は飛ぶように駆け降りていく。帰りも階段を駆け上がるも、踊り場を前に急停止するのを無理やり三階まで上げさせる。階段を躊躇する犬に諦めて、中二階から三階までは抱っこして上り下りする羽目になった。そんなある日、お隣のお爺さんが教えてくれた。『その踊り場で、住んでいたヒトが男に刺されて亡くなってね。もう十年経つんだけどやっぱり犬にはわかるんかね』妙な納得をした。十三キロの犬を抱えての階段はやはりキツイなと思い、エレベーターのあるマンションに移ろうと画策中らしい。
2022.11.03
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「カミサマ」津軽にはカミサマがいる。この場合のカミサマというのは、恐山などで知られるイタコと概ね同じで、祖霊を憑依させて口伝えする役割を持つ霊能者である。あるとき、鈴木さんはカミサマと会う機会があった。カミサマは会うなり全ての行程をすっ飛ばして鈴木さんを指差し『あんた!仏壇さご飯あげへぇ!』 (ご飯をあげなさい!) と怒鳴りつけた。確かに、このところ仏壇にお供えを疎かにしがちだった。『なすて分かったの?』 (なぜ) 驚いて訊ねたところ『なの父っちゃんが、なの後ろで空腹いたって訴えでらはんで。守る力が出ねって喋っちゅう』(あなたのお父さんが、あなたの後ろでお腹がすいていると訴えているから。守る力が出ないと喋っている)
2022.11.03
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「落涙」 【話者・ネイルサロン勤務の二十代の女性】あたし、人が死ぬ前の日に涙が出るんです。悲しい気持ちになったわけでも目にゴミが入ったわけでもないのに、ぽたぽた涙が垂れて来るんです。すると、次の日、きまって親戚や知り合いの訃報が届くんです。五歳くらいで発見してからざっくり数えても十一人がしんじゃっています。そんで去年、サロンの先輩とお喋りしていたら、すっごい涙があふれてきちゃって。もう、尋常じゃない量で、着ているシャツが絞れるくらいに濡れちゃったんです。そんで、先輩に涙の理由を話したら 『じゃあ、ウチの店長あたりが死ぬんじゃね? アイツ不健康だし』 と爆笑してて・・・・翌日にその先輩がくも膜下で死にました。これ、なんかの仕事にできないですかね。かなり自信あるんですけど。
2022.10.30
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「魂追い」工藤さんの田舎では人魂が非常に縁起の悪いものだと伝わっている。これは大昔の話ではなく、今現在も警告として、言い伝えられているものだという。当時の地元の若い衆は、何かにつけて寄り集まり、酒を飲んでは自慢話をしたり小競り合いをしたりするのが日常であった。彼女の大叔父である工藤氏も、呼ばれれば平日であろうが残業帰りであろうがホイホイと出向くのが当たり前の習慣だった。そんなある日、いつものように誘いの電話があったのは、風呂と夕飯が済んだ午後七時。支度をして、ぶらりと某氏の家に向かったのだが、夜の空気が騒めいているようでどことなく落ち着かない。やがて遠くにポッと某氏宅の灯が見えてきた。それと同時に 『・・・・あっちだあっちだ!』 『ああー、消えた、いやまた出た』 と興奮した若い衆の声も聞こえる。工藤氏は咄嗟に走り出した。『なんだなんだ、どうした!』『おお、クッさん、アレ見てみろ!人魂が出たぞ』樹々に覆われた深い谷の合間を、すう、すう、と蛍のような動きで浮遊する物体が見えた。『ワイ、降りて行ってみるわ』 『おお、そんならワイも』どやどやと、谷への道を走り出す者達。いっしょに行こうと当然誘われたが、こちらを誘うような人魂の動きが気になったので行かなかった。『・・・・あんなモンを追いかけたら、騙されて、谷に落とされてしまう。ワイは行かん。お前らもやめろ』『なんじゃクッさん怖気づいたんか。そしたらワイらが捕まえてきてやるから、ここで待っとれ』竿の長いタモを手に取り、都合三人ばかりが谷の中へ入って行った。残った工藤氏ら数人は、上から彼らの声が遠のいていくのを眺めていた。・・・・そして誰も帰って来なかった。三人とも谷底の川に落ち、流されてしまったのである。『・・・・大叔父は、その時のことをずっと悔やんでいましたね。引き留めればよかった、って』
2022.10.29
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「鬼圧」怜美さんが島根にある友人の実家へ泊まりに行った時のこと。夕食をご馳走になっている時、友人の母親から 『経験ある?』 と訊ねられた。怜美さんは質問の意図をちゃんと理解していた。事前に友人から 『うちのマミー霊感あるんだよ』 と聞いていたのだ。『ないです』 と怜美さんは答えた。『じゃあ、話しておいた方がいいかもね』友人の母親・咲江さんは、この家の立地の話をし出した。近くには古い葬祭場があり、まわりには三軒の民家があり、そのうちの一軒が友人宅である。『何が言いたいかというと、うちの入り口と葬祭場の入り口がまっすぐ繋がっていて、入り口は出口でもあるから葬祭場から出てきたものが、この家にまっすぐ入って来ちゃうってこと』仮通夜は故人と遺族が過ごす最後の夜であるが、住宅地が近いこともあって、遺族は自宅に帰ってしまう。そのため、葬祭場に残された故人が寂しがってこの友人宅に来ることがあるのだそうだ。『と言っても、すたすた歩いて入って来るわけじゃないの』まず、家で飼っている犬が急に激しく吠えだす。玄関ドアが開く音がする。ドアが開くと気圧で一瞬カーテンが膨らむ。そういうことが起き出したら、入ってきていうのだという。怜美さんはおそるおそる訊ねた。『それって・・・何か悪いことが起きたり、変な物を見ちゃったりとかは・・・・』ないない、と咲江さんは笑いながら手を振る。『なにかあったら、ここに住んでないから』すると、友人宅のコーギーが急にバフッバフッと吠え出した。玄関の方からガチャッとドアの開く音がする。室内をぬるい空気が流れていき、怜美さんの肌を舐めていく。『えっ? なに? なにこれ?』咲江さんは 『ほらね』 という顔をしていた。
2022.10.23
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「金色の宝船」年末に体調を崩して、年越しで入院していた中村さんは、その朝も病院の窓から皇居の方向を見ていた。彼の世代は天皇陛下に対する思い入れが強い。昭和天皇の体調は、テレビなどで伝えられていることもあり、何となくそちらの方向を眺めて回復を願っていた。その朝は視界に奇妙なものが映り込んだ。金色に輝く巨大な宝船である。俄には信じられなかったが、ああ、そういうことかと得心した。中村さんはその場で合掌し、深く深く首を垂れた。時計を確認すると、午前6時半。昭和64年1月7日の出来事である。
2022.10.22
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「イチゴ」静子さん夫婦は念願であった中古の一戸建てを購入した。それを機に、長年の夢であった猫を飼うことにした。友人の薦めで、保護施設へ行ってみた。そして、彼女は一匹の黒猫に心を奪われた。その黒猫は生後五ケ月程度の女の子で、殺処分間際に保健所より救い出されたらしく、やけに人懐っこい。だたし、風邪が悪化して片眼を患ってしまい、避妊手術と同時にその片眼も摘出していた。『でもそんなの関係ないんです。もう主人もメロメロになっちゃって。ウチの初めての猫はこの子だって』黒猫はイチゴと名づけられて、静子さん夫婦の一人娘になった。最初に異変に気付いたのは旦那さんであった。『イチゴを可愛がっていると、変な泣き声が聞こえるって言うんですよ。ええ、まるで女性の嗚咽のような』無論、家には夫婦と猫しか住んでいないので、そのような声が聞こえるはずがない。『ううん、おかしいね、なんて言ってたら・・・・ワタシ、見ちゃったんですよ』深夜、トイレに起きた彼女は、寝室のクッションで寝ているイチゴを見つけた。大音量でゴロゴロと喉を鳴らし、とても気持ち良さそうであった。『・・・・ん? ん?』イチゴの喉元を女性の手と思われるものが愛おしそうに撫でている。思わず悲鳴を上げそうになった時、イチゴの上半身に大きな瓜のようなものが浮かんできた。それは次第に形を為していき、女の生首へと変わっていったのだ。薄っぺらい唇の周辺には擦り傷が幾つもできており、赤黒く異彩を放っている。『ご・・・・め・・・・ん・・・・ね・・・・ご・・・・め・・・・ん・・・・』生首はそう言うと、いきなり静子さんの目前まで、すぅ~っと移動した。余りの状況に微動だにできずにいると、その生首はペコリと頭を下げた。『よ・・・・ろ・・・・し・・・・お・・・・ね・・・・が・・・・い・・・・し・・・・ま・・・・す』弱々しい声でそう懇願すると、哀しげな嗚咽とともにすぅと消えてしまった。『恐らく、前の飼い主だったんでしょう。とにかく、この子は幸せにならなければいけないんです。ええ、絶対』どんな理由で手放したのか、どんな理由で逝ってしまったのかは最早、分かりようがないが、恐らくさぞや無念であったのだろう。『ウチは大丈夫ですよ。何があっても幸せにしますから!』最近遊びに飢えているイチゴに、弟か妹がいたらどうだろうか、と夫婦で話し合っているとのことである。
2022.10.09
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「錆山」雅子さんは夕飯を軽く摘まむと、神戸の街を出て六甲山の方に向けてハンドルを切った。最近、むしゃくしゃすることが続いているので、車通りの少ない道を走りたかった。だが、走り出して一時間で道を見失った。案内板をどこかで見落としたのだろうか。街灯もなくなり、店はおろか信号も標識もない。だらだらと続く一本道。Uターンしようにも、二車線では3ナンバーの車は切り返せない。かと言って、もはやバックで戻れる距離でもない。しばらく進むと急こう配の道になった。このまま行けば峠を越えられると思った。そのとき、雅子さんの目に先行する光が入った。明らかに車のヘッドライトだ。きっと、どこかの町に向かう地元民の車に違いない。このままついて行けばいい。だが、5分経っても10分経っても追いつけなかった。『・・・・もういいや』 雅子さんは車を停めた。もう疲れた。このまま先行する車に引き回されて、どこかに辿り着ける保証はない。怖い・・・・恐ろしいと涙が出ると初めて知った。彼女は泣きながら、大声で歌を歌い続けた。歌って歌って、歌い続けて車内で寝てしまった。コンコン、コンコン。誰かが何かを叩く音で目が覚めた。朝だ。コンコンという音は、野良仕事の格好をした中年男性が、運転席側のサイドガラスを叩いている音だった。慌てて窓を下げると、男性は雅子さんに訊ねた。『ここ、うちの土地やけど、あんた何しとん』不法侵入を詫びて、正直に夕べ迷ったことを話した。すると、男性は眉間に皺を寄せた。『おねえちゃん、ちょっと車降りてくれるか。見てもらいたいもんがあんねんけど』何があるのだろうと車を降りると、男性は車の前方を指差した。『ほれ、あっちな。道なんかあれへんやろ』確かに、五メートルも歩いた先は崖になっていた。『おねえちゃん。あんたごっつ運ええわ』男性が崖の下も見てみろと言うので、恐る恐る覗き込んだ。目が眩む・・・崖の下の木々の間には、錆びついた車が何台も積み重なっていた。その横には巨大なトレーラーがねじれたように腹を見せている。『ここなぁ。もう何台も落ちたんか知らん。ほん最近、あのトレーラーも落ちたんやで』ヘリコプターの手配やらが大変で、いまだにトレーラーの遺体は未回収だという。『迷い込んできた車で命があったんは、多分おねえちゃんだけやで。あのトレーラーもあんたみたいに、連れて来られたんちゃうかな』
2022.09.19
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「拒まれる」 井川林檎弟夫婦が両親と同居して依頼、年末年始は帰省しないことにした。大晦日、会社の寮はいよいよ寂しくなった。そこへ同じ課のUさんがやって来た。『今夜、寮にはうちらだけだよ』Uさんはコンビニの袋からビールやらつまみやらを出して並べた。『どうして帰らないの?』と私は言った。早くもビールを一缶あけ、Uさんは酔っていた。『帰る家がないの』 *五年前、Uさんは田舎に帰省しようとしていた。けれど、できなかった。電車に乗って、故郷まで行こうとした。×駅で降りたら実家はすぐ近く。どういうわけか、電車が×駅に停まらない。乗り越したと思って、反対の電車に乗っても×駅に着かない。車掌を捕まえて、この電車は×駅に停まるはずでしょ!と抗議したら、さっき停車しましたよと言われた。それでも何度も電車を乗り換え、×駅で降りようと試みた。しかし、終電も×駅を通過してしまい、別の駅で宿を求めた。実家に電話をしても誰も出ない。今日帰省する予定だから心配しているだろうと電話を掛け続けた。真夜中の0時頃、やっと電話に出た。『〇駅に泊まっている。明日はそっちへ行くから』 『ああ、わかったよ』 電話に出たのは母親だった。翌朝、ニュースで火事が報じられていた。木造二階建てが全焼、住人は全員連絡がつかない。『それ、私の家だったの』もしあの日、×駅で降車して実家に帰省していたらUさんも火災に巻き込まれていた。『それにしても電話に母が出た時刻、うちは燃えている最中だったはずなんだよね』
2022.09.17
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「半額スーツ」『ほら、何とか紳士服とか、よくある店。一着買うと二着目が半額になるヤツ。ええ、新品でしたよ。だから呪いとか祟りとかは関係ないと思いますけど・・・・』電子機器メーカーの営業職であるSさんは半額品ラックの中から二着目を探したが、体格の良い彼に合う品はそのスーツだけだったそうである。週明けのある日。ふと気が付くと、Sさんは半額スーツを着て会社に向かっていた。(あれ? 何でこれ着ちゃったかな?)あまり気にせず出社すると、朝一番に突然、上司から静岡への出張を言い渡された。首尾よく商談を纏め東京に帰ろうとすると、名古屋でシステム障害があり、そちらへ向かって欲しいと連絡が入った。エンジニアのSさんは機器の調整も行える。ホテルに泊まり、翌朝名古屋の顧客先へと向かってトラブル解消。すると奈良県の顧客でもシステム障害が発生、その次は京都へプレゼンに向かって欲しいと連絡がはいる。さすがに不穏な流れを感じ始めた。だが、プレゼンで商談を纏めると上司は『明日は有休にするから、週末京都見物でもしてこい』と気を利かせてくれた。勘ぐり過ぎだったかと、宿で缶ビールを傾けていると、その場所は実家の大阪からほど近いところだと気付いた。明日にでも顔を出すか、と思っていたら携帯が鳴った。兄嫁からだった。父親が倒れて、たった今病院へ搬送されたという。慌ててタクシーで病院へ駆けつけると、父親は既に息を引き取っていた。 死因は脳梗塞。『おまえ、その格好・・・』泣き濡れた母親と兄夫婦が、怒ったような表情で彼を振り返った。Sさんの着ていたそのスーツは、無機質でしっとりとした黒一色。喪服と呼んでも過言ではなかった。『そんな験の悪い服を着るからだと、母親からは滅茶苦茶怒られました。出先だったんで、そのままネクタイとベルトだけ換えて葬儀に参列しましたが、誰もビジネススーツだと気付かなかったんですよ』その不吉な半額スーツは、また誰かが亡くなっても困るという理由で、カバーを掛けてクローゼットの一番奥に押し込めてあるそうだ。
2022.07.16
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「知らせ」Oさんの家では、虫の知らせとして鏡が漆喰を塗ったように白くなるという。一瞬のできごとであり、すぐに元通りになるらしいのだが、家族の誰かがそれを目撃すると、その日のうちに必ず近しい人間の訃報が届く。どの鏡が白くなるという決まりはないものの、使用頻度の高さもあって、洗面所の鏡がそうなるのを目撃されることが多いとのこと。ある朝、彼女の父が白くなった鏡を見たようで、母親に喪服をクリーニングへ出しておいて欲しいと頼んで仕事に行った。亡くなったのは、その父だったそうだ。
2022.05.06
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「粉雪」その年の正月明け、この町で幽霊が出そうな場所はないかと尋ねたら、漁港近くの飲み屋が良いとのことで連れて行ってもらった。粉雪のちらつく、寒い晩だった。なるほど、落ち着かない。テーブル席に着くと背後に妙な気配を感じる。突然ドアが、バタン と音を立てて開いた。店内の客の視線が一斉に集中する。開いたドアの外には、誰の姿もない。暫くすると、再びドアは大きな音を立てて閉じた。そんなことが二、三回続いて常連客がざわつき始めた。『風だよ。風』引き攣った顔のマスターがカウンターをもぐって出て来ると、ドライバーを片手にドアレバーをいじり始める。だがよく見ていると、マスターはレバーの隙間にドライバーを差し込んだだけで、何の調整もしていない。『ちょっと失礼、電話するところがありまして』携帯電話を掛けるふりをして店の外に出ようとする。レバーを引くとストライカーはきちんと機能していた。しかも、入る時には気付かなかったが、カラオケに対応するべく防音材を挟んだドアは分厚いもので片手で開けるには可なりの力が必要だ。店外に出ると、風が吹いていた様子は全く無かった。
2022.05.05
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「慰め」私の母は、いわゆる樹海パトロールのボランティアに参加していた。昔から肝っ玉の太い人で、それ以上に情けに厚い人だった。ある年の年末に近い日だったそうだ。この時期は、特に自殺を目的とした来訪者が多くなる。この日も母たちは一体の死体を発見し、ふたりの男女をそれぞれ保護した。その帰り道のことである。母は木々の間をゆらゆらと歩く人影のようなものを見つけた。樹海は溶岩質の地面の上を木の根が縄のように這っているため、慣れない人はふらふらとした歩みになるそうだ。母は、もしやと思って目をこらした。案の定、それは若い女だった。『あんた、どうしたの』女の青白い顔は土で汚れ、半開きの口からはヒュウヒュウと息が漏れているだけだった。『あったまるよ』 リュックサックから水筒を取り出し、紙コップへ暖かいお茶を入れて手渡した。『ありがとう・・・』 女は蚊の鳴くような声でこう言うと紙コップを口へと運んだ。母は女が飲み終えるのを待つと、女の手に自分の連絡先を書いた紙を握らせた。『さあ、戻ろう。こんな暗いところにいちゃ駄目だよ』母がそう言うと女は頷いた。しかし、水筒をしまうわずかな時間のうちに消えてしまった。紙コップも一緒に。数日後、母の元に警察から連絡があった。樹海で見つかった死体が握っていたメモに連絡先が書いてあったため、電話したということだった。母は慌てて警察へ向かった。死体は発見時、既に白骨化していたらしい。母は女と遭遇した話をした。『奥さんのお蔭で成仏したんでしょうね』警官はそう言った。女の死体のそばには、どう考えても新しすぎる紙コップがひとつ、落ちていたという。『あれが、後にも先にも幽霊を見た、ただ一度の体験だよ』 と母は笑っていた。
2022.05.04
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「血まみれ入道」友作さんの母親の生家の土蔵には、坊主頭の化け物が出るという言い伝えがあった。しかもその化け物は顔も手足も装束も血で真っ赤に染まっており、それはそれは恐ろしい姿なのだそうだ。母親がその家で暮らしたのは十年間だが、その十年で血まみれ入道を六回見たという。ただ、見るたびに入道の姿は小さくなっていった。最初は土蔵の梁越しに見下ろしてくるほどの大入道だったのが、最後に見たときは母親とたいして背丈がかわらなくなっており 『血まみれ小坊主』 といった程度だったと彼女は語る。化け物がさらに小さくなっていったのかは、生家との縁が切れているのでわからないという話だ。
2022.04.25
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「血まみれ入道」友作さんの母親の生家の土蔵には、坊主頭の化け物が出るという言い伝えがあった。しかもその化け物は顔も手足も装束も血で真っ赤に染まっており、それはそれは恐ろしい姿なのだそうだ。母親がその家で暮らしたのは十年間だが、その十年で血まみれ入道を六回見たという。ただ、見るたびに入道の姿は小さくなっていった。最初は土蔵の梁越しに見下ろしてくるほどの大入道だったのが、最後に見たときは母親とたいして背丈がかわらなくなっており 『血まみれ小坊主』 といった程度だったと彼女は語る。化け物がさらに小さくなっていったのかは、生家との縁が切れているのでわからないという話だ。
2022.04.24
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「スコップ」千葉県にある、薬師堂の氏子総代・Mさんから聞いた話である。Mさんが体調を崩して寝込んでいた時のこと。病院へ行っての診断結果は、顔の下組織の眼底と鼻骨の隔膜が切れて内出血し、膿んでしまった。薬で散らす処方を受けたのだが、その膿が血管を経由して脳に回れば命に関わるとのこと。微熱と痛みに魘されていると、夢の中にふあぁあんとお薬師様の厨子が現れ、中からお薬師様と日光・月光の二仏がお見えになった。薬師如来はその名の通り、東方浄瑠璃世界の教主といわれ、十二の大願を発し、天上の瑠璃光を以て衆生の病苦を救うとされた仏様だ。(ああ、助かった。お薬師様が来てくださった・・・・)夢の中で合掌しながら、Mさんは如来様に 『この痛みと苦しみを、早く何とかしてください」と願い出た。『申し訳けありません。実は私、両手が使えないのです。だから、あなた様の御面倒は看れないのです』如来様の返答は、こうのような意外なものだった。Mさんは、ちょっと声を荒げて 『ちょっとあんた、仮にもお薬師様でしょ? 病気を治す仏様でしょ?お薬師様がそんなんで、一体どうしろって言うんですか!』『そう申されては私も困りますので、仕方ありません。脇侍の日光・月光にあなたの面倒を視させましょう』すると、左右の蓮の上に鎮座していた両菩薩が何かを手にして、ずんずんとMさんの元に近寄って来る。よく見ると、ふたりの菩薩が手にしているのは≪スコップ≫だ。(え? なにそれ?)仰天するMさんを尻目に、日光・月光の菩薩が柔和な笑みを湛えながら、それぞれのスコップを大きく振り被った・・・・・ (ち、ちょっと待って!!)翌朝、Mさんが目覚めると、顔面の痛みは退いて熱も下がり、目の底にあった大量の膿は無くなっていたそうである。
2022.04.17
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「感情移入」新聞奨学金制度を使い、大学を卒業した富山さんの話である。朝夕の新聞配達をしながら大学に通っていた富山さんは多忙を極めていた。朝は二時台に起きて販売所に行き、大量の新聞をバイクに積んで配り回るのだ。配達場所の一つに五階建てのマンションがあった。エレベーターがない上に、各部屋のドアポストに新聞を入れなくてはいけない場所だった。はじめは苦痛でしかなかったが、いつの頃からか髪の長い可愛い女性が入り口付近に佇むようになっていた。来るにも、来る日も悲しい表情で玄関の外から中を見つめていた。大雨注意報が出ていた、ある日のこと、彼女はびしょ濡れになりながらも誰かを待っていた。『こんな日にもあんな可愛い娘を待たせるなんて・・・・』無性に腹が立った富山さんは、まず彼女にタオルを手渡そうと 『あの』 と話しかけた。するとその女性は、ゆっくりと振り向いた。『あなた、私のこと視えるの?』思いがけない言葉に、富山さんは戸惑った。『視えるなら、あれ、はがしてきて』彼女が指さす方を見ると、壁にお札が貼られていたという。『あれ、はがさないと、入れないの』 と話す彼女の両目はだんだん外側に寄って来ていた。富山さんは、全速力で逃げ出したという。
2022.04.16
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「彼女がいるとき」ある日のこと、彼女が遊びに来て一緒にレンタルビデオを見ていた。夕方になると、食事の支度を始めてくれた。『もう少しでできるからね!』『おう』少しの間を置き、今のうちにトイレに行っておこうと思った。ドアノブを握ると鍵が掛かっている。(もう、早く出てくれよ。美紀・・・・)急がすようにノックをすると、中からノックが返ってきた。『そろそろヤバイから、美紀早く出て!』『何が早く出てって?』彼の背後に美紀さんが立っていた。(え? あれ?)ドアノブを回すと、トイレのドアは普通に開いた。ノックが返って来るのは、いつも美紀さんが来ているときらしい。
2022.04.10
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「新幹線奇談」長谷川は東京駅で買ったお弁当を食べ終わり、車窓の景色を見ていた。ふと見ると、三列前の座席の上から覘く男性の頭が奇妙なのだ。禿げ上がった後頭部の上部半分が見えているのだが、品川駅を出たときよりも大きくなっている。前列二列目の男性の後頭部と見比べても三倍以上あるのだ。撮影しようとスマホを向けた。半分しか見えていなかった後頭部がゆっくりと動いた。長谷川はヤバイとスマホを隠そうとするが、金縛りになったように体が全く動かない。頭はゆっくりと後ろを向こうと動いている。顔を見たくない!しかし体は凍りついたように固まっている。一列目を二列目の乗客は、なぜこの異常な状態に気付かないのか?彼らには見えていないのか?頭は完全に後ろを振り向いたが、額より上の部分しか見えていない・・・・やがて、大きな目と鼻が現れた・・・・長谷川はそこから後の記憶がないという。名古屋駅に到着する車内アナウンスでハッと我に返った。慌てて席から立ち上がり、巨大な頭の主が座っていた座席に駆け寄る。・・・・誰もいない・・・・テーブルの上に瀬戸物の湯のみが置かれただけだった。終点の新大阪に着いても席に戻って来る者はいなかった。
2022.03.27
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「おんぶ」 丸山政也八十代の女性Nさんの話である。七十年ほど前のこと、Nさんがお使いに出た時の帰りに町の目抜き通りを歩いていると近所の小さな男の子が泣きながら蹲っていた。どうしたのかと思ってわけを尋ねると、お腹が痛くて歩けないという。心配なのでNさんは腰をかがめて男の子をおんぶした。その子の両親の元へ送り届けてあげようと思ったのである。二百メートルほど歩いた頃、話しかけても返答がないので、気になって首を後ろに向けてみると、どうしたことか、おんぶしている感覚はあるのに男の子の姿がない。いったいどうなっているのか、あの子はどこへ行ってしまったのか、必死に周囲を探すが見当たらない。不思議なのは、背負っているぬくもりがまだはっきりと背中に残っていることだった。その足で男の子の家に行ってみると、子どもの母親が出てきて『息子が今日、腸チフスで死にました』 泣きはらした顔でそういった。驚きのあまり家を訪れた事情も話せず、Nさんは帰宅したそうである。その日以降、絶えず男の子をおんぶしている感覚があったが、結婚して子どもを授かるとそれもなくなったという。
2022.01.30
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「ドライバー」 牛抱せん夏トラック運転手の男性の体験談である。ある夏の夜、荷物を積み込んで東北の目的地に向かった。途中、空気の入れ替えをしようと窓を開ける。ふとサイドミラーに目をやると、荷台のシートが風にあおられパタパタとなびいているのが見えた。それが・・・・・・何か変だ。シートは青色なのだが、ミラーに映るものは黒い。不思議に思い目をこらすと、それはシートではなく黒髪だった。車体の横に全身真っ黒な女が張り付き、運転席のすぐそばまできていた。思わず悲鳴をあげたと同時に、開けた窓からのぞき込む女に手首をつかまれた。急ブレーキをかけて振り払う。幸い後続車はなかった。車を道の端に寄せ、荷台や周辺を探したが、黒い女の姿はどこにもなかった。届け先に到着して右手首を確認すると、爪の痕がくっきりと残っていた。
2022.01.23
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「鶏妖」今から五十年くらい前の話。鳥取県の安来市に住む、ある男性が自宅裏の用水路で鶏をさばいていた。彼は楽しそうに、また、鬱憤を晴らすかのように、鶏に鉈を叩きつける。と、鶏の首が切断したときの勢いで、用水路脇の壁に張り付いた。鶏の首は目を見開いていた。鶏と男性の目が合った。男性に怒りが湧いてきた。それは怖れの裏返しだったかもしれない。『何見とんじゃ! 祟れるもんなら祟ってみィ!』それからしばらくして、その男性の娘に子供が生まれた。生まれたその孫は、尾てい骨に鶏の尻尾のような羽が生えていた。あのときの言葉を男は思い出していた。『祟れるものなら祟って・・・・』男性は孫の尾に生えたその羽を抜いた。しかし、抜いても抜いても生えてきたという。
2022.01.21
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「おりん」 真白圭都内在住の野中さんが、友人から御嶽山への山登りに誘われた時の話だ。元々、彼の実家は長野にあり、両親が他界した後は弟夫婦が住み暮らしている。前日に弟夫婦の世話になった野中さんは、翌朝七時に出発の準備を始めた。御嶽山ロープウエイの乗り場まで自家用車で行き、そこで友人ふたりと落ち合う約束をしていた。弟夫婦は既に出かけており、家を出る前に戸締りをするよう頼まれていた。玄関で登山靴を履き、上がり框から立ち上がると・・・・『チリーン』 仏壇のおりんの響である。だが、家の中には誰もいないはずだ。泥棒か? と思い仏間を覗いたが、やはり誰もいない。不安になり、家中を見て回ったが、誰かが立ち入った気配は感じなかった。実家のことが気がかりではあったが、とにかく御嶽山へ向かおうと車に乗り込んだ。が・・・・なぜか、何度キーを回しても一向にエンジンがかからない。『でも、変だと思ったんだよ。車は新車で購入して、まだ一年も経っていない。大体、東京から長野まで何の問題もなく運転できていた訳だから』他に打つ手もなく、JAFを呼んで整備工場までレッカーしてもらうことにした。だが、整備士に調べて貰ってもエンジンが動かない理由は判明しなかった。『そんなことをしているうちに、いつの間にか正午を過ぎていてね。さすがにその時間じゃ山登りは無理だからさ。友人に電話して、謝っておこうと思ったんだよ』だが、何度掛けても友人の携帯電話が不通だったという。平成二十六年九月二十七日 午前十一時五十二分 御嶽山は大噴火した。後の調査で、火口付近にいた登山者ら五十八名の命を奪う、戦後最悪の火山被害となった。野中さんの友人ふたりも、噴火の犠牲者名簿に名を連ねることとなった。『付き合いの長い奴らだったから辛くてね。もしも、おりんが鳴ったあのときに、アイツらを止めていればって・・・・そう思うと、悔しいんだよ』
2022.01.14
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「無銭飲食」そのショットバーに行くのは初めてだった。大学時代の友人に誘われて神戸で飲み、その流れで訪れた店だった。その時に 『あること』 が気になってしまい、つい怪訝な顔になっていたかもしれない。気付いたマスターが 『どうかしましたか?』 と声を掛けてくれたのでストレートに疑問をぶつけた。『あの・・・・さっきから何人ものお客さんがお勘定しないで、黙って店を出ていくけど、いいんですか?あれって無銭飲食なんじゃ・・・・それともただの常連?』すると、マスターは少し笑いながら、こう言った。『ああ、お客さんは見える人・・・・なんですね?お金は一度も貰ったことがありませんから、確かに無銭飲食なのかもしれませんね。でも、あの人たちは純粋にお酒が飲みたくて此処に来てくれているんですよ。死んだ後もお酒が飲みたくなって、幾多の店の中からこの店を選んでくれた。私にはそれだけで十分なんですよ。生前は色々と大変な人生を送られた方もいるんでしょう。ですけど、死んだ後はそういう重荷を全て降ろしてしてね、純粋にお酒を楽しんでもらえたらなって思うんです。 それにあの人たちが来てくれるから、この店の独特の雰囲気も保たれている・・・・・。ほんと、持ちつ持たれつなんですよ。そんな人たちからお代なんて頂戴できません』微笑むマスターに、常連客らしい男性がこう付け加えた。『そうそう、大切な飲み仲間なんだよな!だから、もしもお代が必要なら俺たちがちゃんと払うさ』男性はそう言って、グラスのウイスキーを一気に飲み干した。こんな素敵な店なら、是非また来たい!! そう思った夜だった。
2022.01.10
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「フラッシュバック」中秋らしく爽やかな風が心地よい、祝日の早朝であった。石田さんは日課であるジョギングをしながら、いつもの大通りの交差点を北に向かう。歩行者信号が青になるまで、その場で足踏みし続ける。もうじき信号が変わりそうなタイミングで、急に頭の中が真っ白になってしまった。何が起きたのか全然分からずに足踏みをやめた途端、妙に鮮明な画像が脳裏に浮かんで来た。まるで写真のような静止画が、次から次へと繰り出される。その中で、自分はなぜか車のハンドルを握っている。目の前で怯えた表情をしている小さな男の子の視線が、確実にこちらを見つめている。自分の運転している車が、その男の子に向かって接近して行く。男の子は逃げようと身体を斜めに捩るが、どう考えても間に合わない。そして、車を通して感じる、衝突の際に生じた強烈な振動。どうやら他のジョギング仲間でも、同様の目に遭ってしまってコースを変えた人が数人いたらしい。『それで気になったんで、皆で近くの交番に行ったんですよ』あそこで事故か何かあったんじゃないかと、お巡りさんに訊ねた。『ああ、あそこですか? 最近、そういう質問多いんですよ』結局、実際に事故があったかどうかは今でもわからない。
2022.01.09
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「呼ぶ声」『おぉぉい』 また下の方から父親の声が聞こえてきた。ずいぶんせっかちな父親である。『ここに綺麗な水が流れているよ。顔を洗うと気持ちいいよ』今後は湧き水らしい。『今日のお父さんはずいぶん急いでいるわね』 母親さしき女性が言う。『もしかして雨でも降るんじゃないの?』 小学校低学年くらいの女の子が返す。『ここに綺麗な水が流れているよ。顔を洗うと気持ちいいよ』また、父親の声が聞こえてきた。僕は、タバコの火を点けながら、思わず吹き出しそうになるのをこらえていると、母親と目が合った。優しい顔で軽く会釈をした母親につられて、僕は少しバツの悪い顔になって会釈を返した。そのまま素知らぬ顔もできなくて、僕はそのまま言葉を繋げた。『いつもご家族、こんな感じで山を歩くんですか?』『はい、夏が終わり、紅葉がはじまるこの時期、一年に一回こうやって栂池から白馬大池を往復するんです』『いえいえ、旦那さんですよ。いつも先を歩くんですか?』母親が怪訝そうな顔をして僕を見た。『いえ、私たちは、いつもふたりですが・・・・』今後は僕が怪訝な顔になった。『もしかして・・・・あなたは主人の声が聞こえるのですか?』『聞こえるも何もさっきから、大きな声でおふたりを呼んでいるじゃないですか』母親と女の子がびっくりしたように、顔を合わせた。『おじさん、お父さんの声が聞こえるの?』女の子が僕の顔を見上げて話しかけてきた。ふたりが何を言っているのか、僕にはしばらく理解できなかった。『主人は三年前の冬、この山で亡くなりました』『え?』『亡骸はまだ見つかっていません。その翌年から私と娘は山が静かになるのを待って、いつもこの山を訪れているんです。『ねえ、おじさん。お父さんの声が聞こえるの?』『聞こえるよ。下の方に綺麗な水が流れているんだよね』『わあ、聞こえるんだ』『私たち以外に主人の声が聞こえる方に出会ったのは初めてです。主人とご縁があったのでしょうか?』そう言われても、僕には思い当たる節がなかった。なにより僕は、自分に霊感があると思ったこともないのだ。その時、下の方から、またあの声が聞こえてきた。『おぉぉい、ここに綺麗な水が流れているよ。顔を洗うと気持ちいいよ』『ほら、お父さんが呼んでいるよ。急いで行かなきゃ』そう言って、僕は女の子の頭を撫でた。『ありがとうございます。あなたに出会えただけで今年の山は、とても思い出に残るものになりました』『おじちゃん、ばいばい』振り向いた女の子が満面の笑顔で手を振った。
2021.12.29
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「お化け屋敷スタッフの恐怖体験 心霊動画」心霊動画を使ったイベントがあった。動画を見ていただき、動画に映っているヨシ君という男の子の霊を供養してくださいというもの。お客様はお化け屋敷に入る前に、ヨシ君が映っている動画を観なくてはならない。イベント中のある日、その動画を見ていたお客様が 『ヨシ君以外の子も映ってましたね』 とスタッフに言ってきた。そのスタッフは、お客様と一緒に動画を早戻しして、その場面を教えてもらった。『ああ、ここです。ほら、その窓に女の子が!』小学生くらいに見える女の子が、長い髪を真ん中で分けていて身体をゆらゆらと揺らしながら教室の中を覗いている。後で動画を隅々まで確認したところ、女の子は最初から窓に映っていた。この話を聞かせてくれたAさんは、撮影から編集まで立ち会っていたが、その女の子には全く気が付かなかったとのこと。更に驚くことに、撮影時にAさんがいた場所が、ちょうど女の子の霊が立っていた所だ。Aさんはその場にしゃがみ込み、動画に映らないよう隠れていたという。
2021.12.26
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「シュークリーム」主婦のN子さんの話である。十年ほど前のある日、以前の職場の同僚が家に遊びに来たという。手土産を渡されたが、見ると最近駅前にできたケーキ店の箱だった。礼を言って開けてみると、美味しそうなパイ生地のシュークリームがぎっしり入っていた。一つずつケーキ皿に取りだし、コーヒーを淹れて、昔のことを色々話しながら食べた。二時間ほどいて同僚は帰っていったが、しばらくすると部活を終えた高校生の息子が帰ってきた。おなかがへったといって冷蔵庫を開けると『あ、これ駅前のケーキ屋のだよね。食べてもいいの?』夕飯前なので、ふとつだけとN子さんは答えた。箱を開けた息子が『なにこれ、こんなの食べられないよ』箱の中を見ると、残りのシュークリーム全てが手で握り潰したようにペシャンコになっていて中のクリームが外に出ていた。そんなはずはない。どうしたら、こんなふうになるのか・・・・。すると、その日の夜、昼間遊びに来た同僚の夫から電話があった。妻が帰宅途中に交通事故に遭い、つい先ほど病院で亡くなったと告げられたそうである。
2021.12.22
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「六本」職場の先輩が大学生の頃だから、三十年も前、バイク仲間五人で伊豆半島へツーリングへ出かけた時のことだという。日が暮れて、目についた旅館に転がり込んだ。ツーリングの疲れから、他の人はすぐに寝息を立て始めたが、先輩はなかなか眠りにつけない。突如、寝ている布団を引っ張られた。驚いて顔を上げると、目の前の時計の後ろから、細い腕が六本、こちらに向けて手招きするではないか。六本の手が、おいでおいと折れるたび、布団ごと体が腕に吸い寄せられて行く。そして、足元が壁に触れるかと思った時、腕たちは先輩の左足へと延びていった。そして、左ふとももが六本の手にガッシリつかまれる感触がして・・・・目覚めると朝になっていた。嫌な夢を見たなぁ、と思ったが、自分の寝ている布団だけが、大きくずれて壁に付いているのを見て愕然とした。その後、現在までに、先輩は四回、左足を骨折している。先輩はいつも、左足のふとももを笑いながら叩きつつ、こう話を終える。『自分がいつ死ぬかわからないけど、それまでにこの足、あと二回は折れるんだろうねえ』
2021.12.05
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「知人の死因」知人が死んだ。自殺だというが、信じていない。彼は地元でかなりの名家に生まれ、多くの土地と多くの影響力をもっている。一族が住む土地には≪まだら様≫という謎の言い伝えがあった。もっとも、それを知っているのは彼の一族の人間に限られる。≪まだら様≫の起源は江戸時代よりももっと古く、当時の実情と≪まだら様≫がどんな繋がりで生まれたのか、俺には知る由もない。しかし、どうやら彼はその真相に辿り着いてしまったらしい。それを知った時、彼はかなり悩んだという。このまま闇に葬るか、それとも事実は事実として白日の下に晒すか。彼は悩んだ末、自らの一族の闇を記事として発表する道を選んだ。そしてあの日の夜、俺に電話をかけてきた。それは公衆電話からで、訝しみながら電話に出た。『Kか? 突然、公衆電話からですまない。でも、これはお前の身を守る為でもあるんだ。こんな話他の奴に話しても理解してくれないと思ってさ。でも、お前なら、不思議な事に首を突っ込んでばかりいるお前なら、少しは信じて貰えると思ってさ・・・・』『もしかしてアレか? お前の親族の忌まわしい過去に関する話か?』『ああ。あの≪まだら様≫に関してのことだ。あれはな、過去だけの話じゃなかったんだよ。今も現在進行形で行われている呪いなんだ。そこから生み出されて一族の繁栄を護らされているモノが現実に存在していたんだよ・・・・』呪いと確かに彼は言った。『初めてそれを知った時は自分の一族が行ってきた愚行に恐怖し、そのまま見なかったことにしようと思った。過去だけの話なら、きっとそうしていたと思う。だが・・・・そんな呪いの儀式がいまも続けられていて、そこから≪まだら様≫が生まれ続けているんだと悟ってしまったからには、このまま闇に葬るべきではないと決断した。もう、この件に関する記事は出版社に届けてある。だから、三か月もすれば全てが明るみ出て、我が一族はそのまま社会から抹殺されるだろう・・・。いや、そうなってもらわないと困る。ただ、何らかの力が働いて出版されなかったとしたら、きっと俺も生きてはいられないだろう。だから、もしも俺が行方不明になったり変死したりすることがあれば、それは≪まだら様≫の呪いによって殺されたのだと思ってほしい』・・・・・アレは証拠一つ残さず、簡単に命を奪える。『だから、な・・・・そうなったとしても絶対に俺の死の真相を探ったりしないでくれ。俺はお前まで巻き添えにはしたくないんだ』・・・・・聞いてくれてありがとう・・・・・。そう言って、彼は静かに電話を切った。それが、彼が自殺する一週間ほど前の出来事だ。だから俺は、彼が自殺したのではないと断言する。
2021.11.28
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