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2026.06.25
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カテゴリ: カテゴリ未分類

狭い県として大阪府と競うほど小さな佐賀
県ですが、

米どころとしての役割だけでなく、『 魏志倭
の時代から

大陸との交易の湊として、その名
が知られて
います。

温暖にして南国特有のやわらかな風光は万葉
の歌人たち
にも多く詠まれ、

玉島を歌った大友旅人の


  松浦川玉島の浦に若鮎釣る
     妹らを見らむ人の羨(アマ)しさ
や、

  遠つ人松浦佐用比売夫恋(ツマゴヒ)に
    領巾(ヒレ)振りしより負へる山の名

など領巾振の峯を詠んだものなどが残ってい
ます。


また『 源氏物語 』では夕顔のわすれ形見の玉鬘が
領巾振
山の麓から

京に向かって船出するという紫式部の演出も
あり
ます。

幼い玉鬘が実の親、源氏に養女として育てられ、
やがて
言い寄られるという、場面に登場していま
す。

かくも詩情あふれる片田舎でありながら、江戸時
代には
「葉隠」の武士道が浸透していた

影響なのでしょうか、
佐賀は文化的な資料から遠
ざかり、時代は下って明治
十年の夏、

与謝野鉄幹、木下杢太郎、北原白秋、吉井勇とい
った明
星の歌人たちが訪れ、

 風なきに呼子の瀬戸は渦潮の
      とどろとどろに鳴りやまずけり

という吉井勇の歌碑が呼子町尾上公園に建てられ
ている
ようです。





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Last updated  2026.06.25 10:25:56
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