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もう、極端に眠いです。口蹄疫で、例の49頭の殺処分がなされ、なんとかスタメンはいるものの、日本一の宮崎牛のブランド価値は危機的状況であります。ついでに、最後の希望すら殺せという競争相手がいるのも事実。牛にしてみりゃ迷惑な話ですが、いい牛を育てるのは大変なのよ。それを売るのも本当はつらいのよ。その大いなる矛盾の上に我々の生があるのもまた事実。それこそが人間の営みだと思います。国破れても山河あり。ああ、帰りたい。そういえば、中洲で大森うたえもんとすれちがい、天神で武井俊輔県議とすれちがいました。帰って来いと我が郷土が呼んでいるのでしょうか?なんとか荘子を続けたいんですが、ちょっと今後のネタは調べてから繋げたいところ。産経抄に地球温暖化否定論(これまたキリスト教原理主義者がふれまわっているトンデモ理論)が出ていましたが、今回はスルー。参院選を控え、宗教キチガ○の支援のために産経は奮闘するようです。幸福実現党のお金がほしいよう。ほしいよう。これも実は宗教がらみかな?規制しようとしている人間の顔ぶれから言って。人間って進歩しません。----(引用初め)---------------------------------都青少年健全育成条例改正案:蓮舫参院議員も200人に反対訴え--千代田 /東京 ◇千代田で条例案めぐり集会 実在しない子供のキャラクター(非実在青少年)の性的行為を描いた漫画の18歳未満への販売を規制する都青少年健全育成条例の改正案に反対する集会「都条例改正問題最前線」(民主党千代田区支部主催)が30日夜、千代田区の内幸町ホールで開かれた。参加した蓮舫参院議員は「あまりにも拙速な審議。作家である都知事が出すのはおかしい」と改正案への反対を訴えた。 集会には都民ら約200人が参加。「販売規制か表現の自由か」。識者や議員らの主張を熱心に聞いた。 都議会民主党などは改正案の撤回を都に申し入れたが、都は撤回しない方針で、6月の定例会では反対多数で否決される公算が大きい。【内藤陽】--------------------------(引用終わり----------以上毎日新聞 2010年5月31日 地方版より引用。参照:都青少年健全育成条例改正案:蓮舫参院議員も200人に反対訴え--千代田 /東京http://mainichi.jp/area/tokyo/news/20100531ddlk13010119000c.htmlやはり、統○教会機関紙・世界日報も反対してますね。進化論は否定するくせに(笑)。世界日報 都青少年条例改正/「子供を守る」が最優先だhttp://www.worldtimes.co.jp/syasetu/sh100530.htm参照:YouTube まんが日本昔ばなし 「一休さん」 http://www.youtube.com/watch?v=6vp9nKx5Zrs&feature=related「この非実在青少年が夜な夜な悪さをして困るのじゃ。この非実在青少年を縛ることができるかの?」「絵に描いた非実在少年を縛れると思うか!」日本の伝統なのですよ・・・これも。参照:まんが日本昔ばなし「人形の嫁」 http://www.youtube.com/watch?v=KvqcQGTHpFo&feature=related今日はこの辺で。
2010.05.31
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どうやら、収束しそうな勢いのようで。いや、もうここまで知事が粘っただけでも落涙ものです。今の不安も、不信もわかるけども、いずれもう一度郷土で畜産をやりたいという時のためにも、なんとかならんのでしょうか。一時の感情論に流される問題でもない。金だけのために牛飼いやってきたわけでもないはずだし。今の価値ではなく未来の可能性のために、このわがままはどうにか通って欲しいです。リスクを承知の上で。
2010.05.25
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はっはっは・・・こいつぁいいや!やい!お前たち!一体百姓を何だと思ってたんだ?仏様だとでも思ってたか?ん?笑わせちゃいけねぇや!百姓くらい悪ずれした生き物はねぇんだぜ!米出せっちゃ無え!麦出せっちゃ無え!何もかも無えっつんだ!ふん!ところがあるんだ。何だってあるんだ。床下ひっぺがして掘ってみな!そこになかったら納屋の隅だ!出てくる出てくる・・・瓶に入った米!塩!豆!酒!山と山の間に行ってみろ!そこには隠し田だ!正直ヅラしてペコペコ頭下げて嘘をつく!何でもごまかす!どっかに戦でもありゃあすぐ竹槍つくって落ち武者狩りだぃ!よく聞きな!百姓ってのはな、けちんぼで、ずるくて、泣き虫で、意地悪で、間抜けで、人殺しだぁ!ちきしょう!おかしくって涙だ出らぁ!だがな、そんなけだものつくったの、一体誰だ?お前たちだよ!侍だってんだよ!馬鹿野郎!戦の度に村ぁ焼く!田畑踏ん潰す!食い物は取り上げる!人夫人にコキ使う!女を漁る!手向かゃあ殺す!一体百姓はどうすりゃあいいんだ!百姓はどうすりゃあいいんだ、百姓は・・・ちきしょう・・・・ちきしょう・・・!どっかに侍はおらんとかえ。
2010.05.24
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さて、荘子です。暇も無いし、荘子に浸かりすぎると日常生活に支障を来たすので(笑)、じゃんじゃんいきます。『MATRIX』と、荘子をやっています。参照:荘子と進化論 その50。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/diary/201005090000/『マトリックス』のスプーン曲げの少年と「シュレーディンガーの猫」について書いたんですが、シュレーディンガーの猫の話って、よくよく考えてみれば、禅の公案にある「南泉斬猫」と同じ話なんです。『南泉和尚因東西堂爭猫兒。泉乃提起云、大衆道得即救、道不得即斬却也。衆無對。泉遂斬之。晩趙州外歸。泉舉似州。州乃脱履安頭上而出。泉云、子若在即救得猫兒。』(『無門関』第十四則)→南泉和尚の寺に一匹の猫が現れ、この猫を飼おうという議論がなされた。南泉は子猫の首を掴んで「大衆道ひ得ば即ち救ひ得ん。道ひ得ずんば即ち斬殺せん」と言いったが、何も答えられず呆然とする弟子たちの前で、南泉は猫を斬り捨てた。程なくして帰ってきた弟子の趙州がはその話を聴いて、草鞋を脱ぎ、頭の上に乗せて外出した。南泉は言った「趙州があの場にいれば、猫は助かったな」。「趙州が草鞋を頭にのせたことに何の意味があるのか?もしここで趙州に代わってもうひとつの答えを示すことができれば、猫が無事でいることが見えるだろうし、もしわからないのなら猫が斬られるところが見えるだろう。」・・・これ、そのまま「シュレーディンガーの猫」ですね。シュレーディンガーという人は、東洋哲学に非常に造詣の深い人なので、禅の公案を読んでいる可能性が高いのではないかと思われますが、確証はありません。ま、ついでに、赤い洗面器の男でもあるか(笑)。参照:赤い洗面器の男http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B5%A4%E3%81%84%E6%B4%97%E9%9D%A2%E5%99%A8%E3%81%AE%E7%94%B7シュレーディンガーの猫http://www.youtube.com/watch?v=Q8savTZOzY0エルヴィン・シュレーディンガーhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%BCこれって、『荘子』の寓言篇と同じなんですよ。『卮言日出、和以天倪、因以曼衍、所以窮年。不言則齊、齊與言不齊、言與齊不齊也、故曰無言。言無言、終身言、未嘗言。終身不言、未嘗不言。有自也而可、有自也而不可。有自也而然、有自也而不然。惡乎然?然於然。惡乎不然?不然於不然。惡乎可?可於可。惡乎不可?不可於不可。物固有所然、物固有所可、無物不然、無物不可。非卮言日出、和以天倪、孰得其久。萬物皆種也、以不同形相禪、始卒若環、莫得其倫、是謂天均。天均者、天倪也。』(「荘子」寓言 第二十七)→日々口をついて出てくる卮言は、天の有様と調和し、しがらみのない世界に身をおいて、命を全うするためのものだ。「同じものだ」、「違うものだ」という言葉にとらわれた論争そのものが、天のもたらす有様とかけ離れていく。だから、かつての至人といわれる人は、是非の判断を決め付けたりしなかった。この世の有様は、是非の論理に囚われていては、一生しゃべり続けても説明できるものではなく、たとえ、しゃべらなくとも(言葉で物を考えている以上は)、結果は同じことだ。人間の視点に立って物事を考えるのに、「良いもの」「悪いもの」「これはこうだ(然り)と思うもの」「これはこうではない(然らざる)と思うもの」と決めつけて考えたがるが、何を以って「良い」「悪い」「こうだ」「こうではない」と考えているのか?物事というのは、どう考えたところで、元からそうあり、そうあるべき場所におちつくようになっているのだ。出来事は、言葉で考えている人間の思い込みとは、往々にして違う結果になってしまうものなのだ。(賢き人よ、そうではないか?)。是非の論理ばかりではなく、卮言によって、和を以って天の有様を語らねば、この世の長い歳月の間の営みを、誰が理解できよう?万物はそれぞれに種(違い)があり、形質が違うが故に、お互いに関係しあっている。その始まりも、その終わりも、まるで輪のように連続していて分けられない。これに一つの枠をはめることはできない。天の調和というものは、(人間の考える是非の論理とは別次元の)宇宙の原理であるからだ。参照:当ブログ 荘子と寓言。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5031『西洋科学の構造に東洋の同一化の教理を同化させることによって解き明かされるだろう。一切の精神は一つだと言うべきでしょう。私はあえて、それは不滅だと言いたいのです。私は西洋の言葉でこれを表現するのは適さないということを認めるものです。』(エルヴィン・シュレーディンガー)「初めに言葉ありき」で言葉のレンガを積み上げて、バベルの塔になっちゃって「道は常の道にあらず。名の名とすべきは、常の名にあらず。」に移ったって考える方が、あの時代の発見って分かりやすいんですよね。次、 「土星型原子モデル」を提唱した長岡半太郎さん(1865~1950)が、学生時代わざわざ休学して漢籍を読み漁って東洋の科学史を拾い集めていらっしゃったという話をしました。当ブログ 長岡半太郎と荘子。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5007その後、 原子模型を作り上げた現代物理学の父・ニールス・ボーア(1885~1962)って、タオイストなんですよ。勲章が『太極図』でしょ?長岡さんや湯川さんと同じ本を読んでいるんです。参照:ニールス・ボーアhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%82%A2しかも、ボーアはゲーテの色彩論にも注目しています。荘子の「これ本色か?」と同じなんです。参照:シュレーディンガーの猫とボーアの相補性とゲーテの色彩論 http://homepage2.nifty.com/einstein/contents/relativity/contents/relativity1031.html『原子物理学論との類似性を認識するためには、われわれはブッダや老子といった思索家がかつて直面した認識上の問題にたち帰り、大いなる存在のドラマのなかで、観客でもあり演技者でもある我々の位置を調和あるものとするように努めねばならない。』(ニールス・ボーア)「マトリックス」のネタ元の一つに、今から30年ほど前に書かれた「タオ自然学(The Tao of Physics)」という本があります。鈴木大拙さんに会って感動して東洋思想にのめりこんだ物理学者で「ニューサイエンス」の旗手・フリッチョフ・カプラという方のものです。東洋の哲学が与えた影響と、現代科学との類似性について書いてあります。『易経』と『老荘』、禅の公案、俳句、インドの『ヴェーダ』が、実は理論物理学に影響を与えている・・・。 『タオ自然学』には、湯川秀樹(1907~1981)さんも登場しますが、「素領域と混沌」の話は出ていません。おそらく、カプラはこの話を知らないんだと思われます。それが逆に恐ろしいです。参照:湯川秀樹 創造的人間:東洋的思考から理論物理学へhttp://www.youtube.com/watch?v=CqNPmXouwqc当ブログ 湯川秀樹と荘子 その2。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5009「過去数十年の間に、日本の物理学者たちが物理学の発展に対して大きな貢献をしてきたのは、東洋の哲学的伝統と、『量子力学』が、根本的に似ているからなのかもしれません」(ヴェルナー・ハイゼンベルク)考えてみれば、ニュートンよりも2才年下の人が「月日は百代の過客にして、行き交う年もまた旅人なり」って言ってしまう文化圏っておかしくないですか?この人は老荘の雰囲気は少ないです。でも、感じていることは一緒です。小泉八雲の文章から日本に興味を持った彼は、こういっています。『たしかに日本人は、西洋の知的業績に感嘆し、成功と大きな理想主義を掲げて、科学に飛び込んでいます。けれどもそういう場合に、西洋と出会う以前に日本人が本来もっていて、つまり生活の芸術化、個人に必要な謙虚さと質素さ、日本人の純粋で静かな心、それらのすべてを純粋に保って忘れずにいて欲しいものです。』(アルバート・アインシュタイン)参照:小泉八雲と荘子http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5046蝶を追ふ 心持ちたし いつまでも 杉長今日はこの辺で。
2010.05.23
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たとえ法を犯してでもどうにか種牛を残していただきたいものです。人間の手でどうにかならんものか。
2010.05.22
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暇はまったくありませんが、さすがに、口蹄疫は無視できない状況です。もう、東国原ウォッチャーとしては、神も仏もあるか、という話でありまして・・自然というのは本当におそろしいものです。それにしても、この仕打ちは無いです。それこそ善意の結果の部分も多々あるわけで、これを政治利用している連中が信じられません。ウィルスが敵なのか、人間が敵なのか。いや、とにかく今は止めるだけ。「てげてげ」の前に今は「なにくそ」ぞ!それでも無理なら山に向かっておらびよけ!どげえもこげえもあっっか。ただ、どう綺麗事を並べ立てようと、人間の都合で生き物の命を頂戴しているわけですから、分厚い本よりも、よっぽど人間として学ぶべきことの多いニュースです。祝宗人玄端以臨牢筴,説豚曰:「汝奚惡死、吾將三月豢汝、十日戒、三日齊、藉白茅、加汝肩尻乎彫俎之上、則汝為之乎?」為豚謀曰「不如食以糠糟、而錯之牢筴之中」(『荘子』達生 第十九)→ある神主が豚小屋の豚に「お前は死を恐れる必要はないぞ。これから三ヶ月、ご馳走を与えてやるし、十日の間身を清め、三日の間斎戒し、白い茅の敷物を敷いて、立派な彫刻のされた皿の上に、綺麗に調理されたお前が乗るのだ。お前は立派な神様のお供え物になるのだよ。どうだ嬉しいだろ?」と聞けば、豚は「今日から、えさはぬかや酒粕でいい。もっとこの豚小屋にいさせてくれ。」と答えるだろう。「子見夫犧牛乎?衣以文?、食以芻叔、及其牽而入於太廟、雖欲為孤犢、其可得乎。」(『荘子』 列禦寇 第三十三)→お前は生贄になる牛を見たことがあるか?綺麗な錦に飾られ、豆や草も上等なものを与えられてはいるが、いざ、生贄になるときになって『ああ、子牛の頃に戻りたい』と願っても、もう、どうにもならないのだ。ああ、せめて種牛だけでも・・。
2010.05.21
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先々週の九州けいざいNOWで、アレックス・カーさんが五島の小値賀島の町づくりをなさっているという話題がありまして、「九つの問答(朝日新聞社刊)」での司馬さんとの、司馬遼太郎「日本の禅というのは中国原産ですが、中国の宋の禅は、インドよりも荘子のにおいがしますね。」アレックス・カー「インドの理屈っぽい部分を省いたのが禅ですね。」司馬「まったくインド人は一時間でも二時間でも一人でしゃべりますからね。禅宗は無言ですからね。」という受け答えを思い出しますが・・参照;Wikipedia アレックス・カーhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%BCほいこら、荘子です。『MATRIX』と、荘子ですが、かなり脱線します。参照:当ブログ 荘子と進化論 その48。 http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/diary/201005010000/同49。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/diary/201005030000/今回は鈴木大拙さんで。『われらの間に「境涯」とか「境地」とか、「心境」とかいう成語がある。これを英訳しようと思って、ずいぶん考えたり、調べたりした。が、どうも適当の訳語が見つからぬ。ステート・オブ・マインド、またはメンタル・アチチュード、または、ゼネラル・アッフェクチーブ・トーン、またはサイキック・アトモスフィアなどとも思ったが、どうもうまくあてはまらん気がする。つまり、自己と客観界の間になんら隙もできず、したがって軋轢の無い心境、これを「一般世界に対し、自己に対し、日々平和な心持でいること」にみて、差し支えないようだが、それが自分らの「境涯」というところに、函蓋相応するには、まだ多少の隔たりのあるを覚える。これはどこの言葉にでもあるところで、べつに不思議はない。が、東西文化の間には、なにやら根源的に相違しているものがある。』(『東洋「哲学」について』鈴木大拙選集11より。)1961年の段階の鈴木大拙さんのエッセイからの抜粋なんですが、今、あれを英語ではどう表現するのか・・と思っていたら、意外な人が教えてくれました。----(以下引用)---------------------------“世界新”58!遼くん大逆転で記録的V男子ゴルフツアーの中日クラウンズ最終日は2日、愛知・名古屋ゴルフ倶楽部和合コース(6545ヤード、パー70)で行われ、石川遼(18=パナソニック)が驚異の“世界新”で今季初優勝を飾った。6打差の18位から出て12バーディー、ノーボギーの58をマーク。通算13アンダーとして2位に5打差をつける大逆転劇で、昨年10月のコカ・コーラ東海クラシック以来、通算7勝目を挙げた。58ストロークは国内ツアー最少(ツアー制度施行の73年以降)で、世界の主要ツアーでも最少記録。前半のハーフ28と12バーディーは国内ツアータイ記録、史上最年少&最速での生涯獲得賞金3億円突破と、記録ずくめの優勝となった。 驚異の18歳がまたしても常識を超えた。硬く狭い砲台グリーン、圧迫感のある林…。屈指の難コース・和合で石川はゴルファーの夢、50台をマークした。6打のビハインドから5打差をつけての圧勝。18歳にして生涯獲得賞金は3億円を超えた。石川自身も「初優勝したマンシング以来の不思議な気持ち。夢の中でプレーをしているような感じだった。未知の世界に一歩踏み入れることができた」と新たなステージへの突入を感じていた。 この時点で、常識にとらわれる他の選手はまだ高をくくっていた。4組後ろの藤田は7番でボードを見て「優勝争いに加わってくると思ったけど、和合は13番から難しいから」と我慢比べを想定した。しかし、その後半で石川はさらに加速し、14番から3連続バーディー。ホールを重ねるごとにギャラリーは増え、異様なムードが漂った。「これが“ゾーン”というものかと思った。バーディーのたびに落ち着いた」。想像をはるかに超えたチャージに、ついていける者などいなかった。(中略) 07年世界ジュニアに出場した際、宮里藍のコーチでもあるピア・ニールソン氏らが唱える「ビジョン54」の本を読み、感銘を受けた。パー72の18ホールすべてでバーディーを取れば届く54の数字を、今では自らのボールに印刷している。究極の目標に、この日はあと4打と近づいた。「どのスポーツでも世界新は感動する。その瞬間を見るだけでも幸せですけど、実際僕ができてうれしい」。これまでも数々の記録を打ち立ててきた。次は一体どんな夢をかなえるのか。無限の可能性を感じさせる「58」だった。(5月3日 スポーツニッポン)---------------(引用終わり)------>「初優勝したマンシング以来の不思議な気持ち。夢の中でプレーをしているような感じだった。未知の世界に一歩踏み入れることができた」>「これが“ゾーン”というものかと思った。バーディーのたびに落ち着いた」これ、ですね。Zen golfにもありますね。>By combining classic insights and stories from Zen tradition, Zen Golf helps eliminate the mental distractions that routinely cause poor shots and loss of concentration, allowing golfers to feel in “the zone” that professionals have learned to master.“in the zone"です。達人の境地、無心の境地。「明鏡止水」ですよ。これをまた、わざわざ日本人は英訳して使う羽目になるわけですね。我々は地球何周分のバカなんでしょう。この“in the zone"のさらに極まった表現が、「アニマトリックス(THE ANIMATRIX)」にはあるんですよ。http://www.megavideo.com/?v=LXDOS7BI↑↑ここまでくると悟りに近いですね。↑↑そういや、こんな本がありました。>恐怖心ゼロ、悩みゼロで、結果は気にせず、淡々と直感的に行動し、反応し、ただその瞬間に「するだけ」の境地、つまり、「ゾーン」に達した者が勝つ投資家になる!さて、その方法とは? 究極の相場心理を伝授する!>しかし自分自身についてよく知っている投資家はどれだけいるだろうか?(ゾーン 相場心理学入門 マーク・ダグラス著)確かに言われてみれば荘子っぽいです。まるで使い道が違うけど。>紀昌は根気よく、毛髪の先にぶら下った有吻類・催痒性の小節足動物を見続けた。その虱も何十匹となく取換えられて行く中に、早くも三年の月日が流れた。ある日ふと気が付くと、窓の虱が馬のような大きさに見えていた。占めたと、紀昌は膝を打ち、表へ出る。彼は我が目を疑った。人は高塔であった。馬は山であった。豚は丘のごとく、鶏は城楼と見える。雀躍して家にとって返した紀昌は、再び窓際の虱に立向い、燕角の弧に朔蓬のをつがえてこれを射れば、矢は見事に虱の心の臓を貫いて、しかも虱を繋いだ毛さえ断れぬ。>奥儀伝授が始まってから十日の後、試みに紀昌が百歩を隔てて柳葉を射るに、既に百発百中である。二十日の後、いっぱいに水を湛えた盃を右肱の上に載せて剛弓を引くに、狙いに狂いの無いのはもとより、杯中の水も微動だにしない。(中島敦 『名人伝』より)「弓禅一味」という言葉もありますが、ドイツ人オイゲン・ヘリゲルの『日本の弓術』などの著作で、日本の武道と禅についての関係にも触れています。欧米人の禅や老荘への理解と興味というのは、他の分野に比べて明らかに深いんですよね。日本の方が確実に失っているわけです。--------(以下引用)--------------------------- 弓道初の国際大会となる第1回世界弓道大会がこのほど、東京・明治神宮内の中央道場で開かれた。国別対抗戦の団体と個人戦が行われ、団体戦には18カ国・地域が出場。日本優位の前評判を覆し、フランスが初代王者の座に就いた。 海外で弓道は、欧米を中心に人気を集めている。日本滞在中に弓道に触れた外国人や海外勤務の日本人愛好者が普及に努め、4年前に「国際弓道連盟」が設立された。現在、日本を含む17カ国が加盟している。 (中略)18歳の時に見た映画「七人の侍」で弓矢に魅せられたというデュポンは「(心技体の)三位一体の追求が弓道にはある」と魅力を話す。ベルタンは空手などの経験があり、「もっと精神力を高めようと思って弓道を始めた」と言う。スタルデールは群馬県太田市に在住していた94年に弓道を始め、「作法は美しい」と話した。 一方、迎え撃つ立場だった日本は、まさかの予選敗退。全日本弓道連盟の岡崎広志・常務理事は「海外で弓道はスポーツではなく、精神鍛錬として取り入れられている。日本には『手本を見せないといけない』などの邪念があったのではないか。海外勢から逆に弓道を教えられた気がする」と話していた。 世界大会は4年に1度、開かれる予定。【百留康隆】-------------------------(引用終わり)---------------参照:世界弓道:仏が初代王者「七人の侍」に魅せられ(毎日新聞)http://mainichi.jp/enta/cinema/news/20100511k0000e050058000c.htmlクロサワやオヅやキタノが世界で何故愛されているかも分からずに、いきなり誇りだの目先の賞だの雑念ばかり(泣)。「以瓦注者巧、以鈎注者憚、以黄金注者昏。其巧一也、而有所矜。則重外也。凡外重者内拙。」(『荘子』達生第十九)→弓で賭け事をやるとき、ガラクタを賭けているならば上手く当たり、帯鉤を賭けていると当たりにくくなる。ましてや、黄金を賭けるとなると、周りすら見えなくなっているだろう。技量が同じであっても、賭けたものの価値に気を取られるからだ。外のことに気を取られて内のことが疎かになってしまうのだ。 イマヤ、モッケイタリエズ。今日はこの辺で。
2010.05.17
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さて、荘子です。50ってことでもう少し分かりやすく。『MATRIX』と、荘子なんですが・・・参照:当ブログ 荘子と進化論 その48。 http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/diary/201005010000/同49。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/diary/201005030000/Spoon boy: Do not try and bend the spoon. That's impossible. Instead only try to realize the truth.Neo: What truth?Spoon boy: There is no spoon.Neo: There is no spoon?Spoon boy: Then you'll see that it is not the spoon that bends, it is only yourself.参照:there is no spoon original english http://www.youtube.com/watch?v=dzm8kTIj_0M&feature=related「マトリックス」で使われている、このシーンが『無門関』の「非風非幡」であるということの続きです。「六祖、因風揚刹幡。有二僧、對論。一云、幡動。一云、風動。往復曾未契理。祖云、不是風動、不是幡動、仁者心動。二僧悚然。」→六祖慧能の話。風が、門前の旗をなびかせていた。二人の僧がいて、議論をしている。一人は「あれは旗が動くのだ。」といい、一人は、「あれは風が動かしているのだ。」という。双方譲らず、結論をみない。そこでが六祖慧能が言った。「これは風が動かしてるのではない。旗が動いているのではない。おまえたちの心が動いているのだ。」二人の僧は慄然とした。この「非風非幡」というのは、荘子にも同じような話がありまして、「或之使、莫之為、疑之所假。吾觀之本、其往無窮。吾求之末、其來無止。無窮、無止、言之無也、與物同理、或使、莫為、言之本也、與物終始。道不可有、有不可無。道之為名、所假而行。或使莫為、在物一曲、夫胡為於大方?言而足、則終日言而盡道。言而不足、則終日言而盡物。道、物之極、言、默不足以載。非言非默。議其有極。」(『荘子』 第二十五)→有為であるという説も、無為であるという説も、ただ「そうかもしれない」という推測の域を出ない。言葉によって根本を突詰めても極まるところがなく、末節に拘っても留まるところがない。無限の止めなき世界は言葉で言い表すことはできず、ただ物の理と一になるしかない。有為であるとする説と、無為であるという説は、議論のきっかけにはなるが、結局のところ、物にとらわれたままで、終始するだけだろう。「道(tao)」とは、有るということもできず、無いということもできない。「道」という名前すら仮のものに過ぎない。有為の説も、無為の説も、物の一部分について語っているのであって、天の大いなる働きには、何の関係もない。もし言葉が真実を説明するのに十分な道具あったとしたら、一日中話し続けてその全てが道について表現できるということになるが、言葉が不十分な道具であるとすると、一日中話し続けても、全て物を語っているにすぎない。道というのは物の究極であり、言葉と沈黙のみでは把握することはできない。言葉と沈黙にもよらずして、その極まりあるところを議論せよ。」・・・これ、なんですが、これ、インドのウパニシャッド哲学で言うところの「梵我一如」ってやつでして、「荘子」や「禅」だと、こういう表現になっています。何を言っているのか分からないと思いますが、一番説明しやすいのが、「シュレーディンガーの猫」です。荘子のいうところの「與物同理」ですよ。>「シュレーディンガーの猫」は、思考実験の名称である。まず、蓋のある箱を用意して、この中に猫を一匹入れる。箱の中には猫の他に、放射性物質のラジウムを一定量と、ガイガーカウンターを1台、青酸ガスの発生装置を1台入れておく。もし、箱の中にあるラジウムがアルファ粒子を出すと、これをガイガーカウンターが感知して、その先についた青酸ガスの発生装置が作動し、青酸ガスを吸った猫は死ぬ。しかし、ラジウムからアルファ粒子が出なければ、青酸ガスの発生装置は作動せず、猫は生き残る。一定時間経過後、果たして猫は生きているか死んでいるか。>この系において、猫の生死はアルファ粒子が出たかどうかのみにより決定すると仮定される。そして、アルファ粒子は原子核のアルファ崩壊にともなって放出される。このとき、例えば1時間で箱に入れた量のラジウムがアルファ崩壊してからアルファ粒子が放出される確率が50%だとする。この箱の蓋を閉めて1時間放置したら、人間が観測するまでは、猫が生きている確率は50%で、死んでいる確率も50%となる。したがって、この猫は、生きている状態と死んでいる状態が1:1で重なりあっていると解釈しなければならない。↓↓こっちの方が分かりやすいですね↓↓http://www.youtube.com/watch?v=Q8savTZOzY0参照:Wikipedia シュレーディンガーの猫http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%81%AE%E7%8C%ABシュレーディンガーの着想は、老荘ではなくて、インドの思想からだと思われます。表現方法は全く違いますが、ほぼ、同じ内容のものがあるわけです。・・・というか同じ東洋の叡智であってもインド哲学からみれば、『荘子』や『禅』の異常なまでの簡明さというのは、驚異といわざるを得ません。そして「シュレーディンガーの猫」の正解は・・・>自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。これは私がこれまで人生を左右する重大な選択を迫られた時には常に、決断を下す最も大きな手掛かりとなってくれました。何故なら、ありとあらゆる物事はほとんど全て…外部からの期待の全て、己のプライドの全て、屈辱や挫折に対する恐怖の全て…こういったものは我々が死んだ瞬間に全て、きれいサッパリ消え去っていく以外ないものだからです。そして後に残されるのは本当に大事なことだけ。自分もいつかは死ぬ。そのことを思い起こせば自分が何か失ってしまうんじゃないかという思考の落とし穴は回避できるし、これは私の知る限り最善の防御策です。>君たちはもう素っ裸なんです。自分の心の赴くまま生きてならない理由など、何一つない。(スティーブ・ジョブズ)『夫れ大塊は、我を乗するに形を以てし、我を労するに生を以てし、我を佚にするに老を以てし、我を息わしむるに死を以てす。故に吾が生を善しとする者は、乃ち吾が死を善しとする所以なり』(「荘子」太宗師篇)→ 天地は、私を大地に乗せるために肉体を与え、私を働かせるために生命を与え、私が永遠に働けぬよう老いを与え、私を安息にするよう死を与える。すなわち、生きることを大切にするということは、死を大切にするということである。生と死は一つということですよね。そうですね。まさにこれ。レベルが違いすぎるんです。参照:スティーブ・ジョブズと禅と荘子。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5010・・・ものすごくレベルの低い話にすると、宮崎の口蹄疫の最大の敵も荘子のいうとおり。人類史上最悪の伝染病は「恐怖」ですわ。 長岡半太郎さんとか、湯川秀樹さんが世界的な物理学者となる前に「荘子」を読んでいるのは、単なる偶然ではないんですよ。マルティン・ハイデガーがパクリまくった(笑)「存在」だってそうなんですよ。参照:湯川秀樹 創造的人間:東洋的思考から理論物理学へhttp://www.youtube.com/watch?v=CqNPmXouwqc当ブログ 長岡半太郎と荘子。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5007当 湯川秀樹と荘子 その1。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5008同 湯川秀樹と荘子 その2。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5009当ブログ ハイデガーと荘子 その1。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5020面白いものでね、今度ジェームス・キャメロンが実写化する、『銃夢』では、『田舎荘子』に登場する「木猫」を、『不思議の国のアリス』のチシャ猫と、シュレーディンガーの猫をパロディにしています。 参照:アバター(AVATAR)と荘子 その4。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5042武道と田舎荘子。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5013F・コッポラが『コッポラの胡蝶の夢』を公開するのにも意味があるわけです。レベルが違うんですよ。老荘の哲学って、最近は日本人のほとんどが読みませんが・・・キサマ等のいる場所は既に---我々が2000年前に通過した場所だッッッ!!!!(烈海王)いや、真剣に越えてますよ。老荘は。今日はこの辺で。
2010.05.09
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そうそう、日本人もようやくまともになってきた!!いいかげん、だれか、B'zのパクリを止めてやれ!!本当に耐えられん。参照:In The Shadowshttp://www.youtube.com/watch?v=cxL0QLvauBU参照:B'z -[PV]B'z - イチブトゼンブhttp://player.video.search.yahoo.co.jp/video/2dc085e610fbe8f66694f1863b6dcf2b?p=%E3%82%A4%E3%83%81%E3%83%96%E3%83%88%E3%82%BC%E3%83%B3%E3%83%96&fr=top_ga1_sa&tt=c&ei=UTF-8&from=srp&rkf=1・・・こんな曲がドラマの主題歌になって、ヒットチャートで1位になる国なんて恥ずかしいわ!!こんなぱっちもん流して金儲けするのは、どうせいつものフジテレビですよ!!「とくダネ」とかで、毎日毎日中国のパクリのニュースやってる笠井さんあたりが、ニュースにしてくれるとありがたいです。フジ・サンケイグループに反省なんてできる人がいるとは思っていないけど・・。参照:B’z盗作検証曲一覧http://www.tadasu.biz/bz/plagiarism/list.htm一つや二つならええわい!!数え切れるか!!笑いが止まるか!!20年間パクリまくった結果、音楽性が一切不明じゃ!!YouTube もう一度キスしたかったhttp://www.youtube.com/watch?v=d0jcq7AkMawYouTube 坂本龍一(Ryuichi Sakamoto) Merry Christmas,Mr Lawrence http://www.youtube.com/watch?v=WZQYg0vjLxEB'zのパクリの幅の広さときたら、そりゃ広大です。あまりにみごとなパクリっぷりにモノが言えませんよ。最近クリスマスに、「単なるパクリ曲」を優先して流すバカ局さえありますから。もんじゃ焼きとゲロの区別もできんとはね。坂本龍一よりB'zを優先って、もう感性以前ですよ。フジテレビさん、日本の尊厳をこれ以上辱めないでください。事務所がデカイからって、もういいかげん甘やかすのはやめましょうよ。AEROSMITHの盗作黙認はただの妄想http://www.tadasu.biz/bz/aerosmith.htmlエアロとか、もう数え上げるとキリがない・・・。B'zのパクリとまで言われる始末だもんねぇ(泣)。素晴らしき日本のロックの殿堂です。国辱だっての!Wikipedia ザ・ラスマス (The Rasmus)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%82%B9Wikipedia B’zhttp://ja.wikipedia.org/wiki/B'z#.E3.83.91.E3.82.AF.E3.83.AA.E5.95.8F.E9.A1.8C「アメリカが日本を捨てる日」講談社 潮匡人著 2000年3月 「アメリカが日本を捨てるとき」 PHP新書 古森義久著 2010年4月参照:Wikipedia 古森義久>古森義久(こもり よしひさ、1941年 - )は、日本のジャーナリスト、産経新聞ワシントン駐在編集特別委員兼論説委員。国際問題評論家。杏林大学客員教授。毎回毎回、同じネタのたらい回し。たまにはやめてください!反省しない人間も反省しない国家もダメになるのは当然です。今日はこの辺で。
2010.05.07
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さて、荘子です。Gyao!で無料視聴可能な『MATRIX』と、荘子の影響について書いています。参照:当ブログ 荘子と進化論 その48。 http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/diary/201005010000/↓↓ではまずは、こちらをご覧下さい。↓↓参照:there is no spoon original english http://www.youtube.com/watch?v=dzm8kTIj_0M&feature=relatedSpoon boy: Do not try and bend the spoon. That's impossible. Instead only try to realize the truth.Neo: What truth?Spoon boy: There is no spoon.Neo: There is no spoon?Spoon boy: Then you'll see that it is not the spoon that bends, it is only yourself.ある少年(少女?)がいとも簡単にスプーンを曲げて、主人公のネオ(Neo)に“手渡し”「スプーンなんてない」「曲がるのはあなた自身」という不思議なことを言っています。「荘子」「禅」からの影響を考えると、元ネタは推測がつきます。臨済宗の公案に使われる『無門関』の、「非風非幡(ひふうひばん)」と「拈華微笑(ねんげみしょう)」です。「六祖、因風揚刹幡。有二僧、對論。一云、幡動。一云、風動。往復曾未契理。祖云、不是風動、不是幡動、仁者心動。二僧悚然。」→六祖慧能の話。風が、門前の旗をなびかせていた。二人の僧がいて、議論をしている。一人は「あれは旗が動くのだ。」といい、一人は、「あれは風が動かしているのだ。」という。双方譲らず、結論をみない。そこでが六祖慧能が言った。「これは風が動かしてるのではない。旗が動いているのではない。おまえたちの心が動いているのだ。」二人の僧は慄然とした。・・・「非風非幡(ひふうひばん)」ってのは、「唯識」とか「渾然として一」とか「絶対矛盾的自己同一」とか「色即是空、空即是色」とか・・・いや、凄い話です。「世尊昔在靈山會上、拈花示衆。是時衆皆黙然、惟迦葉尊者破顔微笑。世尊云、吾有正法眼藏、涅槃妙心、實相無相、微妙法門、不立文字、教外別傳、付囑摩訶迦葉。」→その昔、お釈迦様が、霊鷲山(りょうしゅうざん)という山で説法をなさっていたときのこと。お釈迦様はおもむろに一本の花を手にとって、それをねじり、無言のまま弟子たちに示した。わけの分からない弟子たちは黙ったままだったが、たった一人、迦葉尊者が、にっこりと微笑んだ。お釈迦様はおっしゃった。「わたしは、正法眼藏、涅槃妙心、實相無相、微妙法門、不立文字、教外別傳、これらのすべてをこの摩訶迦葉に託すこととします。」「拈華微笑(ねんげみしょう)」は、以心伝心のことで、『マトリックス』でもその後の「オラクル(Oracle)」が以心伝心をつかってますね。「言う者は知らず、知る者は語らず」です。ちなみに、『ホワイトアルバム』の「glass onion」での“Looking through the bent backed tulips. To see how the other half live. Looking through a glass onion.”の“bent backed tulips”は「拈華微笑(ねんげみしょう)」のことだと思われます。参照:当ブログ “Glass Onion”と荘子。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5035「或之使、莫之為、疑之所假。吾觀之本、其往無窮。吾求之末、其來無止。無窮、無止、言之無也、與物同理、或使、莫為、言之本也、與物終始。道不可有、有不可無。道之為名、所假而行。或使莫為、在物一曲、夫胡為於大方?言而足、則終日言而盡道。言而不足、則終日言而盡物。道、物之極、言、默不足以載。非言非默。議其有極。」(『荘子』 第二十五)→有為であるという説も、無為であるという説も、ただ「そうかもしれない」という推測の域を出ない。言葉によって根本を突詰めても極まるところがなく、末節に拘っても留まるところがない。無限の止めなき世界は言葉で言い表すことはできず、ただ物の理と一になるしかない。有為であるとする説と、無為であるという説は、議論のきっかけにはなるが、結局のところ、物にとらわれたままで、終始するだけだろう。「道(tao)」とは、有るということもできず、無いということもできない。「道」という名前すら仮のものに過ぎない。有為の説も、無為の説も、物の一部分について語っているのであって、天の大いなる働きには、何の関係もない。もし言葉が真実を説明するのに十分な道具あったとしたら、一日中話し続けてその全てが道について表現できるということになるが、言葉が不十分な道具であるとすると、一日中話し続けても、全て物を語っているにすぎない。道というのは物の究極であり、言葉と沈黙のみでは把握することはできない。言葉と沈黙にもよらずして、その極まりあるところを議論せよ。」次、モーフィアス(Morpheus)がネオを訓練するシーン。参照:Matrix: The Jump Program http://www.youtube.com/watch?v=oXv3SSijPFcMorpheus: I'm trying to free your mind, Neo, but I can only show you the door, you're the one that has to walk through it. Tank, load the jump program.... Morpheus:You have to let it all go, Neo, fear, doubt, and disbelief. Free your mind.Neo: Whoa. Okie dokie. Free my mind.Neo: All right, no problem. Free my mind. Free my mind. All right.Mouse: Wha...what does that mean?Switch: It doesn't mean anything.Cypher: Everybody falls the first time. Right, Trin?これは、マスター・ヨーダの“You must unlearn what you have learned.”(今まで学んできたこと、その思い込みを捨てるのじゃ。)と同じものですね。雑念を払い、固定概念を飛び越えて、事をなす。モーフィアスとヨーダ、ネオとルークの関係は見事に一致しています。参照:YouTube Yoda Wisdomhttp://www.youtube.com/watch?v=PcjnbIF1yAA参照:ヨーダ(Yoda)と老荘(Taoism)。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5025ヨーダ(Yoda)と荘子(Zhuangzi)。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5026Bruce lee:"Don't think.Feel. It is like a finger pointing away to the moon."(頭で考えるな、身体で感じるんだ。それは月を指さすようなものだ。)参照:Youtube Finger Pointing to the Moon - Bruce Leehttp://www.youtube.com/watch?v=sDW6vkuqGLgYouTube 水になるんですhttp://www.youtube.com/watch?v=aTFd4GDKr5I・・・原典が同じだから、同じようなことになるわけです。「あなたは勝つ方法ばかり知りたがって負け方を学ぼうとしません。しかし、負け方を知り、死に方を知ったとき、初めて恐いものがなくなる。だからあなたは明日になったら勝とうなどという野心を捨てて、どうして死ぬかを考えるのです。」(李小龍)参照:柔 美空ひばりhttp://www.youtube.com/watch?v=lKpfrv7cQb0原典が同じだから、同じことになるのです。井の中の蛙ではいかんぜよ。参照:荘子、古今東西。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5038今日はこの辺で。
2010.05.03
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荘子でおま。今、Gyaoで、無料でマトリックスが視聴できるようです。『マトリックス』の場合、前半は特に荘子からの引用が多いです。後半が禅と日本のアニメですね。参照:Wikipedia マトリックス (映画)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9_(%E6%98%A0%E7%94%BB)『昔者荘周夢為胡蝶、栩栩然胡蝶也、自喩適志與。不知周也。俄然覚、則遽遽然周也。不知周之夢為胡蝶與、胡蝶之夢為周與。周與胡蝶、則必有分矣。此之謂物化。』(『荘子』 斉物論 第二)→昔、荘周という人が、蝶になる夢をみた。ひらひらゆらゆらと、彼は、夢の中では当たり前のように蝶になっていた。自分が荘周という人間だなんてすっかり忘れていた。ふと目覚めると、彼は蝶の夢から現実の人間・荘周に戻っていた。まどろみの中で、自分は夢で、蝶になったのか?実は、蝶の夢が自分の現実ではないのか?そんな考えがゆらゆらとしている。『有機械者必有機事、有機事者必有機心。機心存於胸中、則純白不備、純白不備、則神生不定。神生不定者、道之所不載也。』吾非不知、羞而不為也。」子貢瞞然慚、俯而不對。』(『荘子』天地 第十二)→私は先生に言われたことがある。『機械がある者には、機械のための仕事ができてしまう。機械のための仕事ができると、機械の働きに捕らわれる心ができてしまう。機械の働きに捕らわれる心ができると、純白の心が失われ、純白の心が失われると、心は安らぎを失ってしまう。心が安定しなくなると、人の道を踏み外してしまう。』私は機械の便利さを知らないのではない。機械に頼って生きようとすることが恥ずかしくて、そうしないだけだ。」子貢は、自らのおせっかいを恥じて、返す言葉を失った。「且吾嘗試問乎女。民湿寝則腰疾偏死、鰌然乎哉? 木處則惴慄恂懼、猿猴然乎哉? 三者孰知正處? 民食芻拳、麋鹿食薦,且甘帯、鴟鴉耆鼠、四者孰知正味? 猿狙以為雌、麋與鹿交、鰌與魚游。毛凛麗姫、人之所美也。魚見之深入、鳥見之高飛、麋鹿見之決驟、四者孰知天下之正色哉? 自我觀之、仁義之端、是非之塗、樊然亂、吾惡能知其辯。」→試みとしてあなたに聞いてみる。 人間は、じめじめとしたところで寝起きすると、腰の病気や中気にかかってしまうが、ドジョウはそんなことにはならない。人間は高い木の上にいると、びくびくと震え上がってしまうが、サルはそうはならない。ヒト、ドジョウ、サルのうち、己の居場所を知っている者はだれだろう? また人間は、家畜を食べ、シカは野草を食べ、ムカデはヘビを美味いとするし、トビやカラスは鼠に舌鼓を打つが、ヒト、シカ、ムカデ、カラスのうち、本当の美味を知っている者はだれだろう?「夢飲酒者、旦而哭泣。夢哭泣者、旦而田獵。方其夢也、不知其夢也。夢之中又占其夢焉、覺而後知其夢也。且有大覺而後知此其大夢也、而愚者自以為覺、竊竊然知之。君乎、牧乎、固哉。丘也與女、皆夢也、予謂女夢、亦夢也。」(『荘子』斉物論 第二)→夢の中で酒を飲んでいた者が、目覚めてから「あれは夢だったのか」と泣いた。夢の中で泣いていた者が、夢のことを忘れてさっさと狩りに行ってしまった。夢の中ではそれが夢であることはわからず、夢の中で夢占いをする人すらある。目が覚めてから、ああ、あれは夢だったのかと気付くものだ。大いなる目覚めがあってこそ、大いなる夢の存在に気付く。愚か者は自ら目覚めたとは大はしゃぎして、あの人は立派だ、あの人はつまらないなどとまくし立てているが、孔子だって、あなただって、皆、夢の中にいるのだ。そういう私ですら、また、夢の中にいるのだがね。・・・・『マトリックス』も『アバター』とおなじ、夢と現実についてのお話です。参照:当ブログ アバター(AVATAR)と荘子 その1。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5039人間と機械の関係については、それこそ『モダンタイムス』と同じテーマです。古いようで新しい、普遍的な事柄ですから。 参照:当ブログ チャップリンと荘子。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5017『マトリックス』の場合、荘子から派生しているものからも拾い上げてきているので、そっちの方が面白いと個人的には思っています。参照:当ブログ 「火の鳥 復活編」と荘子。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5019当ブログ 荘子の道と、仏性、良知。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5027先ほど見てみると「跳躍プログラム」のシーンでビルから飛び移るときのシーンは、『スター・ウォーズ』でのマスターヨーダの:"No! Try not. Do. Or do not. There is no try."のまんまですね。無心でいることを説明しているんですね。参照:ヨーダ(Yoda)と老荘(Taoism)。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5025ヨーダ(Yoda)と荘子(Zhuangzi)。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5026マトリックスで引用された部分については、いずれ足していく予定です。↓↓↓ ま、そんなこんなでGyaoへGo! ↓↓↓http://gyao.yahoo.co.jp/player/00597/v09245/v0924500000000537081/?list_id=68308今日はこの辺で。
2010.05.01
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