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今日も暇ナシ。おまけです。当ブログ 荘子と進化論 その53。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/diary/201006190000/西洋人が荘子を読む場合に、荘子→禅ルートでの読み方が圧倒的に多いんです。これ、大事。「二千年以上のあいだ――儒家の教えに対する皇帝の公認と、のちの毛沢東による野蛮な敵視にもかかわらず――道家思想は、中国人の生活のさまざまな面、特に道家の風景画と詩に示された自然との親しい関係を強固に形づくった。これに劣らず重要なのは、中国と日本における宗教の発展に与えた影響であり、道家思想の真の後継者は「神秘的」道教ではなく、チャン――あるいは日本では禅――仏教として知られている、あの道家思想と仏教思想の興味深い融合である。芭蕉の俳句は、本書の別の章でも論じられているが、仏教の負うところが大きいと同様に荘子にも負うところが大きい。哲学的な道家思想は、とりわけ自然に対する人間の関係についての見方ゆえに、20世紀全体を通して、多くの西洋の思想家を魅きつけた。その見方は、多くの西洋人の目には、かれら自身の社会の見方とは好ましい対極をなしていると映るのである。マルティン・ハイデガーは技術にたいする二十世紀の最も透徹した批判家だといえるが、彼はかつて「道徳経」の翻訳に取りかかったことがあり、そして道家がハイデガーの思想に及ぼした影響は、彼が折に触れて認めている以上に大きい。最近の数十年間、多くの環境倫理学者が熱狂的に道家思想を唱えてきた。しかし、荘の「環境倫理」について語るのは人を誤らせることだ。彼が、たとえば動物の「権利」だとか、自然に対する人間の「責務」だとかについて語ることに何の共感も持たなかっただろうということは確かである。彼の見方では、そのように語ること――道徳性、正義、正直、善行について語ること――は「人が道を見失って」しまい、そして、それゆえ、もはや「道に一体化して」いないということの確かな徴なのである(22.1)自然に「事物のあるがままにまかせる」人は、道徳原理を必要をしていないのである。」(「環境の思想家たち 上」 「荘子」より)アバター(AVATAR)と荘子 その1。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5039・・ちょっと拾ったんですが、YouTubeのこの↓投稿された方はタオイストですね。自覚があるかどうかは別として。選択している感覚が荘子の教えと見事にシンクロしています。向かい合う感覚1.5 http://www.youtube.com/watch?v=2wWp9RJ2F4A&feature=related向かい合う感覚 http://www.youtube.com/watch?v=P2whUQVTeDI&feature=related・・宮崎駿の言葉は、さすが、としかいいようがないです。このレベルまで感じ取って言葉に出来る人っていうと、あとは養老さんとかくらいかな。北野武も毛色は違えどあの辺です。荘子の処世と、価値のない木。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5028筑紫さんも、この感覚をお持ちでした。Beatles - Strawberry Fields Forever http://www.youtube.com/watch?v=8A4r2RU1u3g“No one I think is in my tree. I mean it must be high or low. That is you can't you know tune in but it's all right. That is I think it's not too bad”甲野善紀さんは、現役の荘子読みですから、ま、当然です。一定の境地に達している方の言葉が違うし、そういう人は結果が後からついてくる。ほころび | 甲野善紀http://www.re-s.jp/note/kono/20091027.htmlそういえば、この人も、あるんですよね。泉谷しげるオフィシャルブログ 兎猫豚(うびょうとん)のみらい日記 ...http://ameblo.jp/shigeru-izumiya/今日はこの辺で。
2010.06.27
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忙しい上に、我が家の愛機ゲイ・ボルグ号の調子が悪くて(掃除機なみの音がする)あんまりネットに繋げそうにありません。大幅に改造する予定なので、今後はちょぼちょぼ更新します。ま、今回も、荘子です。 『MATRIX』と、荘子なんですが・・・『マトリックス』の冒頭で「白いウサギ」が登場します。The Matrix - Follow the White Rabbit. . . http://www.youtube.com/watch?v=Smwrw4sNCxE“Follow the white rabbit.”"You ever have that feeling where you are not sure if you're awake or still dreaming?"→『起きてるのかまだ夢をみてるのかはっきりしない感覚って味わったことないか?』 あれの元が「不思議の国のアリス」だってのは、すぐに分かると思うんですが「荘子」と「アリス」の相性の良さってのが面白いかなということで“I Am the Walrus”と荘子 その2です。参照:“Glass Onion” と荘子。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5035“I Am the Walrus”と荘子。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5037ビートルズの“Let it be"というのが、東洋思想である、というのは日本人にはすぐにわかると思うんです。彼らが東洋思想に興味を持っていたのを知っている人は多いんですが、ほとんどのビートルズ本で紹介されているのは、インドどまりなんですよ。しかし、特にジョン・レノンの場合には、日本人になじみの深い、荘子と禅からの引用が非常に多いんです。それは、ユングであったり、鈴木大拙さんであったり、もちろん、オノ・ヨーコの影響でもあるのでしょうが、ジョンの詩は荘子を読むとはっきりと分かるんです。てなわけで『マジカル・ミステリー・ツアー』の中のセイウチ(walrus)です。「百年は楽しめる」とジョンが言っていた、このセイウチのなぞなぞの鍵が「アリス」です参照:Carroll, Lewis .Through the Looking-Glass and What Alice Found There http://etext.virginia.edu/toc/modeng/public/CarGlas.html“Walrus"というのが、『鏡の国のアリス』のセイウチと大工であるというのは、ファンの間では知られています。しかし、そこまでで終わっていて、だれもその先を解いていない。しかし、荘子を通すと続きがちゃんと見えるんです。世界中で誰も解いていないものが解けたんですよ。参照:YouTubeAlice in Wonderland - The Walrus and the Carpenter http://www.youtube.com/watch?v=TvOThKOJdasキーワードは『鏡の国のアリス』の最終章のタイトル“Which Dreamed It? ”・・すなわちここで胡蝶の夢に飛ぶんです。(莊周夢蝶"The butterfly dream")。『荘子』という書物には、“walus"も“carpenter"も登場します。“glass onion”のヒントとして登場しているのは、車輪を作る輪扁という職人だろうと思われます。聖人の書物は「古人の糟粕」であると言い放った人です。『荘子』の「天道 第十三」にあります。そして、もう一方の“walrus"・・・紀元前の中国人が「セイウチ」という生物を知っていたわけではありません。しかし『荘子』という書物には“walrus"が出てくるんですよ。The walrus {69} envies the centipede; the centipede envies the snake; the snake envies the wind; the wind envies the eye; and the eye envies the mind. The walrus said to the centipede, "I hop about on one leg but not very successfully. How do you manage all those legs you have?"以上 Chuang Tzu Lin Yutang, Translator より引用http://www.personaltao.com/tao/chuang_tzu.htmこれは、『荘子』の「秋水 第十七」の英訳です。『キ憐玄、玄憐蛇、蛇憐風、風憐目、目憐心。キ謂玄曰「吾以一足而行、予無如矣。今子之使萬足、獨奈何」』『荘子』(秋水 第十七)→キという化け物はムカデを羨み、ムカデはヘビを羨み、ヘビは風を羨み、目は心を羨むものである。キという化け物はムカデに言った。「私は一本足でぴょんぴょん歩くことしかないけれど、ムカデさんはそんなに足がいっぱいあって羨ましいな。さぞ便利なんでしょうね。」・・日本の童話「ねずみの嫁入り」の元ネタだと思われるこの寓話に登場する、一本足の妖怪「キ(中国語読みはkui)」を、英訳するに際して“walrus"としたんです。漢字ではこう書くんですが、この「キ(kui)」=セイウチ(walrus)なんですよ。あんまり似てはいないんですが、セイウチって一本足でしょ?正確な答えはもう一度“Follow the white rabbit.”の方がよろしいかと思われます。ジョン・レノンが「僕はセイウチ」という意味がちゃんと見えてきます。いや、面倒くさい人は、こちらで↓↓どうぞ。参照:Kui (Chinese mythology)http://en.wikipedia.org/wiki/Kui_(Chinese_mythology)で、もう一つ。この「ウォラス」を生まれて初めて聴いたのは中学のころだったと思うんですが、鮮烈だったのがこの曲のストリングスです。なんだか得体の知れない感動を覚えたんです。今考えてみると何のことはない。この曲のストリングスって東洋音階なんですよ。しかも、インドじゃなくて中国の。分かりやすい例でいうと「蛍の光」ってスコットランドの民謡ですよね?「遠き山に日は落ちて」はドボルザークの「新世界より」ですよね?でも、日本人には日本の曲のようにしか聴こえない。これは、構造が東洋音階と同じだからです。無性に懐かしさを感じてしまうことになるんです。はっきりと感じるのは琉球の音楽だと思われます。参照:てぃんさぐぬ花 http://www.youtube.com/watch?v=TBhJ4Ir6Q2A&feature=relatedヤマトのものだと「ヨナ抜き」ってヤツです。ドレミファソラシドのうち、ファとシがない。この5音階の曲については、日本人は無意識のうちに反応するんです。これを意図的に使われると文句が言えないんですよ。たとえば久石譲の「菊次郎の夏」とか、日本で一番上手く使っているのはやはり教授の「戦場のメリークリスマス」だと思われますが・・・参照:Sakamoto Ryuichi - Merry Christmas Mr. Lawrence (Live) http://www.youtube.com/watch?v=YwkuS9FlB7M&feature=related前半が東洋音階で、その後に西洋音階を使っています。で、教授のこれ↓↓を聴いて、http://www.youtube.com/watch?v=1r2a0WsBjSc&feature=related荘子の、「?且彼方??泉而登大皇,無南無北,?然四解,淪於不測;無東無西,始於玄冥,反於大通。子乃規規然而求之以察,索之以辯,是直用管窺天,用錐指地也,不亦小乎。」(『荘子』秋水 第十七)→荘子はすでに地泉を踏み越えて大空までも目指している。南でもなく北でもなく爽やかに世界と溶け込み、東でもなく、西でもない、真っ暗な世界の始まりから、大いなる自然の営みと共にあるのだ。ところがあなたは、ちまちまとした分析で彼を推し量ろうとし、つまらない理屈で彼を追いかけている。その様は、小さな穴から空を覗いたり、錐を刺し込んで地の深さを測るようなものだ。なんとちっぽけな了見だろう。「小さな穴から空を覗いたり、錐を刺し込んで地の深さを測るようなものだ。なんとちっぽけな了見だろう。」これを読んで、↓↓これをお聴きください↓↓The Beatles I am the Walrushttp://www.youtube.com/watch?v=0yNcE8c3j2Mジョンが荘子を愛したのが分かるんです。ま、まだこの頃は、“But if you go carrying pictures of chairman Mao You ain't going to make it with anyone anyhow.”ですからね。The Beatles - Revolution (Live)http://www.youtube.com/watch?v=Imb4tYOk8GE霸王別姫 17 http://www.youtube.com/watch?v=kugiehmAoaE&feature=related 彼は、行きたかったんですよ。John Lennon - Meat Cityhttp://www.youtube.com/watch?v=1yXSU7nkvzE“Well I'm gonna China to see for myself Well I'm gonna China to see for myself Gonna China gonna ... Just got to give me some rock 'n roll ”蝶よ蝶よ唐土の俳諧問はん 芭蕉今日はこの辺で。
2010.06.19
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まったく暇ナシ。セイウチは、日曜日までには・・。使うのは・・、久石譲-Summer (菊次郎の夏)http://www.youtube.com/watch?v=sHhtFOVSC0k戸川純 蘇州夜曲http://www.youtube.com/watch?v=UKq2fdHlel4この辺です。それまでは、気長にお待ちください。YouTube まちぼうけ matibouke 宮下晴子http://www.youtube.com/watch?v=swJI_gZ9jzE今日はこの辺で。
2010.06.15
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眠いにもほどがある。いろいろ書きたいけども暇はございません。みやこんじょはどげなっと?下調べをしていたところ、Youtubeにこんなコメントが。Alice in Wonderland - The Walrus and the Carpenter http://www.youtube.com/watch?v=TvOThKOJdasisellsoap1 4 日前 I met a walrus and a man who? really helped me understand that life is just a dream. というわけで、もう一度セイウチのネタを。なんとか週末には・・・。今日はこの辺で。
2010.06.09
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何度も申し上げますが、私のスタンスは一切変わりません。----(以下引用)------------------------------●年中行事の「内閣改造論」 私には不思議でならない。なんで日本人はそんなに政府の命を短命視したがるのかと。 アメリカでは大統領の任期は4年、2期つとめて八年だ。クリントンさんの場合もそうだった。フランス大統領の任期はかつて7年だったが、いま5年になった。シラクさんの場合2期やれば10年になる。イギリスのサッチャーさんは、わが国同様議員内閣制で国会解散による総選挙があったにかかわらず、11年と6ヶ月をつとめあげ、歴史に残るイギリス再生の大改革を実行した。 日本では1年たったら、やれ内閣はもう変り目ではないか、内閣にも影がさしたなどと、やたらマイナス面をあらさがししては、あふり立てる。まったく気の短いお国柄だ。12年間に10回も内閣が変るというていたらく、よその国では考えられない短命内閣が続いてきたことに原因があるのだろう。 そのせいか、内閣の寿命は1年たったら変わり目だと言わんばかりに足を引っ張る。本当に奇妙きてれつなお国柄だと思う。 国民もまたそうしたマスコミの論調に流されて、1年で変わっても驚く気配もない。あたかも一幕ものの寸劇を見るかのように、政治の舞台の駒のような空回りを楽しんでいるかのようだ。 政治家は政治家で、与党も野党も1年たつかたたないうちに内閣の足を引っ張る。特に与党の内閣つぶしは隠微(いんび)である。早く足を引っ張っておかないとつぎの出番がない。そのためにはいまの内閣の寿命が短いほどよい。つまり派閥エゴの論理である。 いまの経済が並大抵のものでなく、80年以降の10年間の2,000兆円に達する資産インフレが、その後90年からの10年間でもとの木阿弥(もくあみ)に消し飛んだ。そもそも世界にいまだかつて例のない膨張とそして収縮。その巨大な傷跡が一朝一夕にかたづくような話ではない。いかなる経済閣僚といえども、この重傷患者を一ぺんに治癒するような妙手はないと知るべきであろう。にもかかわらず、あげて現経済諸閣僚のせいにすることは、問題の本質を知らない門外漢の意見である。しかしそれなら、90年以降の内閣と経済閣僚は一体何をやってきたというのか。そこらの責任こそ問われるべきであろう。 政権争いに明け暮れず、同じ与党が一丸となって戦うしか解決の手法はない。小手先の改造をしてみたところで、そう簡単に解答が得られるものでもない。 現在のような古今未曾有の経済危機は、ひとりの経済閣僚というよりは内閣一体の責任によってしか乗り切れない。にもかかわらず、今様(いまよう)の日本人は、1年程度の短命内閣が常識とでも思っているらしい。1年やそこらで、サッチャーさんが12年かかったような大改革は世界のどこの内閣でもできっこはない。そんな短命内閣は、ほころびをちょっと直す程度が精一杯だろう。 内閣がやらねばならないことは、貯蓄360兆円の郵政事業の民間シフト、借金300兆円の道路公団をはじめ特殊法人の改革による国民負担の軽減、それだけでも気の遠くなる。思っても見よ、かつての国鉄赤字30兆円の改革に大騒ぎをしながら、10年近くかかっているではないか。 政治はお茶の間のテレビで見るようなドラマではない。たった一年寿命の内閣で一体何ができるというのか。まして内閣が変れば20人近い閣僚が変わる。10回内閣が変わると都合200人の大臣が生まれる勘定だ。 そんなインスタント大臣に、世紀の仕事などできるわけがない。 もっとわれわれは、気長に改革の帰趨を見極める度量が欲しい。あまりにも目先のみを追い、長いスパンの視野に欠ける今日の状況は、むしろ日本的異常さというほかはない。 当面する改革は、行財政制度、経済システム、教育、社会保障など社会構造のすべてにわたる硬直化、老朽化に勇敢にメスを当て、切開手術をしなければならない、そんな壮大な試練なのである。それは社会万般にわだかまる閉塞感を取り除き、世紀の挑戦のための新しい土台の再構築なのである。 今後50年間に働く人が四割近く減るという危機的状況を見ても、いま何かをしなければこの国は小さな袋小路に落ち込むは必定だ。 もしこの挑戦に失敗すれば、日本の未来は暗雲に閉じこめられてしまう。そう考えると、政治に対する国民のあきらめにも似た短絡思考はいただけない。次の首相は誰かと内閣改造に血道をあげる世論の妄動ぶりを見るにつけ思うことである。 (平成14年9月27日) ---------------------------(引用終わり)-----------(大原一三ホームページはすでに削除されたようです)参照:当ブログ いずれ失われる何年か。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/diary/200810310000/当ブログ 虚構と影の争い。 http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/diary/200908280000/ちなみに、我が郷土は、上杉鷹山の兄、秋月種茂という人が江戸時代に「児童手当」を行った場所でもあります。おそらく世界初。奇しくも今、口蹄疫で悩まされている地域です。参照:明倫堂と秋月種茂。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/diary/200705170000/キチガ○が「ルーピー!」と叫び続けているおかげで「自虐的だ!」と叫ばなくなったことくらいしか、変化はありませんね。自主憲法とか叫びながらアメ公べったりな主張もうんざりです。『三人行而一人惑、所適者猶可致也、惑者少也。二人惑則労而不至、惑者勝也。而今也以天下惑、予雖有祈郷、不可得也。不亦悲乎!』(『荘子』 天地 第十二)→三人で出かけたとして、そのうちの一人が迷っても、目的地にはちゃんと着く。惑う者が少ないからだ。しかし三人のうち二人が惑うと苦労ばかりで目的地には辿り着けない。惑う者の方が多いからだ。今の世の中では全ての人が惑っている。目指す目的があっても達することが出来ない。情けないことだ。・・・荘子を書く暇はいつできるのだろう・・・。今日はこの辺で。
2010.06.02
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