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さて、予告を見た限りでは、今公開中の「インセプション(Inception)」も、おそらくはそうであろうという、荘子であります。 『マトリックス(Matrix)』や『アバター(AVATAR)』もそうですが、老荘思想や禅の思想が、ハリウッド映画で手を変え品を変えて出ている状況を楽しんでおります。おそらく、「インセプション」はユングと荘子のミックス?ま、感想は観てから。参照:荘子と進化論 その46。 http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/diary/201004130000/荘子と進化論 その50。 http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/diary/201005090000/アバター(AVATAR)と荘子 その4。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5042そういや、『エアベンダー』にネコバスが出たらしいですね。参照:あれ?『トトロ』のネコバス実写版?公開中『エアベンダー』に不思議キャラが登場!打倒アリエッティ!? シネマトゥデイhttp://www.cinematoday.jp/page/N0025705で、宮崎駿が言っていますが、参照:向かい合う感覚1.5http://www.youtube.com/watch?v=2wWp9RJ2F4A&feature=related>日本人が普段忘れていたとしても心の中に持っている感覚なんです。>日本人は東アジアの中で傑出して強く持っている感覚なんだと思います。>自分たちが自然の問題や将来のことを考えるときに、自分たちが無意識の中に先祖から受け継いでいる考え方を土台にしないと、どこかから考え方を輸入しただけでは済まない部分に必ずぶつかるんです。荘子の場合の「無為自然」というものは、単なる環境思想に止まらないものでして、感覚的にはキョキョウ篇のものが日本人的かなと。『子獨不知至徳之世乎?昔者容成氏、大庭氏、伯皇氏、中央氏、栗陸氏、驪畜氏、軒轅氏、赫胥氏、尊盧氏、祝融氏、伏羲氏、神農氏,當是時也,民結繩而用之,甘其食,美其服,樂其俗,安其居,鄰國相望,?狗之音相聞,民至老死而不相往來。若此之時,則至治已。今遂至使民延頸舉踵曰“某所有賢者”,贏糧而趣之,則?棄其親而外去其主之事,足跡接乎諸侯之境,車軌結乎千里之外,則是上好知之過也。上誠好知而無道,則天下大亂矣。何以知其然邪?夫弓、弩、畢、弋、機變之知多,則鳥亂於上矣;鉤餌、罔、罟??之知多,則魚亂於水矣;削格、羅落、?罘之知多,則獸亂於澤矣;知詐漸毒、頡滑堅白、解垢同異之變多,則俗惑於辯矣。故天下??大亂,罪在於好知。故天下皆知求其所不知而莫知求其所已知者,皆知非其所不善而莫知非其所已善者,是以大亂。故上悖日月之明,下爍山川之精,中墮四時之施,惴?之蟲,肖翹之物,莫不失其性。甚矣夫好知之亂天下也。自三代以下者是已。舍夫種種之民而悦夫役役之佞,釋夫恬淡無為而悦夫??之意,??已亂天下矣。』(『荘子』キョキョウ 第十)→あなたは至徳の世について知っているだろうか?(中略)その当時は、民は文字の代わりに縄の結び目を使い、自分の手で作った食べ物を美味いと思い、自分の手で織った着物を立派だと思い、その土地の娯楽を楽しいものと思い、粗末であっても自分たちの住まいで十分だった。隣の国とは鶏や犬の聞こえるほど近かったが、人々は老いて死ぬまで往来をしなかった。このような時代にこそ、人々はのんびりとくらしていた。ところが今では、つま先で立ってせかせかと歩き回り、遠くに賢人がいると聞くと、教えを請いに遠くまで出かけていく。故郷の親を捨て、恩義のあった人たちも捨て、国をも越えて千里の外へ車で走り回るようになった。これは上の者が知を好んだための過ちである。上の者が、さかしらな知を好んで道を忘れてしまえば世の中は大いに乱れてしまう。どうしてそうなってしまうのか?そもそも人が弓、弩、鳥網、弋(いぐるみ)などの道具を使う知恵を身に付けると、それから逃れようと鳥は空で乱れ、釣針、えさ、網、四手網、梁(やな)のような道具を人が使いだすと、それから逃れようと魚は水で乱れることになる。人が檻、罠、ウサギ網などの道具を使いだすと、獣は沢で乱れることになる。 人の世とて同じ事で、さかしらな知恵を偽り、誹謗とねたみ、迂遠で姑息な言い回し、詭弁やでまかせなどの議論が横行すると、俗人たちはそれにとらわれて惑わされることになる。この罪は上の者が、そもそも知を好んだことによる。 人はみな、知らないことを知りたがるものだが、すでに知ったと思うことを思い返したりはしない。自分がよくないと思うことは批判できるが、自分が一度よいと思ったことを反省することはできない。天下の乱れはそこが原因なのだ。天は日月の輝きを隠し、大地では山河の精気が萎み、四季の気象が迷い、地を這う虫も、空を飛ぶ鳥も万物すべてが本性を失う。人がさかしらな知を好み始めたのがすべての元凶なのだ。 夏、殷、周の時代からの歴史はその連続だ。純朴な民衆を捨て、軽薄な人間を好み、私利私欲のために無為自然を忘れ、自分が知恵者だと一人ご満悦だ。ああ、すべて知こそが世の乱れの始まりなのだ。・・こういう視点は、聖書で言うところのアダムとイブの「知恵の実」の話であったり、北欧神話のオーディンが知恵の代償として片目を与えた話にも通じるものですけど、環境思想家としての荘子の文明批判というのは、ものすごく根源的なところからくるんです。紀元前でこれを感じ取って、文字にしているんです。人間の知的活動から生じる「人為」そのものへの批判なんです。・・・本当に、もともとは感覚的なもののはずです。>私が実習に行った農場は、山手線が全部納まるような日本では稀な大規模農場であったが、私はその中で鶏の雛の生産現場に配属された。そして、そこでは卵から孵ったばかりの雛のうち雌雄鑑別を終わった雄が、特大のポリバケツに投げ入れられ、一杯になると足で踏みつけて、さらに詰め込まれ、その農場の中に掘られた巨大な地下の雄雛捨場に、煙突のように立っている投げ入れ口から捨てられていたのである。足で踏まれた時の雛の悲鳴と2、3日してその雄雛捨場の横を通った時、そこから聞こえてきた、か弱い雛の鳴き声は今でも耳の底に残っている。>この体験を通して私は、生まれてからそれまでの間に感じた事のない、何とも言いようのない怒りというか恥ずかしさというか、人間の身勝手さ、業の深さに、私はこの先も畜産という世界に身を置くことに絶望的なものを感じたのである。そして、その直後、当時としてはまだ珍しかった玄米自然食の世界を週刊誌の記事で知り、一気にその世界にのめり込んでいった。参照:ほころび | 甲野善紀http://www.re-s.jp/note/kono/20091027.html『荘子』を愛読されている甲野善紀さんが感じている感覚にもはっきりと見えるものです。今の単なる流行に過ぎないエコロジーとは別次元のものです。こういうのを、思想的に展開しえたのは手塚治虫と宮崎駿くらいでしょうが、感覚だけでやっているのは、楳図かずおくらいのものなんじゃないかと思います。「14歳」にある人間の自然に対する意識の率直な表現は、誰かに教わって出来る次元を超えてますもん。やっぱり天才ですよ。「マトリックス」を何回観ても「わたしは真悟」には及ばないですし(笑)。自分にウソがない人の表現というのは、自然にこの辺りにいきついてしまうものではないんでしょうかね。参照:【楳図かずお自作を語る】14歳http://www.youtube.com/watch?v=M20TwWQ9uBQ我が郷土の口蹄疫も、結局こういう感情の行き着く先にあるのだろうと。またまとまらないまま、今日はこの辺で。
2010.07.25
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--------(引用はじめ)-----------------------男子ゴルフ:石川、「必要なのは体力と精神力」 全英OP 【セントアンドルーズ(英国)和田崇】15日に開幕する男子ゴルフの全英オープン選手権に臨む18歳の石川遼が、新たな課題克服を目指している。5月の全米オープン選手権では予選を2位で通過しながら、最終日に崩れて33位に終わった反省を受けて、「今の自分に必要なのは体力と精神力。それを克服するには、メジャーでの優勝争いという経験こそが最高のトレーニングになる」と上位進出を狙う。 全米オープン最終日を「脈は速まるし、呼吸も浅くなり、走りながらゴルフをしているようだった」と振り返った石川。「いいプレーをしたいと思う自分に違和感があり、自分でストップをかけてしまった」という。今回、目標に掲げるのは「4日間を通して安定したプレーをすること」。メジャーで得た課題を、メジャーで克服してこそ「生きたトレーニングになる」と話す。-------------------------(引用おわり)------->脈は速まるし、呼吸も浅くなり、走りながらゴルフをしているようだった。>いいプレーをしたいと思う自分に違和感があり、自分でストップをかけてしまった。「古之真人、其寝不夢、其覚無憂、其食不甘、其息深深。真人之息以踵,衆人之息以喉。屈服者、其隘言若哇。其嗜欲深者、其天機浅。」(『荘子』 大宗師 第六)→真人は寝ても夢を見ることなく、目覚めていても憂いはなく、ものを食べても味を感じず、呼吸は深々としていた。かつての真人はかかとでゆったりと呼吸していたが、今の世俗の人間は浅はかな議論にうつつをぬかして、あえぐようにのどで呼吸している。欲深き者の天機は浅いものだ。・・・石川遼は、偉いなぁ。彼のプレー中の言葉というのは、荘子の明鏡止水の境地に非常に近いので、嬉しくなりますね。残念ながら、彼は日本人ではなくアメリカ人に精神的な技法を学んでいると思うんですが、自称保守が、耶蘇キチガ○と一緒に曲解しまくった「トンデモ武士道」だの「誇り」だのを叫んでいる間に、かつての日本のこころは、海外に目を向けている人に感じてしまいます。参照:荘子と進化論 その51。 http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/diary/201005170000/てなことで、荘子です。Dr. Parentという方の書いた「Zen Golf」という本は、日本で言うところの「剣禅一味」の応用編のようなつくりになっていまして、西洋人の禅の理解の深さについて、非常に興味深いものです。安倍晋三の2億倍くらい東洋の文化を理解している本です。剣術と禅は、江戸初期に沢庵さんと柳生宗矩の間のやりとりに形となって現れるんですが、後に、禅だけでなく老荘思想から取り入れていくというような流れがありまして、中国で言うところのクンフーになっていく過程からはかなり後れを取るものの、身体的技法と精神的技法の両面から、荘子が使われていくという側面があるんです。参照:武道と田舎荘子。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5013で、幕末くらいになると、老荘の色が非常に濃厚な人物がわらわらと出てくるんです。たとえば、『心は明鏡止水のごとし、といふ事は、若い時に習つた剣術の極意だが、外交にもこの極意を応用して、少しも誤らなかつた。かういふ風に応接して、かういふ風に切り抜けうなど、あらかじめ見込みを立てゝおくのが、世間の風だけれども、これが一番悪いヨ。おれなどは、何にも考へたり目論見たりすることはせぬ。』(勝海舟 「氷川清話」)明鏡止水を外交のレベルで使うような人です。どうなるか分からないという状況にどう対応するかは、剣も政治も変わらないわけでして。「氷川清話」は特に老子や荘子の言葉からの引用が多いんですが、勝海舟が言っているように、剣術や禅を学んだ人が、政治に応用する形で、禅や老荘を活用するというようなものがあるんですよ。勝海舟は行住坐臥・モロ荘子ですよね。竜馬も荘子は好きなので、たとえば、『成程西郷といふ奴は、わからぬ奴だ。少しく叩けば少しく響き、大きく叩けば大きく響く。もし馬鹿なら大きな馬鹿で、利口なら大きな利口だらう。』・・西郷についての人物評なんですが、これも荘子の、「大人之教、若形之於影、聲之於響。有問而應之、盡其所懷、為天下配。處乎無響、行乎無方。挈汝適復之撓撓,以遊無端、出入無旁、與日無始、頌論形?、合乎大同、大同而無己。無、惡乎得有有。睹有者、昔之君子、睹無者、天地之友。」(『荘子』 在宥篇) →大人の教えというものは、影が実体によりそうような、声の響きが共鳴するようなものだ。自分から問いかけずに、相手から問われると答え、相手の意見が出尽くしたところまで配慮する。じっとしている時は音もなく、行動する時は予測がつかない。俗物たちを導きながら、物事の根本に立ち戻り、日月の巡りをも超える、形にとらわれず大同の世界にいる。敵も味方もいない大同であるが故に無私であり、無私であるが故に執着がない。物に拘泥する者は昔の君子であり、物にとらわれない者は天地の友なのだ。おそらく、これだと思われます。司馬さんの言う、事をなす人間の条件、無私です。孔孟ではなく老荘なんですよ。これは知識ではどうしようもない精神状態というか・・自分の感覚では思考経路の違いです。頭の中のサーキットが違う人たちです。竜馬とかスティーズ・ジョブズが言っていることが分からないのは、ある意味当然です。地位とかお金にとらわれては、こういうのが全くみえなくなるように人間はできているんでしょう。幕末にはこの気風が非常に強くて、同じ激動の時代である戦国時代にはあんまりみられないんです。で、これが、明治まではあるんですが、大正くらいにブツリと切れてしまっているんです。参照:荘子、古今東西。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5038「インターネットをするとバカになる」の前が「ゲームをするとバカになる」。で、その前が「マンガを読むとバカになる」で、もっともっと前には「本なんか読んだらバカになる」というようなものがありましたが、そういうものです。つまらない情報や価値の奴隷になってしまうヤツがいつの世の中にもいるじゃないですか?人間の本質的な要求に根ざさないものにとらわれるというのは、おかしいですよね?今の世の中はその最悪の状態でしょうが、そんな価値観とは違うものがあるんです。一面において間違いなく「愚か」である思想です。でも、愚かでなければできないことってたくさんあるんですよ。「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕抹に困るもの也。此の仕抹に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり。去れども、个様(かよう)の人は、凡俗の眼には見得られぬぞ。」(『西郷南洲翁遺訓』)「世間の人も人だ。西洋に行って少しばかり洋書が読め、英語で談判でもできれば、はや今第一の外交家と仰いでいる。上も下も似たり寄ったりのものさ。こういうふうでは、やはり幕府の末路と同じようになるかもしれないから、しっかりやってもらいたいものだ。おれなどは、昔からずるいやつだによって、この六畳の室に寝てばかりいるけれども。」(『海舟座談』)我々は、邯鄲の歩みを学ばないうちに寿陵の歩みを忘れてしまった少年なのかも知れません。今日はこの辺で。
2010.07.17
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さて、荘子に行きたいんですが、もう少し。今回、めでたく有田芳生さんが当選しまして、当然、産経読者なみの宗教キチガ○が有田さんをじわじわと攻撃していた様子を確認しております。有田芳生の『酔醒漫録』 統一教○からの「噴飯物」抗議文書を公開するhttp://saeaki.blog.ocn.ne.jp/arita/2010/06/post_b3f3.html>有田対策ですが、くれぐれも宜しくお願いします。相対的に有田退治になります 全国足並み統一行動を取ってください。で、ここが大事。>「山谷先生、安倍先生なくして私たちのみ旨は成就できません」もちろん、安倍先生というのは、統○教会といえばの安倍晋三先生のことですね。北朝鮮の拉致は国家的犯罪で、統○教会の拉致監禁にはダンマリという、もう、そうですね。返す言葉も無いくらいのバカです。で、指令どおり、宗教○チガイが有田さんを攻撃していくわけです。政治的イデオロギーではなく宗教的イデオロギーで動いているだけです。もちろん統○教会の教義は、日本の伝統的保守思想とは関係ありません(笑)。ローマ帝国はこれで滅んだし、アメリカも宗教右翼の政治介入でむちゃくちゃになりましたが、こういうのにホイホイすがりつくバカはなくならないものです。http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-928.html当ブログは有田芳生氏を支持いたします。ちなみに、やまと新聞というのは、安倍政権下で復活したものなんですが、ま、全く客観的な報道もできないというか、おかしな方の専門紙です。記事の流用はもちろん、フジ・サンケイグループです。自虐的だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!と日本がほろびるぅぅぅぅぅぅ!!!と、ヒステリーを繰り返す人たちです。自分たちで矛盾しているとか考えないみたいです。カルトと仲がいいわけですよ。相撲界がヤクザと関係があるより、政界が宗教とズブズブというのは、もっと深刻だと普通は考えませんか?テロ特措法どころではない安倍首相 霊視で組閣 「四人の神」 慧光塾 http://www.youtube.com/watch?v=E6ylRXgfSFY頑張っても知能が中二程度というのが、もう一つの特徴です。参照:やまと新聞http://www.yamatopress.com/で、こいつらが延々と口蹄疫について政治利用をしまして、え~もちろん恐怖をばら撒いて、民主党批判をして、いまのところそれでおしまいです。農家を支援をしようとか、これからの農業について考えようとかはしません。こんなんばっかりで、もう、本当にウンザリの状況でありました。目的は最初から政権叩きですから当然ですが、彼らにとってはウィルスは味方だったとしか思えないです。やまと新聞の口蹄疫についての最後の記事は、参院選の期間中の「噂」で終わっています。あれだけデマが飛んだ口蹄疫で今後も「噂」を追うようなので、注目したいところです。【口蹄疫】口蹄疫は終わっていないhttp://www.yamatopress.com/c/9/16/2732/9.11同時多発テロの直後に、炭疽菌事件がありましたね。犯人は、米陸軍感染症医学研究所の研究者であったブルース・アイビンスという人物の犯行だったんですよね。軍関係者の自作自演が、社会混乱をもたらしたということは、日本でもよくあったものの・・・。炭疽菌事件は、もちろんアメリカの国技、戦争に利用して、あとで適当な犯人におし着せてポイです。いつものパターンです。参照:アメリカ炭疽菌事件http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E7%82%AD%E7%96%BD%E8%8F%8C%E4%BA%8B%E4%BB%B6発生後の口蹄疫の伝播の仕方に、明らかに不自然な点が見受けられますので、もし、故意があるとしたら、利益を得たのは、得ようとしたのはだれか?というのは、考えてしまうんですよね。材料も役者も揃っていました。ニュースのネタとしての口蹄疫騒動は早い段階で収束しましたが、いろいろ考えるべきものはあります。もちろん、最も考えるべきは暮らしそのものだと私は思いますが。収拾のつかないまま、今日はこの辺で。
2010.07.15
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見たかったなぁ。谷亮子対神取忍。なんで落選するかなぁ。さて、参院選そのものに関しては、投票したものの興味はなく、むしろ宮崎県政こそなわけですが、さすがに荘子と進化論シリーズを続けているので、進化論がらみの候補者のメモ。まずは、山谷えり子さんは当選。彼女を支援するオタクの気が知れません。神社本庁が統○教会を支援するのはいつまで続くのか?というより、神主が進化論を公然と否定するようになる日はいつか(笑)。みんな出て行けばいいのに。次は、ほぼトンデモ、三橋貴明。ネット右翼の大物で自称・経済評論家。支援をしたのは当然産経のみ。幸福の科学との兼ね合いもあるので、非実在青少年がらみでも無茶な論法を使っていますね。普通に幸福の科学からでればいいものを。とりあえず、落選おめでとう!日本から出てけ!参照:「新世紀のビッグブラザーへ blog」ダーウィンの罠 前編http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-10388816061.html何度読んでも進化論と経済のどの辺に関連性があるのか一切不明。というか、ダーウィンの悪役にしたいだけ(笑)。そこを差し引いても、ウソとヒステリー。なかなかの逸材です。石平さんとの共著、「中国経済がダメになる理由」もなかなかでした(笑)。宗教キチガ○と、よくみれば売国奴との素敵なコラボ♪リーマンショックとか一切関係ないからなぁ。妄想の国の人たちは。もういいかげん他国の売国奴はいい売国奴というような妄想はやめましょうよ。いや、日本から出て行ってください。迷惑です。・・・シェアが高いほど小中学生の学力が低い、某新聞の読者なら読めるんでしょう。参照:当ブログ 今日の自作自演。 http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/diary/200812100000/頼むから、自分と自分のガキの頭の悪さを学校の先生のせいにするな!小学生レベルの国語も危うい人とか、 漢字も書けない連中の言うことを真に受けるな!教科書が間違ってるぅぅぅぅ!と叫ぶ連中の、絶望的なバカさ加減くらい見抜け!しかも彼らは、科学技術の分野にも口出しするからたちが悪い。彼らが、日本の純粋な学術的研究や討論をどれだけ蝕んできたか・・。頼むからカタギに手を出さないでください。石破さんがいるから、今回の自民のトンデモ度は低いものの、懲りずにトンデモさんを自民党の候補に入れたのは誰か?興味が尽きませんよ。ま、今は宮崎県政が大事。これも最近、どうもおかしな方向に・・。とりあえず、この辺で。
2010.07.13
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ん~、ようやくこれを使えそうです。いつ使うかはまだ不明。http://www.youtube.com/watch?v=SjJO2FufH3Ehttp://www.youtube.com/watch?v=MeSVwBHGiGA&feature=relatedhttp://www.youtube.com/watch?v=bK-0VGP7DCQ&feature=relatedしかし、知事のブログの発言に最近見える態度は彼の嫌いなマスコミと同類ですな。東国原英夫をちょっと買いかぶりすぎだったと反省しています。自分の位置を分かっているとは思えない。今日はこの辺で。
2010.07.07
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よいこら。荘子です。現在は、 ジョン・レノン(John Lennon(1940~1980))と荘子です。参照:当ブログ 荘子と進化論 その53。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/diary/201006190000/中期のビートルズの楽曲、特にジョン・レノンの詩には荘子との関連が明白に見られるんです。分かりやすいのは「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」、「アイ・アム・ザ・ウォラス」、「フール・オン・ザ・ヒル」「レボリューション」・・・意味が分からない歌詞が多いんですが、荘子を通すと読めるものばかりなんです。ところが、オンタイムでビートルズに触れた連中がどいつもこいつもろくに古典を読んでいないので、あれに気付かなかったんでしょう。おそらく、ジョン・レノンが荘子を使ったのは、「Nowhere Man(ひとりぼっちのあいつ)」からだと思われます。“He's a real nowhere manSitting in his nowhere landMaking all his nowhere plansFor nobody.”「彼はほんとにどこにもいない人、どこにもいない土地に住み、誰の役にも立たないプランを、だれのためにでもなく練っている」“He's as blind as he can be,Just sees what he wants to see,Nowhere Man can you see me at all?”「彼は盲目同然で、見たいものしか見ていない。Nowhere Man、あなたは僕のすべてをお見通しなのかい?」“Doesn't have a point of view,Knows not where he's going to,Isn't he a bit like you and me?”「彼は、なんにも視点がない。どこに行こうとしているかも分からない。ちょっと僕や君と似ていないか?」参照:YouTube Nowhere Man http://www.youtube.com/watch?v=AvLj72apGLI意味が分からないでしょ?でも、これは、荘子を通すと一撃です。“"Well," answered Lien Shu, "you don't ask a blind man's opinion of beautiful designs, nor do you invite a deaf man to a concert. And blindness and deafness are not physical only. There is blindness and deafness of the mind. His words are like the unspoiled virgin.”連叔曰「然、盲者無以與乎文章之觀、聾者無以與乎鐘鼓之聲。豈惟形骸有聾盲哉?夫知亦有之。是其言也,猶時女也。」(『荘子』逍遥遊 第一)→連叔は言う。「確かに、盲者は文章を目で感じ取ることは出来ず、聾者は鐘の音を耳で感じととることはできない。ただ、それは肉体において見えないとか聞こえないなどという話だ。知者と呼ばれる人の中にも、真実を見ることや聞くことが不自由な者がいる。それは、あなただ。」“Now if you have a big tree and are at a loss what to do with it, why not plant it in the Village of Nowhere, in the great wilds, where you might loiter idly by its side, and lie down in blissful repose beneath its shade? There it would be safe from the axe and from all other injury. For being of no use to others, what could worry its mind?”莊子曰「今子有大樹、患其無用、何不樹之於無何有之郷、廣莫之野、彷徨乎無為其側、逍遙乎寢臥其下?不夭斤斧、物無害者、無所可用、安所困苦哉。」(『荘子』逍遥遊 第一)→荘子は言った。「あなたはせっかく大きな木を持っているのに、役に立たないなどと嘆いている。ならば、この役に立たない木を『無何有の郷』に植え替えて、広々とした大地でその木の周りをぼんやりと逍遥し、のんびり昼寝でもしたらどうだい?斧で切り落とされる心配もなく、無用なもののようでいても、少しも困ることはないよ。」「Nowhereman」は『荘子』の冒頭、「逍遥遊篇」と一致するんです。荘子の理想郷『無何有の郷』を英訳すると、“Village of Nowhere”なんですよ。「ひとりぼっちのあいつ」というのは荘子に他ならないんです。以上 Chuang Tzu Lin Yutang, Translator より引用http://www.personaltao.com/tao/chuang_tzu.htmとなると、Beatles - Strawberry Fields Forever http://www.youtube.com/watch?v=8A4r2RU1u3g“No one I think is in my tree. I mean it must be high or low. That is you can't you know tune in but it's all right. That is I think it's not too bad”「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」の↑の詩も、「逍遥遊篇」のものと同じ意味になります。ただし、この頃になると、ジョン・レノンは本当にちゃんと「荘子」を読み込んでいることがはっきりとしてきます。全編読みきってます。しかも、おぼろげながらもモノにしているんですよ。大きな木の下でのんびりと昼寝する『無何有の郷』というのは、『ジョンの魂』のジャケットにも使用されていますが、これは東洋人の自然に対する感覚にインスパイアされている結果でありましょう。で、「Nowhereman」は、1965年の曲です。面白いことに、オノ・ヨーコに出会ったのは1966年ですから、その前に別のルートからジョンは荘子に触れていたことになります。個人的には1964年の段階でジョンとの交流を始めた、ボブ・ディラン(Bob Dylan(1941~))に教えてもらったのではないか?と推測しています。思想と作品と行動に連続性があって、あの当時のジョンを導き得る人物というと、ディランだろうと。もっというとアレン・ギンズバーグとか・・・西洋人の見つめる「荘子」と「禅」の関係からもそう考えるのが自然でしょう。(同時にクスリも教えているのが気に入らないんですが)いわゆる「ビート・ジェネレーション」であったり、「ビートニク」といわれる現象の火付け役たちです。彼らの禅仏教に対する理解は、並じゃないですよ。同時に鈴木大拙の偉大さを思い知るわけですが。参照:Bob Dylan turns The Beatles on to cannabishttp://www.beatlesbible.com/1964/08/28/bob-dylan-turns-the-beatles-on-to-cannabis/Wikipedia ビート・ジェネレーションhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%8D%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3ちなみに、荘子のいう、「無何有の郷“Village of Nowhere”」というのは、日本人には本当に古くから親しまれていまして、・吾輩のような碌でなしはとうに御暇を頂戴して無何有郷に帰臥してもいいはずであった。 (「吾輩は猫である」夏目漱石) ・或一群の芸術家は幻滅の世界に住している。彼等は愛を信じない。良心なるものをも信じない。唯昔の苦行者のように無何有の砂漠を家としている。(「侏儒の言葉」芥川龍之介)・千里に旅立てみち粮をつゝまず、三更月下無何に入と云けむ、むかしの人の杖にすがりて、貞享きのえね秋八月江上の破屋を出るほど、風のこゑそゞろ寒げなり。野ざらしをこゞろに風のしむみかな (「野ざらし紀行」松尾芭蕉)・・・それどころじゃなくて、・「心乎之 無何有乃郷尓 置而有者 藐狐射能山乎 見末久知香谿務 (心をし無何有(むかふ)の郷(さと)に置きてあらば藐孤射(はこや)の山を見まく近けむ) (「万葉集」より 山上憶良)『荘子』ってのは、聖徳太子が読んでいるくらいの本ですから、時代感覚がずれてしますが(笑)、「無何有の郷」という言葉は、千数百年の間、日本人に親しまれてきたものなんですよ。かつては日本人の基礎知識だったものの、大正あたりから荘子読みが激減して、雰囲気はわかっても、原典が分からないままの状態にあると言っていいと思います。参照:荘子 古今東西。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5038「無何有の郷」とは、分かりやすい言葉では「心のふるさと」です。同時にこれは我々の内なる自然でもあるわけでして。こういうのを「形にできる能力」ってのは、日本人はずば抜けていると思います。参照:まっくら森の歌http://www.youtube.com/watch?v=dSdZpz_4NsIこれに近い感覚をすでにジョン・レノンは持っているわけです。後に「アイ・アム・ザ・ウォラス」で使っている、森に迷い込んだアリスもこんな感じです。参照:Norwegian Wood (This Bird has Flown)http://www.youtube.com/watch?v=KkcRZSdc8usビートルズの楽曲の邦題は的外れなものが多いなか、これを「ノルウェイの森」と訳せたのはすばらしい!1966年6月28日。彼らが日本に「やってきた」と言いますが、五十年近く日本人がろくに読めなくなった教えから見れば「帰ってきた」と言うべきだったかも知れません。参照:ザ・ビートルズ66-9(日本武道館コンサート)http://www.youtube.com/watch?v=CVDQzGH5164“Nowhere Man, please listen,You don't know what you're missin',Nowhere Man, the world is at your command.”(聞いてくれよ、Nowhere Man。あなたは勘違いしてないか?世界はあなたの教え次第だというのに。)参照:アバター(AVATAR)と荘子 その1。http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5039というわけで、今後も“Rubber Soul”→「柔の心」について考えていくのココロだ~~♪今日はこの辺で。
2010.07.05
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