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きのうのつづき千里緑地には枯れ松800本(昨年12月の調査)があり、順次伐採中、植樹の予定はない、と市の担当者。伐ったあとは「自己再生」にまかせるという。植樹ということばは聞けなかった。詳しいことは後日教えてくれるそうだが、豊中市に残る唯一の里山から松の影がうせるのは必至か。“タヌキやキツネが棲み続けられる豊かな森に”を合言葉に森の手入れに汗を流している「島熊山の雑木林を守る会」の皆さんに意見をきいてみよう。http://www.geocities.jp/tsuchia_y/simakuma/indexS.htmlところで、朝夕歩く道に赤茶けた松がある。たぶんマツクイムシの犠牲者であろう。持ち主は「はよう伐らんとご近所さんに迷惑をかける」と思っているに違いないが、重機代や処分費、安全対策費などかなりかかるので逡巡されているのだろうか。ごくわずかだが、費用の一部を市が助成していることを先ほど知った。助成金の額は幹周りにより、1本当たり2000円から6000円。問い合わせは豊中市公園みどり推進課、電話06-6858-2884です。
2007.02.27

膝リハビリには自転車がいい。島熊山周辺を走る。好きなコースだ。「玉かつま島熊山の夕暮れにひとりか君か山路越ゆらむ」(作者不明)と『万葉集』にも詠まれた所。しかし、なんだか変である。いつもと風景がちがう。バス道ぞいに松くい虫の被害者が点々としている。林のあちこちにも松枯れが目立つ。枯れ松を数えていたら、しげみからチエンソーの音が聞こえてきた。藪の中から切断した松を運んでいる人にことわって現地にいくと、累々と松の躯。「早う伐らんとあかんのやけれど、道路や家が近くて、ばっさり切れん」と嘆く市の委託業者。フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によればマツノマダラカミキリの幼虫は、マツの幹の中に蛹室を作り、そこで蛹になる。マツノザイセンチュウは蛹室周辺に集合し、カミキリムシが羽化・脱出する際にその気門に入り込んで運ばれる。その後、センチュウを保持したカミキリムシがマツの若い枝をかじる際に、マツノザイセンチュウが媒介される。感染力は強力で、感染したマツは、かなりの確率で枯死する。衰弱あるいは枯死したマツは樹脂を分泌する能力を失い、このマツに産卵したマツノマダラカミキリの幼虫は非常に高い確率で成虫となることが出来、爆発的に増加する。 感染した松は公園の立木はもちろんのこと庭木や盆栽まで感染するのである。処置が遅れたら致命傷になるのは人間のいのちと同じである。後の世に確実に伝えなければならない自然である。早く手当てをしてほしいとおもう。帰宅して市の対策を見る。平成18.2.10から18.3.15までの委託費は878万円とある。個人の家の松くい虫被害木にも一部助成金で対応するようである。この額面で市内全域の被害を救えるのだろうか。始末はどのようにするのだろうか。伐るだけではなく植えて育てる緑化について、来週、調べてみよう。木株に401の数字。なんの数字だろう。
2007.02.25
渡辺均氏が11日になくなったと社友会から訃報あり。家族葬でみおくったとある。きょねんの3月、大阪城公園から毛馬閘門ゆき淀川ウォークの先頭に立ち、みんなを力強くリードしてくれた姿を思い出す。ご冥福を祈ります。
2007.02.16

新PCへのデータ移行が一段落したので、フィルムスキャンを試す。台帳からネガ数本抜き取り画像化してみる。今はない能勢の家、フラメンコ教室立ち上げのデモ、ただもりの結婚式、流し雛の撮影などが、ふわーっと液晶に現れた。
2007.02.15
きのう、意を決して、ニノ切公園へ。行きはいいがくだり坂がいけない。そこで、今朝はストックを持参した。ストックを使ったのは立山以来か。こつこつこつ、コンクリートには似合いません。不可思議なことに、イチ・ニー・サン・シーの声の二巡目、二日続いてキリ番でありました。健康談義サロンの講師の打診あり。
2007.02.13
ご友人に今日が誕生日の方がいます。日頃の感謝をこめて、お祝いのメッセージを贈られることをおすすめします!ミクシィから誕生日のお知らせがとどきました。京都の風景に配したさりげない文章が印象的なクリエーター系の好漢です。おめでとう。ブログをこなしきれなく、ミキシィへの書き込みをサボっているので、こちらからお祝いです。
2007.02.11
座って用足し 男3割 男のトイレ習慣変化成人男性の3割近くが、自宅トイレで座って小用を済ませているという大阪読売9日夕刊の社会面見出しである。ウォーツ。10日発売の読売ウィークリー2/25号の特集、「男のトイレ事情」の予告記事である。男の座りしょんべんが増えているのはうすうす感じていたが、3割弱いたとは驚き。こんなときには賢友のトイレ研究家、山路茂則さんが書いた「トイレ文化誌」(2001年、あさひ高速印刷出版)を読むに限る。あったあった。そして、最後に勇ましく次のように記している。狭いスペースでも設置可能な小便器が売り出されていることでもあり、ここは一番、男性復権。世の男性諸君! “小便器を取り付けよ”とたちあがろう。そして、雄雄しく立小便しようではないか。ぱちぱちと手をたたくのであるが、はやくも反応。ほれ、みんな、ちゃんと実行しているではありませんか。T(長男)がいったとおりでしょう。トイレを掃除する身になって、あなたも、見習って、始末してくださいね。零さないで! ちなみに、山地さんの本には、日本住宅公団が供給する住宅にとりつける便器を大小兼用の洋式トイレに決定したのは昭和33年とある。とすると、男のトイレスタイルの変化はここからはじまったといえよう。
2007.02.10
けさ、田辺聖子著「ナンギやけれど…」(集英社)を読んだ。水曜のITサポートのあと立ち寄った図書館で借りた一冊である。前半は95年4月の講演会の記録、後半は書き下ろしの「わたしの震災記」。出版社のHPには、95年1月17日の阪神大震災は<人が助け合うということ><愛、そのこころ>の紀元元年になるものであってほしい――。震災直後の人々のやさしさと哀しみと友情を記録する感動の震災ノート、とまとめているが、そのとおり。泣き笑いしながら一気に呼んだ。震災の前夜、故吉川英治さんの夫人から頂戴した年代もののお酒を飲み、いい気分になって仕事をする気がなくなって寝てしまったそうである。書斎でいつものように徹夜で原稿を書いていたら、書棚に圧しつぶされ、絶対に助からなかったであろう…。読み終わって連続テレビ小説「芋たこなんきん」へスイッチオン。味が変わって見えた。あの時の衝撃で亀裂が入った壁面はそのままである。
2007.02.09
長い勤めを終え、移動先の部屋に鎮座しているPC98くん。処理スピード、記憶容量、ハードディスクの音さえ気にしなければ、カキクケコは自由自在である。どこぞに働き口はないだろうか。おーい、おれは、まだまだ大丈夫だぞー。リサイクルセンター行きはいやだよー。ってな声が聞こえてきた。
2007.02.08
5日の29会を終えPC環境整備に切り替えた。文章と画像のすべてを移したが、以前のようにこまぎれ作業をしなくてすむのがいい。HPに青鬼さんの便りを載せた。同窓会メールにNPO「国東半島ルネッサンス倶楽部」立ち上げの情報あり。HPに移した日記に「キンゾク疲労ピーク」の項。2000年11月15日の日付け。 シドニーオリンピックの最中だった。快走する選手たちの姿をイメージしながらジョギングしていた際、石ころを踏んづけた時のようなガツンとした衝撃が膝にきた。なあに、テニスや山で鍛えた足、そのうち治るだろうと、同窓会に参加したり、インターネットの懸賞で当たった招待旅行で歩き回っているうちに、すっかり膝を怒らせてしまった。 医師の診立ては、軟骨がすり減ったため関節に障害が起こる変形性膝関節症。「安静にし、筋力をつけ、減量以外に特効薬はない。覆水盆にかえらずだね」と宣告された。気持ちは若くても肉体は確実に老化しているのだ。膝の痛みは峠を越したが、足を引きずる姿は我ながら情けない。家にこもる時間が増えているが、「少しは動かないと太るわよ」と家人は庭掃除や買物を言いつける。愛のむちだそうな。 この季節、「紅葉を見に山に登ろうよ」と誘う友人たちには「ちょっと怪我してしまった」とごまかしているが、会えばすぐばれてしまうだろう。 医師は「元気な高齢者に多発する傾向がある」という。 「ご同輩、あんたも注意しましょう」というのが親切なのか、迷っている。「しまった」は私ひとりでいい。
2007.02.07

金柑の実を選定している妻、まるで3月末の陽気ねという。小庭の梅が満開に近い。メジロが遊んでいる様子を撮ろうと思ったが、タイミングを逸した。ひざの痛みはだいぶ和らいだ。体操と卓球復活まじかか。きのう、29会の立春の集い。ワッハ上方見学と大成閣での会食。来年はただもりくんに企画をお願いした。別府からフェリーで日帰りのかんちゃん、ありがとう。キンゾクヒロウなどの古い日記をHPにアップロード。
2007.02.06
連日、古いPCのメール・メッセージを移す作業に手こずったが、本日のサポーターの助言で、以前の姿になった。不要なメッセージが多い。ぼつぼつ整理しよう。外付けハードディスクの画像をPicsa2に移行した。全体がよくわかりダブった画像がかなりある。鮮度の悪いものもある。こちらも同様に処理しょう。ノートにつないだプリンタが作動しない。ネットワークの設定のようだ。どこかで変更したのか。5日の会の出席者リストはデータをメモリーに記憶し、ノート経由で印刷した。明日、富士通担当が来宅。窓際に置いた98君の解放はまもなく。
2007.02.02
庭上一寒梅 笑侵風雪開 不争又不力 自占百花魁 庭上(ていじょう)の一(いち)寒梅(かんばい)笑(わら)って風雪(ふうせつ)を侵(おか)して開(ひら)く争(あらそ)はず又(また)力(つと)めず自(おのずか)ら百花(ひゃか)の魁(さきがけ)を占(し)む庭に咲いた寒中の梅が、笑ってきびしい風雪をおかして開いている。別に誰と争うのでもなく、努力するでもなく、自然にあらゆる花のさきがけとなっている。昨日、母校をたずねたとき資料館の壁に掲げてあった新島襄先生の「五言絶句」。何度も唱えているうちに、体の中からぽかぽかしてきた。同志社のHP中に「寒梅の詩」 作詞 新島 襄 作曲 大中 寅二http://www.doshisha.ac.jp/information/fun/c_song/cs_04.phpきょうから2月。新しいPCを使ったプログ第一号である。
2007.02.01
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