独り言 反 女権主義
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自分はこのブログで女性専用車両は性差別であるし、何らかの解決が少なくとも5--10年以内にはされるべきだと思っている。しかし、あんな反対方法(抗議乗車)はまずいだろう・・。ますます相手はかたくなになるだけだし、やめろと言ったって、一応上からやることが決められてるんだからしょうがない。理論として批判するのはいいんだけど、実際あんな反対運動(抗議乗車とかいうのね)をするのはよくない。気持ちはわかるし、割れ窓理論的なあれを放っておいたらさらに差別が進むんじゃないかという心配はわかる。しかし男性差別反対はもっと実現可能なリベラル的なものを中心としてやっていくべきであると思う。男性差別に反対する会って・・。あんなやり方をする団体に「男性差別」という概念を使ってほしくない。誤解されるだけだ。もっと左の視点、学問の視点からやっていかないと絶対無理だし逆効果だ。特に抗議活動とか学問の後ろ盾もないのにやるとか自殺行為だ。まるで社会運動をわかってない。フェミニズム系もやってるじゃないかと思うかもしれないが、あいつらは学問的バックボーンがあり(つまり大学の学部が後ろにあり)、弁護士を用意し、マスコミの理解者を得てそれで行ってる。これはフェミニズム運動だけじゃなくて左(リベラル)の運動は全部そうだ。障害者の現状を改善する運動や、労働者運動、在日の人たちのマイノリティ運動などなど。それは別に悪いわけではなく、これが社会運動の本質なのだ。差別ってのはこうやってなくすわけだ。ミスコン反対運動だって、怒りにまかせて突発的に反対しているように見えるがちゃんと打ち合わせがあるのである。つまり、あんなでたらめな抗議をしたところで(しかも組織的に何のバックボーンも無ければ弁護士もいない)社会を変えれると思ったら大間違いである。誰かが言っていた話だが社会運動で抗議する場合、まず弁護士や学者、そしてマスコミ理解者がいて社会運動の体をなしてないと全く意味ない。俺も女性専用車両はおかしいと思うし、いずれ無くさなけらばならないと思う。しかしあんな強引な方法では逆効果だ。気持ちは正しい、でもやり方、方向性はおおいにおかしい。運動のやり方が間違っている、戦略が。例えば昔(立命館の)フェミ学者の伊田ひろゆきが、性同一障害の女性二人を連れて女人禁制の山に登ったことがある。それでもあの人は学者だったし、マスコミの理解者もいたわけである。女性専用車両は、男性差別であるし、無くさなければならない。しかしもっとソフトな方法で無くしていくべきである。さらに政治力学をまるでわかってない気がする。あんな「抗議乗車」のやり方はよくない。というか上からそういうふうにやれという命令が来てるわけだから、絶対に変わらないよ上が変わらない限り。戦略を変えるべきだと思う。それよりも、もっと発展性のある方向へエネルギーを使うべきだと思う。いや、怒りの出発点は間違ってないと思うが、やり方がおかしい・・・。
Jan 27, 2011