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愛鳥「ごましお」が突然倒れて息をひきとってから1日が経った。竹製の円い箱にスポンジを切って入れ、そのうえにごましおを寝かせた。本来死後硬直するするはずなのに、身体はものすごく柔らかくて、今現在も硬くならない。不思議だ。身体は収縮していくから小さくなってきているが、くちばしもまだ赤味があって、本当に眠っている感じ。だけれど、時間とともに真っ白な羽は1枚、また1枚とひらひら抜け落ちる、撫でるたびにあたりにはらはらと舞っていて、もう、彼女はこの世にはいないんだということを実感させる。昨日はまったく食欲がなかったのだが、亡くなったことを告げた友達が心配してくれて、勉強会付きお食事会「株わさび」のお店に連れて行ってくれた。そこで精進落としをした。お店の大将が、献杯で、選んでくれたのは「飛露喜」と「蒼空」。どちらも好きなお酒だが、鳥にちなんだ漢字が入っているお酒をわざわざ選んでくださったことに、ものすごく思いやりを感じたのだった。夜が籠(こ)んでくると、お店に常連さんや、友人がひとり、またひとりとやってきて、一緒にお話をすると少し気がまぎれた。落ち込んでいたから他の友人を呼びだしてくれたらしい。時折箱を開けては、ごましおをそっと撫でた。お悔やみのメールとか、電話とか、このブログでのコメントとか、たくさんいただいて、ごましおは自身が見たことのない人にも思われていて、本当に愛されていたのだ、と思った。彼女は幸せだ。日夜、私が悲しんだり、仕事で追い詰められるたびに、慰めてくれたから、そういうたくさん徳を積んでいたんだろうなと思った。夜をこめて鳥の空音(そらね)ははかるともよに逢坂(あふさか)の関はゆるさじ 清少納言もう、逢えないんだよね。<お酒メモ>7月1日水曜日カタヒ ホークスベイ ソーヴィニヨンブラン NZ 白 1/2本小布施 サケナチュレ90 純米 1合豊祝 純米大吟醸 1合半7月2日木曜日飛露喜 純米吟醸 生 1合半蒼空 美山錦 1合半あべ おりがらみ 緑ラベル 1合澤屋まつもと 純米吟醸 1合ちょっと
2020年06月30日
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2020年7月2日、正午過ぎ、愛鳥「ごましお」が亡くなりました。7年半ほどの共同生活でした。握り文鳥の態勢でいまも手の中にいます。普段うっとりと目をつぶっている様子とまったく変わりません。ほのかに温かいので、いつもと同じように撫で続けています。生前、リアルやブログなどを通じて、多くの人に愛でていただいたこと、心よりお礼申し上げます。
2020年06月29日
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私は株式相場を四季に例えることがあるのだが、それぞれの季節に調子がよい(度が過ぎると「調子こく」)になる人のタイプを観察していて、自分が感じている季節感と齟齬がないかどうかを確認している。 基本「株式の4つのサイクル」といわれるものを春夏秋冬に置き換えているだけなのだが、 春…金融相場 夏…業績相場 秋…逆金融相場←一般的に金利引き下げがサインといわれている冬…逆業績相場としている。コロナ禍で巨額の財政出動を世界各国が行った結果、今は冬(不況)がかなり短くなって、いきなり春が来た、という感じである。もしかしたら冬なのかもしれないが「暖冬」という感じで春に向かっているような気がする。 虫がもぞもぞと地面に這い出して来る時期を「啓蟄」というが、市場でも啓蟄が起こっている。コロナで在宅勤務&自粛で、することがなく、カネでも増やすかということで、イナゴがたくさん株式市場に表れてきた。 「最近株を始めました」という人は、手っとり早く金を儲けたい。しかも投資において覚えることが多くいうえに、自分の資金をそれなりに投下してトレードするから、脳汁が出て興奮している。前のめりになっているから、ちょっと儲かると図に乗って、より値動きの激しい株を選好するようになる。そうすると流動性の低い小型株で、ちょっと有名な投資家が保有している銘柄を聞くと、闇雲にそれを買う。ということで、小型株好きで、億り人が語る気持ちのいいストーリーの株に人は集まる。イナゴタワーの完成である。そういう株が最近騰がっているから「ああ、春だなぁ」と思う。だけれど、小型株は流動性が低い。小型株の投資家で億単位を運用している人は、威勢のいいことを言うだけ言って、それに踊らされたひよこの個人投資家たちがその株を買い、流動性(自分の持ち株をいっぺんに処分できるくらいの買い板)が一瞬集まった瞬間に、売り切る。そして後でネットやSNSで「売りました」となる。理由なんて後付けでいくらでも書ける。そういう手法があまり通じなくなくなってくるのが「夏」「秋」だ。これは収益が伸びている会社で、変化率が大きいところが注目される。私はこういう株を多く持っているので、パフォーマンス的には「秋」が一番成績が良くなりやすい。いまはSNSなどをたまに見ると、明らかに春だ。ならば、小型株に張ったほうが儲かるかもしれないとは思いつつ、投資において「流動性」(売りたいときに売れる)を大事しているので、手を出さない。 春は短い。しかも春に騰がる株は春に処分しないと、次の春がくるまでずっと待たなければならない。売れないのである。これは非効率だし、売れなくて塩漬けになった株をポートフォリオに入れておくのは気分が悪い。 早く夏にならないかなー。
2020年06月28日
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何年かぶりにメキシカンレストランに入ったところ、「サボテンサラダ」というものがあったので、注文。食べたことのないものは、とりあえず1度は口に入れてみたくなるのだ。出てきたサラダは写真のようなものだったが、海藻と紫玉ねぎその他が入っており、ドレッシングがかかっている。サボテン自体は短冊切りで緑色をしている(当たり前か)。食べてみると、アロエよりも歯ごたえがあって、茎わかめに近い感じ。悪くない、というか、癖になる食感だなと思った。ところが、一緒に食べていたひとりが、少しよそって完食した後、手を付けない。「どうしたの?これ美味しいじゃない」と言うと「いや、こういうの苦手」との返事。おばあちゃんの古漬けみたいな食感や味だというのだ。なるほど、言われてみればそんな感じもするし、ぐにゅぐにゅしたものが嫌いな人だったので、たぶんサボテンのその歯ごたえがダメったんだろうなと推測。私はおばあちゃんの古漬けみたいなものが大好きな性質なので、気に入ってしまったのだろう。食感は一致しているが、性格の不一致、ってやつである。お店を出た後「もう食べたくない」と言われたのだが、数日経ってこのサボテンサラダを恋しがっている自分がいる。誰もがそういう「食べ物」ってあるとは思うのだが、うまい、うまくないというより、身体がドハマりしているんだろう。誰か一緒に食べに行ってくれないかな(^^;<お酒メモ>6月29日月曜日東洋美人 純米大吟醸 1合幻舞 純米吟醸 無濾過生原酒 1合弱開運 純米吟醸 1回火入れ 1合弱而今 雄町 無濾過生 1合半6月30日火曜日カタヒ ホークスベイ ソーヴィニヨンブラン NZ 白 1本コレッツィーノ チンクアンタ +3 2018 イタリア 赤 グラスで3つ
2020年06月27日
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突然お誘いいただいて、週末、軽く歩きに行った。ウォーキングだと聞いていたが、最近体力も落ちていたので、念のためにと、軽装の山歩きの格好をしていたおかげで助かった。全然ウォーキングといえるレベルでなかったのだ(^^;最後は傾斜の急なけっこうな岩場で、滑り止めのついたグローブをたまたま持って行ったので、それが役に立った(汗)。時間は屋久島を歩いた時よりも短かったのだけれど、高低差を考えると今回のほうがハードだった。富士山、マウントクック(NZ)、谷川岳、屋久島、そして今回の八ヶ岳周辺ということで、近年は年に一度はこういうトレッキングをしているような気がする。そして装備についてはだんだんワークマン比率が増えている…。前日夕刻に急遽決まったお出かけだったのだが、その後、よく仕事をする人と書類の受け渡しで会うことになった。阪神戦がTV中継する日だったし、翌日の出発が早朝だったし、しかも珍しく昼食をしっかりとっていた金曜だったので「明日お出かけするので会うのは別の日に」とか「会ったとしても、食欲がないので、お酒とか呑んでもすぐ帰ります」と伝えていたにも関わらず(久しぶりということもあり、手ぐすね引いて待っていたようで)、結局午前様になってしまった。したたかに酔って記憶混濁。明け方に目が覚めて「なんでこんな朝早くに?」とボーっとしていると、時計を見てお出かけを思い出した。目覚ましもかけておらずだったが、ちょうどいい時間に起きたのだった。風呂に入る時間はなかったのだが、支度はしていたのですぐに待ち合わせ場所に向かう。約束の時間に無事ついて「おはようございます」と声をかけると「雅さん、お酒臭いです…」え?え?お酒臭い?腕を嗅いでみると、確かに麹の匂いがする。蒼空のそれ、である。(^^;…ごめんなさい。山登りはきちんとできたのだけれど、そういえば富士山上るときにも、7合目の山小屋で赤ワインを並々呑んで、深夜頂上へ向かったことを思い出した。お弁当は一切食べず、でいつも通り1日1食。おそらくアルコール検知器が反応する状態で登っていたんだろうな。私の場合、日帰りレベルだとほとんど食事なし、休憩なしで、軽装で登ったほうが身体が楽なのだが、これは特殊らしい。おそらく日本酒やワインなどの醸造酒から、糖やらアミノ酸を摂っていて、それをゆっくりとエネルギーとして使っているんだと思う。トレッキング終了後、夕食と翌日の朝食は摂ったのだが、みんなと同じ量を食べると身体がだるくなる。結局、朝食後間もない昼に、カフェでお茶とケーキを食べたらもうグロッキーで、1日半断食してようやく酒の肴+日本酒をとったのだった。普通の人と同じ食事を3回ほどしたら体重が3㎏増。まだ体重はちゃんと落ちてこない。以前医者にケトン体質かもよ?と指摘されたので、普通の人の食事をしたら、糖尿病その他になってしまうのかもしれないなぁ。<お酒メモ>6月26日金曜日蒼空 美山錦 2合あべ おりがらみ 2合弱双虹 おちょこで1つ6月27日土曜日コレッツィーノ チンクアンタ +3 2018 イタリア 赤 グラスで2つ生ビール グラスで1つ
2020年06月26日
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たまたま投資家さんとばったり出会って、お話する機会に恵まれた。最後に会ったのは半年前くらいだったので、本当に久しぶりだ。投資の勉強会でもたまにお見かけしていた方だが、話を聞くところによれば「最近はあんまり勉強会とか行っていない」とのことだった。コロナ自粛でということよりは、個人投資家で「お金を増やすことが目的になって、お金が増えても相変わらずアレな生活スタイルのまま」という人が少なくないので、なんだか付き合いが億劫になってしまったそうだ(というニュアンスだったと理解している)。「いや、〇〇さんはそれなりに株で資産を築いていますが、それでお気づきなんだと思います―ーたぶんお金があっても無くても、変わらない価値とか幸せがあるってことに」と、私は言った。使わずにただお金を増やしパフォーマンスを競うのも痛いが、ブランドの服とか時計とか、高級レストランとか、タワマンや車とか。お金が増えてきらびやかなものを求める、ということを延々と続けている人もいる。でもそれっていつか飽きるんじゃないのかな?と私は思う。これらは資本主義に「消費」させられているだけであって、たとえば『マッチ売りの少女』のマッチのように、短い期間で消えてしまう快楽みたいなものなんじゃないかな、と捉えている。ずっとマッチをすり続けて、小刻みに快楽を得ても、いつしかそれが日常となり、当たり前となる。私はそれをどうも「虚しい」と感じてしまうので、強がりではなく、それらを求めたいとは思わない。意味がないからだ。「人間ってみんなこの瞬間瞬間に寿命が減っている、ということだけは確実であって、お金ってその減っていく時間をいかに効率よく使うか、ってところに使うのが一番いいやり方なんじゃないんですかね。快速でなく時には新幹線に乗って出かけるとか、ゆったりとした時間を過ごしたいから、誰かに任せられることをお金で代行してもらうとか。そういうことに使うことが豊かさ、なんだと思う」と、私は言った。夜になって、昼間のことを思い出しながら、「幸せってどういうことなのかな」と改めて考えてみたのだが、「幸せとは無防備でいられる状態」なんじゃないかと思った。ホッとできる場所とか、一緒にいて笑っている時間を長く過ごせる仲間とか、そういうものをたくさん持って、そのような時間を確保できることが「幸せ」なんだろうなぁ、と。そのためにお金を使うのが生きた金の使い方なんじゃないかと再定義して、私は幸せな眠りについた。<お酒メモ>6月24日水曜日イタリア 白ワイン 2/3本イタリア 赤ワイン グラスで2つ蒼空 おりからみ 1合半楽器正宗 特別純米 半合ちょっと6月25日木曜日サクラビール 缶 200mlくらいスパークリングワイン チリ シャルドネ&ピノノワール 2/3本
2020年06月25日
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気がついてみればあと1週間で6月も終わり。ちょうど消費税が10%になってから8カ月、というわけで、キャッシュレスによるポイント還元(2%、5%)も終わる。コロナ禍での財政出動で、ポイント還元延長は必至かと思われていたが、税金を国民から搾り取ることが、B/SやPL云々のバランスを見て判断するということよりも至上命題なのだろう。そんなことはとんと無視で、いよいよ増税が本格的に始まるというわけである。経済の足元がふらついているのに、本気か?と思うけれど、第2次世界大戦末期の大本営みたいに、「いわれたことを考えずにやって突っ走ること」しか考えていなんだろう。あなおそろし。7月1日からはレジ袋の有料化もはじまる。これも細(こま)い政策ではあるが、じわじわと経済にブレーキになる要因である。コロナ禍で、スーパーの店員が落とした小銭を「ばっちいから消毒してからでないと使えない」とわめいている老婆を見た。店にはあちこちで、透明のビニールがかけられている。そういう空気の中で、使い捨て可能なポリ袋が有料化されたら、衛生に気を遣うけれど節約志向の方々がどういう行動に出るかを想像するだけで恐ろしい。「ケチケチ」と「潔癖」どちらが勝るんだろう…彼らはエゴもエコも両方欲しがる民だしなぁ…。なんだか『ゴジラvsビオランテ』みたいになってきた。財政出動が中途半端なので、景気がよくなるとは、ちっとも思えない。<お酒メモ>6月22日月曜日而今 雄町 特別純米 無濾過生 2合6月23日火曜日シャトーポールマス フランス 赤 ハーフボトルシラーワイン フランス 赤 ハーフボトル(メニューにないものだったので銘柄ちと不明)
2020年06月24日
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銀座を歩いていて、腕に何かもそもそとした違和感があったので見ると、緑色の羽虫が自分の腕の上でのたうち回っていた。ものすごく苦しそうにしていたが、しばらくして動かなくなった。死んだ模様である。虫よけスプレーなどはしていなかったのになぜかなぁと思ってあれこれ考えてみたが、思い当たることはない。しばらくして、少々汗ばんでいるのに気づいた。そこで仮説が浮かんだ。「体内の成分で何か虫が苦しくなるものを最近食べていたのではないか?」そういえば、最近山菜やキノコなど、自然のものやアクの強いものをよく食べていた気がする。思えば幼少のころは山奥にある祖父母の田舎に長く滞在しており、そこにはブヨその他いろんな虫がいたが、喰われても次第に腫れなくなった。「この村の人間にようやくなれたんだな」と祖父母は笑っていた。都会の虫が栄養を求めてやってきて食いついて、こっちが腫れるどころか先方(虫)が苦しむなんて、逆だよなぁ。この虫もついていないなぁ、ごめん、などと思ったのだった。コロナで免疫がどうの、ということで、いろんな食品がブームになっているが、自然のものをそれなりにとっていれば、虫やコロナだけでなく、いろんなことに多少耐性がつくのではないだろうか。毒を以て毒を制すではないが、アクもアルカロイドなどをはじめとする一種の毒である。安心安全ばかりを気にして、クリーンなところで育った弱っちい食物よりも、少量でいいから生命力のある食事を「食べこなす」。身体が負ければ食あたりにはなるだろうが、生命を喰らって自分が生存しているのだから、食に戦いがあってもおかしくないはずである。世の中、人口が増えるとともに、なんだか人間がひ弱になってきているなあと思う。新型コロナは自然の手先であって、増えすぎた人間を若干、淘汰するためにやってきたのかもしれない。
2020年06月23日
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しばらく体調がよかったのだが、無理な仕事を続けているせいか、日曜日から体調が下降気味で今日が3日目となった。最初は買い物途中に少し異変を感じ、帰宅したら小一時間倒れてしまった。食事がのどを通るはずもなく、体温を測るたびに上昇していくので、酒も呑まずに寝てしまった。翌日は帯状疱疹が出始める。仕事で近所に外出するのも一苦労だった。自律神経もやられているらしく、全身が冷え切るのと火照るのが交互にやってくる。「ぷちぷち」と音をたてて大腿部のあちこちが腫れては疱疹が破裂していくので痛い。温めたほうが治りは早いのだが、痛みとかゆみがどうにもならないので、身体を一気にうんと冷やしてから布団をかぶって眠る。その前に自分を甘やかそうと、とっておきの而今を冷蔵庫からあけて呑むものの、(身体に)量が入らない。そしていつもよりもやたら糖度が高いと感じ、でっぷりと太った味わいがした。基本、こういうときにお酒はダメなのだが、日本酒は選んで摂取すればとびきりの薬になる、が持論である。いいお酒というのは呑むと杜氏の「気力」も入ってくるからだ。麹菌との相性もあるかもしれない。風邪の引き始めも、日本酒を軽くやって眠ると治ることが多い。帯状疱疹が出始めたときは本来、ビタミンBとCを多めに服用すると治りが早いのだが、昨日は身体がそれを拒否して「水だけでいい」というので、それに従った。日本酒以外に混ぜ物をしたくない、と言っていたのかもしれない。おかげで今朝がた起きると幾分元気になった。本日は緑茶と水以外、まだ何も口にしていないのだが、下降する症状は一服した感じ。とっておきの酒の本領発揮、である。まだ仕事は「戦時中」なので弱っている暇はない。通常モードに少しずつ戻さないと。
2020年06月22日
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現代は効率性を追求するがあまり、目の前にいる人間を「人」としてでなく「モノ」として扱うことが是であり、当たり前になってきているような気がする。渡部建氏の「多目的トイレでランデヴー」事件に対し、久々にちょっと頭に来るのは、トイレに連れ込まれた女性が「モノ」扱いされているからだ。その話だけではなく、人を「モノ」として見て平気な人は、稼ぎを持ってこない、自分にとって得なことをしてくれない人を(人扱いせず)、「カモ」としてしゃぶりつくす。「カモ」は数がたくさんいれば、それなりに自分の事業の運営にプラスになるので、雑魚扱いしながら少しずつむしり取る。面倒になったらとりかえが利くからポイすればいい。数さえ維持できればいい。(そうじゃないところもあるとは思うが)多くのオンラインサロンはそういうことなんじゃないかと思う。拝金主義者はカネが神様なので、人を「モノ」扱いして、カネに変えるというのが当たり前だと思っている。だってそういう宗教にどっぷりつかっているんだもの。「人扱い」か「モノ扱い」かは遺体と死体の関係に似ている。遺体は「生きている人が相手に想いを持っており、人格を宿している亡骸」だけれど、死体は「人間がただ死んでいる状態のもの」を指す。前者が「人」で後者が「モノ」なのである。ニュースで死者〇名と出るときは死体だが、志村けんさんがコロナで亡くなった、というのは多くの人が彼の亡骸を遺体として認知しているからである。道元の『正法眼蔵』の中に、人の振る舞いについていくつかかかれているのだが、その中に「自分だけが特別であろうとするな、他人とことさらに違ってはならない。他人と同じことをしなさい」「人に気に入ってもらおうとしてこびへつらうな。人からの感謝も欲しがってはいけない」「自分から気前よく何かを布施として人にあげなさい。相手に役立つものを惜しみなくあげなさい」というものがある。これは人をモノ扱いしているところから人扱いするための「解脱」の方法だと思う。モノ扱いされているかも、と思う人は、多くの有名人との人間関係を作るよりも、人と「人」扱いしてじっくりつきあうことのほうが、ずっと豊かに生きることができるんじゃないかなぁ。
2020年06月21日
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最近いやだなーと感じるのが、お店に入ろうとすると事前の承諾なしに「ピッ」と検温されること。コロナ対策ではじまったこの「独自ルール」だが、そもそも体温37.5度以上ということに意味がない、という話になったのに、いまだに「新しい習慣」として残っているどころか、実施している店舗が増えている。見知らぬ人間にいきなりサーモグラフィーをつきつけて体温を測るって、プライバシーも配慮もへったくれもない。失礼な振る舞いがタブーとして重んじられる国だと言う割にこういう行為が平気なのは、必ずしも日本人が「礼節」を重んじているわけではないからだ。昔からやってきた「村の掟」や「お上がいうこと」を理解なし、無意識にやることを尊ぶ。「考えないで生きることがよい」という慣習に則っているようにしか見えない。そもそも私は体温が高いので、37.5度以上というのはよくあること。前日も37.6度あったのだが、季節の変わり目には37.5度が数週間ということも多い。これでパブとか、小売店に入れないというのもばかばかしい。36度が平熱なら1.5度スプレッドがあるわけだが、私の場合は0.2度程度しかない。ある種の差別ですよ。これ。Bカップ以下は女性とは認めません、みたいなルールがあったら「アホか」と人は思うでしょうが、おんなじレベルだと思うんですよね。ということで、この「非接触体温計」を持っている人からお借りして、どうしたらこの「無差別お熱チェック」をすり抜けられるかを研究してみた。やはり脇下、おでこが一番熱が高く出るのだが、店頭では脇下はチェックしない。そこでおでこをいかに回避するかということになる。比較的体温が低く出るのは腕で、特に袖がない部分の腕を出すと私でも36度台になってくれる。これでセーフを勝ち取ったりする。距離をとるのもいい。検温時の非接触間の距離をとるほど、熱の値は低くなる。放射線が1センチごとに乗数で線量が下がっていくのと同じなんだなーなどと思いながら実験終了したのであった。幸いいまのところこの作戦で、店舗で足止めは喰らっていない。でも油断はできない。奥の手を考えないと。
2020年06月20日
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心底野球を欲していたのだろうか。毎日中継にかじりついている。試合はタイガースファンにとってはひどい内容なのだが(笑)、それでも観られるだけで嬉しい。練習試合では調子のよかったタイガースだが、実戦に入ったらいまひとつである。タイガースはどうもお坊ちゃんというか、大切にされすぎて甘やかされていて、本番に弱い、という感じがする。特に生え抜きの選手にその傾向がみられる。亡くなったノムさんが「お坊ちゃん球団」と言っていた意味が、年を追うごとにわかるようになってきた。NHKの特番で、巨人の原監督が、監督業を「中小企業の社長」と評したのに対し、阪神の矢野監督は「学校の先生」と発言していたあたり、その「甘さ」「弱さ」「優しさ」(?)が出てしまっているのかなと感じている。選手同士を厳しい意味で競わせる容赦のなさが原監督にはあるのだが、矢野監督は、みんなの良いところを伸ばそう、伸ばそうとしている。これはよいことなのだが、それはコーチや二軍監督の役割であって、まだ一軍監督「とは」ということを考え抜く必要があるのかなと思う。翻って自分が同じことを質問されたら?と考えてみたが、私はたぶん「会社の部長」と答えると思う(イマドキのいい方なら「執行役」でもいいけれど)。いわゆる中間管理職だが、責任と数字と人を育てる役割があるからだ。会社から予算を引っ張ってきて、それを割り振ることも必要だが、これはFAや外国人獲得などの戦力の補強で同じ能力が要る。シーズン終わったら野村克也さんの本葬儀が行われるので、そこで会えたら、直接その話をしてみよう。開幕の金曜日はナイトゲームだったが、2戦、3戦は週末デーゲーム。昨日は家でワイン片手に、今日は在宅で仕事をしながら観ている。しばらくは無観客試合が続くので、球場生観戦はできない。自宅で毎回昼から呑んだらアル中になってしまうので、時には仕事をしながら、あるいはお茶を飲みながらでの観戦スタイルとなりそうだ。<お酒メモ>6月20日土曜日カタヒ ホークスベイ ソーヴィニヨンブラン NZ 白 グラスで2つ半(かち割りにして)小布施 ドメイヌカトウ ソーヴィニヨンブラン 2019 白 ハーフボトル而今 特別純米 雄町無濾過生 4合 うますぎて呑み過ぎました。。
2020年06月19日
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19日、やっとプロ野球が開幕した。3カ月、お預けを喰らっていたわけだが、この間、野球関連の番組をザッピングしては録画させて、それを夕餉に愉しむということをやっていた。おかげでいままで見ていなかった番組を視聴するようにもなった。そのうちのひとつに『炎の体育会TV』というのがある。いわゆるスポーツの選手に通常ルールと異なった競技をさせるというものだ。昔で言うと、機械と対戦させてタイムを競う、とか、壁抜きに挑戦するストラックアウトとか、そういう類のモノなのだが、同番組のコーナーで「マスクマンとの対戦」というコンテンツをやたら気に入ってしまった。これはプロレスラーの覆面マスクをかぶった野球OBが、高校野球経験者の芸能人と対戦したり、10代アマでプロ入りしそうな子たちと勝負したりするという内容で、野球OB側が負けると、マスクを脱いで正体を明かすというものだ。オーソドックスな形式なのだが、覆面を脱ぐというのが、小さいころプロレスを観ていた自分としては、昔の興奮と相まって、どうにもたまらないんである。しかも、マスクをしたレジェンド(番組中、OBはこう呼ばれている)たちは、演出なのだろうが、かなり挑発的で、ビッグマウスで、これもプロレスの覆面レスラーの対戦前のようで面白い。プロレスの覆面デスマッチは、負けたほうがマスクを脱ぎ、それが普段はいわゆる「善玉」のレスラーだったりすると「おお」と会場にどよめきが走ったものだ。なんだかその雰囲気に似ていて、昭和的な物がまぜこぜになっていて、ドハマりしてしまっているというわけだ。ただ、覆面を脱ぐ前から、自分の場合はバッティングフォームその他で誰だか見当がついているのが残念だ。途中でヒントが出てくれば、それは既に「確認」であって。だいたいそれでわかってしまう。私がもういい年で、相当野球を観てきたせいなのか、番組のヒントが甘すぎるのかはわからないけれど、久々に楽しいコンテンツに出会えてうれしく思う。<お酒メモ>6月18日木曜日酔鯨 高育54号 4合美丈夫 特別純米 1合タイガービール 小瓶1つ6月19日金曜日ジンファンデル アメリカ 赤 グラスで2つ
2020年06月18日
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衰退産業において、他の産業にスイッチして生き残りを図るのではなく、その衰退業界に留まることで残った利益を大きく享受することを「残存者利益」という。コロナ禍で社会生活の変更を余儀なくされている。私の場合、在宅勤務が増えたし、WEBツールで打合せや会議をすることも増えた。こういった傾向を総称して「なんでもオンラインになる」と指摘する人もいる。世の中的にはZOOM吞み会というのが流行っているし、セミナーやコンサートも動画配信したりするのも目新しくなくなってきた。サロンFUJIYAMAもオンラインでやっては?という意見もあったのだが、リアル(対面)での接触というのがやはり偶発的なことが起こりやすいし面白いので、WEBには移行しないという選択をした。これも残存者利益の一つの例と言えるかもしれない。人間というのは感じたり判断したりというのは、ほぼ脳で行われているが、脳が100%やっているというわけではない。身体がある以上、身体から受ける刺激ももちろん加味して判断をしている。私はこの身体性というのが、人間が思っている以上に、無意識的に判断の材料になっているのではないかと思っている。私は、人間のさらなる可能性を引き出すためには、まず身体性を刺激することをなるべくやっていく、というのが大切だと思っている。だから「新しい生活様式」という流行りものには飛びつかずに、従来やっていた所作や習慣をなるべく持続していく方向にシフトしていきたい。ということで、三密といわれようと、勉強会つきお食事会「株わさび」もやっていこうと考えているし、他にみんなで集まれる催しも考えて、定期的に集まれたらいいなと思っている。これは、「齢を取ったから新しいことをするのが億劫」「保守的」ということではなく、そっちのほうが自分にとって好ましい、得になると感じているからである。
2020年06月17日
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少し前にも書いたが、最近は複数の哲学者や宗教学者と頻繁にメールその他でコミュニケーションをとっている。そのうちの一人が愛情とは、ギブアンドテイクの関係ではなく、相手によかれと思い、そのために何かしたいと思って、一方的にやる行為だというようなことを言って、妙に納得してしまった。何年か前に手ひどいことをされたときのことを、久しぶりに思い出した。その人物は、「自分ばかりサービスを提供しているのがむかつく」というようなことを主張していた。私は「はぁ?(*´Д`)」と正直思った。なぜなら、人や情報といった、いわゆる自分の「無形資産」を惜しみなくその人に渡していたつもりだったからだ。悪いけれど、「人を紹介する」とか「なかなか聞けない話(情報)について収集し、伝える」というのは、モノやカネを渡すよりも、高度で難しいことだ。自分の信用やメンツが丸つぶれになってしまうリスクが高いからだ。カネはまた稼げばいいが、人間は取り返しが利かない。その後関係が紡げなくなったり、継続的に情報が入らなくなることは、累乗での損失になる。そう私は思う。絶交を言い渡された状況になったもの、数カ月経ったら、件の人物はほとぼりがさめたように、小出しに距離を縮めてきた。自分が紹介する人、情報にだけはただ乗りしようというわけだ。本人に自覚がないとしたら、かなりのアホだし、はっきりいって失礼である。しかも、関係が断絶した原因が「ギブアンドテイクしていない」ということなら、なんで縁を切った後に、私からテイクだけはしようとするのか、意味が分からない。まぁ正直、ギブされたくもないし、してもらうようなものもないし、こちらからもう何も与えるものはない。すでに関係性はないのだ。私は矛盾が嫌いだ。その人物が私の目の前からいなくなってよかったと思う。私の世界の中では、その人はもう死んで存在しないのだ。コロナ禍でソーシャルディスタンスという言葉が流行ったが、あれは人間関係のことを表しているといったほうが的確だと思う。要は「この距離だったらウイルスが伝染っても仕方ない」と思える感覚とは、お互いの人間的な、心の距離を指しているからである。一般的に「家族と飯を食ってもいいが、友人や取引先はダメ、恋人はTPOに応じて」というのは、そういう判断が根底にあるんだと思う。ソーシャルディスタンスという言葉を、改めて自分なりに定義してみると、友人だ、家族だという区分で距離をとることとは少し異なる。結論としては「自分のことしか考えていない人とは、私は関係を紡ぐことができない」ということになる。逆をいえば、そういう「自己中心的な」スタンスでない人たちに囲まれて生活します、すでにそういう方々に囲まれて温かい暮らしをしています。その人たちとの関係性で万が一私の身に何か起こっても私は構いません、補償を求めませんということである。ある種、彼らに(哲学者が指摘したような)愛情を持っているのだ。そういう人たちが頭に何人も浮かぶということで、私は幸福だと思う。
2020年06月16日
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昨日は定時退社時刻ころ、繁華街での仕事がたまたまキリよく終わった。こんなの久しぶりである。ふと顔が思い浮かんだ友達に電話して呑みに誘ったところ、OKだという(^^)友人を待っていると、また別のところから「仕事終わったんだけどどこか呑みに行く?」と電話があり、電話の主も誘って呑みに行くことにした。なんか最近タイミングばっちしなんだよなー(投資以外は)。自粛解除明けで、パブの生ビールはどこも新鮮なものがそろっている。ということで、ギネスを呑もうとイェイイェイしながら繰り出し、がぶがぶと呑んだ。ギネスは4パイント呑んだ。だいたい「ビール1パイント=ワイン180ml=日本酒1合」と同じアルコール摂取量になる。というわけでワインボトル1本呑んだ感じの後、調子に乗ってさらにはしご酒。今度は日本酒である。銘柄を変えて2合ばかり呑んだ。都合6合呑んだことになる。6合呑んだらさすがに私も満足だ。家に帰って「どて」と眠ろうかと思っていたのだが、自宅近くになって仕事のメールが飛んでくる。嫌な予感がする。帰宅して指示通りにPCでメールを送ろうとすると、新規の(でも明日やればいいやとは決してほっておけない)緊急案件が入っていた。そこから仕事をする。いい塩梅で呑んでいるのに、理性を求められる仕事をそこから3時間。0時をとうに過ぎていたが、スタッフに謝って深夜に作業をお願いしますと頼み、その間にも違う仕事がぽろぽろ、ぽろぽろと入ってくる。私も涙ぽろぽろ。せっかく気分よく呑んだはしご酒が全部ぶち壊しである。動悸もしてきて、かなり身体も苦しかった。京急線に「六郷土手」(ろくごうどて)という名前の駅がある。東京都大田区のはじっこで、川向うは川崎という、大変大変地味な街だ。突然その光景が浮かんだ。「あー、6合呑んで、この土手でバタンと倒れて眠りたい、『ろくごう、どて!したい!!』」とぶつぶつおやじギャグを言いながら明け方まで深夜一人で作業するのであった。さみしい人生だねぇ。<お酒メモ>6月15日月曜日蒼空 おりがらみ 3合ちょっと双虹(十四代限定酒) おちょこで1つ6月17日水曜日ギネス 生 4パイント幻舞 生原酒 1合弱十九 Gattolibero 6 特別純米 雄町 1合弱十九 アマビエ 1合弱
2020年06月15日
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社会人になった時、漠然と「お金を増やしたい」と思って資産運用を始めた。いまから思えば、いろんな不安があって、それが自分を駆り立てた。就職氷河期という言葉すら語られることもなくなった時代で、いろんなことが最低だった。将来、自分が老いたときにもらえる年金だけでは生きていくことができない、という確信もあった。運用能力のない自分がどうやってお金を増やすか?は課題だった。周囲の個人投資家のセンスは真似したくてもマネることはできないということだけは感覚的にわかった。思考パターンが自分とは違うから、無理だと悟った。「その考えが間違っているのかも」と思い、いろんな投資法を見よう見まねで挑戦したものの、やっぱりうまくいかなかった。ならば支出を抑えて、節約で…ということも頭をよぎったが、節約するとどんどん思考のバーが下がって、卑近なことしか考えられなくなる。均衡縮小して、思考停止に陥るのだ。これは日本の経済にも言えることだけれど。結論として導き出したのは「運用にはあまりのめり込まずに、淡々とやる」「自分の得意なスタイルでゆっくりと保有する」「誰にでもできるような再現性の高い手法で手堅く運用する」ということだった。他の個人投資家と自分を比べることも止めた。そもそもきりがないし、運用総額の多寡で、手のひら返しでおべっかを言ったり、軽蔑したりという、あの卑しいマウンティングが嫌いなのだ。この個人投資家間の因習には長年目をつぶってきたけれど、どうして目をつぶっていたのかわからない。嫌だったらあのサークルから早く抜け出していればよかったのに。私はばかだ。そういうことを経験して、囚われない運用をして、ささやかに暮らせるお金は少しは蓄えられたかなと思う。下りのエスカレーターを逆走して小走りに駆け上がり、なんとか中二階のところで休憩している。自分の今を表現するとすれば、そんな感じに似ている。お金儲けの第1楽章は終わったのだ。この間、お金を持っているけれど、それを上手に使えていない人を多く見てきた。いつまでも運用パフォーマンスに拘泥して、人生の大事な部分―他人に対する思いやりとか人付き合い、健康といった無形資産―の補填や補強をしていない人、お金に振り回されて人格が変わってしまった人…負の側面の印象が強い。それを見て、私はむなしさを感じるようになった。お金には魔力がある。それは確かだが、その力の使い方って本当に難しい。そして気づいたことは「お金儲けを止めた先、自分は何をしたいのかを明確にする必要がある」ということだ。ずっと資産総額の増幅を繰り返すのは、カウンターのスコアが増えるのを永遠に眺めるのと一緒で、味わいがない。死に向かって、刻々と自分の生きている時間は減っている。だからその時間を効率よく使って生を愉しむ。そのためにお金は必要で、使う意味がある。
2020年06月14日
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私はどちらかというと仕事人間だ。仕事が忙しい、あるいはたくさんある人は、自分の人生で悲しいことがあっても、その悲しみに真正面に向き合うことを避けたい場合、仕事に没頭して逃げ込むことができる。身体が強ければ酒に逃げることもできる。これはある意味幸せである。一瞬でもつらいことから離れられるから。エンドレスでガチンコ勝負するわけでなく、一呼吸おいてから向き合うことができるからだ。多少の時間があれば、考え方が変わったり、選択肢も増えたりする。それができない人は気の毒だと思う。ただ、仕事人間は、いつまでも仕事に逃げて、人生で本来大切なことに向き合うことをずっとスキップする(繰り越しする)こともできる。これはよくない。いつかはその課題に対処しないと、最期の最期で後悔してしまうのではないだろうか。
2020年06月13日
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豆乳を毎日飲んでいるのだが、今朝、買い求めた豆乳はできたてのアツアツだった。「今日は暑いのに、冷めていなくて熱い豆乳のままでごめんなさい」とお店のおねーさんに謝られたのだが、暑い時に熱いものを食べたほうが、身体がホッとするので、私には好都合である。家に戻ってすぐに飲もうと思ったのだが、ひっきりなしに電話やらメールやらが来て、応対に追われる。せっかくのアツアツ豆乳がどんどんさめていく(><)早く飲まないと!と思い、意を決して口をつけたその瞬間、またもや電話が鳴った。「ふごっ!!」うっかりしてカップに傾斜がついてしまい、豆乳が鼻の奥の方に流れ込んでしまった。豆乳人生で鼻に入れてしまうのは初めての経験だが、牛乳と違ってねっとりとしているので、鼻をかんでもかんでもなかなか違和感は消えず、苦しみが続いている。ちゃらり~鼻から豆乳♪ とバカなフレーズが浮かんでいる。やっぱりかなりのアホだな、私。<お酒メモ>6月14日日曜日チリカベ 赤 2006 ハーフボトル
2020年06月12日
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身体を甘やかしてはいけないということで、タクシーの利用を極力控えている。以前のように5~6キロの荷物を担いでいるときも歩く、歩く。これを再開した時は翌日、腕が筋肉痛になったのだが、最近は少し慣れてきたのか、痛みはなくなった。たるんでいた二の腕が戻ってきた。もともと早足で歩く方だったが、自粛期間中はのんびり歩いていたせいか、同じ距離を歩いていても時間がかかるようになった。そこで意識してさっさと歩く。だが、日中の気温が30度を超えると、マスクをしながらの早歩きは苦しい。そこでマスクを取ってしまうのだが、すれ違う人ににらまれたりするからたまらない。みんな、よく耐えているなー。マスクがコロナな防止に有効かどうか未だわからないし、熱中症の危険があるから適宜外せ、と厚労省も啓発しているが、自分たちでこしらえた社会的ルールから逸脱するほうが嫌だからマスクをしている気がする。合理性よりも「村の掟」を守るって、やっぱり日本人の規範は昔から変わらないんだなと思う。見知らぬ潔癖の人に、道端で難癖つけられるのもたまらないので、結局手にマスクを持ったまま歩く、というのが自分流になりつつある。何か言われたらすぐマスクする、という準備をしているわけだ。「マスクしなくていい」の流れになるまで、この夏は「手にマスク」という形式で外出することになりそうだ。
2020年06月11日
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逆張り体質なのかどうかはわからないのだが、自粛が正式に緩和されてから、なぜか家でおとなしく酒を呑んでいる日が多い。思えば株もどちらかと言うと逆張り派(コントラリアン)だし、今日(14日)も日曜だというのに仕事どっちゃりで、午前から黙々と仕事をしている。終わらないんですよ、これが。仕事の案件もまた急遽1つ増えてしまって、最近は今年初めに比べると1.5倍~2倍の仕事量である。だいたい世の中が不景気になるとやたらめっぽう忙しくなる傾向にあると自覚しているので仕方ない。あと1カ月くらいはこの「ドハマり」状態が続きそうな予感である。唯一の楽しみは愛鳥「ごましお」がこまめに「遊んで!」と寄ってきてくれること。すっかり私が家に居るのが当たり前になってしまったようで、出かけようとすると少し不満げな動作をする。最近になってようやくコロナ太りというか、筋肉が落ちてしまたのだが(体重は変わっていないのでどう表現していいかわからない)、腹のたるんだ肉をつつくことがお気に入りらしく、くちばしでつついては、ねじ切るような動きをする。これがかなり痛い。手に載せていて、うつらうつらしているときに籠に戻そうとすると、今度は手首の血管をねじ切ろうとするし。ごましおさん、お願いですからDVは止めてください。<お酒メモ>6月11日木曜日カタヒ ホークスベイ ソーヴィニヨンブラン NZ 白 グラスで2つ6月12日金曜日ROSSO イタリア 赤 グラスで2つカタヒ ホークスベイ ソーヴィニヨンブラン NZ 白 ハーフボトル6月13日土曜日アサヒスーパードライ 中瓶 半分日本酒 熱燗 2合カタヒ ホークスベイ ソーヴィニヨンブラン NZ 白 グラスで2つ小布施 日本酒 5号酵母 2合ROSSO イタリア 赤 グラスで2つ
2020年06月10日
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世界でもっとも美しい顔100人にランクインし、年度別では日本人最高位をとったことのある佐々木希。その旦那さんの不倫報道が出たが、どこで誰と会ってもその話になる。こんなの久しぶりだ。コロナ騒動に関係なく、相変わらずキレキレの文春砲。すごいなあとも思う。「美人の奥さんをもらっているのに」「子供がまだ小さいのに」「そもそも不倫がけしからん」という標準的な批判はさておき、私が驚愕したのは「六本木」「多目的トイレ」「30回はした」というキーワードである。通常、こういうネタはタレこむ相手の女性が売名目的のことが多い。志村けんさんなんかがいい例だ。でも、今回はタレこんだ女性が怒ってそうしたんじゃないのかな、と思う。だっていつも致す場所が多目的トイレ、というのは、そもそも逢瀬を重ねていた女性に対して、思いやりとか配慮がなさすぎである。逢っていた場所の役割通り女性は「便器扱い」なわけで。そりゃ1回や2回はそういうことは起こりうるかもしれないが、数十回となると、完全に渡部さん、確信犯だと思う。だから堪忍袋の緒が切れて、女性は文春に情報提供したのかな、という気もする。佐々木希も気の毒だが、人気芸能人でお金も持っていそうな人に、逢うたびゼロ円、しかも毎回トイレを指定されるとは、浮気相手の女性の精神も最後は相当ズタボロだったと思う。原田龍二の「車の後部座席で」とか、袴田吉彦の「アパホテルで」というのが、ずいぶん思いやりのある致し方であり、ジェントルに見えてくるのだが…これは渡部さんがいかに「平均以下」をやってしまったかの結末なんだと思う。で、交際相手もかわいそうなんだが、やはり気の毒なのは佐々木希なわけで。あんなに美人で、TVで見る限りユーモアがあって、秋田出身だから(県民性的にも)浮気男にも多少寛容で…という人柄なのに、屈辱的な形で浮気されてしまった。私の旧友で「俺のカミさん不細工だから」と言ってのける男がいる。確かに奥さんは「うーむ」と、友人の言に頷ける顔立ちなのだが(カミさん本人も自覚していると言っていた)、笑うと愛嬌がある。その友人は結婚して10年近く経つが、一度も浮気してない。朝は途中まで一緒に通勤して、いつも家事を手伝ったりして仲睦まじい。昼食の弁当はいつも友人(旦那)が作っている。顔で人生の善し悪しが決まるわけではないのだ。「ブス=不幸、美人=幸せ」という公式が成り立つわけではないと、渡部さんの件を見て改めて認識した次第である。
2020年06月09日
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「老い」を人が嫌がるのは、美醜の問題以前に、「当たり前のことができなくなる」というもどかしさが根本にあるのだと思う。要は、身体なり、頭なり記憶なりが「狂う」ことを実感し、そこに恐怖や不安があるから人は老いをイヤがるのだ。老いても、狂いが少ない、遅い人というのはたまに存在する。そういう人は老いを受容するという言い方が正しいのかはわからないけれど、淡々と生きている。いや、狂っていないから受容できている、ということなのかもしれないが。歳を取って(痴呆や認知症という以外の意味で)急におかしくなる人を見かけることが少なくない。おそらく身勝手だったり、多少無理を続けて生きてきて、それで通ってきた(やってこれた)から、「自分のあちこちが狂ってきたけれどどうにかなる」とか、そもそも狂ったことを認識していないのかもしれない。高齢化社会になってきたことも手伝ってか、そういう人を見ることが少なくなくなってきた。老いて狂う当人に悪気があるわけではないということも、もちろん承知しているが、それでもこちらが開いてから被ることの重たさ、ストレスだったり大変さを考えると、いつも100%受け止めることはできない。それなりの関係性(血族だったり、大変お世話になったり)がなければ、受け止めは勘弁だよなーと思うこともある。いつかは自分も狂うわけだし(というかもう若干狂っている自覚がある)、まぁ順番に人に迷惑をかけるのだから少しでも受け止めをしないといけないなぁという気持ちはあるのだが、そこはやっぱり関係性というか、人間関係の距離が大事になってくる。ほどよいソーシャルディスタンスの近さを保っていないと「ごめんだよ」となるわけで。私は独身だし、まぁ狂ったら「身ぐるみはがされて姥捨て山にポイ」される可能性が高いと思っている。それを怖いとか悲しいとか思ってはいなくて、もはやそういう認識ができなくなったらそうしていただいて構わないと思っている。だって世の中のお役に立てないし、どう考えたって存在が邪魔だもの。自分の存在が尊いと思っていないから、自分をいつでも粗末にできるし、それを受け入れられる。老いて、自分が何かに役立つとしたら「自分を大切にしない」というモットーそのものの生き方かもしれない。禅の言葉で「放下著(ほうげじゃく)」というのがあるのだけれど、その感覚に近い。自分を大切にしないこと、自らのこだわりを捨ててしまうことを意味する。「断捨離」のブームが続いているが、まず処分するのはモノではなくて「己の欲とかこだわりとかプライド」なんじゃないのかな。できれば狂ったことすら認識できなくなる前に、それをやりたいものである。
2020年06月08日
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訳ありトマトを購入。給食か何かで使う予定だったものが急遽キャンセルになったということで、買ってくださいというお知らせをみて即決。注文して約10日ほどで届いた。早い。長崎のトマトで、2箱、2種類あったのだが、塩気があってうまい。国内産のトマトはどうも九州や四国のほうがクオリティが高いように思う。これらの地域は霧島や阿蘇の噴火などで土壌に火山灰が多く堆積している。それがトマトを美味しくしている理由の一つだと感じている。水はけがよく、土壌にミネラルがあるからだ。伊豆のトマトも甘くて水分がちょうどよく、美味しいと言われるが、これも昔の富士山噴火や箱根山の噴火で培われた土壌と関係があると感じている。ただ、ぶっちゃけ、伊豆のトマトより今回の長崎のトマトははるかに美味しい。いっぺんでファンになってしまった。届いた量の1/3は、商店街でお世話になっている人たちにおすそ分けしたのだが、7キロ近く届いたのでそれでもなお余りある量。冷やしトマトやスープ、トマト炒めもいいのだが、季節の変わり目で蒸し暑いので、お酢を使ったトマト料理を中心にして消費している。写真は先日作ったものだが、たいていトマトの他、有り合わせの野菜でサラダをこしらえる。調味料も日々適当にカスタマイズするのだが、写真の場合は「みつば」「(水にさらした)新玉ねぎ」にトマトを合わせた。梅酢1:オリーブオイル1:バルサミコ酢0.3に塩コショウして和えるだけ。簡単である。他の日は「たこ+アボガド+トマト」「せり+玉ねぎ+トマト」「ウォッシュタイプのチーズ+バジル+トマト」「ゆで卵+玉ねぎ+トマト」「セロリ+マスカルポーネチーズ+トマト」といろいろである。トマトの鮮やかな赤が引き立つように、緑色のものを入れるといいのかな、と感じている。晩酌はいつもみそ汁を飲んでからスタートするのだが、最近はその次に食べるのがこのトマトサラダになっている。ナッツを食べているともうお腹いっぱい。「そんな食べ方しているから痩せるんだよ」といわれるが、食べたい順に食べているので仕方ない。というわけで、昨日はわらびの煮物を作ったのに、食べずに終わってしまった(汗)<お酒メモ>6月9日火曜日カタヒ ホークスベイ ソーヴィニヨンブラン NZ 白 ハーフボトル小布施 サケナチュレ 2019 2合6月10日水曜日カタヒ ホークスベイ ソーヴィニヨンブラン NZ 白 グラスで2つ蒼空 美山錦 2合半而今 酒未来原酒 1合楽器正宗 純米吟醸 1合弱
2020年06月08日
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6月から阪神タイガースの試合をネット配信するサービスに再加入した。いまは練習試合ではあるが、ほぼ毎日放送してくれている。コンテンツ配信なので、何時からでも見られるのだが、やはりライブ感を味わいたいと思っているので、なるべく夜の場合は試合開始近くの18時過ぎにはアクセスするようにしている。するとどうだろう。まだ数日なのだが、生活時間が少しずつ元に戻ってきた。18時に試合開始。キッチンでつまみを作りながら試合の流れを聞き、19時くらいからはしっかりと座って野球を楽しむ。7回には六甲おろしを「両手をあげエアメガホンの要領で」歌い、タイムリーヒットを打った選手が守備に就くと(聴こえてはいないが)球場にいるときと同様、声援を送る。21時過ぎくらいには試合が終わるから、そこでお酒も止めて、監督インタビューや選手インタビューを聞いてそれなりの時間で独酌が終わる。お酒をいい区切りと時間帯で止められるのだ。3月から10月くらいまで野球のシーズンなのだが、約8カ月弱にも及ぶ。1年の2/3にあたるこの期間をこうやって過ごしている。だからタイガースの試合は、私にとってタイマーみたいな役割を果たしていたのだと、改めて実感した。コロナ禍が始まった時は、日常を維持しようと努めていたが、それが1週間、1カ月、2カ月と経つにつれてだんだん怠ける方にずれてくる。人間の体内時計は24.5時間といわれているから、自分で時間の区切りをつけていかないと、どんどん時差ができて後ろ倒しになってしまう。たまにはそういうこともあっていいのだろうが、それが続くと、肉体だけではなく精神の怠惰につながり、それが慢性化する。動作がおそくなったり、他人の感情を読み取ることが鈍くなったり、そのコミュニケーションの落差からうつになったり、といった症状が出やすくなるのかな、と思う。人間は「習慣づけ」が大切だが、それが少しずつ乱れ、ある程度の期間が経つと、元に戻らなくなってしまう。太り始めに体重を戻すことは割と簡単にできるけれど、医者に指摘されるようになるころにはとても大変になるのと同じだ。朝は愛鳥「ごましお」と間男「文蔵」が、遮光カーテンを閉めた暗い部屋の中でも、それなりの時間に啼いて起こしてくれる。眠い頭をのまま風呂を沸かし、やかんで湯を沸かし、緑茶を淹れて身体を起こす。夜は野球を観て、時折友人と会ったり坐禅をする。そういう機会を以前から持っていたことも幸福だが、このように社会状況が変わっていても変わらず同じものが私に刻(とき)を告げて気づかせてくれるのはとてもありがたいものである。誰もが、1日の習慣の中で、「何時にやっているいつものこと」という所作を多く取り入れることで、「新しい生活様式」ではなく、懐かしい「いつもの生活様式」は少しずつ取り戻せるのではないか。ちなみにコロナ前よりも株を見る時間は増えていない。むしろ減っている。中毒性があり、時間を奪い、生活のリズムを乱す依存性のあるものは「阿片」みたいなものだからだ。「酒呑みが何を言ってるんだよ」と自分でも思うのだが、そこそこ元の量とペースに戻そう、料理もまともなもの(野菜中心)にして、時間をかけてちゃんとしたものをつくろうという試みをしている。呑むお酒のアルコール度数を軽めのものに切り替えるなど、小細工しながらちょこちょこ実験。慌ててはいないけれど、一歩ずつ「自分のねじを巻いていかないと」と思っている。<お酒メモ>6月7日日曜日陸奥八仙 純米 3合若竹 純米 1合6月8日月曜日デイ・オブ・ザ・デッド IPA 小瓶1つカタヒ ホークスベイ ソーヴィニヨンブラン NZ 白 ハーフボトル
2020年06月07日
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2月の野村克也さん逝去に続き、佐伯チズさんが6月5日、76歳でお亡くなりになられた。美容という言葉とは対極の私だが、実は佐伯チズさんにも生前お世話になっていた。不規則な生活と大量飲酒、身体のゆがみを考えると、私の見た目は見るに堪えないようで、「肌はこうやってケアしなさい」「顔のマッサージはこめかみを抑えて10回」などといろいろ個人的なアドバイスをしてくれた。施術してくださる、というありがたい申し出もいただいたのだけれど、業界のゴッドハンドだし、美容業界は門外漢の私。なんだか申し訳なくて断ったまま、ALSになり、そのまま違う世界に旅立たれてしまった。いつも前を見て、というよりは上を見て(天を仰いで)、人を励ましていたような記憶しかない。変な言い方だけれど、敗戦の焼け野原で、力強く天をにらんで「やるぞ!」と心に誓っている少女のような。そんな方だった。人一倍気配りもできる方だった。おうちにお邪魔した時に、あるとき誰かの飲んでいた水がこぼれてしまった。私はいつもカバンにちょっと大きめのハンドタオルを入れているので、それで拭いたら、帰り際に「これ持って行って」とフェイラーのハンカチをくださった。「水だから洗えば済むからいい」といって断ったのだけれど「いいから」と押し付けるようにして渡してくださって、「ああ、どうしてこんなにきれいな人が、男よりも男気があってキップがいいのだろう」とめまいを覚えたのだった。彼女の強さが、男気のように見えたのかもしれない。唯一、食べ物の好みはとても合った。たまたま持って行った手土産が、お取り寄せが大好きだったチズさんのお気に入りだったりして、いろいろと話がはずんだ。晩年はいろいろ苦労ばかりだったように思われたが、弱音を吐くことなく、いつも前向きだった。私だったらとっくにくじけていることに遭遇しても、「強い人だな」と思う以外に何も感じないくらい、前しか見ていなかったように見えた。体調が悪くなり、自身がALSだと知ってからは、そういう以前のチズさんの雰囲気と異なってしまった。それは、その病がいかにチズさんにとって最大の「壁」だったのかということが垣間うかがえる。今思い出しても、私の心はちくちく痛む。ALSを公表されてから、私はたびたび風呂上がりに鏡を見ながら、チズさんのアドバイスが頭に浮かび、それをさぼったりしている自分を自覚して、反省し、取り組んだりもした。せっかく助言をもらったのに、やっていない自分に罪悪感を覚えたし、それをやらないことは、チズさんを大切にしていないことに等しいんじゃないかと思ったからだった。ALSは最後は自発呼吸もできないから、気道を切開して呼吸を維持するしかない。つまり声が出せないんである。末期には脳の筋肉も影響する。だから、彼女からもらった肉声とアドバイスは、遺言みたいなものなのである。大切な言葉というのは、書きつけていなくても記憶に残る。ノムさんの言葉もそうだけれど、大切なものをいくつもいただいたのだから、開陳していいものは、後世に残すなり、人に伝えるなどして、リレーのように紡いでいきたい。それも一種の「遺伝」だと思うから。佐伯チズさんのご冥福をお祈り申し上げます。<お酒メモ>6月6日土曜日開運 無濾過生 2合半陸奥八仙 純米 半合若竹 立春朝搾り原酒 1合スルガベイIPA 生 450ml グラス1つ
2020年06月06日
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長らく介護施設に入っていた祖母が、看取り介護に入ったという連絡が入った。看取り介護とは、いわゆる緩和ケアのことで、痛みについてはフォローするけれど、基本的に治療はしないというやり方のことだ。すでに会話をすることもできなくなっていて、今年中には息を引き取るだろうと言われた。 数えで3桁まで生きているので、もう十分だと思うし、幸せな最期を過ごしているのだと思う。10年位前から自分のことを7歳の少女で、幼いころ暮らした故郷に住んでいると思っている。私が誰だかもわからない。だから、私からすれば祖母は既に「生きながら死んでいる」状態で、矛盾を抱えた生き方ともいえる。いつ逝ってもいいと思っている。もう本人も死に対する恐怖感などないともいえる。だから、できれば穏やかに最期を迎えてほしいと思う。そもそも、周りにいる肉親の区別もわからず、昔の記憶の中に生きている祖母は、肉体としては生きているがすでに死んでいるのと同じだ。夢の中で生活しているわけだ。80歳にして一晩で一升瓶の日本酒を呑み干し、若いケアワーカーのイケメンには目がなく、85歳を超えて腰を骨折しても完治し、90過ぎまで車いすでなく自力であるいていた。食欲旺盛で1日3食以上食べるので、施設の人に叱られていたほどだ。もう十分だと思う。すでに生きているか夢の中なのか、祖母自身もわかっていないのだから。胡蝶の夢の中で実際生活しているのだから。だから薄情といわれるかもしれないが「もうすぐ死んでしまう、残念だ」という悲しみの感情は私にはなく、祖母が、死という一瞬の「点」を通過する前後が楽だといいなぁと願っているのみである。 私には身寄りがないので、こうやって右も左もわからなくなったときに、誰かに面倒をかけるくらいなら、まだ正気の時に、自分の身が片付く方が世間に迷惑じゃないのかな、などと祖母を見て思う。 周りに人がいて介護をする、介護費用を払うというのは、その人間を支えている次世代が「責任を肩代わり」してくれているからだ。そうしてもらっているのは、その人自身(この場合は祖母)の運の強さや功徳なのかもしれないが、私にはそれがない。 自分の始末は自分でつけられる環境にあるといいな。そう夢想している。
2020年06月05日
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6月に入って、企業も在宅勤務中心から少しはほどけてきたけれど、まだ時差通勤や一部在宅というところも多い。陽性者が出ると保健所の指導が入るのだが、解除後もそれは相変わらず行われている。万が一出ると面倒で様子見しているのかもしれない。ところで、コロナのヒステリーが世間で広まったとき、企業の一部では電車を止めてタクシー通勤にしなさい、という指示が出た。逆にタクシーは密だから電車で、というところもあって、なんだかなぁと思ったのだが、自分の勤め先では「絶対タクシーで」というおふれが出ていた。片道1万円以上かかる距離でも「タクシーOK」ということだったので、おやおや、全体の経費がかかって個々人の年収をかなり喰うぞ、と思った。そういう遠方からくる人の中には、会社がそういっているんだから、と嬉しそうな表情をしている人もいたが、私はそれでもあんまりタクシー通勤をしたいと思わなかった。理由は2つある。ひとつは「体がタクシー通勤に慣れてしまうと戻すのが難しいこと」。コロナ太りという言葉があるが、動かなければ筋肉量は落ちるし、免疫も弱るので、結果コロナその他の病気にかかりやすくなる。若年性のフレイルになりやすくもなり、いいことがない。もうひとつは金銭面だ。通勤費というのは、会社全額負担のところは少なくない。ただ、通勤費というのは、制度上、額面の年収に上乗せされて、社会保険料が決まるということを知らない人が多い。つまり、通勤で片道200円の人と、400円かかる人では、額面の収入が一緒でも、天引きされる社会保険料の金額が変わってしまうということだ。在宅で通勤費が減るなら、社会保険料も下がるからいいけれど、電車で片道200円そこらのところを、タクシーで5000円、6000円もかけていると、ちりもつもれば、でえらいことになる。ということで、会社の顔色を見ながら、早々にタクシー通勤の回数を減らしているのであった。ただでさえ今年はボーナスなんてないのだから、変なところで手取りを削られてはたまらない、わけである。<お酒メモ>6月5日金曜日ギネス 生 3パイント赤ワイン イタリア 3クオーター(ボトル)
2020年06月04日
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毎日のように宅配便が届く。ほとんど(9割)は仕事の書類の束なのだが、今日は冷蔵便だった。「なんだろう?」と思うと、差出人はとある哲学者からだった。仕事柄かもしれないが、私は宗教とか哲学に携わる方との交流は比較的多い。一人とか二人とかではないのだ。つきあう人間が持っている感性や考え方というのは、自分自身にも徐々に伝染する。観念的なことや物事を抽象化して考えたりすることが少なくないのも、こういう人たちとかかわっているかもしれない。脱線するが、自分がもし「こういう人間になりたい」と思う姿があるのなら、今つきあっている人間関係で、自分がなりたい自分とは違う(ギャップがある)人との交流を減らして、憧れたり、正直に話してホッとするする人との機会を増やせばいい。たぶん、そうすれば願いは叶うと思う。マウントを取り、取られの生活に辟易しているのなら、そうやって自慢する人とのつきあいを避ければいい。いばりんぼうとの接触は最小限にすればいい。贈り主の話に戻るが、この方から(書類以外に)何かが届くのは2年ぶりだ。前回は冷蔵便で「野菜」と品名が書かれていたのに、開けてみると大量のなまこがビニールに入っていた(^^;「人の思い込み」を風刺する、あるいは、目に見えているものと現実は違うということを表現したかったのだと思うが、いやはや本当にどっきりした。今回は「ナマモノ」とある。つぶれた缶ジュースの段ボール箱はなんだかふにゃふにゃしていて軽い。不安に思いつつも、ガムテープをはがしていくと、そこにはつなぎ目がない。箱が開く部分にガムテープをしているわけではないのだ。うーむ…だんだん得体のしれない不安が襲ってきた(笑)ついに箱を開くことに成功するが、しわくちゃになった新聞ばかり。その中をごそごそしていると、ようやくビニール袋が見つかり、中に山菜が4つ入っていた。ミズ、ハチクダケ、ばっけ(ふきのとう)、わらびが入っていた(^^)贈っていただいたところの真意は定かではないが、好意が詰まっているのは間違いないので、素直に喜んで、美味しく頂こうと思う^^今年はコロナ騒動で、山菜取りに出かけられなかったことにがっくりしていたので、とても嬉しい。<お酒メモ>6月4日木曜日伯楽星 純米吟醸 2合小布施 日本酒 2号酵母 2合
2020年06月03日
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6月19日からプロ野球が開幕予定だということで、前のめりで、阪神タイガースの試合を中継してくれるネット放送を6月1日から予約した。巨人の坂本と大城がPCR検査でコロナ微陽性(のちに陰性)という報道が3日に出て、なんだか19日開幕も怪しくなってきたので、フライング気味だったかな、と躊躇しているのだが…。それにしても微陽性、ってなんだ。微炭酸じゃあるまいし…あんまり区分を細かくすると、潔癖症の人がうるさいから、グレーゾーンを大きく作ってほしくないんだけどなぁ。ともあれ、1日から練習試合で対広島戦を見ている。無観客ながら解説がついているので、静かに試合を観ることができて、これはこれで新鮮だ。大相撲は歓声がないと寂しかったのだけれど、野球はまだ、選手の登場のBGMとか効果音があるので、寂しい感じはあまりない。練習試合とはいえ、新外国人で4番に座ったボーアが徐々に調子をあげて毎日HRを打ったり、バックスクリーンへのHRも放った福留の仕上がりがよさそうなので、私は連日大興奮。2日の試合では投手の飯田がリリーフカーで登場した時に、ドラクエのオープニングテーマを選んで王子様然として出てきて、ベンチ一同失笑。こちらもかなりウケた。そのせいか、少々熱が出てしまった(汗)。夜中にウンウン言って、明け方にはおさまったのだが、これは最近刺激&運動量の少ない生活を送っていたせいで出た知恵熱かもしれない。最近ちょうどよかったスキニージーンズのお尻周りが、ゆるい感じからちょうどよくなってしまったので、太ったのかも(!)いきなり普段の刺激全開だと身体がびっくりするかもしれないので、少しずつ負荷を増やしていきたい。とはいえ、このところ18時過ぎに仕事が飛び込んできて、すぐに処理しないと納期がまずいものばかりなんで、今も午前に入ろうと思った風呂に入れず、食事もせず、仕事の合間に久しぶりにブログ更新。ちょっとだけ呑んで今日は早めに寝るかな。…だめだ、昨日の試合7回までしか観てなかったから、その続きと、今日の試合のストリーミングを今から見なければ…って、やっぱり知恵熱でそう。<お酒メモ>6月2日火曜日カタヒ ホークスベイ ソーヴィニヨンブラン NZ 白 ハーフボトル伯楽星 純米吟醸 3合6月3日水曜日フランス・ローヌワイン 赤 2015 グラスで2つフランスボルドーワイン 赤 2015 メルロ主体。 グラスで3つ
2020年06月02日
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なんだか「ごましお撫でる」→「風呂入る」→「仕事する(かなりただ働き)」→「酒を呑む」→「仕事する」「ごましお寄ってくるからまた撫でる」→「寝る」を繰り返しているような…(汗)。一心不乱に何かに集中するとお悟りが開けるようですが、開きたいと思っていないのに追い込まれております。今日もまだまったく食事していないので、そろそろいったん人間らしいことをしたいと思いますが、取り急ぎお酒メモ。<お酒メモ>5月31日日曜日カタヒ ホークスベイ ソーヴィニヨンブラン NZ 白 グラスで3つまんさくの花 ピンクラベル 限定酒 1回火入れ 令和1年醸造 2合半宮城峡 シェリー樽。最初そのままで、最後ロックで。 ダブルで3つくらい(おいおい…)※玉置浩二の曲聞いていたら、酒が込んでしまいました。彼の曲を深夜に聞くとトリップするからやばいんですよね…。6月1日月曜日キルケニー 生 1パイントギネス 生 2パイント
2020年06月01日
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