全3762件 (3762件中 1-50件目)
なんだかこのところ、お味噌ブログになっています。文章を書くことに 興味が薄れてしまってね。ほんとは、2月に仕込んだ豆味噌のことも書いておくべきだったんだけれども、味噌もやる気も、いまいちで、飛ばしてしまいました。今日も また、新しいお味噌づくりに とりかかっています。毎日 家にいると、お味噌汁を飲む回数も増えて、お味噌の消費量も、アップ。ここ数年、継ぎ足し継ぎ足し? つくってきた お味噌もいよいよ 残り少なくなりましたので、早めに 次のお味噌を仕込んでおくことにしたのでした。で、やっぱり記録しとかなあきまへんな、ということで、とっても重い腰とお尻を ぐっと持ち上げてPCの前に座っています。いやいや、PCの前には、毎日 へばりついているんだけどね。楽天ブログの画面を開くのが、前回のお味噌以来。とはいえ、打ち始めると、長いんだよね。だから余計めんどくさくなるのにね。はい、まずは、豆味噌のお話。2022年2月15日。豆麹(おたまや) 130g伯方の塩 26g ←あとで めちゃくちゃ足した。まんてん水 45g ←同上なんかね、「豆麹だけ(大豆なし)でつくれる赤味噌」みたいなのを見つけて、やってみたんです。勇気がないから、130gの豆麹でね。ちょっとだけよ?アンタも好きね。 ← トシがバレる。(そして、↑こんなことやってるから、長くなる。)だけど、書いてある通りにやってみたら、なんか、おかしい。どうやら、そのレシピにある豆麹は、乾燥麹ではないらしい?ということで、混ぜながら、まあ、こんな固さかな、というところになるまで水を(それに伴い、塩も) たくさん足したというわけです。食べられるようになるまで、2年くらいかかるらしいんだけど…(仕込み後、1ヶ月半経過)どうなのかしらね。まあ、これは、実験みたいなものだから、失敗したら、それはそれでしかたないかな、という感じです。ああ、そうそう、年末に仕込んだ、ひよこ豆のお味噌。そう、塩を入れるのを忘れて、後から強引にねじ込んだやつ。無事に、お味噌になりました。予定よりも早く、先々週あたりから、食べ始めています。これが、美味しいんだー。かなり甘めなので、残り少ない在庫味噌と合わせて、使っています。あと1ヶ月くらい、魔法のバケツで熟成させたら、甕に移すことにいたしましょう。ひよこ豆味噌、いいよー。よくある表現ではありますが、優しい味がする。それにしても、あんなに ひどい つくり方でも、ちゃんと お味噌になるんだもの。伝統食って、素晴らしい。さてさて。私が今日 仕込んでいるのは、大豆を使った 普通のお味噌です。(↑uberのCM風に。)今回は、玄米麹にしてみました。(ずっと前から、麦味噌・麦味噌と騒いでいる割には、なぜか 麦麹には手を出さない、不思議。)十勝産大豆 250g有機玄米麹(おたまや) 260g伯方の塩+鳴門の塩 110g大豆の茹で汁 300ml今回は、前回の反省を活かし、あらかじめ お味噌の覚書を チェックしてから 始めましたよ。大豆は2日間 水に浸して、圧力鍋で圧力かけずに煮ましたら、2時間足らずで 柔らかくなりました。バンザイ。塩も、忘れないように、先に量って 目の前に置いといてね。煮汁も、早めにボールに取って、冷ましておいてね。塩切麹も、バッチリ。今回、大豆を火にかけていたのは 1時間半くらい。あとは余熱で放っておいたら、いつもよりも 柔らかくなって、すりつぶすのも、楽々でした。アサヒ軽金属のお鍋は 余熱力がすごいので、助かるわ。量が少なかったこともあり、トータル3時間ちょっとで仕込み完了しましたよ。容器も、魔法のバケツ(小)で、オッケー。なめらか、なめらか。十勝産の大豆は、近所のスーパーの 常設北海道物産展みたいなお店で、買ったもの。煮上がり状態を確かめるために、いくつか 食べてみたのですが、茹でただけの状態(味付けなし)でも、すごくおいしい大豆でした。今度は、この大豆で、煮豆でもしようかな。お味噌を自分でつくるようになって、丸4年。不思議なことに、どんな出来上がりであろうとも、自分でつくったお味噌は 口に合うんですねー。玉ねぎ・長ネギも、自分で栽培したら、美味しく感じるのかしらね。・・・それは 無理。お醤油も、また やってみようかな。でも あれ、搾るのがめんどくさいんだよなー。搾っている数日間、家中が 醤油くさくなるし。ただ、自分でつくった お醤油は、最高に美味しかった。なにはともあれ、今回のお味噌も、出来上がりが 楽しみです。(↑突然、書くのが めんどくさくなって、〆に入った・笑)ありがとうございます。
2022.03.27
寒くなったら、お味噌の消費量が増えました。お味噌汁を飲む量・回数、ともに 増えたから。おぉ、このままでは お味噌が足りなくなる…!毎年だいたい、2月~3月頃に 仕込んでいたのですが、今回は 少し早めに 着手することに。冷蔵庫には、まだ 小さい甕1つ分、あるんだけどね。↑そうそう、この甕!もともとは 焼酎が入っていた甕なのですが、もちろん あっという間に 飲み干して、有効利用。お味噌を入れるのにも、梅干を入れるのにも 重宝しています。魔法のバケツを使っているとはいえ、お味噌、美味しくなるまでには、3ヶ月 かかる。ほんとは、今、めちゃくちゃ忙しいんだけど、ある種の現実逃避でしょうか。後先考えずに、ひよこ豆を水に浸けてしまいました。そう、今回は、大豆ではなく、ひよこ豆の、お味噌。ああ、ひよこ豆と言えば、ひよこまめさん、お元気かなあ。個性学の。その節は、お世話になりました。まあ、めちゃくちゃパワフルな方(だったような記憶が…)だから、たぶん お元気でしょう。数ヶ月前に、「ひよこ豆でお味噌づくり」という講座を見かけ、車で行かなければいけないような場所だったから参加はしなかったけれど、ひよこ豆でもお味噌つくれることを、知ったのです。で、次はやってみよう、と。なんかね、ちょっと甘めに仕上がるらしいの。ということで、最近は、麹を多めにしていたのを、今回は、ひよこ豆と麹を同量ずつで。アメリカ産ひよこ豆 500g米麹 500g鳴門の塩 220gひよこ豆って、ガルバンゾ、ともいうんだよね、いつも「ガンバルゾ」と読んでしまいます。あ、どうでもいいですか、そうですか。ふだんは、大豆300g、麹500gくらいでつくるところ、今回は、ひよこ豆が1袋 500gだったので残しておくのも なにかと面倒だから、頑張りましたよ。っていうかね、ひよこ豆って、大豆に比べて煮上がるのが早いらしいのです。で、やってみたら、ホントだった。土鍋で ことこと、1時間半くらい?途中で、火を止めたり 時間を置いたりなんかしていたからこれくらい かかったけれど、ずっと 火にかけっぱなしだったら、1時間くらいだったのではないでしょうか。でさ、過去の私が、ちゃんと「お味噌の覚書」なるものを残しておいてくれたんだからさ、動き始める前に、読んでおけばよかったものを。バタバタやりながら、「あ、そうだ♪」って PCに戻ってきてバタバタ読んで、また台所に戻ったりするもんだからさ。以前の教訓を すっかり忘れて、圧力鍋+ガラス蓋ではなく土鍋で 茹で始めちゃうし。いつものように、先に塩と麹を混ぜておけばよかったものを、先に乾燥麹を戻してから、塩を混ぜよう、なんて考えちゃうし。↑コレが、あとで、怖ろしい事態を招くとは、露知らず。(中略)500gもの大量の(当社比)ひよこ豆は、潰すのに 40分。覚悟していたよりは ずっと早く 潰し終わりましてね、戻して休ませておいた麹も、いい感じになっていてね。大きな器がなくて、四苦八苦しながらも、ひよこ豆と、麹を混ぜて、混ぜて、混ぜて。魔法のバケツに詰め込んで、うわあ、いい感じ♪ってところで、気づきましたよ。お塩を入れるの、忘れたじゃーん!もうね、我ながら、びっくりですよ。がっくりですよ。でも、しかたないもんね。ひよこ豆と麹が合わさったヤツを、少しずつ ボールに取って塩を、混ぜる。魔法のバケツに、詰め直す。これを何度も繰り返し、なんとか、終了。お塩の分量が、ふだん(40%)よりも 少し多めになったのは、ちょっとした保険です。まあ、どんだけ 御利益あるんだか、ないんだか。はて、大丈夫かなあ。お塩、頑張って混ぜたつもりだけど、私のことだもん、たぶん たいして 混ざってないよね。でも、しかたないもんね。↑人生、これの繰り返し。あとは、「祈る!」だけですよ。祈りますよ、お味噌のために。でも、まあ、なんとかなるんじゃないかなあ。駄目かなあ。どうかなあ。まあ、とりあえず、毎朝、ひよこ豆味噌になるつもりのペースト状のモノが入った魔法のバケツに、お祈りすることにいたします。うまくいったとして、食べられるようになるのは、3月末~4月頃。今のお味噌、それまで もつかなあ。また別のお味噌を、麹多めで仕込んでおいた方がいいかなあ。そうそう、今回は見送ったけど、麦麹のお味噌も、つくってみたいのよね。年末、とんでもない 思いつきの行動で、バタバタしましたが、なにはともあれ、初めての、ひよこ豆のお味噌、楽しみです。ありがとうございます。
2021.12.29
自分に決定権があること、よりも、自分に決定権がある、ということを 自覚していること、の方が、重要なんだな。だって、誰でも、自分に関する決定権は、自分が 持っているんだもの。それを自覚しているかどうかによって全然 違うんだろうな。なにが?…うん、それは、「なにか」が、だよ。(おい)ありがとうございます。
2021.12.16
たとえば、ある ひとつの道がある、とする。なにも、もろ手を挙げて それに賛成する必要はないんだな。自分が その道に足を踏み入れる必要も、ないんだな。ただ、それもアリなんだ、と、気づくだけで、いい。それだけで、世界は変わる…のかもしれない。(実験中)ありがとうございます。
2021.11.26
許可すると、満たされる。たとえ、まだ なにも 入ってきていなくても。ありがとうございます。
2021.11.24
長年お世話になっていた 時計屋さん…(とはいっても、20年のうちで数回、電池交換や修理をお願いしたことがあるだけなんだけどね)3年くらい前に、閉店してしまいました。ある日 気づいたら、閉店してた。すごい達筆の「閉店のお知らせ」が、貼ってあった。もうかなりのご高齢だったので、引退だったのでしょう。時計屋さんには 数年に1回くらいしか 用事がないから、しばらくは 不都合なこともなかったんですけどね。このたび、腕時計の電池交換が必要になって、「次に ナニカあったときは、ここだな」と目を付けておいた小さな時計屋さんに、行ってまいりました。なぜか、動物病院と併設してる(入口が同じ)、不思議な時計屋さん。時計屋さんと言っても、商品は、小さなショーケースに腕時計と目覚まし時計が お義理のように 並べてあるくらいで、むしろ ホームセンターの方が品揃えが良いくらい。ほぼ、修理専門なのでしょうね。初めて入るお店で、ちょっと ビクビクしながら腕時計を差し出しました。「これ、落としちゃって…落としたから動かなくなったのか、電池切れで動かないのか、わかんないんですけど…」カウンターの向こうに座っていた おじさんは愛想よく立ち上がり、「じゃ、見てみましょうね」と。ああ、なんだ。いいひとじゃん。(誰が、「悪いひと」だなんて、言った?)おじさんは、裏側の蓋を開けて、ちょっと見ただけで「落としたから、動かなくなっちゃったんだね」と 言い、ちょろちょろっと すぐに 直してくれました。「電池は? いい? 買って、どれくらい?ああ、なら、あと1年くらいは、大丈夫かな」あらま。黙って 電池交換までしちゃって、その分 上乗せで請求してもわからないでしょうに。ほんと、いいひとだわ。(誰が、「悪いひと」だなんて、言った?)安心した私は、電池切れの腕時計を もうひとつ 差し出し、そちらも 電池交換を お願いしました。「なんか、すいませんね。散らかしてて。整理しようと思って広げて、片付ける前でさ。」おじさんが 指を指すので 床を見ると、たしかに、請求書やらなにやら、書類が 散らばっています。ああ。お気になさらず。ウチと比べたら、キレイな方ですよ?…と 言いたくなったけど、もちろん、黙っとく。「あはは。おほほ」と笑って、ごまかす。お会計をすると、落とした方の時計が1000円、電池交換が 1300円。覚悟していたよりも安くて、ほっとしました。おまけに、私の持ち込んだ腕時計、2つ、中味は同じものだそうで、壊れてしまったら、両方 持ってくれば、どちらか1つは 救出できるそうです。ご親切に、そんなことまで 教えてくれました。まーね。ネットで 3000円くらいで買ったやつばかりだから、修理するよりは 買った方が安いかもしれなけれど。ほら、私、なかなか捨てられないからさ、修理ができる= 捨てずに済むのは、非常に ありがたいことです。ああ、よかった。今度 ナニカあったら、また ここに来よう。さっきから、「おじさん」呼ばわりしているけれど、私よりも 少し 年上なくらいではないでしょうか。それなら、私が おばあちゃんになるくらいまで、大丈夫だわね(おい)なんか、個人商店の時計屋さんって、いいひとが多いような気がする。(注:サンプルは、2人)この頃、なにかにつけて 感じの悪い店員さんが多いので(「近頃の若いもんは…」と言い出したら 終わりだから黙ってるけどね。← 言ってる。書いてる。)たった これだけのことだけれども久しぶりに なんだか 温かい気分になって、お店を後にしたのでした。ありがとうございます。
2021.11.22
ストレスのモトって、「理不尽さ」なのか…?自分のコトだとしても。ヒトのコトだとしても。ありがとうございます。
2021.11.20
「忙しい」の「忙」は「心を亡くす」と書く、なんて 言われているけれど。実は、そんなことないんだな、と、わかった。カラダやアタマが 忙しくても、ココロは フリーで のびのびしている、充足している、なんてことも、あるんだな。そんなことが、わかった。そういえば、私は、ムカシ、カラダやアタマと 心を、分離させていた…カラダやアタマは そのままに、心だけ どっか 行っちゃっていた…そんな時間を多く過ごしていた時期が、あった。(見た目は もちろん、普通に生活している。)だけど、それとは、違うんだ。心が、カラダやアタマのいる場所から逃げているのではなくて、一緒にいるんだけど、自由な感じ。そんなのもアリ、なんだな。そんなことが、わかった。ありがとうございます。
2021.10.28
入力系の作業をしていて、気づいたこと。私は、「変換」をするとき、とても細かい単位で、区切る。ほぼ、単語ごとに、変換・確定していく。だって、下手に長く打ってから「変換」すると、勝手に妙な区切り方をされて、意図したのとは違う変換結果になってしまうから。・・・と、思い込んでいるから。そうそう、むかしむかし、ワープロが まだ世に出始めた頃は、そうだった。なんせ、私は、タッチタイピング(これも、ムカシはブラインドタッチと言っていた)を、英文タイプライターの講義で覚えた世代なのだ。新卒で入社した会社には、タイプライターは もちろんのこと、海外との連絡用に「テレックス」なんてものが あったのだ。(さすがに、使用頻度は、まれだったけど。)で、その頃は まだ、ワープロの中の頭脳があまり アタマが良くなくて、学習能力も高くなかったから、単語・単語で区切って変換しないと、予想もしないような変換結果になってしまっていたのよ。何度も戻って 変換し直すくらいならば、こまめに、こまめに、変換しておいた方が、結果的に、早い。そうそう、すぐに 固まるから まめな「保存」が必須だったWindows95と同じ、でね。で、最初に そんな癖がついたものだから、いままで ずっと、そのやり方で 文章を打ってきたのです。だがしかし。↑そうそう、いまは もう 文脈を読んで、「だがしかし」+「変換」でも、「だがしかし」のままで置いておいてくれるけど。ムカシはさ、「駄菓子菓子」なんて出して、澄ました顔をしていたんだよ、ワープロくんは。そうそう、だが、しかし。ふと気づいてみれば、かなり長い文章を打ってから「変換」しても普通に、想定通りに変換してもらえる世の中に、なっておりました。この30年で、ワープロくんの頭脳、相当、進化したのね。そもそも、ムカシは「ワープロ」といえば機械のことを指していたけれど、いまでは、ワープロ=ソフトですものね。ああ、相変わらず、脱線が多い。我ながら。さて、そんなことに気づいても、たぶん 私は きっと、相変わらず ずっと細かい変換を繰り返し続けるのでしょうけど。(もう癖になっているからね。)きっと、いまの若いひとたちは、もっとずっと長い文章で「変換」しているんだろうな。いまさらではありますが、ふと そんなことに 気づいて、「ああ、これも、なにかに 似てる…」と 思ったのでありました。あ、それだけ。長々と書いてきたわりには、それだけ。ごめんなさいね。ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
2021.10.27
いま現在、それについて不安を感じているわけでもないのに、この先 不安になるのではないか?ということを、不安に思っている。不安を感じること、不安の存在を確認することで、安心している。不安を防ぐための、不安。つくづく、人間とは、めんどくさい生き物だ。ありがとうございます。
2021.10.26
自分「を」楽しむことは、シンプルだけど、極上の、贅沢だ。ありがとうございます。
2021.10.23
複数の、というか結構な数の、サンプル動画を見ながら、とある作業をする、というのを、ここ数週間、やっています。その作業そのものには まったく関係ないのだけれども、動画に登場する人物のキャラクター、そして、彼らの間の人間関係の力学のようなものが、イヤでも 見えてしまって。なんていうんだろう、作業をしている私の、バックグランドで、いろいろ感じては それに反応してしまっている私が、います。ほら、いまは もう性能が良くなったから当たり前になったけど、30年以上前のワープロって、印刷方法が、選べたでしょ?印刷に専念する(つまり、印刷している間は打ち込みが出来ない)「印刷」と、印刷しながら、文書の作成・更新もできる「バックグラウンド印刷」2つの機能があって、どちらかを選べたんですよ。「バックグラウンド印刷」にすると、印刷している間に 他の作業も同時にできるんだけど、印刷速度が、ちょっと遅くなるの。それと同じような感じで、いまの私も、本来の作業をしている その裏で本来の作業に関係ない いろいろなものを 感じ取り、それらに反応しながら自分の中で なんらかの処理をしている。作業に集中していないのか、と言われると、そういうわけでもないのだけれども、いくら集中していても、やっぱり、なにかしら、裏で起こっている。100%、表の作業に集中できたなら、もっと早く、あるいは もっと精度高くできるのかもしれないけれど。表と裏、両方の自分が同時進行するのがごくごく普通の状態なのだから、しかたがないよなあ。でも、そんな裏作業の中から気づきが生まれることが多いのも、また事実。ひとりで 仕事していても、いや、ひとりで 仕事しているからこそ?楽しいことが、たくさん あります。あ、「これ、書こう」と思ってたのと全然違うこと、書いちゃった。最初に書こうと思っていたことは、気が向いたら、また後日。(↑こういうときは、たいてい、気が向かない)ありがとうございます。
2021.10.20
どんな状況でも、わたしは、わたしとして存在している。それが確認できると、強いな。ありがとうございます。
2021.10.18
豊さの基準は、お金。ずっと、そう思っていたけれど、実は、「お金」ではなく「時間」なんだということが、わかった。そして、たぶん、そのうち、「時間」も関係なくなるときがくるのであろうということも。ありがとうございます。
2021.10.14
飛脚のお兄さんが、大きな重いモノを配達してくれました。私は、荷物を マンション内の部屋まで 届けてもらうときは、いつも、靴を履いて、ハンコを持って、部屋の外まで 出て、待っています。ほら、なんてったって、アレだもん。玄関まで 入ってもらうことなんて、出来るわけがない。※「玄関くらい・・・しなさいよ」と言うアドバイスは、丁重に、受取拒否させていただきます。今日も、そうやって 待っていたのだけれども、今日の荷物は、手渡しで受け取るのは 無理な、大きなモノ。「そこに置いてください」と メーターボックスの前を指さしたらね、いつものお兄さん、ふだんから とっても親切だから・・・「今日のは 重いから、中まで運びますよ」と言ってくださいました。OH!NO!NO THANK YOU!!もちろん、すぐさま「あ、大丈夫です」と お断りしたのですが、お兄さん、いいひとでね、「でも 腰を痛めちゃうから。中に入れますよ」と重ねて、お申し出くださる。いやいや。事情があるんだってば(汗)※「だから、言わんこっちゃない。玄関くらい・・・」というアドバイスは、重ねて、お断り申し上げます。でもさ。本当のことなんか話せるわけがないから、伝家の宝刀、ちゅぅちゃんを、抜くことに。「ネコが 出ちゃうんで・・・」さすがに、これなら、不自然ではないでしょ。飛脚のお兄さん、親切な方が多いんですよね。夕方以降の配達で よくいらっしゃる、年配のお兄さんも、重いものは 玄関の中まで 入れてくれようとするんですけど、もちろん、丁重にお断りします。「ネコ、出ちゃうんで」と。実際のところ、ちゅぅちゃんが 玄関から 飛び出していたのは、1歳くらいの頃まで。その後 20年以上は、おりこうさんにしていたんだけどね。だけど、「ネコ、出ちゃうんで」は、最強。(と、私は 思っている。)↑ 私の帰宅を、こんなふうに 玄関マットの上で待っていたこともある、おりこうさん。さて、今日のお兄さんも、それで 納得してくれた・・・かなあ。「本当に大丈夫ですか?」と繰り返し、(まさか、真相に気づいて、疑っていないよね?)荷物を、私の指定したところに下ろすと、「腰、気をつけてくださいね」「重いですよ」と、何度も 振り返りながら、帰っていきました。はて。そんなに、重かったっけ?この荷物。自分で購入した商品だから、そこまで重くないのは知っています。たしか、梱包込みで 15キロもなかったはず。ちょっと動かしてみたら、なんてことはない、余裕のよっちゃんで 持ち上げられました。なんだよ。軽いじゃん。あー、言い訳するのに、汗かいた。ま、自業自得ってヤツなんだけど、ね。いいのよ。もう私、一生、このままで、いい。部屋に戻り、ちゅぅちゃんには、一応謝っておきました。ごめーん。ちゅぅちゃん。また、ちゅぅちゃんを 言い訳に使っちゃったー。ちゅぅちゃん、大変だよね。カラダが なくなってまで、こんな飼い主に使われちゃっているんだもんね。大きな声で 明るく 言ったつもりだったんだけど、最後まで 言えなくて、また、ぼろぼろ泣いてる。馬鹿だな、わたし。ありがとうございます。
2021.09.28
浴室の床が いつまでも 濡れていると、いつまでも 換気扇をつけておかないといけないでしょ。新築の頃は、びしょぬれのまま 浴室から出てきても、換気扇さえ つけておけば 数時間で 乾いていた浴室の床も、表面加工が劣化したのか、築10年を過ぎた頃から、床の乾きが遅くなっていました。だから、買ったんですよ。浴室の床の水滴を 排水溝へ強制的に送り出すヤツ。私は「スクレイパー?」と思っていたんだけど、「ワイパー」と呼ぶらしいですね。↓ こういうの。↑ これで、お風呂上り、浴室を出る前に、せっせと床の水滴を、排水溝へと 送り出しておく。たった それだけで、床が ずいぶんと 乾きやすくなるものです。で、私(@捨てられない)のことだから、たぶん10年以上、そのワイパーを 使っていたんでしょうね。10年も使えば、そりゃ、ゴムの部分だって劣化するわな。当然のごとく、このところ、 やけに 床の乾きが遅いな、と・・・、換気扇だって、そろそろ 交換しないといけないのでしょうけど、できることならば、1日でも1週間でも、その時期を、伸ばしたい。つまり、換気扇が 過労とならないよう、かけておく時間を、できるだけ 減らしたい。だから、断腸の想いで(← 相変わらず おおげさ)買い替えましたよ。100均で。ワイパーを。そしたら!なんと!このところ、乾くまで8時間くらい かかっていた、浴室の床。なんと 今日は、3時間で カラッカラに乾いていましたことよ。ああ、そういえば、そうだった。10年くらい前に、初めて ワイパー(今日、捨てたやつ)を導入したときにも、こんな感動を、味わったのだった。人間、なんでもかんでも、すぐ忘れるものね。こんなことなら、もっと 早く買い替えていれば、よかったわ。まあ、人生、こんなことの繰り返しだわよね。教訓として、ここに、書き残しておくわ。100均商品なんだからさ、怪しくなってきたら、買い替えようぜ。未来の私、頼んだぜ?ありがとうございます。
2021.09.27
玉ねぎがキライだけど、血管とかお肌とかに 玉ねぎが良いのは知っています。だから、ときどき しぶしぶ玉ねぎを調理しては、食べます。玉ねぎを使うときには、いくつも まとめて みじん切りにして冷凍しておくんです。1回分くらいの量に小分けして ラップに包み、それを さらに ラップに包んで、ジップロックに入れる。そして、それをもうひとまわり大きな ジップロックに入れて、二重にする。計四重。玉ねぎ四重奏。← なんだ、そりゃ。ここまで厳重にしないとね、冷凍庫のモノ すべてが、玉ねぎ臭くなってしまうから。けれども、やっちまった。やらかしちまった。翌日だったか 翌々日だったか、グラスに移した氷に 妙な匂いが付いているのに気づいて。「ああっ 玉ねぎっ!」と調べてみたところ、ラップは二重にしたものの、ジップロックを二重にするのを 忘れていたことが発覚したのです。玉ねぎ臭い氷なんて、使えたもんじゃない。・・・いやいや、もったいないから、ぶつぶつ 文句を言いながら、使い切ったけど。アイスコーヒーに入れたらね、さすがの玉ねぎ臭も、コーヒーの香りの前にはひれ伏したよ。これは 早急に手を打たねば・・・ということで、玉ねぎのジップロックを二重にしたのは もちろんのこと、ダイソーで、冷凍庫用の消臭剤を買ってきて、冷凍庫に 放り込みました。すると、NO 玉ねぎ臭!ああ。すごいな。百円均一。(正確には、110円だけど。)私の生活、ずいぶん 百均に支えられていますね。ありがとうございます。
2021.09.24
茗荷が安かったから 買ってきたものの、糠漬けにするか、おそうめんの薬味にするか、くらいしか思いつきませんでした。そこで検索してみたところ、「無限茗荷」なるものが、あるらしい。つくってみました。茗荷を刻んで、塩をして、(たまたま 冷凍してあった)シラスと 混ぜてごま油で和えて、できあがり。(めんどくさいから、写真は略)レシピでは、醤油だの、化学調味料だの、加えるべきものは 他にもあったのですが、私には、これだけで、十分。噂通り、美味しかったー。ちょっと多めにつくったので、残りは 冷蔵庫に入れてあります。茗荷を食べるとモノワスレが激しくなる、とかって、言わなかったっけ?最近、尋常でないくらい いろんなことを忘れる私は、茗荷を食べるべきではないのかもしれないけれど。ネギ系はダメなのに、茗荷とかセロリとかパセリとかは大好きなのよね。茗荷を刻んでいるとき、父のことを 思い出しました。父が入院していたとき、よく、「病院食は マズくて食えない(訳:味付けが薄い)から茗荷の塩漬けを持ってきてくれ」と言われ、せっせと 持って行っていたんです。茗荷を千切りにして 塩をするだけなんですけどね。(あと、梅干も、ね。)病院の食事、ほんとに そんなにマズいのかな?と、父の残りものを つまんでみたことがあるけれど、薄味好きの私には、美味しかった。というよりも、「え?こんなに味が濃くて、いいの?」と驚くくらい、十分な味付けだった。(ふだんの私の食事よりも、よほど 味が濃い。)まあ、父も母も雪国出身だから、どうしても、濃い味のものを 好むのよね。しかたないわよね。入院食と言えばさ、30年近く前になるけれど、母が、糖尿病の教育入院をしたことが ありました。そのとき、やはり、「病院食は マズい(訳:味付けが薄い)」と言って、私や妹に、「梅干を持ってこい」「塩からを持ってこい」と命じ、それに従った私たちは、発覚後、父に怒られたっけ。「なんのために、入院してると思ってるんだ!おまえたちも、お母さんのワガママに 付き合うな!」って。・・・あの母を、そんなワガママ(が許される)人間にしたのは、ほかならぬアンタ(父)じゃないかっと思ったけどね。めんどくさいから、黙ってた。でもさ。お父さんだって、自分が入院したら、結局、同じこと、言ってたじゃないかい。まあ、父の場合は、食事が関係する病気ではなく、お医者さんからは「体力を保つために、何でもいいから、食べたいものを 食べて」と言われていたから、同じ状況ではなかったんですけどね。結局、体力をつけようにも、追いつかなかったけどね。そして 昨年、妹が外傷で入院したときは、やはり「『食べるラー油』を買ってきて」と。なんなんだ?この家族は(笑)!?でも、2ヶ月ほど入院していた妹はほぼ寝たきりだったにも関わらず、6キロ痩せて 出所(← おい、こら)退院してきたから、病院食って、やっぱり 健康食なのね。断食道場みたいなもの(← おい、こら)なのかしらね。そんなんでね(だいぶ 話が逸れたけど)茗荷を刻むたび、父を思い出すわけですよ。茗荷だけではなく、桃を見るたび、梨を見るたび、父を、思い出します。食欲が落ちた父のために、あの頃、よく、桃やら梨やらを切って、タッパに詰めて、持って行っていたから。私の手元には、父の位牌も遺骨もないけれど、美味しいお酒を買ってくれば、いつも先祖供養に使っている短冊の前に、お供えします。(お茶を飲むときも、珈琲を飲むときも、ね。)なんか、私、ちゅぅちゃんとか、お父さんとか、いなくなったひとばかりを見ているようだけど。配偶者(私から見ると、母)ですら、その存在を忘れてしまっている様子を見ていると、ね。※ 母は認知症だから、下手に父のことを思い出すと「パパ、どこ?」と 言い出すので、めんどくさいのだけど。デイサービスに新しいBFができて、元気に やっています(爆)後ろ向きでも なんでもいいから、この世界から 物体として消えてしまった存在を身近に感じているヤツが、ひとりくらいいても、いいんじゃないのかな。そんなふうに、思うのです。ありがとうございます。
2021.09.23
美容院、7~8年通っていたところがあったのですが、替えることにしました。なんとなく雰囲気の良さそうなところを 見つけ、とりあえず 1度 行ってみることに。私の希望を伝え、相談し、お願いした通りに カットしてもらえたのは良かったのだけど・・・髪に残る、シャンプーの香りでしょうか。それとも、髪を乾かす前につけてくれた、洗い流さないトリートメントの香りでしょうか。苦手な香りではないし、むしろ 万人に好まれるような 良い香りです。だけど、香りそのもの、というよりも、香料なのか、はたまた そこに含まれている成分なのか、とにかく、なんらかのモノに、私の鼻が? 脳が? 反応しているらしい。お店を出た直後から、香りに まとわりつかれている感じが気になってはいたのですが、そこから 我慢しつつ 過ごすこと、数時間。give up!とうとう 気持ち悪くなってしまって、お風呂に飛び込み、本日2回目のシャンプーで香りを 洗い流しました。だって、ちょっと頭を振る(首を回す)だけで、香りが 一歩遅れて 覆いかぶさってくるんだもの。ここ数年は、通りすがりの人や、そばを通った お宅の洗濯物の、柔軟剤の強い香りに襲い掛かられて、思わず 息を止めることも 多かったのだけど。シャンプーまでNGになると、辛いなあ。いままでの美容院のシャンプーでは気持ち悪くなることは なかったんですけどねぇ。(あの香りと、今回の香り、たいして変わらないような・・・)今回のシャンプーやトリートメントだって、そこまで強い香りでも なかったんですけどねぇ。ふだん、坊ちゃん石鹸で シャンプーして玄米黒酢で リンスしているからかしらねぇ。 自宅で たまに使う シャンプーだったら、大丈夫なんだけどねぇ。↑これ、頭皮の匂いが気になるときに 使うと、スゴイよ。汗臭さとか(もしかしたら、加齢臭もかっ!?)、気にならなくなるよ。この夏、だいぶ お世話になりました。結構 スパイシーな香りは するんだけど、これは、大丈夫だった。↓そうそう、冬の間 使っていた、これも、大丈夫だった。いったい、なにが、違うんでしょうねぇ。あーあ。タバコや柔軟剤のニオイなら まだしも、いままでだったら 気にならなかったであろう美容室のシャンプー程度の 人工的な香りにまで、反応するようになってしまって。私、この先、大丈夫だろうか。このまま、街の中で 生きていけるのだろうか。ちょっと心配になってきました。ありがとうございます。
2021.09.22
時代によって 価値観が変わることが、ある。これまで「正しい」とされてきたことが、「間違っている!」と声高に叫ばれるようになったり。「いけない」「ダメ」とされてきたことが、いつのまにか 称賛されるようになっていたり。そうなると、(それまでの)自分が 否定されているかのように感じることも、ある。価値観って、とても 大切なものであると 思われがちだけど、実は、親を代表する「社会」からの押し付け・・・という面もなきにしもあらずだから。自分が思っているほど そこまで、価値観=自分を形成するもの、という要素は強くないのかもしれない。長く(と言っても、たかだか数十年だが)生きていると、社会における価値観の変化には戸惑うこともある。それでも、価値観が変化する=1回の人生で、異なる価値観を経験できると思えば、価値観の変化は、実は お得な現象とも言える。・・・のかもしれない。知らんけど!(笑)ありがとうございます。
2021.09.20
朝 起きて、窓を開けて 見上げると、そこに広がっているのは、もう 秋の空。不思議ですよね。夏空、とか、秋の空、とか。なにが どう 違うとも言えないのに、なんとなく そう感じる。きのうは 雨だったのに、窓の外から鳩の鳴き声が 聞こえてきました。グゥーグゥルー ホッホホー(ファーミ ラッララー)グゥーグゥルー ホッホホーええ?まさか?と、カーテンの隙間からこっそり ベランダの向こうを 覗いてみると・・・やっぱり いました。べっぴん鳩さん。あっちも、こっちを向いて座って、私を見てる。こんなに雨が降っているのに、濡れないの?大丈夫?電柱の、アレ、柱上変圧器っていうみたいなんだけど、あれが 鳩にとっては ちょうど屋根になるみたいで。横殴りの雨では 当然 濡れるでしょうけど、多少の雨は 防げるみたいです。それにしても、こんな雨の中、卵があるわけでもなし、そんなところに 座っていなくてもよさそうなものを。相次ぐ台風で、そこに残っていた 巣材もすっかり飛ばされてしまいました。べっぴん鳩さんは、ただの鉄のプレートの上にちょこん、と、座っています。なんだか その様子を見ていたら、「もしかしたら、ちゅぅちゃん?」なんて気がしてきました。ちゅぅちゃん、猫としては 完成したから(猫としての経験は すべて終えたから)もう猫として 戻ってくることは、ない。いまは まだ 次のことは なにも決まっていない。もし「アレが ちょっと見たいな」ってときには、寿命の短い虫なんかを選んで、短い期間、また この世界にやってくることはあるかもしれないけれど・・・そんなことを言っていたから。↑たばちゃん♪、またヘンなこと言ってるよ、と思ってるでしょ。面倒だから、詳しいことは、会ったときにでも 聞いておくれ。調べてみたら、鳩って、生後半年で もう卵を産めるようになるみたいですね。なら、可能性としては、アリかな。・・・知らんけど。そう 考えると、あの べっぴん鳩さん、小柄だし、茶色い柄だし、ますます ちゅぅちゃんの分身的存在のように思えてくる。グゥーグゥルー ホッホホーが、ちゅぅちゃんの ゴロゴロに 聞こえてくる。いつも こっちを向いて 座っているのも、私のこと、気にしてくれているから???そんなの、確かめようもないし。(どうしても、ならば、確かめる方法はあるけれど。)だからと言って 鳩を飼えるわけでもないし、ちゅぅちゃんだって それは 望んでいないはず。だから これからも、ちょっと親しみをこめてべっぴん鳩さんを 見守るだけなんですけどね。※ ちゅぅちゃんを失って、とうとう おかしくなっちゃった!わけではありません。ご心配なく。(「もともと、おかしいじゃん」というツッコミは、甘んじて、いや喜んで? お受けします。)今日も、ときどき、鳩の鳴き声が 聴こえてきています。姿は 確認していないけれど、なんか、嬉しいな。ありがとうございます。
2021.09.19
マウスを細かく動かす作業を続けていたら、手首が痛くなりました。会社で使っていたリストレスト、とってあったかな。↑ こういうヤツ。探してみたけれど、10年以上前に買ったんだもん、たしか かなり 汚れていて、捨てちゃったんだったよな。そこで 思い出したのが、ちゅぅちゃんに つくってあげた、クッション。ちゅぅちゃん、脚の力が弱くなって最後の2週間くらいは うまく座れなくなっちゃったから、ヘンなところに体重がかかりすぎないように、いろいろな形や厚みのクッションを つくってあげたんです。猫って、ひとの気持ちを 汲んでくれるよね。ちゃんと、使ってくれていた。いちばん よく 使っていた カラフルなのはちゅぅちゃんと一緒に 天国へ持って行ってもらって、残りの分は、やっぱり 捨てられなくてしまってあったのでした。ごそごそごそ。あった、あった。ほらね、ちょうどいい。なんでも かんでも とっておくと(捨てられないだけだけど)こういうとき、役に立つでしょ。ほらね、よりどりみどり。カラフルな布地は、↑ なんと 25年くらい前にフェリシモで おまけで もらったもの。ほらね、なんでも 残しておくと、いつかは 使うときが やってくるのよ。長く使うことを考えて、タオル地のカバーは、汚れたら 取り外して 洗えるようにつくったんだよ。すぐに 必要なくなっちゃったけど。どれにしよっかなっ♪と、あれこれ 試しながら、ちゅぅちゃんのことを 思い出して、また ぼろぼろ 泣きながら、仕事してる。馬鹿だな、わたし。ありがとうございます。
2021.09.17
たとえば、外出の際、玄関の鍵をかけ忘れたとする。その後、外出先のどこかで、なにかの拍子に「鍵をかけ忘れた」ということに 気づいたり、思い出したりしようものなら・・・帰宅するまで、そのことが アタマから 離れないだろう。けれども、「鍵をかけ忘れた」ということに気づかないままだったら?帰宅するまでの時間を、(鍵や留守宅に関しては)なんの心配もすることなく一日を過ごすことが、できる。(その分、家に帰って「鍵が かかっていない!」と知ったときのショックは、大きいだろうけど。いろいろな意味で。)「気づいているか?」「気づいていないか?」その1点だけの違いで、そのひとの時間の使い方(心の状態)は 、まったく異なる種類のものになるのだ。鍵をかけ忘れた張本人が、そのことをひどく心配しようとも、まったく気にならずにいようとも、「玄関に鍵がかかっていない」という事実に、なんの変わりもないのに。うーん。これも、なにかに似ている。。。ありがとうございます。
2021.09.16
そのムカシ、たばちゃん♪という装置は、日本全国に散らばる「お客さん」にコントローラーを 握られていました。あっちから こっちから、あっちへ こっちへと 振り回されて、それはそれは 大変な日々でした。ある日、たばちゃん♪はコントローラーのコードを ぶっちぎりました。もう、やってられんわっ!!当然のことながら、あっちから こっちから 非難を浴び、あっちこっちで 軋轢が生じましたが、長い時間をかけて、たばちゃん♪は、自分のコントローラーを 自分の手元に 取り戻しました。そして さらに長い年月が経った ある日、たばちゃん♪は 自由の身になりました。自由になった たばちゃん♪は、新しいことを始めました。(中略)そして いま、たばちゃん♪は、自分のコントローラーが ふたたび どこかの 誰かたちに 握られ始めているのではないか?という疑問を 持ち始めました。ああ。いけない。これでは また、ムカシと同じことになるわ。けれども すでに、自分で コントローラーを握っていたとしても自分の人生を 完全にコントロールできるわけではないということに うっすらと気づき始めていたたばちゃん♪は、考えました。あえて、どこかの誰かたちの指令に 乗っかってみたら、どうなるのだろう?コントロールされていることを 意識した上で、コントロールされてみるのです。こうして、たばちゃん♪の新しい実験は始まったのでした。(つづく・・・かもしれない)ちなみに、当時、「つまり、日本全国の『お客さん』たちが、たばちゃん♪のコントローラーを 握っているわけですね?」と言ったのは、雪見大福コーチだよ。おしまい。ありがとうございます。
2021.09.15
歯(あるいは詰めたセメント)を削るときのキーンという、あの音。あれを聞くだけで、カラダが 「痛い」と 硬くなるんですけどね。実は その歯、神経がないから 痛くないんですよ。実際、いま削っているのは、歯ではなくて、セメントだし。だけど、あの キーンという音だけで、痛くなったように感じるんです。カラダ(脳?いや 意識?)は、そのとき起こっている事実ではなくイメージ=過去から積み重ねてきた記憶・・・の方を、信じているから。実際には ないものを、信じている。そして、それが、立ちふさがる。うーん。これも、なにかに似てる。。。ありがとうございます。
2021.09.14
近道をして公園を通り抜けようとしていたところ、マスクの外側から 漂ってきた香りが私の足を止めさせました。ん?この匂いは・・・?と、思わず、きょろきょろ。うん、うん、やっぱり、そうだ。見っけ♪キンモクセイ。今日は 数日ぶりに 暑くなったけれど、着々と 秋は近づいてきているのですね。ああ、そうだ。そういえば。私、少し前まで、キンモクセイの香りが 鼻に入ってくると、自動的に トイレを連想していたんです。私が子供の頃、トイレの芳香剤といえばキンモクセイだったから。しかも、かなり強烈な、強い香りの。だけど、今日は、いまのいままで、トイレのことは、思い出さなかったな。「キンモクセイ=トイレ」という間違った 脳内公式がようやく上書きされたかな。自然のキンモクセイは、奥ゆかしくて、ほんのり甘くて、本当に、良い香りです。そして、ちょっと、泣きたくなります。ありがとうございます。
2021.09.13
小学校高学年レベルの正しい日本語を把握する必要があって、うん十年ぶりに、国語辞典を買いました。どれが良いのか、迷った挙句、↓コレに。例解新国語辞典 第十版 シロクマ版 [ 林 四郎 ]へへへ。年甲斐もなく、シロクマバージョンを買っちゃったよ。年甲斐のあるひと?用は、↓こっち。例解新国語辞典 第十版 [ 林 四郎 ]試しに ページをめくってみると、ああ 懐かしい、辞書の匂い!最近は、たいていのことは ネットで調べられるので、国語辞典も、英和辞典も、英英辞典も、仏和辞典(←新品同様・笑)も、アクセント辞典も、使うことはなくなっていました。英和辞典は、一応 ベッドの枕元に出してあるけれど、その他の辞書は、ダンボール箱にしまっちゃった。だけど、やっぱり、いいな。紙の匂い。辞書の匂い。何度も 何度も、箱から出しては 適当なページをめくり、辞書の匂いに うっとりしては、また 箱にしまう。そんなことを繰り返しています。適当にページを開けたら、「ぱらぱらまんが」なんて項目もあって、笑った。教科書やノートの端に 絵を描いて、ぱらぱら・・・なんてこと、いまの子供たちも、やるのだろうか?逆に、やらないからこそ、どういうものなのか 説明が必要で辞書に載っているのだろうか。しばらく、辞書で楽しめそうです。ありがとうございます。
2021.09.12
グゥーグゥルー ホッホホー(ファーミ ラッララー)窓の外から、またまた 鳩の鳴き声が 聞こえてきました。ああ、いい声。たまらず、カーテンの隙間から ベランダの向こうをこっそり 覗いてみますと、例の場所に、鳩さんが座り込んでいます。ああ、あの柄、たぶん、あの べっぴん鳩さんだ・・・べっぴん鳩さんは、2週間ほど前に やってきて以来、あれっきり 姿を見せていませんでしたが、なぜか また、偵察に来たようです。もしかして?せっかく良い場所を見つけたんだけど、ヘンなおばちゃんがいるからなぁ。あのおばちゃん、まだ いるのかなぁ。ちょっと 試してみよう。そんな感じで、あの場所に座り、鳴いてみたのでしょうか?ヘンなおばちゃん、ワナに引っかかって、すぐさま ベランダを覗きに 行っちゃったよ。鳩の鳴き声は、おばちゃんホイホイ。今回も やはり、偵察だったようです。私は こっそり覗いたつもりだったのにこっちを向いて座っていた べっぴん鳩さんに見つかったようで、鳴き声は すぐに 止んでしまいました。数分後、ふたたび 外を見てみると、べっぴん鳩さんの姿は ありませんでした。まあね。巣をつくってほしくない(巣はつくってほしいけど、無事に飛び立てる可能性がゼロに近い)のだから、巣除けの番人としては、最適かしらね。自分が、ムカシのマンガに 出てきたようなハゲちょびんのガミガミおやじになったようで、ちょっと悲しいです。ありがとうございます。
2021.09.08
ここ数年、ふだん使いの まな板は、100均商品を使っています。魚をおろしたり、玉ねぎを刻んだりするときは大きなまな板を使うのですが、ふだん、野菜を切ったり なんだり・・でちょちょっと使うための、小さい まな板。いままで、あれこれ ちょっと お高めのものも使ってきましたが、いろいろ 思うところあり、安いのを こまめに交換した方が衛生的だなーと 思うように、なりまして。とはいえ、なかなか 「捨てられない」私は、100均商品とはいえ、もったいなくて結構 いつまでも、未練がましく 使い続けているし。おまけに、思い切って 買い替えても、「これ、ナンカに使えるかも?」とさらに いつまでも、台所の隅に 残しておくし。相変わらずでございます。さて、ここ2~3回は、薄ーいプラスティックのまな板を使っていたんですけど、今回は、桧のまな板にしてみました。ほんとかどうか わからないけれど、桧で、30×19センチ(つまり、そこそこの大きさ)で、100円ですよ、100円。(正確には 110円だけど。)それでも、買うときは、ちょっと 迷いました。たしか、プラスティックにする前にも木のまな板、使っていたんだよな。だけど、なんか 問題があって、プラスティックにしたんだったよな。だけど、だけど、その問題がなんだったのか、思い出せない。中国製なのは ちょっと 気になったものの、まぁ、食品に影響を与えるほどではないだろう、と、とりあえず 使ってみることにしました。そしたら、なんとまぁ、音がイイ!キャベツを 千切りするときにも、トントントントンと、包丁の当たる音がとっても 耳に心地いいのです。ああ、本音を言えば、この音を、寝床で まどろみながら、聴いてたいのだが・・・(笑)包丁の当たりも、なんとなく 優しくてね、なにかを刻むの、もともと 好きな作業ではあるのですが、これまで以上に 気分よく 刻めるもんだから、千切りキャベツやコールスローの出番が増えたほど。ああ、天然素材って、やっぱり、なんか、説明できない 良さがあるんだなー。ちなみに、これまで使っていた プラスティックのまな板、一度は プラゴミの袋に入れたのですが、その10分後には「あ、これ、ちょうどいいじゃん!」という使い方が 見つかり、すぐさま 救出。現在は 脱衣所にて、第2のまな板生を過ごしています(謎)なんかね、くだらなくても、こういう「捨てなかった」成功体験が ちょくちょく あるもんだからよけいに、なかなか 捨てられないんだよね。いいのだ。「迷ったら、捨てない!」で、いいのだ。いつか、あっさりと、「あ、もう、いいや。捨てよ」という日がやってくるから。・・・たとえ それが 30年後だったとしても。← 生きてないよ。ありがとうございます。
2021.08.29
5月に 冷蔵庫へお引越しをした、糠床。甕から、魔法のバケツ(角・小)に 移し替え、冷蔵庫の一角に おさめましたが、これが、なかなか 良い感じです。(正式名称は、「いきいきBOX」)なんといっても、3~4日 混ぜないでおいても、大丈夫!なのが、良い。その分、漬かるまでの時間が長くかかりますが、もともと、私は 浅漬け気味の方が好きだから。(父が古漬けが好きだったから、なんか 引っ張られてた。)食べてみて、「もうちょっと漬けておいても 良かったかな」という具合でも、十分 美味しいんです。毎日 毎食 食べているわけではなく、気が向いたときに、漬けてあるものを 糠床から 取り出して、代わりに 新しいキュウリやら ミョウガやらを突っ込んでおく、そして また数日後、取り出す・・・というサイクルなんですが、食べるたび、たいてい 私の好みの漬かり具合になっていて、つくづく、あぁ、美味しいな、と。実家へ行くときには、たいてい母の朝ごはん用のおにぎりを つくっていくので、糠漬けも 一緒に出すと、いつも「うわぁ、糠漬けなんて、久しぶり」と 喜んでくれます。私自身も、トシをとるごとに、漬物を 美味しく感じるようになってきた。きっと、カラダが 欲しているのでしょうね。なんか、若い頃は(というか、つい最近まで)「毎日、混ぜて、手をかけてこその、糠床!」なんて、思っていたけれど。糠漬けが好き、というよりは、そういうめんどくさいことやってるわたしが好き、だったんだろうな。あはは。容器も、冷蔵庫に入れる以上、しかたなく小さなサイズにしました。だけど、冷蔵庫に入れている限りは、手を入れて 大きく混ぜる必要もなし(野菜を突っ込むついでに 指でチョロっと混ぜれば OK)そんなに たくさん 漬けるわけでもなし、かえって、取り回しが楽になって、いいことだらけ。もっと早く、冷蔵庫を活用していれば よかったです。ありがとうございます。
2021.08.28
実家へと向かう道の途中。長い間 工事中だった場所に、いつのまにか、 コンクリート屋さん?の新しい施設が 完成していて、入口には 大きなディスプレイが 設置されていました。車で その前を通った ほんの一瞬の間にチラ見しただけなのですが、そのディスプレイに 流れていたのは・・・「おはようございます。今日も良い一日にしましょうね。」という文字。それを目にしたとき、なぜだろう、私の中を 爽やかな風が通り抜けていったような、そんな感じがしました。多くの車が通るであろう、朝の その時間帯に、会社の広告・宣伝となる文言・映像を流すのではなく、「良い一日にしましょうね」と呼びかけている。しかも、一瞬で通り過ぎてゆく、単なる 通りすがりのひとびとに、向けて。たぶん 数多く用意されているであろう 表示例の中からこのメッセージを選んだ、そのひとは、ものすごく キレイな心の持ち主なんだろうな。なんか、うまく言えないけれども、そのとき 私は、そのメッセージによって自分の心まで洗われたかのように、 感じたのでした。私だったら・・・同じような意味でも、「良い一日になりますように」というような表現を 選んでしまうようにも 思います。けれども、このメッセージは、今日という日を「自分が」良い一日にすることを、軽やかに、さりげなく、けれども きっぱりと宣言しているのです。わずか一瞬のことながら、私の中のどこかが ぐっと 引っ張られたのは、その部分だったのかもしれません。いままで なにげなく やり過ごしていた・・・けれども とても大切な視点を、思い出させてもらったような気がしています。ありがとうございます。
2021.08.26
グゥーグゥルー ホッホホー(ファーミ ラッララー)鳩の優しい声が、やけに近くから聴こえてきます。も、もしや・・?と、カーテンの隙間から こっそり 外を見てみると、ベランダの向こうの、あの電信柱の あの場所に鳩が座り込んでいました。小さくて、柄のキレイな・・・たぶん、あの べっぴん鳩さんだ!避難から、ほぼ1ヶ月。あの後、この地域では たいしたことはなかったものの、台風やら大雨やらありましたのでね。避難してくれて、よかった。どこかで元気に 子育てしていてくれたらいいな、と 思っていたんですけど。もしかして、また ココに巣をつくろうとしている?うーむむむ。たしかに、小枝の残骸は、まだ残っています。ここから再構築するのが 手っ取り早いのも、わかります。この電信柱は なかなかの人気物件らしくて先日は カラスも、チラッと下見に来ていましたが、カラス界では「あそこは、あかん」という事故物件扱いになっているらしく、ご成約には至らなかった模様。もちろん、巣をつくり始めたら、いつものように「ココは、やめとけ!」と 全力で説得しますけどね。それしても、あの べっぴん鳩さん、前の卵は どうしたんだろう。なんらかの事情で ダメになってしまって、また新しい巣をつくりに来たのかな。そもそも、鳩って、そんなに短期間に ぽんぽん卵を産めるものなの・・??実は、さきほど 外を覗いたとき、こちら側を向いて座っていた鳩さんと、バッチリ 目が合ってしまったのです。私は すぐに 引っ込み、べっぴんさんは、その後も しばらく そこに座って心地よい声で鳴いていましたが、数分後、パタパタと 飛び立っていきました。せっかく巣をつくって 子育てを始めても、また誰かに通報されて 途中で 撤去されてしまう可能性が高いのだから。あの場所での巣作りは やめさせることが、なんといっても 鳩さんのために、良いのですけどね。あの べっぴん鳩さんが また来てくれてちょっと嬉しく思ってしまっているのも、事実。いや、いや、いかん。悲しい想いをさせないためにも、断固として巣作りは阻止せねば。あっちに こっちに、心ざわめく夏の終わりです。・・・まだまだ残暑厳しいけれど。ありがとうございます。
2021.08.24
今日8月21日は、「献血の日」だそうです。常日頃、献血に関して 思っていることがあるのですが・・・(スタッフさんにも 直接 何度も 言っているし、たぶん、このブログのどこかで、前にも書いていると思う)献血に対して積極的ではない人々に「献血してください!」と呼びかけるよりも、献血大好き、もっとしたい!という層の 年間献血可能量を増やせばいいのに。私は、諸事情により、もう全血献血しかできないので年に2回、年間800mlまでしか 献血できません。(成分献血は、受付の時点で、アチラから断られる。)この基準を定めた時代と現代とでは体格や栄養状態なども異なるでしょうから、1人当たりの年間採血量(つまり、回数)を増やしても問題ないのでは?と、思うのです。たかが400ml 抜いたくらいで、回復するまでに半年もかからないでしょ。どうせ事前に検査をするのだし、量や回数は 各自選べるのだから、最大可能量だけを大幅にアップして、その中で、検査を通った人だけが 基準に適合した量を 提供すれば良いだけなんだもん。少量を大勢から かき集めるよりも、ある程度安全だとわかっている1人から たくさん採った方が、血液を必要としている人のためにも良いでしょうし。献血可能量を増やすデメリットって、あるのかな。たまに、献血ルームの受付で、体重が少なくて200mlを希望する女性が「本日の200mlは終了しました」と告げられて残念そうに帰っていく姿を、見かけます。(私の体重、20キロくらい、分けてあげたくなる。)200mlよりも400mlを、という理由は わかるので、ならば よけいに、献血可能量を増やして、採られたいひとから 採ればいいのにさ。私が献血を始めたのは、献血バスが主流だった時代。献血をしたところで、200mlパックのジュースを1本もらえるだけでしたが、それで 十分でした。いまは、献血ルームのサービスが 過剰なほど充実しています。裏を返せば、そうでもしないと 献血志願者が集まらないのかもしれないけれど。それだって、「献血大好き」な人々を ターゲットに絞れば、そんなもんなくても 好き好んで 献血に来るのだから、お菓子やら飲料やらお土産やらの経費だってかなり節減できますよね。わざわざスタッフの方が 街頭に立って暑い中、寒い中、雨の中・・・ 献血を呼びかけなくても、勝手に 提供希望者が集まってくると思うのです。つい先日も、駅前で献血バスを見かけ、「あ、できるかも?」と、献血カードを確認しましたが、次回の献血可能日は、10月。小雨の降る中、プラカードを持って献血を呼びかけるスタッフさんの前を、頭を下げ、肩身の狭い想いで、通り抜けました。とはいえ、求められているのは、こんな おばちゃんの アブラにまみれた血液ではなくて若くてピチピチした血液なのでしょうね。だけど、もっとたくさん献血しても良くしてくれるなら、血液をキレイにするために、玉ねぎ、食べるよ?(笑)※自分で食べられるレベルまで小さく切って火を通した自作玉ねぎ料理に限る。もはや 吸血鬼にも襲ってもらえないどころか避けて逃げられるであろう、血管は細いけれど 体型と神経は ずぶとくなった おばちゃんの、「献血の日」に当たっての 涙の訴えでした。ありがとうございます。
2021.08.21
毎日 こっそりと見守ってきた、鳩の巣ですが・・・今朝、洗濯物を干しに ベランダへ出てみると、お母さん鳩の姿が ありませんでした。明日は台風になるらしいけど、大丈夫かな?と、気になっていましてね。巣は、いかにも急ごしらえ、という感じ、おまけに、風通しは良すぎるほど 良い場所ですから、台風なんか来たら、すっ飛んでいくのでは?・・と。台風の間だけなら、一時避難所として、ウチのベランダの室外機の下のスペースを貸してあげてもいいんですけどね。さすがに 鳩とは 会話ができないし、手が届く場所でもないから、勝手に 避難させられないし。ひとりで、気を揉んでいました。が、鳩のお母さん、いつまで待っても 帰ってきません。こんなに長時間、卵を放っておいて、大丈夫?もともと ウチのベランダからは、背伸びしても、巣の中が見えるかどうか・・といったところでした。先日、お母さん鳩が留守の間に、思いっきり つま先立ちになってチラッと 覗いてみた限りでは、卵らしき白いものが、1個?2個?見えたような・・・卵だと期待して見るから、そう見えるだけ、のような・・・そんな感じでした。お母さん鳩は 帰ってこないし、卵が無事なのかどうか、今日は、どうしても気になるので、さきほど、踏み台を持って来て!巣の中を覗いてみました。・・・ 卵は、ありませんでした。ああ。鳩ファミリー、避難したのかなあ。お昼前くらいから 風が強くなってきましたので、台風の襲来を察知したのかもしれません。もしかしたら、1週間弱、あの巣で過ごしてみて、あまりの日当たりの良さに、「やってられんわ!」と新たな場所へ お引っ越しをしたのかもしれません。まさか、私が 興味津々で チラ見しているのがウザくて、逃げちゃった・・・?(気を遣って、洗濯の回数を減らしたり、なるべくベランダに出ないようにしたり、していたんだけどな。)卵を移動するなんて、できるのかしら?鳥の爪でつかんだら、割れちゃったりしないのかしら?という疑問は、あったんですけどね。自分の卵くらいは、自分で運べるようなカラダのつくりになっているはずですよね、普通に考えて。でないと、何が起こるかわからない自然界、子孫を残すのに 効率が悪すぎますもの。親猫が、子猫の首根っこをくわえて 運ぶように、鳩は鳩の、卵の上手な持ち運び方が あるのでしょう。たしか、以前 カラスが巣をつくったときには、お母さんカラス、大雨の中でも じっと 座ったまま卵を守っていたんです。だけど、台風ともなれば、小さな鳩では ひとたまりもないかも・・と心配していたので、安全な場所を見つけて お引越しをされたなら、それは それで 良かった、と、思います。うわ、こんな小さなコが、卵を産んで、雛を育てるんだ?と 驚いたくらい、小柄な、そして キレイな柄のべっぴん鳩さんでした。無事に台風を乗り切って、引き続き 元気でいてくれることを、祈っています。ありがとうございます。
2021.07.26
ファーミ ラッラッラーファーミ ラッラッラーあの、鳩独特の、眠くなるような 短調の鳴き声が、3~4日前から、やけに近いところから聞こえてくるようになっていました。まさか、ベランダに巣をつくられた!?と、何度か ベランダを チェックしてみたものの、そうではなさそう。22年弱に及んだ、ちゅぅちゃんのベランダ番のおかげかな。「あそこの家は、猫がいるぞ。巣つくるべからず。」という噂が まだ残っているようです。でも、それにしては、鳴き声が近い。その近い声が、ちょこちょこ 休憩を挟みながら、結構 長い間、聞こえてくる。それなのに、鳩の姿が見えないんです。ならば、ウチの上階のベランダかな?それとも、お隣の、エアコン室内機置場かな?どうにも気になっていた中、きのう、洗濯物を干しに ベランダに出たところ・・・電信柱に座り込んでいる 鳩さんと、目が合いました。ああ、そこだったか・・・。以前から 何度か書いているけれど、ウチのベランダのすぐそばにある電信柱が、カラスの巣づくりの人気スポットとなっているようで。カラスが巣をつくり始めるたびに、「そこは危険だから、やめなさい。撤去されちゃうから。」と説得していました。この頃は ようやく カラスたちも あきらめてくれたらしく、ちょっと寂しくはあるものの、良かった、良かった、と思っていたんですけどね。一鳥去ってまた一鳥、今度は 鳩ですか!?カラスだと ある程度の大きさが必要だし、巣材を運んでいると目立つから、すぐに「巣作りを始めた・・・」と わかるのですが、鳩って、小さなスペースで コト足りるんですね。あ、そういえば、もう30年近く前、当時住んでいたワンルームマンションのベランダのエアコン室外機とガラス戸との間に、鳩に 巣をつくられてしまったことが ありました。おかげで、皆さんが巣立ってくれるまで、ずっと、エアコンを使えなかったもんだ。立つ鳥跡を濁さず、なんて 大ウソで、取り残された巣の残骸、私が 片づけて、掃除もしたんだぞ?・・・なんてことを、思い出しました。それにしても、電信柱の、たいした広くもない そのスペース、端っこに、ちょこん、と 鳩が座っていると やけに ガランとした印象なんですよね。おまけに、臨月?近くなってから慌てて巣をつくったからなのか、季節柄、さほど保温しなくても良いからなのか、ずいぶんと簡単な、巣とも呼べないような巣にしたようです。パラパラッと、数本の枝らしきものが見えるだけ、そこに 鳩が座り込んでいるものだから、いままで、巣がつくられていることに全然 気づかなかったのでした。「あーあ。もう、巣、つくっちゃったの?そこね、ダメなのよ。巣をつくっても、撤去されちゃうのよ。ごめんね、もっと早く気づいて、警告してあげればよかったね。」声をかけてみましたが、鳩は、きょとん、としています。そりゃ、そうだよな。だけど カラスと違って、小さいし、色合いも目立たないから、このまま、誰にも 見つからず、誰かに通報されずに 済むかもしれない。ウチより上階の住人にさえ、気づかれなければ・・・。鳩は 鳩で、私が突然 声を掛けてきたものだから、「ココ、ヒトがいたんかいっ」と、驚いている様子。私の存在に気づいてからは、アッチを向き気味に座っていた姿勢を、完全に コッチを向いて座るように 改めたものの、こちらの様子を伺いながら、ずっと卵を温め続けています。この暑さの中、大変でしょうに。「もう、産んじゃったんだから、しかたないね。撤去されないように、元気な赤ちゃんが産まれてくるように、無事に 巣立てるように、祈ってるからね。」私は もう一度 鳩に声を掛け、部屋に 引っ込みました。今日は ベランダに 出ないようにしていましたが、ときどき、あの鳩の鳴き声が聞こえてきますし、カーテンの隙間から 覗き見する限りではもう ココに居座る、と、決めたようです。そうだよね、いまさら お引越しだなんて、無理だもんね。ああ、そう、あの、鳩の鳴き声のこと。あの、ちょっと喉を鳴らすような音が混じっている、鳴き声ね。いままで うん十年 ずっと、なにげなく 聞いていたけれど、今回 初めて、「猫が ゴロゴロいう音みたいだな」と 思ったのです。ヒトが聞いていると 眠くなるような、安心感を誘うような、音。あれって、もしかして、卵の中で生育中の、雛の前身に向けて、「お母さんは、ここにいますよ。安心して 大きくなってね」と 語りかけている声、なのかな?そんなふうに 感じたんです。鳩の場合は 胎内で育てているわけではないけれど、いわば 胎教音楽のようなものなのかな、と。なんにせよ、鳩の赤ちゃんが、無事に 産まれて、無事に 育って、元気に 巣立ってくれることを、願っています。ありがとうございます。
2021.07.23
久しぶりに、お風呂に入りました。あ、この言い方は、誤解を招くな。久しぶりに、湯舟に浸かりました。いつも夏場は、お風呂を沸かさずにシャワーだけで済ますようになります。今年は ちょっと早くて 1ヶ月くらい前から シャワー生活になっていたのですが、なんとなく 今日は、「お風呂、入ろう!」と。このところ ずっと PC作業に没頭していましたから、知らず知らずのうちに 肩やら背中やら首やらが凝りまくっていたのかもしれません。文庫本を読みながら、ぬるめのお湯に浸かること20分。やっぱり、お風呂はイイですねー。ムカシ、父が よく「お風呂に浸からないと 疲れが取れない」と言っていたのが、よく わかる。それが、‘刷り込み’→ 私の価値観 となったからなのか、トシのせいなのかは わからないけれど。ゆっくりお風呂に入っていると、つくづく「日本人で よかったー☆」と 思います。ここ10年くらいでしょうか。毎年、梅雨時になると、なんともいえない 倦怠感が まとわりついてきて、それが 年々 しんどくなっていくように感じていたのですが。お風呂に入ると、その、不調っぽさ、カラダの重たい感じのようなものが軽くなるんです。脂が脂を溶かすように、お湯が、カラダに溜まった 余計な水分を誘い出し、排出してくれる・・・ような、気がする!(笑)そう 見えるかどうかは 別として、体感としては だいぶ すっきりしました。やっぱり、お風呂、いいわー。さあ、あれも、これも、まだまだ 続く。しばらく 続く。ブログなんか 書いてる場合じゃ、ないぞ(笑)ありがとうございます。
2021.07.02
10年以上ぶりに、楽譜を目にしました。演奏するわけではないのだけれども、ほんの少しだけ、楽譜をいじる必要があって。はて。記号は おろか、音符の名前まで 忘れてしまって、いちいち 仕様書を確認する始末。もちろん、見れば すぐに「あ、そうだった!」と思い出すのだけれども、なんとも、すべてに、自信がない。感覚として理解していたはずの 音楽の常識が すっぽり 消えてしまったものだから、いちいち調べてからでないと、作業を進められない。すっかり、楽譜が読めないカラダ(いや、脳か?)になっていました。前にも書いたけれど、こういうとき、ほんと、インターネットって、便利ですよね。ついこの間・・・30年くらい前までは、調べたいことがあると、その筋の本を購入するか、図書館へ行くか、しかなかったのに。しかも、自分の求めている情報が どの本に載っているのか、わからないまま。何冊も本を借りてきて、何度も、フラれて。私、近くの図書館で足りなくて、国会図書館まで!行ったこと、あるもんね。たしか。(それさえ、うろ覚えのお年頃 ↑)とても便利な世の中になりました。そして、惜しげもなく、知識・技能を 公開してくださっている世界中の皆さまに、感謝です。何度でも、お礼を言いますわ。ありがとうございます。もうしばらくしたら、人類の脳内が インターネットのようなもので つながって、テレパシー的なものによって 情報・技能・経験などを 共有できるようになるんだろうな。といっても、その「しばらく」は、その間に 何回も? うーん、何十回、何百回も? 生まれ変わるくらい・・・の長さではあろうけれど。ありがとうございます。
2021.07.01
なにをしていようとも、なにもしていなくとも、人生の課題は、常に、そこに 存在している。私の気づかないところで、バックグラウンド印刷のように ひっそりと、働きかけ続けている。ふと 気づけば、いつも、自分が いま向き合うべきことの素材がそこに 転がっているんだ。そして、ふとした瞬間に、気づくんだ。ああ、いま、わたしは、このことに取り組んでいたのか・・・と。意識に上ってしまえば、それは、表に出てきて、働き始める。動き出す。おもしろいのは、いまの私は、それを、「常に 課題に 追いかけられている!」「課題から逃れられないんだ・・」などと悲観的にとらえてはいないこと、でしょうか。わざわざ 自分から 課題に ぶち当たりに行かずとも、ゆるゆる 生きていたって、課題の方から、ついてきてくれている。必要とあらば 顔を出し、ぽん!と 背中を押してくれる。時期尚早ならば、そのときが来るまで 黙って、 見守ってくれている。なーんだ。課題って、いつも そばにいてくれる、わたしの、味方だったのかも?そんなことに 気づいて 初めて、これまでは、課題=立ち向かうべきもの=自分の敵、と とらえていたんだ、ということにも思い当たりました。前のめりになっている上半身を、ちょっと引いて、離れたところから見てみる姿勢が、必要なんだよな。すぐに忘れて、また 背中を丸めて、見えもしない針の先を 見つめてしまうのだけれども。ありがとうございます。
2021.06.30
4ヶ月~半年に1回、歯医者さんへ行って歯のお掃除をしてもらっています。今回も 定期検診で行ったところ、ちょっとした不具合が見つかったため、改めて予約を取り治療してもらいました。その日のうちに完了した様子だったので、帰り際、受付で「もう、(次の検診時期まで)来なくていいですか?」と聞いたところ、歯科衛生士さんが、「来週、もう1回だけ、来て。」と。それで、今日、行ってきました。前の職場近くの歯医者さんに いまだに 通っているものだから、徒歩片道40分くらいかかります。バスを使ってもいいんだけどね、それでも最寄りのバス停からは 結構 歩く。いい運動です。私、用事がないと、外に出ないから。さて、治療椅子?へ案内され、エプロンをされると、先生が やって来て、先日詰めたところを 少し削って、調整してくださいました。そして、ひとこと。「今日、なんで来たのかと 思った。」うぇ?ひへっていがれははは、ひたっへふへほ・・・器具を口に突っ込まれたままだったからこんな音になってしまいましたが。わたしゃ、「来て」って言われたから、来たんだよっ!あ、先生には、ちゃんと「『来て』って言われたから、来たんですけど・・・」と 言いましたよ?もちろん。そこの歯医者さんね、先生と歯科衛生士さんとの連携が あまり うまくいっていないんですよ。だから、先生の確認を取らずに 歯科衛生士さんの見立てで、予約を入れちゃったんでしょうね。なんで そんなとこ、通っているの?と 思われるでしょうが、1人1人は すごく優しくて丁寧だし、私も 気に入っているから・・・というか、歯医者さんに行くのは、基本、イヤですよね。でも、どうせ 行かねばならぬなら、そこの歯医者さんが、一番 マシ(ごめんなさい)だから。「イヤな中から ひとつを選ぶなら、ココがいい」ということで(↑ これ、褒めてるんですよ?)もう10年以上、通っているんです。歯医者さんを替えるのって、すごくエネルギー 要るし、ね。で、その いつもの連携の悪さで先生の「なんで 来たの?」が 飛び出した、というわけで。たしかにね、先週でおしまいでも よかったんですけどね、帰宅して 食事をしたら、どうも 上下の歯が、かち合う。まあ、そんな違和感も、1週間 経つうちに慣れてしまった感があるから、別に どっちでも よかったんだけど。どっちにしろ 行くことになっているんだから、もう少し削ってもらうか、と。実際、カチカチしながら、削ること、3~4回。噛み合わせが、すっきりしました。削ってもらって、よかった。先生だって、「歯が当たったままにしておくと、そのうち 痛くなるからね。」って、おっしゃったではございませんか。なのに、なのに、「なんで 来たの?」は、ないよねぇ(笑)お客さん、じゃなかった、患者に向かって、そんなこと、言わないでおくれよ。まあ、歯医者さんによっては、用もないのに(悪い箇所でもないのに)削って また埋めて、削って、また埋めて・・・なんて悪徳なところも ありますから。「たいした用もないのに来るな」という歯医者さんは、良心的で 貴重なんでしょうね。とにかく、私としては、「なんで 来たの?」と 言われたことが ツボに ハマってしまって、ひとり、にやにや 笑いながら、またまた 40分かけて、歩いて帰ってきたのでありました。その歯医者さん、後継ぎがいなさそうなんだよな。歯科衛生士さんは 2人 いるけれど、治療は 先生おひとりで やっていらっしゃるんです。いつか 閉めてしまうのではないか?と、いまから心配しています。また 歯医者を探さなければならないの、面倒なんですよ。だから、先生、私より 長生きしてください。いつまでも お元気に、お仕事してください。ありがとうございます。
2021.06.29
いままで お米を購入していたお店が閉店してしまったため、近所のお米屋さんで お米を買うようになりました。そのお店の米袋(3キロまで入る小さい袋)を持参すると1キロにつき 10円引き・・だったかな、値引きしてくれます。先月、まずは 白米(その場で精米してくれる)を買い、数日前には 玄米を買いに行きました。その日の気分と事情によって玄米と白米を使い分けているため、どちらも常備しているんです。銘柄を選び、袋に入れてくれるのを待っている間、店主らしきおじいさんとお話をしていたら、「玄米は どうやって食べてる?」という話になりました。「何日か 吸水させて、発芽させてから食べてます。で、それを待っている間、白米を食べたり・・・」と答えると、店主さんは、お店に貼ってある表を指さしてこんなことを おっしゃいました。「玄米、続かないだろ?わしらだって、続かないもの。だったら、このへんの、5分づきとか7分づきとかにして、毎日 食べた方が、いいよ。」!!!わしらだって、続かない!?お米屋さんでも、玄米は 食べにくくて 続かないってこと!?お米屋さんなのに、玄米食を 続けられない!!!そんなことを けろっと おっしゃる お米屋さんがおかしくて、噴き出しそうになりましたが、相手は 真剣な表情で アドバイスしてくださっているんですもの。笑うところではない、と、懸命に 笑いをこらえて、拝聴しました。私は、玄米は 玄米、白米は 白米の美味しさがあると 感じているので、玄米=食べづらい、とは 思わないんですけどね。ただ、発芽させるのに、時間がかかる。それこそ 冬場は、何日も かかる。玄米を食べるにしても、少しだけ 精米してもらったら、早めに発芽するようになるのかもしれません。いいこと、教えてもらっちゃった。そういえば、そのムカシ、オードリー先生のお料理教室に通っていた頃。 ← オードリー先生オードリー先生のおうちでも、玄米を お米屋さんで 3分づき だか 7分づきだかに してもらっていて。オーダリンさんに お米の買い物を頼むと、家を出る前に説明しておいても、いつも 途中でわからなくなって「3分だっけ?7分だっけ?」と 電話がかかってくるのよ、なんてお話を、聴いたことがありました。 ← オーダリンさんうん。◯分づきって、私も、よく わかんないし、よく わかんなくなるから、よく わかる。 ← ややこし。 ← ややこしい たばちゃん♪さて、そのとき 買ってきた玄米は、現在、発芽待ち。これを 全部 食べ終え、次に 玄米を買うときには3分づきくらいを試してみようかな、と 考えています。それにしても、お米屋さんだって、(玄米は)続かない・・・って!!その言葉を 思い出すたび、ニヤニヤしてしまうのは、米粒が転がってもおかしい お年頃だから???ありがとうございます。
2021.06.19
ちゅぅちゃんが いなくなってから、もう1年 経ってしまいました。信じられないな。去年のこの日も、その前の日も、ひと晩中 つきっきりで、看病していたんだっけ。命あるもの同士 出会ったからには、いつか お別れがくるのはもう どうしようもないことなんだけど。ちゅぅちゃんが ここに いない、ということをいまだに 受け入れられていない自分と、ちゅぅちゃんが ここに いた、ということが22年近く続いた夢だったのではないかと思うときがある、自分と。ときどき、ちゅぅちゃんが リビングを歩いているような音が聞こえる、気配を感じたように感じるときがあります。だけど、あの ふわふわは、もう 姿を見せない。そうか、君は もう いないのか。ずっとムカシに見たドラマの あの一場面を思い出す。でも、いいんだ。ちゅぅちゃんが あっちの世界で 幸せでいてくれるなら、それで いいんだ。あなたが いま どこにいても、幸せでありますように。ありがとうございます。
2021.06.15
「徹子の部屋」さんまさんスペシャル?テレビをつけたら たまたま 映っていたので、そのまま 観ている。徹子さんの受け答えが、うちの母@認知症 そっくりで、驚いた。徹子さんが おっしゃることが、ことごとく、母を思い起こさせる。もしかして、徹子さんも、B型?と思って調べてみたら、A型らしい。あ、そうなんだ・・・。ありがとうございます。
2021.06.05
「許す」というと、大きな痛みを伴いながら、歯を食いしばりながら、無理やり自分をこじ開ける、というようなイメージが、私には あったのだけど。「気にしていた」→「気にしなくなる」→「気にならなくなった」このプロセスのことを「許す」といっているのだとしたら、それは さほど大層なことでもなさそうだ。「ゆるす」というのは、それまで きつく 縛って(囲って)いたものを「ゆる」ゆると解放「す」ることなんだ、なんて、ダジャレまで 思いついたりする。許すことに関する、考察。ありがとうございます。
2021.06.04
もう30年くらい前になるのですが、一人暮らしを始める私の 引っ越し荷物の中に、母が お鍋を入れてくれました。といっても、そのへんのスーパーで 1000円くらいで 売っていそうな、アルミの片手鍋。当時、ミニキッチン(電熱器のコンロ1つ)しかないワンルーム暮らしをスタートさせたばかりの 私には、それで 十分でした。その後、大小 使い勝手の良いお鍋を 自分でも買うようになり、いわゆる「料理」をするのは、そっちのお鍋担当に。いつのまにか、そのアルミのお鍋は、麺を茹でる専用鍋になっていました。厚みが薄いから、お湯が沸くのが早いんですよね。すぐ食べたい 食いしん坊の私には、ありがたい。麺を茹でるだけだもの、保温性とか 焦げ付きにくさとか、関係ないし。軽くて 片手で ひょいっと持てるのもお気に入りポイント。おそうめんも、うどんも、おそばも、スパゲティも、ラーメンも、すべて、コレで 茹でていました。で、いまの家に引っ越すときにも 当然 連れてきて、気づけば、このお鍋との付き合いも 30年、その間ずっと 私の麺ライフを支えてくれていたのです。だが、しかし!!今日、おそうめんを茹でようと そのアルミ鍋をひょいっと持ち上げ、水を注ごうとしたとき。取っ手がぐらついたかと 思うと、取っ手を支えていた金属が 外れてしまったのです。え??まさか、このお鍋が壊れる日が来るだなんて思ってもみなかった 私は、茫然としていました。うそー。壊れちゃった・・の?でも、そうですよね。今日、このときになって 初めて 気づいたけれど、もう30年も、使い続けていたんですもの。ここ数年は、アサヒ軽金属のお鍋を 買い足し 買い足し、アサヒ族以外のお鍋は、土鍋以外では このアルミ鍋だけ、になっていたものの・・・相変わらず、麺を茹でるときには、大活躍。しかも、夏も冬も おそうめんを食べるもんだから、使用頻度も かなりのものだったよね。そりゃ、壊れても、しかたないわな。往生際の悪い私は、ドライバーを持ってきて、取っ手と鍋をつないでいる ボルトを 締め付けてみましたが、やっぱり、金属の留め金が外れてしまったのが致命傷だったようで。取っ手が くるっと回ってしまい、このまま使い続けるのが危険なのは、一目瞭然。しかたない。その後の予定も 詰まっていたため、アルミ鍋は あきらめ、プリンセス鍋の、「上」(小さい方)でおそうめんを 茹でたのでした。 ← コレの、上の方。たまたまですが、今日は その後 実家へ行ったので、母に、30年前にもらったお鍋が 壊れてしまったことを話したところと・・・「30年!? あんた、モノ持ちがいいのねぇ」と驚かれるやら、呆れられるやら・・・。このアルミのお鍋が引退となると 不便ですが、もうこれ以上、モノを増やしたくないので、代わりのお鍋は 買いません。今後は、プリンセス嬢(プリンセス鍋の上 → プリンセス上 → プリンセス嬢)に、メンタン(麺茹で担当)となってもらう所存でございます。アルミとステンレス五層だかなんだかでちょっと 重いんですけどね、そのうち 慣れることでしょう。ちなみに、私は 片手鍋が好き(というよりも、両手鍋が好きではない)ので、我が家には 片手鍋しか、ありません。どうでもいい情報ですが。30年も尽くしてくれた アルミのお鍋さん。この私が そう簡単に捨てるわけがないので、しばらくの間 キッチンの片隅で お休みいただき、気が済んだ頃に お別れしようと思います。・・・そうやって お別れ待ちをしている お鍋が いくつもそのへんに転がっていることは、内緒です。 ← 公表しちゃった。アルミ鍋さん、長いこと、お世話になりました。どうもありがとう!あーあ。やっぱり、悲しいな。ありがとうございます。
2021.06.01
ちゅぅちゃんに、お花をお供えしています。もちろん、ちゅぅちゃんは 花よりお魚、ですから、私の気休めでしかないんですけどね。ちゅぅちゃんに、お花をあげましょー♪ちゅぅちゃんは、お花は どっちでもいいと 思ってるけどお花を あげましょー♪と 歌いながら、お花を お供えしています。どっちでもいいんですよ。ちゅぅちゃんは、私がご機嫌でいることを望んでいるのだから。で、前のカーネーションが 枯れてきたので、今日、小さな向日葵を 買ってきました。周りを覆っていたセロファンを 外すと・・・一瞬、向日葵の匂いが、鼻をかすめました。あ、向日葵の匂いがした・・?と、もう一度 鼻を近づけてみたけれど、もう わからなくなっていました。ほんの一瞬だけ存在した 香りでした。ちゅぅちゃんは、赤や黄色が すごく 似合っていました。向日葵も、お似合いです。ありがとうございます。
2021.05.31
だいぶ前から サバの缶詰がもてはやされていますが、いままで(たぶん)食べたことが ありませんでした。だって、サバなら、焼けばいいんだもん。そもそも、我が家の冷凍庫には、鯵を3枚におろした その両側や サバの切り身を 1枚ずつラップに包んだものが、常備してあったんです。ちゅぅちゃんのために。猫缶をプイっされたとき、焼いて お出しできるように。だから、わざわざ 缶詰を買う必要性を 感じなかったんですよね。ああ、そういえば。動物と暮らしたことのない友人に「猫缶」と言ったら、「え?猫の缶詰?」とギョッとされて、こっちも ギョッとしたことがある(笑)たしかに、鯖缶・猫缶、同じ構造の言葉なのに、意味・用途が全然 違う。紛らわしいですね。さて、鯖缶のお話に戻りますが。私、ちゅぅちゃんが いなくなってから、お魚売り場に行くのが 苦しくなっちゃって、なかなか お魚の切り身を 買えなくなりました。なぜか、お刺身とか お寿司とかだったら、大丈夫なんだけど。おまけに、ちゅぅちゃんが いなくなってから すぐ、勤続22年の ガス台のグリル部分が、壊れてしまって。グリルさんも、ちゅぅちゃんが いる間は頑張ってくれていたんだね、きっと。(で、残されたワタシのことは、どうでもいいらしい。)まあ、魚を焼くなら、フライパンで焼けばいいんだけどさ。と、そんなこんなで、ここ1年ばかりザ・焼き魚からは 遠ざかっていたんです。で、さすがに そろそろ お魚、食べたいなーと 思っていたところに 目の前に あらわれたのが、鯖の水煮缶。↑ そうそう、コレ。たまたま スーパーで 見かけたので、買って食べてみたところ・・・あら、美味しい!鯖缶って、こんなに 美味しかったんだ!?こんなに 美味しいのに、パカッと 開けるだけで、食べられるなんて。もちろん、ちゅぅちゃんにも ひとくち おすそわけしましたよ。この鯖缶、沖縄の塩で味付けしてあるらしいから、いままでだったら、食べさせるの、迷っていただろうけど、ある意味、カラダがないのって、最強だもんね。いまは、なんでも 分けてあげられる。よく言われているように、鯖缶だと、骨まで 楽勝で 食べられるんですね。すごいなあ。今日は、茅乃舎の柚子酢味噌があったので、それを ちょいっとつけて 食べてみたら、サバの味噌煮みたいで、これもまた 美味しかった。缶詰なんて・・と バカにしていましたが、ごめんなさい。また 見かけたときには、まとめて 買ってこようと思います。こうして、どんどん ズボラになるのが、怖いけれど。ありがとうございます。
2021.05.30
今年の2月に仕込んだお味噌、完成しました。かなり良い出来ではあるものの、やっぱり麹が多すぎたのかな、ちょっと甘さが目立つように 感じます。そろそろ 発酵が進むのを 止めたかったので、このへんで、魔法のバケツから糠漬け用の甕へ 移すことに。そして、そのついでに「どうしようかな」と、1週間ほど 迷っていたけれど。また、混ぜちゃいました!去年つくった、お味噌と。「このお味噌は 単独で 育てていくつもり」なんて 言っていたのに、ね。今回の、まだ白いお味噌と、1年以上経って赤くなったお味噌を 混ぜたもんだから、赤白まだらになっています。この赤いお味噌も、去年、豆や麹を違うものにして 2回に分けて仕込んだのを、数ヶ月後、諸々の事情により混ぜちゃったヤツなんです。だから、これで、3回分の混合味噌、ということになりますね。継ぎ足し継ぎ足し使っている、ラーメンスープみたい・・?そして、住処を奪われた 糠床は、余っていた 小さな魔法のバケツへ、お引越し。糠漬け、さほど好きなわけでもないけれど、トシのせいなのかたまに 無性に食べたくなるんですよね。なので、規模を縮小して 細々と復活させたのですが、毎日 混ぜるのも、また面倒。これを機に、甕から こちらの容器に移して冷蔵庫保管できるようになったので、これは これで ちょうどよかったです。手づくり味噌、覚悟はしていたものの、単独で「コレだ!」という ドンピシャな好みの味にはなかなか たどりつけません。それでも、こうして、混ぜて、合わせて、味の変化を楽しみながら 使っていくのも、また、手づくり味噌の味わい方のひとつなのでしょうね。ちなみに、私が お味噌を仕込んでいる 魔法のバケツは、こちら ↓発酵が早く進むから、2~3ヶ月で 食べられるようになります。お米の保管や梅ジュースをつくるのにも、使っています。あ、そろそろ 梅の季節だ・・・。青梅が店頭に並び始めましたね。梅干、今年は、どうしようかな。ありがとうございます。
2021.05.29
「誠実でありたい」という想いが、自分自身の邪魔をしている。何度も、何度も、この壁に ぶち当たる。それは、たぶん、私の望む その「誠実さ」の対象が、自分自身ではなかったから。「誠実さ」の目的が、邪まだったから。ありがとうございます。
2021.05.28
買い物に出たついでに 少し 遠回りしたら、以前 通勤で歩いていた道に 出ました。あったはずの家が 忽然と姿を消していたり、新しい建物が できていたり、で、数ヶ月で、なんか ずいぶん、景色が 変わってる。交差点の手前の、中華料理屋さん。昨年から ずっと、たまに通ると「コロナのため休業します」という貼り紙がしてあったんです。別ルートで、「閉店したらしい」との情報は入ってきていたのだけれども、ご本人(ご本店)が「休業」と言っている以上は「そのうち再開するんだ」と信じて、ひそかに 望みをつないでいました。でも、今日は、その貼り紙に はっきりと「閉店しました。37年間のご愛顧ありがとうございました。」と、書いてあったんです。あーあ。待っていたんだけどな。いつ決断されたのだろう。いつのまにか 貼り替えられていた 貼り紙に、胸が痛くなりました。そこね、ラーメン屋さんではなく 本格的な中華料理屋さんで、とても 美味しかったんです。お値段 ちょっとお高め、ひと皿の量も多いから、大食いの私でも、一度に そうそう何品もは 注文できなかったけれど、シューマイとエビチリ、チャーハンが お気に入りでした。もちろん、紹興酒を飲みながら。お店の雰囲気も良く、店員さんも とっても感じの良い方でね。本来は ひとりでは入りにくいようなお店なのに、仕事帰りに ふらっと立ち寄る私をいつも 温かく 迎えてくださったんです。「店名は、シェフの下のお名前なんですか?」と聞いてみよう、と 思いつつ、結局 聞きそびれたままに なってしまいました。ご予約のお客さんも 多かった様子だったので、ファンが、たくさんいたはず。でも、このような状況下、あれだけのお店を維持していくのは 大変だったのでしょう。残念でなりません。いままで、どうもありがとうございました。お店の皆さま、どうか お元気でいてくださいますように。でも!いつか!!可能ならば、ぜひ、ふたたび お店を開けてくださいね。ありがとうございます。
2021.05.25
時間が取れたので、録画が溜まっていた「珈琲いかがでしょう」を、久しぶりに 観ました。これ、中村倫也さん目当てで 観始めたものの、最初のうちは、出てくる女性ゲストのキャラクターにイライラしてしまって、「録画するの、止めようかな」と思ったほど。・・・なーんて話を妹としていたら、なんと妹は、彼女らのことが 他人事とは思えなくて涙しながら観ていた、とのこと。嗚呼。OLさんを卒業し、おばちゃんを 既に通り越していつのまにか おじさんになってしまっていた私には、若き女性の心の震えには ビタ一文 共感できなくなったらしい。それでも、滝藤賢一さんが ゲストで出てきたあたりからようやく 私の中で盛り返してきたので、自分のペースで 観ています。野間口徹さんが 家に帰り、料理しながら「今日、まいったよー」と 背後にいるらしき人物に話し掛けた その瞬間に、察しました。その相手は、もう この世にはいない、と。その後、奥さんらしき女性が 何度も 姿をあらわしたけれど、ううん、このひとは、もういない、と確信していました。野間口さんが 彼女相手に 普通に会話しているように、わたしも 毎日、ちゅぅちゃん相手に会話をしているから。毎日 自分のごはんを用意するときにちゅぅちゃんの大好きなお刺身を お皿に入れて、一緒に「いただきます」をしているから。ちゅぅちゃんも、あの奥さんと同じように、普通に 私に言葉を返してくれるんだよ。うちも、もうすぐ1年になるんです。ちゅぅちゃんは 飲まないけれど、珈琲を1杯、淹れました。ありがとうございます。
2021.05.22
全3762件 (3762件中 1-50件目)