パクス・ジャポニカ Vol.2

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2009/09/23
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カテゴリ: 東海道五十三次
江戸日本橋から数えて東海道の5番目の宿場町が戸塚宿です。

江戸方の入口である江戸見付の跡には、現在ファミリーレストランが建ち、江戸方見付の碑だけがその場所を示していました。
戸塚宿江戸方見付跡.JPG
江戸方見付碑
人も車も目の前をただ通り過ぎて行きました。


江戸方見付跡からしばらく行くと、柏尾川に架かる吉田大橋が見えてきます。
戸塚宿安藤広重.jpg
歌川広重「東海道五十三次 戸塚元町別道」

同じアングルで撮影してみました。
戸塚宿吉田大橋.JPG
現在の吉田大橋。(ちょっと違ったか…)

広重の浮世絵には、吉田大橋の手前に道標が建ち、「左り かまくら道」の文字があります。


戸塚宿妙秀寺.JPG
妙秀寺の山門

山門をくぐったところに、その道標がありました。
戸塚宿かまくら街道道標.JPG
上の方は折れて継がれた感じですが、確かに「左り かまくら道」と書いてあります。


現在の東海道は、戸塚駅の北側を通る国道1号線となっています。
国道沿いを行くと、宿場町を思わせる歴史の足跡が残っていました。

その1つが清源院長林寺です。
戸塚宿清源院長林寺.JPG
1620年に、徳川家康の愛妾お万の方によって開基されました。
裏手の墓地には、お万の方を火葬した跡に建てられた供養塔がありました。

お万の方については、勝浦城(千葉)→ こちら
お万の像.JPG
勝浦城のお万の方像。

清源院の境内には芭蕉の句碑もありましたが、心中句碑というのもありました。
戸塚宿清源院心中句碑.JPG

心中する時に詠んだ句は初めて見ました。


さらに東海道(国道1号線)を西へ向かうと、八坂神社があります。
戸塚宿八坂神社.JPG
7月14日の八坂神社の夏祭りになると、「お札まき」が行われます。
江戸時代の中期には江戸や大坂でも盛んに行われていたそうですが、現在は東海道の戸塚宿だけに伝え残されているようです。
男性十数人が女装して踊るそうで、見てみたい気もします。



戸塚宿冨塚八幡宮.JPG
前九年の役の平定のために奥州へ向かう途中の源頼義と源義家は、この地で応神天皇と冨属彦命の御神託を授かりました。
その加護で戦勝したことに感謝し、1072年に社殿が建立されました。

冨塚八幡宮の裏手には、その冨属彦命の古墳があり、「冨塚」と呼ばれていました。
この「冨塚」が「戸塚」となって現在に至っています。

冨塚八幡宮からは緩やかな坂道となり、戸塚宿もそろそろ終わりです。
「大坂」と呼ばれる坂の下に上方見付の跡がありました。
戸塚宿上方見付跡.JPG


ところで戸塚宿の途中では、いくつか興味深い発見がありました。
戸塚宿斉藤家土蔵.JPG
戸塚の東の方の旧街道にある斉藤家の土塀です。
ここは「鎌倉ハム」発祥の地で、初めて日本人によってハムが作られた場所です。

1874年にイギリス人のウィリアム・カーチスがここで牧畜業を営みながら、外国人相手にハムを製造販売していました。
その製法を伝授された斉藤氏が、日本人初のハムの製造を開始しています。
戸塚宿斉藤家土蔵2.JPG
今も旧東海道沿いに、赤レンガのレトロな倉庫が建っていました。


さらに斉藤家の近くには、護良親王の首洗井戸の跡があります。
戸塚宿護良親王首洗井戸碑.JPG
住宅地のど真ん中にひっそりと碑が建っていました。

護良親王は後醍醐天皇の皇子ですが、建武の新政権で後醍醐天皇や足利尊氏と反目したため、
足利尊氏の弟足利直義の監視の下、東光寺(現在の鎌倉宮大塔宮)に幽閉されていました。
しかしながら足利直義の家臣である淵辺義博に殺害されてしましました。

その首を洗ったとされる井戸の跡が、ここに残っていました。
戸塚宿護良親王首洗井戸.JPG
淵辺義博は逐電したはずなので、一体いつ誰が…


関連の記事
東海道~程ヶ谷宿→ こちら





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最終更新日  2010/05/05 07:45:49 AM
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