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時は2021年。コロナ禍の真っただ中。中居クンは独立1周年。smapデビュー30周年の年。すっかりTwitterの住人となっている私は、同時にジャス民にもなっており、まさかこんな掛け持ちの仕方するとは夢にも思ってなかったよね。とりあえず、このブログが生きてることの確認。もしかすると、また活用するかもしれません。
2021年04月04日
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8月18日にブログを書けなかったという一生の不覚(-_-;)。あれからTwitterに張り付いて情報収集。(あっちでは重いハピパコメントはしましたよw)不自然なラジオコメント、全く誠意が伝わらない事務所の対応。だんだん嘘がバレていく様子。まさか私がニューヨークタイムズ紙にメールを送るなんて思わないし。あれやこれやがあったわけですが。昨日のスマステで慎吾君が東山君に言った言葉でね。彼らはまだ戦ってるんだなと確信した。実は東山君初登場の時、慎吾君はインフルエンザでお休み。代打で中居クンとつよぽんがお相手したのよね。だから東山君は「スマステ」は2回目の登場だけど、番組内で慎吾君と絡むのは初めて。それが最後の挨拶で東山君に「3度目も来て下さい」と。その後、「絶対休みません」。傷心の慎吾君が引退だの休業だの書きたててるメディアにこのやり取りをぶつけてやりたいわ。慎吾君が休まないと言ったら休まず番組は続けるつもりなんだ。事務所に残ると覚悟を決めたんだ。今日までにラジオでコメントした3人も、「原稿を読む」ことで自分の気持ちを見せてくれたよね。まだ本当のことは言えない、と。私達に、ではなく、まずSMAPにSMAPを取り戻させるために、できることを模索して行こうと思います。ただし、過激になり過ぎないように。理不尽な怒りを、関係ない方向にぶつけては本末転倒。「本当の敵」を見つけて「華麗なる逆襲」しちゃおうよ。
2016年08月21日
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8月14日未明。SMAP解散速報。用意された記事、用意された報道。これで納得すると思ってるんだろうか?いやはや、スマファンだけでなく世間一般の人も騙せたとでも?今までどんなに自分たちに不利な内容でも、きちんと良きタイミングで、テレビや報道陣の前に出て自分たちの言葉でファンにメッセージを送ってきた、そんなSMAPがですよ。夜中に紙切れ一枚で済ますはずないやん。それもだな、五輪で世界各国のアスリートの皆さんが、国を背負って戦ってるさなかにだよ。中居クンが今どういう仕事してるか分かってる?TBSのオリンピックメインキャスターだよ?例え、1億歩譲って解散発表するにしても、SMAP本人たちがそんな時期を選ぶとでも?SMAPを辞めさせられかかってる5人。でも事務所には残る。まだ逆襲の余地はある。こうなったら30周年は盛大に祝おう。その時にはSMAPが復活していることを祈って。ジャニーズ初、解散させられたけど復活したグループとして。スマヲタなめるな。中居クンがお好きな、おもぉいおもぉいヲタだぞ。
2016年08月14日
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すいません。この状況でお前は何してるんだ、と言われそうですが。最近はすっかりTwitter人間しております。アカウントは@toukoyumiharaです。「都布子」で登録しておりましたが、期間限定で(絶賛ポジキャン中)とつけてます。正直、早く取りたいです。ただし、こちらでは横溝ファンの方々とも繋がりができてまして、しょっちゅうそちら関係のことも発言しますがご了承を。で。で、ですよ。この半年の仕打ちはなんだってことですよ。しっかり怒ってます、はい。「落ち込んだりもするけれど、私は怒ってます」ですよ。一回だけ、ぶちまけさせてください。沼にはまったのは5周年の年。まだこの時は初心者で、事務所でのSMAPが立たされてる位置はよく分かってなかった。10周年のライブがあんなことになった年。吾郎ちゃんのばかっ、と思った。15周年、中居クンが思うように踊れなかった年。木村君の「いてくれるだけでいいから」に泣かされた。20周年、ライブツアーが困難になった年。東日本大震災。こればっかりはしょうがないと思った。東京ドームにはいけたし、これで十分だった。ただ、今年は納得いかんぞ。不祥事・けがは本人の問題、天災は抗えない。だけど今回は戦うべき「敵」がいる。去年の暮れのスマショつとぷ来店や、CDTVでのあのパフォーマンスに、冗談めかして何か起きるんじゃないか、なんて思ったけれど、想定外のことが水面下で起きていた。あのね、後輩さんたちが記録を抜かそうが、視聴率抜かそうが、それはどうだっていいんだよね。そりゃ時々は羨ましい時もあったし、共演させてくんないかなぁ、とも思った。でも変に張り合おうという気持ちは、少なくとも私にはなかった。ほんとのSMAPファンもそうであったと信じたい。それがなんですか?所属事務所がこの行動ですか?SMAPのやることなすこと気に食わない態度とってますが、結局後輩さんたちもSMAPが拓いた分野で頑張ってますよね?SMAPが何か事務所に不利益をもたらしましたか?おじさんになっても、アドルとしてちゃんと働いてますよね。ちゃんと自分の立ち位置で評価を得て、事務所を潤してますよね。単なる好き嫌いで、5人を揃わせてくれない、冠番組でもSMAPの歌を歌わせてくれない、新しい仕事は入れてくれない、デビュー25周年を祝わせてくれない、新曲出してくれない、あまつさえそれを理由にして、新曲披露の場ではない歌の特番に出演させない。こんな芸能事務所がありますか?今年初めのサムガで中居クンが、「今年は踏ん張る年だなあ」と言ったので、踏ん張りますよ、SMAPを返してくれるまで。最初に言った通り、盛大に怒るのは以後慎みます。慎みますが、怒ってます。早く楽しいことが書けますように。
2016年07月13日
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春ですね~。パルコ劇場のしんつよ二人芝居。行きたいけどなぁ、お金がなぁ(^^;)。あ。4月から仕事決まりました。2年前までいた古巣です。時給下がっちゃうけど。今度の派遣会社、お給料は月末締めの翌月26日払いで、それまで手持ちのお金でどうやって乗り切ろうかだけど。それもあって、5月に遠征はキツイのですよぉ。どんなに遅れてもいいから、大阪公演ないかしらね。そうそう、甥が中学生、下姪が小学生になります。早いですなぁ。もうそろそろうちに泊まりに来るのも減りますかね。それはそれで、母が寂しがるような気がする。そういえば下姪。それなりの教育(?)をしまして、アルバム曲聞いても中居クンの声は聞き分けるように。でもうっかり「華麗なる逆襲」のPV見せたら、しっかり「この白い服の人かっこいい(#^^#)」となり・・・。今のところ剛担です(^_^;)。さて、ロングバケーションも残りわずか。体調整えて、また頑張ってお仕事して、楽しく遊べるように働くのだ。
2015年03月28日
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今なお現役で頑張っている森君。SMAPを脱退して今年で19年になりますね。これまでもちょくちょくライブとかでは名前が出ていて、吾郎ちゃんのことがあった時は、「『はだかの王様』までなら踊れるよ」と、冗談交じりに言ってくれたりしたとかなんとか、そんな話も聞きました。でも去年辺りから、27時間TVの時の手紙とか、各所で行われているトークショーとか、積極的に「元SMAP」として参加している。それもひとえにオートレースに注目してもらえるなら、というある種の「覚悟」が見てとれます。いつか堂々と、6人集まってる図を見たいです。再びの6人のわちゃスマ、実現できますように。とにかくケガにだけは気をつけて。関西だとなかなか馴染みのない世界ですが、まずは体が資本でしょうから。今日は新曲じゃなく、昔のアルバムを聴きましょうかね(^^♪。
2015年02月19日
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放送直後、結構視聴者の皆さんに好評価していただいて。考えすぎやったんやろか、と思い、もう一回時間をおいて最終回を見返して書いたものです。これでだいたい中居クン関係のものは転載終わり。後は読んだ本のひと言感想を、読書メーターを使ってどうにかしようと考えています。 えー。多少ずるいのは承知で再度感想を。もう一度最終回を見直してみました。自分が感じたもやもやとか、でもぼろぼろ涙してしまったシーンとか、何かまだまとまっていなかったものを再構築したくて。「村八分」って怖いですよね。ことにここに登場した本浦家に対するような、スケープゴート的な村八分は。なんかわからんけどむかつくからいじめる、生理的にお前は気にくわないからいじめる。子供の世界ではそういう理由でのいじめが多いんじゃないかな?(多くあっちゃ困るけど)でも大人の世界の、自分たちが災いを避けるためにより弱い存在を作ることを目的とした差別は、差別されることだけでその集合体の中での存在価値を認められるという形になってしまう。改めて、こういう問題を動機づけに持ってきたスタッフはすごく勇気がいっただろうなと思いました。ただ、それと秀夫が恋愛さえも道具にしてまで野心を燃え上がらせた理由づけとは、どこまで結びつくのかが疑問です。「本浦秀夫」を捨て、「和賀英良」という新しい人生を手に入れる。それだけじゃ足りなかった秀夫の気持ちがもう一つ伝わってこなかった。哀しみとか、切なさとかが先に立ってて。千代吉が連行される間際に見せたこぼれんばかりの笑み。そして秀夫が連行される時、あさみに向けた笑み。この対比はすばらしい演出だったと思います。千代吉の笑みには父の強さがあった。恐らく、もう二度と秀夫と会うことはないと悟っていたと思います。その上であんなに素敵なお父さんの笑顔を見せた。一方秀夫の方はあの状況で目いっぱいの笑顔を見せる強さと勇気はまだ備わっていないんですね。それでもあさみに思いに応えようと自分のできる限りの本音を見せた。新しいドラマの度に違う笑顔を見せてくれる中居クンはひいき目ながらすごいと思う。まだこんな表情持ってたのかぁ~、とびっくりさせられてしまいますよ。見た直後に私が怒ってた重箱の隅つついちまうぞ感想は、他の方々の評を見る限り杞憂だったのかなあ。でもこのドラマでは秀夫のセリフが少ない分、その言葉一つ一つに妙に敏感になってしまってたみたいです。あともう少し苦言。今西さんとお父さんとのかかわりをもう少し時間を割いて描いて欲しかったな。彼は彼で刑事という職業に宿命を感じている人だと思ったので。そこを掘り下げればもっと今西さんと秀夫との関わりにいい味が出たような気がします。もう一つ、秀夫と和賀君との交流にも時間をとって欲しかった。そうするとあの幼い秀夫が和賀君の人生を自分の物にしてしまったという展開に重みが出たんじゃないかな。色々細かいところで言いたいことは実のところまだあるんですが、スタッフさんたちが一致団結してこの作品が仕上がったことは満足して受け入れたいと思います。皆さん、ほんとにお疲れ様でした。今度、このスタッフでコメディーやりましょうよ。また新しい中居クン、新しいドラマが作れそうじゃないですか。
2015年02月03日
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「砂の器」最終回感想です。いやあ、放送直後の感想って怖いね(^^;)。すんません、めっちゃ生意気で。ただ、こういう想いも大切なのかも知れませんな。ということで、そのままの文章、掲載します。 秀夫はこうして罪をつぐない、笑顔を取り戻せるのかな?連行される時、あさみに向かって唇の端で笑ってみせた、それが今の精一杯。心から満面の笑みを浮かべる秀夫が見てみたいです。これは番組に対する注文じゃなく、「その後」を想像しての私の望みとして。これをもちまして、「砂の器」は完結です。今まで私が見たドラマにはない、ほぼ映画的な作りだったと思います。ものすごい時間と手間をかけた映像、それに負けない役者さんたちの演技。ひいき目だろうがなんと言われようが、中居正広も連ドラ3年間のブランクを信じられない程スキルアップしてくれてた。放送は三ヶ月間だったけれど、恐らく費やした時間はその何倍もになることでしょう。関係者の皆様、ほんとにお疲れ様でした。・・・さて。こう少しきれい過ぎる程まとめておいて何なんですが。最終回、実は声を大にして言いたいことがあります。最後の最後のシーンについて。私はどーーーしても納得いかないので。秀夫が老い、病んだ父に搾り出した言葉です。「あなたが憎かった」と「あなたの子供であることから逃げたかった」。これをこの順番で二つ続けられると、この間に「だから」という言葉が入ってしまう。そういう意味合いに取れませんか?軽々しくそういう意味にして欲しくなかったというか、千代吉が憎いから「本浦秀夫」を捨てて「和賀英良」になったという単純なことじゃなかったと私は思うので。千代吉を慕いながら憎かった気持ちは分かる。そして千代吉の子供である「宿命」から逃げたかったのも本当だと思う。(ただしこれはなあ・・・。そう思った原罪は三木謙一にあるよなあ)だけど、これはその根本的理由が違うと思うんです。前編である10話の感想で、私は放浪シーンが秀夫にとって苦しいものには見えなかったと書きました。そう捉えてしまったもんだから、それをベースにこの最終回を見てしまったこともあります。千代吉が三木さんに連れられて秀夫の前から去るところ。彼は笑いましたよね。息子に向かって、なあんにも心配するなというように目いっぱいの笑顔を見せた。でも、父は帰ってこなかった。秀夫はとーちゃんと一緒にいたかったのに。どんなに苦しくても、また逃げ回る生活に戻ろうとも、一緒にいたかったのに。とーちゃんが大好きだからこそ、帰ってこなかった千代吉を憎んだ。これが私が受け止めた秀夫の気持ちです。そしていじめられた秀夫に三木さんが言った台詞です。さっきも書きましたがこりゃ酷です。これを7歳の子供に言うかよ~。いくら強い子でも7歳だぞ。こりゃ自分の宿命を恨めって言ってるもんじゃないか・・・。そして実際和賀君が亡くなってしまった時、秀夫は自分の宿命を捨てようとしたんです。本浦千代吉の息子の本浦秀夫から、この先もずっと逃げていたかった。こんな役割を三木さんにふって欲しくなかったんです。なんだか「善意の人」という印象が薄れてしまって。三木さんはいい人、なのに秀夫は彼を葬ってしまうという罪の重さが感覚的に減ってしまう。そう考えると、父親が憎かったからその子供であることを捨てたかったんじゃなく、逆だと思うんですね。千代吉の子供であるという宿命から逃げたかったから、父親を憎もうとした。こうじゃないかなあ。細かいところをうだうだ言うようですが、私の中ではこの差が大きくて。もう一つ注文を付けるならば。罪を告白した秀夫に対し、千代吉に叱って欲しかったなあ。激しく「なんてことしたんだっ!」じゃなく、静かに「ばか者が・・・」って感じで。その上で、秀夫を受け止める親の愛情を見せて欲しかった。悪いことをした子供に対して叱った上で許す。それが父親だと思うので。いい映像だったんだけどなあ。ほんと、だんだん私、ドラマ・映画に対して厳しくなってる気がする。だってさ、どうも役者に頼る度合いが大きすぎる作品が多いよねぇ。なんて、色々文句つけたけれどね。この作品を全否定するわけじゃありません。他のドラマで正直もっと「ヲイヲイ」と思うのもあるし。また、大好きな中居クンの主演ということで多くを求めすぎなのかも知れませんし。この作品に携わった人たちが本当にすんごく力を出していい作品作りのために一丸となっていたことも伝わります。それでも・・・今までの中居クンのドラマの中では、好きなランキング上位にはいかないかなあ。それとも。もう少し時間を置いて全話を見返したら、また違う発見があるのかなあ。
2015年02月03日
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残り2回となり、佳境にはいってきました。福澤ジャイさんはじめ、スタッフさんたちは、今回の後半に流れた流浪シーンにすんごく力を入れたんだろうなぁ。どうしても映画とひかくされますものね・・・。いよいよ最終楽章に突入した砂の器。前後編に分けてまで時間をかけて表現したい本浦秀夫の宿命は果たして何なのか。ということでもうここからは原作とも映画とも私は見てないけど、たぶん以前に放映されたテレビドラマとも違う、オリジナルストーリーとなります。亀嵩の駅で全てを放出したかのような秀夫の叫びは圧巻でした。こうして幼い頃の思い出、今までの和賀英良としての人生、そして自らが犯した罪を自分なりに受け止める勇気を得ることができたんでしょう。その上で完成した「宿命」に乗せ、今西さんの口を借りて語られる故郷大畑村での出来事。これが失敗しちゃこの「砂の器」が文字どおり崩れちまうぞ~と、心して拝見しましたが。大満足とまではいかずとも、頑張ったよなあと思いました。せいぜい25年前にああいう生活環境の村があったんだろうかという疑問はちらっとあります。でも千代吉が「いつも本浦の家ばかり」と吐露していたような、はっきり家に対して代々かぶせられた「差別」を理由に持ってきたのは冒険だと感じました。家族みんなで楽しめるような作品の多い日曜劇場で、こんなテーマを正面切ってぶつけてくるとは正直予想してなかったので。原田芳雄さんの迫力は期待通りでした。あの時、確かに千代吉は人間の心を失っていた・・・それが怖いほど伝わって。そして例の親子放浪シーンです。長かった。映画でも、全編の3分の一近くはこのシーンに割いてたと思うので、それに比べて全11話のあの時間量だったとはいえ、長かった。なのに、エンディングが流れた時には、「え?もうそんな時間なの?」という感覚もあった。なんだか矛盾しているようで自分でも不思議です。そういえばあの間CMが入らなかったのはすごいよね。それだけスタッフさんたちはあのシーンに賭けてたんでしょう。でも私ははっきり言って妙な違和感にとらわれたんです。とにかく映像はきれいでした。1クールのドラマにこんなに手間をかけたのは見たことない程美しかった。だからこそ、悲惨さがないんです。今西さんがこの放浪の旅は幼い秀夫にとってどんなに過酷だったか、なんて訴えていた台詞が、なんだか浮いてしまうくらいだったんですね。秀夫はちっとも苦しそうじゃない。むしろ、この上なく幸せそうなんですよ。秀夫が抱えた苦しみはこの一年間には無かったんじゃないかと思わされてしまう。私が感じたこの感覚は、スタッフさんたちにとって誤算なのか計算なのか、それは最終回を待たないと分かりません。などということは抜きにして。中居クンのピアノはほんとにびっくり。プロだよなあ、なんだかんだ言って。少し短いけれど、最終回の後編を合わせてのこの前編だと思うのでこの辺で。
2015年02月03日
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渡辺謙さん演じる今西刑事が、どんどん主人公に近づいてくる、という9話です。というか、主人公が今西さんになったような感じもしたかな。今回は和賀=秀夫の物語というより、彼をめぐる人々の物語でしたね。娘のため半分、自分のため半分・・・いや、もしかしたら自分のための比重が大きいのかな、冒頭の田所代議士のプレッシャーに始まり、ターニングポイントとなった今西刑事とあさみとの邂逅。関川が和賀=秀夫に投げつけた言葉(あれは彼なりのエールだったんでしょうね)。忘れちゃいけない綾香嬢の、不安をいっぱい抱えながらも信じることしかできない葛藤などなど。ターニングポイントであるはずだけど、物語は淡々として進んでいるようで進んでないのよね。もちろんあさみの証言はあってもただ和賀=秀夫・・・あー、めんどくさい、やっぱり「和賀」でいこう、和賀が実はあの日蒲田にいたことは証明できても、逮捕状を取るまではいかないでしょう。一番大きなのは今西さんが千代吉との面談でいったい何を得たのかということです。刑務所から出てきた今西さんの背中が、急にものすごく重い物を背負った感じでした。刑事として、彼を償わせることでなんとか和賀を救おうとしている。あさみの事情聴取中、今西さんは「和賀英良くん」と呼んでいました。「和賀」という呼び捨てでも「和賀さん」でもなく。千代吉との出会いは、恐らくこれからの今西さんの刑事人生にも大きな影響を与えたのです。ところがところが、意地悪なスタッフさんたちはそんな大事な会見の模様を私達に明示してはくれません。秀夫の父千代吉は何かを語ったのか、それとも何も語らなかったのか。どうやらその内容は来週まで持ち越しのようですね。「三十人殺し」というような言葉が出てきたところを見ると、「津山事件」からヒントを得ているようです。同じこの大量殺人を題材に取ったのが横溝正史の「八つ墓村」。こっちはもうただ嫉妬にとち狂った男が引き起こした残忍きわまる事件に仕立てあげていましたが、砂の器の方では千代吉のタガがはずれてしまったきっかけは、もっと切ないもののようです。気になるのは千代吉の妻、秀夫の母の存在が今まで何も出てこないこと。もしかして、この母親が村人たちの心無い言動によって生命を絶たれるとか、そういう悲劇があったのでは?予告を見る限り、なんだかそんな展開のような気がします。今西さんが聞き込みに言った碁会所の老人の言葉「人は簡単に鬼になる」とは、千代吉だけじゃなくて村人たちのことも指しているんでしょう。たぶん、この老人自身も含めて。誰も何も話してくれなかったのは、自分たちにも責任の一端があることを認めたくないから。自分たちも鬼になったことを封印したいから、千代吉が一番の鬼だったということにしたいんだろうな。もしかしてこの辺のこと、公式ページやTV誌にヒント出てますかね?原作・映画とも違うオリジナル要素が増えてきた前の回あたりから、なるべく予備知識いれずに見てるから・・・。(雑誌類は写真だけ眺めるようにしてます^_^;)9話も終わり近くになって、和賀の心から何かがおちたような気がする表情でした。彼はもう、警察から、罪から逃げようなんて考えてないんですね。後悔のない形で「宿命」という作品を残したいだけ。「和賀英良」だとか「本浦秀夫」だとか名前は関係なく、自分の中にある全てをピアノにぶつけることで何かが変えられると確信した。来週、亀嵩で和賀は今西さんと真正面から話をするようです。この時間が二人どちらにとってもこれから生きていくための糧となりますように・・。
2015年02月03日
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日付が変わって1月31日。今日は慎吾君のお誕生日です。私がSMAPにハマりはじめた頃、「人生のほぼ半分SMAPですっ!」と言ってた、ハタチになるやならずやだった子が、もう38歳。いまや人生の3分の2もとっくに過ぎちゃったね。そんなに長くSMAPでいてくれて、ほんとにありがとうです。最近は長男も末っ子に甘えて、色々仕事増やして申し訳ない。何かと気を配ってくれてること、画面を通じてわかります。あやつもアマノジャクなので、扱いが大変でしょうが、どうか面倒みてやってください(^_^;)。この1年、いい仕事に巡り合うのも大事だけれど、美術館も色々まわって、できれば海外の美にも触れて、納得いく自分の絵が描ける時間がとれるといいなと思ってます。・・・食べ過ぎにはくれぐれも気を付けてね。
2015年01月30日
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ここまで引っ張って、なかなか千代吉の罪が視聴者には伝わらず。謎が謎を呼ぶ回だった気がします。まずは和賀の苦悩だけが浮き彫りにされてて。そんな感じの8話でした。綾香ちゃんが和賀が刑事に張られていると父親に告げ口したこと、WEB上では責められたりもしてるらしいですねぇ。私としては彼女の人物設定からして普通の行動かなあと思いましたよ。とにかくお嬢様育ちなんです。色んなことに関して、父親を庇護を受けてきたんです。何かあれば、パパに言えば解決してくれてきたんでしょう。和賀のことを大好きで、その大好きな英良さんが何か変なことに巻き込まれてるかも、パパ、なんとかして。なんて感じでしょうか。まあ、もう少し大人なことを考えてるとは思いますが。そんな状況で結構ちゃんとした女の子に育ってるもんね。そして本浦親子の足取りを追う今西さん。千代吉の犯した罪はいったい何でしょうか?もちろん、今西さんは分かった上で行動してるはずです。なんせ警視庁の刑事さんであり、「あの本浦千代吉」だと知ってるんですから。スタッフさんたちは意地悪ですねぇ、見ている私達にはその罪を明かしてくれない。死刑囚というからには、殺人、それも一人ではなく複数の人を手にかけたと思われます。その内容が早く知りたいです。なぜ親子がそこまでして逃げなければならなかったのか。秀夫が名前を変え、三木さんをも拒絶しなければならないほど、過去に何があったのか。これが肩透かしにならないことを祈るばかりだけれど。石川・長崎と秀夫の足取りを追っていくうち、今西さんの心の中にも迷いが生じています。わすが10歳にも満たない少年が、長崎まで流れてきたという事実。この少年が今の和賀英良であること、そして三木さん殺害の犯人であることは信じて疑わないものの、果たして刑事として彼を逮捕することで何が生まれるのか。決して答えをだしてはくれない父親に向かって自分のとるべき道を問う今西さんの表情から、ただがむしゃらに犯人を捕まえようとするイメージが少しずつ消えていっているのが分かります。そんな今西さんと、和賀・・・というのももう変なのかな、秀夫と言った方がいいのかな、とにかくこの二人に、彼らだけでゆっくりじっくり話をさせてあげたい。「宿命」の作曲が進まなくていらつくばかりだった秀夫は、自分がピアノに逃げてるってことがわかってなかったのね。偽りの誕生日を祝われ、偽りの名前で賞賛を受けている自分。深夜、まるで何かに取り憑かれたように自分のこぶしを痛めつける姿は、見ているこちらもやっぱり痛くて、なんとかならないもんだろうかと哀しくなります。そんな彼が父親の容体を知った途端、ピアノの向き合い始めた感情の変化。父親に向けた想い、自分がこんな人生を送らなければならなかったことへの想い、それをただ自分への憎しみに向けるんじゃなくて、やっと本浦秀夫としてピアノにぶつけることができ始めた。だから。この「宿命」は今までとはまた違った意味で、本当の自分の曲として完成させなきゃいけない。たぶんね。今までの自分の人生は、外からの力によって狂わせられることの連続だったと思う。父親の罪がどんなものかは今後の展開を待つとして、おそらく秀夫少年にとっては鬼の巣食う地獄と化してしまった故郷から逃げざるを得なかった。亀嵩で三木さんに助けられ、やっと人として生きられるかと思った矢先にたぶん父親が捕まったんでしょう。そして三木さんの慈しみは嬉しかったけれど、やっぱり亀嵩にもいたたまれなくて飛び出した。どこをどうたどったのか長崎まで来て施設に入れられ、そこで「和賀くん」という親友ができた。なのに今度は災害という自分ではどうしようもない悲劇が起きて、その親友をも失ってしまう。これは想像だけれども、秀夫が和賀くんになりすましたのは自発的ではなかったんじゃないだろうか。和賀くんの家かその近くで遊んでた二人、秀夫はその場所で救出されたのに対して、本物の和賀くんは不幸にも土砂に流されてはるか下流まで流されてしまったのかも。そして背格好が似ていた秀夫は、救助された人たちにすっかり和賀くんだと思われて、気がついたら「英良くん?頑張ったねぇ、助かってよかったねぇ」なんて声をかけられていたんだと思うのね。そして今度の事件もそう。殺すつもりはなかったのに誤って三木さんを手にかけてしまった。ただ後くされなくセーターを償却してくれると思っていた玲子にも、たまたま袋が破れて中を見られてしまった、たまたま焼却炉が使えなくなっていてあんな処分方法を取ることになってしまった。 巻き込むつもりはなかったのに、不必要な心配をかけてしまったんです。あさみだって、あのとき偶然ぶつかったりしなければ交錯することのなかった二人なのにね。ちょっと長くなったかな(~_~;)。先週までは早く捕まえて~と思ってたけど、今回はもう少し、曲ができるまでもう少しまって~と思ったりして。現金ですね、視聴者ってもんは。
2015年01月30日
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だんだん切なくなってきた7話です。この後、少しずつ和賀英良の真実が明らかになっていく訳で。あさみさんの心情も、原作知ってると辛かった回です。 実のところ、これ書いてるのはもう8話を見たあとなんです。なるべく気をつけますが、純粋に7話までの感想とはなり得ないことをまずお断りしておきます。えーえー、すべてはわたしの怠慢のせいですわ(T△T)。とうとう和賀のもとまでたどり着いた今西&吉村、そしてたどり着かれてしまった和賀。和賀がアリバイのためにとっさにあさみの名前をだしたのはなぜでしょう?んなもん、とてつもなく稚拙な工作じゃないですか。警察はすぐにあさみに裏を取りに行くに決まっている。まああさみもとっさに和賀をかばったわけですけれど(この彼女の心情は後で推察するとして)、これもなんにも打ち合わせしてない嘘なんですからほころびが出るのはわかってる。その答えを探る手がかりは、二人の刑事が去った後の和賀の震えながらの「僕がやりました・・・」というつぶやきかもしれません。彼は怖いんです。三木さん殺害容疑から逃げおおせたいという欲望と、罪そのものから逃げたいという怖さとが入り混じって。そしてその度合いは、だんだん後者の方が強くなっている。だからいつばれてもおかしくない嘘をついてしまったのかなあって。自分がこねあげた脆い脆い砂の器を、あさみになら壊されてもいいと思ったのかな。屈折した愛情表現のような気がしますが。そして一方あさみが今西の問いに嘘をついてしまったのはなぜか。こうして和賀のアリバイを刑事が聞きにきたことで、彼への疑惑はいっそう真実味を帯びてきました。そして頭のいい彼女のことです、そんな嘘をついたところでいつまでも隠しとおせると本気で考えてたとは思えない。少しだけ、もう少しだけ和賀を警察の目から離させてあげたいという想いがあったのでは?それは和賀を助けるというよりも、自分の手で彼の心の奥底にある何かを知りたいから。彼が抱えているもの、なぜ彼が警察に追われるようになってしまったかを知った上で、その苦しみを自分の手で多少なりとも拭い去ってあげたかったからだと私は思うんですが。考え過ぎかな(~_~;)。そうこうするうちに今西さんは映画館の写真に気がつき、和賀=犯人だと確信を得た。そして再び登場の桐原老人です。恐らくこのまま静かな時を過ごして、お墓まで持っていく事柄をたくさん大事に大事に胸にしまっていたであろう桐原さん。それは本浦親子のことだけじゃなくてね。今西さんはただ事件を解決したい。あんな誰からも愛されていた三木さんを殺害した犯人を、なんとかして追い詰めて捕まえてやりたい。その気持ちは痛いほど分かる桐原さんだけれど、たぶん本浦親子、特に幼い秀夫(秀雄?原作は秀夫だったけど・・・)が追った傷を思うと簡単に事情を話せない。それでも今西さんの目に真摯さを見出して、彼に託したんだろうな。この人なら、いい形で秀夫を捕まえてくれるかもしれない。ただ逮捕するんじゃなく、助けてくれるんじゃないかと信じて本浦千代吉の名をだした。「あの本浦千代吉ですか!?」・・・どの本浦千代吉なんだよぉ~!
2015年01月30日
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この頃でしたっけ、渡辺謙さんが米アカデミー賞の、助演男優賞にノミネートされたのは。今やそう簡単に連ドラには出演いただけなくなって。そう考えるとすごいなぁ。まだ中盤だと言うのにすごく早い展開で話が進んでしまった気がしますが・・・。実は原作読んでる身としては、最初っからのペース配分を考えればこんなもんなんですよね。つまり、まるで全8話くらいの感じでここまで来てるわけです。ということはですよ。原作ではほんの数行しか触れられなかった事件の「動機」を、スタッフさんたちはこれでもかってぐらい膨らませて見せてくれようとしてるんでしょう。(なんてこんなささやかな場所からプレッシャーをかけてみたりする・・・)6話は和賀ちゃん百面相、なんてぐらい色んな表情が見られた回でした。そうそう、こないだうたばんで中居クンが照れ隠しとおふざけとで、「和賀ちゃんですっ!」なんて発言して以来、もう「和賀ちゃん」以外の呼び名が浮かばなくなってしまいました。作品のイメージとはかけ離れた呼び方ですが、これはもう中居クンに責任とってもらいましょう。閑話休題。6話は玲子の哀しさがあふれた一篇ともなりましたね。「運が悪かったとしか言いようがない」形で命を落としてしまった彼女。今回のお話で唯一救いだったのは、ほんとうに病死だったってことです。じゃ原作ではどうなるかというのはネタバレになるからいえないけど、彼女の立場からするとより哀しいことになります。でも編みかけのちっちゃい靴下とか、佐藤仁美さんの名演技もあいまって切なかったですね~。時々一点を見つめているという(月刊ザ・テレビジョンより)夏八木さんの決して清廉潔白じゃない代議士さん。「もっとうまくやらんかっ」と未来の婿に浮気指南をするとか(~_~;)。自分の娘を泣かされるのは我慢できないのに、バレなきゃいいのね。まあそういう典型的、類型的なイメージを持つ大立者な訳です。こう話の展開が早いと、事件解決後に和賀ちゃんの周りの人たちが示す態度も描いて欲しいと思ってしまいます。もし和賀ちゃんが捕まったとすると(私はぜひとも捕まってほしいぞ。安易な自殺なんてことになったら暴れるぞ)、あれだけ大々的にパトロンとなって彼を娘の婿に迎えようとしていたんですから、田所氏の失脚は免れませんよね。恐らく今までは立ちふさがる壁なんてけっとばしてぶち抜いてのし上がったであろう田所氏。ここまできて政治生命が絶たれるようなことになったら・・・どんな行動を起こすんだろう。なんて想像はともかくとして。今西=渡辺VS和賀=中居の様々な対決がいよいよ本格的になりました。少しずつ、でも確実に和賀に近づいてきている今西さんです。そして自分の知らない所で足元をすくわれてしまった和賀ちゃん。いや、2話辺りでも書きましたがもとをただせばあのセーター自分で始末しなかったのが大きな間違いなんですよ。いっくらでも人目につかない場所で焼くなり埋めるなり、処分する余裕あったでしょうに・・・。それでも。ラストにピアノバー(「フォルテ」でしたっけ)で一心にピアノに向かう彼の目に、少なからず哀悼の色を見てとれたことに少しばかりの安堵感を覚えたりして。和賀ちゃんは何も玲子を事件に巻き込むつもりはなかったんです。本当に関川と幸せになって欲しいと願ってたと思う。生まれてくる新しい命には、自分と同じような過酷な宿命を負わせることのないようにと。 前回電話で玲子と話していた時、そんな祈りを込めていたと私には伝わっていたんです。そして一方、捜査本部解散という報道を見て一度は逃れたと思っていた三木さん殺害の断罪が、再び自分に忍び寄ってきている。自分と三木さんを結ぶものは見つかりっこないという自信の裏に、怯えは確かにある。その要因の一つが他ならないあさみであり、6話のラストのあさみの表情を見て彼が何か感じなかったはずはない。大事なのはここからです。中居クンがいうように、今はまだ和賀ちゃんはピアノに逃げているんでしょう。それがきちんとピアノに向き合って、逃げる気持ちからではなく、本当に自分のすべてを注ぎ込んだ作曲ができるのか。和賀本人にとっても、そして傍観者であるわたしたちにも納得の行く「宿命」ができあがるのかどうか。2004年度テレビ版の「砂の器」の真価が問われるのは、和賀本人の宿命と絡めたこの曲ができあがるまで、ここから先の過程の描き方だと思うのですが。
2015年01月30日
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話の展開が早いな~と感じたほぼ折り返し。いやあ、金屏風会見シーンは感慨深かったです。そしてこの頃からラブシーンNGだったんかねぇ、中居クン。 冒頭、先週の展開から続き、二人はどーなっちゃうんだーとドキドキしながら見てたら、あっさり翌日の朝でした(爆)。あのお手々にぎにぎはかなり色っぽくて期待したのになあ(何を?)和賀ってば、据膳しっかり食っちゃった上に突き放すんだもん、ひどい男だ(~△~;)。でもね、その気持ちは分からないでもないけど、「背中に誇りがある」なんて一言であっさり納得して劇団復帰するあさみの心の動きはよく分からない。もうちょっと何かやり取りが欲しかったなあ、なんて思ってしまいました。一方晴れて婚約者となった綾香さん。ドラマに出てくる代議士の娘にしてはすれてない普通のお嬢様なんだなあ。関川にちくちく言われてたけれど、あさみの存在も彼女にとっては心配事なのに、この先和賀が殺人犯と知った時の彼女のこと考えると心配になっちゃいます。ストーリーの中で彼女が三木さん殺害と和賀を結びつけるなんてシーンは出てくるんでしょうか?ところで婚約発表の金屏風記者会見。こんな派手じゃなくてもさ、ほんとに中居クンがこんな記者会見する日が来るのかな。おねーさんは早く来てほしいんだけどなあ・・・。ツーショット会見はしなさそうよね、あの照れ屋さんのことだから。気持ちという点では玲子の気持ちはすごくこちらに伝わってくる。電話での口調も商店街で楽譜のこと聞かれて立ち止まった後姿も。関川と子供と生きる決心をした彼女には、ほんとは幸せになってほしいんだけど・・・。今の時点で一番しっかりしてる女性ですよね。その玲子にやさしい言葉を投げた和賀の心象風景。今回うわっちゃ~、なんてやられちゃった場面があります。蒲田操車場に向かってゆっくりと手を合わせるシーン。悔恨の気持ちがあったのか、三木さんへ対するせめてもの手向けの気持ちがあったのか、ただ自分が追い込まれるのを恐れる逃げおおせたいという祈りの現われなのか。そりゃ私としては捜査本部解散を知って初めて恐れの中から三木さんへの謝罪が顔を出したと考えたいですね。とにかく。この微かに震えつつ手を合わせる加害者と、事件を追う追跡者が共に被害者に手を合わせる場面がオーバーラップした時。和賀は許されるべきではないけど、どうか、どうか救われて欲しいとホロッときながら一緒に祈ってしまいました。くっそ~、中居ファンだからって安易に流されるまいと思ってたのに、情にほだされてしまった・・・。そして玲子の強さを知り、捜査本部が解散されたとなって、和賀は自分には何も得たものがないのに気づかされてしまったんでしょうか?そこでなぜいきなりラストであさみを求めたかってことよね。うーん、個人的にはまだ今のところあさみより玲子の方に魅力を感じるだけに、和賀の行動には一種のもどかしさを感じてしまいます。もう少し年齢が下・・・25歳くらいであの設定ならあさみの感情の移り変わりも分かるのになぁ。30歳という年齢設定にしては、揺れが激しい気がするんですが。もっとも、この先逆に肝が据わって、和賀の支えになる女性へと変わっていくのかも知れませんよね。後はなんたって話の展開がやっぱり早いっ!映画館のあの写真(館主は斉藤洋介さんでしたね~、なんか嬉しくなっちゃった)、もう出しちゃっていいの?まだ謙さんとの絡み芝居一回しかないのに・・・。あ、あのすれ違った時の二人の表情、凄かったなあ。原作の進み具合からすると、あと2回ぐらいで終わってしまいそうなスピードです。来週関川くん参考人で引っ張られてるし、とうとう今西さんが和賀さんに声かけてるし。和賀に捜査の手が伸びるのが原作よりも早くなるのかもしれません。
2015年01月30日
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第4話にして、有名なあのシーンが。映像的に絵になる、列車の窓からのアレです。ジャイさんならではの演出になってたなぁと、今振り返るとしみじみ思います。例の電車の窓からバラマキシーン、そうきたか、という感じです。原作よりも納得の行く行動だったと思うなあ、私としては。和賀の指示じゃなく、玲子の独断だったら、まだあの行動も許せるかなって。あの行動には、一つには彼女の和賀への決別の想いがあるのでは、と思います。電話で「関川が君に愛されていて良かった」という言葉に、和賀の気持ちが完全に自分にはないことを知らされた。それまでは、別れたとは言っても時々面倒を見ていたような感じだったので、またどこか和賀とのつながりを信じていたい気持ちがあったんでしょう。それともう一つ。彼女も頭の悪い人じゃなさそうです。蒲田の事件と和賀とを結びつけていたに違いありません。そしてそんな聡明さを持つ彼女が、あんな方法で大事な証拠を隠滅できると思ったとも考えにくい。つまり・・・見つかる時ゃ見つかってもいい、なんて気持ちもあったんじゃないでしょうか?それが彼女の和賀に対する密かな意趣返しではなかったんでしょうか。今西さんと一緒に全国を駆け巡っている吉村君。永井君って、仮面ライダーでしたっけ、戦隊ヒーローでしたっけ?今回特に、素直なお芝居をする人だなあと思いました。素直な人間ですもんね、吉村君は。めぼしい手がかりかと思えば心から嬉しさをみせ、うまくいかない時は思いっきり悔しがる。渡辺さんとだんだん息が合ってきているような気がします。そして今回の名脇役さんたち。亀嵩のおまわりさん、甲本雅裕さん。こういうふっつーの人のい~いお兄さんから、腹に一物ある嫌味な人から、気の弱い小市民から、色んな役をこなす方ですよね。ハイロウズの甲本ヒロトさんの弟さんだってこと、意外に知らない人が多いんだよな~。そして桐原老人焼くの織本順吉さん。この方も芸の幅が広い方です。なんだか急にお痩せになったような気がするのが、ちょっと気がかりなんですけど・・・。劇団響の麻生さんですが、彼のあさみに対する態度の真意っていったい何なんだろうな、と思う。もしかして、彼女をステップアップさせる裏の意図があるんじゃないかと考えるようになってきました。だって、しきりに年齢のことを言うけれど、お芝居の主役を張るのは何も若い女性ばかりじゃない。たかが30歳で「終わった」女優と決めつけるのは無謀すぎるし。それともこれは私の考えすぎで、やっぱり彼はただの気まぐれわがままオヤジなんでしょうか(~_~;)。・・・とここまで意識して脇の人に触れてみたんですけど。やっぱりメインとなる和賀とあさみについて。あさみとの時間によって、少しずつ和賀の中でのゆがみというか、 彼女が彼に気持ちを寄せる程、実際の自分とのギャップに傷みを覚えるような気配になってきましたね。今回のツボはなんといっても海の見える公園での「ん?」です。このめっちゃ究極的に短いセリフにゾクッときましたぜ。和賀本人は気がついてなくても、あさみに惹かれてるんだってことが如実に出てた「ん?」でしたな~。さて来週予告。早い。早すぎるぞ展開が。お願いだから最後の方冗漫な流れにならんでくれっ。「行方不明」って、誰が行方不明になるんだ・・・。
2015年01月29日
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第3話、人間関係も錯綜してきました。今から思うと、渡辺謙さんと共演できたのは、中居クンにとって大きな宝物でしたねぇ。 えーい、金子さん(3話の監督)ってば、何やらかしてくれんねんっ。しょっぱなからあんなシーン出されたら、背中フェチの私がどうなるか分かってるやろっ(分かれへん、分かれへん・・・^_^;)!いやあ、危うくストーリーそっちのけになってしまうとこでした・・・。このシーンで情緒不安定になったせいかどうか、3話にして初めて泣いてしまった。それこそ運命の皮肉とも言える展開に切なくなっちゃって。和賀とあさみ、もっと違う出会い方をしていれば、もしかしたら和賀は罪を犯すことなく幸せになれたかもしれないのにねぇ。そもそも三木さんをあの場所であの時間に殺害してしまったからこそ二人は出会ったんだから、とてつもなく本末転倒なことだけど。というより、そう思わされることこそ、スタッフの思う壺なんでしょう(~_~;)。ただ・・・二人の切ないラブストーリーだけがクローズアップされる話にはなって欲しくないな。今西さんの捜査の進み具合が早いだけに、少し心配です。原作では出雲弁に行き着いて今西さんが亀嵩を訪れるのは、もう話も半分くらい進んだ頃。どうやら来週亀嵩ロケのシーンみたいですが、まだ4話だよ~。あさみさんとの絡みもいいけど、ほんとはVS関川とか、VS今西もたっぷり見たいので、あまり偏らないで欲しいと思ってます。さてさて。3話は和賀の心象風景が山ほど出てきました。今まではイタズラした子供が親の目をうかがうみたいに、殺害がばれることを恐れていたけれど、3週目の今回に到って自分の犯した罪そのものに怯えるようになってきましたね。それで正解だと思います。中居ファンとしては少々辛くても、和賀の苦しみや恐れはどんどん伝えてほしい。だって、和賀は殺人者なんですから。罪の重さを思い知らなければいけない人ですから。たとえ最初の一撃は突き飛ばしたはずみでだったとしても、その後彼は鬼になってしまった。中居クンが時々変貌する小悪魔どころじゃないんです。どんなに哀しい過去があっても、どんなに隠したい宿命でも、一人の命を奪った代償は大きいこと、簡単に人の命が消えていきがちなこのご時世、きちんとメッセージ性をこめてもらわなければ。あ、でも今回ほどモノローグは入れなくてもいいかな・・・(~_~;)。あまり言葉に頼って欲しくないのね。というか、言葉にできない想いってのを表情で見せられる人だから、中居クンは。ただし。白影の時もそうだけど、苦しんでる中居クンの方が色っぽくてたまらんというサド感覚が、私も含めて少なからず中居班にいることも確かだ、はははは。さて、今後のストーリーについてちょっと勝手な予測をば。今西さんについてなんですけど、もしかして自分の父親と同じ立場になる場面が出てくるのかな、と。和賀じゃなくて、もしかして関川かもしれないけれど(そう思う理由はネタバレになるので・・・勘弁してください)、今西さんの坊やを盾に取るようなことがあるのかもしれない。それともう一つ。今西さんのホームにいるお父さんと、本浦千代吉氏とに何か接点があるかも・・・。来週は・・・原作の突っ込みどころの一つが出てくるようです。どうなっちゃうんだろ? 絵的にはきれいだけど、あれはいいのか?
2015年01月29日
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そうそう、このドラマの直前に、中居クン草野球で中指の骨折っちゃって、スタッフの皆さんが青い顔になったというエピもありました。だんだん登場人物がそろってきた2話の感想です。えー、まずお詫びと訂正をば。第1話感想で放送回数を10回と書いてしまいましたが、11回放送なんですね。スタートが他のドラマと比べても遅かったので、てっきり10話完結だと思い込んでしまいました。さて第2話。和賀くん、ストーカーになるの巻です(爆)。今西・吉村両刑事の秋田探索の旅と交互に語られる、和賀の動きというお話ですね。しかしあのセーターの処理はずさんだよな~。元恋人で信頼できる相手かもしれんが、好奇心から中見られちゃ終わりじゃんか。きちんと処理するまで見届けなきゃだめだよ、和賀くん。あさみにはあそこまで張りついてたくせに(~_~;)。案の定というかなんというか、どうやら現恋人という関係らしい関川氏に見つかってしまいました。関川君もバカじゃないからね、和賀=白いタートルネックの等式はすぐ気がつくことでしょう。今後二人の関係の変化が見ものです。そして今回メインだったあさみの事情。顔を見られたためにあわよくば始末しようと彼女を追う和賀くんが、自分の過去を消すためのはずが、彼女の様子をうかがううちに自分の過去を追体験してしまっているようですね。恵まれない家庭環境、親に見捨てられ施設で育ち、一人でもがきながら今まで生きてきた。最後、つきおとすために近づいた和賀くんの目が、何かに突き動かされたように色を変えていく様子がありありと分かりました。それにしても、あんな横暴な劇団主宰者って・・・。中盤、珍しい和賀の長ゼリフがありました。「宿命」について田所嬢に対し、その残酷さを訥々と語るシーンです。「どうすることもできない宿命」なら、なんとか一生うまく付き合っていくしかないんです。そうしないと前へ進めない。でも和賀は、あの蒲田で意識を取り戻しかけた三木さんの頭上から石を振り下ろした時点で、宿命に負けちゃったんでしょう。その後はもう、ずーっと後ろから追いかけてくる宿命に今まで以上におびえて日々を送るしかない。ここで比べるのはどうかとは思うけれど、直江庸介には時々寂しさや弱さもあったけれど意志の強さがあった。それが魅力であり、倫子ちゃんが惹かれたポイントでもありました。一方今の和賀には強さのかけらも感じられない。願わくば「宿命」を完成させることには意志の強さを見せてくれますように。ところで第2話の演出ですが。少しゆったりし過ぎているような気もしました。もちょっと動きがあってもいーかなー。丁寧なのはほんっとに丁寧に撮っていただいてますが。そうそう、「捜査がのぴる」といってそばを嫌い、「ホシをあげる」につながるからと天丼を所望する今西さん。吉村くんに「じゃ天ぷらそばは?」と突っ込まれた顔がとってもプリティでした(^^)。そんな今西さんとの出会いが、和賀に少しでもプラスになるような気がするので、終盤のやりとりが気になります・・・。
2015年01月29日
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TBSで放送されたドラマ「砂の器」。「白い影」と同じスタッフさんによって、再び中居クンを起用していただいた作品です。主題歌を担当してくれたドリカムの美和さんが、「うたばん」で「中居クン怖かった~」と言ってた1話の感想です。基本、ネタバレですのでご注意を。えー。不覚にもこの日の朝から体調最悪でして、午後9時直前の体温は38.8度。這うようにしてぜいぜい言いながら録画予約いたしました・・・。そして始まった日曜劇場・「砂の器」。冒険しましたねぇ。冒頭10分近くですか、BGMのみセリフなし。ポンポンと掛け合いのセリフが飛び交う昨今のドラマの中、こんな始まり方をしたのは珍しい。映像だけでここまで引っ張れるもんじゃないです。映画でもこんなの少ないでしょ。今回のキーワードは夕焼けなんでしょうかね日本海の荒波に沈む夕日をバックに、まさに何かが終わろうとしていることを暗示させる和賀とあさみの映像の後、都会の真ん中の物語の発端へと場面転換。そして最初のセリフが、ほんとうに和賀の心の中の砂の器が欠け始めたきっかけとなった、三木謙一の「秀夫!」という呼びかけ。ふっふーん、上手いじゃないか、この流れは。普通のドラマていう感覚じゃない。先に全体的な映像をいうと、その他の「絵」もさすが「白影」スタッフだな、と。三木謙一殺害現場となる蒲田操車場の暗さも、お寺の門をバックにした渡辺謙さん扮する今西刑事出動シーンも、劇団響の建物、市村さん登場のあの吹き抜けのカメラ角度も、そして何よりフラッシュバックとして使われている親子二人の流浪シーンも。もっのすごく気を遣って撮影されてるなということが分かります。さて。話の内容に戻って。原作・映画では主に今西刑事側視点だったストーリーを犯人の和賀の立場で追う、いわゆるミステリー用語でいう倒叙式(典型的なのは刑事コロンボですな)となっています。身も蓋もない言い方をすれば、この原作を10回放送のドラマとして間をもたせるためにも、和賀視線の映像は必要だったのかな、と考えたりします。原作では今西刑事の簡単な説明で終わらされていた和賀と三木との邂逅がどんな形だったのか、どんなやり取りがあって三木が死体となったのか、きっちりと描いてくれたことによって、原作の行間をも私達に見せてくれているようですね。あの殺害シーンはなかなか凄みがありましたよ、うん。これから問題は山と残っています。松雪さん演じるあさみは、苗字の一致からして原作の成瀬リエ子をアレンジしたキャラクターでしょう。「白影」と同様、最初から恋人同士だった設定を出会いから描く、なんて流れになるようです。彼女がどこまで和賀の秘密に触れ、どこまで「共鳴」するのか、予告を見ると和賀は口封じのため手にかけようとしているようですので、その気持ちの動きは見物です。後はやっぱりどう現代になじむようなストーリーになってるかだなあ。原作が書かれてから45年近く経ってますから。長くなってきたので後は個人的蛇足感想。今西刑事の「いただきましょ」という言い回しはえらく気に入ってしまいました。渡辺さん、かっこえーわー。直江先生のお部屋もひょえ~というくらい豪華でしたが、和賀センセイのお部屋はまたすんごいですな。いったい推定お家賃は・・・か、考えたくないけど知りたい気もする・・・。心配だったピアノ演奏会場面。もちろん音はプロの方の別録音でしょうが、頑張って指動いてましたね~。あれは相当練習したんじゃないでしょうか?音に指あわせるだけでも大変だってば。やっぱりもともとリズム感はいい人なんだなあ、中居クンって。をを、初回からずいぶん書き連ねてしまった。2回目以降尻つぼみにならないようにしなきゃあ・・・。
2015年01月29日
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放送に先だって、原作を読み直した上でのひと言です。昔読んだはず、と思って漁った、父の本棚には見当たらなくて、当時ちょうど帯が中居クン仕様になった文庫を買ったはず。ということで、原作を完全ネタバレしています。映画の方も・・・。映画を未見・原作を未読の方でネタバレNGの方は、どうか先に進まれませんように。「原作について一言」以下、原作の内容を思いっきりネタパレしてます。ようやく原作読みました。かれこれ20年前に一度読んだはずなのですが、どうも映画のイメージが強すぎたらしいですねえ。というのも、あまり原作のイメージって残ってなかったんですよ。あれ、こんな筋だったっけ? なんて思ってしまいました。松本清張さんと言えば、社会派ミステリーと称されて一時代を築いた推理作家です。ところが中学生当時の私の好みは横溝正史やクリスティ(後は世代的に赤川次郎さん読んでたなあ・・・)。今でもあまり清張作品は読んでいません。せいぜい映画化された「張込み」「点と線」ぐらいですかねぇ。要するに私はパズル好みなんですね。作者が仕掛けたトリックをこうでもないああでもないと考えながら読むタイプ。どうも社会派というのは苦手なんです。最近だと横山秀夫さんぐらいかな、読んでるのは。で、この「砂の器」。もちろん、フーダニットとしての面白さはあります。私は初読の時も犯人分かって読みましたから、この面白さについては残念ながら味わうことができませんでしたが。途中までは怪しすぎる人物は他にいて(ぶっちゃけた話関川氏だけど)、和賀英良がクローズアップされるのは残り5分の1まで進んでからなんですね。ですのでこのお話、もしかすると見る前に読む方がいいかも、と思ってしまいました。原作者本人も、「映画は原作を越えた」とベタポメだったそうで。確かにそう思ったりなんかしちゃったりして・・・。まず読み終わって最初の感想としては、「これで逮捕状出せるんかいっ!」。和賀に対する容疑って、状況証拠ばかりじゃないですか。宮田殺害のあの電子機器にしても、あくまで音楽製作のための機器だと言い張れば、それを持っているだけで即凶器とは断定できませんよね。あくまでもプロバビリティの問題になってしまいます。宮田が着ていたのと同じレインコートを見て顔色を変えた、なんてそんなことはなかなか法廷では通じません。そして戸籍が怪しいのはともかく、和賀英良=本浦秀夫の確実な証拠はありました?これも原作では父親も死亡し、この二人が同一人物だと証明するものは出てきてませんよね。せいぜい、関川の供述からの三浦恵美子の死因を作ったという罪ぐらいしか立証できないのでは?それも殺人じゃなく、厳密には傷害致死と、勝手に堕胎行為を行ったという医療法違反ということになるでしょうか。映画は、クライマックスの演奏シーンと重なった親子流浪のイメージが強くて、更に原作と違って生きていた父親、加藤嘉さんの演技が切なくて。付け加えて私が見た時はまだミステリーにスレてなくてそこまで考えが回らなかったかも・・・(~_~;)。第一、かの超音波殺人ってどうよ?ここが時代性の哀しさなんでしょうか、なかなか現代では受け入れにくい殺害方法だったりします。今回のドラマではこれ、なさそうな気がするんですが。同じ天才音楽家でもピアニスト。一番右端の鍵盤でも、ちゃんと人の耳に聞こえます。あんな装置作れないよね。同じように宮田に相当する人物がいたとして(岡田義徳君か松岡俊介君なのかな?)、殺害方法は違ったものになりそうですよね(というか、なってほしい・・・)。うーむ、松本清張さんの作品だったら、「点と線」や「張込み」の方が好きかな・・・。ぼちぼち書いてたら既に1話が放送されてしまいました。さあ、原作の矛盾点や未消化なところを、うまく料理してくれるのでしょうか。
2015年01月27日
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2004年1月クールとして制作が発表されました、中居クン主演、日曜劇場枠のドラマ「砂の器」。野村芳太郎監督の映画があまりにも有名で、一抹の不安を感じた時の感想です。ですので、映画版の内容について、多少・・・どころかかなりネタバレのところがありますので、未見の方はご注意くださいませ。「はじめに」 3年ぶりとなる中居クンの連続ドラマは、松本清張氏原作の「砂の器」です。まだ放映までは間があるのですが、企画発表されたこの段階での思いついたことを書きとどめておこうと思います。なお、原作・・・というよりも、1974年松竹映画、野村芳太郎さん監督の映画「砂の器」の内容について言及しております。ネタバレ困る方はご注意下さい。 さて、今回制作が明らかとなったTBS日曜劇場04年1月スタートの「砂の器」なんですが・・・。いきなりキツイことを書かせていただきます。なんでも話を現代に移し、ハンセン氏病問題にも触れないとか。それでは、原作・映画の持つ根本的なテーマをほぼ9割がた削いだことになります。前途を嘱望され、人生これから花を咲かせようとしている和賀英良が、なぜ犯罪を犯すに至ったか。それを説明するのに、あの高度成長期の時代背景と、それと表裏をなすハンセン氏病患者の方々への理不尽な差別は、切っても切り離せないものなのです。それでどうやって「砂の器」という作品を成立させようというのでしょうか?「白い影」「高原ヘいらっしゃい」「白い巨塔」等、この高度成長期に作られたドラマ・映画のリメイクがここ最近続いています。(奇しくも上の3作品は故・田宮二郎さんの代表作ですが・・・)いずれも舞台は現代に置き換えられました。これらに限っては、ある程度現代でも通じるテーマですよね。たとえば不治の病に冒された医者。経営が傾いたホテル(ペンション)を立て直そうと奮闘する人々。派閥闘争と医療裁判に翻弄される関係者たち。今の世の中でも、充分起こりうるお話です。ところがハンセン氏病問題となるとそうはいきません。つい最近でしたか、国との和解交渉が成立し、その道のりを描いたドキュメンタリーもしばしば放映されました。現代ではおよそ考えられないような患者の皆さんへの差別意識があったようです。「もはや戦後ではない」なんて言葉が流行り、日本が一気に経済大国へと上昇気流に乗っていたその同時期に、前時代的な風習がまかり通ってたんですね。「砂の器」の主人公は、わずか6歳にしてその強烈な向かい風を小さな体に受けることになります。罹病してしまった父親とともに、物乞い同様の生活をしながら各地を流浪する・・・。映画では和賀がすべての想いをこめて作曲した交響曲「宿命」にあわせて、そんなシーンがクライマックスに延々と流れます。事件の発端となる、東京で死体となって発見される被害者は、そんな境遇の和賀を助け、育ててくれた恩人です。ところが、過去を知られないようにするためには、その恩人をも手にかけてしまう。そこまでさせる何かが、その流浪の暮らしの中で生まれたんでしょう。(その辺りのはっきりした動機は語られません。まあ、あくまで私の当時の感想です)ということで。現代、そこまで一人の人間に殺意を抱かせてしまう「宿命」に、今回のスタッフは何をもってこようとしているんでしょう。そこがしっかりしていないと、ただの絵空事で終わってしまいかねません。「白い影」の時は、発表当時、「な、中居正広大丈夫か?」と正直ちょっと心配でしたが、今回は龍居さんの脚色がどこまで現代人を納得させられるか、少し気がかりではあるのです。いくら「白影」が成功したからと言って、「きゃ~、中居クンかっこいぃ~」だけでは通用しませんもんねぇ。でも反対に、この点をクリアできればとってもいいものが出来上がるんじゃないかという期待感も大きいです。さあ、放送まであと二ヶ月(これ書いてるのは03年11月中旬です)。心して待ちましょう。
2015年01月27日
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これが最後の映画館鑑賞となりました。この後、DVDでも観てますが、未だに映画のピースは理解不能です。しかし、まさか森田監督がこんなに早く逝ってしまわれるとは、夢にも思っていませんでした。もしご存命であれば、もう一度中居正広を使ってもらえたかも、なんて図々しいことも考えたりします。この次はドラマ「砂の器」の放送当時の感想を。こちらも重たい作品でしたねぇ・・・。では。ほとんどピースのことばっかになってますが。相変わらずネタバレでございます。「鑑賞4回目」7月18日、街の方へ出る用事があったので、なんとか時間作って見てきました。うーん、映画館で見るのは最後かな~?前回とは違うところで見たんですが・・・。実はずっと気になってたけど、やっぱり前に見たとこは画面が暗かったなあ。色合いが最初のとこと違ってたように思えてしょうがなかったんですね。さてっと。いい加減まとめに入らないといけないんでしょうが、とてもじゃないけど自分の中で完結しないよ、この映画は。肝心のピースのことを、まだつかめないもんなあ、私(~_~;)。DVDを繰り返し見ても駄目かもしんない・・・(←ちょっと泣き言)。今回は映画の浩美像も頑張って見るようにしました。彼自身のことについては原作よりずっと情報量が少なくなってしまったので、俄然津田さんの演技から読み取らないといけない。もちろん津田さんもそんなことは分かりきっていて、栗橋浩美を表現してくれたことと思います。原作よりややエキセントリックである反面、家族に対する軽蔑の念や夭逝した姉へのコンプレックスという複雑な感情は一切なし。じゃあただ犯罪に快楽を覚えるアブナイ奴かといえばそうでもないのね。見ていると正に「頭の中子供のまま大人になっちゃった奴」という感じがする。子供の残酷さと、わがままと、我慢の足りなさ。それを抑制することを知らないでここまで来ちゃった。和明は「ピースは浩美のこと利用しているだけだよ」と言っていたけれど。よくよく考えてみると、浩美だってピースを利用していただけだよね。自分自身は、ピースは尊敬できる唯一の友である、なんて信じていたかもしれない。でも、結局浩美にとってのピースは、自分にできないことや、自分がしくじっちゃったことの後始末を、泣き付けば代わりにやってくれる存在だったわけです。そこには真の友情は無かったんじゃないだろうか。だからこそ、本当に浩美のことを考えて、親身になって心配してくれる和明が入ってきた時点で、ピースと浩美の関係は崩れてしまったんだろうな、なんて。別荘で和明が清原や中村の真似をした時のこと。浩美はピースの反応を気にしてましたよね。ピースが「はっはっは、似てる似てる」(ちょっとわざとらしかったけどさ^_^;)と言ったら、ほっとしたような顔を見せた。ピースのために和明をどうこうしよう、じゃなくて、和明のためにピースの態度が気になった。たぶん、ピースはそれを感じ取ったから、あの後の「どうして僕のレベルに来てくれないんだ」となったんだと思う。そう考えると、やはりこの別荘での3人のシーンってすっごいキーポイントですよね~。森田監督がそこを中居クンに任せてくれたのは、ファンとしては嬉しかったりして(^^)。後はね、もう大画面では当分見れないかも~と、ピースの登場シーンはそりゃもう凝視しちゃってました(^^ゞ。いまさらだけれど、有馬さんに電話をかけてる時の口調、いいですよねぇ。TV局にかけてる時や、浩美との会話の時にはない、語尾に息遣いを残す粘っこさ。セリフにも気をつけていると、すんごく話し方に気を遣っていたんだなあとつくづく思います。それとこれも今更だけれど、ピースの視線。観客、つまり見ているこちら側を真っ直ぐ向いた視線ってないんですよ。普通ドラマや映画では、カメラワークによってそういうシーン、ありますよねぇ。特に後半、劇中でTVに登場する時でさえ、彼はカメラ目線でコメントすることがない。スクリーンの中の、更にモニターの中なんていう図においては、普通はあることなのに。「これは僕のオリジナルです」と告白した時さえ、顔は正面を向いていたけれど目は焦点があっていない。たった一度だけです。じっと私たちの方を見たのは。言うまでもなく最期のピースサインの時。TVに出だしてから表情というものを忘れたような感じがしたピースが、あの一瞬だけ真っ向勝負で自分を見せた。とはいうものの、その見せたかった自分が何なのかはやっぱり分からないのね。結局ピースはなぜ自爆したのか。自らの死も使命感なんでしょうか? いったいどういう意味を課していたんでしょうか?ピースが心から欲しかったものって何でしょうね。「ナゼ人ヲ殺シテハイケナイノ?」という問いの答え?あの最期の表情には満足感とか安堵感とかを感じたんだけど、その答えは見つかったんでしょうか。それとも、その答えは赤ちゃんというアイテムを使って、有馬さんに解いてもらおうとしているのでしょうか。多くの罪を犯したピースを許そうという気持ちは自分の中にはないです。ましてやいくら中居クンが演じてたからって、いわゆる「ダークヒーロー」なんて風には到底思えない。それでも一生懸命ピース像を探ろうとするのは、そりゃまあ中居クンファンだからってのは大きいことは認めます。ただ他にも、分かりそうで分からないことへの好奇心というのはありますね、やっぱり。「ナゼ人ヲ殺シテハイケナイノ?」ってピースに聞かれたら、私だったら「自分がやられて嫌なことは人にするんじゃねーよっ」という誰かさんの言葉を投げ返してやりたいけれど・・・。どうも一笑に付されてしまうような気もするのが、少し怖かったりします。うーん。大好きな映画じゃないんだけどなー。「すっごい面白いよ~、おすすめだよ~」と人に言えないのにこれだけ考えてしまう不思議。あ~、頭がナルトだ~(こんな締めでいいんだろーか・・・)。
2015年01月27日
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映画館で2回目の鑑賞。原作を先に読んだ友達と観に行きました。色々な意味で済まんかったです・・・。映画・原作、大いにネタバレしております。「鑑賞3回目」7月1日月曜日。今回はお友達と見に行きました。宮部さんファン、原作がとても気に入っていた彼女にとっては、森田版「模倣犯」はどうやら受け入れられなかったようです(~_~;)。確かに、原作を愛している人には、そういう捉え方をされてもしょうがない映画ですよね。原作が後になった私でさえ、不満は色々ありますから。とにかく森田芳光という監督さんは「象徴」好きな人です。それはもう、一気に彼を有名監督へと押し上げた「家族ゲーム」からしてそう。この「模倣犯」の中で山崎努という映画俳優の体を借りた有馬義男という人物が象徴していたものは何でしょう。一つは「被害者の家族」。原作では他にも登場した、ピースと浩美の犠牲になった被害者の家族の役割を一身に引き受けていた。そしてもう一つは、物語中唯一の「父親」。ピースを「悪」、有馬さんを「善」と分ける意見もあるようです。でも有馬さんは絶対的善人というわけではないと思う。人よりいくらかは正義感も強く、精神的にも頑丈な人ではあるだろうけれども。それよりもこの映画の中でたった一人の父親だったと言える。古川氏も、鞠子の父親という肩書きだけですもんね。「僕は百合子のことを考えますから、お父さんは真智子のことを考えてください」。そこには妻と元妻の名は出ても、娘の鞠子に言及するセリフはありません。有馬さんだけが、とにかく娘を守りたい、家族を守りたいという想いを持ち続けた人でした。鞠子のハガキを偽造したこともそう。原作にはそんなシーンはありませんでしたね。果たしてこの行為が正しいのかどうかは別として、そこにはただ娘の心を慈しむ父親がいました。それがピースから赤ちゃんを託されるというラストに繋がるのでしょう。もしかすると有馬さんは、抱き上げた赤ん坊の笑顔の中に、鞠子の面影を見出したのかもしれない。(それはあの子供が鞠子が産んだんだという、勝手な前提に基づくものですけど・・・)また、真一君を家族として守るという未来にも表れている。ピースと浩美には「じーさん」なんて呼ばれてましたが、有馬さんは「親父」なんですよ、私の中では。ピースと有馬さんの対決にストーリーが絞られてしまったため、塚田真一君の物語は希薄になってしまいました。視点を変えて、彼を主人公にしても充分作品になりえるはずです。自分の家族が殺されたことに対する負い目、引き取られ先のおじさん、おばさんとの関係、それに樋口めぐみとの確執、ガールフレンドの久美ちゃんとのこと、そして和明の妹、由美ちゃんやピースとの対峙。そんなこんなをばっさり切り取ってしまったせいで、多少彼の言動が唐突になった感はぬぐえません。せめて、佐和市の事件の折、自分がふと漏らしてしまった言葉が家族を死なせてしまうきっかけになったんじゃないかという、その心の葛藤だけでも、どこかに盛り込んで欲しかったなと思うのです。それによって、滋子さんへピースのことを調べるようにという説得の場面や、 最後の有馬さんに対する「でも、終わらせてください」という願いが一層活きてきたんじゃないかなあ。前畑滋子さんはなぜああいう設定に変えられてしまったんでしょうか。いえ、監督の気持ちは分かるような気がするんですよ。つまりはマスコミの怖さを体現する役割なんでしょう。ピース自爆後のモノローグ、「私はこのために犠牲を払ってきたんだろう」。そう言いながらも、夫が命を奪われた別荘をファインダー越しに見た時の指の震えは抑えきれない。それなりの意義は伝わってきます。でも・・・もう一つ消化不良だったんだな。ただし、原作の滋子さんにも私個人としては抵抗感がある。好きか嫌いかといわれると、嫌いかも(~_~;)。全く理不尽な理由なんですけどね。言ってみれば・・・近親憎悪。しばらく前、文章を書いてお金をもらっていたこともある私には、なんだか辛い描写もあったんですよ。自分の意思と反した文章を書かなければならないこともあるストレスと、自分が書きたいものを書くために生ずる使命感を通り越したエゴイズム。そして自分の書いたものにだんだんと自信を失くしていく焦り。そういう感情を見ていると、「うぐう・・・」と来てしまって。それに・・・原作版旦那の昭二さんも好きになれなかったからかな~。私が滋子さんのような境遇だったら「あんな旦那はいらねーっ」と思ってしまうんですよ(~_~;)。だから、全く個人的理由からの嫌悪感です、はい。あと、3回目の鑑賞で一番じっくり見たいと思っていた別荘でのピース・浩美・和明のシーン。あの、中居クンがたった一度自分の芝居を取り上げてもらった、と言ってたところです。野球選手の物まねを一生懸命に演じている和明の背後に忍び寄るピースに気付き、浩美は思わず「やめろ、ピース!」と襲撃を制する。ピースはそのままゆっくりと後ろ手を床につけてしゃがみこみ、二人をしばらく見てから乾いた笑いを発し、「どうして僕のレベルに来てくれないんだ。僕はいつも普通の奴に計画を邪魔される」と告げる。それを聞いた和明が「普通の人間バカにするんじゃないぞ、ピース」と一言投げ放ち、浩美は黙ってピースを見る。セリフだけを読むと、明らかにピースが二人を見くだしています。でもスクリーンに映っているのはピースを見下ろしている浩美・和明と二人を見上げるピース。予告編で聞いた時に「な、中居クンの笑いじゃないぃ~」と背筋がぞっとした哄笑と、ピースの目の色と、この位置関係から、私はピースの喪失感を感じたんですがどうでしょう。意識的にか無意識にかは分からないけれど、これで浩美を失ってしまったと痛感した。映画では、ここからピースの「自分では分からない何か」への渇望が始まったわけですよね。話は戻りますが「象徴」について。3回目にして私がひっかかった新しいものは「時計」と「抱擁」です。有馬さんと滋子さんに、まるで形見を渡すように時計を返した形になった意味。鞠子の時計が壊れていたかいなかったは確認できなかったけれど、滋子さんの元に戻ってきた昭二さんの時計はしっかり時を刻んでしましたよね。時間の流れが意味するところは何でしょう。そういえばオープニング・エンディングは回る地球だったなー、なんて。それから・・・ピースと由美ちゃんとの抱擁と、最後の有馬さんと真一くんの抱擁との対比。全く温度の違う抱擁でしたね。頼る者と頼られる者とのシンクロの差がそこに出ているようなシーンだったと思います。最後に妙な読後感ならぬ鑑賞後感(←こんな言葉ないって・・・^_^;)。ピースの遺書に忠実にバイク便を発送し、子供を公園に置いたのは誰?あんな男のために尽力する人物が果たしている?金で雇われた誰かということも考えられるけれど、バイク便はともかく、ピースの死後少なくとも数日は赤ちゃんの世話をし、あんなところに置くことまでするかどうか。そう考えた時にふと浮かんだのは、原作と違って生き残った彼女。彼女はピースに心酔し、迷いを抱く暇もなく事件が終わろうとしている。有馬さんも真一くんも、滋子さんもどうにか決着をつけようと一歩を踏み出した。でも彼女はどうなんだろう。もしかして・・・彼女が原作の「樋口めぐみ」となり得るとは思えないだろうか。
2015年01月27日
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初めて映画館で見た時の感想です。内容ネタバレしてます。で、原作にもちょっと触れてます。生意気なこと書いてましたねぇ・・・(^^;)。「映画館で見た」6月16日、唐突、予定外で映画館で見てきました。ホールであった試写と違い、スクリーンの大きさ・音響により迫力があって。それでもやっぱりピースの自爆CGはダメでした~。監督のインタビューとかで、あれは必要だった、っつー気持ちは分からないでもないですが・・・。そして・・・次は他のキャラクターの視点で、なんて思ってたのにやっぱりピース中心に見てしまった(~_~;)これは、原作を一度読んだということが大きいです。宮部さんが創造したピースというキャラクターと相乗効果をあげ、映画のピースから「中居正広」というファクターが1回目よりも希薄になった。その結果・・・ピースをもう少し素直に観察することができました。以下に掲げる文は感想というより、一つのピース像解釈になります。ピースはいわば脚本家&演出家です。シナリオを作り、それにしたがって役者をキャスティングし、被害者・被害者の家族・目撃者・警察・容疑者・犯人、そしてマスメディアや、事件に直接関わりない一般市民としての演技を要求した。そこにあるのは度を越したいたずら心。それがいいことか悪いことかを通り越して、意義があることなんだと思い込んだ。浩美は和明をバカにし、利用しながらも実は甘え、ピースは同じレベルの楽しみを分かち合える友として尊敬していた。その浩美を、ピースは自分の演出通りに演じてくれなかったことを理由に降板させてしまったわけです。ピースの中でもそこで多少のゆがみが生じたんじゃないかな。浩美の存在は彼にとって、自分が思ったよりも大きかった。同じレベル・同じ喜びを感じる鏡を失い、ピースは自分と向き合わざるを得なくなったから。原作にないシーン(ま、そういうのはたくさんあるけれど・・・)、ピースがベッドに横たわる表情。あの一瞬はピースは自分のやっていることに関して疑問を持っていたような気がします。本当にこのまま自分の脚本通り進めていいのか。これによって自分はいったい何を得ることができるのか。今までは浩美が自分を賞賛してくれた。でももう直接彼を讃えてくれる人はいないのです。そこで彼は有馬さんにぶつかってみた。初めて役者に対して意見を要求したんです。真犯人、つまりは自分に対してどういう評価をしているのかを問いかけた。そして返ってきた答えの中に、犯人の両親のこと、家庭のことを知りたいというのがあった。それがピースの迷っていた心に再びゴーサインを与えたように思うのです。ピースの両親。それはピース自身にも分からないんだから。原作と違って、映画ではピースの父親は結局分からずじまいだった。母親はともかくとして、自分の父親がどんな人間なのか、彼は知ることができない。「あなたには僕の家庭のことは分からない」という、事実上の自白。あれはピースのスイッチがオンになったことを表しているような気がする。この時点で既にラストに登場する赤ちゃんは誕生していたんじゃないか。ただ、もしかするとピースはこの子に違う役割を用意していたのかもしれない。でもこの有馬さんとの会話で、あの赤ちゃんの演じる役がはっきり決まってしまったんじゃないかと思う。私の今の想像ではあの子は鞠子が産み落とした子だけど、父親はピースじゃない。鞠子がさらわれる前に会おうとしていた相手の子なんでしょう。それは不倫だったのか、それともまた別の理由で有馬さんや母親に知られたくなかったのかは分からないけれど、とにかく、鞠子はその事実を「殺されてもいいからおじいちゃんには言わないで」欲しかった。堕ろしてしまいたいと願っていたかもしれない。そんな状況で産まれた子供にピースは自分を投影させ、有馬さんに投げつけた。「これがあんたの知りたかった俺だよ。父親の分からない、母親にも捨てられようとしていた子どもだよ」って。そんなピースのゆがんだ心が産ませた赤ちゃんだけれど、ラストの有馬さんの表情がそれを浄化してくれています。たくさんの犠牲の中で、自分に託された小さな命。そこに一種の喜びと、自分の存在意義を重ね合わせるその姿を俯瞰で捉えるカメラ位置に、ああ大丈夫、この赤ちゃんは大丈夫だという安心感を持たせてくれました。さて。タイトルの「模倣犯」。これは原作を読んでいてもその意味に悩んでいました。なぜこのタイトルなんだろうって。もちろん、物語のクライマックスシーンにその言葉は出てきます。確かにそれが事件収束のキーワードにはなっている。でもそれだけじゃなんとなく弱いような気がしてならないんですね。映画と原作、両方に触れてみて私なりに考えたこと。ピースはやっぱり模倣犯だったんじゃないかって。神と人間があがめている存在。この世の運命を司る何か。それを模倣しようとして、結局犯罪という形でしか表現できなかった奴なんじゃないか。そう思うのです。3回目はどんな風にこの映画を捉えることになるんだろう。ひっかかっていることはまだまだあります。森田監督の映像の謎かけっていうのかな、そういうとこ。爆笑問題さんのシーンにサブミナルのように挿入されていた映像。ピースと浩美が死体を埋めていたバックの赤い流れ星。帰り、母上に携帯で「22分のバスで帰るからね~」などと連絡を入れた自分に、映画の中の鞠子の姿がフラッシュバックしてきました。残念なことに(?)「今すぐ会いたい」なんてメールをくれる殿方はいませんが、とても幸せなことにちゃんと家に着いて、こうして相変わらず普通に生活していることに感謝・・・。
2015年01月27日
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こちらが、まず一度原作を読んだ時点での、映画と比較した感想です。原作・映画、共にネタバレしていますので、ご注意ください。試写を見てから10日ほど経ち、めでたく一般公開も始まりました。森田さんのクセのある演出は見終わった人から賛否両論、ほんっとに極端に近い反応を得ているようです。そこが映画の面白さ(^^)。TVドラマとはまた違うよな~。まずはやっぱりピース。単刀直入に、どっちのピースが怖いかと言えば私は映画です。原作のピースは底知れぬ邪悪さをもった人物です。そこまでするかよ、をい・・・って。特に由美子ちゃんに対する仕打ちといったら。でも怖さは映画の方が上でした。原作のピースはね、やってることはスゴイけれど、所詮は「大人気ない」の一言につきるんですよ、私にしてみれば。自分は自信たっぷりに振舞っているけれども、その自信が揺らいだ時の脆さは子供そのものでした(ここでいう子供は精神的に、と捉えてください)。バカだと決めてかかっていた和明にイタイところを突かれた時。有馬さん、足立さんと由美子ちゃんの面談をメディアにのせようとして真一くんに見破られた時。そして最後のTV放送で、滋子さんに揺さぶりをかけられた時。思うようにいかない子供のいらだちそのものでした。たぶん、それが宮部さんが意図したピース像だと思います。でも映画のピースはささいなことで子供にはならなかった。確かに和明のことは計算外だったにしても、その後の行動は全て彼の思うように事を進めていった。そして自己満足のうちに、完璧にこの世から姿を消したんです。その感情を考えるとこっちのピースの方が怖い。どっちがより魅力的な犯人像かは別としてね。映画でのラストというか、ピースが死んだ後の有馬さんの描き方に思ったこと。原作ではラスト、大川公園で「何も終わっちゃいない」と泣き崩れる有馬さんに、映画では真一くんの口を借りてそういう弱さを見せることを制します。そして彼のもとでピースが預けた子供を育てていくという義務を負わせている。よほど強い人じゃないとこれはできないでしょ。ピースとも合わせて考えるに、もしかして森田さんはキャスティングから人物設定に移行したのかな、と。ちょっと考えすぎかな(~_~;)?浩美に関しては、原作の浩美に加えてピースを少し投影させているように思います。なんか、原作より色んな意味でキレてた印象を受けたので。いやはや、津田寛治さんは巧いですよ(いまさらだけど)。映画の和明くんはもう少し登場場面が欲しかったかな。原作の彼はそれはすごい奴です。ピースよりも浩美よりもずっと大人で。そういう人が口を封じられて犯人にされてしまう恐怖感の描き方が、映画ではあまり伝わらなかったのが残念。時間制約もあり、焦点がピースVS有馬さんに絞られたこともあるとはいえ、です。それから滋子さん。滋子さんねぇ・・・。正直言って映画と原作と、どちらの滋子さんが魅力を感じるかと言えば個人的には原作です。まあ、これも時間制約という枷がついて回ることなんだけれど。彼女の物書きとしての葛藤が原作のストーリーの一つの軸になっているから余計に、ね。うん、あまり原作と映画と比べてはいけないのは分かってます。ただ、映画を見た段階で滋子さんの描写にどこか物足りなさを感じてしまっていたんですよね。真一君はまあ演技の幼さがそのまま繊細さに繋がっていたのかな、と好意的にみたりして(^^ゞ。映画での真一くんのキャラクターだと、もしかしたら合っていたのかなあ・・・。とにかく、もう一度映画は見てまた語っちゃうつもりです。今度はピースに偏らず(うーん、でもちょっと無理かも・・・)、他の人の演技にももっと注目して、あとは映像自体も細かくチェックしてみたいし。相変わらずピース自爆シーンのCGには抵抗感ありますが、私は映画のピースの方がつかみ所がない奴のような気がしてるので、あの処理にも意味はあるのかなと再考したい気持ちもあります。妙な映画だなあ、「模倣犯」って。
2015年01月25日
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今回は宮部みゆきさんの原作についてです。やっと父から取戻し、読み終わった時点での感想でごさいます。なお、ネタバレ注意報発令させていただきます。「原作を読んだ」上下2冊、京極夏彦さんもかくやありきとばかりのぶ厚い本でした。なんとか読了いたしましたので、それを踏まえた感想を綴らせていただきます。まずはできるだけ純粋な小説の感想を。ネタバレしておりますので、なるべく読んでからごらんください。そして映画との比較・・・というのも変だけれど、ここがこう違うんだ~、とか原作を読んだ上で改めて感じたこととかは別項で。やっぱり原作・映画ともにネタバレですのでご注意を。宮部みゆきさんが「週刊ポスト」誌に連載されたものに加筆・訂正して発刊された小説「模倣犯」。2段組で上下2冊、総ページ数1400ページ以上。それだけの量に無駄のない構成力はさすがと思いました。読み終わった素直な感想は、どこかしら辛い。救いがない話ではないんです。確かに悲劇的な運命を課せられたキャラクターもいます。でもちゃんと再出発をした人たちだっている。この物語の上で大きく成長した人もいる。でもなんだか辛かった。妙な後ろめたさという気持ちの方が正解かな。この物語は、一人の狡猾で許されざる犯人の策略によって、命を失い、心を傷つけられ、また憤然とだったり、静かにだったりの違いはあれどその犯人に立ち向かって糾弾していく人たちが登場します。でも読者の私は、その誰の立場にもなれなかった。しいていえば武上刑事の娘さん、法子さんでしょうか。事件のあらましを読んでいって、ピースは今どういう気持ちなんだろうなとか、結局この事件の本質ってどこにあるんだろうなとかを想像する。で色々と考えてたまに悦に入ったりするんだけれど、当事者の人たちのふとした時の言葉にズキっときて、「うう、やっぱり自分は傍観者にしかなり得ないのかな」と苦しくなる。変な感情だというのは頭のどこかで分かってるんですけどね。そんなことを考えてもしょうがないんだけど。でもそれだけ宮部さんの描写がリアルだったんでしょう。それにしても、これだけの人物を見事に適材適所にちりばめた手腕はすごい。さすがめっちゃキャラタクーが多いというシミュレーションゲーム「幻想水滸伝」のファンだけあります(~_~;)。途中で登場した何気なさそうな人も、後になってちゃんと活かされている。病院で浩美の母親と和明の様子を見た足立好子さんとか、浩美が最初に殺害した少女の同級生、君江ちゃんとか。おお、いたよいたよ、この人。なんて風に。ピースに関してはまた映画との対比として別項に述べますが、よくこんな性悪な人物を描けたなあと。小柄で丸顔で、ゲームが好きで「ピグミン」をいかに殺さずに進めるかに精力を使い、カラオケに行きゃあレパートリーは無数だというミステリー界の歌姫である宮部さんの頭の、いったいどこにこんな奴が巣くっていたのやら・・・。ピースはこの先どんな脚本を考えているんだろう。まだ自分の中の悪に気づかず、世の中をどう演出しようと喜んでいるんだろう。事件のあらましを自供し始めたという記述を読んでも、そこにピースのたくらみを想像してしまうんです。その他映画にも登場する主要人物の他に印象的だったのは、高井由美子と樋口めぐみでした。ピースに利用され、全くの青天の霹靂で人生を破壊された由美子。父親を救うための自分の主張を押し付けようと、妄執的に真一につきまとうめぐみ。普通に読み進めたら、相対的に言ってできることなら救ってあげたいのは由美子の方ですよね。なのに由美子にはこの世の全て(と彼女が思っているもの)を失わせ、自殺へと向かわせて、めぐみには一抹の光を与えている。厳しいなあと思いましたね。それと、すごく期待通りの好感触だったのが真一くん。宮部みゆきに少年を書かせたら向かうところ敵なし・・・ってのは少し大げさですが、実際宮部作品の少年って大好きなんですよ。長編デビュー作の「パーフェクト・ブルー」しかり、「魔術はささやく」しかり。決していい子ちゃんじゃないんです。オトコノコでしょ、しっかりしなさいっ、なんて声をかけたくなる時もあるんです。でもいざって時は精一杯自分に正直で、ああ、この子は将来イイオトコになるんだろうな、という安堵感を最後に抱かせてくれる。なにげにショタ入っちゃってるのかしら、私・・・。小説「模倣犯」。たぶん、内容の記述に費やされた枚数に劣らない色んな物を含んだ物語のような気がします。だからまた数年後に読み返したら、新しい何かをそこから読み取れそうな期待感もある作品です。
2015年01月25日
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2015年1月24日、中居クン灰原復活いたしました。昨日の今日なので、なるべくネタバレなしの感想を。元々の「ナニワ金融道」の作者・青木さんもお亡くなりになり、(弟子の方々が新シリーズを書き継いでらっしゃいましたが)金子社長としてシリーズの「扇の要」役だった緒形さんが亡くなり、もう続編はできないんだろうな~、とあきらめておりました。前作から10年。金融業をめぐる法律もずいぶん変わりました。「テレビ上の規制」も色々と。漫画の「新・ナニワ金融道」の設定をそのままというのは、テレビでは無理なんじゃないかなぁというくらい。なので、正直制作が発表された時は一抹の不安もありました。蓋をあけてみれば。いやいや、変わりながら変わらずで良かったじゃないか(^◇^)。この作品で初めて「ナニ金」を見たという方もいるのを配慮したのか、あまりひねらないストーリー展開で。難しい金融の裏側ではなく、ストレートに「借金」の怖さを伝えてました。しっかし、灰原はん、女の子に弱いのは変わりまへんなぁ。いまだに非情になりきれず、甘い。甘いでっせぇ。まだまだ桑田はんには世話にならなあきまへんなぁ。その桑田はん、ファッションにも磨きがかかって・・・。相変わらずえげつないやり方もしはるけど、なんやかんやゆーても、灰原はんがかわいいんやねぇ(^^♪。新社長の高山さん、そしてやっぱりどんぶり食べてる元木さん。帝国金融が生き残ってるのも、この方たちのおかげなんでしょう。そして緒形・金子社長への敬意というか、キャスト・スタッフ皆さんの、緒形さんありきの「ナニ金」、そんな想いも十分伝わってきました。もう一人の大事なレギュラー・泥沼亀之助さん。まぁさか、まわりまわってあんな仕事をしているとは・・・。えーと、監督だけじゃなくご出演もされてる訳ですよね、あれ(^^;)。最初は普通のサラリーマンだったのにな~。ゲスト出演の方々も適材適所。小池姐さん、さすがの演技です。旦那さん役の小松さんも、いかにもこういうことになりそうな方で。蓮佛さんも、もっと評価されていい女優さんだと思うの。そして横尾師匠・・・。ある意味おいしかったね。桜庭みなみちゃん、意外と言えば意外な役割。けなげだねぇ。菊池風磨君、まだ本当のお金の怖さを知らない後輩君でした。ジャンケンのシーンは面白かったよ。ユースケさん、これで引き下がるタマじゃない、という余韻。ということで、できたらまたシリーズ化してほしいです。DVDも出して欲しいな~。メイキングも見たいもん(気が早いわっ)。
2015年01月25日
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1月も残り少なくなって参りました。ここんとこ、10年くらい前の自分の文章を読み直し、更に再び人様のお目に晒すという、なんともドMな行為を自分に課している訳ですが(^^;)。いや、ほんとにこっぱずかしいんですよっ!中には全面改稿したいぐらいのものもあるんです・・・。ただこれもネット社会に足を踏み入れてしまったからには、覚悟せねばならぬ、と思っております。まぁ。明日はいよいよ「新・ナニ金」放送だわよ。10年ぶりの灰原君だわよ。あすは(義妹が)やすみだ、仕事もない(探せよっ)、子どもたちも、とまりにこない、9時までに用事すませよぉ~(^^♪SMAPのツアーも終わりまして。オーラスはレポした通りなんとか遠征できました。帰った数日後、甥がインフルに罹りまして、終わった後で良かったというか、もし直前だったら5万人が集まるとこには行けませんでしたよ、自分は症状出てなくてもウイルスまき散らしちゃうかもですもん。で、その甥が熱が下がった頃から「なぜか」我が家に隔離され、日曜日に無事自宅に帰った頃から私が熱っぽくなり、あわてましたけどただの疲れでした、ほっ。ただし、それから咳がまた出だしてですね・・・。先月ほどゲッホゲッホ、声が出ない、なんてことはないものの、外ではマスクしないとご迷惑、というくらいは時々。レントゲン検査も血液検査もしてもらって異常なく、逆流性食道炎の兆しかも、と年明けに処方された薬で、しばらく治まってたんですけどねぇ。来週楽しみなオフ会があるので、なんとかしないと。いえね、Twitter始めたら、どういうご縁か横溝正史ファンの方々と繋がりができまして、関西組の新年会に参加させていただく予定なのです。そんなこんなで、最近読む本の2~3冊に1冊は、横溝作品の再読となっておりますです。皆さん博識だから、いっぱいお話聞かせて頂けそうで、キャンセルしたくないんだよぉ。父も気を遣ってか禁煙・・・はしてくれず(-_-;)。うちは平屋で部屋と部屋の仕切りもなきに等しいので、ぶつぶつ言ってたら、どこから調達したのか、おとつい、中古の空気清浄機を持ち帰ってはくれました。そうそう、父といえば。誕生日になぜかボジョレ・ヌーヴォーをくれましたが、私が赤ワインは苦手なの知らんのかいっ。・・・料理酒に使っちまおうかしら。これ書いてる段階では、ISISによる人質問題は未解決。「自己責任」と言ってしまうのは簡単ですが、根本はテロ組織が存在するってこと。そろそろ全世界的になんとかしないと、各国で痛ましいことが起こるのでは、と危惧してます。かと言って私一人が何ができるねんってことやけどさ・・・。ああ、年末寝込んだせいで吾郎ちゃん誕生日に、何のメッセージもできんかった。ごめんっ!!多少快復した頃は、今更感ハンパないくらいだったのよ(;_;)。男と半同棲してても変態でもコンタクト落としても、吾郎ちゃんなら全部許すよ~。思いつくまま書いてたので支離滅裂でごめんなさい、今日この頃の私はこんな感じなのでありました。
2015年01月23日
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試写会を見たままの勢いでUPした感想から、少し時間をおいての思いを書いたものです。まだ原作は読んでない状態。今から読み返すと、原作派の意見、ごもっともでした・・・。あ、ネタバレしてますので、ご注意を。森田版ピースをもう少し考えるこれ書いてるのは試写からほぼ三日後です。いえね、あれから思い出すのが、ピースの何か「助けてくれ~」と訴えてる目ばかりなので。うーん、そんな露骨なものでもないな、ただ何かを探しているような目。どの辺りからだろう。少なくとも浩美が成り行きで殺してしまった明美の処置のためにピースにすがって、二人で沖縄で偽装工作をやってる頃にはなかった。あのときはほんとに楽しそうにしてた。でも、ヤマメ釣りをしている時はなんとなあく。別荘での浩美と和明と三人のシーンでは、時々何かを求める目をしていたと思う。それがどうもひっかかってしょうがない。結局世間はピースを裁けませんでした。もちろん、死んだ後は「被疑者死亡のまま起訴」という措置がとられただろうし、メディアもこぞって彼の犯罪を取り上げ、世間の興味を惹くような情報を流し続けたことでしょう。でも彼自身にその断罪は届かない。どれだけ調べても、どれだけ彼の身辺から想像を凝らしても、決して全ての真実を明らかにはできないんです。そういう意味で、確かにピースは完全犯罪をやってのけたのかも知れない。あれは決して覚悟の自殺ではなく、あくまで計算の上で彼は派手な自爆を演出したに違いない。その後で巻き起こる狂想曲を想像しながら。勝手な想像で右往左往するであろうマスメディアを嘲笑しながら。だから最期のピースサインは、「してやったり」の表情であるべきなんです。実際、私も最初はそう感じていた。でも何かひっかかるものがあって。色々考えるに、私にはそこに安堵感も加わっているように見えたんですね。舞台袖の有馬さんに「すっきりしましたか」と問いかけていましたが、あれは自分自身への言葉だったのかも、と。結局、ピースは誰かに心底叱って欲しかったのかなあ。あの時、有馬さんにそれこそ「断罪」してもらって、それで安心したのかなあって。まだ原作よんでないけれど、漏れ聞こえる感想から私が得た原作のピース像は、「冷酷で、卑劣で、人間性なんてこれっぽっちもなくて、気配を感じさせない無味無臭の男」でした。でも映画のピースって、感情を持たせたことによって弱さが出てきたんじゃないかなあ。見てから読んでる私の計画は正解だったかも。原作が先でイメージ固まってたら、いくら中居クンでも「うーん、なんか原作と違う・・・」という違和感が先にたって、こんなに色々考えられなかったような気がします。
2015年01月22日
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閉鎖寸前のHPから今回移行するのは、2002年に公開された、宮部みゆきさん原作の映画「模倣犯」の感想。ほんとは公開前に原作本買ったんですけどね。もともと宮部さん作品の愛読者ではあったものの、文庫待ちしていたんです。それを思い切って単行本で上下巻購入したのに、しっかり父に先に奪われまして(^^;)。未読のまま、友人がとってくれた試写会に行ってしまいました。そういえば現在KAT-TUNの田口君も初々しかったですよ、ははは。まずは伏字だらけの第一印象から、その後ネタバレを載せますね。「とりあえず一回みたぞ」5月30日、大阪のリサイタルホールでの試写に行ってきました。まずは未見の方への感想文。終わった直後の感想は、掲示板でどなたかが書いてらっしゃいましたが、「びっみょ~」(~_~;)。森田監督って色々仕掛けちゃう人なんですね。私の許容範囲ギリギリってとこでした、はい。まずは時間が短かったなあ、と。原作読んでないんで余計だったんでしょうが、登場人物一人一人にドラマ性のあるお話なので、もう少し各キャラの情報がほしかったな、と。後は監督の仕掛けでどうもピンと来ない箇所があったんですね。私的には、ですけど。キャストは大丈夫。特にピース・浩美・和明は言うことなし。ただ・・・塚田真一役の田口君はちょっとしんどかったぞ。Jrの子だそうで。後はもう。ラストの○○○○はやっぱり○○○○の○○○○だよね、とか、○○○○の場面のあの○○○○ってあり? とか、言えないことだらけなので、ここから先は後のネタバレにて。さ、早く原作読もうっと。 で、ネタバレです。 一度目はどうしてもピース中心に見てしまいます。こいつ、ほんまにめっちゃ悪い奴! 登場して最初のうちはまだ「きゃー、中居クン」でしたけど、話が進むにつれてふつふつと腹が立ってくるんですね。ま、自分がいくらかでもまっとうな人間だってことでしょうから、喜ぶべきことなのかな、これって。森田監督が徹底してデジタル映像にこだわっていた意図は、やはりピースが企んだ犯罪がデジタル・クライムとでもいうようなものだったというのが理由の一つだと思うけれど、あのピースの最期のCGはなあ(~_~;)。ごめん、あれは気持ちが冷めちゃった。一歩間違うと「スマスマ」のコントだってば。その直前のピースの笑みってのがすんごい良くて、「をを、中居クンやったな~」とほくそ笑ましてもらった矢先でしたからねぇ。とにかく、ピースって奴は自分自身の命をもゲームのアイテムとして弄んで、勝手気ままに死んでった奴です。なんかさ、勝ち逃げされたって感じでしょ。ああやってメディアに登場したら自分のこと調べられるの分かってるくせに、別荘の後始末さえしなかったってことからして、やるだけやった後は自分で終わりにすること決めてたはず。ったく、同じ「もとから死ぬことを決めてた」のでも、どこかの天才外科医さんとはえらい違いやわ・・・。最後の最後、あの赤ちゃんは森田版オリジナルなのかな。たぶん森田さんが観客に提示した一番大きな「クイズ」はこの赤ちゃんでしょう。私の勝手な憶測では、あの子供は鞠子に産ませたんだと思ってます。その子を有馬さんに育てさせることで、ピースは死んでからもある種のゲームを続けようとしてるんだろうなって。彼女が誘拐されてからあの公園でショルダーバッグが発見されるまでの期間が10ケ月。計算は合うんだよな~。もちろん正解なんて出せる問題じゃないから、いく通りもの解釈が成り立つでしょうけどね。私の中ではピースにはそこまで鬼畜であって欲しいという願いがあるのかもしれません。そう言えばあの手紙の中で、「自分は今ごろ天国にいるでしょう」なんて書いてたよね。「天国」だってよ、「天国」! なんてふてぇ野郎だっ!・・・なのに。時々見せたあのすがるような目はなんだったんだろう、と考える。だから、憎みたい人物像なのに、というか憎むべき人間なのに、そのぎりぎりのところで憎みきれない。それは演じているのが中居クンだからファンとしてそう捉えてしまうのか、そういう森田監督のピース像なのか。後者であって欲しいですね、中居クンの株を上げるためには。ピースと共に犯罪をしかけ、最後には道具にされた浩美。彼は何をきっかけにしてあそこまでピースに心酔することになったのか。欲を言えばそこんとこをもっともっと掘り下げて欲しかったなあ。こいつもかなりワルです。憎めといわれると、ピースより彼の方が憎みやすいかも。津田さんの演技はさすがでしたね。それこそ悪ガキのまま大人になり、ピースという参謀(浩美の立場から見るとそうでしょう)がいたから、更に歯止めが効かなくなってしまった男。中学時代に助けてもらったのも、もしかするとただの気まぐれだったのかも知れないのに、そんな浩美に誠心誠意尽くしちゃった和明(いやあ、あのイチゴと練乳のシーンは笑わせていただきましたよ藤井君)。二人とも分かりやすい性格してるから、ピースに利用されちゃったんだよね。崖下へ転落した瞬間の二人の心の叫びを聞いてみたかった気分です。浩美は裏切られたことに対してどう思ったんだろう。和明の方はいくらか覚悟していたのかもなあ、なんて。山崎さん扮する有馬のじーちゃん。この人がここまで強い人じゃなかったら、ピースの計画も少し変わったのかも知れない。公園のベンチでの邂逅でじーちゃんの気持ちを聞いたことが、その後のピースの行動に影響を与えたような気もするんですよ。どこにでもいそうな普通のじーちゃんなんですけどね。物事に対して普通の反応ができる人っていうのが、もしかすると一番強い人なのかも知れないな・・・。そしてこの人ももう少し踏み込んだ見方をしたかった滋子女史。マスメディアの弊害という観点から見れば、心ならずも加害者と被害者両方の立場になってしまったわけですよね(それもピースの画策だったに違いないんだけど)。その葛藤をもっと表に出る形で見せて欲しかったかも。なんてことを言ってると、やはり2時間余りという時間枠はきつかったかな~。人物像は原作で補えるとしても、ここはなんとしてもなんとかして欲しかったと思ったのは最後の滋子とピースの生放送対決場面。あっさりしすぎてたんだもん。なんかいきなり話を終わらされてしまった感じです。せめてあと10分。あの原書とやらの準備段階とか、二人のやり取りとかじっくり描いてもらいたかったよ~。いささか消化不良です・・・。
2015年01月22日
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ほんとにほんとの最後の感想文。いやぁ、読み返すとめっちゃこっぱずかしかったっすよ(^^;)。放送終了後、DVDプレーヤーもレコーダーもないのに、DVDBOX買っちゃいましたね~。当時まだ家にいた弟のプレステ借りて見てたなぁ。最終話(3.18)中居版「白い影」も、今回をもって無事終了しました。原作や田宮二郎さんの強烈なイメージを背負って(中居クンは前作のドラマ、敢えて見なかったそうですが)、それでも見事に昇華させたスタッフ・キャスト・関係者の皆様に、拍手を送りたいと思います。原作の直江庸介は、手紙という形で倫子に思いを伝えます。ただ、その内容は、「関係した女性達の全てが、自分の種を宿して欲しい」だの、「君だけは僕の死後も子供を産んでくれると思った」だの。それまでとても厳かで神々しささえ放っていた直江庸介が、途端にただの男になった気がしたものです。たぶん最後は原作通り、直江先生は入水自殺して倫子ちゃんになんらかのメッセージを残すんだろうなと思いつつ、原作にあったこうした言葉は、絶対出てきて欲しくなかった。だから、「いつか愛する人との間に子供が生まれたら、心から祝福を贈りたい」という言葉は、すっごく嬉しかったです。これは・・・男性である原作者と、女性である今回の脚本家という差なのかな、と思ってもみたり。原作の倫子は、言い方が悪いのを承知で書きますが、最後まで直江庸介にとって「都合のいい女」でした。男って、多かれ少なかれ、女性に対してそうであって欲しいという願望があるんだと思う。一方中居版直江は、死んじゃってからではあったけれど、女性が男性に言ってもらいたい言葉をかけてくれた。女性から見た理想像なんですよね。倫子ちゃんへのメッセージが、手紙ではなくビデオ・レターだったことはびっくりしました。なんか、直江先生には手紙の方が似合うように感じたから。でも、倫子ちゃんのことを心からいとおしく思ったからこそ、敢えて苦手な手段を使って、言葉で、仕種で、ありのままの表情できちんと伝えたかったのね。そういう所も、今回の直江庸介の特徴だったんじゃないかなあ。「せつないけど・・・ハッピーエンドかな」。最終回直前の番宣で、中居クンはそう言ったそうです。確かにその通りでした。「甘い」と言われようが何と言われようが、主人公の二人が幸せになれて良かった。二人が湖のほとりで寄りそう姿がラスト・ショットだったことからしても、これは紛れもなくハッピーエンドでしょう。原作・前作は辛い場面で終ります。原作では、倫子が病院の手術室の無影燈の下で、まだ現実を受け止め切れずに直江先生の残像を探すかのように、ただうずくまるところで終っているし、私の記憶では、前作の田宮版では、倫子はショックでせっかく身ごもった赤ちゃんを流産してしまいます。それはそれで、一つのラブ・ストーリーの形なのだとは思うけれど。やはり、恋人達には幸せになって欲しいですもんね。直江庸介という人間が生きて、医者という職業をまっとうして、そして志村倫子という一人の女性を愛した。その軌跡が短いながらも、周囲の人達に何かを残したその証をきっちり描いてくれたことに、満足感がいっぱいです。何十年かたって。倫子ちゃんも「あちら」の世界に行った時には・・・。そっと佇む直江先生の姿を見つけて、笑顔で駆け寄りながらこんなことを言うのかなって。「すいませぇん、ちょっと遅くなっちゃって・・・。あ、でも。先生もずいぶんずるいじゃないですかあ、いーっぱい約束破っちゃってくれて。いいですか、これからう~んと埋め合せしてもらいますからね。覚悟しといて下さいっ」で、直江先生はというと、短く「ん」とだけ答えて、あったかく微笑みながら黙って倫子ちゃんの手をそっと握るんだろーな。・・・なあんて、そんな少女マンガも真っ青のシーンが浮かんでしまうくらい、ピュアなドラマでした。この「裏感想文」では、私なりに原作・前作と比較したり、それぞれのバージョンの解釈(ってほどじゃないけど・・・)を試みたりしてきました。ずいぶん一人よがりな受け止め方をしたところもあったと思います。表と裏、長々と冗長な文章を両方ともここまで読んで下さった皆さん、ありがとうございました。
2015年01月21日
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中居ファンの間で物議を巻き起こし、そしてこの作品で中居クンのファンになってくれた方も多かった、平成版の「白い影」、その表感想文もこれで最後です。最終回(3.18)終わっちゃった・・・。濃密な10週間が、終わってしまいました。さて、表と裏、もう分けなくてもいいんでしょうが、今度は「これから原作を読む」って方もいらっしゃるでしょうし、ここまで来たので今回もこのスタイルで書かせていただきます。うーん。大きな疑問が一つ。直江先生と倫子ちゃん、いい関係になってまだほんのちょっとのはず。どんなに長くてもひと月前後ってとこでしょ。赤ちゃんって・・・(・・;)。そんなに早い段階で分かるものなんですか?いいのかっ? こんなんでいいのかっ? 死後しばらくたって分かったってのならまだ納得できたんだけど。子供が残されたってことそのものは異存はないだけに、気持ち的にちょっとだけ残念。それと、直江先生が亡くなってからのこと、もうちょっとじっくり見てみたかった。できれば、直江先生の家族のことも知りたかったし、あの七瀬先生にも再び登場して欲しかったなあ。でも時間的に無理でしたよね。つくづく全10回という短さが恨めしいです。直江先生、始めっから自殺するつもりだったのね。それを知ったら「一番怖いのは、愛する人から笑顔が消えること」という気持ち、分かります。ものすごく自分勝手なんだとは思いますが、もし自分が倫子じゃなく直江先生の立場だったら・・・と考えてみました。そしたらやっぱり、好きな人には笑っていて欲しいのよね。もしかしたら倫子ちゃんなら、真実を知っても気丈に明るく、最後まで直江先生を支え続けたかもしれない。でも。それじゃあどうしても、何の屈託もない笑顔というのは決して見ることができないわけで。死にゆく人間の強さと弱さ、一人の人間の中にその両方を見た思いです。医局での小橋先生の言葉も、全てが重いものでした。直江先生の腕を掴むその指先の震えに、悔しさがいっぱいあふれていましたね。敢えて「友人」という言葉を選んだ小橋先生にかけられた、直江先生の「ありがとうございます」。そのたった一言で、彼の気持ちを全部表していました。同じように小夜子さんへの「ありがとう」や三樹子さんへの「すまなかった」も。それとは反対に、倫子ちゃんへの言葉は、死んだ後に届くようにするなんて。「倫子」と名を呼び、面と向かっての「愛してる」。つくづくひどい男です、直江庸介は。でもだからこそ、魅力的なんだなあ、直江庸介ってやつは。最後の、ほんとに最後の朝の二人、なんてきれいだったんだろう。あの瞬間、倫子ちゃんは間違いなく幸せだったでしょうね。そして直江先生も・・・心から幸せだったと信じてます。エピローグで、髪をまとめた倫子ちゃんがすごく大人っぽくてドキッとしました。三樹子さんの車椅子を押しながら見せてくれた、あの笑顔は安心しましたね。いいシーンでした。支笏湖に沈んでる直江先生も、絶対笑顔だよね。笑って死ねたよね、あなたも・・・。このドラマで描かれた直江庸介という人間の生き方と死に方、決して手放しで賛美できるものではありません。そりゃまあ、彼のように行動できる人間自体少ないけれど。だからこそ、こういう難しい役に挑戦した中居クンには心から「お疲れ様」と言いたいし、TBSのドラマスタッフの皆様、共演者の皆様には、一ファンとしてほんとに御礼を言いたいです。また1話から見直してみると、「ああ、この回のこのシーンには、こんな意味があったのね」という発見があるでしょう。でもまだ、今の今じゃあちょっと辛いです。しばらく時間をおかないと、ね。春の怒涛の特番ラッシュではじける「中居正広」で充分リハビリしてから、改めて「直江庸介」ともう一度向き合ってみたい、そう思ってます。この感想文もこれで最後です。読み返すと自分でも「をいをい」っていう、すっとんきょうなこともずいぶん書いちゃった(~_~;)。ここまで駄文につきあってくださって、ほんとにありがとうございましたm(__)m。
2015年01月21日
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この辺りにくると、私も相当アツくなっているというか(^_^;)。中居クンがこういうテイストの役やるの、ほぼ初めてでしたからね。ということでネタバレ感想9話です。第9話(3.11)はあ。なんてこった、直江先生、人気者じゃん・・・。原作と違い、周囲の人間が彼の病を知ってしまったらどうなるか、それがポイントの第9話でした。蓋を開けてみると、みんながみんな直江先生を大切に思ってるんだもんなあ。「どんなに孤独な(というより、孤独になろうとしている)人間でも、一人で生きてる訳じゃない」それが今回の「白い影」の狙いだったんでしょうか、スタッフの皆様?どれだけ他人をはねつけようとも、その人のために何かしたいと皆が思えるように惹き付けるものを持っている。そういう直江庸介像を作り上げたかったんでしょうか?それなら、その直江に中居正広を選んでくれてほんとにありがとうございます、と言いたいです。(これって、公式BBSに書くべきですね・・・でも最終回が終るまではあちらへの書き込み控えるつもりなんです)でも直江庸介本人にとっては、これは歓迎できない事態なんですよね。たのむから、自分を医者のまま死なせて欲しいって。あと一本しかないフロノス、手術もまともにはできない体・・・どんどん追い込まれてしまってます。原作の直江が自殺した時、なんて勝手な奴なんだろうと思いました。やりたいことをやって、女の人とやりたいだけやって(ごめん、言い方キツくて・・・)、結局倫子を始め周りの人に何の説明もなく、一人で死んで。ただ、これだけ自分の生き方を貫けたなら、それはそれで幸せな奴なのかな、とも思いました。中居版直江庸介は、幸せなのかな?このまま、自分を支えようとしてくれる人を振り切って、どうしようもなくなって北海道に逃げ場所を求めてる。その逃げ場所が、結局死に場所になりそうなんだけど・・・。助けてあげたいと思ってくれる人が、周りにこんなにたくさんいる。その分、今回の直江先生は幸せかも、と思ってたけど、反対にそれが足枷になっちゃってる。心から、本当に自分で納得して死を選ぶ。どうか、そんなラストを迎えて欲しいと思います。もうこれは、懇願です。そのためには、北海道での倫子ちゃんとの時間が大きくものを言いそうな気がします。大好きな彼女と一緒に、大好きな故郷で何を手に入れるのかなあ。この物語では川が全体的な大きなモチーフとなっています。例えるならば、直江先生にとっては倫子ちゃんは川そのものなんでしょうね。そのおおらかな流れに身をゆだねて、直江先生はどこへ運ばれていくんでしょう。最終回、もうドキドキしてます。直江先生が納得するなら、見ている私達も納得できます。一人の人間の死に方、とくと拝見したいものです。あーっ、でも正直怖いよおっ。いざ来週になれば、そんな「とくと拝見」なんて落ち着いて見れるわきゃねーって(爆)。
2015年01月21日
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このドラマもとうとうクライマックス、という9話です。もう中居ファンは固唾をのんで見守ってた、という感じでしたね~。番組HPに助命嘆願とかあったりして・・・。第9回(3.11)なんてことでしょう、もう次週は最終回よっ。この現実はどうするよ、をいっ(どうにもできないけど・・・)。とにかく今回は、色々なわがままが錯綜した回でした。直江先生、倫子ちゃん、小橋先生、三樹子さん、行田院長。み~んなわがままです。小橋先生がもうちょっとだけ、直江先生に対して自分のわがままを押し通すくらいの人だったら。そんなことを考えてはみたけれど、たぶんどうやっても直江先生のわがままには勝てないんでしょうね。それに、結局無理強いしても直江先生をただ殺してしまうだけというのが、小橋先生には分かってしまった。だから、静観するしかないんだけど、どっかしら隙を見つけて自分のわがままを通そうとしてるんですね。でも小橋先生、あなたはやっぱり鈍感ですっ!あのね、三樹子さんを前にして「直江先生を変えられるのは、志村さんだけかも知れない」って言うか?その時の三樹子さんの表情、あなた気がつかなかったの?辛いよなあ・・・。どんなに直江先生を想って、どんなに悩んでも、自分にはどうすることもできないって他人からそうはっきり言われちゃあ。自分のプライドとか、直江先生自身の思惑とか、そんなもん関係なしに、なんとかして直江先生を助けようと父親や直江先生本人に詰め寄る、それが三樹子のわがままなんですね。行田院長のわがまま。娘のためならそれこそプライドをかなぐり捨てる。あんなに厭わしく思っていた直江先生にも、「娘を助けてください」と頭を下げて。一番大事な人のためならなりふり構わない・・・なんだ、しっかりこの二人親子なんじゃん。倫子ちゃんの、好きな人のことなら何でも知りたいという、ごくごく普通のわがまま。一番当たり前の感情だから、余計に一番切ない。足を引きずったり、三樹子さんの手術中様子がおかしかったり、少しずつ何かを気づき始めているのに、幸せな時間を体いっぱいに受け止めようとするのも、自分に対するわがままなんでしょうね。そして直江庸介、やっぱりあんたが一番わがままですっ!「最後まで医者でありたい」? 無理でしょ、その体じゃ。現に三樹子さんの手術の時も、やっとの思いでだったじゃないの。そして倫子ちゃんには、「愛していますから」本当のこと言わないだとぉ?結局本当の事知って悲しむ倫子ちゃんを見たくない、自分が傷つきたくないからでしょうがっ。・・・なんてさ、賛成はできないけどその気持ちは分かるから、見てるこちとら辛いんだってば(T_T)。直江’Sルームでの二人の医師の会話。優しさをいっぱい持った医師と、厳しさをいっぱい持った医師。どちらの言い分も本人にとっては真実だから、このシーンはすごく重みがありました。上川さんと共演できたこと、今更ながら感謝してます。それと。やっとまともなキス・シーンが(爆)。別に私ゃ欲求不満ってわけでもないんだが、いい年した大人がキスの一つや二つしないっつーのも不自然だよな~と。決して濃厚シーン切望してる訳じゃないです、これで満足いたしました、はい(ははは)。でも、その直後にあれだもんなあ・・・。倫子ちゃん、どこまで直江先生の嘘に染まっててくれるんだろうか?そして最終回。最終回。嗚呼、最終回。いったいどうなるんだあっ、あんな予告じゃちっとも分からんぞっ!!(そんなに撮影おしてるんですかぁ・・・?)
2015年01月21日
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確かこの頃、ドラマ撮影で却って3食きちんと食べるせいで、中居クン、ふっくらしてきちゃってたのよね・・・。第8話(3.4)直江先生の病名も明らかになってしまいました。やはり骨髄腫なんですね。そして決して専門医ではない小橋先生がレントゲンを見ただけでも、既に「長くはない・・・」と判断がつく状態であることも。最後の最後まで自分の病を隠し通し、一人で湖の底へと沈んでいった原作の直江庸介。計らずも周囲の人間に病を知られ、「死の形」を作るのにあえぐ中居版直江庸介。こういう展開になってくると、どちらがどちらというのはもう主観的な好みの問題ですね。じゃ私はどうなんだと言われると、少し分からなくなってきている状態です。原作の直江は、それこそ自分の弱さを見せない点で確かに完成してしまった人間でした。中居クンはインタビューで「直江は初めから完成されている人間」と評しましたが、正直、人間として完成しているかというと、首をひねってしまいます。うーん、タイプでいうなら上川さん演じるところの小橋先生なんだけど(爆)。今回、偶発的なことで直江先生の病気がバレてしまいました。「最後まで医者でいたい」という彼の願いとはうらはらに、次回・最終回と事が運んでいってしまいそうな気配です。でもたとえバレなくても、そう遠くない将来にはどう頑張っても医者ではいられない状態になる。いずれ症状が進めば、勤務につくどころか立つことさえもできなくなりますから。側にいたいと思う限り、いずれは倫子ちゃんにも気付かれる時がくる。原作・田宮版直江は、それを厭ったことも自殺という形をとった理由のはずです。七瀬さんがいう通り、どちらの直江先生も「医者でありすぎる人間」なのかもしれません。「医者も病気になります」と言いながら、まるで自分とは切り離すように症状のデータをとっている。そしてその行為そのもので、自分に死を納得させようとしているように見えます。ただ、中居版直江先生は、孤独を許されません。彼を心から愛している三樹子さんは、何が起こるのか分かりませんが大怪我をしても直江先生のことを案じている様子。それを知った行田院長も、おそらくなんらかの行動に出るはずです。小橋先生は、年に関係なく医者としては尊敬している直江先生のために、精一杯の手を尽くそうと考える。石倉さんの件で、あらゆる手を尽くそうとしてきた直江先生自身の姿を見ているから余計でしょう。でもたぶん、直江先生は自分が望む死の形のために、全てを拒絶してしまいそうな気がします。唯一、彼が受け入れられるのはやっぱり倫子ちゃん。個人的には、彼女は最後まで直江先生の病気を知らずにいて欲しい、と以前にも書きましたが、原作と違ってこういう話になったからには、知らずにいる方が難しいでしょうね。その時がきたら、そりゃあショックでどうしようもなくなるだろうけれど、倫子ちゃんだけは直江の望みをかなえてあげられるような存在になって欲しいと思います。直江先生の考え方が間違ってるとかいないとか、そんな次元を越えた支え方ができるのが、彼女なんだから。ともあれ、直江先生は原作通り、支笏湖に消えるんでしょうねぇ・・・。じゃなかったら・・・寒い中、中居クンが錘付けられて水槽に沈められた意味がない(~_~;)。
2015年01月19日
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いよいよ残り3話!第8回(3.4)うっわ~もおっ、辛いやらせつないやら悔しいやらで、歯ぎしり悶々の1時間でした・・・。前回のように涙ポロポロはなかったけれど、胸が痛くてしょうがなかった。直江先生が懸命に整えてきた自分の「死に方の形」が、どんどん崩れていってしまう。それによって周りの人達がみんな、重いものを抱えていってしまう。そんな、誰もが悔しさを抱える展開になってきてしまいました。三樹子さんが可哀想でしたね。彼女はほんっとに心底直江先生に惚れてるし。父ちゃんが父ちゃんだし、倫子ちゃんの存在はあるしで、自分は彼と結ばれなさそうなことを心のどこかで悟ってる。でもなんとかして、どんな形でもいいから直江先生と繋がっていたいと考えてて。だから今までは気丈な態度をとって、精一杯強がってきたんだろうな。ところがあんな場面に遭遇したら、そりゃパニくるさ。自分の惚れた男が突然世にも恐ろしげな苦しみ方するんだもん。何が何だか訳分からず震えて座り込んで、ただ「いったい何なの・・・」と尋ねるしかないよな。だがっ。何故そこで笑うっ! どうしてあの場面でただ微笑めるんだ直江庸介っ!?あの、医局を出る間際の無言の笑みには、寒気がしました・・・。次週予告で、なんとも痛々しい姿の三樹子さんが映っていましたね。いったいどうしちゃったんでしょう。ここ数回で、私の中では小橋先生株急上昇です。今回もそう。自分の患者さんに横から違う見解出されちゃ、当然ちょっとはムッとするわな。そこで「放っといてください」じゃなく、ちゃんと意見を言い合おうとしている姿がいいじゃないですか。そして、相手の意見が正しかったと分かると、何の遺恨もなく心から感謝と尊敬の念を表すことをいとわない。それでも、基本的に小橋先生は直江先生とは真逆の人なんですね。そんな小橋先生が、直江先生の病を知ってしまった。直江先生にしてみれば、このまま自分の「死に方」を静かに見守っていてほしいのに、小橋先生の医者としての存在意義は、それを許せない。直江先生は死ぬまで医者でありたいと思っているのに、小橋先生は彼が病気を抱えている以上、医者であるより患者とみなして接したい。この二人は、永遠に相容れないものを持った運命なんでしょうね。直江先生自身も、かなり不安定になってしまっています。三樹子さんに決定的なところを知られてしまい、口では「誰にも言うな」と言ったものの、いずれそう遠くないうちに、自分の望む「死に方」ができなくなることは分かってる。三樹子さんには決して見せなかった弱さを、倫子ちゃんにはどうしてもこらえきれずにぶつけてしまう。一分一秒でもそばにいたくて、ほんの指先だけでも触れていたくて。ラストシーンの「お手々にぎにぎ」に、直江先生のありったけの願いが込められていましたね・・・。倫子ちゃんの不安を隠せない問い掛けに、言葉に詰まってしまった直江先生が哀しくて。ほんとは何もかもしゃべってしまいたい自分と、何とかして最後まで隠したい自分とが必死で闘ってるんだろうな。どうするんだろ。否定も肯定もしないまま、「真夜中のナイチンゲール」になってしまって・・・。直江先生と倫子ちゃんが二人で仲良くしてるシーンは、倫子ちゃんが幸せそうな分だけせつないです。夏の直江先生の誕生日(「8月」と聞いておっ?と思ったら、さすがに18日じゃなくて9日だった・・・)の話。中・高と野球部だったと知って、「キャッチボールしましょうね」とはしゃぐ倫子ちゃんの姿。「少しずつ先生のことが分かっていく」のが嬉しくてしょうがない、そんな彼女も来週あたり秘密を知ってしまうのでしょうか。行田院長は・・・なんというか(~_~;)。つくづく、津川さんってすごいよな。あの小夜子さんにからみつく(ほんとにそんな感じだもん・・・)、もうその指先からしてやらし~もん。失礼ながらあのお年で、いまだに色気を表現できるのは、さすがに津川さんです。それに比べると・・・うーん。菊川玲ちゃんにはもうちょっと頑張って欲しかったような・・・。一方、直江先生と倫子ちゃんのシーンは、まったりとしたからみつき(爆)は一切なし。抱き合うシーンはあってもさ、透明感があふれてる。でもちゃんと必要なだけの色気はある。情感だけであんなにきれいに表現できるんだから、ラブ・シーンにも色々あるなあって。今回誕生日のことともう一箇所だけ、思わず素の中居クンファンに戻っちゃったところ。中居クンってば、抱き合うシーンでま~た女の子の髪触ってるぅ~(^.^)。
2015年01月19日
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7話、佳境に入った頃の裏感想です。この辺りから切なさ大爆発でございます。第7話(2.25)石倉さんの死によって、一つの大きな山場を越した感のある第7話でした。残り3話は、正に直江先生自身の死への向かい方が描かれるんでしょう。うーん、この感想文もここまでくると、もう裏も表もなくなってきたかもだけど、まだ奇跡があることに一縷の望みを抱いてる人もいるかもしれないしってことで・・・。石倉さんに「抱いてくれ」と言われ、ショックを受けて泣き付いてきた倫子に対する直江先生の言葉は、ちょっと怖かった。「抱いてあげればいいじゃないか」「死ぬからだ」。ほんとは直江先生もそうだから、倫子を抱いたって風にも受け取れるでしょ。それって、倫子ちゃんのこと考えると辛いよね。直江先生に惚れちゃってることもあって、言われたように石倉さんを抱きしめて戻ってきた倫子ちゃんを、職場だってのに(~_~;)いとおしむ直江先生。自分も倫子ちゃんのぬくもりにすがりたいのよね。「死ぬから」。ただ、直江先生の死があるから二人が結ばれた、とも考えたくないのね。必ず、それ以上のことを描いて欲しいと思うのです。悲恋は確かに美しいけど・・・女性の立場からみて、それだけじゃやっぱり寂しいから。石倉さんと直江先生の、最後のやりとりは感動的でした。「外はあったかいのかい?」「ええ」。ほんとはタンポポはビュンビュンいってる夜風にさらされていたのに。石倉さんはそれもちゃんと分かってて聞いて、直江先生も石倉さんが気付いていることを承知の上でそう答えたのかも。石倉さんが渡したハーモニカを返したのも、直江先生の「最後の嘘」なんでしょう。あそこで受け取ってしまえば、石倉さんの死を肯定してしまうことになるんだもん。対照的に、石倉さんの死後奥さんが渡したハーモニカを、片付けられたベッドに置いたのは違う意味だと思います。つまり、あのハーモニカを託されても、既に自分にも残された時間は少ないからだろうなと。あそこには倫子ちゃんがいました。直江先生が石倉さんの想いを次に託すのは、彼女なんですね。改めて考えると、中居クンってドラマで死ぬ役は初めて? 他のメンバーは全員経験済みですよね、確か。木村君は「眠れる森」があったし、「若者のすべて」もそうだったかな。ドラマじゃないけど「シュート!」もそう。吾郎ちゃんは懐かしの「二十歳の約束」「嘘でもいいから」。剛君は伝説の「僕×僕」に「沙粧妙子SP」、慎吾君はレギュラーでやってた「沙粧妙子最後の事件」。中居クン、きれいな死に方して欲しいよなあ・・・。公式HPでいかりやさんが「こんなに心地よく逝かせていただいたのは初めてです」とおっしゃってるのを読んで、つくづくそう思いましたねえ。次週予告を見ると、なんだか三樹子さんや小橋先生が直江先生の病気のこと、知ってしまうようですね。そして、直江先生の部屋のクローゼットを探っている倫子ちゃん・・・。この辺りの描き方は原作と全然違うものになってます。「最後まで医者でいたい」という直江先生の願いと、反対の方向に事が進んでしまう感じです。まだ分かんないけど、それが自殺に繋がるのかな?
2015年01月19日
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オーラスレポも済ませたので、過去のHPからの転載再開。覚えてないのだけれど、この頃仕事してなかったのか・・・(^_^;)。第7回(2.25)結論。竹内まりやさんは嘘つきではありませんでした(T_T)。会社辞めてて良かったよお。「下まぶたに何入れてんの?」状態なんだもん。小橋先生じゃないけれど、直江先生のやり方に一から十まで賛成できる訳ではありません。倫子ちゃんの言う通り、看護婦があそこまでやる必要があるのかな、と思いますし、今回1話からずっと核になっていた告知の問題もそう。一応平均寿命からしてまだまだ人を看取る方が多いであろう身としましては、死んでゆく者と同時に、残される者のことも気になってしまうんですね。石倉さんの場合は、あの手紙があったから奥さんも納得できたけれど、そうじゃないと、病院側は一生彼女に恨まれ続けるかも知れないですよね。たぶん、直江先生はそれも覚悟の上だったでしょうが、倫子ちゃんや小橋先生にもそれを背負わせることになる。よほど自分の人を見る目に自信がないと、直江先生のようにはできないんじゃないかなあ。ともあれ。ドラマとして見ていて、号泣でした。直江先生は石倉さんにたくさん嘘をつきました。でも最後の夜、「生まれてよかったぁ・・・。あんたもそうだろ?」の問いかけにうなずいたのは本心だと信じたい。あのハーモニカを渡したり返したりのシーンの、二人の指の絡み合い(変な意味じゃなくてね)が沁みましたね。その後、石倉の遺体を引き取った時に、奥さんが直江先生の掌にそっとハーモニカをすべり込ませた所も。石倉さんの遺書はさ、もう反則だよね。震える字で綴られたたくさんの「ありがとう」。倫子のタンポポ、小橋先生の優しさときて、いったい直江先生にはどんな言葉を遺すのかと思ったら、「嘘をありがとうございました」、だもん。このくだりの直江先生の表情、良かったなあ。小橋先生がね、一言「直江先生のやり方は賛成できません」と断った上で、石倉さんの件に関しては協力する、って言ったでしょ。直江先生や倫子にとって石倉さんは特別な患者さんだったけれど、小橋先生にとってもそうだったのかな。奥さんが石倉さんの遺体とともに去った後、直江先生に何の言葉もなく廊下を歩いて行くその後姿は、小橋先生なりの納得と、やっぱり直江先生の考えを無条件には受け入れられないプライドとが込められている気がしました。小橋先生もかっこいいよなあ。高木さん(倫子ちゃんの同僚の看護婦さんね)とうまくいって欲しいなあ。石倉さん、最期は笑って死ねたね・・・。婦長さんはどっから情報を集めたんだろーか(~_~;)。既に直江先生と倫子ちゃんのこと、ナースの間に知れ渡ってるのか?恐るべし、行田病院ナース情報網!でさ、院長は三樹子さんと直江先生のことはどこまで感づいてるんだろうねぇ。ったく、「油断のならん男だ・・・」。そして最後のシーン。薬の副作用なんでしょう、虚ろな直江先生の目と、その視線の先の三樹子さんの驚きの表情とが対照的でした。そりゃ、いつかはバレるよな。っていうより、今までバレなかった方が不思議かも。そっかあ、こうして直江先生は追い込まれていってしまうのね・・・。ところで、冒頭のシーンはおとなしめでしたな(^_^;)。倫子ちゃんのベッドから伸ばされたジーンズをするっとはく足が、妙になまめかしかったとは言え。うーん、やっぱり日曜劇場か? でも吾郎ちゃんの「催眠」はちゃんとベッド・シーンあったよねえ。あんまりベタベタするのは困るけどさ、もうちょっと色っぽくても私は許すけど(^.^)。でもあの「おはようございます」「・・・うん」は微笑ましくってきゅっときました。たぶん、直江先生があんな穏やかな朝を迎えたの、久し振りなんでしょうね。
2015年01月19日
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その後がコントコーナーだったかな。慎吾君は慎吾ママで一曲。一緒に踊る私たち。相変わらずかわいいったら。「こんなことできるのもライブだけだわね~、それにしても長いわね~」公演時間のことなのか、期間のことなのか、どっちなのかな。「しばらく『おっはー』もできないわね、寂しいわぁ。また2年後かしら」そう言わずまた復活してくださいな。次は吾郎ちゃん。やっぱりのCCB吾郎。「前回のツアーも含め、わたくしCCB吾郎、なんと43回目(だと思う・・・ごめんなさい、ちょっとあやふや)の登場ですっ!!」会場拍手。「去年の名古屋の時、わたくし10分も時間とりまして、新幹線に乗り遅れそうになってマジに怒られましたっ」という割には嬉しそう。「さて、今日は皆さんに大事なご報告があります。わたくしCCB吾郎・・・本日をもって引退いたしますっ」およっ!?そしておもむろにドラムスティックを揃え、床に置く吾郎ちゃん。でもさぁ、このネタ、若い子には分からないでしょうに。私でギリギリだよ~。(注:山口百恵ちゃんが引退、という時、ラスト出演の「夜のヒットスタジオ」で、去り際にマイクをステージに置いていった伝説のシーンです)と思うと、「んな訳ないでしょぉぉ」と。会場からの「CCB、CCB」コールに気をよくして、中居クンの「バンバカぴーひょろ」の真似もしてました。ほらほら、そんなことしてるから時間を食うんだってば(^^;)。木村君のヒカルさん。「ピンクのメガネが時間とりやがって・・・」と一言文句。いつものように「今日誕生日の人ぉ」と聞くと、お約束で会場の大半の女子が「はーーーい」。4日違いなら私リアルに誕生日だったのになぁ(-_-;)。「こんなに同じ日に生まれる訳ねーだろっ」とこれもお約束のヒカルさん突っ込み。選ばれたのは、アリーナ、ちょうど木村君のまん前にいた、花冠してドレスアップしたお嬢さん。当たり前ながらもうパニック状態。「お名前は?」と聞かれてもあわあわしてて、ヒカルさんがどうしようかとしてたらうちわを裏返して。そこにはしっかり「かなこ ○○歳」と書いてあり。用意周到ではないですか(^^;)。もうなんか言われるごとにブンブンと手を振ったり、もうしっちゃかめっちゃかでヒカルさんも苦笑い。でも例の「シュッシュッシュシュシュッ」はノリノリでやってらして、面白かった~。つよぽんは「新入りの巨人」。大変だねぇ、あのスーツ・・・。しかし、会場で元ネタの「進撃の巨人」知ってる人ってどれだけいるのかなぁ(^^;)。「えー、こう見えても僕、身長50mなんです。ほら、カメラさんここ撮って。ほら」と頭にちょこんと付いてる工事用ヘルメットを指さします。「いつもの巨人あるあるやりたかったのに、ピンクの人のせいでできなくなっちゃったじゃないかっ、エビフライだと思ったらシャチホコだったよーってやりたかったのにっ!」い、いやぁ、それも微妙だ・・・。「なのでようかい体操第一いきまぁす」と。年末年始でいやがおうにも何度も拝見しましたので、なんとか私も形になって一緒に踊れた。スクリーンにはちっちゃいお子さん映ってて、嬉しさ半分、「あのステージにいるのはいったい何だ???」のとまどい半分でしたよ。最後にスルメさん。「初めまして、アイドルの追っかけをしているスルメと申します・・・」と、トテトテ。「ったく、巨人は変な空気つくるし、ピンクの奴が時間くうから俺が調整しなきゃいけないし」とぶつぶつ(^^;)。近くから「気持ちわるぅい」とか聞こえたらしく、「気持ち悪いとかゆーなっ。もう今年で43なんだよ、親にも心配されてるんだよ・・・」。心配されてるの自覚してるんだったら早く嫁を・・・ムニャムニャ。いつものごとくカバンをごそごそ。ちっちゃい頃の二階堂君と宮田君のうちわはお約束ですね。「でも一番好きなのはですね・・・」誰だろうと思うと、あれ、いつのだろう、デビュー間近くらいのつよぽん。「それと・・・」と出してきたのは、同じ頃の吾郎ちゃん。でもなんか落書きしてる、口から血が出てる(^▽^;)。「てぃーてれ」で後ろの4人がステージに上がる時、「今日は最後ということでっ!!」と期待させといて、「いつものダンサーでぇす」とオチつけてました。コントの後は木村君のソロから始まる「しっとり系」タイム。ごめんなさい、「よわいとこ」の最後くらいから「好きよ」に備えてしまいました。名曲だなや~。脱帽中居クンで締める、たまらんわ~。ライブの定番曲になりませんかしら。「ハロー」では晴れ着キティちゃんが登場。最後に中居クン、「キティちゃん、今までありがとね~」とバイバイしてました。どっちもかわいい(#^^#)。「花」では真ん中ぐらいにいたちっちゃい子を抱っこして、中居パパになってたし。すいません、中居クンばかりで。なんせずっと双眼鏡で追ってたもので・・・。あ、「花」では慎吾君がペッパーくんにお礼言ってた。吾郎ちゃんのソロが終わる頃、スタンドの一角から悲鳴が。何事かと思えば、今回ご一緒したスマ友さんが「脱帽、脱帽」と声かけてくれて。「掌の世界」のイントロ流れてステージが明るくなると、白の衣装に脱帽中居クン!ぎゃあ、かっこええっ!!この歌大好きだし、中居クンはキレッキレだし、後半のターンも麗しいし、なんでこれがDVDに残らないんだよ、残念無念・・・。ここから「とっぽわ」まで堪能させてもらいました。途中、上着を脱ごうとしてなかなか脱げずにもがいてたのはどこだったかな、「青イナ」らへんかなぁ。「アマノジャク」では角度的によく見えなかったけど、慎吾君、自分を指さしてなかった??一旦暗転してからつよぽんの「藍色のギャング」。なんかもうね、「必死!!!」なんですよねぇ。全身全霊をかけるというか、ここまで悲壮感ただようブルースロック聞くの初めてというか。でラスト。「やべっ、指切っちゃった!」と。やり切ったねぇ。その後、「オリスマ」で、着替えるつよぽんを待ってる間の中居クンがまたかわいい。ステージにちょこんと座って、時々下を見て「まだかな~」ってやってるの。やがてぴょんっという風に出てきたつよぽん、二人でトロッコに先にどっちが乗るかでわちゃわちゃしてて、しまいにはつよぽんが中居クンをおんぶしてテケテケ走ってた。ラッキーさん参加の「SHAKE」では、相変わらず中居クンはずっとバクステに向かってて。徹底してるんだよなぁ。それから今まで気になってたんだけれど、「らいおんハート」でまた他のメンバーがアリーナ側に行く時、中居クンだけスタンド側向いてるのよね~。「ビートフルデイ」では、中居クン、「名古屋ありがとぉぉ~!!」って言ってた(^^♪。とりあえず裏に行くSMAPさんたち。みんなソファに座って・・・否、中居クンは座っているというより、だら~んと寝そべって。いつもより早く、「まだまだ終わらねーぜ」の木村君の音頭で再びステージへ。中居クンのラッパもいつものように。ダブルアンコールは「ありがとう」。こちらこそありがとうです。こんなに私たちを楽しませてくれて。そしてこの時点で既に4時間超え(^^;)。そして結構さっさと暗転。え、これで終わりじゃないよね、まだあるよね、と拍手と「アンコール!」を繰り返す私たち。残念ながら帰りの電車の関係か、会場を去る方々も(今回チケットを譲っていただいたスマ友さんもそうでした。帰りの電車が・・・)。そんな暗い中で、アンプとか機材にビニールシートを掛けるスタッフさんの姿がっ!! 最後の最後まで、ありがとうございます。やがてステージにメンバーの姿が。オーラスならではのトリプルアンコールの始まりです。中居クンはもう反則。白地に模様が入ったニットの帽子。なぜこの暴力的にかわいいお姿がDVDに残らないっ(しつこいって・・・)!一人一人ご挨拶。まずは中居クンから。「今日はファイナル、ありがとうございました。森君がいなくなって、その96年からドームツアーが始まりました。2014年から2015年、この名古屋でファイナルを迎えるのは初めてだそうです。またお時間がありましたら、遊びに来てください」次に慎吾君でした。最後かと思ってたからちょっとびっくり。「慎吾ママの時にも言いましたが、今日はほんとに長かった。1曲ずつ、終わった、終わった~と思ったら長く感じて。今日はながぁく一緒にいたねぇ。とっても楽しかった。また遊んでください。ありがとうございました」次は吾郎ちゃん。「今日はありがとうございました。これまでも、これからも暖かい愛情を注いで下さってありがとうございます。『世界』を歌ってる時に思ったんですが、僕たちが種だとしたらそこに栄養をくれる土がスタッフの皆さん、ファンの皆さんが水、そして太陽が未来なんじゃないかと。どれが欠けても花は咲かせられません。これからも、SMAPという花を咲かせて下さい。あと、CCB長くて済みませんでした(^^;)」次につよぽん。「SMAPって兄弟みたいで、上にお兄ちゃんが3人いて、下に1人弟がいる感じ。でも最近は下の慎吾がライブを作ってくれて、僕は自由にさせてもらって恵まれてるなぁと思います。さっき『オレンジ』を歌い終わってスロープを戻る時、4人の背中を見ながら、こういうのがずっと続くといいなあと感じました。『C5』のバク転はだんだんキツくなって、おんぶされてる吾郎さんはいいなぁと思いますが、これからも限界に挑戦していきたいです。ありがとうございました」最後に木村君。「今まで、SMAPとしても個人としてもいろんな経験を積み重ねさせてもらいました。今言うことじゃないかも知れませんけど、正直、何度も投げ出したくなったり、辞めたいとも思いました。でもこうして実際にみんなの存在を全身で感じると、まだやっていいんだなって思います。この先もどんなことがあるか分からないけど、つながっていられる間はつながってて下さい。今日は本当にありがとうございました」そして流れてきたイントロは、「どうか届きますように」。色んな人も色んな想い、届くといいですね・・・。最後はもう一度新曲「ユーモアしちゃうよ」でシャンパン掛け。慎吾君はしっかり呑んでた(^^;)。そして気がつくと中居クンの姿がない・・・。一瞬だけど心配しちまいましたが、そんなのは全く必要なく、しばらくしてダンサーさんも入り混じってぐちゃぐちゃになった頃、キャップにゴーグルという完全装備(^_^;)。そして標的は吾郎ちゃん。背中から二本くらいかけまくり、吾郎ちゃんすってんころりん。「ちょっとっ! コンタクト落っこった!! 見えないよっ!!」と叫ぶ吾郎ちゃんにも容赦なし、また吾郎ちゃんすっ転ぶ。他の4人は上半身裸でも、吾郎ちゃんだけは最後までTシャツ脱がなかったな~。慎吾君は缶ビール呑んだり缶チューハイ呑んだり。帰り際、タオルを頭からかぶった吾郎ちゃんを抱きかかえるように、「犯人確保~」とか言いいながら連行(?)して行く中居クンでした。なんだかんだで吾郎ちゃんのこと好きだよね~。SMAPもアラフォーになって、こっちもそれだけ年をとって。頑張りたくても頑張れないところも確実に出てきてはいるけれど。それでも4時間以上もみんなで遊んでくれたことに感謝。また「来年」。できればソロコーナー作ってね、中居クン。長文・乱文、失礼いたしました。
2015年01月17日
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この辺でMCでした。オーラスで観客もテンション高め、その中木村君が「まだまだ先は長いから一旦座ろうぜ~」と。わらわらと着席する私たち。すると慎吾君ったら「最後なんだからもっと盛り上がろう、立とうぜっ!!」をいをい、と思いながらもまた立ち上がる私たち。ごめんごめん、って感じで、「座ろう、座ろう」と慎吾君。木村君、「最後だね~、もうこの流れ、この振りでやることないんだなぁ、と1曲1曲やるたんびに思ってさ」慎吾君、「ミュージカルなら再演あるけど、ライブはないもんねぇ」と。するとつよぽんが「そっかぁ、慎吾やってたもんね、ミュージカル」。あれ、吾郎ちゃんは??「一か月くらい空いてまたやってんだから、プチ再演じゃね? でさ、一応ちゃんと覚えてるかリハやったじゃん。ぜんっぜんなの。3時間半のライブなのにリハ4時間やってんのよ、ありえないっしょ」と木村君がしみじみ言ってたところに。「ちょっとちょっと」と吾郎ちゃん。「あの、僕もミュージカルやってたんですけど」「そうだっけ?」慎吾君・・・(^^;)。「おんなじ劇場でやってたでしょっ!僕が下でっ!」大阪はそうですが、東京公演はどうだったのかしら。「僕の方が少し早く終わるからさ、楽屋のモニターでみんなで見てたんだよ」という吾郎ちゃん。そしたら慎吾君、「吾郎ちゃんの楽屋に行ってみたのね。そしたら絨毯ひいて間接照明まで持ってきてんの」木村君、目を丸くして「絨毯?」吾郎ちゃん、得意げに「ソファとアロマもね」と。楽屋の私室化って贅沢な・・・。「そのソファ、まさかヒロ君が座ってたりしねーよな」とちゃかすと、吾郎ちゃん、「何でわかったの?」と乗っかっちゃいました。場内爆笑。木村君、「今日はファイナルだからさ、ぜってー間違えないようにってやってんだよね」ををーっ。そこでやっと中居クンが「俺も」と入ってきます。するとつよぽんに「え~っ!? 中居クン、結構適当に踊ってんじゃん」「倒れないようにしてんだよっ。全部キレッキレに踊ったら死んじゃうべ」それは困ります・・・。「その代わり妙にいろんなとこで歌ってないか、お前。さっきの『バンバカ』も、もう誰も驚かなくなっちゃって」と木村君。「だってオープニングからずっと歌うとこ少ないんだもん、俺」そういう問題ですか、中居クン(^^;)。「そしたら、俺んとこ(パート)でこいついきなり入って来てさぁ」と慎吾君を指さす中居クンです。「だっていっつも僕のパート誰かが入ってきちゃうんだもん、今日は仕返しに全員のパート歌ってやろうとしたら・・・自分のとこ飛んでやんの(^^;」。そしたら木村君、ぼそっと「ちっちぇ仕返し・・・」とつぶやいてた。まだバンバカ話。2コーラス目の途中からは全員参加してたこと。つよぽんが「最初は吾郎さんだったんだよ。で、僕も歌おうと思って」「ちょっと待って。あれ自分のこと歌ってるとこだろ、おかしくね?」と木村君。「うん、自分のこと歌ってると思ったらテンション上がっちゃってさ~」と嬉しそうな吾郎ちゃん・・・。「もう僕のとこ取るのやめてよね」と慎吾君に言われてた。あ、中居クンの「ばんばんばぁん」「ぴーひょろぴーひょろ」、まだ木村君にいったいあれは何なんだとかいじられてたなぁ。「ほら、CDに入ってない『イェーイ』みたいなもんだよ」と弁解(?)する中居クン。つよぽんが「スキャットみたいな奴?」と言ったのに中居クン、ピンとこないようで、一瞬首を傾げ「あぁ~、スキャットマン」。な、懐かしい(*_*)。「あれ、一回Mステとかでやってみろよ」とか。「いいの?」と嬉しそうに言った中居クンだけど、すかさず慎吾君に「この人、そんな勇気ないよ」と返された(^^;)。もしやったらマイクの電池抜く、とも言われてました。「せめて単3を単4にして」と中居クン懇願してましたが・・・それじゃ使えないと思うぞ。で、ちょっと話が途切れたところで急に慎吾君が「ダダダダッ!」。他の4人、しーん。見かねたのか中居クン、「ほら、草と稲、行けよ」。なんやねん、その略し方(^^;)。そしたら会場から、「ええーっ!?」の声。「もっとトーク聞きたいんじゃない?」と慎吾君。すると中居クン、手の平を返すように「うーたうな、うーたうな」。会場も乗っちゃって「うーたうな」。「ちょっとちょっと」とうろたえる草と稲。中居クンったら「じゃ、吾郎のソロやめて続ける?」と。いや、個人的にはあの歌好きだから困るのですが・・・。「ちょっと、今1500人くらい『イェーイッ!』って言ったでしょっ。どう、このリアルな数字。もう帰っちゃうからねっ」と逆ギレ吾郎ちゃん。どっから1500人???すると慎吾君と木村君が横向きながら「ダダダダッ」(^^;)。さすがにこれ以上いじるのは無理とみたのか、やっとこさ曲が始まりましたとさ。「DaDaDaDa」で今回呼ばれたのは「DaDaDaDaダンスきーむら」。スクリーンにはステージ下の上半身裸の木村君。最後のサービスショットって奴ですかね~(#^^#)。慎吾君のソロ、最後に登場した黒ウサギちゃんに、もふっと顔を埋めてた。お疲れ様の意味もあったのかなぁ。かわいかったですよ。ジャンクションはさんで、怒涛のダンスチューン。「C5」で冒頭、自分のパート歌ってからは、ちょこんとステージの階段のとこに座って、次の出番待ってました。充電中だったんだろうね。「なあにぃ?」は木村君の「にゃーあーにぃ?」に始まる猫バージョン。でも慎吾君は「にゃぁーーーー」と完全に猫だった(^^;)。それから私は初めましての新春特別ジャンクションもあり。CDTVとかさんスマとかスマスマ新春SPとかたぶんあとまだ私が見てない(笑)その他たくさんの年末年始にメンバーが出た番組のカットが次々に。そこからアレンジに和楽器を入れた新春メドレーが(^^♪。ここで新曲の「ユーモアしちゃうよ」もありました。やっぱりこの曲の振付かわいいなぁ。
2015年01月17日
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SMAP2014-2015のライブツアーもこれがオーラス。お久しぶりのナゴヤドームでございます。もうDVDもなぜか(^^;)出てますし、思い出せるとこをできるだけ詳しくレポしますね。えーっと3分割くらいかな・・・。1塁側スタンドの下段、ちょうどセンター花道、いわゆる「出べそ」の真横辺り。開演15分くらい前だったか、アリーナがやたら騒然としてましたが、誰か来てたのかな?まだ暗くなる前、もっとステージに近い方かちが「キャーーー」と叫んでたので、開演前の気合い入れが下から聞こえたんだろうなと。そして暗転、メインスクリーンには「TOKYO 9.4~8」から始まって、これまでの開催地と日程がコマ送りみたいにバッバッバッと。そして最後に「FINAL」の文字がドドーン!!会場キャーーーッ!!そこでいつものトランペッターさん登場、スクリーンにジャンクション。オープンカーの中居クンをトップに次々メンバー登場、その度に絶叫がこだまする。最初のご挨拶はいつも通り木村君から。「イエーイ! イエーイ! 今日はさいっこうのファイナルにしようぜぃっ!!」吾郎ちゃん。「今日はいよいよファイナル、後悔のないようにしましょぉ!!」つよぽん。「みんな元気ぃ!? ファイナルだよぉ!」慎吾君。「イェーイ!! イェーイ!! あぁいしてまぁぁす!!」中居クン。「明けましておめでとうございまぁす。明けましておめでとうございまぁす。今年もよろしくお願いしまぁす」シングルコーナーの客席チョイスは、「負けるなBaby」vs「友だちへ」でした。私は迷わず前者。単なる個人的好き嫌いですよ(^^;)。結局「負けるなBaby」の勝ち。なんでも「友だちへ」は連戦連敗だったようで・・・。「ココカラ」の時、今まで(私が行った2回)は大サビで4人でつよぽんいじりまくってたのに、今回は一歩下がって放置。つよぽん、順番にみんなを見ながらニコニコして歌ってました。なんか仕草していた気がするけど・・・。「さかさまの空」では、慎吾君がマイクスタンドの位置を間違ってたようで、中居クンに指摘されてたっけ。そしていよいよ最後の生中継。スクリーンに現れたのは・・・タモさん(^◇^)。私も含め大勢の方が予想していたようで、歓声の中にあちこちから「やっぱり~」の声が。タモさん、いつもの飄々とした感じで「ども~」。SMAPさんたちもとても嬉しそう。中でも慎吾君が一番嬉しそうに「タモさあぁん」と。曲選びの前に去年の紅白話に。タモさんの前にみんな集まって歌ったことに、「いやぁ、恥ずかしかったね~。でも嬉しかったよ」と。中居クンが、「今年の正月もくさなぎがお邪魔したんでしょうか?」「うん、来た来た」「でもあんまり会えなくて」とつよぽん。「ずっと寝てたもんな」とタモさん。そこへ吾郎ちゃんが、「あの、僕、僕。僕もお邪魔したんですけど」と。「そうそう、吾郎さんいいワイン開けちゃったんだよね」とつよぽん。「これは開けるのはもったいないいいワインですよと言っときながら。それも結局半分残しちゃったんだよ」とのタモさんの暴露に、場内「ええーっ!?」。中居クンも「開けっぱぁ!? ダメだよそれ、タモさんはみそっ歯だよ」なんだそれ(^^;)。タモさんも苦笑い。吾郎ちゃん、めげずに「また遊びに行っていいですか?」「どうぞどうぞ」みんなで遊びに行きたいって話もしてました。で中居クンだったか木村君だったか、「タモさん、いつもの奴やってくださいよ」と。タモさん、ちょっと照れ気味に「SMAPをこれからも応援してくれるかなっ!?」。私たち、全力で「いいともぉーーーっ!!」で、ようやく曲選び。「どんないいこと」vs「セロリ」でした。私としては「どんないいこと」は大好きな曲というか、落ち込んだ時の浮上ソングですので聞きたいのですが・・・。タモさん「うーん、これは悩むねぇ」と。「実はですね、SMAPの中でもこの2曲はすごく好きなんですよ」。会場、「おおーーーっ」。「ちょっと語っていいですか?」とタモさん。いいですよ、いいですよ、語っていただきましょう。「えー、この『どんないいこと』は94年かな?それまでのSMAPの曲というのは、いわゆるアイドルソングだった訳ですよ」をを。中居クンが一言、「初めてオリコン1位とってのが94年なんですよねぇ」「で、ちょうどの頃から、良くなったというか、大人の曲になったんですね。それまでにもSMAPのラブソングってあったけど、我々の世代には恥ずかしいというか。でもこれはすっと入っていくんだよね」。タモさん、詳しい(*_*;。「で、『セロリ』は96年? 97年?」中居クン「97年です」と補足。「2000年までのSMAPの曲でベストはというとこの曲なんだよねぇ」。悩むタモさん、会場からはいっそのことってことで「両方、両方」の声。結局タモさん、「うーん、『セロリ』かなぁ」と。「どんないいこと」派から「ええーっ??」の声、「セロリ」派から「きゃーーっ!」の声、両方派からは「両方、両方」と入り乱れてなんのこっちゃ状態。メンバーもタモさんも戸惑い気味。悩んだ末、タモさんが選んだのはやっぱり「セロリ」でした。木村君が、「あれ? タモさんって曲紹介することありましたっけ」「いやあ、ないねぇ」中居クン「Mステでもタモさんはしませんもんねぇ。すいません、今日はやってもらっていいですか」タモさん、照れつつ「じゃ、SMAPで『セロリ』、聞いてくれるかなっ!?」会場一斉に「いいともぉーーーっ!!!」残念ながら「笑っていいとも」の観覧未経験の私、タモさんとの掛け合いができるなんて素晴らしいひと時でした。曲の間、いつものちょっと口を開けた笑顔で、ペンライトをちっちゃく振ってるタモさん、とってもキュートでしたよ(^^♪。その次がバンバカでしたでしょうか。パート割りがもはやむちゃくちゃ。というか、慎吾君暴走。みんなのソロパートに割って入っていきます。なのに。なんと自分のパートをすっ飛ばす(^▽^;)。2コーラス目の途中からはとうとう全員でのユニゾンという有様。もちろん、中居クンの「ぱんぱんぱぁん、しゅびどぅびどぅびどぅうびばっかんす、ぴーひょろぴーひょろぴーひょろぴーひょろ、てぃったかてぃったか・・・」は健在でありました。「Amazing Discovery」最後の拳あげはサタスマコンビで。暗転してから中居クン、ささやくように「でぃすかばりぃ~、でぃすかばりぃ~」って言ってた(#^^#)。
2015年01月17日
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放送終了からこれだけ経っても、早咲きのタンボポを見ると切なくなります。このドラマの内容とか、いかりやさんのこととか。やっぱり特別な作品なんですね。第6話(2.18)さあて。なんだか直江先生の病気のこと、すっかり明らかになってきちゃいましたね。前作・原作を知らない人でも、「直江の死」というのはもう頭にこびりついちゃったことでしょう。結構表の方で語りまくってしまったので、どうしよっかなあと思いつつ、やはり今回のメインゲスト、七瀬先生について。この人物像は深いです。原作には登場してませんよね。奥さんを亡くしているということがセリフで説明されていました。この時の言葉がまた深い。「思い出してやることが私の務めであり、幸せでもある」。今、愛弟子をも死への旅にたたせようとしている七瀬さんは、果たして彼のことを思い出すのも幸せだと感じるのでしょうか。なんだか、奥さんを亡くすよりもやりきれない思いでいっぱいのような気がします。別れ際、直江に手を差し出し、震える声で「しっかりな」と言った七瀬さん。「元気でな」とは言わなかった・・・否、言えなかった辛さはどれほどのものかと考えると、たまんないです。勝手な予想ですが、この七瀬さん、物語のラストで原作のお姉さんの役割をするのでは、と思っています。直江の死後、彼の生きてきた証を倫子に伝えるんじゃないかなって。あと、石倉さんとの一連のやりとりで、どうしても沸きあがった疑問点。おそらく、直江先生は死に直面している石倉さんに、自分自身の姿も投影しているはずです。だからこそ、石倉さんのことになるとなんだか人が変わったようになる(小橋先生談)。ちゃんと死なせてあげたい、痰をつまらせた程度のことで死なせたくない。「負けるなあっ!」と叫んだその言葉は、そのまま自分にも返ってくる言葉だったはずです。そして七瀬さんの勧めを断って、最後まで医者であり続けたいと思うのも、石倉さんのためでしょう。そんな姿を見ていると、どうしても「自殺」という決着のつけ方は、直江先生には似合わないような気がするのです。自分の病の経過を、こと細かくデータとして残している彼です。最後の最後まで、病と向き合う生き方の方が、この新作「白い影」の直江先生にふさわしいように思えてなりません。それとも・・・この先のストーリー展開で、そんな私の考えを覆すようなエピソードが出てくるのでしょうか。ところで、田宮さんと中居クンの比較ってあっちこっちでされてるけど、山本陽子さんと竹内結子ちゃんの比較は見当たらないよなあ・・・。とことん大人の女だった前作と、雰囲気的にどうなんでしょうね。ただ、直江先生のキャラクターがああだから、必然的に倫子のキャラクターも変えざるを得ないとは思います。受身のイメージが強い前作・原作とは違い、タンポポパワー炸裂の新作倫子ちゃん。本人が言う通り、ちょっと「しつこい」とこあるけどね(~_~;)。7話の台本を読ませてもらった竹内まりやさんが、ボロボロに泣いたっておっしゃってたそうで・・・。6話の間違いじゃないですよね。来週、これ以上泣かされるのかっ(;_;)。
2015年01月11日
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この回の川のシーンは圧巻でしたね~。ありえないといえばありえないシチュエーションとはいえ。山本學さんも素敵でした。第6回(2.18)放映終了後、ティッシュの箱を抱えながらしばらく茫然。ドラマを見てこんなに泣いたのは、去年の秋の「TEAMスペシャル」以来かな(もともと涙腺は弱い方ですがね・・・)。さて、何から書こう・・・。いきなりですがラストの川のシーンについてです。直江先生がボートに横たわり流れのままに漂っている所から、最後のエンドロールが出る直前まで。この4,5分間全てが、直江先生と倫子のラブ・シーンだったんじゃないかなあ。うん、やたらいちゃつくのだけがラブ・シーンじゃないのよっ。ここ数年私が見たドラマの中でも、一番綺麗なシーンでした。一生忘れられなくなりそう・・・。直江先生の表情はほんっとに最高でした。病院に訪ねてきた七瀬さんを見つけた時の、少年のような笑顔。(ほんとは、この笑顔を最初に向けるのは倫子ちゃんにであって欲しかったんだけど・・・)石倉さんが危うく命をとりとめたすぐ後、あの厳しい目から一瞬に優しいまなざしに変わった所。七瀬さんを見送った時の、こらえきれなくて涙する顔。倫子の存在の大きさに気付き、ボート型のガラスのかけらを握り締めて思いをかみしめているうつむき加減の顔。そして、最後の倫子を抱きしめているあの幸せそうな表情。もう、「やったね、中居クン」と拍手してあげたいです。「今回はもう監督さんに任せっきり。言われた通りにやっているだけっすよ~」なあんて言ってた中居クンですが、監督さんが頭に描いている表情を、注文通りに出せるなんてすごいよ。そして今回特筆すべきは三人のベテラン俳優さん達でしょう。いかりやさん。鬼気迫るものがありました。最初からビデオに録っている方、ちょっと第1話を見返してみてください。いかりやさんってば、ここに来て、確実に衰弱してきてるんですよ。でも目だけはいつも何かを訴えていて。もちろん、メイクなどの工夫はあると思います。でも、あの目はすごいです。山本學さん。直江先生の過去を語る上のキーパーソンという役柄にふさわしい名演技でした。実績のある俳優さんに、今更こういうコメントをつけるのもおこがましいですが・・・。息子とも思っている一番弟子に過酷を強いている運命に抗えない、そんな静かな憤りをふつふつと感じさせてくれました。津川雅彦さん。「老獪」という言葉がこれほど似合う役者さんはいませんね。このドラマの中で一番の俗物であるキャラクターを、これでもかというぐらいの貫禄で演じていただいて。三樹子と小橋先生のことに関しても、直江先生の処遇に関しても、それこそ一筋縄でいかないオジサンです。一つストーリーで贅沢を言わせていただくならば、あまり直江先生と小橋先生を分かり合う関係にして欲しくないです。どちらもお互いのことは認めながらも、「ここだけは引けない」という所をもっともっと出して欲しい。すごく具体的な話になりますが、石倉さんが死を迎えた時、奥さんにどう説明するかの問題とかね。前回は小橋先生に頭を下げた直江先生、今回は「大丈夫」の言葉に感化された小橋先生が描かれたけれど、まだこの二人には熱い戦いをくり広げてほしいので。そうそう、この「大丈夫」。石倉さんの言葉は身に沁みました。病気じゃなくても、人間って「頑張れ」と言われるのが重たくなる時ってありますよね。「頑張ってもどうにもならないから悩んでんじゃないかっ」って。何をどうしてくれる訳じゃないけど、ただ「大丈夫だよ」って言ってくれるだけですっごい気持ちが楽になる・・・。願わくばこれからは、直江先生にとって倫子がいつもそんな存在でありますように。そして直江先生の「どれだけ手を尽くされたかで、人は自分や家族の死を納得する」という言葉。ただのお金がかかる延命治療のことじゃなく、気持ちの問題なんだと私は解釈しました。「あんな突発的なことで死なせたくない」という言葉が、そう思わせたんです。外科医は特に、人の死に直面することが多い立場ですよね。「生き方より死に方」。あと残り4回、この問題をどう描いてくれるのでしょうか。
2015年01月11日
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だんだん原作と違うオリジナルストーリーが多くなってきました。時代性の違いもございますが。第5話(2.11)直江先生と倫子に関しては、これぞ恋愛ドラマの中盤っ、というような展開で・・・(~_~;)。原作では最初から恋人同士だった二人を、いったいいつくっつけるのかと思ってるんですが、この具合だと、かなり最後の方まで引っ張りそうですなあ。以前、各取材のインタビューで中居クンはこんなこと言ってましたよね。「今までは不完全な人間が全話を通して成長する役だったけど、今回は最初から完全な人間が少しずつ変化していく役」。表でも書きましたが、第5話ではそんな直江先生の変化が如実に現れてきた回でした。原作の直江先生は、最初から最期まで変わりません。そう、死ぬ時まで。ずっとずっと、直江庸介スタイルを突き通した人ですよね。ラリッちゃって女の人とイチャイチャしまくる(表現、きついっすか(~_~;)?)時でさえ、根本的な所は崩れてないなという気がするのです。それを考えると、この新作「白い影」の方が、余計に悲しいですよねえ。直江先生が、心の支えを見付けて、自分に欠けていたものを取り戻せた頃に、死を迎えることになるんですもん。でも裏返してみれば、そのパズルの足りないピースをちゃんとはめ込むことができたからこそ、直江先生は死んで行けるのかな、なんてことも思います。そういう風に受け取れば、新作の彼の方が幸せ、なのかな・・・。ところで小夜子さんからもらっている薬は、「試験薬」とかいう言葉が出てきましたね。さすがに麻薬じゃヤバイか。なんてったって、同じ局の「家族会議~」で覚醒剤の恐怖を伝えた中居クンだもんね。うん、お薬の影響半分のご乱行なんて、この新作直江先生には似合わない。倫子ちゃんを追い返した後、ベッドにへたり込む直江先生のバックに、一枚の写真が。ああ、あれが「例の」支笏湖かと思うと、今からうるうるきてしまいます。先週の「サムガ」で、「ドラマの最後の方で、ちょっと遠くに行く」ような事を言ってました。てことは、やっぱりラストは・・・(T_T)。来週、石倉さんは絶命してしまうのでしょうか・・・。しばらく、イタい回が続くかも知れませんね。
2015年01月11日
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「白い影」表感想、そろそろ折り返しの5話です。第5回(2.11)あう。恋愛ドラマの定石、本気で好きなのに素直になれないもどかしさっ!どうしても、倫子ちゃんの視点でドラマを見てしまうでしょ。なんかもう、「そんなに頑張らなくていいから。倫子ちゃんに甘えていいんだからね」って、直江先生の側に走ってって、肩ひっつかんで揺さぶってやりたいですよねえ。今回で5話が終了、ちょうど折返し地点となります。ターニング・ポイントとも言える今回、石倉さんを通じて、お話が始まった頃と比べての直江先生の変化が、随所に見られる構成になっていたように思います。まずは、アルブミンの問題。第1話、戸田次郎が運び込まれた時、「治療費が払えないのなら治療はできない」と言い放った彼。それが、石倉さんと奥さんのために、小橋先生に頭を下げることまでしました。もちろん、次郎(&その仲間たち)と石倉さんとを比べると、人間性に大きな違いはあります。それでも、明らかに直江先生の態度は変わってきていますよね。それにしても、「いかに生かすかよりも、いかに死なせるか」というセリフ。医療現場に携わる人達にとっては、これは永遠の課題になるのかも。その人にとってどんな道が一番幸せなのか、それを見極めるのは家族でさえ難しいことなんだろうな。そして、倫子が「タンポポでいっぱいの土手に、石倉さんを連れていってあげたい」と言った時、そっと、「そうだな、行けるといいな」。第2話で、倫子が同じようなことを言った時には、冷たく「無理だ」と突き放したはずなのに。たぶん直江先生本人も、自分自身のそうした変化に気付いているんじゃないでしょうか。その焦りが、倫子に対する冷たい仕打ちに出ているのかも知れません。あのポートの形をしたガラスのかけら。前半にみかんがいい役割を果たしていたのと同じように、後半にはとても重要なアイテムになりそうな気配ですね。直江先生は、いったいいつ倫子ちゃんに心を開いてくれるんでしょうか。さて、ストーリーとは関係のないことですが。小橋先生がかっこ良くなってきたのに、ちょっとほっとしてます。だって、第1話の小橋先生の髪型って、えらくムサかったと思いません?今回なんか、ちゃんとなでつけてあったりして、「好青年」って雰囲気がいっぱいで。ナースたちの人気も群を抜いて高い先生なんですから、やっぱこれぐらいじゃないとね(^^)。んで今回の個人的イチ押しは、と言いますと。どうやらレントゲン室での、ネクタイを首にかけようとしているその後姿!変ですかね(^^ゞ。ただね、お顔が見えてる間は、既に中居クンじゃなく直江先生でありまして。オンタイムで見てて、「きゃあ、中居クン(*^^*)」と思えるシーンって、指先だとか背中だとか。ある意味、喜ぶべき傾向ではあります。次週予告冒頭の、あの横たわった直江先生にはドキッとしてしまいました。石倉さんもすんごく心配・・・。そしてそして、三樹子さんが怖いよ~(T_T)。
2015年01月11日
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「白い影」ネタバレ感想。だんだんはまりまくっていた自分を思い出す・・・。第4話(2.4)さてさて、この原作からかけ離れた戸田次郎のキャラクターをどう処理するかと思えば、やってくれちゃいましたね。今回、全くと言っていいほどオリジナルのストーリー展開だったのに、今までで一番見ごたえがあったという、妙な結果となりました(^_^;)。何より、気がかりだった直江&小橋の関係が、それぞれの長所と短所がはっきりして落ち着いてきたこと。やっぱり、ドラマっていうのは1話ごとに進化していくものなんだなあと感じました。そして、そういう基本的な作り方をしているスタッフさんたちに、改めて敬服します。一つ気になったのは、屋上で次郎の自殺をとめた時の直江先生の言葉。「人間は、そう簡単には死ねねェんだよっ!!」っていうあれです。表の方で書いたこととは別に、その言葉の意味そのものにもひっかかりました。この言葉を叫んで、次郎の自殺を止めた彼が、なぜ最後に自殺という道を選ぶことになったのか。彼が、ある意味ふっきれたのは、何がきっかけとなるのか。石倉さんがちゃんと納得した死を迎えられるのかと同時に、直江先生が、きちんと生に満足して死んでいくことができるのかも、このドラマの重要なポイントですよね。次回以降は、そこのところに注目して見ていきたいと思います。直江と倫子の関係も、やはり中盤に差し掛かって様相が変わってきました。ただ少し心配なのは、もしかして今回のドラマでは、かなり早い段階で倫子が直江の病気を知ることになってしまうのでは・・・ということです。原作では、直江の死後、彼が倫子にのこした遺書で、初めて倫子も、そして読者も直江が抱えていた病のことを知ります。私の希望としては、できれば今回も最後まではっきりさせて欲しくないなと思うのです。そして新バージョンの倫子は、その後どういう道を進むかが知りたいな、と。ラストで直江が見せた泣き顔、あれを見た時に、漠然となんですが、「ああ、このために中居正広を選んでくれたのかな」と思いました。ファンの大、大ひいき目かも知れませんが、あの表情はまさしく中居クンの専売特許なんですもん。少なくとも、田宮二郎さんにあの表情を要求するのは無理でしょう。で、吾郎ちゃんの顔でもないですもんね。原作バージョンの直江庸介が絶対に見せないあの切なさを、この後何度見ることができるんでしょうか。(しかし、中居クンが切なげなほど喜んじゃうってのも、なんだかな・・・。我ながら妙なファン心理だわ)
2015年01月11日
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白い影4話の感想。この回は今思い返してもまさに「てんこもり」でした。第4回(2.4)どっひゃあ。なんて濃ゆい1時間だったんでしょっ。まるで「次回、最終回をお楽しみに」と言わんばかりの展開だったような。 白い影」って全10回だよね、全5回じゃないよね。前回までは、なんだかこのままじゃ小橋先生が丸っきりピエロ役になっちゃう・・・と懸念していましたが、そんな心配は考え過ぎだと判明致しました。良かったですよねえ、宇佐美さんの件と言い、次郎の件といい、直江先生との対比がうまく出ていて。これで、今後も二人のバトルが楽しみだわ(^^)。小橋先生を見ていると、なんだか夏目くん(「最後の恋」)の10年後を垣間見ているような気がします。患者さんに対して、自分がこうしてあげたいということをストレートにぶつけていく、その姿勢がね。次郎があんな手段を取ったことに本気で怒り、そして「一緒に謝りに行こう」と声をかけ。一方、両極端に位置する直江先生を中居クンが演じていることに、なんだか不思議な気持ちになったりします。医者がつく嘘。小橋先生は、「バレたら大変なことになる」と直江先生を責めますが、その「大変なこと」は、全て直江先生本人にかぶさってくることですよね。石倉さんへの嘘も、それが分かってしまえば責められるのは主治医の直江先生。宇佐美さんのだって、あの会見での言葉によって、全部自分の責任にしちゃった。直江先生の嘘は、そういう強い嘘だと思います。だから、倫子ちゃんもどんどん惹かれていったわけで。ラストの一連のシーンは、大泣きでした。今までは時折いいシーンでほろっ、ぐらいだったんですけどね、先週は滂沱の涙状態。人前では決して崩れない直江先生が、一人っきりになった時に見せた弱さ。あんな泣き顔見ちゃったら、もうどうしようもないよね、倫子ちゃんも。ところでこの夕暮れのシーン、一旦倫子ちゃんが帰るまでは、ずっと後姿だったでしょ。そのシルエットと声だけのお芝居って、結構難しそうなのに、「中居クン、やるじゃん」と感心してたんですよ。なのに、病院の屋上で次郎に殴り付ける時の「人間は簡単には死ねねェんだよっ」は、素が出ちゃった感じで、浮いてたような気がする・・・。ちょっとあれあれ?って苦笑いしちゃった(~_~;)。今回の「やられた」シーンは、次郎の一件の後、自宅謹慎を言い渡されて廊下を小橋先生と歩いてて、心配そうな倫子ちゃんに向かってフッ、と笑ったその笑顔です。いったい中居正広は、いくつの笑顔を持っているんでしょう。ドラマをやる度に、新バージョンが増えてってません?さて、次回予告を見るに、気になることが一つ。なぜ小夜子にすがるんだあ、直江庸介っ!
2015年01月11日
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「白い影」3話のもろもろネタバレ感想。今振り返っても、今回のゲストの女優さんの使い方、上手かったですね~。第3話(1.28)今回登場した宇佐美繭子さんって、原作では「花城純子」でした。さすがに古くさいネーミングってことですか(~_~;)。それに、入院理由も「堕胎」。こりゃ、アレンジしないわけにゃいかんわな。も一つ加えると、この女優さん、病室に男は引っ張り込むはクスリはやるは、無茶苦茶です。どういう風になるんだろうと心配していたら、うまく話に膨らみを持たせるキャラにしていましたね。その結果、直江先生の人間味が増したように思います。「(外出の)許可をする、しないは関係ありません。私は正直に無理だと言っているだけです」。原作だと直江先生の態度は何考えてんだか分かんないや、と首ひねっちゃいましたが、今回のドラマで出てきたこの言葉の意味が、深くなりましたよねえ。裏を読めば、命の危険を冒してでも女優としての意地をとるなら、それならそれでかまわないってわけですから。反面、小橋先生との言い争いがもう一つ迫力にかけたような・・・。だって、戸田次郎がああでしょ。小橋先生の言葉に、感情移入しにくいんだもん。原作では、マスコミの策略にひっかかっちゃって、秘密をばらしちゃうのは小橋先生でした。ただ、これは確かに小橋先生は軽率ではありましたが、マスコミの方が一枚上だったわけで。次郎は明らかに、「直江を困らせちゃえ」ってだけで情報売っちゃったんですもんねえ。人間としての生き方を見れば、繭子さんの肩を持ちたくなっちゃうよなあ。予告で小橋先生が怒っていたのは誰に対してなのでしょう。予想もつかないような対応をした(それが何かはわかりませんが)直江先生なのか、情報を漏らしたのがバレちゃった次郎に対してなのか。次郎の方が小橋先生の怒りは大きいでしょうね。裏切られたわけですから。それとも、直江先生の病気に関して、一段階進むのでしょうか。内緒で自分のレントゲン撮ってたことが、小橋先生に分かっちゃうのかも知れませんね。なんかね、原作とは年齢どころか他の人物との関係自体一番変わってしまった小橋先生を、果たしてどう見せてくれるのか、どうしても気になるんですよ。上川さんがお上手な役者さんだから余計にね。直江と倫子の関係、もう少し近くなるかなあと思ってたんですが・・・。ま、爆弾抱えた直江にしてみれば、近づきたいけど抑えなきゃ、と慎重になるのは当たり前か。あんまり都合良く二人が分かり合える、というよりは、じっくり時間をかけて描いてくれる方がいいかもね。意識しちゃってんのはバレバレなのに、意地張っちゃってる直江先生をみてると、微笑ましさまで感じてしまう。なんせ原作では・・・手当たり次第ですから(~_~;)。中居クンがやってるから余計なのかな。だとすると、ちょっと申し訳ない見方なのかも。
2015年01月11日
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「白い影」第3話の表感想です。しかしなんですな、14年前だと、私も無知なとこあったなぁ、と(^^;)。そして忘れてることも多々ございますよ、ほんと。第3回(1.28)はい、わがまま女優さん登場です。繭子役の吉本多香美さんは、知る人ぞ知る初代ウルトラマン、黒部進さんのお嬢様でいらっしゃいます。ま、よくありがちな二世タレント、と思ってたんですがね。少し前に土曜深夜にやってたドラマで、清水美砂さんの恋人役(同性愛なの)の人妻をやってたのをちらっと見たの。結構いいお芝居するんだなあ、って思っちゃいました。今回もなかなかの熱演だったのではないでしょうか。でも、ただのわがまま女優さんとしては描かれていませんでした。女優という自分の仕事に、すっごく誇りを持っていたりする。自分には、この仕事しかないんだというこだわりを持ってて。それが、ラストの倫子の泣きに生きてましたね。後半の直江先生と小橋先生の言い争いは、どちらが正しいなんて判断はすごく難しいです。医療も事業として考える場合、実際現場で働く方にしか分からない苦労があるんでしょう。お医者さんだって、自分の生活があるんだし。それにここに登場する行田病院くらい大規模になっちゃうと、抱えているスタッフの数だって大変なものになっちゃう。そういう人達みんなの生活にも、責任がかかってきちゃいますよね。なんか去年の「伝説の教師」を思いだしてしまいました。私立の学校に勤める教師と、ある意味重なるところがありそう。それにしても・・・次郎っ。なんて君はお子ちゃまなんだっ!石倉さんは、病気のこと、少し気付いてきてるのかな。勝手な想像だけど、そんな気がしてしょうがありません。でも、倫子のたんぽぽに免じて、騙されていようと思っているのかも。それとも、自分から嘘に入って行こうと、必死なのでしょうか・・・。そして今回は。うーん、ラブストーリーですねえ(^^)。直江先生が倫子に何を求めて惹かれていくのかは、この第3話でだいぶはっきりしてきたと思います。ひたむきで、真っ直ぐで、でも時々自分に正直に弱音もはいちゃう。確かに、彼女はいい看護婦だわ。お食事した後ね(あ、ここ、すっごくいいお店。一度行ってみたいけど・・・高そうだなあ(~_~;)、ボートの話が出て、「乗せてくれるんですか?」なんてあんなに屈託なく言われた日にゃあ。そりゃ直江先生じゃなくてもウグッときちゃうってば。ここのびっくりした直江先生の顔、良かったですよねえ(^^)。中居クンが「逃げ出したくなるくらいラブシーンが・・・」とか言ってたけど、そうでもないよねえ。それとも、これからがすごいのかっ?さて、今回のみどころは、なんといっても前半の繭子さん応急処置シーン。うおおおっ、かっこええっ!!なあんて真剣なまなざし。器具をのっけたワゴンを引っ張り寄せるその手も素敵。消毒薬のビンの口を、歯でクリっとあけるその仕種も、惚れ惚れしちゃいますぅ。来週は直江先生が矢面に立たされてしまうようですね。そろそろ、直江と倫子の関係も、大きく進むような気も・・・。
2015年01月11日
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こたらが原作・以前のドラマ等のネタバレ含んだ、2話の裏感想です。我ながら、なんか頑張ってたなぁ、と(^^;)。あ、未見の方は気を付けてくださいね。第2話(1.21)はい、いきなりぶっちゃけましょう。直江庸介は不治の病です。最後は死を迎えます。ただし、病状が悪化して死ぬのではなく、故郷・北海道の湖に身を投げて、自ら死を選ぶのです。前作のわずかな記憶と、原作から私が抱いた直江先生のイメージは、「近寄りがたい崇高さ」でした。他人に対してだけでなく、自分の死さえも、どこか突き放して見つめているような、そんな気がしました。正直、あまり好きにはなれなかったなあ。女性を「子供を産んでくれる人」と考えてるのが表に出ているみたいで。いや、もちろん、それだけじゃないとは思うんですよ。医療に対するスタンスとかは、すごく考えさせられますし。ただ、特に原作の直江はねえ・・・。渡辺さんの小説は、かなり色っぽいし(~_~;)。第2話は、直江先生が末期癌患者である石倉さんに死期が迫る自分の姿を投影する、大事なエピソードが登場します。それをどう見せてくれるのか、とても興味深く放映を待っていました。あの手術前の直江先生が倫子に語った一連の台詞。実は原作、そして確か前作でも、小橋先生に向かっての言葉でした。それがああいう形になったということで、なんだか平成の「白い影」が見えてきたような気がします。まず直江先生と倫子を、初めからの恋人同士にしなかったこと。倫子がなぜ直江庸介という人間に惹かれ、直江が倫子に何を求めたのか。制作スタッフさん達は、原作とアレンジして、そこを深く掘り下げたいと考えているんでしょうね。だから、第2話目にして、直江庸介を「冷たい」というイメージではなく、「守ってあげたい」キャラにしようとしてるのでは?年齢設定が下がった分、倫子の性格も少し幼くなっています。ちょっぴり喜怒哀楽が激しくて、より純粋で。そう、この「純粋さ」がポイントなのではないでしょうか。平成の「白い影」は、「純粋な悲恋」なのでは?純粋だからこそ、倫子は直江の中にある、どこか儚げなものに惹かれてしまう。だからこそ、直江には冷たさではなく、「弱さ・もろさ・切なさ」の表現を要求される。そう捉えてしまうのは、うがちすぎでしょうか。そこで、憂いを湛えた表情を中居クンに表現させてのあのセリフです。小橋先生ではなく、倫子に向かって死への恐怖を語らせることで、今後の悲恋を盛り上げようとしてるんじゃないかな。この辺り、脚本の龍居さん、うまいよねえ。さすが泣かせる恋愛を描かせたらピカイチの脚本家さんです。原作の直江の病気は、骨髄性の腫瘍でした。今まで登場したレントゲン写真が腰部のものだったこと、そして今回、腰を押さえて苦しむ場面があったことなどから、たぶん、今回も骨髄系の病気なんだと思います。現在の医療では、場合によってはドナーからの骨髄提供で治療可能な場合もありますが、やはり、いわゆる内臓系の癌よりも深刻な病気であるようです。この痛みは、かなりキツいらしいですよ。だからこそ、原作での直江は痛み止めに麻薬を使うのですが・・・。あ。原作通りなら中居クン、また麻薬に手を出す役だ・・・(用途・目的は全然ちがいますが)。第3話は、「あの」女優さん絡みのお話なんですな。入院理由はさすがに違うみたい。時代性ですね。
2015年01月10日
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