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オーチャードホール 15:00〜 1階後方 バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻第1番 ハ長調BWV846 シューマン:3つの幻想的小品 op.111 ブラームス:3つの間奏曲 op.117 ショパン:夜想曲第18番 ホ長調 op.62-2 / 子守唄 変ニ長調 op.57 / マズルカ第49番 へ短調 op.68-4 ベートーヴェン:ピアノソナタ第32番 ハ短調 op.111 <アンコール> バッハ:平均律第1巻第2番ハ短調 BWV847 〜 フーガ シューマン:アラベスク ハ長調op.18 ピアノ:小山実稚恵 亡き黒田恭一がオーチャードのプロデューサー的なポジションにいた頃に発案されたという、オーチャードホールの『小山実稚恵の世界』、12年24回のコンサートシリーズ、副題が「ピアノで綴るロマンの旅」というもうなんというかな企画の、最終回。24回目。途中で黒田恭一は亡くなり、それでも続いたのは始めちゃった以上やるしかない、ということなんでしょうか。最近、オーチャードホールは独自企画というか、こういうようなものを他に持ってないだけでなく、あまり良い公園が多くないようで、ちょっと気にしてます。 このシリーズ、過去を振り返って見たのだけれど、私が最初に聞いたのは3回目。以後、出来れば聞くようにしつつ、聞かなかったりも結構あって、それでも半分くらいは多分聞けたんだと思います。 でも、改めて過去記事読むと、あんまり褒めてないんですよねぇ......3回目が2年目なので、10年前。聞いてるこちらの聞き方、感じ方もそりゃ変わるよなぁ、と思いつつも、ああ、こういうところは俺ぁ変わらんのだなぁ、とか思ったり。 で、今日は? 正直言うと今日のお目当は、何はともあれop.111。といってもシューマンの方じゃないですよ。ベートーヴェンのソナタ32番だったんですが....... 率直に言って。私、多分、今までで聞いたop.111の演奏の中で、一番ミスが多かった演奏でした。 これは、まぁ、がっかりと言うか......第1楽章の速いパッセージで迷走した挙句、出られなくなったり。それと、どこだったか、右手で高音部をガンガン叩いてしまったり。決して良い出来だったとは言えないと思います。 ただ、じゃぁ、それでこのコンサートダメかというと、そうでもないのが面白い。 前半のバッハからシューマン、ブラームスは、正直言って眠たくなった。眠たくなったけれど、それは、まぁ、私にとっては特にシューマンやブラームスはそういう曲なので、演奏は結構良かった。後半のショパンは、好みの問題もあるのであれですが、アンコールのバッハもシューマンも、これは良かった。だから、この12年間の集大成の締めくくりとして選んでいた曲が今ひとつ(二つ?三つ?)だったのは大変残念だったけれど、全体としてはそう酷くはないとは思います。 敢えてお疲れ様でしたとかそういうことは言わない。だって、これは彼女がやりたいと思って始めたことなのだし。プログラムのエッセイを読むに、この24回のプログラムは最初に決めていて、それをずっとやってきたそうです。それをきっちり仕上げるというのも大変なわけですが、今回改めて24回の演目を見るに、これは異形の偉業にして暴挙だよなぁ、と改めて思ったのでした。 だって、12年かけて、半年おきにせよ、スカルラッティからウェーベルンまで、その間のめぼしい作曲家を網羅しているというのは、やはり偉業だけれど、それ以前に暴挙だと思います。無論ある程度の傾向はあるにせよ、例えばリストが入ってるのは良いとして、ソナタだの愛の夢だのはともかく、リゴレットパラフレーズにイゾルデの愛と死はまだしも、ベートーヴェンの田園の編曲版までやってますからね。(第16回)これ、私聞いてるんですが(ブログは書いてない...)、この原曲を何度も聞く機会がある身にとっては、ただ弾かれたんでは正直微妙だよなぁ、という感想だったらしいです。ラフマニノフもシマノフスキーもあるし、アルベニスもある。もちろんラヴェルにドビュッシー、ロマン派といえばのショパンやシューマンは目白押しだし。 このレパートリーを12年24回っていうのは、コンサートピアニストとしてはやはり無謀だったんではないかなーと。だって、その間に、そうじゃない演奏会をやり、協奏曲も弾き、ですからね。でもやっちゃう。だから、正直いうと、このシリーズ、やっぱり完成度は決して高くはなかったんじゃないかと思います。聞きに行くたび「うーん....」みたいな感想が出てたのは、多分、そういうこと。 でも、こういうことやってみるのも、一つの挑戦ではあるだろうし。というか、こんなことやってみないと、そりゃどうなるか分からないですからね。まぁ、リヒテルとか、ホロヴィッツあたりなら、やりゃ出来たんじゃないかという気はしなくもないですが。それに、最初っから最後までつまらない、という回も、私が聞いた中ではなかったな、という気もします。 とまれ、これでシリーズとしての実験(敢えてそう言いますが)もおしまい。正直、毎回一番安い席を、1階2階3階のあちこちで聞かせてもらうというのも楽しい経験でした。実際、2,000円で聞けるというのはさすがにここくらいだったんじゃないだろうか。ラ・フォル・ジュルネはありますが、あれは「半分」だからねぇ。 そういう意味で、冒頭ああは言ったものの、やはり、「ありがとう。お疲れ様」と申し上げようと思います。
2017年11月26日
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新国立劇場 14:00〜 4階右手 ヴィオレッタ:イリーナ・ルング アルフレード:アントニオ・ポーリ ジェルモン:ジョヴァンニ・メオーニ アンニーナ:森山京子 新国立劇場合唱団 東京フィルハーモニー交響楽団 指揮:リッカルド・フリッツァ 演出:ヴァンサン・ブサール 2015年プレミエの再演です。その時の話はこちら。 https://plaza.rakuten.co.jp/verdi/diary/201505100000/ https://plaza.rakuten.co.jp/verdi/diary/201505160000/ で、今日は、というと、正直言うと、ブーイングしたかった。でもしなかった。理由は、誰に対して、どういう理由でブーイングすべきかわからなかったから。あえていうなら、掛けるなら最初っから最後までブーイングし通しになってしまうから。そこまで大人気なくはないつもり。 まず、外題役のヴィオレッタは、ダメさ加減としては多分一番ダメ。でも、これはなんというか..... そもそもヴィオレッタは、全幕通してフルにパフォーマンスを発揮出来る歌手なんて、そうすいやしない。元々、1幕で求められるもの、2幕で、3幕で求められるものが、違う。だから、大抵の場合は「x幕が聞かせどころの人」みたいな話になる。全部いけてる人でも、「この人は何処が得意」みたいには、どうしてもなる。 で、今日の人は、正直言うと、「あそこがいい」というのが、無いんですね。得手がない。多分、ダメ、というのではないんです。ただ、何処をとっても、中途半端というか....歌えてはいるけれど、例えば一幕のアリアにしても、ジェルモンとの掛け合いにしても、「私を愛して!アルフレード!私があなたを愛しているように!」(これなんてヴィオレッタ最大の見せどころであるべき)にしても、2幕2場のフィナーレの重唱とか(これは最大の聞かせどころというべきか)、勿論最終幕のアリアも、まぁ、歌えているんだけれども.... 歌えてはいるんですよ。でも、演れているかといえば、弱い。この人がヴィオレッタ歌いか?と問われれば、No、と答えると思います。理由は、この人が一体ヴィオレッタをどう構成し、表現しようとしているのか、わからないから。 但し、ちゃんと最後まで一応歌いきったのは立派。それだけに、なんでこうなっちゃうかな、というのが残念。 アルフレードとジェルモン......まぁ、一応出来てました。ただ、ねぇ.......この二人の罪ではないという言い方も出来るのではありますが....... 今は、ある意味流行りではありますが、2幕の最初にアルフレード、最後にジェルモンの歌があります。で、この歌、そういう言い方をするかどうかはともかく、実は二部構成なんですね、カヴァティーナとかヴァレッタ、というような。で、この内後半部は、どちらも一昔前は省略してました。今は一般的に原典を尊ぶということになっているから、こういうのもやろうとする。でも、この2箇所が省略されてたのは故なきことではなくて、バランス悪いんですよ。折角前段で想いを聞かせているのに、それに対してなんとも落ち着きのない歌をこの親子は歌う羽目になるわけです。いや、昔から、特にテノールの方は、歌ってた人はいました。それは、「慣習的に」、この後半、「ラベロ」なんて呼んでましたが、この後半の最後は、楽譜上は下がっているのに対してハイCとか、そこまでいかなくても、高音に上げて歌っていたからです。テノールの聞かせどころだったんですね。でも、今日のアルフレードはここを出さない。 ジェルモンの方は、まぁやったっていいんですけど、これは結構鬼門で、というのは最後に唐突な感じで、アルフレードが叫んで走り出ていく幕切れになるので、もうどうしようもなく中途半端に聞こえてしまう。 それをなんでわざわざやるかなぁ、と。 いや、別に、やりたいことやってもいいんですよ。でもねぇ。これはプロの公演ですよね。しかも、新国立劇場という、いわば公共性の高い場。そこで何やったって構わないんだけれども、なんでそれをやるの?というのは、そしてその結果はどうなの?というのは、やはり問われると思うんですよね。 で、なんのためにやるの?と。 その他は日本人キャストなんですが......合唱も含めて、はっきり言って何歌ってるかわかりません。唯一、ちゃんと聞こえる歌を歌っていたのは、わざわざ名前を挙げた森山京子。ヴェテランですから?いやいや、ヴェテランでもダメなのは一杯いるわけで、やはり別格というべきかと。というか、こんな役でねぇ.....役不足だけど、しょうがないですね、椿姫だから。 あとは全滅。歌えてないし、そもそも一体そこで何を歌っているのか、詰め切れてない感じ。 オーケストラは、まぁ、それなりなんですが.......ただ、要所要所でダレるんですね。というか、歌手が全般的に先走ったり、遅れたり。まぁ、それ自体はオペラではよくあることなんですが、それのフォローアップがねぇ......はっきり分かるようにやっちゃうのは、やはり、ちょっとね。 演出は、前回はそれほどでもなかったんですが、今回見ると、アラが目についてしまうというか...... というより、再演演出に問題あるんじゃないかなぁと...... 確かに、前回書いた通り、シンプルな舞台ではあります。ただ、それだけに、不具合のあるところも見えてしまう。勿論、上からの見え方とは違うところはあるわけですが、正直いうと、劇作上おかしいところがどうしても目についてしまうのですね。これは前回もちょっと書いたのだけれど、例えば、2幕2場、ここはすごく大事な場面なのだけれど、ヴィオレッタにアルフレードが「支払い」をしてヴィオレッタが倒れる、という場面で、ヴィオレッタをそのまま舞台後方に下げちゃうんですね。で、重唱での出番で、後ろからまた出してくる。その間、舞台後方でヴィオレッタは金に塗れている的な演出ではあるのだけれど、この場面って、やはり主役はどうしたってヴィオレッタなんですよね。それを後ろに下げて、じゃぁ、何が言いたかったのか? そういうのが、前回からブラッシュアップされてないんですよね..... もう一回あるんだけど..........うーん........
2017年11月20日
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フェスティバルホール 15:00〜 3階正面 ドニゼッティ:ランメルモールのルチア ルチア:エディタ・グルベローヴァ エドガルド:ペーテル・バルツォー エンリーコ:ゾルターン・ケレメン ライモンド:イシュトヴァーン・コヴァーチ アルトゥーロ:ゾルターン・メジェシ アリーサ:エーヴァ・ヴァールヘイ ノルマンノ:ゲルゲイ・ウーイヴァーリ ハンガリー国立歌劇場合唱団、管弦楽団 指揮:ペーター・ヴァレントヴィッチ 演出:マーテー・サボー まぁ、もうどうだっていいんですがね......終わっちゃったし........ 結局聞いた中では、この最後の公演が一番良かった。そういう意味では大阪まで行った甲斐があった。だから、多分、16日の名古屋は良かったんじゃないかとも思う。 そう、この日は狂乱の場は、ちゃんと出た。ただ、ぶら下がり気味だったけど。 グルベローヴァとしてはともかく、公演として、音楽としては、堪能しました。元々去年の川口で聞き納めたと思っていて、それから今年4回も聞く機会があって、しかも、これは率直に言えば、やはり全体的には去年の川口は超え得なかった。だから、どちらの意味でも、もういいかなと。 実は、今回のハンガリー国立、メインキャストでもう一人スターを連れて来てるんですね。それが、アンドレア・ロストなんですよね.... この人も、もう結構な歳です。55歳とか。グルベローヴァほどではないにせよ(こちらは古希まであといくつ、って世界ですから)、昔だったらもう引退していてもおかしくない。最近聞いてないので今の状態は分かりませんが、しかし、こうもりではロザリンデ、ルチアは外題役をアサインされているわけで、つまり、ガチで主役。 この辺が問題っちゃぁ問題なんですよね。 東欧圏の団体を連れてくるというのは最近割とよくあるパターンで、そこにグルベローヴァが乗る、或いはそういう主役級をポンと配する、というのはまぁあるんですけれども、この種の団体の引っ越し公演の醍醐味はむしろアンサンブルの良さだったりするんですが、今回は、もう一つだったかなと。というか、はっきり言って、座付きの連中に疵が少なくなかった。ただまぁ、それが公演を台無しにするようなレベルかというと決してそうではないので。この辺は、はっきり言って、基本がまだしもしっかりしている。ちゃんと音楽になってる。新国とかとはやはりレベルが違うといったところ。まぁ、「ルチア」だしねぇ、というのはあるんだけれど、それでもやはりただ馬鹿みたいに内容考えずにデカい声出すだけの、新国やら藤原やら二期会やらBCJやらのアマチュアとは訳が違う。自分が何を歌っているのか、その言葉はなんであるのか、ここで私はどういうふうに考えどう動くのか、言えばごく当たり前のことが土台にある。まぁ、残念なのは、この公演、演出がイマイチだったのですけれど、見ていればその辺基礎がしっかりしているのは分かります。 問題は、ただ、それに乗っかってくるものが、グルベローヴァである、ということなんですよね。 グルベローヴァが未だ比類無き存在である......というのは、「グルベローヴァはグルベローヴァである」からなんだと思ってます。グルベローヴァとしては、しかし、くどいようですが、もう相当衰えてしまった。疵も多い。明らかに声が出ずに歌えなかったりする。私なんかにとっては、今のグルベローヴァは、正直言って、残照の最後の余光みたいなもんです。にも関わらず、しかし、それが未だ素晴らしいのも、わかる。 でもさぁ、もうそろそろ、誰かいないのかよ、と、まぁ、そういう話かなぁ...... それで出てくるのがアンドレア・ロスト........いい歌手なんですよ。でも、一般的には、「え?その歳でルチア歌うの?(グルベローヴァじゃあるまいし...)」と言ったところかなと。実はもう一人、もうちょっと若い人も連れて来てるんですけどね。だから、そればっかりではないんだけれど。でも、正直、やる方も観る方も、なかなか人材を得られなくなっている現実はあります。 って、グルベローヴァグルベローヴァ言ってる人間が言うのもどうだと言う話ではありますが。 グルベローヴァ、これからどうするのかな。来年デビュー50周年の記念ガラをやるそうですが、引退するのかな。グルベローヴァのリートはとてもいいと思うし、聞きたいと思うけれど、当人はやっぱりオペラ歌いたいんだろうな。そして、一方で、声の衰えが、リートといえども手は抜かないであろうグルベローヴァの場合、コントロールが厳しくなるくらいに達しつつあるのかな、という気はします。 無論、来れば行くけどね。でも、今度こそ、もうコンサートには来ないんじゃないかなぁ.......マスタークラス、あるなら聞きたいけど、でも、天才で秀才で努力家って人が教えるのって、無理なような気がする.......
2017年11月18日
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東京文化会館 18:30〜 5階左手 細かい話は面倒なので今日は飛ばします。 勿論グルベローヴァの公演。 狂乱の場のね...... 前半ソロの最後、高音がね.........上がり切らないんですよ............ 明らかに2度下を行ってしまう........... 去年、リサイタルで歌った時は、なんとか出てたんですけどね。 いや、勿論、オペラですから。事故が起きるのは当たり前。疵は避け難いもの。そういうものだと思っている。でも、グルベローヴァが「上がり切らない」というのはねぇ........ 波を描き、螺旋のように、いい時も悪い時もあるよね、と言いつつの、流石にこの辺が限界なのか..... この直前までは、場内に響き渡るようなピアノ(ピアニッシモではないなぁ...)もあったりと、かなり頑張っていただけにねぇ...... いや、わかってますよ。言い出したらきりがない。この歳でこれだけ歌えるなんて驚異だ。そういうのはよく分かってます。でも、やっぱり、グルベローヴァはグルベローヴァなんですよ。そういうジャンル。それは25年前に聞いてからずっと変わらない。だから、やっぱり、こういうのを聞かされちゃうとね.... 悪くはないんですよ。むしろいいと言ってもいい。日曜日の大阪ではもっといいかも知れない。でも、グルベローヴァは、こういうことは起こさない、そう思っているので、ね。
2017年11月10日
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ミューザ川崎シンフォニーホール 13:30〜 3階右手 ハイドン:弦楽四重奏曲第39番 ハ長調op.33-3「鳥」 モーツァルト:弦楽四重奏曲第17番 変ロ長調 K.458「狩」 シューベルト:弦楽四重奏曲第14番 ニ短調D.810「死と乙女」 <アンコール> モーツァルト:弦楽四重奏曲第15番 〜メヌエット ウィーン弦楽四重奏団 正直いうと、「ウェルナー・ヒンクってまだ生きてたんだ!」というのが、このコンサートを知って最初に思ったこと。だって、確かライナー・キュッヒルとかと同世代か、上の世代でしょ?確か。ウィーン弦楽四重奏団自体は、一昔前の、カメラータへの一連の録音とかで知ってはいたけれど、といったところ。 で、たまたまこの日予定がなかったのと、某安売りチケットサイトで出て来てたので、それに飛びついたわけです。 で、どうだったか? うん、言うほど悪くも、良くもないんだけれど....................うーーーーん。 演奏自体は、まずまずだと思います。正直言うと、枯れてるなぁ、という感じの演奏。先月、エベーヌSQを聞いたからというわけではないにせよ。ああ、弦楽四重奏ってこういう音楽でしたよね、という感じ。もうちょっと瑞々しさがあってもいいかな、とは思うかな。ただ、これはこれでいい。 問題は、会場とお客、なんですよね。 ミューザ川崎は確か1,800人くらい入る、すり鉢状(あれはワインヤードとは言わないと思う)のホール。そこの、4階席や横上方を封鎖してるので、多分収容人員1,400人くらい。それが多分8割以上の入り。なので、1,000人以上、或いは1,200人入ってる。それはいいんです。ただ、私がそうであるように、いろいろ安売券なり出している。多分、相応に招待とかも撒いてると思います。主催は神奈川芸術協会ってところで、まぁ、それはいいんですが、正直言うと、この演目で、この演奏スタイルだと、このホールで聴くのは結構しんどいんですよね。 たとえば。何処ぞの日本のオケでも海外のオケでもいいんですが、マーラーか何かをやったとする。これがブルックナーでもブラームスでも、まぁベートーヴェンでもモーツァルトでもそうなんですが、へろっと聞きに行った場合、端的に言えば何も考えなくても楽しめるわけです。サウンド的に。それはそれでいいんだと思うんですよ。 ところが、元々この演目は、弦楽四重奏としても、結構集中力を持って聞かないと、楽しみにくいんだと思うんですね。ハイドン、モーツァルトも、どちらかというと劇的緊張感を持って聞かせるという類の曲ではない。シューベルトも、確かに「ロマン派の音楽」ではあるけれど、造りとしては古典的な造作を意識して作られているから、そういうところも含めて聞かないと、飽きる。 そして、サウンド的には、弦楽四重奏というのは、やはり、オケには負ける。 そこに輪をかけて、この人たちの演奏は、枯れた雰囲気を持っている。要は音的に起伏を激しくして聞かせるという感じではない。こうなると、楽しむにはこちらが多少なりとも集中力を持って、或いはアグレッシヴに、「ウンウン、それで?」という感じで聞きに行かないと、保たない気がするんですよね。 しかも、ホールは大ホール。たとえばこれが昔のカザルスホールだったり、或いはこのあいだのエベーヌSQが演ったフィリアホールのような小さいサイズのホールだったら、それでもそれなりに聞ける気はします。たとえば、エベーヌSQの後半、ジャズと称するのは、私には中途半端で面白くなかった。でも、あのくらいのホールであれば、そして彼らの弾き方であれば、サウンド的に面白い、という聞き方はあると思うんですね。 いや、集中力を持って聞ければ、それでも問題はないんだけれど、そこが問題で、少なくとも3階あたりのお客は、全然集中力ないんですよ....なんかガサガサ、ゴソゴソしてるんですよね。 まぁ、そういうチケットで聞きに行く方が悪いんです。はい。ただ、それにしても、なんだろうな、これ、って感じは否めない。 多分、聞いているお客も、上の方に座ってる人は特につまらなかったんじゃないかなー、と思うんですよね。だって、サウンド的に面白くないもの。私は破格の値段でウィーンSQが聞けて、良かったけど、残念だったかなー、という程度なんだけども... コンサートとして成立させるにはこれしかない、ということなんだとは思います。別にお客を選別しろとも言わない。ただ、こういう演奏会にしてしまうと、どうしても無理はあるんだな、というのを改めて思った次第。 じゃぁお前に解決策はあるのか、と言われると、一言もないんですけどね。でも、敢えてお客の方に関して言うなら、今の世の中見るにつけ、「あなたが見ているもの、知っているつもりのものだけが現実なんじゃない」ということは、気付いて欲しいとは思いますけどね。そういうことを言うと「上から目線」とか言われるんだろうけれども、まぁ、そう言う言い方する人間は本当に「下」なんでしょうがないじゃん、とは思うんだけれど、それにしても、「私は全能ではないのだ」「私には知らない世界がある」という絶対的な内的保留というものは持とうよ、とは思います。 主催者の方は、まぁ、死活問題だから、放っといても考えるだろうし。
2017年11月05日
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びわ湖ホール 14:00〜 4階正面 演目はほぼ10/26のトリフォニーと一緒。アンコールまで。但し、後半のベッリーニが、途中の「Ah! Non credea mirati」から。 そして、演奏は、オケが変わって大阪交響楽団。 休みの日なので、どうにかうまいことして行って来ました。台風でしたけどね。 まぁ、正直言って、トリフォニーの時より調子は上がっていたのではないかな?正直、全体に苦しいのはそう変わらない感じではありましたが..... この日もやっぱりドンナ・アンナと、後半はむしろアンナ・ボレーナの方がよかったかなと。同じプロの札幌は聞いてないので、結局どうなったのかは分かりませんが、ルチアに向けて徐々に調子が上がって来ているのであればいいのですが。 こうなって来ると、名古屋も行きたいけど、あれは平日だしなぁ..... びわ湖ホールは初めてでしたが、空間に余裕のある造りで、幅の広いオーチャードといった趣に感じたのは、4階席から見下ろしてたからですかね。まぁ、正直、いつもの天井桟敷ポジションの方が落ち着くというのは、あるみたいです。それもどうなの.....
2017年11月03日
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