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今後の人生について、重要な話をした。
January 31, 2008
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【スタンダード・ナンバー】イエスタデイYesterdayこの曲の作詞・作曲はレノン=マッカートニー名義ですが、実際はポール・マッカートニーの単独作です。ビートルズの1965年8月6日にリリースされたアルバム、『邦題:4人はアイドル(イギリス盤原題:Help!)』に収録された曲です。アメリカのキャピトル・レコード編集盤『Help!』には収録されず、1966年6月20日にリリースされたキャピトル・レコード編集盤、『イエスタデイ・アンド・トゥディ(Yesterday . . . And Today)』に収録されました。バラードの名曲として、ビートルズの代表曲であるとともに、多くのミュージシャンに取り上げられて、20世紀を代表するスタンダード・ナンバーになりました。アメリカでは、1965年9月にシングル盤としてリリースされ、当時、B面だったのにもかかわらず4週連続1位になりました。しかし、本国イギリスではビートルズ解散後の1976年3月まで、シングル・カットされることはありませんでした。この曲が、このような歴史に残る名曲になるということは、当時、レコード販売関係者は誰も予想していなかったということでしょう。後に全世界規模でシングル・カットされています。歌詞の中の「イエスタデイ」という部分は、初期のデモ段階においては「スクランブルド・エッグ」(煎り卵)となっており、タイトルも「スクランブルド・エッグ」とつけられていました。ジョン・レノンは歌詞の面で若干のサポートをしたとインタビューで語っています。この曲のレコーディングは、ポール・マッカートニーのヴォーカルと、バックのアコースティック・ギターだけで、ポール以外のビートルズのメンバーの三人は全く参加していません。また、サウンドには弦楽四重奏が使われており、そのアレンジは、プロデューサーのジョージ・マーティンによるものでした。この曲は、世界中のシンガーやプレイヤーによるカヴァーも多く、一説にビートルズの活動中の時点で、既に1,000を超えるカヴァー・バージョンが存在したとも言われています。現在では、もはやカヴァー・バージョンがいくつあるのか確認することは不可能で、「数千種以上」としか言いようがない状態であるそうです。世界で最も多くカヴァーされた楽曲として、ギネス世界記録(ギネス・ワールド・レコーズ)に認定されています。なお、日本でも、学校の音楽や英語の教科書に載せられて歌われたりしています。また、2001年の日本選抜高等学校野球大会入場行進曲として使われました。【参考:選抜高等学校野球大会入場行進曲】2001年 第73回 サザンオールスターズ『TSUNAMI』The Beatles『Yesterday』『Hey Jude』『Ob-La-Di Ob-La-Da』 「ロック・バンドがスリーコードやロックンロールのメロディーにとらわれない作曲を行った」という点、また、「ロック・バンドがストリングスを使用した」といった点などでも注目された楽曲です。これらの試み自体は決してビートルズが最初に行ったわけではなく、前例はいくつもありましたが、当時ロック界の頂点に立っていたビートルズがこれらを行ったことで、ビートルズというロック・バンドに対する世間の評価が良い方向に変わり始め、彼らは、次第にアーティストとして認められるようになっていったのでした。ポール・マッカートニーはこの曲が出来たきっかけについて、就寝中に夢の中でメロディーが浮かんだと語っています。「ある朝目を覚ますと、曲が頭のなかで鳴っていた。あまりにも自然に浮かんできたものだから、別の誰かの曲のメロディーなんじゃないかと思って、みんなに聴かせて廻ったけど、誰もこのメロディーに心当たりが無いみたいだったから、自分が作った曲なんだとわかって完成させた。」というエピソードが伝えられています。「彼女が何も言わないで去っていくなんて、どうしてか僕にはわからない僕が何かまずいことを言ったんだろうああ、昨日のこと昨日までは楽しかったあの頃は恋は遊びのようなものだったでも、今日は消えちまいたいよああ、何もかも過ぎた日のこと」歌詞の内容から、当初別れた恋人を想う歌と考えられていましたが、後にポールは幼いときに失った母への想いを歌った楽曲であると語っています。ちなみに、ポールは後のウイングス時代に、アンサーソング「トゥモロウ(Tomorrow)」を作っています。出だしのフレーズはコード進行も同じ(キーは異なる)。※アルバム『Wings Wild Life』収録。この曲は日本でもヒットしたわけですが、大抵の人はポール・マッカートニーのメロディーが圧倒的に素晴らしいと感じたのであって、歌詞の意味のほうは、ほとんど誰も気にとめなかったようです。ですから、少なくとも日本でのこの曲のヒットは、多分にメロディーの美しさによるものと言えるでしょう。「イエスタデイ」はビートルズの最も有名な楽曲のひとつであるため、ポール・マッカートニーのライブでも定番にもなっており、ポールは2001年ごろのインタビューの中で、「いつもいつも『イエスタデイ』を求められて嫌にならないか」と聞かれ、それに対して、「たとえば、ローリング・ストーンズのライブに行って、『サティスファクション』が演奏されなかったら、『金返せ』って思うよね。」と答えています。様々なエピソードがある曲ですが、20世紀を代表する名曲の1つとして、永遠に歌い継がれるスタンダード・ナンバーになりました。収録アルバム4人はアイドル イエスタデイ・アンド・トゥディ ザ・ビートルズ1962年~1966年 ザ・ビートルズ1 ザ・ビートルズ・アンソロジー2 ラヴ ●私がもっているカヴァー・ヴァージョンカウント・ベイシー楽団(インスト・ヴァージョン)カウント・ベイシー楽団 フィーチャリング:ビル・ヘンダーソン(vo)リー・モーガンデイヴ・グルーシントゥーツ・シールマンス(g & ハーモニカ & 口笛)ヨーロピアン・ジャズ・トリオナンシー・ウイルソン(vo)マーヴィン・ゲイ(vo)カーラ・トーマス(vo)など*****イエスタデイYesterday作詞・作曲:レノン=マッカートニー1965年昨日までは 悩みごとなんて遠いことで忘れてしまっていたしかし今、そいつはここに居座り続けそうな感じだああ、あの過ぎ去った日々を僕は信じていた突然僕は変わってしまっていた僕の背後には悲しくて 暗い過去がぶら下がっているそして突然あの日がやってきた彼女が何も言わないで去っていくなんて、どうしてか僕にはわからない僕が何かまずいことを言ったんだろうああ、過ぎ去った昨日のことを思う昨日までは楽しかったあの頃は恋は遊びのようなものだったでも、今日は消えちまいたいよああ、何もかも過ぎた日のことを僕は信じている昨日という日々を僕は信じている【ジャズ】人気blogランキングへ
January 30, 2008
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【スタンダード・ナンバー】アンド・アイ・ラヴ・ハーAnd I Love Herアンド・アイ・ラヴ・ヒムAnd I Love Himこの曲は、初期のビートルズを代表するバラード・ナンバーで、ポール・マッカートニーが作ったものです。1964年7月10日にリリースされたザ・ビートルズのアルバム、『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!(A Hard Day's Night))』に収録されました。アメリカではシングルカットされ、『ビルボード』誌で12位になりました。美しいメロディーと叙情的な歌詞の曲で、ポール・マッカートニーのメロディー・メイカーとしての才能が発揮されたもので、多くのアーティストに取り上げられているスタンダード・ナンバー的な作品です。女性シンガーが歌う場合は「アンド・アイ・ラヴ・ヒム(And I Love Him)」として歌います。なお、サビの部分の曲作りはジョン・レノンが手伝ったという。オリジナルでは、ジョン・レノンはアコースティック・ギター、ジョージ・ハリスンはガット・ギターを使用しており、ポール・マッカートニーのベース以外は、アンプを使用していないアコースティック・サウンドになっています。ドラムス担当のリンゴ・スターはボンゴとクラベスというパーカッションを担当しています。●私がもっているカヴァー・ヴァージョンカウント・ベイシー楽団ケヴィン・ヘイズ(blue note)ジョン・アバークロンビーヨーロピアン・ジャズ・トリオジョン・ピザレリ(vo & g)スモーキー・ロビンソン&ミラクルズ(vo)ナンシー・ウイルソンvo)ヘレン・メリル(vo)ダイアナ・クラール(vo & p)エスター・フィリップス(vo)など*****アンド・アイ・ラヴ・ハーAnd I Love Her作詞・作曲:レノン=マッカートニー1964年彼女に全てを捧げたい誰だってそう思うさ彼女を愛してる彼女は何でもしてくれる愛のないキスなんかじゃない本当に僕を愛してくれている僕も愛してる愛は消えない君がいるかぎり 消えないいつまでも輝く夜の星僕の愛だって消えやしない彼女を愛してる【ジャズ】人気blogランキングへ
January 29, 2008
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故障して使えなくなって1年以上たってしまったノートパソコンを、今日、修理に出した。予定修理代は5万円くらい。【ジャズ】人気blogランキングへ
January 28, 2008
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物価上昇、賃金上昇=インフレ物価下降、賃金下降=デフレ物価上昇、賃金下降=スタグフレーション現在の状況は?ガソリン、食品、日用品など、物価上昇。ギャラは安くなる一方、生演奏、生バンドは需要減少、賃金下降。景気が停滞しているにもかかわらず、物価が上昇するという“最悪の経済”=スタグフレーション働けど働けどわが暮らし楽にならざる=ワーキングプア
January 27, 2008
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「ベイサイド迎賓館・静岡」午前の部:ピアノ・ソロ午後の部:ピアノ・ソロ【ジャズ】人気blogランキングへ
January 26, 2008
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January 25, 2008
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FM清水「ほっとライン」月曜日 今年の「アーティスト特集」の予定1月、2月、3月(全13回):ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン4月(全4回):オスカー・ピーターソン(ジャズ・ピアニスト)5月(全4回):スタッフ(フュージョンのパイオニア・グループ)6月(全5回):ミッシェル・ルグラン(作曲家、ジャズ・ピアニスト)7月(全4回):チャーリー・パーカー(モダン・ジャズのパイオニア、アルト・サックス奏者、作曲家)8月(全4回):未定9月(全5回):ハービー・ハンコック(ジャズ・フュージョン・ピアニスト、作曲家)10月(全4回):ジャコ・パストリアス(ジャズ・ベーシスト、作曲家)11月(全4回):デヴィッド・マシューズ(アレンジャー、作曲家、ジャズ・ピアニスト)12月(全5回):ホリー・コール(ジャズ・シンガー)よーし、これで今年も終わり。来年はディズニー音楽も特集したい。それから、エロール・ガーナー、トゥーツ・シールマンス、ナット・キング・コール、ナタリー・コール・・・、コルトレーンはやりたいけれど昼の番組ではむずかしいだろう。(きっと却下される)ビリー・ホリデイはやりたかったが却下されたしな。クリフォード・ブラウンは、歌ものがあるからやれるかも。まだまだやりたいネタはたくさんある。【ジャズ】人気blogランキングへ
January 24, 2008
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Soft Bank 912T機種変更。今までのものはもう3年になるからバッテリーがやばくなった。新料金プランにしたほうが、通話料は格段に安くなるはず。今までのものより小さい(薄い)のに、こっちのほうがずしりと重い。マイクロSDカードが半額になるので2ギガのものを買った。MP3プレーヤーとしても使える。【ジャズ】人気blogランキングへ
January 23, 2008
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ものには、様々なスタイルがある。また、様々なスタイルが要求される。その一つに喫茶店(カフェ)のスタイル。その呼び方は「喫茶店」から「カフェ」と、時代とともに代わってきた。古くは、コーヒー専門店、ケーキ専門店、ジャズ喫茶、ロック喫茶、ライヴ喫茶、歌声喫茶、漫画(マンガ)喫茶、同伴喫茶、デート喫茶、美人喫茶→新宿歌舞伎町にあったなぁ(1970年代)、ノーパン喫茶→一時広まったね(1980年代)。最近は、スポーツカフェ(サポーターカフェ)、ネットカフェ、ペットカフェ(あまり見ないが)。流行の岩盤欲にカフェがドッキングしたものなどなど。そして、「親子カフェ」というのがあるらしい(東京での話し)。これは子育て中のママが、幼児を連れて行けるように、ベビーカー置き場から授乳場所や子供の遊び場所などの設備があるそうだ。「ジャズ喫茶」、懐かしい響き。【ジャズ】人気blogランキングへ
January 22, 2008
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【スタンダード・ナンバー】ア・ハード・デイズ・ナイトA Hard Day's Night【邦題:ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!】この曲は、クレジット上は約束事によりジョン・レノンとポール・マッカートニーの共作として、「レノン=マッカートニー」になっていますが、実質的にはジョン・レノンが作った楽曲です。1964年7月10日に、ザ・ビートルズ7枚目のシングル盤としてリリースされました。ビートルズ初の主演映画の主題歌としても使われました。ザ・ビートルズのアルバム『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!(A Hard Day's Night)』の、タイトル曲にしてオープニングナンバーとして収録されています。映画の撮影を終えた後、リンゴ・スターがつぶやいた言葉をヒントに、ジョン・レノンが数日で書き上げたと言います。リード・ヴォーカルはジョン・レノンですが、中間部(サビ部分)は音が高すぎてジョンには歌えないので、代わりにポール・マッカートニーが歌っています。イギリスの『ニュー・ミュージック・メーカー』と『メロディ・メイカー』誌で4週連続1位、アメリカの『ビルボード』誌で2週連続1位。同時にリリースされた同名のアルバムにも1曲目に収録されました。この邦題『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』は、映画評論家の水野晴郎が、ユナイテッド映画社員時代にビートルズ初の主演映画『A Hard Day's Night』の日本でのタイトルとして名づけたものです。そのため、この映画のサウンド・トラックのアルバム名と、アルバムのなかでの、この曲名にもこの邦題が使われていますが、水野晴郎が、ユナイテッド映画社員時代に、別の短編映画作品“Beatles Come To Town”と混同し間違えて名づけられたものといわれていました。 しかし、水野晴郎本人は、「間違いではなく、ビートルズがやってくる楽しさを表現するためにあえてこうした」と語っています。 ただ、あまりにも見当違いな邦題であるためか、近年のレコード雑誌などでは邦題を使わずに原題で紹介することも多くなっています。日本で発売されたシングル盤では「ア・ハード・デイズ・ナイト」という表記になっています。B面曲は「今日の誓い」。近年ではNHKのテレビ番組『英語でしゃべらナイト』でエンディング曲となっているほか、アメリカのバンド、シュガーカルトがカヴァー作を発表し、トヨタ・ラクティスのTV-CMにも使われました。1006年にリリースされたリミックス・アルバム『ラヴ』では、2トラック目の「ゲット・バック」の冒頭で、この曲冒頭のギターコード音である“ジャーン!”の部分が使われました。また笑福亭鶴瓶の司会で1980年代前半に放送された関西ローカルのバラエティ番組『突然ガバチョ!』(毎日放送)や、1994年にフジテレビで放送された『ビートたけしのつくり方』のオープニング・テーマとしても使われました。多くのカヴァー・ヴァージョンもある名曲です。●私がもっているカヴァー・ヴァージョンカウント・ベイシー楽団セントラル・パーク・キッズ(デヴィッド・マシューズ)のアルバム『プレイ・ザ・ビートルズ』ジョージ・マーティンのアルバム『イン・マイ・ライフ』の中で、ゴールディ・ホーン(Goldie Hawn)(vo)ダイアナ・ロス&シュー・プリームス【ジャズ】人気blogランキングへ
January 21, 2008
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【スタンダード・ナンバー】キャント・バイ・ミー・ラヴCan't Buy Me Love 【邦題:キャント・バイ・ミー・ラヴ】この曲は、クレジット上は約束事によりジョン・レノンとポール・マッカートニーの共作として、「レノン=マッカートニー」になっていますが、実質的にはポール・マッカートニーが作った曲です。1964年3月20日に、ザ・ビートルズの6枚目のシングル盤としてリリースされました。イントロは無く、いきなりタイトルを叫ぶポール・マッカートニーの歌から始まり、最後もタイトルを連呼して終わります。これは曲に強いインパクトを持たせようとしたプロデューサーのジョージ・マーティンの発案だと言います。「愛」のたいせつさを歌うメッセージがもりこまれている曲です。イギリスで100万枚、アメリカで210万枚という驚異的な予約枚数を記録しました。史上初めて予約だけで100万枚以上売れたシングルになりました。「ギネスブック世界記録」には史上最も予約枚数があったレコードとして記載されています。またカヴァー曲としても多い楽曲です。イギリスの『メロディ・メイカー』誌で3週連続1位、アメリカの『ビルボード』誌で5週連続1位を記録。2002年のライブアルバムでも、この曲を取り上げています。●私がもっているカヴァー・ヴァージョンカウント・ベイシー楽団スタンレイ・タレンタインジョン・ピザレリ(vo & g)コニー・エヴィンソン(vo)綾戸智絵(あやどちえ)(vo)など【ジャズ】人気blogランキングへ
January 20, 2008
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1月のアーティスト特集 第3回放送内容【ジョン・レノン】●ジョン・ウィンストン・レノンMBE(John Winston Lennon, MBE)、オノ・ヨーコと結婚後⇒ジョン・ウィンストン・オノ・レノンMBE(John Winston Ono Lennon, MBE)ジョン・レノンは、出生名をジョン・ウィンストン・レノン(John Winston Lennon)といい、1940年10月9日、イギリスのリヴァプールで生れました。ロック・グループのザ・ビートルズに在籍していた1965年に、当時ロック・ミュージシャンとしては異例の、イギリスのMBE勲章(大英帝国勲章)が送られました。ジョン・レノンは、1960年代に世界を席巻したロック・グループ、ザ・ビートルズの中心メンバーで、ポール・マッカートニーとの作曲家コンビとして、代表作の多くを手がけました。ギネス世界記録(ギネス・ワールド・レコーズ)には、ポール・マッカートニーとともに、「ポピュラー音楽史上最も成功したソングライター」として認定されています。ジョン・レノンは、ポール・マッカートニーと並び、世界で最も有名なシンガー・ソングライターの一人です。ビートルズ時代には、主にヴォーカルとギターを担当し、ジョン・レノンがリード・ヴォーカルをとる「ヘルプ!」、「ア・ハード・デイズ・ナイト」、「プリーズ・プリーズ・ミー」、「ノルウェーの森」、「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」、「愛こそはすべて」などの、数多くの代表曲を残しました。ビートルズ解散後は「イマジン」などの曲を発表する一方、妻で芸術家のオノ・ヨーコとともに平和運動家としても活動しました。しかし、1980年12月8日(現地時間)、アメリカ、ニューヨーク市の自宅アパート「ダコタハウス」前において、狂信的なファンとされるマーク・チャップマンに殺害されました。40歳の誕生日を迎えた2ヵ月後のことでした。ジョン・レノンは1940年、第二次世界大戦のナチス・ドイツによる空襲下に置かれたイギリスのリヴァプールで誕生しました。出生当時、父アルフレッドは商船隊員として航海中で不在、母ジュリアも他の男性と同棲していたため、ジョンは、ジュリアの姉であるミミ夫婦のもとで育てられました。グラマー・スクールのクオリー・バンク校に入学したジョンは、ケンカばかりしており、不良少年と評判になっていました。そんな10代中頃のある日、エルヴィス・プレスリーの「ハートブレイク・ホテル」を聴いたことで、ロックンロールに興味を持ち、楽器を手に取るようになりました。16歳のとき、ビートルズの前身になるバンド「クオリーメン」を結成し、ウールトンのセント・ピーターズ教会で行ったクオリーメンのコンサートで、共通の友人の紹介により2歳年下のポール・マッカートニーと出会いました。そして数日後、ポール・マッカートニーはクオリーメンのメンバーになりました。エルヴィス・プレスリー、チャック・ベリー、バディ・ホリーといったアメリカのロックンロールに夢中になり、勉学はどんどんおろそかになっていき、通知表の成績は最低レベルだったと言います。1958年7月15日、ジョンが17歳のとき、母ジュリアは飲酒運転の車にはねられ、この世を去ります。このジュリアの死は、ジョンの音楽性に大きな影響を与え、また14歳の時に母親をガンで失っていたポールとの友情を固める要因にもなりました。ジョンの辛辣な性格は、このような孤独な幼年期、少年期を過ごしたからだと言われています。ジョンの書く楽曲は内省的で、繊細なメロディーとブルージーで不安定な響きのなかに、難解な歌詞を含んだ、独特のものがあります。【ジャズ】人気blogランキングへ
January 19, 2008
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1月のアーティスト特集 第2回放送内容 【ポール・マッカートニー】●ジェームズ・ポール・マッカートニー MBE(Sir James Paul McCartney, MBE)ポール・マッカートニーは、出生名をジェームズ・ポール・マッカートニー(James Paul McCartney)といい、1942年6月18日、イギリスのリヴァプールで生まれました。現在65歳。父親はジャズ・ミュージシャンでした。ファースト・ネームはジェームズなのでジェームズ・マッカートニーとしても良いのですが、父親も同じジェームズという名前の為、ミドル・ネームのポールを通常の名前として用いています。ロック・グループのザ・ビートルズに在籍していた1965年に、当時ロック・ミュージシャンとしては異例の、イギリスのMBE勲章(大英帝国勲章)が送られました。また、1997年にナイトに叙勲され、サー(Sir)の称号を得ています。ポール・マッカートニーは、1960年代に世界を席巻したロック・グループ、ザ・ビートルズの中心メンバーで、ジョン・レノンとの作曲家コンビとして、代表作の多くを手がけました。ビートルズ解散後は、ソロ・アーティストとして、あるいはウイングスのメンバーとして活動し、65歳である現在もなお、音楽活動を精力的に行っています。ギネス世界記録(ギネス・ワールド・レコーズ)には、「ポピュラー音楽史上最も成功したソングライター」、「ゴールド・ディスクの最多保持者」、「最多レコード売り上げミュージシャン」として認定されています。ポール・マッカートニーは、ジョン・レノンと並び、世界で最も有名なシンガー・ソングライターの一人です。親しみやすく美しいメロディーの作風に特色があり、ビートルズ時代においては「イエスタデイ」、「ヘイ・ジュード」、「レット・イット・ビー」、「ミッシェル」、「オブラディ・オブラダ」など、ビートルズの代表曲とされる楽曲の多くを手がけました。ビートルズでは主にヴォーカルとベースを担当しており、ベーシストとしても、後のロック・バンドに多大な影響を与えたとされています。また、他にもアコースティック・ギターやエレキ・ギター、ピアノ、キーボード、ドラム、また管楽器をも扱うマルチ・プレイヤーです。ビートルズのデビュー前の、スチュワート・サトクリフ在籍時はギタリストであり、また時折ドラマーを務めたこともあったため、「タックスマン」、「涙の乗車券」などビートルズ時代のいくつかの曲でリード・ギターを担当し、「バック・イン・ザ・USSR」、「ディア・プルーデンス」、「ジョンとヨーコのバラード」などではドラムを演奏しています。ビートルズ解散後、初のソロ・アルバム『マッカートニー』では、すべての楽器を自らがマルチ・レコーディングしたのをはじめ、ウイングス以降のバンド活動においても、アルバム『バンド・オン・ザ・ラン』で本来の担当楽器であるベースに加えギターやドラムを演奏するなど、そのマルチ・プレイヤーぶりを発揮しています。ビートルズ解散後の1970年代には、ウイングスのリーダーとして、1980年代以降はソロ・アーティストとして活動し、全米チャートの首位に9曲、トップ20に20曲以上を送り込んでいます。ポール・マッカートニーの書くメロディー・ラインは非常に美しく、しかも親しみやすく、かつ新鮮に心に響くもので、その多くの曲は、さまざまなアーティストによって取り上げられています。そして、ジャズ・ミュージシャンによっても彼の作品が演奏され、数多くの曲がジャズのスタンダード・ナンバーになっています。【ジャズ】人気blogランキングへ
January 18, 2008
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1月のアーティスト特集 第1回放送内容●ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスンJohn Lennon, Paul McCartney, George Harrison今月は、数多くの曲が、さまざまなアーティストによって取り上げられ、新しいポピュラー&ジャズ・スタンダード・ナンバーを作った偉大なソングライター、ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスンの作品を特集します。----------【ザ・ビートルズ / The Beatles】ジョン・レノン(John Lennon)、ポール・マッカートニー(Paul McCartney)、ジョージ・ハリスン(George Harrison)は、ドラムスのリンゴ・スター(Ringo Starr)を加えた4人で、ザ・ビートルズ(The Beatles)というバンドを結成し、活動しました。1960年8月、ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスンが中心になってイギリスのリヴァプールを中心に活動していたバンドはグループ名をザ・ビートルズとし、1962年10月5日にレコードデビューをしました。そして、1970年4月10日、ポール・マッカートニーがグループの解散を発表するまでの約10年間、ザ・ビートルズは、アメリカとイギリスを中心に活動し、世界中で最も広く知られ、成功を収めたロックバンドとして、ギネスブック世界記録に認定されました。また、ザ・ビートルズは外貨獲得に大きく貢献したことから、1965年に当時ロックバンドとしては異例の、イギリスのMBE勲章(大英帝国勲章)が送られました。ザ・ビートルズは、世界的アイドルとして成功を収める一方、その楽曲の普遍性、革新性により、世界屈指のアーティストとして、1960年代以降のロック・ポピュラー音楽シーンに変革をもたらし、日本を含む全世界の音楽シーンに大きな影響を与えました。また、その影響は音楽シーンだけではなく現代の文化全般におよび、ザ・ビートルズは20世紀を象徴するものとして、未来に語り継ぐべき文化的遺産のひとつと言えるでしょう。ザ・ビートルズの楽曲は、ジョン・レノンとポール・マッカートニーが主に作詞・作曲を行いました。またジョージ・ハリスンも作詞・作曲を行いましたが、初期は、この二人の影に隠れていた存在で発表楽曲は少ないものの、後期になるにつれ頭角を現すようになりました。ビートルズの公式発表曲213曲のうち、190曲あまりはオリジナル曲で、そのうち8割以上の作詞・作曲は、ジョン・レノンとポール・マッカートニーの共作としてクレジットされています。しかし、実際にはクレジット通りに2人で共作した曲はそれ程多くはなく、純粋な共作曲は十数曲で、それも前期に集中していて、ほとんどが2人のどちらかが単独で作った曲、または、両方が参加していても片方がアドバイス程度のサポートしかしていないと言います。これはビートルズ結成当初から、2人の友情の証として、どちらか一方がたとえ単独で作った曲でも、クレジットは「レノン=マッカートニー」と連名にする約束が2人の間で取り交わされていたからです。また、ジョージ・ハリスンも、ジョン・レノンやポール・マッカートニーの作詞・作曲を手伝っているものもありますが、ジョンとポール場合は、そのいずれかだけによって作られた楽曲も、ビートルズに於いては、共作クレジット「レノン=マッカートニー」となりますが、それにジョージが加わる前提は、デビュー当初の取り決めになかったものなので、作詞・作曲に携わる量の問題もありますが、基本的にはジョージ・ハリスンの名前はクレジットされませんでした。ビートルズの公式発表曲の中のオリジナル曲のうち、「レノン=マッカートニー」名義の作品以外ではジョージ・ハリスンの作品として20数曲がクレジットされています。「レノン=マッカートニー」の作品は全米、全英ともNo.1になった曲が最も多く、ギネスブック世界記録には最も成功したシンガー・ソングライターとして記載されています。【ジャズ】人気blogランキングへ
January 17, 2008
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「ボルゾイ」大石俊雄バンド。【ジャズ】人気blogランキングへ
January 16, 2008
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Lena & Gabor / Lena Horne & Gabor SzaboCDをネットで探していると、どんどん最初のアーティストから外れたところに行ってしまい、とんでもない掘り出し物に出くわすことがある。「スタッフ」つながりで検索していったら、知らない『リナ&ガボール / リナ・ホーン&ガボール・ザボ』が出てきた。もちろん、リナ・ホーンのヴォーカルとガボール・ザボのギターだが、ほかのメンバーがまたすごい。なんとベースがチャック・レイニー、オルガンがリチャード・ティー、ギターがエリック・ゲイル、ドラムスがグラディ・テイト、しかもライヴ。廃盤なので、定価の3倍くらいする中古CDを思わず買ってしまった。Lena & Gabor / Lena Horne & Gabor Szaboリナ&ガボール / リナ・ホーン&ガボール・ザボ1. ロッキー・ラクーン 2. サムシング 3. うわさの男 4. イン・マイ・ライフ 5. イエスタディ・ホエン・アイ・ワズ・ヤング 6. ウォッチ・ホワット・ハプンス 7. マイ・ムード・イズ・ユー 8. メッセージ・トゥ・マイケル 9. ナイトウインド 10. フール・オン・ザ・ヒル [このCDについての説明]リナのドライ&エレガント・ヴォイスをグルーミーなガボール・ザボのギターがソフトに包み込む。そしてビートルズ、バカラック、ルグランの名曲がグルーヴィーに生まれ変わる。国内初CD化。オリジナル・デザイン紙ジャケット仕様。リナ・ホーン(vo)ガボール・ザボ(g)リチャード・ティー(org)エリック・ゲイル(g)コーネル・デュプリー(g)チャック・レイニー(b)グラディ・テイト(ds)・・・他。録音:1969年『異色顔合わせによる"魅惑のモンド"盤』――スイングジャーナル2004年9月号より 【ジャズ】人気blogランキングへ
January 15, 2008
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男がありとあらゆる理屈を並べても、女の一滴の涙にはかなわない。ヴォルテール----------●ヴォルテール(Voltaire)【1694~1778】本名:Francois Marie Arouet フランソワ=マリ=アルエフランスの小説家、劇作家、思想家。信教と言論の自由を求める合理主義の啓蒙思想家として活躍。痛烈な風刺と簡潔な名文で、近代史家の先駆者ともなった。代表著作は小説「カンディード」、論文集「哲学辞典」のほか百科全書にも寄稿。----------ヒラリー、涙は女の最強の武器?
January 14, 2008
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「ベイサイド迎賓館・静岡」午前の部:ジャズ・トリオ(ピアノ、サックス、ウッド・ベース)ジャズ・バンドの依頼。このパーティーには、社長が来賓でみえられるので、みんな緊張。そそうがあると怒鳴られるらしいということを聞かされていたので、昨夜は眠れなかった。司会者さんも眠れなかったと言っていた。無事に済んだようだ。午後の部:ジャズ・ピアノ・ソロピアノ・ソロだがジャズの依頼。【ジャズ】人気blogランキングへ
January 13, 2008
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「ベイサイド迎賓館・静岡」午前の部:ピアノ・ソロ午後の部:ピアノ・ソロ【ジャズ】人気blogランキングへ
January 12, 2008
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「焼津(やいづ)グランドホテル」のラウンジでピアノ演奏の仕事。【ジャズ】人気blogランキングへ
January 11, 2008
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ジャズ・ライヴ・ハウス「ボルゾイ」ピアノ・トリオ + かおりんヴォーカル。ベースは杉さん。ドラムはリュウちゃん。【ジャズ】人気blogランキングへ
January 10, 2008
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昨日かおりんから、レンタルDVDを「返しておいて」と頼まれていたのを忘れてた。それもまた5本もあったので1日の延滞料が1400円だった。
January 9, 2008
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愛車のウインダムが帰ってきた。修理代:22,600円代車は、驚くほど燃費が良かった。70キロ走ったのに、ガソリン代は500円かからなかった。ウインダムだったら2000円はかかっていたはずだ。それでも、やっぱりこれが静かだし、安定感があって乗りやすい。帰ってきた記念に写真を撮ってみた。
January 8, 2008
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日本最大の豪華客船「飛鳥2」1月7日(月)、午前11時から午後17時まで清水港に入港。「初春クルーズ」というもので、1月5日に横浜港を出航し、6日大阪、7日清水に寄港し、8日に横浜に着く3泊4日のクルーズ。料金は、一人15万円から、ロイヤルスイートの60万円まで。日本最大、ワールドクラスのクルーズ豪華客船の飛鳥2。総トン数51000トンにして船客定員720名。ゆとりの船内空間。スタイリッシュと和のテイストがうまくミックスした飛鳥2は、日本が誇る世界標準の客船。初代飛鳥は評判が良く、もっと大きい船をという要望から、クリスタルハーモニーを買い上げ改装し「飛鳥2」として生まれ変わった。
January 7, 2008
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今年も、もう1週間経ってしまった。去年もそんなことを思っていたら、すぐ1年が終わってしまった。この早さで、今年もまた、時は過ぎ去っていくのか。なんだかな・・・。
January 7, 2008
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今日は日曜日だったのか。ずっと閉じこもっていたら、曜日がすっかりわからなくなってしまった。
January 6, 2008
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去年の暮れごろから、足廻りからヘンな音がする。車屋が正月休みから明けたので見てもらったら、右後ろのサスペンションのスプリングが折れていたらしい。即入院。代車は、トヨタの「デュエット」とかいうやつで、なかなかかわいい。こんな車があったなんて知らなかった。
January 5, 2008
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車の調子が悪い。明日、車屋に見てもらおう。
January 4, 2008
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今月のFM清水「マリンパル・ほっとライン」月曜日、アーティスト特集は、ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン特集。彼らの作品は、すばらしいジャズ・スタンダード・ナンバーです。原稿、音源作成のとりかかる。とりあえず、1回目分。●ザ・ビートルズ時代の作品から。1.キャント・バイ・ミー・ラヴ(Can't Buy Me Love)2.ア・ハード・デイズ・ナイト(A Hard Day's Night)【ジャズ】人気blogランキングへ
January 3, 2008
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どんなんになるんかな?ただ、自分を含め、みんなの健康を祈るのみ。
January 2, 2008
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●1月の「ジャズ・ライヴ」のスケジュール10日(木)・・・「ボルゾイ」静岡市葵区常磐町:ピアノ・トリオ + かおりんヴォーカル11日(金)・・・「焼津(やいづ)グランドホテル・ラウンジ」焼津市:ピアノ・ソロ13日(日)・・・「ベイサイド迎賓館・静岡」 午前の部:ジャズ・トリオ(ピアノ、サックス、ウッド・ベース) 午後の部:ジャズ・ピアノ・ソロ16日(水)・・・「ボルゾイ」静岡市葵区常磐町:大石俊雄バンド25日(金)・・・「シェルブール」島田市:大石俊雄バンド26日(土)・・・「ベイサイド迎賓館・静岡」午前の部・午後の部:ジャズ・ピアノ・ソロ----------●FM清水、1月のアーティスト特集は、ソングライターとしての「ジョン・レノン&ポール・マッカートニー&ジョージ・ハリスン」彼らの楽曲をカヴァーしている作品を紹介する。これがたくさんあるんだわ。3カ月間になる予定。【ジャズ】人気blogランキングへ
January 1, 2008
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