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ひょんなことから、面接をうけることとなってしまいました。29日の月曜日は、まちにまった古布のパッチワーク教室の日。この日は、教室のあと先生をバス停に送っていくことになるのでその時刻表をもらいに家の近くにあるスーパーマーケットに行ったんです。そのサービスカウンターにバスの時刻表がおいてあるのを見たことがあったからなんですよね。すると、スーパー入り口の掲示板には、サービスカウンター募集の求人が貼ってあったのです。詳細は書いてなかったのでサービスカウンターに訪ねてみると2階にある事務所に聞いてくださいということになり、その事務所に向かいました。すると、まさに今日には面接をして決めてしまおうかと言う話になっていて、私も夕方面接に行くことになりました。求人雑誌ははよく見たりするのですけど、パッチワークの教室に月3回通いながら、仕事をするという条件はなかなかないですから、今の単発の仕事をしながらでいいかな、と思っていたのです。でもよくよく考えてみるとこのスーパーは基本的には第1・3水曜日が定休日。この日に基本的にパッチワークの教室があるのです。そして月曜日の古布の教室の日は、遅番のシフトに入ればそれもまた問題ないのです。もしもフルタイムで週5日ならばちょっと負担かなと思うのですけど短時間のシフト制なのでいいかも・・・・とだんだんと思えてきました。となると、今年こそは仕事を少なくして自宅ショップにがんばるぞ~という夢は遠のいたようにも見えますよね。ところがなぜか、この面接への話は流れに乗ってこうなった、という感じなのです。おまけに昨日とうとう内定の電話があり、今日は適正検査を受けに行くことになっています。今年は商売がうまくいき、金運もよくなるとおみくじにも出ていましたが、そういう路線に導かれる流れなのだと感じています。ということでさっそくオークションにて古布を買っちゃいました♪写真は、天気がいいのでドライブに行って撮りました。
2007.01.31
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タキシードや燕尾服に使われる蝶ネクタイのことです。女の子向けのパターンが多い中、数少ない男の子向きのデザインです。たんすの奥に眠っている使わなくなったネクタイで作るとおもしろいでしょう。今回はシックな色でまとめてみました。大きな柄、小紋、チェック、水玉、ストライプなど変化をつけたスクラップ(端布)で作るのが課題でした。
2007.01.30
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本当は、離婚というテーマで一連のことを書きたいと思っているものがあるのですけど、それは当分おいておくことにします。なぜなら、世間はまだまだ離婚というものに対してマイナスイメージが強いようだからです。私は離婚そのものを奨励するつもりはありません。もしも、母が倒れていなければ、もしも、弟が引きこもっていなければ、もしも、父が私がすすめたとおりにこの家を売ってしまっていたら、私は離婚という選択をしていなかったかもしれないし、できなかったかもしれません。それに・・・そこから先を書くのは、とどめておかなければなりません。当事者にしかわからない深い傷。それは、自分自身で解きほぐしていかなければならないのでしょうね。けれども、たとえ配偶者が変わったとしてもレッスンは続きます。ここが一番大事なところだと私は思っています。離婚は、ただの形式の選択でしかありません。離婚ではなく結婚を選択し続けたとしても自分の持っている課題そのものを学び取っていかなければその人間関係は辛いものでしかありません。そして、離婚をしてその場から立ち去ったとしてもまた同じ課題にぶちあたるような人と出会うことになるでしょう。そこがとても不思議なところでもあり、おもしろいところでもあります。えっ、なんでこんなことを書くのかって?実は昨日も二人で文句の言いあいをひとしきりやりましたからね~。彼は、その後テレビのある部屋に閉じこもり(といっても子どもがいるんだけど)私は、二人の部屋でちくちくとパッチワークをして、心を静めておりました。なんで、けんかしたのって、聞かないでくださいな。私があんまりドジだからだっていう、その内容を詳しく書くのは、ちょっと・・・(汗)あ・・・もちろん、その後はいつものとおり仲良く二人でクリームシチューを作りました。
2007.01.29
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私と着物との出会いは、彼が解体現場から持って帰ってきたことから始まります。それまでは絣には興味があったのですけどそれ以外の着物についてはなにもわかっていませんでした。彼はそのとき持って帰ってきたものはゆかたが数枚に白絣が一枚、それとひとつだけ、色鮮やかな帯が入っていました。子供用の浴衣の帯です。着物を解いたものを2枚柄の違うものを縫い合わせたものでした。洗って解いてみると中からは、戦前の文字が入った手ぬぐいが出てきましたが、それはあまりにひどい色になっていたので処分してしまいました。着物の生地の方もすれて薄くなっているところも多く穴もあいていましたけど、その柄があまりにもよいので、彼は友禅染だろうと、それを額に入れて飾ることにしました。実は、その布こそが銘仙だったのだと数日前に図書館から借りてきた本を見て知りました。銘仙は、大正から昭和初期にかけて大流行した着物なのですけど、今はもう作られていないんだそうです。しけいとや玉糸と呼ばれる養蚕の不良糸を用いて織った織物で、昭和初期の頃の矢絣銘仙は学生服として着られていました。銘仙は古着市でも二流品以下として、あまり流通していなかったのだそうですけど今は、銘仙ブームで注目をあびているもののようです。今は織られていない着物の生地だと知るとますますその布がいとおしくなりました。
2007.01.28
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ガーデンメイズは公園にある迷路のことです。このパターンはラティスに使われることが多く、今回は道になる部分を濃い無地、バックになる部分は大柄の柄を使うと言う配色の課題がありました。以前、布を整理していたときにガーデンにぴったりな布だなと目に止まっていたので、布選びはスムーズに決まりました。いくつかたまっているパターンを仕上げるために今時間を見つけてコツコツ作成中です。けれども今日は、体調が悪いという父を見舞いに行きます。年末に風邪をひいて以来、すっきりとしない状態で、今日は、整体に連れて行こうって思っていたのですけれども整体に行くよりも寝ている方が楽、というんです。年々体が弱くなっていっています。私が帰ってきてからは、毎年手術をしていますしね。昨日は、妹に電話をして話をしました。妹は看護婦でもあるので、父に電話をして具体的に状態を聞いておく、といってくれました。離れていても心強い存在です。
2007.01.27
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前回の古布の教室から2ヶ月たっていたのですけど(先月は、ミシンの講習に代わりましたから)ようやく今年に入って、仕事休みの日に少しずつ作業にとりかかりました。何しろ、来週の月曜日に、教室がありますから・・・それと同時に、もう一点同じようなデザインのポーチを作ってみようと思っていましたから、少し布を変えたものも作ってみました。ようやく昨日、トップ部分の全部の縫い目に刺繍を入れることができました。刺繍はあまりしないものですから、どんなステッチを入れたらよいのか本を片手に手探り状態でした。手づくりの合間に今、少しずつですけれども読んでいる本があります。あまり本を読まなくなっている私としては珍しいことです。その本はかなり長い間、積んで置かれておりました。「もうその本の内容は体験しているし、その内容は、大体のところわかるから・・・」と自分の中で理由をつけていたんですね。でも、せんだって義姉さんから電話があっていろいろとお話をしたんです。お義兄さん夫婦には、私が離婚するときにいろいろと助けていただきました。「ほんとうに離婚したことがよかったのかしら、と昨夜、二人で話をしていたの」ということだったんです。実は、その本は離婚について書かれた本でした。離婚という体験から人は多くを学び、新たな自分を見出していくことが大切だ、という・・・私の中で大部分は整理できていると思っていたのですけどあくまでもそれは私の視点の中でだけであってまだまだ残っている課題も実のところはあったりするものです。その部分は間違いなく、今の彼との関係にもあらわれてきます。電話があったことがひきがねとなり、私はその本を手にとる気持ちがふと生じました。そこから、また新しい旅が始まりそうです。
2007.01.26
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~魂のレベル~不思議なんですけれどもひとつのことを書き出すと次から次へとテーマが向こうからやってきます。それは、可愛いエミリー(L.M.モンゴメリの小説)がいう、光のカーテンの向こうにあるインスピレーションが突如としてやってくる、という感じです。そしてそれに色づけしてくれるのが、ブログに書き記したことに対するコメントだったりします。私は教育を魂のレベルで考えることを心がけています。そして、かつて読んだ本で得た知識を自分の経験の中で照らしあわして、あらたにな視点を見出していくようにしています。人は、何も考えなければ自分の過去の経験と自分の感情に基づいた行動を起してしまいがちです。無意識、というものにはそのような背景があります。親が敷くレールとはそのようなところから出てきたものが多いですね。自分が大学にいけなかったから、子どもには大学に行かせたい、とか代々医者の家系だから子どもたちも当然その道をいって然るべきだ、と。親がレールを敷くことが悪いとかそのレールに乗ることが悪いという問題なのではありません。魂のレベルで見通せば、あえてその子どもはその親を選んできたのです。偶然とは必然、という言葉が言い表しているようにその子どもが置かれた環境とは、ある意味その子に与えられたものであるんですね。もちろん、問題を起さないですめばそれにこしたことはありません。実は、起きてしまった問題を後悔するよりももっと大事なことがあります。その経験はその子の選択により、起きるべくして起きたことなんです。失敗した、というのは世間が規定することであってその失敗から、大切なことが学ぶことができるということなんですよね。ある事件を子どもが起したときに「私はこんな子どもに育てたはずではなかった」というのかそれとも「私は子どもと共に罪を一生背負って生きていきます」と言うのか。どちらも事件後に親が、マスコミで語った言葉です。(記憶の中の言葉なので正確ではないかもしれませんが)それらの言葉の背景には、大きな違いがありますよね。
2007.01.25
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~レール~私が子育てについて完璧な親を目指しているわけではないんです。むしろ自然体といったらよいでしょうか・・・20代の頃より、自分を育てた親の子育てについて考えておりました。今は自分の子育てに自らの体験を照らし合わせながら、悪戦苦闘しているのが本当のところです。先だって兄が妹を殺してしまったという女子短大生遺体切断事件の犯罪心理学を読みました。二人の子どもを失ってしまった、もっと子どもたちの気持ちを聞いてやればよかったと、言ったという親の言葉が、以前より私の目に止まっておりました。もちろん、子の幸せを願わない親はありません。ただ、親自身が子どもにレールを敷いてしまったことが災いをもたらしたのだな、とふと思いました。親はそんなつもりはないというのかも知れません。むしろ“そんなつもりはなかった”という子育てほど怖いものはありません。なぜなら無意識のうちに、結果を生む原因を作り出していたということになるからです。子どものためを思って敷いたレールが子どもにとって負担となっていることが見抜けてなかったということなんですよね。「いや、私は方向転換をするように進めた」というかもしれません。でも、子どもがその時点では自分の道を決められなくなっていたのです。親の敷かれたレールを走ることしかできなくなっていたのです。なぜここまで見抜くことができるのかというと私の弟もまた親によって敷かれたレールを何も考えずに生きていたからです。自らが脱線するまでは・・・・
2007.01.24
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~おおらかな目で見る~のびのびと育てる・・・が、だんだんと甘やかしになってしまって、今度は、ちゃんと躾けていますか?なんていう本が出たりしました。こうあるべきと大人たちは、子どもたちに望むのですけど子どもたちは子どもたちのペースで成長しています。その子どもたちに寄り添いながら、大事なことを伝えていく・・・実はこのことがとても大事なポイントのように思います。たとえば、日曜日に長女が友だちに家に行って帰ってくるのが6時をまわっていました。次女は5時をまわれば、家に帰らないといけないと思っていてその通りに行動するのですけど長女の場合は、部活で遅くなれば7時前にもなりますし、中学生ともなれば6時半ごろまで平気で友だちの家で遊んでいるみたいなのですよね。彼はいたく遅く帰ってきたことがご不満で、私に厳しく叱るように言いました。でも私は彼の思うとおりには動きませんでした。やんわりと遅く帰ってきたことをたしなめ、次女が一人でお留守番をしているときには、早く帰ってくるように、と言っただけです。それでもね、その後で気づいたのですけど最近同じ友だちに呼び出されて遊んでいたのですけど本人も負担になってきていたみたい・・・うちの長女は、水の星座だけあって相手にいいようにされてしまうんですね。(私も同じタイプなんですけどね)そのため小学校に入った当初もやんちゃな子に振り回されていたのを覚えています。ところが昨日は久しぶりに小学校時代からの友達の家で遊んできたというのです。やっと、自分にとって一番居心地のいい友だちのところに行くために断る勇気が身についたみたいですね。私がさりげなく、何度かそんなふうに相手のいいように振り回されていた小学生時代の話を持ち出して、結局は自分と合う友達がいいんだ、という話をしたのが効果あったのかな?では、今度は、周りは遅くまで遊びたがっても自分だけは、帰宅時間だからと抜けて帰ってくる勇気も持ってほしいな。と今度さりげなく伝えておこう。写真は、日曜の朝の光。こもれびが素敵だったのでカメラに収めてみました。
2007.01.23
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彼が、武家屋敷を見に行こうというので天気が良いこともあって金沢探索に出かけました。実は、私の父は子ども時代を長町に住んでいました。父はその後サラリーマンとなり、大阪で結婚して岡山へと移り住みました。そして、私は折に触れて長町の長屋に住む祖父の家へ帰省することとなりました。おじいちゃんは、大工で気難しい人だったようです。でも私とは相性がよかったらしく、私を連れてよくあちらこちらに散歩に連れて行ってくれたのを子どもながらに覚えています。尾山神社もその散歩道のひとつだったんですね。そしておじいちゃんとはよく手紙のやり取りをしていました。私は絵を書くのが好きだったので、母がいけた生け花をクレヨンで描いて、それを手紙に同封して送りました。ちょうど、今の次女が私の母に絵を描いて持っていっているのと同じですね。あるとき、私は子どもながらにいいと思った詩を書き送ったことがあるんです。それは、少女漫画に記された詩だと思うんですけど“生きています”という言葉がたくさんちりばめられた詩でした。それに対して、その頃仏教に帰依していた祖父は、このような言葉を書いてきました。“生かされてます”・・・と。小学生だった私には、よく理解できませんでしたけどその心にはその言葉は深く刻まれました。今はその言葉の意味が、理解できます。今の自分は、生かされているんだと。それは、たぶん半身不随のまま、12年目を迎える母にとっても同じことが言えるのだと思います。人は、生かされて生きているのだ、と。武家屋敷はおじいちゃんの家のすぐそばで、よく歩いたところでした。おじいちゃんの手紙で観光客の人がよく道を訪ねてきたというわけがよくわかりました。今は観光地として道も綺麗に整備されていましたけどかつてはただの路地でしたから。
2007.01.22
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・・・やってみれば、失敗しても何か少しは得るところがあるが、やってみてもしないのは、やればあったかもしれない計りしれない可能性を失うだけだ。 ~チェスター・バーナード~高校の頃、この言葉に出会いました。その頃はまだ自分に自信がなくて、挑戦するということもなかなかできなかったように思います。頭で考えて、足踏みをしてしまうことが多かったのでしょうね。夢の宝地図というものを作っていますけど、本当に大事なのは、その掲げた目標というものに対してどのように行動していくか、だというように思います。人は、誰しも可能性を秘めています。その可能性にふたをしてしまうのは、自分自身であったり周りの人だったりするのです。今日の画像は、ネットで出会った友達が、私のドールの写真を素敵な画像に加工してくれたものです。私の夢の背後にはいろんな方の手助けがあります。
2007.01.21
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月野うさぎさんから珈琲が届きました。(別のSNSで知り合った方なんですけどね)最初に飲んだのがラウルという銘柄でした。もともとコーヒーが好きだと言え、コーヒーには詳しくないのでうまくはいえないのですけど、飲んだときの味が、懐かしかったんです。あれ、どこかで飲んだコーヒーだな・・・喫茶店にはあちらこちらいけど行きつけの喫茶店があるほどではありませんでした。結婚した頃からようやく一人で喫茶店に行くということができるようになったんですけどその頃はドトールが精一杯。堂島の地下街近くにあるそのドトールのお店が1階にあるビルの中が仕事先でしたから、仕事前に早くつけばまずは1杯、仕事が終わると仕事仲間とまた1杯飲んで帰るっていうのがお決まりのコースでした。そのうち、鳥取に移り住むこととなり今度は鳥取の商店街の中のお店に勤めることに・・・・実はその仕事先のすぐ近くに鳥取では老舗の丸福珈琲店という名の喫茶店があったんです。その丸福コーヒーの味だったのだと昨日の夜そのコーヒーを飲んだときに思い出しました。丸福のコーヒーといえば、鳥取ではおいしいコーヒーと有名なお店で、仕事先の社長ご夫妻もお気に入りで、来客のあるときだけではなく、従業員にもふるまえうべくそのコーヒーをよく配達してもらっておりました。ですから、味覚にはっきりと記憶されていたんですよね。その丸福の喫茶店の数軒隣には、私ごのみのアンティークなつくりの喫茶店があり、そのお店にもよく昼休みにコーヒーを一人で飲みに入っていましたけど、そのお店のコーヒーの味は覚えていないんです。ちなみに石川に移り住んでからは、仕事先が郊外の喫茶店もないようなところばかり。今は自前でたてたコーヒーを持参しています。そのために象印の水筒を買いました。安物の水筒だとさめてしまうのですよね。そして、行きつけのスーパーでもらってくる麦飯石のお水で入れたコーヒーをもっていきます。私の仕事先は、派遣される人が日々入れ替わるのですけどお昼を一緒に食べた人に「コーヒーを飲まない?」とすすめています。これは今の会社に入った当初からのなわらしで最初私のことを「コーヒーをくれた人」と覚えてくれていた人もいるんです。このコーヒー一杯でよい時間が過ごせています♪写真は50年趣を変えていないという丸福珈琲店の写真です。(丸福珈琲のホームページからいただきました)
2007.01.20
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実は我が家は二人とも大のコーヒー好きなんです。我が家の朝は、4時起きなんですけどまずはコーヒーを入れることから始まります。休みの日には、まだ寝ている子どもたちをそのままに二人だけで夜明けのコーヒーを飲みに行くこともあるくらいです。こちらに24時間営業をしているお店は、珈琲館くらいなので味はおちますけど徳光のインターの自動販売機でそのときだけはブルーマウンテンの珈琲を入れて朝日を見ながら、珈琲タイム、という贅沢な時間を過ごすことも・・・・まだ子どもたちが小さくて子育てに追われていたときには、今のようにネットもしていなかったし、手づくりに時間を取ることもできませんでした。その頃の一番大切な時間と言えば、子どもたちが寝ている時間に、たてたコーヒー片手に大好きな赤毛のアンのシリーズの本を読むこと・・・いつもは時間に追われていても、その時間だけはリラックスして過ごすことができましたね。今は大好きな曲を聴きながら、コーヒーを片手に針を動かして好きな手づくりにいそしんでいる時が一番の至福の時です。
2007.01.19
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夢を実現するコツというのをテーマにいくつかの文章を書いたことがあり、そのあたりと重なってくるのですけど、自分の中でプラス思考を展開する・・・これが大きなコツですよね。いいことさがし・・・は私が子どもの頃『赤毛のアン』の本に出会った頃より始まっています。続いて『少女パレアナ』(アニメではポリアンナ)の喜びの遊びというかたちでよかったを探すことを日常の中で自然とはじめました。最初から今ほどに、プラス思考であったわけではありません。なにしろ私の母親がなんでもできるタイプであったために子ども達には「どうしてこんなことができないんだ」とコンプレックスを植え続けて育てていましたからね、自分の中に自信というものが生まれてくるまでにはずいぶんと時間がかかりました。そのうちに私はこう思うようになりました。私は不器用だから、最初からすんなりとできるわけではない・・・でも努力すれば、なんでもできるようになるものなのだ。これは泳げなかった私が、水泳教室に通って泳げるようになった、とか、ピアノをうまく弾くことができなかったのが基礎からやり直しをさせられてなんとか思うように音を出すことができるようになったといった、過去の経験から学んでいったものです。自分を知るって大切なことですよね。仕事の場合でいうと、最初からすごいスピードで仕事をこなせる人もいます。でも私はマイペースに効率よく仕事をしていくにはどうすればよいのかと、考えながら仕事をすることでそのものすごいスピードにはかなわないけれどもそこそこやれるようにもっていきます。そして、赤毛のアンに学んだ“明日はまだ失敗のない日”をめざして同じ失敗をくりかえすことのないように自分に覚えさせるようにしているのでどういうときに失敗をしたり間違えやすいのかが徐々にわかってくるようになってきました。そういった自分のなかの体験をひとつひとつ消化していくなかで、夢を実現する力というものを身につけていくのがとても大事なことのように思います。
2007.01.18
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「どうしてわざわざお祈りをするの?神が返事をするわけがないのに」 黙想していた父は顔をあげ、あたたかい笑みを浮かべた。「私の娘は懐疑論者なんだな。では、神が人間に話をするはずがないと思っているのかい。おまえにわかる言葉で説明してみよう」棚から人間の脳を取り出して、ヴィットリアの前においた。「おまえも知っているとおり、人間は通常、脳の持つ力のほんの数パーセントしか使わないものだ。ところが、大きな衝撃、極度の喜びや恐れ、深い冥想などで、精神が張り詰めた状況に置かれると、突如としてニューロンが異常に興奮し、格段に頭がさえた状態になる」「それで?」ヴィットリアは言った。「頭が冴えただけでは、神と話せることにならないわ」「たしかに!」父は大声で言った。「しかし、そういう状態にあるときには、一見不可能に思える問題に対して、鮮やかな解決策が浮かぶことがある。ヨーガのグルが高次の意識と呼ぶものだ。生物学者はこれを変性意識状態と呼ぶ。心理学者は超感覚と呼ぶ」そこでひと息つく。「キリスト教徒はこれを称して、祈りが聞き入れられたという」そして、満面の笑みをたたえてつづけた。「神の啓示といっても、すでに心でわかっている事柄を、脳を通じて認知させるだけの場合もある」『天使と悪魔』(下) ダン・ブラウン 越前敏弥訳(角川文庫)この本を読み終えたのは数日前のことです。天使と悪魔の中で、目に留まったのはこの部分でした。この文章と出会うためにこの本を読んでいたのかなと思ったほどでした。なぜなら、これほどわかりやすく高次の意識や変性意識、そして超感覚というものを言葉で表現したものに出会ったことがなかったからです。それともうひとつ、この本の題名のごとくの展開が、あちらこちらにちりばめられています。一人の人間の中に悪魔と天使が臨在しているいう思いがけない、クライマックス・・・・それが示唆しているものはただ一つ。その人の“頭”で、正しいと感じられた“真実”は、心の目を通して濾過されるべきだということではないでしょうか。「ええっ、うっそ~」とかわいい言葉を述べながら、冷酷にのこぎりを扱う、ことができたのはすでに感情が麻痺してしまっている、からなんでしょうね。そのような事件が、連鎖的に起こっている今だからこそ、天使と悪魔のことを心の目で捉えていく必要があるようにも思います。
2007.01.17
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雪こそ降りませんがとても寒い日々が続いています。昨日の朝は、車の窓が凍り付いていて、その凍りついた窓を溶かすのに彼が水をまいて出て行ったのです。すると、7時頃には家の前は一面凍っていました。小学校が目の前なので、子どもたちは大喜び。「ここが一番凍っている」ときゃーきゃーと言い滑りながら、通っていきました。朝起きるなり、次女が玄関先を見に行ったのはいうまでもありません。けれども長女の方は、昨日より体調を崩していて昨日はお休み。朝一番に病院に予約を取りに行ったので2番目に見てもらうことができました。中学生の長女もその氷の上で足を滑らせて遊んでいましたね~。本当はまだたいした風邪ではないんですよ。ただ、土曜日のアンサンブルコンテストで、市の予選を通過したんです。日曜日も体調が悪くて一日うだうだしていましたが、部活休みの日くらいしかゆっくりと休養を取ることもできないので(明日から少々の熱でも学校へ行くでしょうから・・)今日はお休みにしました。前年度までは金賞をとるだけで次の大会の予選を通るところまでは行きませんでしたけど今回はうちの中学のうち3チームが代表となり、その3チームとも予選を通ってしまいました。勉強なんてそっちのけで部活三昧になってしまっていますね。今度の大会も、復習テストの前日にあるのだとか。私の方も、本当は昨日のパッチワーク教室の予定が日が変更となりました。で、仕事に出ようかと思って電話したら、すでに仕事のわくはうまっていて、お休みになっておりました。ということで長女とのんびりと二人で過ごしました。
2007.01.16
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“あんの部屋”をデビューさせたのは、今から5年前のことになります。その前の年に、商工会議所でアルバイトをすることがあり、その時にホームページビルダーを使ってホームページの作成をすることを覚えました。街づくりの担当のところに入りましたから、チャレンジショップの運営にも携わり、その時のお店のホームページを作ることもしました。その後、そこが担当として始まった第1回のSOHO講座にも参加しました。継続することは力だなと思います。その頃、その同じ講座に参加し、子育て支援のサロンを共に立ち上げた友だちは、今、教育委員会の方にも参加しているといいます。私が多くを学ばせていただいた、“教えない教育”のらくだ教材は、塾のみならず学校の方にもカリキュラム化されて導入されてはじめているのだとか。昨日、隣のパソコンで彼が占いをやっておりました。私の生年月日を入れてみてもらったところ、今年は、マイペースでやっていくことで運が開けていくとのこと・・・・運勢はとてもよかったです。金運もいいみたいですしね~。ちなみに初詣のおみくじでも福みくじは、まねきねこのお守りが入っていました(^^)年末より、手づくり一色にそまっていましたが、そろそろあんのおしゃべりの復活です。手づくりをしている間は考え事をしないでたんたんと針を動かしているのですけどその脳波の状態は、瞑想の状態に似ているのではないかと思います。(ですからリラックスできるんですよね)ものづくりをすること、書くことは、私にとってはどちらもかけがいのないもののようです。写真のドールは、今も、あんの部屋のトップページに飾られているドールです。
2007.01.15
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今年に入ってからは、手づくり一色に染まっています。冬場は、派遣の仕事がぐーんと減るので、お休みが多いこのときに、やりたいことを一つずつ片付けていってます。夢を叶える宝地図にも、キットを作る、ということは掲げておりました。ひとつの作品を作りあげるのには時間がかかりますので、なかなか作ることができません。とはいえ、手づくりのキットも、フレームの数しか用意できません。実は100円ショップの商品なのですけどこのあたりには数多く100円ショップがあれどこの商品は1店舗しか扱っていないものなんです。入荷すると買いあさっているのですけど今度まとめて注文しておこうかなあ・・・ここで白塗りのフレームを見つけて白のシリーズを作ろうと思い立ったんです。このフレームのおかげでお手ごろ価格となっています。今回は完成品1点とキット4点を用意しました。それから、あとひとつやりたいと思い続けていることがありました。それはCOUNTRY夢見のサイトの更新です。ネットショップの方は、折を見て更新していましたが、手づくりのアルバムの方もここ数日のうちにここ数年の作品を整理してアップしました。これで5年分の作品をアルバムに入れることができました。今後はもっと増えていくので、できるときにしておかなくちゃね(^^)あとはエッセイもブログに書いたものをテーマごとに整理してアップしたいと思います。そんなふうにして、あんの部屋に始まったサイトは、この1月で6年目に入ります。5年間分の作品をおしゃべり満載のCOUNTRY夢見のサイトをこれからもどうぞよろしくお願いします。
2007.01.14
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画像処理の仕方はあまり詳しくないのですけど、なんとかしっぽの工程の画像を貼り合わせてアップしてみました。ベルベットステッチを用いました。キャンドルウイック用の糸やサマーヤーンを使ったりするそうですが、今回は刺し子用の糸を用いました。まず、糸端を少し残して1針救い、残した糸端にからめるように次の針を刺し、布をすくいます。1センチほどのループを作っていきます。このときも最初と同様に刺す前の糸にからめて(糸の間をとおして)図案にそって円周にループを作ります。円周上に作ったあとはうずまき状に円の中を埋めていきます。刺し終わりの糸は表に出し、ループを輪を切ります。歯ブラシでこすってよりをほぐすとボリュームが出て、倍近い大きさになります。ここでは小さなしっぽなので、よりはほぐさずともすぐに高さを切りそろえてカーブを出せば完成です。(しっぽの一部は額に隠れてしまうので神経質になる必要はありません)このあとは、同じ刺し子用の糸で、麻布を張った空の部分は雪をイメージした、フレンチ・ノット・ステッチをほどこし、降り積もった雪をイメージした地面の部分に、レゼーデージー・ステッチをレース布の模様の間に入れて完成です。このあたりの刺繍のやり方は、本やネットにもよく出ていますので省略します。次回は、この作品に使った材料をキットとして紹介します。なお、今回の完成作品は、手づくりのアルバムのマイアルバムのトップにもアップしておきました。こちらでは縮小していない元画像の大きさの画像を見ることができます。
2007.01.13
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昨日の背景のうえに雪うさぎをアップリケします。アップリケのコツは、丸くなった縫い代のちょうど半分くらいのところをあらかじめ縫って型紙を入れて絞って形を整えます。それにアイロンをあてて、折り目をしっかりとつけたあとアップリケします。とがった部分やカーブをうまく出したいときには、針で押し込んで形を整えながら縫います。ここまでで完成にしてもよいのすけどぼんぼんのようなしっぽをつけたいなと思ったところ刺繍のように糸を縫い付けてぼんぼんのような状態を作るやり方の載った本を偶然書店で見つけました。そういうタイミングがいいですね。そのしっぽの工程は次回にしますね♪
2007.01.12
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この画像は、雪うさぎの背景を作っているところです。三層になった布をキルト綿に縫い付けた後、紅茶染めをしたトーションのレースをつけています。空の部分には、雪をイメージして麻布をほぐして縫い付けます。この麻布は手織物のお店で手に入れた貴重なものです。雪の降り積もった地面は、レース布を張ります。このうえに刺繍をほどこして、雪をイメージしていきます。昨日の午前中はパッチワークの教室で午後からこの雪うさぎのパッチワークを手がけました。フリーマーケットで、キットが欲しいと言う方がおられるのでその工程をデジカメで撮りながら、完成品およびキットの作成にかかりました。デジカメで画像を取り込むとかなりわかりやすい説明書ができあがりますよね。便利なものがあるのですから活用せねば。でも明日からは仕事に出るので続きは週末になりそうです。
2007.01.11
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2007年度版にCOUNTRY夢見のサイトを更新しました。今回、新たに和布の部屋を設けました。こちらはまだ作品が2点しかありませんが、古布のパッチワークの教室にも通っていますから、今後は増やしていくことにします。彼も着物の興味が増したので、今まであまり見向きもしないたという絣も持って帰ってくれるといいます。先だっての手芸店で絣の生地を見てこんな生地なら、たくさん捨てたぞ~、と言います(涙)なにせ、古い家を解体するのがお仕事ですから・・・・今まで骨董品のお店やフリマでコツコツと古布を買い集めていたんです。ありあまるほどの古布が集まってきたら楽しいだろうなあ♪今日の写真は、お嫁入りした仲良しドールです。
2007.01.10
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彼にせがまれて作ったのがこの信玄袋です。この写真の背景の生地で、中袋を作りました。今回はすべて和の布で作りました。表布は、彼のお気に入りの雷神を用いてパッチワークのようにはぎあわせて接着芯を貼りました。ですからバックのようにしっかりとしています。絣のパッチワークやあざやかな柄のちりめんを使った女物の信玄袋にも挑戦してみたいです。そうですねえ・・・私が着物を着るような頃をめざします。ということでいつ、とは言えません(笑)
2007.01.09
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次の作品の依頼が待っていますので、なんとか昨日のうちにうさぎのドールをこんな感じに完成させました。昨日の午前中は、彼と二人で信玄袋の材料を買いに行きました。武田信玄が陣中で用いたのが由来で、この名がついているのですけど巾着と違うのは紐を通す金具にコキというものを用いるところでしょうか。今は金具といってもプラスティックでできています。実はこれを探すのが目的でこのあたりでは、一番大きな手芸店に足を運びました。ところが、12個欲しいコキが6個ありません。このコキ自体をおいてあるお店がそうないので在庫を調べてもらったらもう一つの店舗にあることがわかり、そちらにも足を運びました。そのコキは、釘を用いて布にとめるんです。その部分は彼の得意分野なので休みが最後となる今日、これからつくりにかかります。
2007.01.08
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今回は、色合わせにまず苦心しました。最初に作ったドールとは違った雰囲気のものに仕上げたいものの、一緒に並べてあうイメージのものにしたかったからです。ドールは、作り始めて6年目になります。そうはいってもレパートリーはまだ増えていないんですね。悩みの種はなかなか手づくりの時間が持てないこと。今年に入ってはや1週間が過ぎますけど、毎日が休み出あってもあちらこちらに出かけると一日なんてあっという間。うまく時間を活用しないと手作りをする時間がもてそうにないですね。ということで、今回は、パッチワークを取り入れてドールの服を作ってみました。この工程までは、手縫いでしましたけどこのあとミシンを出して、一気に縫い始めました。「やっとミシンの登場か」と彼は興味津々。おまけに最初に作ったのは、雑巾かとさんざん、ばかにするんです(涙)だって休み明けには雑巾と台ふきを小学校に持って行かないといけないんだもの。使い慣れないミシンの練習にちょうどいいじゃん。もちろん、ミシンは絶好調でした♪
2007.01.07
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昨日見た映画は、劇場版 どうぶつの森。ゲームの世界が、お話になった映画でした。どうぶつたちの住む村に引っ越してきた少女、あいが主人公なのですけど、彼女が親しくなるお友だちがサリーという名前で、デザイナーをめざしているんです。サリーと親しくなるシーンはこんな感じ。サリーは、あいにこんなお話をします。チェリーパイがあったらどうする?あいは、ひとつ、ふたつと食べて太るからとっておこうかなと思うんだけど食べちゃうだろうな、というような答えを返します。するとサリーはこういうんです。冷蔵庫にとっておいても賞味期限が切れて食べらなくなっちゃうのよね、だから才能は生かさなきゃね、と。それから、二人の合言葉はチェーリーパイになります。サリーが夢を実現するために村を離れることになります。そのサリーのようにあいも、夢を求めるようになります・・・こんな風にお話は展開していくんですね。夢をテーマにしている私には、いいお話だったかも。ということで、私も手づくりにがんばります(^^)夢キルトは、型紙となる夢の文字をコンビニにて拡大コピーしたところまででまだ止まっております(汗)その前に、どうしてもこの正月の間にしあげないといけないものがあるんです。去年、写真のドールを買ってくださった方からこの子のお友だちが欲しいと注文を受けておりました。彼からは、着物にあう信玄袋をリクエストされました。その信玄袋に使える型紙が欲しいので今日は図書館にでかけてきます。ということで、手づくりにエンジンをかけなきゃ♪
2007.01.06
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今回は、下駄と角帯、それに羽織紐を購入しました。下駄はこの写真には写っていませんが、鎌倉彫で、龍の絵が彫られています。それはたまたまオンラインショップで下駄を扱っているお店を探したところ、小松にあったので訪ねて行き、買いました。すると今度は、金沢の呉服店で、龍の柄の角帯が目に止まりました。色も合いそうだし、やはりこれでしょ、ということで購入決定です。こういうときに、和布の色合わせを勉強していたのが役にたちました。何箇所か着付けの教室をしているところを見つけたので私も近いうちに着付けを習いに行ってみようと思います。来年の正月は家族みんなで着物を着よう、と彼は言いました。そういうのも、いいかもね~。ということで、今日は長女はお弁当を持って部活に出かけました。彼は、着物姿で会社の新年会。残る私と次女は、映画を見に出かけます。最近は、娘二人の趣味が違ってきているので、こういう機会をつかまえないと行けないんですよね。それではいってきます。
2007.01.05
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昨日は、金沢方面に遊びに行きました。車は止めるところにこまるだろうとJRで行きましたけど、電車そのものも混んでいました。子どもの頃は、電車に1時間ほど乗って金沢に行っていたのですけど今は、金沢駅は3駅目です。金沢駅に金沢フォーラスができたのですけどそこも人が多そうなので行かずじまい。駅から、武蔵が辻、香林坊を通って片町まで歩きました。目的は、呉服店のめぐりです。彼が会社の新年会に着物を着ていくというのでその着物に必要な小物を揃えたかったからです。着物は私も興味を持ち始めたところですからね、一緒に見て回りましたが、最近の呉服店には婦人ものしかおいていない様子。結局近江町市場の入り口に隣接しているビルの中にあるお店でお目当てのものをゲットしました。その道中に尾山神社がありました。この神社は、私の祖父の家から歩いて数分のところでしたから、子どもの頃からよく訪れていたところでした。これだけ金沢の街が近いのですから、もっとあちらこちら散策しないといけませんね。和の情緒あふれる街ですものね。
2007.01.04
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作りたいものは沢山あるのですけど、最初に誕生日を迎えた母へ贈る作品を作りました。今回はちりめんを使いましたけどひとつテーマにしているものがありました。それは、2階にある和ダンスの中に母が私と妹のために作ってくれた着物が入っているのですけどその着物の残り布を使って作る、というものでした。13色のうち10色は、そのはぎれを使いました。私も妹も着物には興味がなくて和ダンスにしまわれたままになっていました。丹後ちりめんもありましたね。先だって近所のスーパーにてワンコインで教えてもらえる着付け教室の張り紙を見ていました。同じニュータウンの自宅にて行われるようです。今年は着る着物のほうにも挑戦してみようかなと思っています。さて、これから娘たち二人を連れて新年の挨拶に出かけてきます。
2007.01.03
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昨日は、朝からとてもよく晴れていました。九州仕込みのお雑煮を食べた後は、みなで買い物に繰り出しました。いえね、お目当ては、腰が痛くならない椅子でした。晦日の日に陳列してある椅子に彼が興味を示し、その価格を店員さんに聞いたので、朝一番に買いに行くことを決めておりました。福袋価格なので、お安く手に入れられました。本当は私の椅子にも欲しいくらいでしたね~。天気がよいので、白山の写真を撮りたいと、そのあと白山方面に向かって車を走らせましたけど白山白比め神社近くになると車が渋滞始めたのでUターンすることにしました。初詣客は午後になっても増える一方でした。我が家は、例年通り家の近くの神社に初詣に行くことしにしました。今日の画像は、次女が鏡もちをモデルにして書きました。
2007.01.02
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あけましておめでとうございます。とうとう新しい年が始まりましたね。今年はどんな年になることでしょう。夢をいっぱい抱えていますから、ひとつひとつ実現させていきたいと思っています。昨年もネットを通して様々な出会いを得ることができてとても充実した時間を持つことができました。どうもありがとうございます。今年は手づくりに時間を費やしたいのでパソコンに向かう時間も少なくなるかもしれませんが、みなさんとの交流を楽しみにしていますのでまた今年一年も宜しくお願いします。時間を見つけてご挨拶にもうかがいますね♪
2007.01.01
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