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春休みに入ってわずか3日目から次女の「暇暇病」が始まりました。土日は、休日だから本当の春休みは、3日目から、というのにです。お姉ちゃんは相変らず、部活ですし、私も3月以降仕事が入り初めて春休みも4日で終り・・・「何か趣味でも見つけたら?」というと次女がネットで探して興味を持ったのがこの色鉛筆画です。別に本を買う必要はないんじゃないか、と母は言ったのですけどどうしても本が欲しいというので、私のお休み最後の日に書店で、色鉛筆画の書き方が載った本を買いました。その第1作目がこちらです。この本がとても嬉しかったらしく、それからは家のことを手伝ってくれています。当分仕事が忙しいので、これで暇暇病が治ればいいかも~♪
2007.03.31
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私のお誕生日にバースディキルトをプレゼントしていただいたみかんさんのお誕生日が4月4日なので今度はみかんさんのお誕生日のバースディキルトを作りました。パターン名は、North Carolinaです。リバティがお好きなようなのでリバティではないと思うのですけど手元にあった花柄で作ってみました。こういう楽しい企画に参加するのは初めてですけどいろんな方と作品を交換するというのもいいですねえ♪今は仕事があると30分針を持つのが精一杯という感じなのでこまぎれに作業をすすめています。作りかけているものもたくさんあるので時間が欲しいです。
2007.03.30
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門前町の興禅寺は、全壊してしまいました。そのときお坊さんたちは、托鉢に出ていて難をのがれたのですけれどもお祭りの準備をしていた婦人会の人たちが、ガスの火を消すのが精一杯で、調理代の下にもぐりこんだのだとか。その直後、寺が倒壊し、がれきとドアのわずかなすき間から脱出して、みな無事でした。その翌日、寺の入り口には花が置かれてあったんだそうです。その花をおいていった方も家は、被害を受けているだろうに、と住職さんが語られました。墓も壊れ、遺骨が見えるような状態をみて、ある方は、夫の遺骨を雨にぬらしてはいけない、と我が家に青いシートを取りに帰ったのだとか。総持寺の通りにあるおそばやさんは、自宅の片付けも店の営業も投げ出して周りの方々安否や自治会の業務に奔走しました。自分の家のことを考えなくてもいいからだ、とその方は言っていました。そのおそばやさんは、阪神大震災の地の子どもたちをまねいたこともあったということでその時の子どもたちが覚えていて、手助けをしたいと申し出てきたといいます。そのおそばやさんも阪神大震災のときにはワゴン車でおそばを持ってその地にかけつけてふるまったりもしていたんです。昨日からボランティアの受け入れが始まりました。鳥取県西部地震を体験された方が、その恩返しだと車でかけつけてこられました。8時間ほどはかかるでしょうね。(私も鳥取から移動してきたので)ボランティアの方々は、到着するや否や休み間もなく後片付けをはじめられています。また、ラーメン屋を営む方、整体師さんなど被災した人々の力になれば、とあちらこちらから、かけつけています。彼の会社は、解体業をいとなんでいるのですけど解体業関係は、このときばかりは・・・と、大活躍です。トラックを提供する会社があり、重機とその運転者を提供する会社もあり、重機の方は一週間交代で泊り込みでのボランティア活動になるのだとか。起きてしまった現実は変えられませんけど、そうした人々の暖かい心は被災した人々に力と勇気を与えてくれているだろうなと思いました。そのようなお話は、まだまだたくさんあるのでしょうけど私が目にしたこと、それに耳にしたことを書き綴ってみました。
2007.03.29
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昨日は父の白内障の状態を見るための通院でした。私がこちらにきてから2度手術をしたりしたものですけど今はその症状も落ち着いていて、悪くもなっていないとのこと。かつては、1週間ごとに通院した時期もありましたが今度も2ヶ月後でよいそうなんです。父の通院が症状が落ち着いたと思ったら浮上してきたのが長女です。今日は、初めて膠原病内科というのにかかります。こちらはいつも通り過ぎているだけで中には入ったことのない病院なので、早めに行かなくちゃ・・・長女は部活の方が大会目前で一日お休みをもらうということができないんです。病院が終り次第、学校に直行です。私のお休みも今日までですけど今日も慌しく過ごすことになりそうです。彼のほうは、今日は和倉温泉までいく予定だとか・・・今回の地震による建物の修理にかかるんです。これは仕事ですけど、それ以外に会社の方からボランティアで、現地に人を送っているんだそうです。これは今回に限らず、災害があるときにはずっとされてきていたということでその社長の人柄ゆえ、仕事が多いなかますます忙しくなりそうです。社長さんがもともと能登の方で、今回も息子のお嫁さんの実家は全壊。また、半壊の自宅を持つ方も中におられます。そんなこんなで、私以上に彼のほうが、今回の地震ともかかわりがありそうです。写真は、次女が撮ってきた庭の春の風景です。
2007.03.28
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今日は、父を連れて眼科に来ています。その待ち時間はいつものネットカフェに・・・・といっても二ヶ月ぶりでしょうか。長女も部活がお休みなので、病院が終わったらみなで、食事にいくことになっています。今年に入ってからは、長女の部活が忙しくて次女や私の誕生日のときも父と一緒に食事に行く、という恒例のお食事会がなされませんでした。ということで、次女のつよい要望によりおすし屋さんに行くことになってます。もっとも回転寿司ですけどね。子供たちは暇をもてあますだろうからとおいてきました。二人は、私がでかけるころに何をしていたと思いますか?実は、彼が拾ってきた風船が袋いっぱいにあったのをせんだって山のように膨らませてあったんです。久々の春休みを中学生だというのにきゃーきゃーといいながら風船を部屋いっぱいにして遊んでいました♪
2007.03.27
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どうして、地震は近くだと強く感じて、遠くだと弱くなるの?と次女に聞かれました。私はうろ覚えの知識をかき集めて、地球の活断層のことを話しましたけどうまく話せませんでしたので、今度学校の先生に聞いてみてごらん、と言っておきました(汗)時々そういう次女は、素朴な疑問を言うことがあります。白山をドライブしているときもどうして山が高いの?といわれ困りました(汗)地震は、地球のエネルギーの活動によるものなのですけどそれを長い時間でみたときには人類が石油を掘り出し、自然を破壊して生態系を崩してしまい、挙句の果てに温暖化でオゾン層を破壊してしまうなど地球そのものに悪影響を及ぼしてしまった自浄作用も影響していると本に書かれていたのを思い出します。ですから、地震と言う起きてしまった災害に対しては、災害復旧に力をそそぐだけですし、地震を察知するものを作り出すことも大事ですが、もっとマクロ的な視点で、地球そのものを見るということが大事なのだと思います。それともうひとつ、気になるのは、地震によってはがれおちた学校の体育館の天井の写真でした。そこからは“アスベスト”がむき出しになっている可能性は高いでしょう。今、私の彼は解体が仕事ですのでそのアスベストのことは自然と知るようになりました。それがどれほど怖いものであるのかをどのくらいの人が知っていることでしょうか?また、志賀町にある原子力発電所は、せんだっての不祥事ゆえに停止されていて、被害と言えば放射能を含んだ水が水槽から45リットルこぼれたということにとどめられています。本当にそれだけなのかな?コンクリートというものが、それほど強固なものではないことも私は建築関係に長くたずさわっている彼から話を聞かされています。「これは塩害によるものだな」と補修されたコンクリートを目の前に彼はいろいろと教えてくれるんです。ここから先は、人災になるのでなんとも気をつけていただきたいものです。
2007.03.26
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ご心配してくださり、メールや書き込みをどうもありがとうございます。3時前に家に戻りましたので、ご報告のみ先にしておきます。朝9時半ぐらいに家を出ていたので、ちょうど地震にあったころは車の中でした。この車の中というのは揺れを感じないんですね。鳥取に住んでいた頃、鳥取西部地震があったときに子どもが通う幼稚園の先生が同じことを言っていました。そして、金沢駅でフリーマーケットがあるというので車を駅西の駐車場に止めて駅に入ったときに公衆電話に人が並んでいるのが目に入りました。ただそれだけなら、通り過ぎるのですけど携帯電話を持って並んでいる女性がいたので「?」と思っていたんです。その訳を知ったのは、片町の大和の中で商品に並んでいるテレビのニュースを見てでした。金沢に向かう途中に、消防車が走っているのをみたり、消防署の前で消防車がずらりと並んでいたのも呼び出しにすぐ応じられるように準備していたのかもしれません。能登方面に被害が大きかったのですけど、金沢から南は被害はなかったようです。ただ、能登方面にもともと住んでいたのでそちらにいる友達がきがかりです。
2007.03.25
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本来自然はふたつの要素で出来上がっています。陽と陰。これは古くから取り上げられていることなんですけど意外と意識されてはいません。陽陰は、緊張と弛緩を意味することもあれば、男性性相と女性性相を意味することもあり、また光と影を意味することもできます。エネルギーがプラスとマイナスからできあがっているようにすべてのものにはエネルギーがあります。そのものごとすべてはそのように異なるもののエネルギーのバランスをとることで調和しています。ところがいつのまにかその調和を無視して人は、自己欲に走るようになってしまいました。正食という分野はその陽陰のエネルギーに目を向けて、食べ物の性質をひもといていました。今“食育”に目をむけられつつありますけど本質は同じだと思います。本来、自分たちが住んでいる土地にできるものがその地に住む人たちが食べるによいものでその季節に取れる野菜がその季節に必要な食物だったりするのです。夏野菜は、体を冷やし、冬の根菜類は体を温める性質があると私は玄米正食の原理で知りました。もともと菜食を主としていた日本人は、草食系の長い腸を持っているとのこと。その日本人が、欧米系の食事を取るということは体に負担がかかり、現代病を生み出す要因のひとつともなっています。モノが豊かになることで、人々は何でも手にいれることができるようになりました。けれどもその反面、体が本来必要とするもの以上のものを取り込んでしまうようになりました。本当は、体が何を必要としているかを知っていたのですけどその感性がにぶってしまっています。年をとってきたら、脂っこいものや肉が食べられなくなったという人がいますけどそれもまた、体がそのように教えてくれているものだったりするのです。自分自身の感性に耳を傾けると言うことが自分の体のSOSをも察知する一番大切なポイントなのではないでしょうか。
2007.03.25
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ようやく、春らしい気温になってきました。昨日は久しぶりの平日休みで家でのんびりと過ごしました。午前中は、パッチワーク。午後は、図書館に出かけた後、お買いもの。ここのところ図書館は行きそびれていたのでずいぶんと返却するのが遅れてしまいました。その前に銀行に行ったら、ちょうど近所のお友だちに出会いました。幼稚園の子どもをつれて、どこに行くの?と聞くと天気がいいので図書館までバスで行こうと思って、というので一緒に車で出かけました。お休みといっても、天気の悪いときもそうなんですけど天気のよいときもまた長女の送り迎えが入ります。昨日は、夕方迎えに行くと学校の前の道の先で事故があってパトカーが止まっていました。あの交差点は、信号がなくあぶないところなんです。出会い頭の事故の車のうち一台は、田んぼにつっこんでいました。車のフロントガラス横の死角にちょうど車があると見えないことがあるんですよね。ほとんど毎日のようにあの交差点を走らせているとその死角にも目を配るようにもできるんですけどその一瞬を見逃すとあのような惨事になるのかもしれません。ほんらい農道で見通しのよいところですから。車を降りてから、ぱちりと夕陽を撮ってみました。本当は、もっとよいシーンがその前に見えたのですけど車を止めてまで撮りそびれてしまいました。なにも貼る写真がないのでこれで我慢(汗)
2007.03.24
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遺伝子とは本来傷つきやすいもののようです。父が、前立腺癌の手術をして、その再発は見られないと診断を受けたあと甲状腺に腫れ物があることがわかりました。年を取ると、遺伝子が傷つきやすくなるんだそうです。私はそのことを、広島の原爆のことを取り上げたテレビの番組の中で知りました。あの原爆の放射能は、遺伝子そのものを傷つけて、その後、あちらこちらに癌が生じて苦しんでいる方がいる、ということ報道されておりました。被爆者の場合は、遺伝子そのものが傷ついてしまっているので年齢とは関係なく癌になりやすくなってしまっているんだそうです。私の友だちの一人は、子どもが二人ともウェルトニッヒホフマン(小児性筋萎縮症)という難病になり、なくしてしまいました。2番目の子どもは、うちの長女と同年でしたから、何度子連れで会う機会がありました。二人目の子どもを失うともうそれ以上、子どもを生むことはあきらめたようです。市営住宅に住んでいたので水が悪いということはないし・・と私はそのことについて考えていました。その次に思い浮かんだのが、彼女のだんなさんの実家が塗装業をしていてその跡継ぎであるということでした。そのことが関係しているのではないかとあの頃ちらりと思ったものですけど、今はかなり因果関係があるのではないかと思っています。ミュータントもの好きで、海外ドラマをDVDで借りて、見ることがあります。最近は、“MutantX”がお気に入りなんですけどこのストーリーも病気を治すために治療したところ遺伝子変異が生じてしまったという内容です。そこまでいくとかなり話が飛躍してしまうようにも思いますけど、実のところ、弁当業界の消毒及び保存剤の使用は、そこで働く人々が「食べたいとは思わなくなる」ほどで、その弁当の残りをブタに食べさせていたある業者は、ブタが、子どもを生まなくなったという話をネットで知りました。現代、不妊に悩む女性が増えているのは、そういった背景があることと無関係ではないのでしょうね。
2007.03.22
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彼が今ほど出かけて行きました。が、実は外はうっすらと雪が・・・さすがにもう降るまい、と車の修理しがてら、スノータイヤを換えたのは昨日のこと・・・・インフルエンザで休んでいたからちょうど車も家にあるし、と。私の車はまだスノータイヤがついているのでそれに乗っていけば?と言ったのですけどおかまいなしに行ってしまいました。まだまだ降り続くような気配の雪です。
2007.03.20
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いつも体調をくずすと彼は機嫌が悪くなるのですけど今回は高熱を出して大変でしょうに自室に一人で寝るといって私は追い出されてしまいました。子どもたちは久しぶりに、川の字になって、私と寝れると大喜び。中学生の娘もすりすりしてきました(笑)昼間も部屋には換気をしっぱなしで、私がマスクをつけないで部屋にはいるとえらくおこられてしまいました。そんなこんなで、自主的に隔離体勢をとってくれたので今回のインフルエンザは我が家に広がらないですみそうです。なにしろ、今年は子どもたちもインフルエンザの予防接種を受けていませんでした。喘息症状がかなりよくなったのでよいのではないかと見ていたのですけど、甘かったみたいです。彼の場合は、私が仕事に出ることができるくらい自分のことができますけど子どもの場合はそうはいきませんものね。一人がうつればもう一人にもすぐにうつってしまうでしょうし。ということで予防接種を今度からはさぼらないことにしまいした。タミフルのおかげで熱は昨日のうちに下がったのですけどまだ無理は禁物なので明日もう一日、仕事は休むことにしました。どうやら彼の会社は、インフルエンザが蔓延してしまったみたいです。
2007.03.18
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昨日帰ってくるやいなや、寝込んでしまった彼・・・昨夜は40度以上あった熱が今日は、38度台に下がったものの以前息苦しそうな顔をしているにもかかわらず、私は仕事に出なければならない日でした。家から車で10分とかからない会社での仕事だったので昼に家に帰ってうどんを作って食べさせました。午後一番に病院に行くと言うので3時の休憩時に電話するとA型インフルエンザだったとのこと。あのまま病院に行かずに市販の風邪薬で対処していたら肺炎になっていただろう、と言われたのだとか。タミフルを処方されて、熱はその後、すぐにおさまりました。学校ではB型インフルエンザが真っ盛り。けれども子どもたちがいうに、A型はもっと大変で、子どもたちの間にはB型が流行っているのだとか。彼はマスクをしたまま自室に閉じこもっています。ということで、今日は慌しくネットをする余裕は持てそうにありません。
2007.03.17
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これに、品格とつけてしまうとテレビドラマの2番煎じになってしまいますね・・・実は私、興味はあれどハケンの品格のドラマは一度も見てません。でもなんとなく、そのイメージがつかめます。何故って、私もまた現在派遣の仕事をしているからです。こんなことを書くのは、昨日朝、何気にテレビを見ていたら、ハケンの品格のドラマの視聴者の声を取り上げているのが映されていたからです。「私もキャリアアップをめざします。」「派遣であることにひけめを感じていましたけど自信がもてるようになりました」といった具合。私は、派遣社員として必要なキャリア、経験はイコール起業に必要なものだと思っています。自らの実力を十二分に発揮し、周りの信頼を得ること。「次も頼むからね」と指名が入るようになることはすなわち自分の実力に固定客がつくようなものです。派遣は会社組織には属しません。現場では上の方の指示をあおぐのが基本ですが、与えられた仕事を納期までに仕上げ、その間に生じたトラブルは自分が責任を持って対処せねばなりません。そのトラブルを、どう処理するかによって自らの経験値を上げることもできますし、そのトラブルをどう対処するのかが評価をあげる場となることもできます。どういう大学を出て、どういう会社に勤めたかではありません。与えられた仕事をどうこなすことができるかだけが見られます。その仕事に取り組む姿勢こそが起業をするときに一番大切なものになるのだと私は考えています。
2007.03.16
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薬が漢方など生薬の成分に似せて作られるようになるにつれて、病気を治療するためには化学的に調合された薬が有効だという概念が世を支配しています。ところで、その反面、漢方であっても毒をもって毒を制すのごとくもともと薬の成分には、副作用ともなりうる害のあるものもあるというものが伏せられてしまっています。タミフルをはじめて処方されたのは、長女がまだ保育園に通っていた頃で今から10年ほど前のことです。その頃通っていた小児科の先生が「いい薬が出た」とこの薬を48時間以内に飲めば大丈夫だから、と紹介してくれたのを今でも思い出します。同じ保育園に通うひとつ年下の女の子が、インフルエンザの合併症ゆえ亡くなってしまったのも同じ頃のことでしたからなおさらなのかもしれません。その子どもは、週末にかけて熱が出たみたいで、かかりつけの小児科はお休みだったところを休日に診療してくださる救急病院に連れて行くのが遅れたのが原因と見られます。(実は、その小児科の先生は家庭も大事だからと休日診療はされませんでした)それから数年の間は、予防接種もしていないこともあって毎年のようにインフルエンザにかかりましたけど次女が喘息が出たときには入院したもののタミフルを服用していたときには大事にいたりませんでしたし、副作用も見られませんでした。副作用の強いステロイドの軟膏もアトピーだったわが子たちには、必要に迫られたときは使用していましたが数年前にプロトピックという軟膏が処方されるようになりました。これは、ステロイドの副作用である赤ら顔も治してくれて顔にも心配なく塗れると、今かかっている小児科の先生が言われました。よくよくネットで調べてみるとこの薬も内蔵は負担がかかり、長期にわたって使用する場合には内臓機能の検査も必要だったりもするし、この薬に依存しなければならないような状況も出てくるのだそうで、徐々に減らして使用していくような指導も必要なのだとか・・・これらは、ほんの一例です。人間の体は、私たちが意識している以上に繊細にできています。とくに自然界の法則のもと、その肉体は、進化もすれば退化もします。ステロイドの副作用とは、外からホルモンを与えるがゆえにその体が、自分で作らなくてもいいと認識してその機能を退化させてしまうことから生じてきます。もうひとつ怖いのは、それは医者から治療として与えられている薬以外に市販で買う塗り薬にも今は配合されているということなんです。また、ホルモン剤に限らず、知らず知らずうちに様々な化学物質を日常使うものの中で取り込んでしまっています。添加物、保存剤、着色料等・・・・それらを自然に排出する機能も備わっていますけどあまりに毒素が多いとその排出機能は間に合わず、免疫力が衰えていきます。これは私なりに解釈した、化学物質による免疫機能の低下の概要です。その免疫力の低下により生じる病気として、今は以前になかったような名前のものが次々と出てきています。そのように病気の全体構造を見ないで対処療法で、化学的に調合された薬物療法をおこなうことで副作用をまねき、あらたな合併症をまねくようなことが起きているというのが現代病の多くの実情のように思います。
2007.03.15
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3月に入って以降、仕事が順調に入るようになりました。週3日~5日のペースで仕事に出る時期が6月くらいまでは続くよう・・・その後、夏の間は逆にのんびりとできそうです。本当は週2~3位で常にマイペースでやれたらいいのですけど仕事のある時とない時との差があるので仕方がないんです。今日は、午前中は金沢のパッチワークの先生の自宅で教室があるのでこれから出かけてきます。こちらではインフルエンザが猛威をふるいだしています。小学校、中学校で学級閉鎖をしているところも少なくないようです。実はこの冬は、インフルエンザの予防接種をしていないんです。喘息がよくなったとたん、気を抜いてしまったので、小児科の先生に苦い顔をされてしまいました。(ちゃんと受けさせないとだめじゃないか、という感じ)次女は風邪をひいているので自らすすんで学校ではマスクを着用しています。でもね、長女は「誰もマスクしていないから」と持って行くように出してやったマスクが忘れられています。中学校も毎日あるはずの部活が休みになるくらいなので心配でもあります。ただ、こちらは寒波が去って、今日あたりから気温があがって春らしい陽気に戻ることが唯一の救いでしょうか。前回降った雪は一日で解けてしまいました。
2007.03.14
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星のパターンを3色のストリングキルト(細長く裁ったひも状の布地を剥ぎ合わせて作るキルト)で作ったものがリバティスターです。ここではミシンを使ってストリングキルトを作ることからはじめます。前のミシンは、糸調子が悪いのを合わせるのに時間がかかったものですけど今のミシンはすいすいと作業が進んでいきました。ここでもステンドグラス風のパッチワークを作ろうと思って購入してあったムラ染めの生地が大活躍しました。大きな仕事が入り、20日まで続くこととなりました。けれども明日だけはお休みをいただいてパッチワーク教室に向かいます。今まで仕上げた本科のパターンをひとつにまとめるためにまわりに使う配色をみていただかないといけません。4月は、教室のある1・3週に大きな仕事が入ることが確定しているのですべての教室をお休みしないといけないんです。少しさみしいですけど、5月には次の高等科に進めたらいいなあ・・・
2007.03.13
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昨日は、ほとんど曇り空で、時折雪が降ったりやんだりの天気でした。長女は、お弁当を持って学校に行っていたのですけど風邪をひいている子が多いと言うことで半日で終わって帰ってきていました。すると夜、馬油を塗ったてかてかの顔でこまった~、と言って来ました。というのは鼻の皮がむけたというのです。昨日もお昼に太陽にあたって帰ってきたらしいのです。確かに昼ごろちらりと光がさしていたのを店の窓から見ていました。まさかあの光を浴びてこうなるとは・・・子どももショックでしたけど、親もショックでしたね。これは、うちの子だけの問題ではないのだと本当は思います。私も日光には弱い方で、今はもう夏の日に海辺では直射日光をあびることをしたくありませんでした。そして、帽子を必ずかぶるようにしているのは過去に日光にあたってひどい状態に顔がかぶれた苦い経験があるのです。ここ数年のうちに感じるのは、皮膚にあたる日光の熱の強さがだんだんと強くなっているということでした。この真冬の日差しが暑いと感じられるほどに光が昔と変わってきているんです。それはオゾン層が破壊されて以前は通過しなかった層の光が地上に届いてしまっているからにほかなりません。そのことはもうずいぶんと前から情報として知らされています。北欧などの子どもたちは全身を防護するようなものを着て(それともオーストラリアだったか、記憶が定かではありませんが)直射日光をあびないようにしているということをニュースで知ったのはもう何年も前のこと。けれども日本では、あまり配慮されていません。ただ、敏感な人たちだけがその被害をすでにこうむっているということのようです。膠原病という名をつけられてしまうと病気という範疇でくくられてしまって本当は何が原因なのかがごまかされてしまいます。免疫力が低下しているということ以上にオゾン層の破壊が日常的に影響していることとみながもっと知るべきことのようです。私もあまり知識をもちませんが紫外線にあたるのは15分まででそれ以上あたると今度は害をこうむるということがサイトで見ているうちに目につきましたけどそのようなことがもっと公開されて人々が知っていく必要があるのだと思います。一部の教育施設ではテントを設けたり、子どもたちに帽子をみなにかぶらせるなどの対処の仕方をしているようです。子どもたちが、最初に被害をこうむることになるのだと多くの人が案じています。
2007.03.12
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文明の発達とともに、快適な暮らしが与えられるようになりましたが、自然との共存ではなく、自然を破壊する方向へと傾きすぎてしまいました。その結果が、自分たちに今はねかえってきています。異常気象も然り、けれども人間もまた自然の中に存在する生き物ですからそのような周りの環境の影響を受けないはずがありません。そのようにして人間自身もまた多くの害を外から受けるにあたり、次第にその免疫機能が低下してくることとなりました。つきつめてみると免疫性疾患は、そこから生じたものになるのだと思います。さて、喘息症状が出なくなったと喜んでいたのですけど長女が今月末に、膠原病内科にかかることとなりました。もしも、私の彼が膠原病でなければ、気づくことがなかったのですけど運命とは不思議なものです。彼が今年の初めに急性蕁麻疹となったときに私はその蕁麻疹をなんとかしたくてネットにてあれこれ調べておりました。膠原病と蕁麻疹の関係を見ていたときに偶然ある写真に行き着いてしまいました。日光アレルギーで長女に生じていたその症状そのものの写真でした。思わず「やばい」と口走ってしまいました。尋常ではない日光アレルギーの反応の仕方は膠原病特有の皮膚の疾患でもあったということだったのです。冬の間は、日光アレルギーの心配をしなくてもよかったのものの、このようにオゾン層が破壊され、北陸特有のどんよりとした雲がない不思議な冬を過ごしていると、次からの季節が心配でした。娘は、部活での疲れが出ると体のあちらこちらにちょっとした症状が出ていました。そのいくつかの症状もまた膠原病の症状にあてはまっていたんです。膠原病の治療は、アトピーや喘息と同じでホルモン剤に頼ることになると知っていましたからそのような治療を必要とするほどに悪化させたくないとまず思いました。そのためにも、病気のことをきちんと抑えて予防にかからなければならない、と思い、たぶんなら大きな病院に行き、検査を受けることになるだろうと想定しつつ昨日、小児科にかかりました。また偶然とは恐ろしいものです。普段は、部活の朝練があり、夕方遅くまで部活にあけくれているので日光を浴びることから守られていた長女が昨日は卒業式で、1時ごろ冬には珍しいほどの明るい光を浴びて帰ってきました。たかが自転車で10分ほどなのに、反応をすることがあるかしら?冬の日差しだし・・・と思いながら私は待っていました。すると、娘の頬は薄いながら赤くなっていたんです。まるで病院にその症状を知らしめるためかのように・・・もしも、私が彼と一緒に住んでいてその膠原病の予備軍ともいうべき諸々の症状を体験していなければ膠原病をもっと恐ろしい病気としてとらえてしまっていたことでしょう。でも私の場合は過去に喘息と付き合ってきた経歴がありました。それは10年になります。たとえ膠原病が二人になったとしても、またいつか次女がその兆候を示したとしても私は恐れないでしょう。膠原病もまた、アレルギー反応である喘息と同じように免疫疾患であり、それを薬によって治癒することではなく、病気を予防すること、それに治癒力をあげてその症状に対処することが大事だと知っているからです。
2007.03.11
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昭和よりも平成の子どもの方がアトピーの子どもたちが増えている、ということが言われたのはまだ平成一桁の頃・・・・わが子が生まれてみたら、ひどいアトピーでした。私なりに妊娠時から食事療法らしきものを試みて特にアレルギーに関係する3大食品を避けて油や砂糖も避けました。けれども皮肉なことに、食べるものを選んだがゆえにその食品に関係ないものとしてパンや手づくりのスコーンなどお菓子を食べていたところ、卵や牛乳のほかに小麦のアレルギーまで持ってしまいました。結局は生まれる前半年ほど除去したとしてもそれ以前に蓄積されたものが遺伝子レベルにて影響していたようです。次女の時は、長女が生まれてよりまる3年間食事に気をつけていたこともあってか比較的アトピーの方は軽くて済みました。ところが次女の場合は生後まもない頃より気管が弱いのが顕著にわかりましたね。それはわが子だけではなかったようです。長女が生まれてより気がつくようになったことは、わが子同様にアトピー肌の子が多いということでした。そして4歳になると同時に喘息を発症・・・・でもその頃はまだ喘息の子どもというのは少なくて私は、子育てサークルの全国版の会報を通じて喘息の子どもをもつお母さんとの情報交換をする通信の発行を呼びかけたほどでした。今驚くのは、次女と同じ学年の子に、喘息の子が多いことです。長女の時には同じクラスに1人いるかいないかでした。次女の場合は、何人もの子がかつて喘息が出ていたとか現在も入院するまでの発作になることがある、という人の話を結構聞きます。正確には統計をとらねばなんともいえませんが、5~6人はいるという感じでしょうか?意識されないところで始まった環境破壊や食生活の乱れは、このようにして目に見える形となってその影響を見せ始めています。その意識されていないものときちんと向き合って意識していくようにすることがまず大事なことのように思います。
2007.03.10
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昨日は雪とにらめっこしてどうしようかなあと考えあぐねていました。長期予報はずーっと雪で金曜日は仕事がキャンセルとなりお休みとなったのでこの日は父を整体と確定申告のために市役所に連れて行く予定を入れて、昨日は金沢まで出るのはやめてその他の用事を済ませることにしました。百徳の会は、ボランティアで集まり、子どもたちの健康を祈願して、古布を縫い合わせて着物を作るという金沢の昔からの伝統的な催し物を復活させた会なんです。これこそが本当にアメリカの開拓時代より続くパッチワークの日本版というものになるんでしょうね。なるたけ今年はこの会にも参加しようと思っています。もともとこちらの新聞に百徳の会のことが記事になっているのを目にして、そういうパッチワークの先生に習ってみたいものだと思っていたのがそもそもの始まりでした。それが父の眼科のすぐ近くにある文化センターの先生だとネットで検索してわかったときにはびっくり。この先生にはずーっとお世話になりそうな予感がしています。雪は、今日雨に変わるとのこと。明日までは雨となり、その後また雪が降るみたいです。けれども雪の合間にお日さまが出ていたりするのを見たら大雪の心配はなさそうです。このように3月に雪が降ることも何年おきかにあるみたいですけどそれでも異常な気候であるような気がします。その異常な気候から、何を感じ取っていくのかが本当は大事なんだと思います。地球に今何が起きているのか、という視点が大切なのだと思います。
2007.03.09
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おとといの夕方からちらついた雪が、昨日の朝にはうっすらと積もりました。そのまま、雪は降り続いていて今朝はこんな感じ。こちらはまだ海に近いところなので、庭先で10センチほどの雪ですけど金沢はもっと積もっているようです。寒いので、サンルームの窓からパチリ・・・今は晴れていますけど、朝から何度も雪はちらついています。今日は仕事がお休みです。百徳の会のある日なので、参加できると喜んでいましたが、天候と相談して、出かけることにします。雪道の運転は、あぶないですから。
2007.03.08
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バタフライやハウスなどとともに数少ない具象的なデザインです。花をピーシングで作ったあと、茎やつぼみをアップリケして仕上げていきます。鉢をつけたり、茎だけのもの、葉やつぼみをアップリケしたものなど、デザインも自由に作れるので、多くの人に愛されてきているようです。今年に入ってから比較的休みが多かったのですけどそれでも思うように手作りをする時間はもてませんでした。今日はパッチワーク教室があるのでそれにあわせて仕上げたのですけど仕事が優先となりお休みです。来週の教室には参加するのでその時までに次のパターンを仕上げる予定です。
2007.03.07
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最初は、永平寺に行きたいなと言っていたのですけど加賀方面をドライブすることになり、足を止めたのが折紙博物館のある御菓子城でした。そこで昨日アップした和紙のポスターを買って2階で折紙の展示を見ました。そのあと、梅を見に行こうと那谷寺まで足を伸ばしたのですけど寺には梅の木はなく、山桜が花をつけはじめたところでした。ここまで来たのなら、近くにある“ゆのくにの森”という伝統工芸村を訪ねてみようということになりました。そこは、加賀友禅や金箔、それにそば打ちなどこのあたりで有名な工芸が一挙に体験できるというテーマパークでまだ訪ねたことがなかったんです。中に入ってみると茅葺の家が立ち並び、和の世界が広がっていました。今回は何も体験をしなかったのですけど次回は子どもたちを連れて来てみようと思いました。(その時は長女が、疲れ気味なので子どもたちは留守番をさせて出てきていたんです)写真をCOUNTRY夢見のアルバムにアップしてみました。雰囲気だけでもお楽しみください。
2007.03.06
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今我が家でブームなのが、この和の世界。昨日は天気がよかったので加賀に遊びに行ってきました。何気に観光バスの止まっているところを見たら、御菓子城加賀藩とあり、城のようなつくりの建物がありましたお菓子工場やみやげものが並んだお店だったのですけどね。なんだか、おもしろそうだからのぞいてみようっていうことになりました。その時に目に止まったのがこちら。友禅染で作られた和紙のポスターです。誕生日にはケーキを買ったからもうおしまいだと思っていたら、「誕生日に何も買っていないから、何か選べば?」と彼が言いました。いろいろあって迷ったのですけど四季折々の花と十二単装束の絵にひかれてこの絵を買って帰りました。そのお城の2階には日本折紙博物館というものもありました。それらの写真はまた今日の夜に整理してアップします。とりあえず、今から確定申告に出かけてきます。
2007.03.05
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こちらに引っ越してきて、今年が4年目になります。以前住んでいたところも新しく造成された町でしたけど小さいところでしたから、公民館もまだなくて地区運動会も隣の町の運動会に便乗させてもらっているようなところでした。今住んでいるところは11の町会が集まってひとつになっていますから公民館もいくつもあれば、町内会の連合の組織もあってかなりイベントに力も入っています。けれども町内には子どもが5人に満たないところもあったりします。何しろローンが組める世代が、新築の家に引っ越して来るのですから、ニュータウンもできあがってしまうと子どもの数の増えることが少なくなってきます。ですから学校には空き教室が増えてしまいました。昔からの祭りもないところですので、その祭りも模索しながら毎年イベントを組んでいるような状態です。毎年変わるイベントの企画に子どもたちを連れてまわらないといけないのはまた大変でもあります。引っ越してきた次の年に長女が6年となり、その後は、なにかしら子ども会の行事のお手伝いをしてきました。それも今年で終わるんですけどね・・・うちの町内は、浅野太鼓を指導される方が住んでいるので祭りには子どもたちに毎年指導してくださり、子どもたちの手づくりのみこしとともに太鼓を叩いて回ります。それ以外にも学校行事の廃品回収に地区委員とともに子ども会が総力を挙げて手伝っているのもこのあたりではうちの町内だけかもしれません。一斉清掃時にも役員が子どもたちを連れてまわって町内の空き缶拾いというのをやるのも恒例になっています。子どもたちの顔が覚えられると言うことでこれも町内会でも好評のようです。今年は13世帯が子ども会に参加しているのですけどその半分はこの4年のうちに役員を経験することとなります。ですから、その行事の大変さもわかっていて協力的な保護者が多いです。そうなってくると子ども会の運営もずいぶんと楽ですね。しかも役員は2回目なので今年は、会計の役を務めます。どんな行事があり、どんな準備をしないといけないのかは把握しているので4年前の役員の時に比べるとそれも楽です。子どもたちが地域の人たちと関わる場はとても大事ですから、子ども会の運営もそのことを意識しながらすすめていきたいと皆が考えています。今まで断片的に書いていたことをまとめてみました。
2007.03.04
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子ども会のイベントがありました。次年度の子ども会の役員が、この歓送迎会から行うこととなり、午前中はそのイベントを行ってきました。今回は、ひな祭りにちなんで子どもたちでケーキを作ることとなりました。マリービスケットを牛乳でひたして、それにホイップしたクリームを塗って重ねていくものを土台に飾り付けをした簡単なものです。大人も8人関わってくれましたから、6グループに分かれて子どもたちとともにわいわいと楽しんで作りました。今年度は、6人の6年生を送り出すのですけど新1年生はわずか二人。だんだんと少子化が進み、子ども会の人数も徐々に減ってきています。それでも学年を超えて、ひとつのゲームを楽しんでいる子どもたちの姿はとてもいいものでしたね。
2007.03.03
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昨日は、仕事の同僚から教えてもらった“木のひげ”というケーキ屋さんに行ったんです。そのお店のロールケーキが絶品なんだよ、と彼女が教えてくれました。マロンのロールケーキを買ってその箱にはドライアイスを入れてもらいました。少しうろうろと買い物をしてから帰りたかったんです。次に向かったのは、リサイクルショップです。彼は、私のプレゼントに商品券が送られていたというと「洋服でも買え」といったんですけど実は、私には欲しいものがあったんですねえ。先月、いいお店を知ったのです。そのお店は、ずいぶんと前からありましたけど通りからははずれているためあまり客の来なくてガレージに商品を並べてあるというお店でした。でもせんだって情報誌で、着物がおいてあるというのを知りのぞきに行きました。すると最近のリサイクルショップにはおいていない古い着物が結構並んでいたんです。そのときはちりめんの着物と古布のはぎれをいくつか買ったのですけど昨日はそのお店で、まず飛び込んできたのが、写真の着物と生地でした。これこそが今は作っていない、銘仙の着物でした。もうひとつの赤い生地も銘仙風の柄です。店内の目に付く着物をひととおりみましたけど今回はこれにしようと銘仙を手にとってレジに向かいました。店主の方に「勉強してください」とお願いしたら、いい生地を選んでいますね、という話になりました。「図書館で本を見て勉強しているんです」と私は言いました。なにしろ、最近図書館から借りる本といえば、着物と古布の手づくりの本ばかりですから。
2007.03.02
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年365日にはそれぞれにパッチワークのパターンがあり、そのバースディのパターンを友だちと交換すると言うのがバースディキルトの由来なんだそうです。ということで私の誕生日に、手づくりのお友だち、みかんさんから初めてバースディキルトが昨日届きました。パッチワークのプレゼントをいただくのも初めてだったのでとっても嬉しかったです。娘たちも仕事から帰った私にプレゼントをくれました。長女は、「疲れている時に食べてね」と私の好きなチョコレート。しかも私の肌のためにコラーゲン入りっていうのも見つけてきてくれていました(笑)そして、次女の方はコーヒーフィルターと生地を入れるBox。それに彼女のお手製のお手伝券とたこ焼券などがついていました。たこ焼券は、近くのスーパーに数日前にオープンしたお店で買ってあげるよ、という券でした。彼も昨日が給料日だったので、おいしいケーキを買って来い、と言ってくれました。今日、そのおいしいケーキを買いに行くことにします♪
2007.03.01
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