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今日は三男と一緒に、アピスパ(福岡のJリーグのサッカーチーム)とのファミリーサッカーの一日だった。三男のチームからも6名が参加。中央区の12チームによるパートに分かれてのリーグ戦だった。 たかが6分ハーフの3試合(計36分)と思ってたが、最初の6分で足腰がパンパンになった。で3試合目ともなると、思うように足が出なくなった。小学校高学年に足がついていかない。ああ、としよりになったな。全力で動きまわった一日、三男もとても満足そうだった。
2006年09月30日
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明日から10月。私は福岡市民である。今から10ヶ月間で、有権者として5回の投票をしなければならない。11月19日の清水とし子さんがたたかう福岡市長選挙、4月の福岡県知事選挙、福岡県議会議員選挙、福岡市議会議員選挙、そして安倍内閣を退陣に追い込む参議院選挙である。この間に選挙権はないが恩師三輪俊和氏がたたかう北九州市長選挙も1月にある。12年に一度のこの選挙イヤーにあたり、当然ながら私なりの意見を発信していく機会が増えそうだ。で、福岡市長選挙について振り返ってみた。今度の市長選挙は、「もうだまされんバイ選挙」である。福岡市民は、ご存じだが、桑原さんという市長さんがおられた。この人、ブルドーザー市長と呼ばれてて、なんでもかんでも大型公共事業を進める人だった。誰もが、次の選挙でも桑原当選と思ってたところ、女性スキャンダルがまだ明らかになってなかった山崎拓との真っ向勝負で負けて浪人中だった山崎広太郎(自民党市議→市議会議長→日本新党衆議院議員→総選挙落選)氏が、打倒桑原で立候補。「福岡をかえる」といい、人工島を見直すとか、多選はダメだなどと公約して、桑原に勝ったのである。ところが、見直すどころか、推進し、次々と桑原氏以上の公共事業を推進してきた。市民は、山崎市長が、公約を推進するものだと信じてたが、裏切られた。しかも、今年のオリンピック招致では、市民の意見を聞くことなく、税金を注ぎ込んだ。だから、だまされないように、しっかり選挙をみなきゃいけない。この点でやっかいなのが、マスコミだ。市民は彼らが、客観報道をしてると錯覚してるが、常に勝ち組応援団である。前回の市長選挙でも、山崎市長に不利になるケヤキ庭石事件を報道し始めたのは、選挙後だった。そういう意味で、当方が情報を発信していくのでよろしくお願いしま~す♪
2006年09月30日
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昨日、小学校から電話があったそうだ。三男のことである。給食で出たおかずに、レモンが入っていた。三男は苦手意識から、皿の脇によけていた。それをみた通路はさんだ隣の男の子が、「食べないかんとよ~」と言ったそうな。「後で食べるとよ」と返事して給食を食べてると、「まだ食べとらんと?」と、しつこく言ってきた上に、そのレモンをつまんで、三男の顔のところでふりまわし、「食べれ~」とやり始めたらしい。で、三男は切れた!机の中ならマジックを取り出し相手の手のこうに、ピッとつけた。相手も切れた。三男に殴りかかった。ボコ!三男も黙ってはいない。ボコ!ボコ!クラスで1番大きい相手と、2番目に大きい三男のケンカに、教室中ざわめきたったらしい。先生が中に入って終わらせたが、相手は鼻血も出て、大変だったようだ。「先に手を出したのはあなたでしょ!切れることならんよ!」と、つれあいからすっごく怒られたようだが、長男は「たたかれると痛いやろ。相手の手も痛いし、お互いの心も痛いんよ~」などと、私が以前長男に話したような話をしたらしい。以上、私のいない夜の会話をつれあいから聞きました。
2006年09月29日
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農水省は、28日、2006年産米の作況指数を発表した。これによると、福岡は89、佐賀は74、長崎は89となっている。しかし、この数字には、9月17日に北部九州を通過した台風13号の被害を一部見込みで出された数字で、被害状況がもう少しリアルにつかまれると、さらに下がる可能性が高い。福岡県内を見てみると、南筑後地方79、北筑後地方90、筑豊地方90、北九州・豊前地方92、福岡地方93で、九州では佐賀地方が71と、一番低い。13年前の冷害以来の非常に厳しい状況だ。で、この数字は、先にも言ったように、さらに下がる可能性が高く、最終的には12月に発表になるので、その際また記したい。
2006年09月29日
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北九州市長選挙で、私が三輪俊和氏を応援していることは、このブログでも紹介しているところだが、福岡市長選挙でも、立候補者がそろった。で、昨日の朝の朝刊各紙が、「清水とし子」さんを共産党系の候補だと報道している。私は、13年前からのつき合いのある人なので、何よりも意見が一致することも当然だが、人情的にもかなり力を入れた応援をしていこうと思う。私が、清水さんと知り合ったのは、細川内閣が誕生したときだった。あの時は、日本新党のブームで、総選挙後、自民党が日本新党・新党さきがけとの連携を検討していた。日本社会党・新生党・公明党・民社党・社会民主連合・民主改革連合の6党は、野党連合政権の樹立に合意し、日本新党代表の細川護煕を首相候補とすることで合意。これを日本新党・さきがけも受諾したため、非自民・非共産政権が発足したわけだ。それが1993年夏の話。その年の秋から始まった臨時国会では、金権腐敗政治問題を入り口とした政治改革問題で、小選挙区制法案が提案された。つまり、金権腐敗が選挙制度にすりかえられたのだ。この選挙制度になれば、自民党は4割の得票で8割の議席が取れることになると、私は、当時北九州市の小倉で、この問題の学習会や署名運動を開始。私が小倉での活動の事務局をはじめたとき、福岡県全体の事務局を引き受けたのが、福岡第一法律事務所で当時事務局長をしていた清水とし子さんだった。あの時、私達が、小選挙区制では日本は大変なことになると国民の中で行動する中で、世論も小選挙区制ノーの方に傾いていく中、改正公職選挙法案は、衆議院ではスムーズに通過したものの、参議院では翌年1月に否決。1月29日に、土井たか子衆院議長が、自民党と裏取引をして、法案は可決した。その結果が1996年以来の総選挙での小選挙区制導入となって、結果的には、国民の自民党離れを、議席に反映させないシステムができあがった。(ごり押しをした社会党はこの制度で没していくことになったんだから土井たか子の責任は大きいよね、社会党さん)しかし、このとりくみはドラマだった。国会では当然、小選挙区制は法案通過するよっと、簡単に見られていた状況を、全国各地の運動で、ひっくり返したのだから。このドラマをいっしょに行動した”同志”の関係が、私と清水とし子さん。そういうわけで、私の福岡市長選挙に対するスタンスも決まった!
2006年09月28日
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三男の配役が決まりました~。あひるさん役です。実はやりかたかった役が他にあったらしいのだが、みんなの手が一斉にあがったんで、遠慮したそうな。保育園のときから、劇には相当入れ込んできた三男。少し心配になって、「あひるさん、頑張れよ」と言うと、「とうちゃん、まかせときんしゃい!」と返事が返ってきて、安心した。11月3日、父ちゃんは張り切って観に行くぞー。
2006年09月27日
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家に帰ると、つれあいが学校で先生と話しているので少し遅くなるという伝言があった。8時ごろに帰ってきたので、聞いてみると、もともと中1の次男の自然教室の説明会のために学校に行っていたんだが、中3の長男の担任から「少しお話があるんですが」ということで、説明会終了後に話を聞いてきたということだった。その話というのが、10月から3月までのクラス役員決めのホームルームで、うちの長男が、学級委員に自分で手をあげて立候補したというのである。「オー」「すげえ」「がんばれ」というどよめきと歓声がおきたそうだ。長男は、小学校1年からこれまでの8年半、クラスでも、部活でも、子ども会でも、いっさいの全体の世話役などしたこともない。担任の先生は、学級委員は何をするかを本人にあらためて確認もしたし、3年最後の学級委員は同窓会の窓口にもなってもらうことになることも確認したけど、本人は、それでもやるとハッキリ言ったそうだ。あとで、担任が「どうして?」と聞くと、「俺、変わりたいんよ」と言ったという。それを聞いて、私はつれあいに、「これは高校入試に合格するよりすばらしいことバイ」と言った。ブログには書けないある事件が先週あって、それをきっかけに、本人は相当悩んでた。私には、「人生で最大にまじめに自分のことを考えた」と言っていた。私は、それはよかったといい、「自分がどう生きていくか、これからいろいろと試され、自分を鍛えていく歳になったんだよ、君は。お父さんも、中学校ぐらいのときから、『All for one, One for All』が信条だ。自分の生き方を決めるためにも、自分自身の成長を考えたらどうかな」と話した。いずれにしても、子どもの成長はたのもしい。そして、それは私やつれあいの成長でもある。
2006年09月27日
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9月26日、福岡市教育委員会は、市教育センターで小中高校の校長や幼稚園の園長、230人を集めた「飲酒運転・不祥事撲滅のための特別研修」を開いた。植木とみ子教育長は訓示の中で、一連の不祥事の責任を取り、給与の一部を自主返納する意向を明らかにした。この間立て続けにおきた福岡市での教職員による不祥事とは、8月の小学校教諭の逮捕(児童買春の疑い)、9月1日の小学校教諭の不祥事(映像備品を勝手に質入れして換金し遊興費に使った)、9日の小学校職員の逮捕(女性を突き飛ばして傷害の現行犯)、23日の小学校教諭の逮捕(強制わいせつ容疑)の4件である。で、問題は、なぜ、こういう不祥事が立て続けにおきるのかという原因、背景をどのようにつかむかではないだろうか。もちろん、1つ1つの事件は、許されるべきものではない。しかし、1つ1つを犯罪として取り扱うだけではことが済まないと私は思う。学校に行けば、先生方の多忙さときたら大変なもんだ。先生方は相当なストレスを抱えているはず。当然、先生方は、そのストレスを解消することをはじめる。それが、スポーツだったり、趣味だったりすればいいのだが。でも、現実には、多くの先生が、そのストレス解消法を会得できてなく、うつ病にかかっておられるという。わが子3人を、日ごろから見るだけでも大変なのに、学校という家庭よりも生活時間の長い環境の中で、30~40人もの子どもたちと一日授業をする教師という職業は、私には耐えられない。実は、私は、大学3年まで、教育課程も取っていて、教師になる夢を持っていたのだが、生活をするために始めた塾の経営でつまづいた。経営自体は給与もいただいて赤字にはならなかったが、15人いた中学校3年生をまとめて県立高校に入れるまでの苦労は、「寺子屋形式」でやってただけに情も入り、ついつい、補習、補習の連続の「サービス残業」で、こっちが滅入ってしまった。しかも、「こんだけやってるのに、あんたらやる気あるの?」と思いながらの毎日で、けんかしたり、万引きしたりする子どもたちの「生活指導」もしながら、自分の大学の授業の合間に受験の勉強のための勉強もした。おまけに、親がお任せ主義の子にいたっては、「この子はこの高校は無理かも。ランク落とさせようか」などと、親以上に心配したりする毎日だった。全員が県立高校の入学を決めた日は、とてもうれしかったが、その時、「俺は教師に向いてない」と判断し、大学4年時の教育課程の選択は、すべてやめた。だから、私は、教壇に立つすべての教師を尊敬している。私の塾経営というわずかな経験からうけたストレス、プレッシャーを、毎日、感じながらやってる先生方を、「教師の責任」として社会全体が追及したら、教育は成り立たないと思う。今の子どもたちは、私の小中学校時代とは大きく環境が変わっている。学校任せでなく、社会もいっしょに子どもたちをまもり、育てる時代である。私は、先生方の犯罪を見逃せばいいとは決して思わない。だけど、犯罪を犯した先生だけを処分しただけでは済まない状況が、福岡市の学校現場にあることを考えずにはいられないのだ。そういう意味で、福岡市の教職員の不祥事についての教育委員会の深い検討を求めたい。
2006年09月27日
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丹波哲郎さんが、お亡くなりになった。ご冥福をお祈りする。思い出される映画は、「砂の器」。警視庁捜査一課の今西警部補役で、最後の捜査会議での事件の全貌を報告する丹波氏の姿が目に焼きついている。テレビでは、「キーハンター」と「Gメン75」が印象的だ。先日見た日本沈没でも、 阿部玲子(柴咲コウ役)の祖父として仏壇で写真出演していた。存在は大きかった。
2006年09月26日
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終盤、日本ハムの勢いと、西武の堅実さの中で、らしくないたたかいをしてしまったソフトバンク。しかし、「あきらめない」である。ペナントレースは、もうすぐ終わる。問題は、プレーオフを勝ち抜けるかどうかである。だから、あえて言う。今は、プレーオフに勝ち抜くことだけを考えよ!それがルールだ。プレーオフで勝った者が、ペナント3位だろうが、2位だろうが、パリーグの優勝なんだ!目の前のことだけ考えてちゃダメだ!プレーオフで勝ち上がること。その上で、明日の試合がある!極端に言えば、明日は負けてもいい。ただ、いい試合をして、プレーオフにつなげ!あきらめよといってるんじゃない!全力で応援するから、相手を上回る気力でたたかってほしい。ファンのみなさん、われわれこそが「あきらめない」である。
2006年09月26日
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2006年 1月23日 ライブドアの堀江貴文社長、証券取引法違反容疑で逮捕 2月16日 衆議院予算委員会で、民主党の永田寿康議員が、堀江貴文氏からのメールを「証 拠」に、「武部勤自民党幹事長の次男に対し、3000万円の振込みを指示した」などと指摘。 3月31日 前原誠司氏が民主党代表を辞任を表明。永田氏も議員辞職を表明。 4月 7日 党所属国会議員の投票を行い、小沢一郎氏が菅直人氏を破り新代表に。 6月 5日 村上ファンド・村上世彰代表、インサイダー取引容疑で逮捕 6月13日 日銀・福井総裁、村上ファンドへの投資・ボロもうけが判明 6月18日 小泉首相最後の通常国会閉会。改憲手続き法案、教育基本法改悪案、共謀罪導 入法案は成立せず。 7月17日 陸上自衛隊がサマーワから全面撤収 7月20日 昭和天皇の靖国A級戦犯合祀不快感メモの存在が判明 8月15日 小泉首相、靖国神社参拝(6回目) 9月20日 自民党総裁選挙で安倍晋三氏が第21代新総裁に
2006年09月26日
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2005年 1月11日 陸自の宿営地内にロケット弾が着弾 3月20日 福岡西方沖地震 4月25日 JR西日本・福知山線脱線転覆事故。107人死亡。 5月 9日 イラクでイギリス系民間軍事会社の日本人が武装勢力に拘束される。(28日死亡が発表される) 8月 8日 郵政民営化法案、参院で否決。小泉首相、衆院を解散。 8月15日 終戦記念日にあたっての村山首相談話を踏襲した首相談話発表。 9月11日 第44回総選挙(自民296、民主113、公明31、共産9、社民7、国民新党4、新党日本1、諸派1、無所属18) 民主党・岡田代表、総選挙の結果を受け辞任。前原誠司氏が代表に。 9月21日 小泉純一郎第163回特別国会で第89代の内閣総理大臣に指名・任命される。 第三次小泉内閣発足。 内閣総理大臣(小泉純一郎) 総務大臣(麻生太郎) 法務大臣(南野知惠子) 外務大臣(町村信孝) 財務大臣(谷垣禎一) 文部科学大臣(中山成彬) 厚生労働大臣(尾辻秀久) 農林水産大臣(岩永峯一) 経済産業大臣(中川昭一) 国土交通大臣(北側一雄) 環境大臣(小池百合子) 内閣官房長官(細田博之) 国家公安委員会委員長(村田吉隆) 防衛庁長官(大野功統) 内閣府特命担当大臣(金融担当)(伊藤逹也) 内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)(竹中平蔵) 内閣府特命担当大臣(規制改革、産業再生機構担当)(村上誠一郎) 内閣府特命担当大臣(科学技術政策、食品安全、食育担当)(棚橋泰文)10月14日 郵政民営化関連6法案成立。10月17日 小泉首相、靖国神社参拝(5回目)10月31日 第3次小泉改造内閣発足。 内閣総理大臣(小泉純一郎) 総務大臣(竹中平蔵) 法務大臣(杉浦正健) 外務大臣(麻生太郎) 財務大臣(谷垣禎一) 文部科学大臣(小坂憲次) 厚生労働大臣(川崎二郎) 農林水産大臣(中川昭一) 経済産業大臣(二階俊博) 国土交通大臣(北側一雄) 環境大臣(小池百合子) 内閣官房長官(安倍晋三) 国家公安委員会委員長(沓掛哲男) 防衛庁長官(額賀福志郎) 内閣府特命担当大臣(金融、経済財政政策担当)(与謝野馨) 内閣府特命担当大臣(規制改革担当)(中馬弘毅) 内閣府特命担当大臣(科学技術政策、食品安全担当)(松田岩夫) 内閣府特命担当大臣(少子化・男女共同参画担当)(猪口邦子) 11月17日 耐震強度偽装問題発覚11月22日 自民党、結党50年の大会で、「新憲法草案」を正式発表
2006年09月26日
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2004年 1月 1日 小泉首相、靖国神社参拝(4回目) 1月 9日 陸上自衛隊の先遣隊(30名)と航空自衛隊の本隊(150名)に派遣命令。 1月22日 陸上自衛隊本隊第1期派遣部隊(110名)が出発。 1月26日 航空自衛隊(50名)が出発。 2月 3日 陸上自衛隊本隊第1陣(90名)が出発。 2月20日 海上自衛隊の輸送艦と護衛艦が出港。 3月 7日 佐藤観樹前衆議院議員(前民主党両院議員総会長)、「名義借り」による秘書給与詐取の疑いで逮捕。 4月 消費税の総額表示・免税点引き下げ、介護保険料値上げ、年金給付2年連続切り下げなど実施 4月 6日 米軍がファルージャ攻撃開始。(住民600名~1000名以上が殺害される) 4月 7日 日本人3名が武装勢力によって誘拐される。 4月 7日 福岡地裁(裁判長:亀川清長)は、小泉首相の靖国神社参拝に政教分離違反で違憲と判決。 4月14日 新たに日本人2名が武装勢力に連れ去られる 4月14日 日本歯科医師政治連盟(日歯連)の自民党へのヤミ献金事件で日歯連会長ら逮捕 5月18日 民主党・菅代表、年金未納問題で辞任。岡田克也氏が代表に。 5月22日 小泉首相、北朝鮮再訪問。 6月 6日 自民・公明、年金改悪法案を強行成立 6月10日 「9条の会」発足 有事関連法、自民・公明、民主の賛成で成立 7月11日 第20回参議院選挙(自民49、民主50、公明11、共産4、社民2、無所属5) 8月13日 米軍ヘリ、沖縄国際大学構内に墜落 9月 5日 宜野湾市で米軍ヘリ墜落事故抗議集会(3万人) 9月27日 第二次小泉内閣第二次改造内閣発足。自民党幹事長に武部勤氏。 内閣総理大臣(小泉純一郎) 総務大臣(麻生太郎) 法務大臣(南野知惠子) 外務大臣(町村信孝) 財務大臣(谷垣禎一) 文部科学大臣(中山成彬) 厚生労働大臣(尾辻秀久) 農林水産大臣(島村宜伸、2005年8月、衆議院解散への閣議署名に反対して辞表を提出するも、辞表を受理されず罷免される。以後は岩永峯一) 経済産業大臣(中川昭一) 国土交通大臣(北側一雄) 環境大臣(小池百合子) 内閣官房長官(細田博之) 国家公安委員会委員長(村田吉隆) 防衛庁長官(大野功統) 内閣府特命担当大臣(金融担当)(伊藤逹也) 内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)(竹中平蔵) 内閣府特命担当大臣(規制改革、産業再生機構担当)(村上誠一郎) 内閣府特命担当大臣(科学技術政策、食品安全、食育担当)(棚橋泰文) 10月 7日 米政府調査団が「大量破壊兵器は発見できなかった」と報告書。10月23日 新潟県で震度7の中越大地震。10月23日 自衛隊宿営地内に迫撃弾が着弾。 10月24日 日本人青年がイラクで拉致される。(31日遺体発見される)12月 5日 自民党幹事長武部勤と公明党幹事長冬柴鉄三が陸上自衛隊視察のため、サマーワヘ出発。
2006年09月25日
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2003年 1月14日 小泉首相、靖国神社参拝(3回目) 2月 世界600以上の都市でイラク戦争反対デモ(1000万人以上参加) 3月19日 アメリカ、イラク侵略戦争開始。小泉首相、アメリカ支持を表明。開戦からのイラク戦争の戦費をご参照あれ。イラク戦争の犠牲者数はこちら 4月 1日 元秘書の献金流用疑惑で大島理森農林水産大臣が辞任 4月 失業給付手当て引き下げ、保険料引き上げの雇用保険改悪法、成立。 5月 小泉首相訪米、日米首脳会談でイラクへの自衛隊派兵を約束。 6月 6日 有事関連3法案(武力攻撃事態対処関連三法)成立。裁量労働、有期雇用を拡大する労働基準法改悪法案が自民、公明、民主の賛成多数で成立。 7月26日 イラク特措法成立。自民、公明が強行。 9月 2日 日本経団連、企業献金あっせん再開へ、優先政策事項を発表。 9月20日 小泉純一郎氏自民党総裁選挙で再選。 9月22日 第一次小泉第二次改造内閣発足。自民党幹事長に安倍晋三氏。目前の総選挙での票集めのために、国民の人気が高いといわれた人や若手を集めた内閣。したがって、「世襲」「タカ派」中心となった。 内閣総理大臣(小泉純一郎) 総務大臣(麻生太郎) 法務大臣(野沢太三) 外務大臣(川口順子) 財務大臣(谷垣禎一) 文部科学大臣(河村建夫) 厚生労働大臣(坂口力) 農林水産大臣(亀井善之) 経済産業大臣(中川昭一) 国土交通大臣(石原伸晃) 環境大臣(小池百合子) 内閣官房長官(福田康夫、2004年5月7日年金未納が発覚して辞任。以後は細田博之氏) 内閣官房副長官(細田博之) 国家公安委員会委員長(小野清子) 防衛庁長官(石破茂) 内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策、個人情報保護、科学技術政策担当)( 茂木敏充) 内閣府特命担当大臣(金融、経済財政政策担当)(竹中平蔵) 内閣府特命担当大臣(規制改革、産業再生機構担当)(金子一義) 内閣府特命担当大臣(防災担当)(井上喜一) 9月26日 民主党、自由党とが合併。11月 9日 第43回総選挙(自民237、民主177、公明34、共産9、社民6、保守新党4、自由連合1、無所属の会1、無所属11) 社民党・土井党首辞任、福島瑞穂氏が党首に。 保守新党、解党し自民党に合流。11月19日 小泉純一郎、第158回特別国会で第88代内閣総理大臣に指名・任命される。 第二次小泉内閣発足。第一次小泉第二次改造内閣から時間がたっていないこともあり、新たな人選もなく、閣僚は全員が再任された。11月29日 在英国大使館参事官と在イラク大使館三等書記官がイラクで襲撃され死亡。11月29日 足利銀行破たん、一時国有化。12月 9日 小泉内閣、自衛隊イラク派兵「基本計画」を閣議決定12月19日 航空自衛隊の先遣隊に派遣命令12月25日 アメリカでBSE牛発見。米国産牛肉輸入停止。12月26日 航空自衛隊の先遣隊(48名)が出発。12月29日 自民党・新井正則衆議院議員、政党助成金を使った買収事件で逮捕
2006年09月25日
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2002年 1月29日 アフガニスタン復興会議へのNGO参加問題で、田中眞紀子外相と鈴木宗男氏及び外務官僚との対立・摩擦がおきる。 1月30日 小泉首相、田中眞紀子外相を更迭。外務大臣は小泉首相が兼任。 2月 1日 川口順子氏が外務大臣に。 2月 国会でムネオ疑惑。(3月11日証人喚問) 4月21日 小泉首相、靖国神社参拝(2回目) 5月28日 経団連と日経連が統合「日本経団連」発足(会長・奥田碩) 6月19日 鈴木宗男衆議院議員、あっせん収賄罪で逮捕 7月31日 健康保険本人3割負担、70歳以上1割負担など、患者負担大幅増の医療改悪法案、成立。自民、公明が強行。 9月17日 小泉首相、北朝鮮訪問。「日朝平壌宣言」。北朝鮮、日本人拉致を認める。 9月30日 第1次小泉第1次改造内閣発足。 ※顔ぶれが変わった人、役職名が変わった人だけ記載 農林水産大臣(大島理森、2003年4月1日まで。以後、亀井善之) 環境大臣(鈴木俊一) 国家公安委員会委員長・産業再生機構担当大臣(谷垣禎一) 防衛庁長官(石破茂) 沖縄及び北方対策担当大臣・個人情報保護担当大臣(細田博之) 金融担当大臣・経済財政政策担当大臣(竹中平蔵) 構造改革特区担当大臣・防災担当大臣(鴻池祥肇) 10月15日 北朝鮮の日本人拉致被害者5人が帰国12月10日 民主党・鳩山代表、統一補選での惨敗と、自由党との統一会派騒動をめぐっての党内混乱の責任を取る形で代表を辞任。菅直人氏が代表に。
2006年09月25日
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明日で、小泉内閣が終焉を迎える。で、本ブログとしては、過去5年半を振り返りたい。とりあえずの年表にした。まずは、2001年 4月24日 小泉純一郎氏、自民党総裁に選出される。 4月26日 小泉純一郎氏、第87代内閣総理大臣に就任。第1次小泉内閣発足(自民、公明、保守党連立) 内閣総理大臣(小泉純一郎) 総務大臣(片山虎之助) 法務大臣(森山眞弓) 外務大臣(田中眞紀子) 財務大臣(塩川正十郎) 文部科学大臣(遠山敦子) 厚生労働大臣(坂口力) 農林水産大臣(武部勤) 経済産業大臣(平沼赳夫) 国土交通大臣(扇千景) 環境大臣(川口順子、2002年2月8日~大木浩) 内閣官房長官(福田康夫) 内閣官房副長官(安倍晋三) 国家公安委員会委員長・防災担当大臣(村井仁) 防衛庁長官(中谷元) 沖縄及び北方対策担当大臣・科学技術政策担当大臣(尾身幸次) 金融担当大臣(柳澤伯夫) 経済財政政策担当大臣(竹中平蔵) 規制改革担当大臣(石原伸晃) 7月29日 第19回参議院選挙(自民64、民主26、公明13、自由6、共産5、社民3、保守1、無所属3) 8月13日 小泉首相、靖国神社参拝(1回目) 9月11日 アメリカで9・11同時多発テロ10月 7日 アメリカ、アフガニスタンへの報復戦争開始。10月29日 「テロ対策特別措置法」が2年間の時限立法で成立11月 9日 アフガン攻撃の米軍支援で、海上自衛隊の補給艦「はまな」、護衛艦「くらま」「きりさめ」を、インド洋に出動させた(2005年7月までに、多国籍軍に534回の燃料補給をし、約40万6000キロ・リットル、約155億円相当を供与。当初は、燃料補給の相手国は米国のみだったが、その後、11か国に拡大した)
2006年09月25日
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23日は、お彼岸の中日であった。いわゆる「本家」である、我が家には、私の叔父や叔母たちが、集まってくる。だから、子どもたちは大喜び。もちろん、仏様のお供え物狙いである。昔は、お彼岸といえば、ぼたもちだったのだろうが、それは、我が家で彼岸の入りの日からお供えしている。叔父や叔母は、そのことを知ってるから、「おばあちゃんはケーキも好きだったもんね」と言って、子どもたち用に、わざわざ買ってきてくれるのだ。サッカーの試合から帰ってきた次男ときたら、表に、叔父の車を見つけるやいなや、「いらっしゃ~い」と玄関で大声であいさつ。そそくさと台所に現れ、「今日は何?」と冷蔵庫の中身を確認作業。「やった~」というと、「僕もう決めたけんね」と数個のショートケーキの中から自分が食べるものを決定した。長男や三男も遅れを取ったと、あわてて冷蔵庫の確認作業に入る。「あんたたちは仏様拝んだの?」と言われると、あわてて仏壇の前に座って、チ~ン、チ~ンとやっていた。実に、にぎやかだ。叔父や叔母から、従姉妹の結婚話が披露された。来年ゴールにむかって、最終のツメの時期らしい。おめでたいことはいいことだ。いずれにしても、我が家のお彼岸は、亡くなった祖父、祖母などを拝むという行為の中で、親族の団欒の場である。
2006年09月25日
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今年の4月に起きた門司区の餓死事件。生活保護費の抑制が引き起こした「殺人的行政」だと、私の怒りもボルテージが上がったが、今月になって、北九州市の2005年決算をみて、さらに怒りに震えた。北九州市の2005年の生活保護費の予算は303億円。ところがそのうち13億円弱もの予算が余って、行政用語でいえば「不用額」として決算されている。区分でみると、保護費に関わる生活扶助が4億6000万円も余っている。何?これ!行政というのは、善かれ悪しかれ、年度末の土木工事のように、予算を使いきることを、やるもんだと思ってた。それを予算の5.6%も残して、わずかな保護費を打ち切り、市民を死に追いやる。絶対に許せん!保護費の問題をあれは、私には関係ないとは考えないほうがいいよ、達観視しているみなさん。保護を受けざるを得ない市民への行政の態度は、必ずや市民全体に波及するんだから。自公政治の「三位一体」攻撃は、当分続くわけで、地方自治体の財政は生易しくはないはず。保護費をカットするという考え方は、福祉・教育・暮らしをさらなるカットの対象にしていくことになる。怒れ!北九州市民!自公民市政は、みなさんの苦しみをわからない。市民の苦しみを胸に、怒りを力にして、三輪俊和氏ならやってくれるぞ~。
2006年09月24日
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朝からのソフトボール大会は、無事怪我もなく楽しく終わった。秋晴れのスポーツ日和のなか、久しぶりに太陽のもとで、一日体を動かした。やはり心地よい事だ。10代から60代まで、和気あいあいと。中学生に投げる60代の投手は「あんた、俺といくつ違うと思うか。手加減せい」と言ったり・・・。親子3代での参加もあったり。で、一番よかったのは、自分の体力について、もう少し考えていこうと思ういい機会になったことだ。
2006年09月24日
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明日は、校区の壮年ソフトボール大会。一応、怪我しないようにと、前日練習がナイターであったので、参加しました。いやー、やっぱり、歳には勝てませんね。壮年といっても13歳から参加してますから、30歳の歳の差はついて行くのがそりゃあ無理ですね。球は速いし、足はもつれるし。まあ、3号球なので、まだ目茶苦茶に速い球は飛んで来ないけどね。ついてはいけん。なのに、三男はわざわざ応援に来るとハリキッテるけど、ちょっと遠慮したい感じ。まあ、明日の目標は怪我せず楽しくで、その結果、自分の体力を自覚しようと思う。
2006年09月23日
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末吉興一北九州市長。20年の長きに渡り、国のいうままに、北九州を目茶苦茶にしていただいてお疲れ様でした。だからなのか、この4年分の退職金が、来年、税金から支払われる。その計算式は月給(134万円)×(60%)×48ヶ月=3940万円。9月市議会で、「市民に返還せよ」との野党(この街の野党は共産だけだ!)からの追及に、「考えてない!」と拒否。黒崎コムシティの破綻で29億円もの市の債権は、勝手に放棄しといて、自分の退職金にはしがみつく。怒れ!北九州市民!自公民市政は、みなさんの苦しみをわからない。市民の苦しみを胸に、怒りを力にして、三輪俊和氏ならやってくれるぞ~。
2006年09月23日
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今日は、今から北九州に出張である。連休と彼岸が重なって、博多駅はごった返してる。上司の言葉のニュアンスからすれば、これから北九州行きが増えそうだ。北九州市は、私が青春時代の14年間を過ごした街だから、そして、つれあいと知り合い結婚し、長男と次男が生まれ育だった街だから、私の愛する街である。人情の熱い街でもある。労働者魂というか、団結力というか、人と人の結び付きがとにかく強い。と、私は思っていた。ところがである。この街も、「新自由主義」「構造改革」路線で、街の経済から社会まで、ズタズタにされている。門司での餓死事件後も、孤独死も相次いでいる。生活保護を申請させないという行政の実態も明らかになってきた。もちろん、その責任の大元は、小泉竹中路線だが、自分の達成感だけで市政をふりまわした自公民市政にも大責任がある。この流れの大転換にうってつけの人が、三輪俊和氏だ。出張の前後で、私なりの働きをしたい。だから、北九州への出張は、大歓迎なのである。
2006年09月23日
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農業の自給率の話が、中学校3年生の公民の教科書に出てくる。で、長男がたまたま早く帰ってきた私をつかまえて言ってきた。「日本で米をいっぱい生産してアフリカに送れば、いいのにねえ」と。私は、しばらく考えて、「そうだね。でも、自民公明の政治にそれは期待できないね」と答えた。息子は、自分と私の意見が同じであることを快く感じたようで、なんかうれしそうに、自分の部屋に帰っていった。実は、私は、わざとに自分の意見を言わなかった。私は、アフリカで食糧危機がおきたときの緊急輸出は別として、「自国の食糧は自国で」が、私の考えだ。でないと、その国の農業は発展しない。農業は、子育てと同じである。つまり、自国の自立の問題なのだ。他国が出来ることは、緊急輸出であって、それを超えちゃうと、日本の胃袋をアメリカに握られてるように、食糧輸出国が輸入国の経済や政治を牛耳るようになる危険がある。まあ、安倍氏が日本の農業を育てるはずはないが、いずれにしても、食糧問題は国のポリシーの問題なのだ。
2006年09月22日
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荒れた学校をただすために君が代の強制が必要と言う石原都知事の記者会見をニュースでみた。おまけに、裁判官に対して、授業をみたことあるのかといい、前列2・3列だけが授業を受けてるけど、後は弁当食べたりしているといばって言う。おいおい、石原都知事。何様のつもり?あんたこそ、もう一度、判決文をしっかり認識すべきだ。ことは、子どもの教育の問題である。あなたが、判決を不服とするのは自由だが、都立高校生や今の若者たちをダメ呼ばわりする態度は、私は許さない!もし、そんな状況が本当にあるのなら、その子たちがなんで授業受けないか、膝付け合わせて聞いておやりなよ!その状況作った背景は、突き詰めれば、大人が作った社会の責任だ。少なくとも、あんたは、そういう生徒や親から給与もらってんだろうが!都立の高校生も黙ってないで、意見した方がいいよ。自分の人生の道は、人から言われることで決めるものでなく、自分で決めるものだよ。石原都知事は論外として、少なくとも私は、あなた方に期待してるよ!
2006年09月22日
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民家21軒が全半壊した臼杵市佐志生もやっぱり竜巻だった。被害にあわれたみなさんが、一日も早く元の生活を取り戻せるよう、願ってます。ところで、この臼杵市佐志生には、私はお世話になっているのだ。これは、このブログだけの話にしておいてもらいたいんだけど(そんなの無理かな?)、「関サバ」を食べに行く企画を私が4年前にしたんだ。で、いろいろな事がわかった。(1)「関サバ」とは、佐賀関漁港に水揚げされる魚であること。(2)「関サバ」は、豊後水道を泳いでいること。(3)だから、豊後水道を泳いでいるサバが、佐賀関以外の港から水揚げされると、「関サバ」という名前ではない。すると、値が安い。そこを調べて、私は臼杵漁港に水揚げされるサバを、臼杵市佐志生に食べに行ったのである。うまかったなあ!安かったなあ!食べきれんぐらいあったなあ!お世話になった○○さんありがとうございました。
2006年09月22日
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(3)「敵の姿を見たことがあるか」 並木の父(三浦友和役)の問いかけ「国とは何か」に続いて、「敵」を問いかける父。前線に行くまで、当時は、白人も黒人も、日本人は見たことなかったんじゃないのか。相手に勝とうと思えば、敵を知ることが大前提。当時の戦争は、実に愚かな事をやっていたものだと思った。そして、この投げかけが、並木から整備兵の伊藤に伝えられる。(4)現代の青年と戦争で夢をたたれた青年 好きな人に、「愛してる」とは言えても、自分の任務も語れない主人公。「任意だ」と言われているにもかかわらず、死の覚悟が前提の特攻志願をなぜしたのか。この状況は、現代の青年が理解するためには(もちろん私もだが)、一定の時代認識を必要とするだろう。映画では、主人公が、特攻を前にして、東京の実家に最後の別れと突然帰宅する。ところが、恋人美奈子は、近所の家が空襲でやられて、八王子に住んでいる。妹が兄の帰宅を美奈子に連絡するが、携帯どころか固定電話もなく、電報で知らせる。やっと合えたのは翌日の夜の走り出す列車の窓枠。これが、2人の最後の会話。こういう演出を見れば、現在の青年が当時の状況を知ることに役立つ。(5)戦争をどう伝えていくかアメリカ映画をみていつも思うのは、人間が歩んできた歴史をドラマチックに製作していることに感動する。それは、戦争についても、赤狩りについても、人種差別撤回のたたかいについても、当時は取り扱うことをタブーとされた問題でも、しっかりとした歴史考察で映画化される。ところが、日本では、テレビドラマでも、映画でも、第2次世界大戦当時のことを扱ったものが実に少数なのである(その点NHKの「純情きらり」は一貫して戦争中の状況を扱ったという点ですばらしい!)。学校教育でも、この時代の歴史教育は私は弱いと思う。そういう思いから、この映画をみると、戦争を知らない世代の私たちが、もっと知らない世代の子どもたちに伝えていくことの大事さを教えられた。秋のどこかで、周南市の「回天記念館」に行くことを強く思い感想とする。(了)
2006年09月22日
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21日の東京地裁判決は、じつにすばらしい判決であった。一言で言えば、「君が代」の強制は憲法19条が保障する「思想・良心の自由を侵害し、行き過ぎた措置」として違憲だと判断し、都教委通達は、教育基本法第10条1項の「不当な支配」に該当する違法なものとし、教職員に拒否の自由を認めた画期的判決だ。私は、小・中学校の入学式や卒業式で、つれあいとともに、起立はするが、君が代は歌わずにこれまでやってきた。これは、生き方の信念であると思ってる。なぜ、あの日の丸に向かって頭を下げなければならないのか。なぜ、「君が代」を歌わなければならないのか。心から「いや」であるし、これは、私の「思想・良心の自由」である。今、安倍氏を先頭に、愛国心の強制を中心とした教育基本法改悪論議がおこなわれているが、この司法の判断は、子どもたちの未来を束縛していこうとする政治の強制力に対して行き過ぎという考え方を明確にし、逆に、子どもたちの未来を指し示すものである。この判決を、国民みんなで大いに喜んで、教育基本法改悪を止めさせる大きな世論をつくることが大事と思う。日本国憲法 第19条 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。教育基本法 第10条 教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである。2 教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。
2006年09月22日
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この「ピクニック」は、キャンプのときや遠足のときによく歌った。で、必ず、アヒル役と、ヤギ役と、いぬ役と、豚役と、にわとり役と、うし役が決められて、歌ったものだ。歌詞を記する。ピクニック 萩原英一訳詞・イギリス民謡一、【※】丘を越え 行こうよ 口笛 ふきつつ 空は澄み 青空 牧場を さして 歌おう ほがらに ともに 手を取り ラララララ ララララ ララララ あひるさん(ガァガァガァ) ララ ララララ やぎさんも(メーーエ) ララ 歌声あわせよ 足並みそろえよ きょうは ゆかいだ二、【※】 ララララ いぬくんも(ワンワンワンワン) ララ ララララ ぶたくんも(ブブブブー) ララ 歌声あわせよ 足並みそろえよ きょうは ゆかいだ三、【※】 ララララ にわとりさん(コッコッコッコー) ララ ララララ うしくんも(モモモー) ララ 歌声あわせよ 足並みそろえよ きょうは ゆかいだでてくる動物と泣き声は、どうやら本によっても違うようだ。このところ、土日に雨模様が多い。次の連休がピクニック日和になることを願う。さて、この「子どもの音楽の教科書から学ぶ」シリーズは、秋なのに、先んじて冬の歌の記するのに抵抗があるし、とりあえず、12月までお休みすることにする。まあ、もっとも、このブログがそのときまで続いているかどうか、私も自信がないわけだが・・・。
2006年09月21日
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この「赤とんぼ」は、私が小倉で大学生から社会人になって勤め始めたころ、職場の先輩だったOさんがいつも飲み会の席上で歌ってくれた歌である。この歌が出ると、〆なのである。庶民の飲み会だけでなく、NHKなんかの「なつかしの~」や「思い出の~」でも、だいたい最後にしめくくる歌もこの歌だ。だから、日本人の心に染み入る名曲「赤とんぼ」とでも定義づけようか。まず、歌詞を記する。赤とんぼ 作詞 三木露風 作曲 山田耕作一、夕焼け 小焼けの 赤とんぼ 負 (お) われて 見たのは いつの日か二、山の畑の 桑の実を 小籠 (こかご) に 摘 (つ) んだは まぼろしか三、十五で 姐や (ねえや) は 嫁に行き お里のたよりも 絶えはてた四、夕焼け小焼けの 赤とんぼ とまっているよ 竿の先歌を聞くと、私は悲しくもなる。特に、3番。15歳でお姉さんが嫁に行った。何回か来てた手紙も、来なくなった。ここでいう「姐や」は、子守りの役の子のことか。当時は、数え年だろうから、実際には13歳ぐらいか。すると、この娘は、労働力としてある家に嫁いだことになるのか。幸せだったんだろうか。まあ、いろいろと諸説がある歌のようだが、このメロディーラインと歌詞は、やっぱり日本人の歌だ。最近、福岡市内でも赤とんぼが増えている。小学校には、ビオトープができ、小さな生物を飼育して観察する活動も始まっている。この歌詞は、現在と未来の子どもたちにすぐに理解できない部分があってもいいが、「赤とんぼって何?」とは言われない様に、我々大人が環境を守ることが必要だ。
2006年09月21日
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先日の放生会では、なしも、かきも、銀杏も、しいの実も、目にすることがなかった。父と、「最近は売っても誰も買わんけん、売りよらんとバイ」と会話したところだった。その父が、一昨日、山に行って拾ってきたと、栗を200個ぐらい拾ってきた。子どもたちも大喜びだ。山菜や野草取りと、川魚つりが趣味の父は、暇があると山に行く。そこで、今回の歌は、大きな栗の木の下で。 大きな栗の木の下で 作詞者1番不詳(2・3番は阪田寛夫作詞) 作曲者不詳一 大きな栗の 木の下で あなたと わたし 楽しく 遊びましょう 大きな栗の 木の下で二 大きな栗の 木の下で お話 しましょう みんなで 輪になって 大きな栗の 木の下で三 大きな栗の 木の下で 大きな 夢を 大きく 育てましょう 大きな栗の 木の下でこの歌は、終戦後、進駐軍の兵士たちが日本に持ってきたものを、聞き伝えて歌いだしたのだという。NHKテレビで「うたのおじさん」友竹正則氏が遊びの動作をつけて放送したのが広まるきっかけになったんだそうな。ただ、栗の木って、根っこの周りで輪になることがあまり想像できにくいし、栗の木が大きくなることって、これも何だか想像できないんだけど、みなさんいかがですか?アメリカでは、想像できるのかもしれませんね。一応、英文も掲載しときます。Under the Grown up Chestnut TreeUnder the grown up chestnut treeYou and me were talking toAnd we were dancing all of the daysUnder the grown up chestnut treeUnder the grown up chestnut treeAll of our family is talking toAnd we are dancing all of the daysUnder the grown up chestnut treeUnder the grown up chestnut treeAll of our descendants will be talking toAnd they will be dancing all of the daysUnder the grown up chestnut tree
2006年09月21日
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「美しい国、日本」と言葉だけはソフトな印象を叫んでいる「政権公約」。安倍新総裁の本質は何か。(1)教育総裁就任後の初の記者会見が、昨日の夜、テレビで流れていた。「教育基本法改正は最重要法案だ。しっかりとりくんでいく」と言いきる安倍氏。この間も、「ダメ教師にはやめていただく」「問題校には文科相が教職員の入れ替えや民営への移管を命じることができる学校評価制度を導入する」「国が危機に瀕したときに命をささげるという人がいなければ、この国は成り立っていかない」「国を愛する気持ち、涵養(かんよう)する心を育てる」などと、次々と教育をゆがんだ歴史認識と弱肉強食の資本主義経済原理で改悪していく怖い意気込みが伝わってくる。結局、日本の子どもたちを、アメリカと一緒に世界中で戦争するための体制作りの中に放り込み、弱肉強食の経済社会の中にものを考えずに黙って働けと放り込む。これが安倍氏の考えの終着点として、私には見える。私は、子どもたちを守るために、今こそたたかう。
2006年09月21日
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政治というのは、弱気を助け強きを挫くものだ。つまり、世の中をなるべく平等にして、一人一人の国民が自由に豊かに生きていけるために、国民から集めた税金を使う。だから、国民に主権がある。ところが、小泉政治は、その逆のことをやってきた。巨大企業や金持ちには、徹底して至れり尽くせり。国民には、痛みの押しつけ。この5年間で、生活が楽になったという人がいれば、勝組の特別利益を受けてる人だ。安倍新総裁は、この政治の流れを引き継ぐ。しかも、政見構想のトップは岸の血を受け継いでの憲法改悪だ。こんなことを掲げた首相は戦後初となる。私は、この内閣が日本を滅ぼす方向に向かわせる危険を持つものだとの思いから、このブログで意見を記していく決意だ。
2006年09月20日
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今日は、午後2時から4時ぐらいまで、テレビが、たかが自民党という政党の党首を決める党内総裁選挙にジャックされる。テレビ・新聞は、いつから自民党の「自由新報」にかわる自民広報部となったのか。まあ、自民党は、政党助成金で大量にCM流すお客さんだから、ポリシーのないテレビ局にあっては仕方ないことなのだろう。でも、狙い通りには、ちっとも盛り上がらない総裁選。それはなぜかも分析しないマスコミ。いずれにしても、主権者である国民は、全く不在だね。小泉のときは、まだ、あの自民党が壊れるならと国民が関心を持った。でも、安倍ではなにも変わらないと、国民は感じ始めている。で、マスコミの落としどころは安倍氏の圧勝のあとでの人事の争い。ここも、国民は不在だ。国会は、26日から始まるが、すると今度は、安倍VS小沢の対決報道が始まるというシナリオだ。朝日新聞によれば、小泉総理が、「(民主党は)すっかり昔の自民党になった。だから、昔の自民党と新しい自民党の闘いになる」といい、一方、民主党の菅代表代行は、「安倍は保守亜流、今や保守本流は民主党だ」と言っている。 この2つの政党は、「改革」を競い合ってたのが、なんだ「元祖自民党」を競争してたのか!太宰府天満宮に行った人は、みんな知っているよね。どの梅ヶ枝もち屋も「元祖」を競い合ってる。あれと同じことが、いまから国会で始まるぞー。ここにも、主権者国民は不在だね。
2006年09月20日
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「出口のない海」を観た。特攻という、太平洋戦争中、旧日本軍が人間を兵器とした玉砕戦法。多くの若者が2度と生きて帰れない事を知りながら、なぜ死んでいくのかを問いかけながら、突撃して行った。その事実を、映画として若者に届けようとの思いでつくられたのが、「紙屋悦子の青春」と、この「出口のない海」である。特攻隊といえば、私の印象も、これまでは飛行機であった。人間魚雷「回天」については、存在は知っていたが、事実を知らなかった。そういう意味では、この映画は、「回天」を知らせる歴史的な映画となるのであろう。したがって、私は、9月か10月に時間をつくって、周南市回天記念館に行こうと思う。ものがたりは、観ていない方のために、記さないが、「回天」についてあまり知らなかった私の感想をいくつか記す。(1)「回天」と「特攻隊」の違い「回天」は一度発進すると、2度と生きて帰れない特攻兵器。極秘扱いされているから、主役の並木(市川海老蔵役)も、恋人美奈子(上野樹里役)に「海軍」であることしかしゃべれない。そういう意味で、「回天」は、「特攻隊」ほどメジャーでなかったのだ。「特攻隊」が、かなりでたらめな機材で、飛んで突っ込めればいい程度でも飛ばしていたと言われているが、そのことと比較すると、「回天」はかなりの重装備である。積んでいる燃料は、ガソリンと酸素。1つの「回天」で1隻の敵艦をねらうわけだから、大量生産はされていない。ゆえに、特殊秘密兵器であった。マルロクというのが暗号名だ。したがって、この事実を多くの人に知ってもらいたい。(2)「国とは何か」 並木の父(三浦友和役)が問いかけた 「特攻」に志願した若者たちは、どういう思いで突撃していったのか?そういう風にさせた当時の状況はなんだったのか?映画では、主人公の並木が、甲子園優勝投手なんだけど肩を壊して速球勝負が出来ないで悩む。明治大学のエースの彼は早稲田に打ち込まれる。そこで、魔球開発に夢を見る。また、陸上部の同級生との戦争感めぐる喧嘩もし、美奈子との恋もする。そう、今の青年たちと全く変わらない青春がそこにある。並木が人間魚雷「回天」に志願する場面にいきあたった時、並木の思いで、当時の青年たちの気持ちを表わしている。そして、「国とは何か」と問いかけ、短絡的に愛国精神で命をささげるなと諭す父。こういう特攻精神を「愛国心」だという人達がいるが、彼らは決して「国」や「天皇陛下」のために死んでいったのではない。遺された白球に書き留められた魔球にかけた夢は、戦争によってせき止められた死んでいった多くの若者たちの夢の象徴でもあった。(続く)
2006年09月20日
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8月に記した長崎市山王神社の被爆クスノキの長さ10mと5mの2本の枝が、台風13で折れていることがわかった。原爆で一時は枯れ木状態になっていたのに生きぬいてきたクスノキ。元気を取り戻してほしい。
2006年09月19日
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やっぱり、観終わって9日もたつのに、感動がそのまま残ってる映画だ、「紙屋悦子の青春」は。先日、方言がおかしいと記したら、友人から、それは、平戸と鹿児島の言葉だと教えてもらった。映画を観てない方のために、解説すると、悦子は鹿児島弁で、悦子が見合いをして結婚した特攻隊の整備兵永与少尉は長崎県の平戸弁なのだ。それで、私が、博多弁に似ていると間違うはずだ。さらに、よくよく考えると、角川三姉妹(薬師丸ひろ子、渡辺典子)としてスクリーンデビューした原田知世は、長崎市出身。永与少尉を演じた永瀬正敏は宮崎県都城出身。原作者の松田正隆氏は長崎県出身。ここまで記すると、私が何が言いたいかわかった人もいるかな。そう、監督の黒木和雄氏は宮崎県えびの市出身だから、監督の遺作は、九州出身者によって作り上げられているのだ。最近、知ったのだが、原田知世の母親は、長崎の被爆者だとか。 そう考えると、見事に演じた原田の力は、肉親の戦争への思いも重ねあわせているのだと、さらに私の中でこの映画が深まった。
2006年09月19日
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北九州市は、もの20年間もの間、税金の使い方をまちがい続けている。末吉興一という市長が誕生して20年。1987年の市長選挙では、故松本洋一弁護士とのたたかいだったが、「中央との太いパイプが必要だ」と市民をあざむき、末吉氏が松本先生に勝った(私は松本弁護士から、司法の反動化のこと、憲法のことなど、いろいろと教わった)。当時の北九州は、新日鉄の城下町だったが、鉄の不景気いわゆる「鉄冷え」で、市民の気持ちもなえていた。そういう意味で、末吉氏が打ち出した「ルネッサンス構想」という、末吉自身が、建設省河川局次長、同土地局長時代に計画した大型公共事業は、市民の共感を得た部分はあるのかもしれない。しかし、案の定である。最初のうちは、紫川に橋をかけることばかり目立ってたが、その後、中央財界との「太いパイプ」で、財界が喜ぶ大型開発に、市民の血税を湯水のごとくに使い、AIM、メデイアドーム、コムシティ、ひびきコンテナターミナルなど、次々と失敗した。その上、失敗の穴埋めとつじつまあわせに、さらに税金をつぎ込んだ。私も、年に5回ほど、北九州に帰るが、どこにも巨大な開発されたビルと、その周辺の巨大な空き地を目にする。しかも、どのビルも「空テナント」状態なのである。勢いのない市政を物語るのが、人口。平成18年9月1日現在の推計人口は、99万0597人である。人口が多ければいいとは言わないが、大都市でありながら一貫して減り続けるのには、地場産業を育成しきれず、市民の暮らしと営業を大事にしない市政に問題ありといわねばなるまい。その大型公共事業の中で、一番の問題は、ひびきコンテナターミナルである。2005年4月に開港しているが、すでに累積赤字8億6000万円となっている。10万TEU(20フィートコンテナ換算個数)が、市が当面の目標に掲げている年間取り扱いコンテナ数。ところが、2005年度はその10分の1もない5800TEU。そこで、市は、急きょ、小倉コンテナターミナル(小倉北区西港町)に就航している5航路を10月末までに、ひびきコンテナターミナルに集約し、小倉は閉鎖すると方針立てたが、それでも、2006年度の取扱量は2万TEU程度にとどまる見通しだ。一方で、コンテナ量の増大が見込めないまま、2007年度からは、運営会社に対する国・市からの貸付金35億円の元本返済が始まる。さっそく、初年度は1億3000万円の償還を迫られる。先日、見学に行ったという友人が、広大な港に1隻もない状況を見て「ムダ遣いでは?」と質問したところ、「『テロ』が起これば、韓国や中国の大きな港が使えなくなるから、若松にコンテナターミナルが必要」と説明されたとか。しかも、おまけに、海の向こうの下関に新しい総理大臣が誕生したら、第二関門橋を本気でつくるというのだから、またしても税金が投入され市民は泣く羽目になる。この事態を変えれるのは、三輪俊和先生しかいない。見よ青嵐の嵐山 ゆるがぬ姿永久に 天が蹴る理想の翼 我等行く 大愛 ああ北方の学舎 若人の命 雲とも展ぶ
2006年09月19日
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昨日の台風の通過最中。私が予定通り、ドラマ「俺たちの戦争」を見始めると、長男と次男が、私の横に座りこんだ。「なんか面白そう」というのだ。2005年の青年と1945年の青年が、タイムスリップで入れ替わるところから、面白みを感じたのかもしれない。ドラマは実にいい作品だった。今の青年に戦争を考えてほしいとの思いが伝わってくるものだった。そういうドラマの力が、息子たちにも影響した。「正しい戦争なんてない」という文字だけのドラマの最後の画面に、長男と次男は、「あったりまえやん」「戦争なんか俺が許さん」と語り、床に着いた。このような、青年が自分ならどう生きるかと真剣に考える戦争と平和のテレビ番組をこれからも期待したい。
2006年09月18日
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日本ではじめての「敵対的買収」として注目を集めた王子製紙の北越製紙への公開株式買い付け(TOB)は、不成功という結果となった。実は、これはほんの序の口にすぎないらしい。2007年5月以降、新会社法によって、外国企業からもTOBのターゲットにされるとか。実際、製紙の会社では、日本一の王子製紙は世界7位。国内5位の北越製紙を手下に入れて、国内での地位を不動のものにして、いざ海外へというシナリオだったが、思い通りにはならなかった。 王子製紙は、この戦略を三菱商事や日本製紙が妨害に入ることも想定してなかったのではないか。マスコミは今後、TOBについての報道機会が増えるだろう。しかし、この結果がもたらすものは、残酷である。負けた会社側の社員と家族、地域を犠牲にすることになる。合理化先にありきは、今の日本に必要ない。会社は、人でつくられてることを今一度考えるべきだ。ヤマト建設の金太郎のように。
2006年09月18日
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列島に甚大な被害をもたらした台風13号が、とりあえず九州を去った。ところが、台風一過で晴れわたるという、いつものパターンではない。今もまだ、雨が降り続いている。今日は休みであったが、一日、掃除にあけくれた感じ。朝、外に出ると、隣のビルの1階にある自販機用ゴミ箱が、ひっくりかえって壊れてた。中のカンやペットボトルが、町内中に散乱してた。拾いながら次々と見つかるゴミ。ガスコンロ、すだれ、洋服、下着、看板、発泡スチロール、数々のビニール、かわら、等々。大体ベランダの物が飛ばされた感じだ。驚いたのは、中学校の校庭と横の街路樹。半分以上が、枝がドーンとおっこちていた。中には根元近くから、折れているのも。風が吹き抜けた事によるものなんだろう。掃除しながら、お向かいのマンションの13階に住む方と話したが、昨晩から今朝まで、ずっと揺れ続けて眠れなかったそうだ。うちに近所での、被害はあまりなくてすんだ。夕方からは2日間の連休を家に閉じ込められて、ストレスがたまってる子ども3人を連れて体育館に行き、卓球で汗を流した。被害にあわれた方に、心からお見舞い申し上げます。
2006年09月18日
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台風13号は、ただいま福岡市の北付近。近所では、ゴミ箱や木の枝が飛んでる。市内は雨も風もものすごいが、台風の目に近いことが幸いしてか、思ったより被害は少なそう。でも県下には、被害が広がりそうだ。市内では、停電している地域もあり、息子たちは、いつ停電してもいいように、今のうちにゲームをしとくと言って、しがみついてる。つれあいは、シンクロの活躍に涙している。まだ危険である。何事もありませんように。以上、福岡からお伝えしました。
2006年09月17日
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ずいぶんと風もはげしくなってきた。台風13号は、九州に来る前から、秋雨前線を刺激して、昨日までに相当な雨をすでに降らしてる。そして、いよいよ本体がいらっしゃる。頼むからおとなしく出ていってくれ!福岡通過予定時間は午後8時。ちょうど博多湾の満潮時間は20:04であり、心配だ。午後2時過ぎ、延岡市でJRの特急列車が脱線。映像観る限り、竜巻のような感じ。私は1985年8月に、九州に上陸した台風による竜巻で、当時下宿していた周辺が竜巻でやられた。たまたま、私の下宿は大丈夫だったが、友人たちと毛布や布団を届けたり、住めなくなった下宿生の仮住まいをさがしたおぼえがある。竜巻の力のすごさは、その時思い知らされた。農業の事も気になる。今から収穫時期を迎える果実や米も心配だ。自然の力を前にして、じっと祈るしかないんだなあ。以上、福岡からお伝えしました。
2006年09月17日
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台風はもうじき長崎上陸。福岡空港は午後3時以降、全便欠航状態。さっきまで飛んでた飛行機は、わが家上空を飛ばなくなった。ただいま、福岡に、大雨警報、洪水警報、暴風警報、波浪警報、高潮警報、雷注意報が発令中。雨がすごい。バケツをひっくりかえしたような雨だ。そんな中、朝からサッカーの試合に行ってた次男が、引率当番だったつれあいと一緒にびしょ濡れで帰ってきた。直ちに、つれあいと緊急買い出し。スーパーは駐車場も超満車状態。あっちこっちに、知った顔がチラホラ。次々と、「あら、大変ね」と気候のあいさつ。こういう時は、出来合いのもの、冷凍もの、麺類、菓子が売れる。お向かいさんは、九州電力の管理職。今から行って来ますとタクシーに乗り込む最中。そこに、買い出し終えて私ら夫婦が帰ってきた。ついでに私らも、行ってらっしゃいと見送った。台風の中で、安全と暮らしのために働いているみなさん。お疲れ様です。くれぐれもお気をつけて!テレビでは、番組の上か下に台風情報がテロップで流れてるけど、CM中は、なんで流れないの?これって協力求められないわけ?特に番組と番組の間は、CMばかり長いのよね。以上、福岡からお伝えしました。
2006年09月17日
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近所の家でも片付けが始まった。県下で103人が自主避難している。天神イムズが13:30で休業に。九州国立博物館も休館。夕方に、長崎上陸し、福岡を横断予定。まともに来そうだ。今、公民館に市役所から、職員が1名配置された。聞くと、通過するまで公民館にいなきゃならないとか。しかも、これまでは2名配置だったのに、今回からは1名配置らしい。本当にお疲れ様である。福岡は地震が起きたけど、行政の災害対策は心細い。これじゃあ、オリンピックに逃げられるわけよ。以上、福岡からお伝えしました。
2006年09月17日
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午後2時で、JR、西鉄電車は止まる予定です。風も強くなって来ました。雨も、だいぶ降ってきました。で、今日は仕事でしたが、もうやめて、帰ってきました。上司には、夕方ぐらいに報告しとこう。今から、家の回りの点検します。ドームのソフトバンク―楽天戦も中止になりました。以上、福岡からお伝えしました。
2006年09月17日
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夜、次男がサッカー部の練習終わってから、家族5人で、放生会に出かけた。次男はフェスタが終わってから、練習があったわけで、お疲れ様である。「行くぞ!」と声をかけると、待ってましたとばかりに、3兄弟は車に向かった。車で箱崎神社をめざしたが、千鳥橋で早くも渋滞。とっさの判断で、千代町に向かい、車を駐車場に止めて、地下鉄で箱崎神社に。これは、多少の交通費がかさんだが、早くて正解だった。つれあいの頭の中には、11:20からのチャングムの誓い化がちらついていたから、久しぶりにほめてくれた。子どもたちが向かったのは、お化け屋敷。毎年の恒例だ。ただ違うのは、去年までは怖がって入らなかった三男が、今年は2人の兄と屋敷に入ったことだ。胸を張って出て来た三男は、じつに頼もしくみえた。お化け屋敷の次は、射的。これは長男の得意ワザ。想定通り7発中6発が命中し、両手いっぱいの賞品を手にしていた。これまた、頼もしい。で、次男は次々と、面白い店を見つけては、家族に教えてくれる。これまた、頼もしい。帰りの地下鉄で、柳橋連合市場に魚屋を出している知り合いとばったり会った。毎年来てるのっと、聞いてみてびっくりした。魚屋だから、放生会に参るのだ。そうだ!生き物を放つから放生会である。魚屋さんに商売繁盛の御利益がありますように。
2006年09月16日
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朝の豪雨はすごかったが、昼には上がったので、サッカーの試合がなくなった三男を、昼から中学校のフェスタに連れて行った。バザー会場には、開会前から、ご近所の方も含めて長蛇の列。人気のある地域イベントである。三男と私が食べたのは、カレーライス、焼きそば、肉まんとジュース。その他には、ホットドック、中華ちまき、焼き鳥、うどん、赤飯、かしわ飯、パン、蒸しケーキなどのメニューがあった。準備したみなさんお疲れ様です。天気も昼から回復してよかったね。
2006年09月16日
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ただいま、サッカーの中止連絡が入った。やっぱりねって感じ。しかし、納得できないのが三男。もともとは3年生大会であったが、3年だけでは人数が足りないからと、1年なのに特別参加だった。公式戦初出場がふいになったんだ。なんでも欲張りの彼は、GOALをイメージしてたのかもしれない。また、今度ねって、励ましても、ふてくされたままの三男。片や長男と次男は、弁当が必要なくなり、これ幸いとつつきまくってる。
2006年09月15日
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6:52大雨洪水警報発令。今日は、中学校のフェスタ。祭りというかバザーというか。で、三男は、サッカー大会である。つれあいは、中学校のPTA役員なんで、フェスタに。だから、私は、サッカーの引率役を引き受けた。うちの車に3組の親子を乗せて、古賀市まで行く予定だ。だけど、この雨と雷。サッカーは、どんなどしゃぶりの雨でも雪でもやるが、雷ではできない。(7月末頃のブログに記してる)。とりあえず、準備だけはやってる。といっても、子どもたちをせかして着替えさせて、新聞読んでるわけで、弁当用意しているつれあいには、頭が上がらない。ありがとう♪
2006年09月15日
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今季限りで現役引退を表明している福岡出身の新庄剛志に、自民党と民主党が来夏の参議院選挙の出馬を要請していると報道されている。同じ福岡のものとして、新庄さんにアドバイスしたい。(1)新庄さんの持ち味と自民党、民主党というのは合わない。勝組でない中で、雑草のようにどっこい生きてるような新庄さんの生き方に共鳴している。だから、違和感感じる。(2)新庄さんが政治家とは似合わない。政治家は、スッキリしていない印象が強い。あなたには裏がない。政治家よりも、いろんな社会問題で、意見を発信していって欲しい。スポーツマンらしい生き方は、自民党のスポーツ議員を見れば、貫けないことは歴然。新庄さんにはそんな道は選んで欲しくない。で、自民党と民主党に一言。人気取りだけのやり方は、やめないと、結局、政治が軽く見られて、国民の政治離れが進み、アメリカのように、一部の人の選挙による大統領選挙で、国民が臨まないブッシュのような男が、世界を暗黒の世界に引きずり込むような状態にしてしまうんだ。人気と知名度にだけ着目するやり方には、これからも物申す。
2006年09月15日
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