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ときどき読ませていただいているブログに書いてあった文章の一部をを忘れないようにここにも書いておきたいと思うのだけど・・・・・。無断で引用してごめんなさい。 -------------------------------「覚えている必要のない事柄まで覚えようと努める必要はない」と、イギリスの生んだ新約学者、W・バークレーが述べていて、参考になる言葉である。以下、そのバークレー氏の言葉から引用してみる。 『記憶の中に不必要なものを詰め込むことを、断固として拒否しなさい。いつでも手の届くところにあるものを覚えていようと努力することはない。この理由から、聖書の各巻の順序を暗記するということに私は反対である。聖書の、ある巻がどこにあるかを知りたかったら、先ず目次を見て、それから必要なところを開けばいいのである。 それよりも聖書の中の大事な聖句を覚えたり、愛唱讃美歌を覚えたほうがどれほどためになることか知れない。たとえば、詩篇二十三篇、同四十六篇、山上の垂訓中の九福、いくつかのすばらしい譬、コリント人への第一の手紙十三章、ローマ人への手紙八章の終わりの部分、ヨハネ伝十四章など……。ドイツで多くの人々が経験したような、アウシュビッツ収容所や独房に入れられて聖書から引き離されるという時がやってきた、と想像してみるがいい。聖書の各巻の順序を口ずさんでみてもあまり慰めにはなるまい。だが聖書の大事な言葉を暗記していたなら、それはわれわれの生命のしっかりした支えとなってくれるだろう。』 ------------------------------これまでも同じようなことを言われもしたし自分でもそう思っているのだけど、なかなか実行できなくて。今朝はもう一度[的外れなことはしないで御言葉に目を向けなさい」と言われたように思う。コリント人への第一の手紙十三章 愛は寛容であり、愛は親切です。 また人をねたみません。 愛は自慢せず、高慢になりません。 礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、 人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。数年前のことだけど「愛は寛容であり、愛は親切です。 また人をねたみません。 愛は自慢せず、高慢になりません」この言葉が書かれたカードをトイレの扉に貼っていた。それは夫に対してだったのだ(--〆)あなたはこの逆ばっかりしてる!!この言葉の意味をしっかり読み取って!!って。ああ、なんという傲慢な私。反省!!追記「的を得る」より「的を射る」のほうがいいかな?と調べてみたら次のコラムがヒットした日本で最初に、そして永らく唯一、「的を得る」は誤用であるとしていた『三省堂国語辞典』が、その主張を撤回し、最新版にきちんと「的を得る」を立項したことで、「的を得る」が濡れ衣を免れて復権する日は近づきました。まぁ、もともと濡れ衣を着せた主犯も『三○○国語辞典』だったような気もしますが。
2015年08月28日
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「捨て魔」と言われるぐらい何でも捨てていた。ときどき、あー、あれは捨てないでおけばよかったぁなんてこともあるんだけど。家の中はあんまり何もないものだから友人に旅館みたいと言われたこともあった。実家に帰ると押し入れや納戸などにあるものを「これ、使わないでしょう、捨てちゃおうよ」って整理して。姉にそれぞれのゴミ収集日に捨ててねってお願いして帰るのだった。母と姉は私が帰ったあと捨てないで元の場所に戻していたのは知っていた。だけど、このごろ捨てられなくなった。その家の歴史ってものがあるんだなぁって。その物に。思い出とか。要らないようなものに見えるけど、その物に込められた思いみたいな。そこにあるだけで、なんとなく気持ちが豊かになるような気がするようになった。いちばん残念に思うのは実家にあった足踏みミシン。今あればアンティークでお洒落に使えるのになぁ・・・。何かに使えるから残しておこうと思うビンや箱の一部。まだまだクローゼットにある。 荒井献「イエスとその時代」なかなか進まない。難しい。でも終わりまで読もう。たぶんこうなんだ、昔から頭のいい学者の人たちがいろいろ資料を研究しているんだよ。でも分からないことも沢山あるんだよ。いろんな説があるんだよ。って。だから頭の悪い人はただ信じるだけでいいんだよって。でも、心のそこからただ信じるってことがとっても難しいのだ私には。哀しい。秋の空だ。
2015年08月27日
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夏バテだと思うしんどくて午前中はごろごろしてた。朝食のお茶碗も洗わずに。ごろごろしながら昨日から読み始めた柴田翔の「されどわれらが日々ーー」を読み終えた。この本を本棚から引っ張り出したのは戦後70年のさまざまな報道や番組をみたからなのか安保関連法案がこれからどうなるのかなってことや学生たちが反対のデモを計画していることを思っていたり、芥川賞作家などを調べていたことなどが重なってこの本を思い出したのかもしれない。ずっと昔この本を読んでずいぶんと大人の本だと思ったけれど、この本で芥川賞をとったとき柴田翔さんは29歳だった。そして登場人物は20代前半で、みんなエリートで生活には困っていないし随分と育ちが良かったし教養人で。だけど自死してしまう人もいて。その理由は今の時代では考えられないようなものかもしれなくて、その時代に生まれてしまったからとしか言いようがないのかな?そして今読み返しても登場人物たちはみんな大人なんだよねそしてなんとなく吉田修一の「横道世之介」を思い出した。横道世之介も同じ大学生活を送っているのだけど随分と青春時代の描かれ方が違っていて。どの時代に生まれるかってことで生き方が変えられてしまう。柴田翔さんてまだ存命だった。もうずいぶん昔の人だと思っていたのだけど。鹿児島に帰るとき全日空にのるのだけど「翼の王国」という冊子があって吉田修一さんがエッセイを書いていてそれを読むのが楽しみなのだわたしはこの時代に生きていて歳をとっていくのだけど。荒井献の「イエスとその時代」を読んでいて、あーあ、この本は読まない方がいいのかもと思ったりして。文章が難しくて進まない。信仰的というか福音的ではないというかよく分からない。酔芙蓉 この辺りではあまり見かけなくなってしまったなぁ・・・
2015年08月21日
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秋の気配がしてきて、トンボも飛んでいて夜には虫の音も。赤とんぼの代表種のアキアカネが激減し、地域で絶滅の恐れがある生物のリスト(レッドリスト)に加える自治体が相次いでいると今日の夕刊に載っていた。農薬が原因らしいと。お盆休み。近くて安くてちょっと満足できる場所はないかとあれこれネットで探した。東京の洋館などもいいなぁと思ったけれどバラや紅葉の季節のほうが庭園が綺麗でお勧めらしいので今回は見送った。なので東京国立近代美術館(入場料1000円!!)と工芸館に行ってみた。国立近代美術館から見た皇居(下手な写真だなぁ) 2時間余りかけて観た。美術館とはなんだ?!!美術館のA~Zみたいなコンセプトだった。芸術ってよく分からないのだけど。面白かった。行く前にちゃんと下調べをしておくともっと興味深く観れたと思う。写真も撮ってOKだった。いろいろ撮りたかったのだけど。これは矢に打たれるセバスチャンという題だったような。三島由紀夫もセバスチャンと関連していたのだけど沢山観たので題とか説明とかほとんど覚えてない(ーー;)工芸館(旧近衛師団司令部庁舎)・・・今回の美術館行きはこの建物を見たいと思ったのがきっかけだった。翌日は映画「日本のいちばん長い日」を見に行った。阿部総理の戦後70年談話もちゃんと見た。
2015年08月19日
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