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今年も年越しのカウントダウンはオーチャードホールで行われるテレビ東京の「ジルベスターコンサート」を一人で見る。夫は毎晩のことながらお酒を飲んで早々に寝てしまう。ちゃんと12時ジャストに終わるかドキドキしながら演奏を見ている。今年の指揮者は誰だろう。楽しみ。今年は失敗をすることが多かった。だけど見えてきたものがある。だから、これで良かったのだと思う。そう、今年はこれで良かったのだ。今日の明日だけど来年からまた一から築き上げていけばいい。大丈夫。今日も雲がやわらかな水色の雲がほわんと浮かんでた。冬の雲はやわらかい。そうそう、田舎に帰る飛行機からブロッケン現象が見えた。まんまるい虹の中に飛行機の形がまるでおもちゃの飛行機の形でクッキリと見えた。何度も乗っているけど飛行機から見たのは初めて。山登りをしていた時に穂高だったか間の岳だったかで見たことがある。あと一時間。ジルベスターをオーチャードホールで生で聞いてみたいなぁー。
2015年12月31日
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12月父の三年祭(仏教でいうところの三回忌)で実家に行った。母は孫娘夫婦と息子夫婦が初めて揃ったのでとても感激してた。母は着物を着ようとしたけれど手が後ろまで回せなくて帯が結べなくなってしまっていて、ご近所のキヨおばさんに来てもらって結んでもらった。帯が結べなくなったことがとてもショックだったらしく去年は結べたのにと何度も言ってた。私などはもう91歳なんだから帯が結べなくてもいいじゃんと思うのだけどいくら歳をとっても「いいじゃん」ってことはないんだよね。母はせっかく孫夫婦が来たのだから何かしたいのだけど料理も作れないから、お抹茶は出来るからとお抹茶を用意してくれてた。娘たちはお抹茶なんて初めてだぁーって喜んで。和菓子もきれいだねぇって喜んで。自分たちも茶筅でたてた。いい経験だった。三年祭は神主さんに来てもらって恭しく笛の音も響いて厳粛な時間だった。姉は何日も前からお供え物を揃える準備をしてた。田舎って大変。無事に終わってホッとした。こちらに帰ってきてからはNさんちのクリスマス会。毎年、土曜日のお昼にやるのだけど今年は平日の夜に行った。翌日からがん治療に入るSさんのために。だから出席者は11人と少なかったのだけど心あたたまるクリスマス会だった。司会の役目も無事に果たすことが出来た。20日は教会の礼拝と祝会。難病のため教会に来ることが出来ないMさんから障害者用のパソコンで一カ月余りかかって打ったというメッセージが届けられ牧師先生が読んでくださった。激しく魂が揺さぶられた。祝会はみなさんのお琴やギターやダンスやバンドの出し物があり、壮年会、青年会、婦人会の出し物があった。どれも楽しくて大いに笑った。でも一番は牧師家庭のスキット?というのかな無言劇には胸がいっぱいになった。大変ななかを通らされ今もまだその只中におられる夫妻が神様によって心底信頼し合っている姿に。今年は教会に行くのが辛かった。土曜日の夜は辛かった。明日の礼拝は休もう、いや行かなければと葛藤した。そんな私にクリスマスの礼拝と祝会において神様はたくさんの憐れみを下さった。神の家族の一人とされているのだと。ここに神の国が実現していると感じた。そう感じたのは一晩だけだったけど。一晩だけだったけど嬉しい。成熟したクリスチャンになる!!!!
2015年12月27日
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11月末の土曜日 娘夫婦と息子夫婦と一緒に鎌倉アルプスをハイキングした。北鎌倉駅で待ち合わせ。久しぶりの晴天とあって駅を降りると狭い道のずっと先まで人の黒い頭ばかりが見えてびっくり。江ノ電祭りもあるらしい。建長寺で拝観料を払ってなかに入ると人が並んでいる建物があったので入ってみた。天井絵お釈迦様の苦行像そこからハイキングコースに入ると階段ばかりが続き息が上がるころに展望が開け相模湾と雪の富士山が見える若宮大路もはっきりと見える暫く歩くと横浜のランドマークタワーも見える大平山を経て広けた場所に着いたので昼食。おにぎりと唐揚げと卵焼きと沢庵とお蜜柑と。美味しかったなぁ。写真を撮りたかったけど遠慮して撮らなかった紅葉にはまだ早かった獅子舞の山道。険しい。ここが鎌倉とは思えないほどの山道だった鎌倉宮に下ったところで「かえで」というお店でコーヒーとお団子を食べながら休息。そこから鎌倉駅までバスに乗った。来年もみんなで山歩きをしようねと約束した。まずは私の体力をつけなければ。
2015年12月02日
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御霊なる清き神わが弱き魂を主のもとに導きて隠れしめたまえかし 御霊よ、みたまよ 我が霊ぞ、憧れる すがりまつる手をば取りて 主に導きたまえかし先日、Mさんを訪問したときにこの曲を賛美したいと言われたのだけど私は知らなくて賛美できなかった。ユーチューブにあったので繰り返しきいている。クリスマスまでには覚えたい。できれば12月末にもう一度お伺いして共に賛美できたら嬉しい。クリスマスのお祝いをなーにもしないっていうのはどうだろう?それは出来ないよね。だったら、会堂をくら-くしてろーそくのひかりだけにしてさんびかだけをながしてただ黙想するだけっていうのはどうだろう?でも、それでは新しく来られた方々はびっくりするかもね。いえすさまのお話しをしなくてはクリスマスの意味がないもうすこしスマートにできたらいいなぁと思う。これからさきも、まいとし、おなじようにやっていけるのだろうか?と、ちょっと心配してみたりした。
2015年12月02日
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