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空を見上げると、時々心が晴れる。「何やってるんだろう」と日ごろの悩みがバカバカしくなる。人の及ぶ事など、自然の猛威の前では何の盾にもならない。どんな未曾有の大災害を人々に及ぼしても、晴れるときは晴れ、雨渋るときは雨模様となって、何変わりなく「空」は頭上を支配し続ける。「きれい」と言う感覚で空景を見たことが余り無い。どちらかと言うと「畏敬」を感じることの方が多い。空には神々が宿っている、などと判ったようなことは言わない。残念だけど、そんなに気高い宗教心は持ち合わせていない。ただ、人知で成しえない自然の光景を天空に見る時、自分がより多くのものの一つであることを痛感してしまう。時には、どんよりとした気だるい横顔を見せて、厄介なにわか雨を降らせて、街も道路も行く人も湿った空気に包み込んでしまって、物憂げな気持ちにさせる。ある時は、万感の思いを焦がすような真紅の落日を見せてやがて、山の端に、海の彼方に没して夜が支配する。あの彼方には一体何があるのだろうか?とよく想像する。あの白い月もクレーターに覆われた宇宙の一塵に過ぎない。その規模から言うと、余りの小ささに不可視な我われは、空が何であるかと語かたるソクラテスには成りようも無く漫然と空を見上げているだけの無力な人間だけれど、少なくともこの空の下に命ある「ひとつ」として生きている。色々と姿や色合いを変える空を眺めていると、「まあ、どうでもいいか」と開き直れる気持ちになるんだ。何かを信じるか信じないかではなくて、きっと、空は比類なき心深き詩人であり多彩な芸術家であるのだろう。だから僕たちは救われる。そこに空が開かれることで。◆◆ DigiBook ◆◆ 「空景五十象」神の手業、宇宙への無限門
2011.05.22
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神戸まつりには、やはり、サンバです。写真の被写体に「晴れモノ」「普モノ」と言う言い方がある。「晴れモノ」は、お祭やイベント景観地や写真スポットなど、いかにも写真の被写体としてにぎやかで艶やかなモノ。一方、「普モノ」は、普段の生活の何気ない事柄の中に、一興のあるものを探し当てて写真にすると言うモノ。何時からか、お祭のような「晴れモノ」写真に興味が薄くなった。もちろん、観光地などに訪れた際の記念写真としては価値がある。でも、写真に撮りたい物の、欲求みたになモノは別にある気がする。最も地元の祭は、生活そのものだから、役を引退したらじっくり写真を撮ってみたいものだが。ショールームの普段群れる。警戒今日は神戸まつりを覗いてきました。もう何年ぶりだろう。阪神・淡路大震災があって以来、神戸まつりには訪れていません。別にこだわりは無いけれど、華やかなパレードの裏で、一緒にパレードに参加した神戸の知人たちを思い出すから。今はもういなくなって、空に瞬く星の一つになってしまった。圧倒されるビート&サンバカメラマンも多い神戸サンバ陽気(妖気?)になるなあ神戸まつりには、伝統的にサンバのグループが多く出場します。とても活気があって、異国情緒のある神戸には何の違和感も無い。アップテンポのビートの中で、つい元気をもらってしまう。普段ならと思う超ド派手なコスチュームも不思議に感じない。復興支援がいっぱい所々に、東日本大震災を支援するブースも目立つ。ここは阪神・淡路大震災を経験した街だ。決して人事じゃない。ただ、この大変な人出には参ってしまう。元々神戸は百万都市、その上、観光客がドッやってくれば無理もない。ダースベーダー登場姫路おでーん(地元びいき)パレードは昼から半日続くから、出場グループはサンバばかりじゃない。セレクションはあると思うが「こんな団体が?」と思うものもある。でも、そこんとこが神戸らしいと言うか、センスのいい街ながら関西特有のコテコテした部分もちゃんと持ち合わせている。だから、どんなお祭でも充分普段着でいれる街だと思う。KOBE国際色あの震災の後、神戸はもう20年は元に戻らないだろうと言われた。誰もが疑わなかったが、あの瓦礫の街がたった5年で復興した。僕は信じている。日本人は困難が大きいほど立ち向かう民族だ。東日本の甚大な被害も私たちは協力し合いきっと超えて行くだろう。雑踏の脇に、小さな名も無き花が、ただそっと、咲いていた。そっと龍馬さん、神戸は変わったじゃろ■デジブックを見てください■ 神戸まつり2011 サンバと復興と国際都市みんなに発表中
2011.05.15
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もう40年余りは昔のことに成りますが、我が町で「姫路博覧会」と言うのが開かれました。歳がばれるけれど、当時僕は小学生で、どれだけ小さな胸をドキドキと弾ませたことか。その博覧会に合わせて、何とモノレールが旧国鉄の姫路駅前から会場となった手柄山までモノレールが敷設されました。当時のお金で確か5億円だったか(ちょっとええ加減やけど)を投じて建設されました。今日はゴールデンウィークの最中、散歩コースにしている手柄山公園に何やら大勢の人手が・・・後について上ってみると、当時駅舎があったところが整備されモノレールの展示室になっていました。それも、昔のプラットホームと線路をそのまま使っての展示。懐かしかったなあ。設計はロッキード社製だそうで、当時としては最速の時速120キロを誇ったとか。昔のことに執着は無いけれど、ほんま夢が在りましたね、あの時代。この大震災を同じ日本人として経験して、でもその場で被災した訳ではなく、この自分に何が出来るだろうと毎日考えています。仕事に出たら、忙しくてそんな所ではないことになってしまうけれど、実は仕事よりずっと大切な事なんだろうと思っています。単にボランティアに行きたいとか、そういう事ではなくて、もっと精神的な確りとした気持ちを持って、自分のこととして未来を未来をみていかなあかんと思ってます。[ With You Dream ]今年もまた たくさんの町で桜が咲き乱れて今年もまた あなたの街でハナミズキが咲いたろう僕らが 知っているあなたの故郷の景色がテレビの中の瓦礫に変わってもあの時笑ってた写真の中のあなたがあの日から会えなくなったとしてもきっと、何時までも、この日を忘れない。泣きつくしても足りない 多くの悲しみと人の力ではあがなえない 自然の猛威に一人の力は こんなにも無力だから今日からは 共に君が寂しいときも 苦しくて振り向けない時も今日からは 共に何も無い大地に立って 未来の夢を見よう2011.05.04 04:02You.Kogare.今日の写真はこのRICOH R8 のみで撮影しました。DigiBookにも立ち寄ってみてください。 《DigiBook》↓↓↓クリック↓↓↓ 「姫路モノレール」懐かしいモノレールと姫路博覧会とR8 「銀塩写真」1990奔放と迷走の鏡
2011.05.03
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