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・昨日、神戸元町の中華街に行ってきた。マーラーカオという、中華風のカステラを食べて小腹をふさぎ、買い物開始。レッドカレーペースト、ナムプラー、アヒルの塩漬け卵、笹の葉の乾燥させたもの、仙草というハーブの一種を澱粉で固めてゼリーにしたものの缶詰、さとうきびのジュース、ヤシ砂糖、レモングラスとナンキョウとコブミカンの葉のセットを200円分、アカワケギをやはり200円分。ぼくがバンコクで好んで購入していたものばかりで、当然地元のスーパーなどで買うよりずっと安いが、それでもバンコクのそれよりずっと高いのは、まあ、仕方ない。しかし、買うものが買うものであるせいか、中華系の商売人たちから「こいつは何人だろう?」と好奇の視線を注がれた。その後、やはり元町の葉巻専門店に立ち寄り、楽天市場であまり見かけない銘柄の葉巻を購入。家に帰って吸ってみたが、香りも味もまるでなく、心の底から落胆させられた。やはり、楽天市場で買うのが一番確実だ。・最近、持病の喘息の発作らしきものが時々起こり、息苦しくなる。9月ごろになると毎年必ず起こる現象で、そろそろ対処が必要だ。喘息の予防薬も用意するが、生姜の蜂蜜漬けを白湯に入れたものを飲むと楽になる。葛根湯も買っておこう。意識的に体を温めるものを摂らなくてはいけない。・姪がついに「つかまり立ち」をした。ハイハイも速くなった。台所など、危険物が置いてあるところに木製のドアをつけ、入って来れないように対処してあるが・・・。いつ、どこで何をやらかすか分からない。ちょっと怖い。・近所の農協の朝市からモロヘイヤ、オクラ、トマトなどが減ってきた。その代わりに、大根の間引き菜、茄子、里芋、薩摩芋などが安くなってきた。秋が来たなあ、と思う。松茸には興味がないが、その他のきのこ類には大いに食欲をそそられる。しかし、この近くの農家の人々はあまりきのこ狩りをしないか、しても少ししか取れないらしい。残念だ。・体重と体脂肪率が少しずつ減った。繊維質の多いものをよく食べるからだろう。便通も良い。
2007年09月14日
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・一ヶ月ほど前に新しく購入した携帯電話に、さっそく迷惑メールが送られてくるようになった。どう考えても一般的ではない、まるでアイドルの芸名のような名前で、いかがわしい内容の会話を、まるで旧知の間柄のような文体で書いてくるのだが、単語の選択や文章の組み方がそこら辺のコンビニで売っているポルノ漫画雑誌そのもので、男性スタッフが書いているのがバレバレである。その下手さ、馬鹿馬鹿しさが逆に笑えてくるので、しばらく放置しておこうと思っている。・今日は海南鶏飯を作った。タイではカーウ・マン・ガイ、マレーシアではナシ・アヤム、シンガポールではハイナニーズ・チキンライスと呼ばれているもので、東南アジアを旅行することがあったら食べずにはいられない名品の一つだ。・妹の長女が、もう少しでつかまり立ちができるようになってきている。非常に活動的で、いつも何かを振り回している。危険物に触れたりしないよう、対策を立てなくてはいけない。
2007年09月10日
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・昨日は、実に13時間も眠った。どうやらぼくは、風邪を引きかけていたらしい。鼻が詰まり、頭がぼんやりし、体のあちこち、特に膝、肘、肩の関節に違和感を感じる。明らかに風邪だと分かったので、葛根湯を飲み、水分をたっぷり取って眠った。だいぶ楽になった。食欲は十分にある。・最近、我が家の台所で蒸し器が頑張っている。残った野菜を蒸してから冷凍し、朝の味噌汁の実にしたり、魚や肉を蒸したり、和菓子を作ったりしている。
2007年09月07日
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・本日、午前10時起床。悪夢を見たが、内容をよく覚えていない。まあ、いつものことだ。インターネットを起動し、「ニュースクリップ」のホームページを見てタイ関連のニュースをチェックする。「タクシン前首相夫妻に逮捕状」「バンコクのホテルで火災」「タイ南部でイスラム系住民が銃撃され死亡」「ミャンマー国内の炭鉱に対戦車ミサイルらしきものが撃ち込まれ、タイ人技術者が死亡」・・・やれやれ。ぼくたち日本人が会社や銀行や裁判所で、数字や書類を用いてやっていることを、彼らは山林やコンクリート・ジャングルで、銃と爆弾を用いてやっているわけだ。所詮、人間のやることだ。大差はあるまい。・やはりインターネットによる情報だが、アメリカには「殺人マッシュアップ」なるものが存在するらしい。ニューヨークなどの大都市の地図をクリックすると、その地点で、どんな人種がどんな手段で殺害されたかすぐに分かるらしい。ブログ「タイつながり」では、「これはバンコクにも必要ではないか」と書かれていた。日本でも、あと数年もしないうちに必要になるだろう。・今日の夕食は秋刀魚の蒲焼。新鮮な秋刀魚を背開きにし、素焼きしてから一度蒸しにかけ、たれをつけて焼き、白飯に乗せて、粉山椒をかけて食う。ちなみに今日の昼食はホットドッグだった。ぼくはハンバーガーよりホットドッグが好きである。ケチャップはやや控えめ、マスタードは多め、グローバリゼーションなどと御大層な名前で呼ばれる彼らのイデオロギーは抜いてもらい、その代わりに、毒舌と皮肉とあてこすりをたっぷり振りかけて食らいつくことにしよう。・父が鯛のアラを買ってきた。頭、中骨、尾、皮、腹骨と、刺身に用いる身以外の部分が全て入っている。まず、全てを水に浸して血の塊や内臓の残りを綺麗に取る。これを、酒を加えた塩水に浸し、臭み消しの下処理をする。頭は一匹分を半分に割ったものなので、それの片方を塩焼きにした。また、皮は水気を拭き取ってから裏側に焼き海苔を貼り付ける。長芋のトロロに卵白と白醤油を加え、冷凍庫で凍らせ、ブロック状に切ったものをこれで巻き、天婦羅の衣をつけて揚げた。中骨、腹骨、尾は魚焼きグリルでこんがり焼き、これを昆布と一緒に煮出して出汁をとる。この出し汁で炊き込みご飯を作るつもりだ。頭のもう半分は、牛蒡と共に煮付けるとしよう。・今日、ふと思い立ち、インターネットで法律関係のHPを見ていると、銃刀法に関する項目にぶつかった。そしてその後、「日本刀の通信販売」と言う項目で検索すると・・・あった。日本刀や薙刀、火縄銃などが、現代では通信販売で買えるらしい。金額次第では一本買ってもいいなあ、と思ったが、値段を見て断念した。残念だ。・よく分からないのだが、ここ数日、朝青龍と言うモンゴル出身の角力取りが何やら問題を起こしているらしい。なぜそんなことがテレビや新聞で大きく取り上げられるのか、さっぱり理解できない。やはり日本は、ぼくにとって退屈な国だ。カンボジアで警官に4000バーツを騙し取られたことや、パトゥムターニー県でワニに出くわしたことなどがしきりに思い出される。 あの警官は今頃どうしているだろうか。今度出会ったら全身にマグネシウムリボンを巻きつけて火をつけてやろう。 あのワニはとてもおいしかった。特に尻尾の肉が最高だ。日本でもワニ肉は手に入るが、冷凍物よりも、締めたばかりの新鮮な肉のほうがうまいに決まっている。 ランジットの市場でタイ風チキンライスを売っていたオカマは元気だろうか。ラップラオ通りで会った、とても陽気なタクシー運転手はまだ生きているだろうか。 もう一度彼らに会いたい。タイに行って彼らに会い、一緒にうまいものを食いたい。
2007年09月05日
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・相変わらず、自宅で料理を作っている。冬瓜の生姜あんかけ、茄子や蒟蒻の田楽、麦とろ飯、糸瓜と豚ミンチのオイスターソース炒め、小松菜と油揚げの煮浸し、里芋や薩摩芋を蒸したものに生姜味噌を添えたものなど。また、今日は久しぶりにカスタードクリームを作ってみた。四年ほど作っていなかったので上手くできるか分からなかったが、わりと上手にできた。これを牛乳で溶いて耐熱容器に詰め、上に砂糖をかけてガスバーナーで炙ったものを食後に出すと喜ばれた。これはバーント・クリームと言うイギリスかどこかのデザートで、クレームブリュレとはちょっと違う。・さっき、ちょっとした事件が起きた。食器を片付けようとした母が転び、持っていたガラスの食器が割れて散乱した。怪我らしい怪我はなかったが、母は「私ももう年なのねえ・・・」と言いながらヘコんでいる。また、父もこの間、腹いっぱいになるまで飯を食い、ビールを三本飲んだ状態でビリーズ・ブートキャンプをやろうとしたので、ぼくは葉巻に火をつけ、盛大に煙を吐き出して妨害した。「スポーツをやっている人の横で煙草を吸うとは何事だ。非常識だぞ」と言われたが、「満腹で、しかもビールを三本飲んでエクササイズをやろうとする時点で既に非常識だ」と反論すると、父は黙った。ぼくは空気清浄機のスイッチを入れ、自分は家の外に出て葉巻を吸った。 問題が起こることが危険なのではない。問題が起こっていることに気づかないことが一番危険なのだ。・今日、買い物に行って砂糖を買うと、「お砂糖は天然の甘味料です」と書いてあった。なるほど。こういうキャッチコピーが書いてあると言うことは、「天然」と言う言葉にロマンを感じる人間が、日本には少なからずいる、と言うことだ。ちなみに、トラフグの肝臓や卵巣に含まれているテトロドトキシンと言う成分は天然の猛毒で、トラフグ一匹分の量で成人50名だか60名だかを奈落に引きずり込む威力があるらしい。ぼくはこの事実に、ロマンよりもユーモアを感じる。高等生物を自称するぼくたち人間が、魚ごときに振り回されているのだ。笑うしかないではないか。・映画「ホテル・ルワンダ」をDVDで見た。ルワンダ内戦の時、実際にあった事件を基にした話だ。アフリカを扱った欧米の映画のお約束とも言える、黒人と白人の対立がこの映画にも描かれている。肌の色の違いが流血を生むのは悲劇以外の何者でもない。それでは、白でもなければ黒でもなく、流血もない代わりに信ずるべき主義や思想も持たない、現代の日本人は何なのだろう。シェイクスピアは確か、こんなことを言っていた・・・「悲劇の悲劇たる所以は、悲劇の中に喜劇が営まれていることによって確固たるものとなる」。ならば、悲劇も喜劇も起こらないならば、それは何だ?仏教で説くところの「悟り」か。それとも死か?・ぼくはここ数日、買い物に行き、料理を作り、犬を散歩させ、退屈極まりないテレビのニュースで政界や芸能界の動向を知るよう努力する一方で、葉巻を吸い、レモングラスのお香を炊き、本を読んだり、あるいはただぼうっとすることを楽しんでいる。どうやら、ぼくの人生には不純物がかなり含まれているようだ。日常生活と非日常的な思索。どちらが不純物なのか、ぼくには分からない。まあ、純粋だろうが不純だろうが人生は人生だ。人生ごときに頭を悩ますより、明日の昼食に何を食べるか悩むほうが良い。そのほうが非人間的で、つまり健全な考え方と言うことだ。
2007年09月03日
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・ぼくは、9月2日にタイに行く予定になっていたが・・・。どうやら、少なくとも二週間、あるいは一ヶ月、二ヶ月の単位で伸びることになりそうだ。ぼくを採用することになっているタイ企業の事務手続きが遅れに遅れているのだ。タイ人は、日本人に比べて仕事が遅い。いや、遅いと言い切ってしまっては彼らに悪い。より正確に言うなら、自分と他人の意識に差があることを自覚していない、あるいは、自覚してはいるが、その差を埋めようという発想がない。やれやれ・・・。・映画「ナイトミュージアム」をDVDで見た。アメリカ、いや、アングロサクソン人種の言語文化は、ぼくにとって実に興味深いものである。それに加え、彼らの食文化も、違う意味で興味深いものである。実は「ナイトミュージアム」を見る前、「スーパーサイズ・ミー」を見たのだ。・夏だから、と言うことで、テレビで怪談が人気を博している。本屋でも必ず怪談コーナーが設けられている。しかし、お化けや幽霊なんてどこが怖いのだろう。この世で一番恐ろしい怪物は人間だろうに。「人間は人間にとって狼である」と、どこかの学者も言っていた(名前は忘れたが)。・あまりにもヒマなので、ここ数日テレビばかり見ている。ぼくが日本を離れているうちに、新しい流行語がどんどん登場している。「干物女」「美しい国」などなど。どうやら彼ら(主にマスコミのことだが、それ以外にも色んな連中がいる)は、新しい言葉を使えば新しい考えが表現できるかどうか、挑戦し、議論し、実験しようとしているらしい。ご苦労なことだ。錬金術師が金を生み出そうとして結果的に失敗したが、その代わりにアルカリやら酸やらを見つけ出したように、こうした議論も、意外な副産物を生み出すだろう。ただし、それがどんな目的に用いられるかは分からない。本来は雑草の一種でしかなかった大麻やケシがマリファナやヘロインに形を変えて社会を汚染し、蒸留技術の発展によって生み出された強い酒は水よりも多くの人を溺死させ、ノーベルの発明したダイナマイトが硬い岩盤でなく、人間を爆破するために使われたように。・今日もまた農協の朝市に出かけ、地場野菜のコーナーを見ていると、面白いものがあった。蓮の葉である。これを買って帰り、家の乾物入れを開けると、だんご粉とくず粉があった。この二つを上白糖と混ぜてザルごしし、少しずつ水を加えて練り、蓮の葉で包んで蒸してみた。蓮の葉の香りが移り、なかなか良いものだ。今度は豚肉ときのこか何かに田舎味噌を塗りつけ、蓮の葉に包んで焼いてみよう。・インターネットを利用していると、様々な情報が目に入ってくる。その中には、対人関係や自分の外見、現金収入などがよく見受けられる。他者から好かれたい、美しく、カッコよくなりたい、金持ちになりたい・・・こうした欲求はいついかなる時代、あらゆる社会に存在するが、自分の欲求を正直に吐露できるのは素晴らしいことだとぼくは思う。どんな美男美女も、どんな大富豪も、どんな天才も、銃弾が顔面を撃ち抜くか、飲酒運転の2トントラックが目の前に突っ込んでくるか、覚せい剤でラリった男が鉈を片手に襲いかかってくるかすれば一巻の終わりなのだが、多くの人は実際にそういう状況になるまでは、そんなことは考えもしないし、そういう事件が起こっても、「次は自分かも知れない」とは考えない。国土交通省かどこかのホームページにアクセスし、日本で年間あたり何人が交通事故で亡くなっているか調べてみれば、死神はどこにでもいるのだ、と言うことが実感できるはずだが、そんなことを彼らはするまい。 鈍感であることほど強力な防衛能力はない、とある作家が言った。なるほど、その通りだ。そして、優秀なごく少数の人材ではなく、愚鈍な絶対大多数の人間によって社会を運営することを目指した民主主義は、政治思想上の成功例の一つに数えられて良いだろう。と言っても、「勝者は決して進化しない、ただ肥え太るのみ」という言葉を、ぼくは無視できないのだけれど・・・ねえ。アメリカ人や、アメリカのやり方を無条件で素晴らしいと考えてしまう世界各国の皆さん。
2007年08月31日
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コウです。今回も近況報告をば。・今日、久しぶりにタイ料理を作って食べた。 トムヤム・ムゥ・クルアン・ナイ。豚の内臓を入れたトムヤムスープ。 カオニャオ・ナムプリック・オン。乾燥唐辛子、ニンニク、プチトマト、納豆を石臼ですり潰し、かなり多めのサラダ油で香りが出るまで炒め、そこに豚ミンチを入れて炒め、ナムプラーで味をつける。今回はナムプラーが少ししかなかったので、カツオの血合を塩漬けにしたものを加えた。これに味をつけず、ただ蒸しただけのもち米を添えて食べる。これはタイ北部の名物料理で、ビルマ民族の料理の影響を強く受けている。生の胡瓜やゆでたじゃがいもにつけて食べても良い。 パックブン・ファイデーン。和訳すると「炎の空芯菜」となるが、大した料理ではない。空芯菜を刻みニンニクと共に味噌炒めにしただけの話だ。しかし、こういう料理にこそ滋味があるとぼくは思う。 うまいタイ料理をたらふく食べ、ヤシ砂糖のシロップを加えたアイスコーヒーを飲み、キューバ産のシガリロを吸って、ぼくは久しぶりに人間らしくなった。ただ体に良く、栄養があるだけの食べものを料理とは呼ばない。それを食べ、「よし、もう一頑張りしよう!」と思えて初めて食物は料理たりえる。そうでなければ、それは料理でなくエサである。エサは獣の食べるものであり、ぼくは、少なくとも今日は獣ではない。明日はどうか知らないが。・昨日、一昨日と、バンコクの知人に電話をかけたが通じず、今日やっとこさ通じた。仕事でシンガポールに出張していたとのことだ。・我が家の愛犬さくら(黒ラブ)は竹輪に目がない。ある日、ぼくが玄関から出て郵便物を取りに行くと、彼女は(メスなのだ)ぱっと外に飛び出し、明後日の方向に走っていた。ぼくは家の中に戻り、パンと手を打って「さくら、ちくわー!」と叫んだ。彼女は飛び出したのと同じ、いや、それ以上の勢いで家に駆け戻り、ぼくに飛びついた。これからこいつをシシマルと呼ぼうと思ったが、父に「それはやめてくれ」と言われたのでやめた。・米ぬかを買ってきて塩、昆布、たかのつめ、それに米の研ぎ汁を加えて糠床を作り、茄子、茗荷、胡瓜、小かぶを漬け込んだ。米の研ぎ汁に塩を加えたものに野菜を漬け込み、乳酸発酵させる方法はミャンマー人の知人から習った。そこに米糠を加え、即席の糠床にしたわけだ。野菜だけでなく、塩漬けにした鰯や鯖を漬け込み、焼いて食うのも実にうまい。タイでは米を精米する際、モミ殻と糠を同時に除去するので、米糠は市場に出回らない。・そば粉を熱湯でこねたそばがきをラップに包み、冷蔵庫の中で二晩放置したものを薄く切り、油で揚げてみた。なかなかうまいものだ。・母がビリーズ・ブートキャンプのDVDを借りてきた。妹と父が挑戦したが、二人とも脱落した。ぼくはそんなことをしない。一日三食をきっちり食べ、十分な睡眠を取り、車やバイクに乗らず自転車で買い物に行き、ビールやコーラを飲まず麦茶や水を飲み、重さ2キロの石臼を使って汗だくになって香辛料をすり潰し、愛犬と共に走り、姪を抱えてぶんぶん振り回し(これが好きなのらしい)、クーラーをつけずに辛い料理を食って汗を流す。それだけのことで、ぼくは7キロの減量に成功した。体脂肪率も26パーセントから19パーセントになった。・今日、自室の押入れを整理していると、出てきてはいけないはずのものが出てきた。これは確か、ワシントン条約か何かで輸出入が禁止されている、あの動物の○○○・・・。さては、あいつがぼくの部屋に置いていったのか。どうしよう、捨てようか、それとも焼酎に漬け込んで滋養強壮に飲もうかと五分ほど悩み、結論を出した。 見なかったことにしよう。・最近、「女帝」と言うドラマを妹がよく見ている。ドロドロした人間関係を描くドラマだが、ぼくはそれを見て、「日本の愛憎劇なんざ可愛いもんだ」と思ってしまった。 タイでは、古今を問わず男と女のいざこざが多い。本妻が夫の愛人を射殺する、あるいは浮気した夫の○○○を切り落とすなどの事件は三流週刊誌すら記事にしない。別に珍しくもないのである。しかも、切り落とした○○○はアヒルや豚に食べさせ、再生不可能にするそうだ。また、最近もっとも人気のリベンジ法は、にっくき相手の顔面に硫酸をぶっかけると言うもの。さらには、手榴弾、筋弛緩剤、HIVウイルス、自動車のブレーキへの細工。仁義なき世界だ。まあ、ぼくには妻も愛人も恋人もいないので、特に問題もないのだが。・「ぼくは~、ぼくは~、お腹が空いてる~、ぼくは~、それを~、喰い殺す~ 喉元に噛みついたぁ~、頭をもぎ取ったぁ~、すぐに噛み砕いた~、そのまま呑み込んだぁ~、ぼくは~、それを喰い殺すぅ~」 こんな鼻歌を歌いながら魚の頭を切り落とし、腹を割いて内臓を取り出していると、妹から「その歌やめてよ」とクレームが来た。なぜだろう。 ぼくたちが普段食べている肉や魚は、生きた動物を殺し、その肉体を切り刻み、そこからさらに様々な加工をして作られる。工場で化学薬品から合成されるわけでも、試験管の中で培養されるわけでもない。麗しい言葉でごまかしても無駄ではないか。ぼくたち人間は、生まれつきの完全菜食主義者でもない限り、捕食者であることを宿命づけられているのだ。 すき焼きやフライドチキンや豚カツを嬉々として食べる人間が、なぜ臓物や血液に拒否反応を示すのか。フカヒレの姿煮は上品だが、芋虫やコオロギの唐揚げは下品か。喰いたくなければ喰わなければ良い。喰いたければ喰えば良い。自分が食わないものを他人が喰っているのを指差し、笑うのが趣味ならそうしたまえ。ただし、その嘲笑の裏に眠る自らの愚かさに気づいた時、口中に広がる不快な後味はどんな美酒でも消すことができまい。
2007年08月28日
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コウです。今回から、「○○回めの日記です」と書くのをやめます。今回も手短に。・ここ数日、より正確に言うなら帰国してから、ぼくは言いようのない息苦しさに苦しめられている。ぼくはその正体を確かめるべく、過去の記憶を探っていた。つまり、タイ国にいた時のことだ。 初めて訪れたバンコクは、はっきり言って臭かった。排気ガス。限界まで汚れた運河。腐った果物や魚の匂い。公衆トイレの糞尿臭。それに、ナムプラーや香辛料、ヤシ油の匂い。ぼくはタイ料理が大好きで、ナムプラーなどは良い匂いだと思うが、日本人には苦手な人も多い。 ある日、ぼくは八百屋で大根を買った。すると、袋の中から土臭い匂いがする。よく見ると、ちゃんと洗ってないので土がついているのだ。ぼくはそれを大根おろしにして食べた。とても辛かった。涙が出そうになった。辛いからではなく、これが本当の大根であることに気づいたからだった。大根は土の中に埋まっているのを引っこ抜いて収穫する。だから、土臭いのは当たり前なのだとぼくは気づいた。タイ国では、カキを食べると潮の香りがし、淡水性の海老を塩焼きにしたものを食べると香ばしい中にも泥の匂いがした。卵を買ってきてオムレツにして食べると、これもやはり匂いがした。卵が、実は非常に匂いの強いものであることをぼくは実感した。 タイ国の公衆トイレは臭い。なぜか。多くの人がそこで糞をするからだ。だから糞尿の匂いがするのは当たり前だ。しかし、外国人観光客が多く訪れるデパートなどのトイレは臭くない。そこではトイレの匂いを消すために、洗剤を使って掃除をしている。化学薬品のカクテルとも言うべき汚水が運河に流れ込む。そこにも魚が住んでいる。背骨が大きく曲がった、奇形の魚もいる。ちなみに、タイ国では人間にも奇形が多い。 タイ人の友人が、「ぼくの友人が、きみに日本料理を習いたいと言ってるんだけど」と言い出した。その時、ぼくはヒマだったので、「材料費をそちらで負担してくれるならいいよ」と答えた。約束がまとまり、ぼくは高架式電車のアソーク駅で降りた。少し歩くと、歓楽街として有名なカウボーイ通りが見えた。帰りにも同じ道を通り、アソーク駅に向かった。カウボーイ通りにある店の前で、けばけばしい化粧をし、扇情的な服を着た女たちが客引きをしている。それに誘われて店に入っていく観光客の中に、明らかに日本人だと分かる連中が少なからずいるのを見て、ぼくは口の中で、誰にも聞こえないように「クエンティン」と呟いた。これはタイ語だが、意味はご想像にお任せする。とてもじゃないが、ここに訳語は書けない。 バンコクには、世界中から様々な人間が集まってくる。ぼくはそこで生きるために、多大なエネルギーを必要とした。そして、そのエネルギーの源となるものが沢山あった。 ぼくは今、日本にいる。ここでは、バンコクほどエネルギーを必要としない。そして、エネルギーの源となるものも少ない。大根は辛くないし、トマトは青くさくないし、鶏肉はぶよぶよのブロイラーで、内臓や血は取り除かれている。漬物は塩辛くないし、缶コーヒーは甘さが薄い。 ぼくはタイに、今度出会ったらその場で殴り倒してやろうと思っている男が一人いる。殺しはしない。ただ、死んだほうがマシだと思うような目に合わせてやりたい。実現の可能性は限りなく低いが(ぼくの聞いた情報が確かなら、そいつは今頃、刑務所の中にいるはずだから)。ぼくの場合、こうした憎悪や軽蔑もエネルギー源となった。そして、そいつが当たり前のようにやっていたこと(大麻、買春、違法賭博、窃盗、寸借詐欺、・・・)を、ぼくは決してやるまいと心に誓った。 ぼくは、日本には殺したいほど憎い人間がいない。日本人は善人ばかりだ。日本は治安が良い。日本は美しい。善人でない人間を激しく攻撃し、治安を乱す可能性のある者を自分たちの社会から追放し、美しくないものを徹底的に排除して、この国は守られている。限界まで鋭く研ぎ上げ、ほんの少し触れるだけでも皮肉を切り裂き、少しでも扱いを間違えば簡単に折れる、日本刀のような国。サムライ精神はまだ生きているようだ。いや、軍国主義と言ったほうがより正確か。 早くタイ国に戻りたい。この国にいると、ぼくまで日本刀になってしまいそうだ。・昨日から体調不良が続いている。胃腸の調子が良くない。何だか頭痛もする。風邪薬を飲んでみたが、あまり効果がない。・最近、爆音や銃声を聞かないなあ・・・と思っていたが、当たり前の話だ。ここは日本なのだから。それに、トイレで用を足す時、肛門が熱くなることもない。
2007年08月27日
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コウです。245回めの日記です。今回も手短に書きます。・今日、地元の町の駅前に行くと、駅前のタバコ屋で葉巻を売っていた。しかも、キューバ産のものだ。この店には以前から葉巻はあったが、香料がたっぷり入ったアメリカ製の安物ばかりだった。ここ最近、喫煙者自体の数は減りつつあるようだが、葉巻を吸う人は少しずつではあるが増えているらしい。「葉巻を吸うようになってから、紙巻タバコが欲しいと思わなくなった」と言う人もいるらしい。タバコを吸うことは良いことではないが、あまりに締めつけすぎると却って逆効果ではないか、とも思う。シンガポールのように、徹底的に喫煙を制限したため、外国人犯罪者によるタバコの密輸が社会問題となっている国もある。光が強くなれば影も濃くなる。ただそれだけの話だ。・姪が相変わらずぐずるので、何か意表をつくようなことをすれば泣き止むかと思い、両手で大きくモミジの葉の形を書きながら「もみじまんじゅう!」と叫んでみた。姪は一瞬泣き止んだがまた泣き出し、代わりに母と妹が吹き出した。人生は思うようにいかない。・今日、買い物帰りに母の知人に出会い、世間話をした。ぼくがタイで就職することになったと話すと、ひとしきり感心した後、「ところで、タイではトイレットペーパーを使わないって本当?」と聞かれた。ぼくは「ええ、本当ですよ」と答えた。すると知人は顔をしかめていた。タイでは、トイレで用を足した後、手で尻を洗う。手桶に水を汲み、股間に流して手で洗う。その手はもちろん石鹸で洗う。ちなみにタイでは、トイレとシャワーが共同であることが多いので、事が終わった後に水浴びをしてしまえば実に爽快だ。ちなみに、トイレットペーパーもちゃんと売られている。尻を拭くためではなく、ティッシュペーパーの代用品として使うのだ。彼らは、紙を買えないから紙を使わないのではない。紙を使うより水と手で洗うほうを好む、ただそれだけのことなのだが。
2007年08月26日
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コウです。244回目の日記です。今回も手短に書きます。・ミャンマーの民衆がガソリンの値上げに対して抗議のデモを行った。このニュースがとても気になる。ミャンマーの軍事政権が力を失いつつあるのか。もしそうだとしても、ぼくはそれを素直に喜ぶ気になれない。ネ・ウィンは死んだ。キン・ニュンは首相の座を追われた。アウンサンスーチーは民衆への演説を続けている。バルカン半島は「欧州の火薬庫」と呼ばれていた。ほんの少しでも火花が散れば大爆発を起こす。ならば、アジアの火薬庫はミャンマーだろう。バンコクで会ったカナダ人の言葉を思い出す。「ユーゴスラヴィアの次は多分ミャンマーだ。アウンサンスーチーは間違いなく敗北する。彼女は賢く、誠実で、民主主義を理解している。そして、賢くもなければ誠実でもなく、民主主義を理解してもいない人間の扱い方を知らない」そのカナダ人は、ぼくがミャワディで出会ったミャンマー政府軍の兵士と同じ歩き方をしていた。ぼくは政治家でも傭兵でもミャンマー国民でもない。ただの日本人の料理人に過ぎない。ミャンマー国の政治状況を心配する義理などない。ただ、ぼくはバンコクで出会い、シャン族の料理を一緒に作り、水かけ祭りの日に弾けるような笑顔を見せた二人の少女、そしてその家族や友人が戦禍に飲み込まれぬよう願っているだけだ。今度、あのカナダ人に出会うことがあったら(可能性は限りなく低い。名前も聞いていないし、本当にカナダ国籍かも疑わしい)こう言おうと思う。「あなたは鋭敏な感覚を持ち、タフで、銃火器の扱いに習熟している。そしてあなたは、鋭敏な感覚を持たず銃火器も扱えないが、タフで、視野が広く、優れたバランス感覚を持つ人物がミャンマーに山ほどいることを知らない」 ※上記の記述は事実を元にしたフィクションです。・相変わらず歯が痛む。痛み止めの影響で胃が荒れ、味覚がおかしくなっている。早く治さなくてはいけない。・大使館でビザを申請するために必要な書類がバンコクから日本に送られてくる手筈になっているのだが、いまだに来ない。国際電話をかけて確認すると、ビザの申請に必要な書類が思っていたより多く、それがまだ揃わない、との返答だった。まあ、仕方あるまい。「お役所仕事」の国で、まさにその「お役所」にお伺いを立てるのだ。はあ・・・。・今日は妹が寝不足で不機嫌そうな顔をしている。その感情を読んでいるのか、姪がやたらとぐずっており、ぼくが構ってやっても泣き止まない。妹もぼくも困り果てていたが、ふと思いつき、生の胡瓜を、誤って飲み込まないよう大きめに切ったものを与えてみた。あっさり泣き止み、熱心にしゃぶり始めた。どうやら好きなのらしい。・今日はモロヘイヤと長いもが安かったので買ってきた。モロヘイヤは柔らかい葉だけを摘み取り、さっとゆでてから水に取る。これの水気を絞り、包丁で気長に叩くとねばねばしてくる。これをすりおろした長いもと混ぜ、めんつゆとわさびをさらに混ぜ、かき混ぜたものを麦飯にかけて食べた。それと、そば粉があったので、お湯で練ってそばがきにし、割り箸に巻きつけ、田楽味噌を塗って焼いた。田楽味噌には生姜の絞り汁がたっぷり加えてある。付け合せのしし唐とコンニャクも串に刺して焼いた。それに加え、さつまいも、鶏肉、しめじ、昆布、焼き豆腐、小松菜などを使った具沢山の味噌汁も作った。と言うか、冷蔵庫の中で中途半端に残り、出番がないことにいじけていた材料を全部放り込んだら結果的にこうなった。わりとうまい。すごくうまいわけではないが、すごくうまいと一回か二回で飽きるので、わりとうまいくらいでちょうど良いと思っている。・タイに戻ったらタイシルクとフアヒンコットンのパジャマを送れと母と妹から命令がきた。この命令に逆らった場合、実家で葉巻を吸うことを全面的に禁止するとのお達しだ。ぼくは仕方なく了承し、12月ごろにクリスマスプレゼントとして送る、と答えた。ただし、30年後のだが。・今日、じゃがいもが袋に詰め放題で70円というのを見かけたので買ってきた。600グラムくらいは入っているはずだ。そして数時間後、父が野菜を買ってきた。じゃがいもとピーマンと玉ねぎ。ああ・・・。いっそのこと、もっと山ほどじゃがいもを買い込み、お餅投げならぬじゃがいも投げをやってみようかと思った。きっと観客が殺到するだろうが、警官も駆けつけてきそうだから涙を呑んで廃案にした。明日、じゃがいものニョッキでも作ろう。
2007年08月25日
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コウです。243回目の日記です。今回は手短に書きます。・昨日、歯が一本折れた。ものすごく痛かったので痛み止めを飲んだら、副作用で胃が荒れてしまい、ご飯が食べられない。胃薬を飲んで寝たら収まったが、今度は椅子の角に足の小指をぶつけ、思わず屈んだら今度はテーブルの角でおでこを強打。何だか疲れているのか、それとも何かに憑かれているのか。・さっき、電話でバンコク在住のタイ人の友人と話をする。「そちらの気温はどうだ」と案の定聞かれる。「気温はタイよりマシだが、湿気が多くてたまらない」と答えると、「そっちにはクーラーがあるだろ。大丈夫だよ」と返ってきた。「クーラーが買えない人やスポーツをしている人が暑さで何人も亡くなっている」と言うと、「なんでこんなクソ暑い中でスポーツなんかするんだ。その人は正気を失っていたのか」と聞かれる。「一台の車に十一人で乗り込んで時速100キロ超でかっ飛ばす奴にそんなこと言われたくない」と言おうと思ったが、やめた。・妹の長女が、現在生後9ヶ月になる。どうやらぼくのことは気に入っているらしく、お腹の上に乗せてあやしているとそのまま寝てしまうことがよくある。それはそれで良いのだが、昼寝しているぼくの顔面に平手打ちをするのはやめてほしい。・最近、飼い猫のチャコがコウモリの子供を捕まえてくる。生きているうちに助けて外に放してやるのだが、必ず死んでしまう。母が「料理して食べたら」と言うが、ぼくを何だと思っているのだろうか。確かにぼくは、タニシやワニやコオロギを、バンコクでせっせと食べていたのだが。・自宅から自転車で3分ほどのところに農協が主催する野菜専門の市場がある。規格に外れた野菜や農家の人々が自家用に栽培している野菜が売られているのだが、空芯菜、四角豆、オクラの花、ヘチマ、白ナス、ヒラタケなど、タイでよく食べていた野菜をけっこう見かける。農家の人々が趣味で栽培しているのか、それとも昔からあるが、市場に出回らないだけなのか。どちらにしろ安いので、せっせと買い込んで料理している。・ぼくは昔から、「あんたが食べているとどんなまずいものでもご馳走に見える」と母に言われる。どうやら、ぼくは食べものを、すごくおいしそうに食べているらしい。ぼくが食事をしていると、犬や姪がぼくのことをじーっと見ている。あまりにも熱心なので、愛犬さくらに生の胡瓜をあげた。食べた。苦瓜、人参、さやいんげん、キャベツ、モロヘイヤなども食べる。お前には肉食動物としての誇りはないのか。・近所のダ○エーのフードコートにインドカレーの店ができている。チキンカレーとナンのセットがサービス価格だったので昼食に食べていると、隣のテーブルでたこ焼きを食べていた子供が母親に言う。「ママ、あのおじちゃんインド人!」ぼくはバンコクでいろんな人に出会った。フットマッサージのおばちゃんには「あんたチベット人でしょ」と言われ、アメリカ人のおっさんに「お前、イタリア人だろ」と言われ、韓国人観光客には「おれの昔の仕事仲間がフィリピンにいるんだ。○○ってやつなんだけど、知ってるか?何、知らない?お前、どこの出身だよ。○○はイロイロ出身なんだけど」と言われた。最初は楽しんでいたぼくだが、だんだん面倒くさくなってきた。どこかでハチマキでも買ってきて、日の丸と「大和」という文字を染め抜いて頭に巻いておこうかと思っている。・タイで買ってきた、ごつい中華包丁で豚のスペアリブをぶつ切りにしていると、姪がいきなりぐずりだした。妹と母がなだめているが、機嫌が悪いらしい。そこでぼくは台所から、「泣ぐ子はいねがー!」と叫んでみた。それ以降我が家では、なまはげごっこ禁止令が出されている。姪はケタケタ笑っていたのだが。・日本に帰ってきてから、ほとんど蚊に刺されたことがない。辛いものばかり食べているからだろうか。母や妹は刺されまくっているのだが。・ギター侍とレイザーラモンHGとヒロシをテレビで見かけない。今頃どうしているのだろうか。
2007年08月24日
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コウです。242回めの日記です。今、日本の自宅のパソコンでこの日記を書いています。ビザの関係で一時帰国しており、9月2日に再びバンコクに戻る予定です。コウがタイに渡ってから一年弱の時間が経ちました。コウはタイ国内で、洪水、ワニとの遭遇、軍事クーデター、自宅への空き巣の侵入、タイ式のお葬式への参列、カンボジアやミャンマーへの陸路での渡航、中国正月、タイ正月の水かけ祭り、灯篭流し、そして、かつて愛した女性との関係の断絶を経験しました。その間に日本では、首相が橋本氏になり、ギター侍やレイザーラモンHGが姿を消し、原子力発電所のある地域に地震が起こり、コウの母方の祖母と飼い猫の一匹がこの世を去り、妹が女児を出産しました。いろいろなことが次から次へと起こり、コウはそれに対応するだけで精一杯でした。しかし、それでもコウはタイで生きていくことを選択しました。今、コウは、かつての恋人であった中華系タイ人の女性とは別の女性を好きになり、タイ語がある程度は話せるようになり、その結果、コウはタイ人の思想に深く根を降ろしているいくつかのタイ語を、魂の奥の深い部分で理解しました。そしてそれは、コウが「典型的な日本人」ではなくなったことを意味しました。コウは変わったでしょうか。変わったかもしれません。変わらないかもしれません。ただ、コウはこの一年の間に、とても重要なことを学んだような気がします。それは「マイ・カウチャイ」。和訳すると「分からない」。分からないことを「分からない」とはっきり言うこと、それはとても勇気のいることです。誰にだってプライドがあります。「分からない」とはっきり言って他者から馬鹿にされたりはしたくないでしょう。しかし、はっきり言わなければいけない、逃げてはいけない状況というのが存在します。コウの元恋人は、異常なまでにプライドの高い人でした。そして、それ以上に臆病な人でした。分からないこと、知らないことを分からない、知らないと言えず、見え透いた嘘を並べ立て、自分の殻に閉じこもり、罵声と暴力で身を守り、その結果として他者からの信頼や尊敬を失い、それによって起きる精神的なストレスを、自分より弱い者を攻撃することで発散させようとする人でした。彼女は自分にとって都合の良い事実、あるいは作り話だけを寄せ集めて、自分という人間を演じていました。そのことに気づいた時から、コウは彼女の存在を、現実のものと思えなくなりました。彼女の表情や言葉の全てが作り物としか思えなくなったのです。そして今、コウは再びタイに向かうために、少しずつ準備を進めようとしています。恋人と別れてからのコウの前には、「現実」が広がっていました。ごっこ遊びではもはやない、本物の体験でした。そして、現実というのはコウが思うほど恐ろしくはないのだ、ということに気づきました。次にタイに行った時には、一体なにが起こるんだろう。今から一年後、コウは何をしているのだろう。オカマの集団スリに囲まれて財布を抜き取られるのか、暴走バイクタクシーに乗ってバンコクの町を爆走する羽目になるのか。タイ北部の田舎町でトウモロコシでも栽培しているのか、それともバンコクの日本料理店で、タイ人相手に寿司を握っているのか。頭を剃り、黄色い衣に身を包んで托鉢に出向くのか、それともスーツを着込み、冷房の効いた部屋で書類を読んでいるのか。どんなことでもいい。それが作り物でないなら、何が起こってもいい。さあ来い、現実よ。ぼくは無知だ。何にも知らないし、何にも分からない。 だからこそ、ぼくは自由だ。
2007年07月20日
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コウです。241回めの日記です。昨日のことです。コウの恋人の弟が、何の脈絡もなく言いました。「コウ、カレー作れるか」カレーって日本のカレーでしょうか。それくらい作れます。「ぼく、日本のカレーが食べたいよ。コウ作ってよ」なるほど。まあ、材料はあるようなので、引き受けました。車に乗って買い出しに行きます。コウの恋人と、その弟が一緒です。すると、コウの恋人が言い出しました。「うちのお母さん、すき焼きが好きなのよ」「おー、いいね」「私はお刺身食べたい」「ぼくも!」そんなこんなで、コウはカレーだけでなく、すき焼きと刺身も作る羽目になりました。コウの恋人のお母さんは牛肉を食べないので、肉は豚肉です。他には、春雨、豆腐、空芯菜、白菜、豚肉のつみれ玉、こんにゃくなど。一方、刺身のほうですが、ここでコウは迷いました。タイの魚なんて刺身にできるのか。まあ、やってみよう。魚屋に行くと、色の黒っぽい鯛に似た魚が売られていました。タイ語でプラーなんとか、英語だとナイルティラピアとかいう魚です。川魚ですね。肉質も鯛に似ています。でも、匂いが気になる。それに寄生虫も。。。これにコウは、日本の伝統的な方法で対処することにしました。まず、魚の頭と内臓を取り、きれいに水洗いします。さすが川の魚、内臓のくさいことくさいこと。それをきれいに洗い流し、三枚おろしにして刺身用にサク取りし、。。。ここからがポイントです。鍋にお湯をぼこぼこ沸かします。皮付きの魚の身に、熱湯をかけ、すぐに氷水に落とします。じゃぶじゃぶ洗って水気をふき取り、薄造りにします。これ、日本では湯霜造りと言います。ライムを添えて、わさび醤油と山椒醤油でいただきます。湯霜にかけたのが良かったのか、くさみも消えて、なかなかの美味でした。コウが日本の料理を作ったことは、コウが台所にいる間に、あちこちに伝わりました。最初、5人分ほど用意するはずだったのが、いつの間にか10人前用意することに。。。そして最後は、お約束の酒盛りです。やってきた人の中にはタイに来て6年近くにもなる日本人もいて、「すき焼きなんて4年ぶり!嬉しい!」と大喜びして、すごい勢いで食べてくれました。その後作ったカレーは、コウも食べるつもりでいたのですが、その前に全部なくなりました。やれやれ・・・。ま、良かった良かった。みんな喜んでくれて。
2006年07月21日
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コウです。240回めの日記です。今、バンコク郊外のK地区にあるコウの恋人の家で、パソコンを借りて日記を書いています。皆さん、お元気でしょうか。着いた当日、コウは向こうの家族から、「コウ!お帰り!」と迎えられました。で、ぼくたち結婚するよ、と言ったら、あっさりOKが出ました。コウだけがびっくりしていました。といっても、結婚ビザを取るのはかなり難しいので、最初はタイ語学校に通い、学生ビザを取ろうと思います、これなら9ヶ月くらいタイに滞在できるので、きっと何とかなるでしょう。コウはタイに来て、さっそく1キロ太りました。食べものが、そりゃあもう、おいしくておいしくて。屋台の汁そば、多様なフルーツ、安くてうまい焼肉料理、ココナッツのお菓子。わあ、どうしよう。これだと1年後には、コウはストローを二本つっこんだビア樽になってしまいそうです。コウが今使っているパソコンは、日本語の読み書きができます。日記もかけるし、皆さんのブログにもお邪魔できます。よかったよかった。そんなこんなで、コウはとても元気です。皆さんはどうでしょう。こっちは暑くて面白いですよ。ふふふふふ。
2006年07月15日
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コウです。239回めの日記です。明日、コウはタイへ旅立ちます。帰国日は未定です。一週間で帰るかもしれませんし、もしかしたら3年くらい帰らないかもしれません。このブログを閉鎖しようか、とも思いましたが、絶対帰ってこないと決めたわけではないので、閉鎖ではなく塩漬けにしようと思います。塩漬けし、風にさらし、じっくり熟成させて、極上の生ハムのようにおいしくなるでしょうか。昨日、あまり眠れなかったので、今日はもう、早めに寝ます。明日はきっと、日記を書く間などないでしょう。だから、今のうちに書きます。行ってきます。皆さん、お元気でいてください。コウは向こうでおいしいものを食べ、タイ人のようにパワフルに生きようと思います。それでは。
2006年07月11日
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コウです。238回めの日記です。今日のコウの朝ごはんは、おにぎり2個でした。昼ごはんは冷たいうどん。おやつはフライドポテト。晩ごはんは、モロヘイヤと油揚げの味噌汁、たたきキュウリの和え物、だし巻き卵、ショウガごはんです。とにかく暑いので、それほどたくさんは食べられません。夏バテの5歩手前です。実を言うと、今日は大して何も起こらなかったので、書くこともそれほどありません。ただ、日本にいるのも後3日で、行ってしまったらもうどうなるか分からないのだ、ということが、コウの心にぼんやりとあります。かといって、絶対帰ってこれないわけではないし、一度暮らしたところへ戻るだけの話だ、とも思うので、以前タイに行った時の前一週間のように、コミックを大人買いして全巻読破したり、日本でしか食べられないものを大して食べたくもないのに食べたり、自分の部屋をぴかぴかに磨き上げたり、そんなことはしません。ただ、流れに任せます。観光に行くわけではありませんから、別にガイドブックを読み込む必要もなし。平和です。今までいろんなことを体験し、ことあるごとにトラブルに巻き込まれてきたことがウソのようです。嵐の前の静けさ、とも言いますが、嵐の前に静けさなんてない、あるのは大暴風雨だ、というのがコウの持論です。大暴風雨どこ行ったんだ。かえって怖いじゃないか。今、葉巻を吸いながら日記を書いています。意味もなく平和です。まあ、いいや。どうせタイに行ったら、トラブルにまみれて生きる羽目になるんだから。
2006年07月09日
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コウです。237回めの日記です。今、ニュースを見ていたのですが、今話題の「男前豆腐店」が、産業廃棄物を無断で燃やしたとして書類送検されたそうです。産業廃棄物は大豆かす。つまり、「おから」です。どうでもいいっちゃどうでもいいことなのですが、おからも、工場から大量に出るようになると産業廃棄物になっちゃうのです。勝手に燃やしちゃダメなのです。この事実を、コウは今日初めて知りました。そうかあ。おからってヘルシーな食べものだけど、量が量だもんな。イワシだって上手に料理すればタイやヒラメと肩を並べるくらいおいしくなりますが、昔は獲れすぎて畑の肥やしにしてたのです。でもなあ・・・何だかなあ・・・・。食べものを産業廃棄物と断定しちゃうのって、どうなのかなあ・・・。
2006年07月06日
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コウです。236回めの日記です。以前から書いていたことですが、コウは、7月12日にタイに旅立ちます。その準備を、コウは今進めているのですが、今のうちに、タイでは食べられそうもないものを食べる、というのもそれに含まれます。大盛りのざるそば、牛スジ肉の煮込み、イチゴのショートケーキやシュークリームなどですが、それらはもう大体食べつくしました。ちなみに、ここで一つ、皆さんにクイズです。タイ人にとって、一番のごちそうとは何でしょうか。さあ、みんなで考えよう。・・・・・・。はい、時間切れ。正解は魚。それも、川の魚ではなく海の魚です。ナマズ、ライギョ、フナ、コイなどの川魚は、タイ全土でたくさん獲れるので安いのですが、海の魚はそうはいきません。肉よりも何よりも、海の魚は一番のごちそう。値も張ります。コウが今日までに食べたのは、手長ダコ、シャコ、ハマチ、トビウオです。手長ダコは、きれいに掃除してから、醤油少しを入れたお湯でボイル。冷ましてから切り分け、塩水に氷を浮かべたものをガラスの鉢に用意し、薄切りのキュウリと一緒に浮かべます。本当は、これは「水貝」と言って、アワビでやる料理なのですが、タコでもなかなかのもの。シャコは煮つけ。砂糖と醤油、それにほんの少しのみりんを煮立てて煮汁を作り、カラごとのシャコをごく短時間で煮付けます。汚れた手を拭きつつ、カラをむきながら食べるのです。ハマチはお刺身で。わさび醤油ではなく、からしを溶いた酢で頂きます。トビウオは三枚におろして小骨を取り、塩水で洗ってから、皮ごと出刃包丁で叩いてミンチ状にします。ここにネギ、ショウガ、味噌を加えてさらに叩きます。どこの地方のか分かりませんが漁師料理の一つで、「なめろう」と言います。これだけでコウは、白いごはんを四杯も食べてしまいました。さすが漁師料理です。人生にはいろんな状況があります。つらいこともいっぱいあります。でも、自分の作った料理をおいしいと思えるなら、まだ大丈夫だ、とも思います。葉巻もまだあるし、面白い本もあります。以前、コウは上司から、こんなことを言われました。「お前は何でも馬鹿正直にやりすぎだ。少しはズルをすることを覚えろ。まっすぐ進むだけじゃ世の中は渡れんぞ」確かにそうでしょう。でも、コウは、可能な限りまっすぐに、馬鹿正直に進みたいです。ズルをして、ウソをついて、あちこち曲がりながら生きると、最後に後悔するのは自分のような気がするからです。ベーブ・ルースのように、全力でバットを振りましょう。当たるか当たらないかは、仏さまにお任せしますので。
2006年07月05日
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コウです。235回めの日記です。今日、旅行会社に行ってきました。7月12日の、昼ごろのフライトです。あと10日くらいありますが、今から荷造りを、ぼちぼち進めています。コウは、タイに行くのは二度目です。おそらく、短くても一ヶ月ほどの滞在になるでしょう。長ければ、一年以上になるかもしれません。今日、コウは悩みました。タイに何を持っていくか悩んだのです。パスポートだの現金だの身分証明の書類だのは当然として、衣類、常備薬、地図。それから後は・・・。とりあえず、コウは日本語の文庫本をいっぱい持っていくことにしました。やることがない時のヒマつぶしにもなりますし、タイには日本語書籍専門の古本屋が何件かあるので、邪魔になれば売ることもできます。タバコは免税店で買いましょう。それと、今日、味噌、醤油、みりん、かつおだしの素、塩昆布、粉山椒などを買いました。コウは梅干がそんなに好きではないので、これは外します。さて、ここまでで、あっさり20キロを超えました。別にコウがタイまで運ぶわけではないので重いのはいいのですが、問題は、飛行機への持ち込みに重量制限があることです。むー。どうしよう。ブログ仲間の師伊さんの情報によれば、持ち込みは25キロまでだが、30キロまでは手数料は取られないそうです。以前のタイ滞在で、コウは、海外で生活するために必要なものはそれほど多くないことを知りました。観光地を見て回る必要性は感じないし、現地の物価は安いので、食費は大してかかりません。衣類は十分にあります。ま、何とかなるでしょう。マイペイライ、マイペイライ。
2006年07月03日
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コウです。234回めの日記です。今日、職場の上司に、タイに行く旨を伝えました。「アホか」と言われました。しかし、今回の事件の顛末を話し、「お前が連れてきた子だ、お前が責任を持って送り返せ」と両親に言われている、と話すと、納得してくれたようでした。明日、航空券を買いに行きます。出発は7月の12日くらいになりそうです。今回、コウは渡タイし、婚姻届を出すつもりでいます。必要な書類は可能な限り揃えました。それでも、婚姻が認めてもらえる保障はありません。でも、何もしないよりマシです。これからどうなるんだろう。不安です。でも、その一方で、旅立つことを楽しみにしている自分がいます。ある旅行ライターがこう書いています。「私にとって、旅は麻薬だった」。その通りかもしれません。ただ、間違いなく言えるのは、このまま行動しないよりはマシだということ。ベストの方法が分からないなら、少しでもマシな方法を選ぶしかありません。
2006年06月30日
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コウです。233回めの日記です。前々回の日記で、コウの恋人が非常にわがままであること、それをコウと同居している両親にまで言ったことで、「もうタイに帰れ」と、本気で言われたことを書きました。それから、少しだけ、いえ、コウにとっては極めて大きな進展がありました。正直に書きます。コウの恋人は、一時、アルコール依存症になる寸前であったことがありました。日本で、身内が一人もおらず、孤独に暮らすことに耐え切れず、眠ることもできなくなり、大量にお酒を飲んでいたのです。時には、風邪薬や頭痛薬などの市販の薬を、大量に服薬したこともあった、と本人は言います。それらのことからコウが読み取ったのは、コウの恋人の、精神力の弱さでした。嫌なことがあっても我慢する、やりたいことがあっても自制する、他人の意見をちゃんと聞く、そうしたことがまるでできない。そして、精神力の弱さの裏返しとして、歪んだ自己主張の欲求、つまり闘争心が植えつけられました。悪いことをしても絶対に認めない・・・。徹底的に他人に反抗することが彼女にとっての自己主張であり、アイディンティティーでした。そんなぎすぎすしたある日のことです。コウが仕事から帰ると、自分の部屋から妙なにおいが漂ってきました。そして恋人が、ぐったりと眠っていました。何かおかしい。あわてて押入れを開けると、押入れの中に漬けてあった、3リットルもの梅酒が全部カラになっていました。「彼女が飲んだ」コウはすぐに理解しました。そして、彼女をトイレに引きずっていき、のどの奥に指を突っ込みました。彼女が嘔吐して、もう何も出なくなったら、今度は水を大量に飲ませ、再び指を突っ込みました。それと同じことを何度か繰り返しました。彼女の顔色がだいぶ良くなったのを見て、寝室に連れて帰り、寝かせました。そして翌日、コウは彼女に言いました。「ぼくと別れて、タイに帰ってくれ」それは彼女が、コウにもっとも言われたくない言葉でした。「どうして。私たち、恋人でしょ」コウは言いました。「ぼくは、きみを愛してた。きみの強さが好きだった。でも、今のきみは違う。きみは、自分を攻撃するやつと戦う、と言った。でもそんなの戦いじゃない。本当の戦いは、自分との戦いだ。仕事や人間関係の問題がイヤになっても、逃げない。我慢する。自分の中のイヤな心と戦うのが本当の戦いだ。ぼくはきみが日本に来てから、ずっと戦ってた。仕事場でも戦ったし、両親の言葉とも戦った。自分の病気とも戦った。その間、きみは何もせず、ずっと逃げてた。ぼくは一人で戦ってた。ぼくたちは同じ部屋で暮らしてる。でも、ぼくが戦ってる間、きみは逃げてる。これじゃあ、ぼく一人で生きてるのと何も変わらない。きみと出会う前、ぼくは一人だった。でも、その代わり、自由だった。きみが来てから、ぼくは一人で戦い、しかも、自由を失った。きみのせいで何もかも失った。きみが来たせいで、ぼくは全ての幸せを失った。もうきみと一緒にいたくない!」コウの言葉を聞いて、彼女は大変なショックを受けました。そして、ぼろぼろと涙をこぼしました。そして、それはきっと彼女にとって生まれてはじめてのことなのでしょう。こう言いました。「ゴメンナサイ」と。30年の人生の中で、一度も謝罪したことのない人が、初めて「ゴメンナサイ」と言ったのです。それがどれほど重いものであるか、理解できる日本人は少ないでしょう。コウは思いました。「これなら、きっとやりなおせる」。それから数日間、コウはあえて彼女を無視しました。彼女はそれに耐えました。押し寄せる孤独と不安を、じっと受け止めていました。そして、コウは言いました。「ぼくと一緒に、タイに帰ろう。一緒に暮らそう」彼女が日本という国で受けた傷、そして日本国に残した傷は、もはや修復不可能だと思いました。でも、タイでなら、きっとやりなおせる。彼女は自分の弱さを、生まれてはじめて認め、受け入れたのです。そうした理由で、ぼくたちはタイに行くことになりました。可能かどうかわかりませんが、向こうで婚姻届を出そうと思います。未来はまだ、見えてきません。でも、あきらめてもいません。たぶんマイペイライじゃないし、これから山ほどトラブルが起こるでしょう。それでも、前に進まないと。それが、ぼくのカルマだから。
2006年06月29日
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コウです。232回めの日記です。今日は、ちょっと時間がないので、要点だけを手短に書きます。コウは、またタイに行くことになりました。それも、いつ帰ってこれるか分かりません。もしかしたら、このブログを閉鎖していく可能性もあります。また今度、詳細を書きます。
2006年06月28日
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コウです。231回めの日記です。今日は、コウの恋人のことを書きます。コウの恋人は中華系タイ人です。タイでの大きな財閥T家の親戚である0家の一員であり、タイの一流大学を卒業しています。兄弟は、彼女を含めて5人。その全員が大学を卒業し、しかも、日本や欧米への留学を経験しています。これだけでも、彼女の実家がいかに裕福であるか、分かってもらえるでしょうか。タイは、日本と違うところがいくつもありますが、その一つとして、女系社会であることが言えます。男性優位の社会を長く続けてきた日本と違い、タイは早くから女性の社会進出が行われてきました。当然、女性の発言力は日本のそれより格段に大きいです。彼女の父親は、気の弱い人物でした。子供たちに対して、叱る、ということをほとんどしませんでした。そして、裕福な家柄。しかも、兄弟で一番上のお姉さん。つまり、こういうことです。悪いことをしても怒られない。ほしいものはどんなものでも買ってもらえる。わがままを言っても誰も反論しない。その結果彼女は、筋の通らない言動で他者に迷惑をかける、他者を振り回すことに何の抵抗も感じない人物に育ちました。そんな彼女も、来日してから何度かの恋愛を経験しました。最初の恋人は、暴力団関係者でした。そのことが、彼女に厄介な影響を与えました。やっていいこととダメなこと、言っていいこととそうでないことの区別が、通常の日本人と全く違う。そうした人物のもとで最初の数年間を過ごした彼女は、本来のわがままな性格と合わさって、ひどく自分勝手な、いくつもの矛盾を抱えた性格になりました。そんな彼女が、数日前、コウの両親と衝突しました。コウの両親は言いました。「お願いだから、タイに帰って。もうあなたと一緒に暮らしたくない」コウの両親にそこまで言わせたことが、彼女の目を覚まさせたようでした。しかし、彼女は、言わなくてはならない一言を言えませんでした。その身に流れる中国人の血でしょうか、多くの中国人が持ち合わせている厄介な性質を、彼女も持ち合わせていました。「どんなに悪いことをしても、決してゴメンナサイと言わない」・・・。この一週間で、コウは4キロやせました。一日に一回、必ずトイレでもどしています。何を食べても味がしません。つらいです。
2006年06月22日
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コウです。230回めの日記です。今日、コウは用事があって、地元の市役所まで出かけました。その帰りに、大雨に降られました。カサを持っていたのでびしょ濡れにはなりませんでしたが、念のためシャワーを浴び、ラム酒を少し落としたホットコーヒーを飲んで体を温めました。今日の夕飯はごはん、しめじと人参の味噌汁、卵焼きです。昨日、脂っこい炒めものを食べたので、今日はこんなもんでしょう。今、鬼束ちひろのファースト・アルバムを聞いています。最近のコウにしては珍しいことです。最近、コウに、厄介ごとがいくつか降りかかりました。今、事態は沈静化していますが、今後再び荒れないという保障はありません。肉体よりも精神が疲れていることが、自分でも分かります。ただ、それでもね。今、口にしているコーヒーの温かさは本物だし、鬼束ちひろの歌声も、確実にコウの魂を揺さぶっています。コウはまだ生きているし、生きているうちは手立てはある。今は心の波を落ち着かせ、少し休みましょう。大丈夫、大丈夫。なんとかなるさ。
2006年06月15日
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コウです。229回めの日記です。最近、暑くなったり寒くなったり、わけの分からない気候が続きますが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。最近コウはお腹を壊し気味だったり、風邪気味だったりで、なんだか食欲がありません。今日は何だか食欲がないな、という時、皆さんはどうするのでしょうか。コウの周囲にも、食欲がない時は何も食べず、胃腸を休める人、消化の良いものを食べて栄養をつける人、わざとこってりしたものを食べて余計に調子を悪くする人などがいますが、コウは今からどうすれば良いのでしょうか。とりあえず、お腹に何も入れないのは良くないだろうと思って牛乳を飲みました。熱いそばでも食べようか、とも思うのですが・・・。あー、なんか気だるい。元気が出ません。睡眠は十分にとっているし、運動もしているのですが・・・。やれやれ。
2006年06月10日
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コウです。228回めの日記です。今日、コウは、自宅の乾物入れを整理しました。ちなみにコウ家の乾物入れは、リビングに隣接する部屋の押入れ丸ごと一個分。中には干しわかめや椎茸、寒天などの素材から、砂糖や醤油の大ビン、ココナッツミルクの缶詰、タイカレーペースト、インスタントラーメンやレトルトカレー、漬け込んで十年くらい放っておいたにんにくの醤油漬け、キャットフード、カセットコンロのボンベ、梅酒・・・などなど、とりあえず食べることに関する、冷蔵庫に入れる必要のないものが詰め込んであります。コウ家は両親が共働きだったので、保存が利くもの、すぐに調理できるものを常にストックする習慣があるのです。押入れ一個分ですから、整理もけっこう重労働。消費期限をちゃんと見て、切れそうなものから先に使ってしまいます。で、そんなことをしていると、ときどき思わぬものが見つかったりします。今回見つけたのは、ラムレーズンでした。たぶんコウが中学生の時に、自分で漬けたやつですから、十年以上は経っていますね。中を見ると、うん、カビは生えていません。アルコール度数75・5度のラムを使ったのですから、当然といえば当然。コウの妹の旦那にはお姉さんがいます。この人が、無類のラムラーズン好き。小ビンに詰めてプレゼントしたら、喜んでくれるでしょうか。バニラアイスにかけて食べてもらいましょう。人間は年をとります。中学生だったコウも、もう24歳。中身はあまり変わってない気もしますが、ともかく年をとりました。そんなコウと一緒に、梅酒だのにんにくの醤油漬けだの、ラムレーズンだのも年をとっていきます。そして彼らは、年をとるごとにおいしくなっていきます。そんな彼らと一緒に過ごすなら、年をとるのも悪くないね。そんなことを考えた、ちょっと感傷的な今日のコウでした。
2006年06月07日
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コウです。227回めの日記です。今回は、コウ家の糠床のことを書きます。今から一ヶ月ほど前のことです。コウの父親が、ある日、タケノコを二本、もらって帰ってきました。料理が得意な人ならご存知かと思いますが、タケノコをゆでる時には、えぐみを抜くために米糠を入れてゆでます。そのことを父に話すと、「よし。今から取ってくる」と言って、コウの家から来るまで15分ほどのところにあるコイン式無人精米所に行き、糠をもらって帰ってきました。そのタケノコはコウが料理して、家族みんなでおいしく頂いたのですが、父がもらってきた糠は、1キロ近くあったので、タケノコをゆでたくらいではなくなりません。その糠を見た母が、「糠床を作ろう」と言いだし、コウ家の女性陣三名が集まって、糠を乾煎りするところから始めました。漬物の作り方の本を見て、なんとか糠床はできたのですが・・・。どうやら、誰かがレシピを間違えて読んでいたらしく、漬け込んだキュウリや大根は、どれもがやたら塩辛くて、水につけて塩抜きしないと食べられません。水につけることで塩分と一緒に糠漬けの旨みも流れ出て、絞りかすを食べているようです。これではいけません。そこで、糠床の一部を取り出し、塩を入れない糠を足して、塩加減を調整しよう、ということになりました。しかし、取り出した糠床を捨ててしまうのはもったいない。そこでコウは一計を案じ、もう不要となった糠床に、サバを漬け込むことにしました。「へしこ」という保存食があります。これは、塩漬けにしたサバを糠漬けにしたもので、楽天市場で買うと非常に高価です。別に買わなくても、自分で漬ければいいじゃない。さっそくサバを買ってきて、塩を当てて水分を抜いてから、糠床に漬け込みました。フランスのジョークにこんなのがあります。「サバは政治家と同じだ」「なんで?」「生きてるうちから腐り始めるのさ」。なんて失礼なんでしょう。サバがかわいそうです。それはともかく、サバが腐りやすい魚であるのは事実。これは、サバに腐敗を進める酵素が多く含まれていること、そして、サバの身には水分が多く含まれているため、その酵素が活動しやすい、という理由があります。それはつまり、塩漬けや天日干しなどの方法で脱水すれば、わりと長く保存できる、ということ。本物の「へしこ」は、ぎっとぎとに塩をまぶし、糠床に半年近くも漬け込んで作ります。しかし、これは保存性を重視したやり方。コウは今回、塩当てもほどほど、漬け込むのもほどほどにするつもりです。あと三日もすれば食べられるでしょう。おいしくできたら、妹の旦那のご両親にも味見してもらいましょう。こういうことなら待つのもまた楽し、です。
2006年06月04日
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コウです。226回めの日記です。昨日のことです。「どっちの料理ショー」という番組をコウは見ていたのですが、今回は、韓国料理とベトナム料理の対決でした。コウは、この番組があまり好きではありません。なぜかって言うと、「やりすぎ」が多いからです。しかし、今回の料理は「やりすぎ」にもほどがあって、なかなか興味深い内容でした。そして、今回、コウの興味を特に引いたのは、キムチの作り方でした。キムチは、塩漬けした野菜を、ヤンニョムという調味料と合わせ、漬け込んで、乳酸発酵させて作ります。ヤンニョムは「薬念」と書きます。薬というくらいですから体に良い材料ばかりです。そして、このヤンニョムの材料を、昨日の番組での記憶を辿って並べてみましょう。トウガラシ。リンゴ。大根。ニラ。ショウガ。ニンニク。アミエビの塩辛。イワシの塩辛。生のスルメイカ。こんなところでしょうか。これを見たコウは思いました。ほとんど家にあるなあ。生のスルメイカはありませんが、他の材料は大体あります。イワシの塩辛もありませんが、タイ製のナムプラーがあります。ナムプラーは塩漬けにしたイワシを発酵させ、絞ったもの。つまり、イワシの塩辛の汁です。これで何とかなるだろう。コウは台所から、クロックという、タイ製の石臼を出してきました。ここに全ての材料を入れ、同じく石でできた、サークという棒で、かっつかっつかっつと音を立てながら潰すのです。テレビで見たキムチ作りは、トウガラシは粉にしたもの、他の材料も刻んだりすりおろしていたので全く違うやり方ですが、固形材料しかないんだから仕方ありません。30分ほど叩くと、もう完全にペースト状になりました。これでヤンニョムの完成です。で、今日、スーパーで漬物用の固そうなキュウリを買ってきて、塩を当てて余計な水分を抜き、ヤンニョムと混ぜて、陶器の容器に入れておきました。さて、ここからは、ミスター微生物の仕事です。人間にできることはもうありません。日本にも、キムチと名づけられた製品が多く出回っていますが、コウの父親の知人で、自らも韓国料理店の料理長をやっている韓国人男性は、日本のキムチはキムチじゃない、と言い張ります。なぜなら、大半の製品は、味付け液に野菜を漬けただけのものだから。ヤンニョムと塩漬け野菜が人間の手によって直接混ぜ合わされ、人間の手についている微生物の力によって、乳酸発酵していないとキムチじゃない。そう言います。コウが今回作ったキムチっぽいものは、韓国産の材料など一つも入りませんが、混ぜるのは素手でやりました。さて、ちゃんと発酵してくれるでしょうか。とりあえず今は、キムチっぽいもの一号と名づけ、生温かい目で行方を見守りましょう。さーて、ちゃんと食べられるものができるかどうか。今から楽しみです。もにもにもにもに・・・。
2006年06月02日
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コウです。225回めの日記です。瓜売りが瓜売りにきて瓜売らず瓜売り帰る瓜売りの声。さて、この一文の中で、「うり」という言葉は何度出てくるでしょうか。そんなことはどうでも良いので、正解者には何の景品もありません。それはともかく、瓜の話です。瓜という言葉は、うるおい、という言葉と語源を同じくするそうです。冷たく冷やした瓜を、暑い中でぼりぼりとほお張るのは、夏ならではの贅沢でしょう。キュウリ。ニガウリ。スイカ。トウガン。カボチャ。マクワウリ。メロン。シロウリ。コウが思いつくだけでもこれだけあります。カボチャを除いて全てに利尿作用があり、お酒を飲んだ後に瓜を食べると、アルコール分がすっと抜けます。コウは最近、ことあるごとに瓜を食べます。暑かったり寒かったり、奇妙な天気が続きますが、瓜の瑞々しさには抵抗できません。そして、「瓜のつるにはなすびは生らぬ」という言葉があるように、瓜とコンビを組むことが多いのがなすび。これも最近、安く、おいしくなってきました。今日のコウ家の夕飯は、焼きなす、豆腐の冷やし汁、キュウリもみ、ミョウガの糠漬け、イカ刺しです。なんと贅沢なメニューか、と思います。みんな低カロリーで、さっぱりしたもの。暑い時にさっぱりしたもの、寒い時に温かいものを食べられる幸せ。デザートはスイカ。暑くてもサバーイ。寒くてもサバーイ。これが幸せというものです。あー、生きてて良かった。
2006年06月01日
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コウです。224回めの日記です。昨日、コウは職場が定休日でした。しかし、何も予定がないので、朝から台所にこもって、包丁を研いだり、鍋をみがいたり、残り野菜を集めて野菜炒め用に刻んだり、排水口を掃除したり、冷蔵庫の中を布巾で拭いたり、玉ねぎを刻んであめ色になるまで炒め、冷凍したり、などの作業をこなしました。その後、アイスカフェオレとたばこで一息つきます。その後、古本屋にいらない本を売りに行きます。大した金額にはなりませんが、捨てるよりは有益だろうと思うのです。その後、同じ古本屋で文庫本2冊を210円で購入。その後、家に帰ったらまた台所に入り、こちょこちょとものを作ります。実山椒とちりめんじゃこの醤油煮、しめじと大根おろしの味噌汁、大根の間引き菜と塩昆布の浅漬け。これと、タケノコとショウガのごま油炒め、スナップエンドウと赤パプリカ、しめじの炒め、ゴーヤと卵、かまぼこの炒めで晩ごはんになります。冷蔵庫にはサバのみりん漬けが、いい感じで使っていますが、もう少し置いておきましょう。さらに、油揚げを細く刻んでビニール袋に詰め、冷凍庫に入れておきます。最近、コウの作る料理はこんなものです。野菜、大豆製品、味噌、ごま油さえあれば、大抵のものは作れます。ちなみにコウは料理を作る時、うまみ調味料をほとんど使いません。そして、そういう料理を作って食べると、あることが起こります。ついつい、食べすぎてしまうのです。チョコレート。アイスクリーム。フライドポテト。ステーキ。こうした、誰が作ってもおいしい料理は、そうはいきません。これらの食べものはいくらでも食べられるものではないのです。そして、野菜の料理ばかり食べながら、コウは思いました。こんな料理、お店で出しても売り物にはならないだろうなあ。コウは料理人です。料理人とは、つまり、仕事として料理をする人です。仕事である、ということは、お金儲けのために、料理人でないと作れない料理を作らねばならない、ということです。お客さんからお金をもらうためには、お客さんが食べたがる料理を作る必要があります。油とうまみ調味料をたっぷり使った料理。砂糖たっぷりのお菓子。素材の原型が分からなくなるほどいじくり回すことも、時には必要です。こうした料理を、コウは普段食べません。コウが外食する時の選択肢は、そば、寿司、それくらい。ファミリーレストランの料理なんて、舌が受けつけない。だって、おいしすぎるんだもの。どれもこれも味が強くて、食べるだけで疲れてしまう。しかし、こうした料理が売れるということは、お客さんはこういう料理を求めているのでしょう。サトイモを蒸して塩をつけて食べる「衣かつぎ」。そら豆の塩ゆで。そんなものに商品価値はない。おいしいんだけどね。確かに、おいしいんだけどね。何か違うような気もします。先日、コウ家に、妹の彼氏のご両親が来訪しました。妹が彼氏と入籍することになって、挨拶に訪れたのです。お二人はコウの作る料理を、とても喜んでくれました。今、葉巻を吸いながら日記を書いています。お腹いっぱいです。ごちそうさま、という言葉は、もともと禅宗のお坊さんが使っていた言葉だと聞いたことがあります。本当の意味は、あなたの命をいただきます、という意味だそうです。コウの作る料理には、命はあるでしょうか。作ったのはコウだけど、言います。ごちそうさま・・・。
2006年05月31日
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コウです。223回めの日記です。昨日のことです。職場での仕事が終わって、駅前をうろうろしていたコウは、たまたま通りがかった一軒の雑貨屋で、興味深いものが売られているのを発見しました。それは、サトイモです。サトイモのどこが興味深いんだ、と聞く方。ここで秘密をお教えしましょう。なんと、そのサトイモは一キロあたりわずか100円だったのです。ただし、一個あたりの大きさは、ビー玉ほどしかありません。コウはこれを2キロ分買ったのですが、数えたわけではありませんが、ざっと150個ほどはあったでしょうか。サトイモのことを子イモなんて言いますが、これでは孫イモ、いえ、ひ孫イモと呼んだほうが良さそうです。これを買って帰ったコウは、さっそく台所に行き、イモの皮をむく作業に取りかかりました。ただし、使うのは包丁ではなく、食事用のナイフと、桶が一つ。まず、桶にイモを入れ、水を少量入れて、ごんろごろごろとかき混ぜます。イモ同士をこすり合わせ、ごりごりごりごり混ぜていると、それだけで皮がだいぶ剥がれてきます。そして、ここで食事用ナイフを取りだし、イモの皮をむくのではなく、ちょりちょりと皮をこすり取るのです。ちょりちょり。ちょりちょりちょりちょり。ちょりちょりちょりちょりちょりちょりちょりちょり。結局、150個ほどのイモをむくのに、一時間半かかりました。このイモのむき方は、料理屋のむき方ではありません。京都の禅寺で精進料理を作る、典座と呼ばれる人たちのやり方です。椅子に座ってイモをむく間、いろんなことを考えました。時折イモが手の中から逃げたり、サトイモのぬめりのせいで腕がかゆくなったりもします。しかし、これはある意味、哲学書を読むよりも有意義な時間でした。土の香りを嗅ぎながら、イモと話をするのです。おい、お前、どんな風になりたい?そうかそうか、お前は味噌が好きか。ならば、味噌汁に入れてやろうな。ヒマ人め、のんきなことをしやがって、と言われればそれまでですが、たまには僧の真似事をしてみるのも悪くありません。コウは料理人です。料理の道とは、つまり殺生の道です。せめてオフの時くらい、のんき者を気取ってみたいものです。そして、このちっこいイモたちは、実によく働いてくれました。味噌汁、煮っころがし、筑前煮、串焼き、その他いろいろ。わずかに残っている皮のおかげで煮崩れもしません。昆布だしで旨みをつけ、醤油を多めにして煮物にすると、白いごはんがいくらでも進みます。肉がおいしいのは当たり前。魚がおいしいのは当たり前。では、大根やサトイモ、なすびなんかはどうでしょうか。精進料理にこだわるつもりはありませんが、たまには野菜と話をするのも良いものです。ごちそうさま・・・。
2006年05月28日
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コウです。222回めの日記です。今日は、我が家にいるくだもの、いや違う、けだもののことを書きます。我が家には現在、ネコが二匹、犬が一匹、アライグマが一匹、金魚が一匹、モルモットが一匹います。ネコのうち、一匹は今年で21歳。人間に換算すると120歳を超えていますが、そろそろ化け猫になるのでしょうか。たまに椅子からぼたっと落ちています。で、もう一匹が、コウが拾ってきたまだ若いやつ。まだ二歳にもなりません。子供のころ、捨てられたために十分な栄養を取ることができず、成猫になっても体重は一キロしかありません。名前は「チャコ」です。そして、我が家ではもっとも若い、ラブラドール・レトリバーの「さくら」。最近、このチャコとさくらが、人間様の迷惑も考えずに、過激な戦いを繰り広げているのです。毎日毎日、ばたばたばたばた。コウの寝室まで入ってきて、朝6時くらいに寝ているコウの顔を、二匹して踏んづけていきます。昼間からばたばたばたばた。で、夜になると、お腹を出してひっくり返っているさくらに、チャコがふにっと寄り添って、「あー、あんたのお腹ぬくいわ~」てな感じで、仲良く一緒に寝ています。今日の昼間のことです。チャコとさくらが抱き合って、リビングに座っています。さくらがきゅーん、きゅーん、と鳴いているので、何だろう、と思ったら、チャコがさくらの鼻先を噛み、離さないのです。「お姉ちゃん、痛いよう」「あんたが悪いんや!お仕置きや!」とでも言いたげです。で、それからしばらくのこと。コウが庭先の窓を開けた途端、チャコがするりと出て行きました。するとそこに、ことあるごとにチャコをいじめる、近所の不良オスネコが現れ、チャコに挑みかかりました。するとさくらがばっと飛び出し、「お姉ちゃんをいじめるなー!」と言わんばかりに乱入しました。あわてて家に帰ってきたチャコについて、さくらが入り、チャコの顔をてちてちと舐めています。「お姉ちゃん、大丈夫?」と言っているようです。それから、二匹は仲良く同じ器のエサを食べ、またばたばたと走り出しました。それを21歳の老猫「ミャー」が、「ほんにあの二人、仲ええねえ・・・」と眺めています。果たしてこれは、種を超えた友情でしょうか。もしかしたらあの二匹、自分を人間だと思ってるのではないでしょうか。仲が良いのは結構ですが、二匹して人の顔面を踏みつけるのはやめてほしいです。やれやれ・・・。
2006年05月26日
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コウです。221回めの日記です。今回は、どうでもいいことを書きます。今日、コウが買い物帰りに自転車を走らせていると、真っ二つに折れた大根の、尻尾のほうが落ちていました。そして、そこから10メートルほど離れたところに、頭のほうが落ちていました。そして、そこから2、3メートルのところに、「く」の字に折れ曲がった長ねぎが落ちていました。帰ると妹がいたので、そのことを話したら、「誰かが大根と長ねぎで殴り合いをして、そのまま帰ったんじゃない?」と言われました。うん、そうかな、と納得しかけましたが、冷静に考えると野菜で殴りあうってどんな奴らだ、とも思います。以上、心底どうでもいい話でした。
2006年05月25日
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コウです。220回めの日記です。今日のコウの夕食は、ごはん、カツオの血合いの醤油煮、大根と油揚げの味噌汁でした。実にシンプルな夕食です。昼食にこってりしたものを食べたので、夕食はこれで十分。食事の後、マッコリを飲み、葉巻を吸って、今、とてもサバーイな気分です。最近、妙に味噌汁をおいしいと思うようになったのは、多分、コウが最近読んでいる小説に関係があるのでしょう。「仕掛人・藤枝梅安」という、江戸時代を舞台にした小説です。おそらく作者が好きなのでしょう、そして実際にそうだったのでしょう、ことあるごとに登場人物が味噌汁を飲みます。そしてこれが、また実においしそうに描写されている。コウも最近、よく味噌汁を作るようになりました。以前はコウが作るのは中華料理や洋食ばかりだったので、味噌汁はあまり食卓に登りません。しかし、最近和食をこちょこちょ作るようになって、味噌汁にもお世話になるようになりました。焼きなすの味噌汁にすりごま。大根と油揚げの味噌汁に七味唐辛子。ねぎの味噌汁にごま油。豚汁におろしショウガ。この、「なくてもいいんだけど、ちょっと入れるといけるもの」を、調理用語で吸い口と言います。薬味とも言いますね。だしを取る。具を煮る。味噌を溶かす。ここまでやって、最後に吸い口で、味をより良くするのです。最近ことに感じることですが、今の料理業界、そしてお客さんに、味噌汁を一つの料理として捉えている人がどれだけいるでしょうか。味噌汁をおまけではなく、一つの料理として作った時、それはものすごい力を発揮します。大きいお椀にたっぷり盛って、さあどうぞ。これに、後は自家製の糠漬けなり、実山椒とちりめんじゃこの煮つけなりがあれば、ごはんがいくらでも進みます。他のおかずなんかいりません。あるいは、こんな食べ方もあります。じゃがいもと玉ねぎの味噌汁があって、食卓にキムチがあったとします。ここで、味噌汁のお椀にキムチをどぼん。台所にあれば、ちょちょっとごま油をたらして、もうこれだけで、ごはんが三杯はいけるでしょう。あるいは、暑い夏。具を何も入れない味噌汁を作って、冷蔵庫で冷やす。ここに薄切りのキュウリ、ミョウガの刻んだの、大根おろしなど、好みの具を入れ、するするとのどに流し込む。ただ、ごはんに味噌汁をかけるのだけは、コウはメイアウン(いらない)です。さてさて、明日は何の味噌汁を作りましょう。今から考えております。もにもにもにもに・・・。
2006年05月22日
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コウです。219回めの日記です。今日、コウは、腹が立つ、と言うか、ちょっと理解できないことを恋人から言われました。良いとか悪いとかの問題ではなく、理解できないのです。昨日のことです。コウが朝起きると、恋人はコウの部屋にいませんでした。どこかに出かけたのかもしれませんが、書き置きの一つもありません。何をしているんだろう。心配しながら待っていました。そして、彼女は帰ってきました。様子が変です。足がもつれるようにふらふら歩いています。コウの部屋に連れて行き、理由を聞きましたが、言葉になりません。顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくり、まともに会話ができません。これでは、話にならない。コウは彼女を寝かしつけました。そして今日、話を聞きました。彼女は、タイに帰る以前に、コウの住んでいる町の隣町に住んでいました。コウの恋人は社交的な人で、積極的に人と関わろうとします。もしかしたら彼女は、家族と離れて異国に暮らす寂しさを、人と関わることで紛らわしていたのかもしれません。それはともかく、彼女は社交的でした。それも、人を選ばないものでした。それはつまり、友人として付き合うのに好ましくない人まで、友人に含めてしまうものでした。彼女の住んでいるすぐ近くに、一人の年老いた女性が住んでいました。彼女は、外国人が大嫌いでした。コウの恋人は中華系タイ人です。それだけで、その老婆には恋人を嫌う理由になりました。しかし、コウの恋人は、その老婆に、ことあるごとに近づき、話をしようとしました。恋人は、その老婆と仲良くなりたかった、と言います。あるいは彼女は、それが誰であれ、自分を嫌う人がいるなんて認めたくなかったのかもしれません。しかし老婆はことあるごとにコウの恋人に罵声を浴びせ、その度に恋人は涙を流していました。やがて、彼女はコウと共にタイに渡り、コウはやがて帰国し、彼女はそれを追って、再び日本にやってきました。そして昨日、コウの恋人は、わざわざ自分から老婆に会いに行き、口もきけなくなるほどのひどい言葉を浴びせられ、さらにはお金まで渡してきたと言うのです。どうしてお金なんか渡したの、と聞くと、彼女は、だって、お金がないって言ってたから、と言います。それが君に何の関係があるの、と聞いたら、だって、お婆さんだよ。お年寄りを大事にするのは当たり前じゃない、と言いました。どうやら彼女は、まだその老婆のことを友人だと思っているようでした。コウは、頭が痛くなりそうでした。コウより年上だと言うのに、コウの恋人は小学生のような理屈で動いているのです。しかも、恋人が老婆に与えたお金は、コウが恋人に、服を買うために渡したものでした。世の中にはいろんな人がいる。友達もいるし、友達じゃない人もたくさんいる。友達と付き合うには友情が必要ですし、友達じゃない人と付き合うには、礼儀と節度が必要です。そのどちらもを欠いた相手を友人だと言い張り、金銭の力を借りてまで関係を持とうとした恋人を、コウは理解できませんでした。そして、ぼくは君を理解できない、とはっきり言うと、コウは冷たい人ね、と言われました。コウは冷たいでしょうか。と言うより、冷たいとか温かいの問題でしょうか。恋人は言いました。「コウ、バンコクの道端で、乞食が座り込んでいるのを見たでしょう。あれを見て放っておけるの?私は放っておけない」コウは言いました。「そう。つまり、君はそのお婆さんを乞食だと思っているんだね。対等に話し合える友達じゃないんだ」「違う。そうじゃない」「違うの。だったら、きみにとってそのお婆さんは何なの?」恋人は何も答えませんでした。ただ、しくしくと泣いていました。コウの恋人にとって、老婆が自分を受け入れてくれないことは悲しいことでしょう。そして、それと同時に、コウにとってこの事件は、やるせない思いをコウの胸に残しました。かわいそうだから、という動機で行動を起こす人がいます。ですが、かわいそうだから、と言う動機は、裏を返せば、相手を自分より弱い存在だと考え、自分の下に置こうとする考えでもあります。かわいそう、という言葉を使った時点で、対等の立場で話し合うことは放棄され、善意は一方的に押しつけられることになります。コウは12歳の時、重い病気にかかりました。一生治る見込みはない、とも言われました。多くの人がコウに同情し、かわいそうな子、と言いましたが、彼らは同情するだけで、それ以外のことは何もしてくれませんでした。その一方で、コウの病気を少しでも軽減し、社会生活が送れるように尽力してくれたドクターや病院のスタッフたち、そして両親は、決してコウにかわいそうとは言いませんでした。彼らはコウとの対話にちゃんと応じてくれました。コウを一人の人間として扱ってくれました。対話することを放棄し、ゴミを散らかすように罵声をまき散らす老婆。その老婆の人間性を無視し、ただ老人だから、というだけの理由で友人と思い込むコウの恋人。この二人が本当に打ち解け、心を許しあう日は永遠に来ないだろう。コウはそう思いました。悲しい・・・と、心から思います。
2006年05月19日
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コウです。218回めの日記です。今日、コウは、カツオを一匹まるごと手に入れました。行きつけのスーパーに行くと、少し小ぶりのカツオが二匹、氷の上に鎮座しています。あまり太っていなくて、スリムな流線型。脂が乗っているようには見えません。コウはそれを見て、思わず舌なめずりしました。コウは、脂の乗った魚より、白身のすっきりした魚を、刺身で食べることを好みます。脂の乗った魚は、生より焼いて食べるほうが好きです。カツオにしても同じことで、脂の乗った大型のカツオより、少し痩せ型のほうが刺身で食べるにはちょうど良い。さっそく買って帰りました。まず、頭と内臓、背中の固い皮を取り除き、三枚におろします。あっさりした背身は刺身で。脂の乗った腹の身はタタキで。共に、ショウガ醤油で頂きます。ちなみに、三枚におろした後の骨に残った身は、スプーンでかきとり、これも刺身で。刺身を作る時に落とした血合いは、醤油と砂糖で甘辛く煮て、粉山椒をかけ、白いごはんと共に。コウはカツオ好きです。ことあるごとにカツオの刺身やたたきを買って食べるのですが、ここ最近、何度もがっかりさせられていました。ほとんど腐りかけの身を焼いて、ごまかして売っていたり、火が入りすぎて塩焼きみたいになっていたり。やはり、一匹まるごとを買ってきて、自分でおろしたものが一番確実です。脂が乗りすぎたカツオは、ネギやミョウガなどの薬味をたっぷり使わないとおいしくありませんが、コウが今回購入したものは、申し訳程度にショウガを入れるだけで十分おいしいものでした。大当たりです。カツオの刺身を食べながら、コウは彼に問いかけました。お前、成仏できたか。ぼくはお前の死を無駄にはしなかったぞ。コウは僧侶にはなれないし、念仏もあげられないけれど、ぼくの料理の腕で家族を喜ばせ、一匹の魚を徹底的に食べつくすことができるなら、我が手を血で汚すのも悪くない。今、食後のコーヒーを飲みながら、ゆっくり日記を書いています。葉巻は今、切らしています。今日は、コウ家は平和です・・・。
2006年05月18日
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コウです。217回目の日記です。今、アクセスカウンターを見たら、10000アクセスを超えていました。わーい。お祝いだ、お祝いだ。誰が10000人めだったのか調べようと思ってパソコンをいじりましたが、楽天広場のユーザーではない方だったらしく、誰だか分かりませんでした。残念。よし、今日は、ちょっとだけ贅沢をすることにしましょう。贅沢なもの。贅沢なもの。贅沢なもの。そうだ。行きつけのそば屋で、天ぷらそばを食べよう。エビが入った天ぷらそば。ああ、なんて贅沢なんでしょう。いつもかけそばしか食べないコウにとって、天ぷらそばはとんでもない贅沢です。今日は職場が定休日。コウはのんびり、夕飯のおかずを考えます。
2006年05月16日
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コウです。216回めの日記です。今日、コウは、持病の発作に襲われました。朝5時くらいでしょうか。唐突に目が覚めて、耐えがたい苦痛がコウを襲いました。息ができません。頭がふらふらし、全身の関節がきしむようになります。何度も咳をし、その咳が、さらに体力を奪います。発作を止めるための薬を飲み、水を飲み、何度も深呼吸をしました。最近、よく発作が出ます。おそらく、暑くなったり寒くなったり、季候がころころ変わることが影響しているのでしょう。薬を飲んで、発作は収まりました。仕事まで、まだ時間があります。また眠りました。夢を見ました。夢の中で、コウは仕事をしていました。目が覚めました。仕事まであと二時間あります。コウはコーヒーを飲み、スパゲティを食べました。台所で何か作っている妹と話をしながら、たばこを、いつもよりゆっくり吸いました。仕事に行く前に、またコーヒーを飲みました。そして、職場に向かいます。制服に着替え、手を洗い、上司の指示を受けて、片っ端から仕事を片付けました。何も感じません。不安もなければ意気込みもありません。ただ、手と体だけが勝手に動きます。まだ咳が出ます。ときおりくしゃみも出ます。しかし、咳をしていても、仕事の手は止まりません。朝、発作が出てのたうち回ったことがウソのようでした。そして今、仕事が終わって、また自動販売機でコーヒーを買って飲み、帰りに古本屋に寄って、帰ってきました。明日、コウの職場は定休日です。明日何をするか、まだ考えていません。ただ、そろそろ持病の薬がなくなるので、行きつけの病院に行って薬をもらってこようと考えています。今、日記を書きながら、考えました。一体、どうなっているんだ。コウの体に何が起こっているのか。動きたくても体が動かない時がある一方で、意識しないのに体が動く時がある。さっき、ネット仲間のホームページを見ていました。いろんなことが書いてあります。仕事のこと、政治のこと、人間関係のこと、自分自身のこと。いろいろです。世界ではいろんなことが起きています。さっき、テレビで一人の殺人者のことが報道されていました。コウは、人を殺したことはありません。しかし、魚は何匹も殺しました。仏教徒であるコウの恋人は言います。アリを殺せば、その人はアリに生まれ変わる。犬を殺せば、犬に生まれ変わる。それなら、コウは死んだら、次には魚に生まれ変わるのでしょうか。それも運命か。ならば、受け入れよう。明後日の水曜日、また仕事に行きます。その時、コウはどうなっているでしょうか。また発作に襲われるのか、それとも機械のように動くことができるのか。コウが殺した魚たちは、無事に生まれ変わることができただろうか。それを知っているのは仏様だけです。
2006年05月15日
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コウです。215回めの日記です。昨日、怒りに任せて日記を書きましたが、昨日一晩頭を冷やして、だいぶ落ち着きました。ただ、朝から体調が悪いです。食欲もありません。頭とのどが少し痛みます。今日は、お墓参りに行ってきました。遠出でしたが、良い気分転換になりました。コウには、今、考えなくてはならない問題がいくつかあります。考えても答えの出る問題ではありませんが、力任せに行動してどうにかなる問題でもありません。今、麦茶を飲みながら日記を書いています。葉巻が吸いたいですが、のどのために控えます。今日の晩ごはんはコウが作ります。恋人の好きなタケノコを、炒め物にでもしましょうか。ゆっくり、ゆっくり。焦っちゃいけない。
2006年05月14日
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コウです。214回めの日記です。ここ数日、コウ家はばたばたしていました。次から次へとトラブルが起こったのです。実を言うと、そのトラブルの元となったのは中華系タイ人であるコウの恋人であり、そのトラブルを表面化させたのは、コウ自身です。コウは、トラブルというものに関して、一つの考えを持っています。人間が複数集まり、それぞれが自分の正しいと思う行為をしていれば、トラブルは必ず起こる。だとしたら、トラブルを起こさず平穏に過ごそう、という考え方は絵空事の理想論にすぎない。お互いに譲れないものがあるのなら、例え火花を散らすことになっても正面からぶつかり合い、お互いの胸のうちを吐き出し、徹底的に話し合わないといけない。そうしなければ、真の意味で理解しあい、問題を解決することはできない。トラブルを隠蔽し、なかったことにする。これは、日本人の持つ汚点である、とコウは考えていました。しかし、それは日本人だけではないことを、昨日、コウは身をもって思い知らされました。昨日、コウは仕事から帰ってきて、恋人にタイ風のオムレツをリクエストしました。そのオムレツには玉ねぎとプチトマトが入っており、ナムプラーで味付けするのですが、昨日、コウに供されたオムレツは、ぐちゃぐちゃで、表面がこげているのに中は生焼け。ナムプラーの香りもしない。中に入っている玉ねぎの切り方は無茶苦茶。何かがおかしい。コウは恋人を問い詰めました。何があったの。すると恋人は、昨日、外に出かけた時、とても仲の悪い知人と出会ってしまい、その人からひどいことを言われた、私は落ち込んでいるの、と言います。しかし、念のために言っておきますが、コウの恋人はとても料理が上手です。落ち込んでいるくらいのことで、こんな無茶苦茶な料理を作るはずがないのです。コウはさらに問い詰めました。すると、やっと正直に言いました。一週間前から頭痛がする。売薬で抑えてたけれど、どんどんひどくなってる。コウは怒りました。どうして僕に言わないの。コウの母は看護士で、こうした問題のプロフェッショナルです。母に相談しよう、とコウは言いました。すると恋人は、それだけはやめて、と言います。お母さんに心配かけたくない。以前から、人から聞いたり本で読んだりして知ってはいましたが、それが現実になるとは思っていませんでした。タイ人は、自分にとって良くないことがあると、それを隠し、自分一人で抱え込もうとするのです。いわゆる隠蔽体質です。その理由は、一つ。「クレーン・チャイ」タイ語で申し訳ない、という意味です。もし自分が具合が悪いことを隠して、余計にひどくなって、救急車を呼ぶようなことになったら、心配どころではなくなるのが分からないのか。トラブルを隠そうとして、結果的にトラブルを大きくしていることが分からないのか。今、恋人は眠っています。正直言って、コウは今、怒っています。コウは今まで何人かのタイ人と出会い、付き合ってきました。彼らに問題解決能力が期待できないことも分かっていました。だからと言って、どうして隠す必要があるんだ。コウの母は言いました。「たぶん、精神的なものが大きいのでしょう。彼女は疲れているの。あなたも大きな目で見てあげなさい。叱りつけたりしないようにね」もちろん、そのつもりです。ただコウは、この怒りをすぐに消すことができそうにありません。いい加減にしてくれ・・・!
2006年05月13日
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コウです。213回めの日記です。昨日のことです。恋人が台所でごそごそやっているので、「何してるの?」と聞いたら、「タイのお菓子を作ってるの」と答えました。まず、手鍋にお湯を沸かし、そこに砂糖をどばどば入れてシロップを作ります。ここに、割った卵を入れ、ポーチドエッグの要領で煮ます。冷やします。・・・・・・。見た目は目玉焼きです。いえ、正確に言うなら、甘い目玉焼きです。念のために聞いてみました。「これ、なんて言うお菓子?」「カイ・ワーン」だそうです。カイは卵、ワーンは甘い。つまり甘い卵。・・・・・・。何の工夫もないネーミングです。しかも、カケラほども食欲をそそりません。しかし恋人は、嬉しそうにぱくついていました。こんなところで文化の違いを感じてしまったコウ。果たして、コウが完全にタイに馴染めるのはいつのことでしょうか。甘い卵・・・。そのまんまじゃん。
2006年05月11日
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コウです。212回めの日記です。5月某日、コウは例のブツを手に入れました。小さいが、上物です。足がつく心配もありません。そのブツとは・・・そう、タケノコです。コウの住んでいる住宅街から、自転車で5分ほど走ったところに、農協が主催している青果市場があります。規格から外れた形の悪い野菜や、農家の人たちが自家消費用に作った野菜の余分なやつを持ってきて売るので、いつも同じ商品があるわけではありません。コウが見つけたタケノコたちも、三日後にはきれいに売り切れていました。コウが購入したのは、かなり小さいものを6本。米ぬかと唐辛子を入れた水でやわらかくなるまでゆで、水を替えて一晩置きます。で、皮をむいて解体していくのですが、ここからがポイントです。コウは、タケノコをゆでる時、底の固い部分を切り落としません。ここも調理法次第でおいしく食べられるからです。また、タケノコを包んでいる皮もすぐには捨てません。まず、皮からいきましょう。皮をはがします。タケノコの身が現れます。よく見ると、皮にも柔らかい、食べられる部分がついています。これを姫皮と呼びます。これを包丁でこそげとると、さすが6本分、結構な量になります。これは刻んだ油揚げと一緒に昆布だしでご飯に炊き込み、タケノコごはんにしました。食べる前に木の芽を乗せます。身のほうは、同じく昆布だしで煮物に。唐辛子を入れてピリ辛に仕上げます。で、底の固い部分はどうするか。表面のぶつぶつを取り、細切りにします。ショウガも同じくらいの細切りにして、これをごま油で炒め、醤油で、ちょっと塩辛いな、と思うくらいに味付け。姫皮入りのごはんも、煮物も、炒めものも、どれもなかなかの美味でした。ちなみに今回コウが購入したのは、小さいもの6本で580円。翌日、近場のスーパーに行くと、同じサイズのものが1本で398円。バカバカしくてとても買えません。合計6本のタケノコはきれいになくなりました。水煮のレトルトパックでは、こうは行きません。香りが違うのです。ああ、おいしかった。さて、今度タケノコを食べられるのはいつの日でしょうか。また安売りしてないかな、としみじみ期待しているコウです。
2006年05月07日
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コウです。211回目の日記です。今日、コウは職場が代休でした。朝寝をたっぷりして、起きると既に午後1時。よくもこれだけ眠れたものです。起きて、アイスコーヒーを牛乳で割ったものを飲み、一本250円の葉巻を吸いながら、そういえば、醤油と酢が切れてたな、と考えました。コーヒーを飲み終わる頃、庭にいた父がリビングに戻ってきました。コウの父は病院勤めなので、休みが不規則です。そうだ。父に買い物を手伝ってもらおう。というわけで、二人で車に乗って、業務スーパーに行きました。お目当ては安くて量の多い調味料の類です。濃口醤油、薄口醤油、みりん、料理酒、酢を買います。その後、冷凍食材のコーナーを見ていると、興味深いものが見つかりました。塩もみ済みの小タコ。パッケージにはイイダコと書いてありますが、卵が入ってないのでただのタコです。安くて量が多い。うむ、これは良い。買って帰って、桜飯を炊きました。桜飯とは、醤油とタコを入れた炊き込みごはん。いわゆるタコ飯です。まず、タコを掃除します。内臓を取り、足の先をちょっとだけ切って洗い、水気を切ります。これをコンニャクと一緒に米に炊き込むのですが、今回はうども入れてみました。でき上がった桜飯は、おこげもちゃんとできて、実においしいものでした。庭に植えてある山椒の葉、つまり木の芽もふりかけます。後は根深汁、つまりねぎの味噌汁。それにタコと大根の煮物。一汁一菜ですが、十分に贅沢な夕飯でした。明日はタコと大根の煮物の残り汁にサトイモを入れて炊きましょう。我が家の愛犬さくらは、今日、公園デビューして来ました。今、疲れて寝ています。たぶん、コウが寝る頃に騒ぎ出すことでしょう。やれやれ。桜飯を食べてさくらと遊ぶ。花の桜はまだ見てないのに。しくしく・・・。
2006年05月03日
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コウです。210回めの日記です。二日前のことです。恋人が、近所のスーパーであさりをいっぱい買ってきました。「安かったの」とのことです。で、「タイ風のバジル炒めにするよ」と言うので、とりあえず砂抜き。塩水につけて放っておきました。翌日。まだ置いてあります。次の日。まだ置いてあります。バジル炒めはどうした、と聞くと、「おなか痛い・・・」と言います。そりゃそうです。昨日、コウが焼いた黒豆とココナッツのパウンドケーキを、1ホールまるごと食べちゃったのですから。コウの恋人は、コウのケーキが大好きなんだそうで。「あさり何とかして~」と言うので、何とかしました。あさりを水から、酒も少し入れて煮立てます。火にかける前に、あさり同士をこすり合わせるようにして洗うのは勿論です。あさりはカラにある筋目に汚れがたまっているので、これを取り除くのです。で、あさりの口が開いたら、あさりだけ取り出し、軽く水洗いしてむき身にします。ゆで汁は半分くらいまで煮詰めます。ここで大根を用意して、桂むきの要領でしょりしょりと薄くむきます。刺身に添えるわけではありませんから、ちょっとくらい太くても大丈夫。むいた大根を細く切ります。あさりの煮汁が煮詰まったら、大根とあさりを入れ、香りづけ程度に醤油を入れます。砂糖やみりんは一切入れません。大根は細切りにしてあるので、すぐに煮えます。あさりも火を通してあるので煮込む必要はなし。黒い小鉢に盛りつけて、父に食べさせました。日本酒を猪口に注ぎ、のんびり飲っています。「しみじみ旨いな」と言うので、「それ、シジミじゃないよ。あさりだよ」と言うと、「わかっとるわ!」と怒られました。コウはこれを、ベトナム風のうどんに乗せて食べました。なかなかいけます。以前から本で読んで知ってはいましたが、あさりと大根って合うのだな、と実感しました。最近、妙に貝類が好きになってきたコウ。一体何があったのでしょうか。今度はミル貝が食べたいなあ、と思いつつ、値段を見てサイフの紐をしめてしまうコウです。残念。
2006年05月01日
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コウです。209回めの日記です。昨日のコウの晩ごはんは、おにぎり、野菜と鶏肉の煮物、焼きなすの味噌汁でした。昨日、コウは近場のスーパーで、なすを一袋買いました。なすはコウの恋人の好物です。「どう料理してほしい?」と聞くと、焼きなすがいい、とのことでした。ちなみに焼きなすはタイにもあって、現地ではエビなどと合わせて辛い和え物にして食べます。さて、作ったのは良いのですが・・・。結果は散々なものでした。なすが固く、筋が多く、太いので、中心まで火が通りません。なすは五本あったのですが、一本としてまともな焼きなすにはなりませんでした。むむう。仕方ない。生焼けのところに残った固い皮をナイフで削ぎとり、味噌汁に入れます。味噌を入れる前に軽く煮込み、アクを取ってから味噌を入れます。で、仕上げにすりごま。実を言うと、コウはなすの味噌汁があまり好きではありません。せっかくの美しい紫色の皮が、味噌汁にすると何とも言えない色になるし、皮が邪魔な気もするし。でも、焼きなすにしてから味噌汁に入れると、皮のえぐみが出ず、優しい味わいになりました。最近、何だか野菜不足のような気がします。肉や魚もおいしいですが、栄養バランスのことを考えると、もっと積極的に野菜を食べなくては、とも思います。さて、今日は何を食べようか。サプリメントに頼るのも何だかイヤですし、いろいろ考えようと思います。これからも料理をがんばろう。おいしいもの食べたいしね。
2006年04月30日
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コウです。208回めの日記です。今日、家に帰ると、我が家の愛犬さくらが飛びついてきました。「はいはい、パパは今からごはんだからね。一人で遊びなさい」と言ったら、一匹で走り回った挙げ句、自分のしっぽを追いかけて、ぐるぐる回り始めました。そして自分のしっぽに追いつき、思いきり噛みついて、痛かったらしく「きゃん!」と叫びました。・・・。いっぱい遊んで大きくなれよ。大きくなっても同じことしてたら、ただのバカ犬だからな。
2006年04月27日
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コウです。207回めの日記です。昨日、コウは疲労と風邪でダウンしていましたが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。今、自分のホームページのアクセスカウンターを見たら、いつの間にか(と言うか、とっくに)9000アクセスを超えていました。こんな中身のないホームページにも定期的に遊びに来てくれる人がいるようです。いやはや、嬉しい限りです。今日、コウは仕事を休みました。体調も悪かったし、職場の人たちと顔を合わせるのもイヤでした。上司に今日休むことを電話で連絡すると、「明日は来てくれよ。話したいことがある」と言われました。おそらく上司は、コウを辞めさせたくないのでしょう。今、コウの働いている店で、タイやヒラメをおろしたり、刺身を引いて盛り付けたりできるのは店長とコウだけです。もう一人スタッフがいるのですが、彼はまだ、料理人になって一年も経たず、魚を料理できるレベルではありません。今、コウが辞めたら、お店は大変なことになる。おそらくコウは、今の仕事場で、板前としてではなく、一人のフリーターとして雇われることになると思います。上司自身もそう言いました。お前に板前は無理だ。でも、アルバイトとしてなら・・・。それは、コウが以前働いていた、病院給食の仕事先の先輩にも言われたことでした。コウが抱えている病気に詳しいその先輩は、コウにこのように言いました。「あんた、病気なんでしょう。そんな人間がそこまでして働いてどうなるの。ちょっと多く働いたって、給料が上がるわけでもない。仕事のために寿命を削るなんて、まともじゃないわ」何もはっきりしたことがない・・・何も断言できない・・・そんな状況の中で、コウは一つだけ思いました。料理を作りたい。料理人になれなくてもいい。料理を作りたい。だから今は、ちゃんと休んで力を取り戻さないと。今日は、ゆっくりします。明日はきっと、どうにかなるでしょう。
2006年04月26日
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コウです。206回めの日記です。昨日から今日にかけて、コウの周囲で、ちょっとしたトラブルがありました。コウの仕事に関することです。それは、紛れもなくコウの責任があることです。コウはよく、責任感が強く、上司に忠実な人間だ、と評されます。でも、それは誤解です。コウはただ、物事を常にはっきりさせたい、と願っているだけなのです。責任の所在をはっきりさせ、自分に責任のあることは何があってもちゃんとやる。でも、自分に責任のないことには手を出さない。上司の指示に忠実なのは、上司も自分が言ったことには責任を持つのが当たり前だと思うからです。指示されたらイヤな仕事でもやる。その代わり、結果的に事態が悪い方向へ動いても、コウ自身は何も感じないし、責任も取りません。こういうのって、まさにサラリーマンの発想だと思います。職人の発想ではない。コウの上司は、コウの思想を見抜いていたらしく、板前の仕事がサラリーマンのそれとは根本的に違うことを、ことあるごとに説いてきました。だけどそれは、コウの目には、現実味のないものに見えました。好きだからやる。それはとても正しいことのように思えますが、好きだからと言って、好きなようにやっていてはお客さんはやってきません。お客さんという、不特定多数のニーズに合わせた、柔軟な対応をしなくてはいけない。それは分かっています。でも、今のコウに、それがどこまでできるか。それをすることが、コウの神経をすり減らし、身を削ることになっても、それができるのか。今日、コウは思いました。この仕事を長く続けることはできないかもしれない。おそらく、そう遠くないうちに、コウは今の職場を辞めることになるでしょう。板前という仕事にそこまでの執着心はないし、コウが十年来抱える持病が、ロボットのように働くことを許さないかもしれない。コウは料理が好きです。それも、地味な料理が好きです。サトイモの皮をむいて煮転がしにする。さやいんげんの筋を一本ずつ丁寧に取る。白ねぎを味噌汁に仕立て、熱いところを供する。ですが、料理をビジネスとして考えた時、それでは通用しないのです。板前は、華やかで、カッコよくて、見た目の良い料理を作らなくてはいけない。そうしないとお金が取れない。少なくとも、コウのいる店ではそうです。普通の料理が作りたい。そう願うのは、コウのエゴでしょうか。コウは子供の頃、母親にいろんな料理を手作りしてもらいました。あの時の幸福な情景を、今にも伝えていきたいと願うのは、コウの我がままでしょうか。ぼくの未来はどこにあるんだろう。
2006年04月24日
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コウです。205回めの日記です。今日は、コウにとってあまり良い日ではありませんでした。朝から何だか体調が悪く、モチベーションが上がりません。しかも、そういう日に限って仕事が忙しく、一日中上司に怒られてばかり。もうこの店をやめようか、と本気で思ったほどです。コウは、12歳の時にある病気にかかり、半年間入院しました。今でも、その病気は完治していません。一日二回の薬の服用を欠かすことができず、ドクターからは、あなたはこの病気と一生付き合うことになるだろう、と言われています。コウは今、一日に11時間くらいの労働をしています。コウの主治医は、コウほど症状の重い人が、これほどヘビーな労働に耐えられるのは奇跡に近い、と言います。もっと労働時間の短い仕事に転職してはどうか、とも言われました。でも、コウが自分で選んだ仕事なのだから、逃げ出すようなことはしたくありません。コウの上司は、いわゆる朝令暮改タイプ。言うことがころころ変わる、勢いで仕事をするようなタイプです。コウの病気のことも話してありますが、「そんなもの、根性で乗り切れ」と言うだけ。もちろんフォローはしてくれますが、それでもしんどい時があります。コウの持病は、春になると決まって悪化します。今、一番つらい季節です。もっとがんばらなきゃいけないのは分かっているのですけどね。がんばりたくてもがんばれない人がいるってこと、分かってくれたらなあ。ああ、そば食べに行きたい。仕事が忙しくて、外食する時間もありません。今日はゆっくり寝ます。明日も仕事、やれるだけやろう。おやすみなさい・・・。
2006年04月21日
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コウです。204回めの日記です。今日のコウの朝食は、白粥、しらすの浦里和え、卵焼きでした。で、昼食にはざるそば。大盛り。夕食はナスと鶏皮の炒りつけ、長いもと油揚げの煮物、カキのすり流し汁、鶏の生姜揚げ。昨日の夕食はカツオのしょうが焼き、ボラとミョウガの酢味噌和え、ハマグリと大根の味噌汁、タケノコごはんでした。我ながら贅沢なことをやってるなあ、とも思いますが、せっかくの連休なのだから、これくらい許されるでしょう。それこそ、神戸にでも出てご飯を食べれば諭吉さんが飛んでいくのですし。と、ここまで書いてふと思ったのですが・・・。これだけ和食ばかり作っておいて、コウは日本酒を一滴も飲んでいません。焼酎もなし。コーヒーとマンゴージュースはよく飲んでいますけど・・・。で、今日、夕食の後、久しぶりにカオニャオ・マムアンを食べました。まず、もち米を水に浸してから、蒸し器でふっくらと蒸します。缶詰のココナッツミルクを煮立て、砂糖を加えて甘くしたところに、もち米を放り込みます。で、軽く煮て、とろりとさせます。この甘いもち米の上に、完熟マンゴーのスライスをトッピング。上からゴマを振ります。コウがバンコクでよく食べていた、ちょっとハイカロリーなデザート。見た目はまさに「マンゴーごはん」。さて、ぼくのホームページによく来てくださる常連の皆さんは、これを許せるでしょうか。ごはんの上にマンゴー。繰り返します。ごはんの上にマンゴーです。コウのネット仲間のクロババさんとこの常連であるHさんが見たら、どんな顔をすることか、とも思いますが、これが意外と美味。もともとは屋台で、お腹が空いているけど料理を食べるほどでもない、という時に食べるメニューだったようです。日本人にとっての茶店での団子、あるいはおはぎのような位置づけなのでしょう。ここまで読んだ方はお分かりだと思いますが、コウは今、お腹ばんばんでもう動けません。コウの愛娘さくらも満腹でもうおねむのようです。今、ゆっくり、ゆっくりとラム酒入りのコーヒーを飲みながら、葉巻をのんびりふかしています。ああ、いい連休でした。ゴールデンウィークには休みなどもらえるはずもないので、今のうちにゆっくりします。コウ家は今日も平和です。明日も平和だといいな。
2006年04月18日
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