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2代目タイガース非公式サイトです
みなさんこんにちは ウィリアムス投手の2回目です ①を読んでない方はまず次のURLで参照しておいてね
列伝72 ジェフ・ウィリアムス②
(6)勝ち進む阪神、要(かなめ)は抑えのウィリアムス
2003(平成15)年の阪神は順調に勝ち進んだが、その要因はいろいろある。
FAで移籍した金本によって厚みを増した打線では、今岡が3割4分で首位打者、アリアスが自己最多タイの38本塁打、矢野、赤星もベストテンに名を連ねるなど、得点力が高かった。投手陣では井川がローテーションの柱としてしっかりしており20勝を挙げたほか、伊良部も13勝を挙げて貢献している。
しかし、やはり特筆すべきは抑えのウィリアムスが盤石だったことであり、先発、中継ぎが精神的に助けられたことは大きい。
(7)1年目のウィリアムスのリリーフ失敗は1度のみ
ウィリアムスが喫した唯一の黒星は、6月1日の対巨人戦12回戦(東京ドーム)だった。3対2の最少リードで迎えた9回裏、二岡智宏に内野安打で出塁され、次打者高橋由伸にはクイックで投げたスライダーが曲がらず真ん中に入り、逆転サヨナラ2ランを浴びてしまった。24試合目の登板で初めての背信だった。
しかし、背信らしい背信はこの試合だけと言っていい。それほどに、1年目のウィリアムスは安心して見ていられた。

6月にポートに変わって途中入団したジェロッド・リガンも中継ぎとしてよく働き、シーズン終盤はやや疲れが見えたウィリアムスをカバーしたので、リードしたゲームを確実に勝ちゲームにできる安定感のある戦いを続けることができた。
阪神は、9月15日に18年ぶりのリーグ優勝を決め、ウィリアムスも52試合で1勝1敗25セーブ、52回 2/3
を投げ、自責点9、57奪三振、防御率1.54という文句なしの結果を残している。
一生懸命探したけど星野監督との2ショットって見つからないのよ・・・
優勝時の後ろ姿だけあったので仕方なくこの写真を載せました
(8)日本シリーズも快投を見せるが惜しくも日本一を逃す
福岡ダイエーとの日本シリーズでは、第3戦までウィリアムスの出番はなかった。しかし、1勝2敗で迎えた第4戦(甲子園)、まさにふさわしい場面で登場する。
5対5の同点で迎えた9回表、一死3塁という厳しい場面でマウンドを引き継いだウィリアムスは、冷静に4番松中信彦との勝負を避けて歩かせ、城島をサードゴロ、バルデスを三振に仕留めピンチを脱した。延長10回も続投し、2三振を奪うなど打者3人を斬って取る。10回裏、大変な盛り上がりのなかで金本知憲のサヨナラホームランが飛び出し、ウィリアムスに白星がついた。
第5戦(甲子園)も接戦となり、3対2と1点リードの8回、二死1塁の場面で登場する。対する打者は、前日は作戦上歩かせた松中だが、今回は真っ向勝負し、スライダーで空振り三振に取る。9回は打者3人、最後は2連続三振で連夜の完璧リリーフだ。ウィリアムスにセーブが記録され、シリーズ優勝に王手がかかった。
舞台を福岡ドームに戻して行われた第6戦は、ダイエーが常に先手を取ったためウィリアムスの登板はなく、3勝3敗で迎えた第7戦は6対1と大きくリードされた張り合いのない中で投げることになった。それでも、7回裏一死一塁の火を消すと、8回裏は3者三振に斬って最後の見せ場を作っているのはすごい。
結局、ウィリアムスは3試合で4回 2/3 を投げ無失点。打者15人と対戦し、被安打0、9奪三振、1四球という圧倒的な内容だった。力を出し切ったウィリアムスは「悔しい!日本一になりたかった」と、ガックリ肩を落としたが、この1年の活躍はファンに大きなインパクトを与え絶賛された。シーズンオフには、すっかり「阪神の顔」の一人として人気選手の仲間入りを果たしている。
(9)2004(平成16)年 岡田彰布新監督就任 アテネ五輪問題
オフシーズンに入り、ひとつの大きな問題が浮上する。ウィリアムスは、2004(平成16)年夏に開催されるアテネ五輪に、もしもオーストラリアの出場が決まった場合、代表メンバーとして出場したいと球団に申し出た。
アトランタ五輪を経験しているだけに、オーストラリアにとっては貴重な戦力になるし、本人が母国のために貢献したいと思う心境も理解できる。
連覇を目指す新監督の岡田彰布にとって非常につらい選択だったが、阪神は11月30日、ウィリアムスの申し出を了承する方針を固めた。
それに先立って11月17日にラモン・モレルと契約し、リガンと合わせて何とか乗り切れる目処が立ってきたことも大きいが、「日本代表として阪神の選手も出場するのに、ウィリアムスが豪州代表で出れないというのは理不尽」というファンからの同情の声が多かったことも要因にあったようだ。
阪神側の配慮に対し、ウィリアムスも気を使っている。春季キャンプと重なる五輪予選のメンバーからは外れているし、五輪直前には、出場組の安藤や藤本が8月4日に戦列を離れているのに対し、ウィリアムスはギリギリの8月8日までゲームに出ている。この「フォア・ザ・チームの精神」が阪神ファンに愛された理由で、さすが優良助っ人という印象である。
アテネ五輪本番では日本代表と準決勝でぶつかった。オーストラリアは、2006(平成18)年に阪神に入団することになるクリス・オクスプリングが先発し、6回2 /
3を無失点の好投。そのあとを受けた2番手のウィリアムスは2回1 /
3を無安打、3奪三振で完璧に抑え、2人で1-0の完封劇を演じている。
(10)アテネ五輪に振り回され阪神は4位 ウィリアムスも低調
2004年のペナントレースは、オリンピックを挟んだことで歯車が合わない状態になった。阪神はクローザーが固定されない状況で戦った感があり、ウィリアムスと安藤を軸に、リガン、モレル、久保田、棧原、マイヤーズなどリリーフ陣は、状況によってセットアッパーにもクローザーにも使われている。
アテネ五輪での戦線離脱も影響し、ウィリアムスのセーブは2003年の25から14に減り、防御率も3点台と悪くなったが、徐々にセットアッパーへの適性を見せ始めていた時期である。
アテネ五輪が、阪神の戦いに負のファクターとして重くのしかかったことは否定できない。前年のリーグ優勝に貢献したリガンが右ひじの故障で6月初旬にリタイアしたことも大きく響いた。五輪対策として、6月末に外国人2投手(トレイ・ホッジスとロドニー・マイヤーズ)を緊急補強したが力不足で役に立っていない。
2年越しのラブコールで獲得したマイク・キンケードも死球で早々とリタイアしており、整った戦力で戦うことができなかった。結局5割ラインを浮き沈みしながら4位に終わり、初めて指揮をとってリーグ連覇を目指した岡田監督にとっては不完全燃焼の年だった。
ジェフ・ウィリアムス ③ へつづく

まずは2003年リーグ優勝の大功労者
2004年はオリンピックの開始ギリギリまで日本にいて試合に出てくれてたんだよ
とても義理堅くまじめな人だったみたい 本物の「優良助っ人」と言えるね
ぜひ③も読んでね
猛虎異人伝78 ロドニー・マイヤーズ 2026.09.25
猛虎異人伝77 トレイ・ホッジス 2026.09.24
猛虎異人伝76 ラモン・モレル 2026.09.16