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さて、マイソールからゴアへ戻った。 数あるゴアビーチの中で、一番観光化が進んだカランギュートに、私の元別居中のダンナさんがアパートを借りてるので、そこをベースに3ヶ月間インドを楽しもう!というのが今回の大まかなプランなのであった。 インド入りして5日間をここで過ごした後、マイソールへ向かい、約1ヶ月グルジのシャラでアシュタンガヨガの練習。その後、またまたカランギュートへ舞い戻ってきたが、ここは最高に退屈でゲロが出そう。 熱海と江ノ島が合体したような大混雑振りで、イギリスのブラックプールみたいな場所だ。浜辺にはギッシリとサンベッドが並び、海は荒く臭く水は汚い・・・。アンジュナ以南のバガ、カランギュート、カンドリムあたりまでずっとそんな感じ。ツーリストだけが隔離された世界で、作り物の嘘っぽさに囲まれた、典型的な安っぽい観光地。滞在しているツーリストの殆どは、パッケージツアーのお客さんたちが殆ど。バックパッカーはもっと北のアンジュナかヴァガトーに根を下ろすようだ。 インドの熱海カランギュートの中でも、中心地は避けて南のはずれにいるのだが、この辺はなぜか60代以降のイギリス北部出身老夫婦が多い。我々が毎日ゴロゴロしているビーチハット(海の家)の常連さんは、その98%が60代以降のイギリス北部出身老夫婦だ。1枚300ルピーのレーヨンでできた巻きスカートや、縫製の悪いバッグなどを購入し、60分400ルピーのマッサージを受け、奥さんはしなびた乳房をあらわにしたトップレス姿で、ダンナさんは色あせた刺青もむなしくビール腹をユラユラさせ、共にゲホゲホと咳き込みながらタバコを吸い、ビールを飲み、真っ赤に日焼けして、今日の夕食はチャイニーズだぜー、おー!とワイワイしています。 元ヒッピーが昔を懐かしみゴアに滞在しているのか、単に安いビーチ系パッケージツアーのデスティネーションなだけなのか、いずれにせよ元植民地を訪れるイギリス人というのは、どんな感慨を抱くのだろうか?答:インドは暑いね、臭いね、五月蝿いね、でも食事は上手いね、この間完璧なイングリッシュ・ソーセージを食べたよ。 なので、ちょっと場所を移動しようか、ということで、同じゴアでも南のはずれ、パロレムビーチの更に南にある、Patnemパトネムビーチへ行くことに。もちろんダンナも一緒です。ローカルバスを乗り継ぎ、約4時間弱で到着です。 おおおお、なにもないビーチだぞ。大昔のボラカイとかサメット島みたいな雰囲気でバチグー!だ。海も穏やかだしキレイなので、入れるぞ。おおおお、ビーチライフだよ、インドで!
2007.03.26
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出発前に下宿先の屋上でD君と朝練をする。 ちょうど朝日が昇ってきたところ、まさに太陽礼拝、神々しい。 太陽の光が肌に沁みこむ。 空は雲ひとつない青空だ、怖いくらいの青さだ。 スーハーの呼吸が、海のさざ波のように聞こえてくる。 下宿先のファミリーがなんだなんだ、と覗きにきては、頭をユラユラさせる。 練習後水シャワーを浴びて、スッキリ。 8時半に約束していたクルマはもう既に待っている。 下宿先ファミリーのみんなひとりひとりに挨拶とハグをして、家の門前でみんなに見送られて出発。 みんなのホスピタリティに心底感謝。 みんな英語が堪能じゃないから、言葉ではなかなか上手にコミュニケーションできなかったけど 心からの優しさとおもてなしはいつだってヒシヒシと伝わってきた。 平気で嘘をつける言葉なんかより、見詰め合う瞳を覗き込めば その人がどんな思いを伝えたがっているかはよく判る。 ほんとに、ありがとう。 こんなファミリーのところにステイできて、私はすごいラッキー野郎です。 ここマイソールで出会えた沢山の人達、出来事、全てのものが よかったことも嫌なことも全部ひっくるめて、私にこれまでにない発見と洞察を与えてくれた。 それは、ヨガという世界ゆえなのか、インドという世界ゆえか それとも単に私によって作りだされた世界の出来事に過ぎないのか はたまた、そんなことはどうでもいいことなのか その当たりがよく判らなくてもどかしい。 でも今は判らないままでもいいものなのかもしれない。 ファミリーに手配してもらったクルマで3時間かけてバンガロールへ。 バンガロールから3時発のAir Deccanでゴアへ。 ゴアの空港からローカルバスでダンナの住むカランギュートへ。 あっと言う間にアパート着。 Welcome back to the real world
2007.03.17
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シャラがクローズになってからの2日間は、Mysore Mandalaのマイソールクラスで練習した。 実はマイソールにはグルジのシャラ以外にも、アシュタンガヨガのシャラが沢山ある。マイソールでアシュタンガ、イコール=パタビジョイス(グルジ)のトコロ、とは限らない。グルジと共にクリシュナマチャリアに師事したアイエンガーのシャラもあるし、そのアイエンガーに師事したV. Sheshadriが教えているのが、このMysore Mandalaだ。 V. Sheshadriのアジャストはかなり定評かあり、パンフレットにHe can push you beyond your present limits と書かれているとおり、とてもできないと思っていたレベルまで、グーンと導いてくれる。でも、それはつまり、とても強烈なアジャストであるということで、反面カラダに支障をきたすこともある。よって、彼の評判の良し悪しは人によって真っ二つに分かれてて、実際他の人達から色んな声を聞いた。 では、実際のところはドーナンダ?という好奇心もあったし、ひょっとして「いまだかつてないマリーチDのアジャスト」なんかもあるワケ?(スミマセン、まだこんなこと言ってます、私・・・笑)という期待もあり、さっそく行ってみることに。 夕方からのドロップインのクラスは5時からで、1回400ルピー(高いんだか、安いんだか・・・グルジのシャラの授業料を支払った後はなんだかよく判らなくなってくる・・・!)。古めかしいシャラ内は、独特の雰囲気があり、いかにもオームでピースフルで超ラブリーなんだけど(プッ)、昔の木造のおばあちゃん家みたいに床が傾いてて、バランス系のアサナのときにフラフラして楽しい。そうそう、最近知り合ったステキな日仏カップルのP君もこのマイソールクラスで練習してて、2日ともお隣さんだったので、緊張もなくリラックスして練習ができた。 そして噂の期待のアジャスト・・・ アッパードッグで肩を上へ&胸をウンと開くようひっぱられる ヴィラバドラーサナで両手を後方へ&胸をウンと開くようひっぱられる パダングシュターサナ・パダハスターサナでもっと下へ&内側へ入るよう押し付けられる パリボリッタトリコナーサナでうんと捻って、胸を張るようグイグイされる ウティタパースバコナーサナでうんと捻って、上体を上部へ向けるようグイグイされる プラサリータでうんと下へ内側へ入るよう押し付けられる ウティタハスタで足を180度まで上げてもらって、さらに壁を使った練習までする パーチュモッタナーサナでガシガシに押してもらい アルダバッダでこれでもかと押される トリアンガもしっかり幅を狭めて片寄らずに押してもらう マリーチAもしっかり深く入れなおしてもらい強く押してもらう マリーチC&Dは、いまだかつてないほど捻ってもらうが、ニンゲンのカラダってここまで捻っていいのか? クルマーサナは後方から挟まれて幅を狭めてから、押されて足を上げさせられる スプタもあっと言う間にポーズに入れてもらう、しかもムチャ深い、ゲー! スプタパダングシュターサナもグリグリに足を開いてもらう バックベンドに至っては、なんと背中に乗せられてブンブン振り回され、ここは遊園地ですか?とびっくらこいただオイラ・・・でも、背骨が開いたー!いいのかー、こんなことしてー? ヨガというか、アクロバットだよ、これ。普通の人だったらカラダ壊すよ、絶対。1回2回なら面白いけど・・・。なんか、「私はアナタのおもちゃなのー」って感じ。いやいや・・・。
2007.03.15
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アメリカに新しく作られたシャラのオープニング記念と、それに伴うワークショップのために、グルジとそのファミリーは3月下旬から5月中旬までアメリカへ。その間、ここインドのマイソールにあるシャラは全面クローズとなる。今日は、そのクローズ前の最後の練習日であり、通常ならマイソールクラスなのだが、今日は特別にレッドクラスだ。 しかし気合いの漲ってないワタシは、シャラに着くとまたまたほぼドンジリ。みんな早くくるんだなぁ・・・。ドアの外の待合室スペースもイッパイで、妙なところにムリムリスペースをつくって、みんなとは90度方向を変えたポジションにマットを敷く。ああ、私は最後までドン臭いというか、適合性に欠けるなー(笑) 今日はグルジがカウント、おお!初グルジだよ。すごい早くて、グルジの5カウントで私は2呼吸しかできなかった。ずっと練習をサボってて、久々だったのでカラダは軽めかな、と思いきや、すぐにスタミナがなくなりゼイゼイした。はー、シンド。終了後グルジにご挨拶して「チュー」と「ハグハグ」する。ああ、これで本当に最後なんだなぁ・・・と感慨もひとしお。回りのみんなもきっと同じ思いを抱いているに違いない。練習後のシャラの空気がいつもとちょっと違って、微笑み度が高く、ほんわかと暖かい感じがした。 しあさってには私もマイソールを発つので、パッキングやら、不要物の処分やら、日本への船便の手配やらをしなくちゃなんない。私個人的傾向として、こういった事が不得手で、いつもギリギリまでなにもやらず、結局なにもできないまま出発日を迎える、というのがありがちなパターンだ。ちょっとこの辺改善したいなぁ、と思ったので、とりいそぎ午後には、これから3ヶ月マイソールに滞在するという、Aさん&P君の日仏カップルさんのところへ、ゴアへ持ってゆくにはちょっとねー、でも無駄にしたくないから、是非使ってもらいたいわー、というアレコレを渡しにゆく。 あー、そういえば今日はD先生もマイソールを発つんだ。色々お世話になったんだから、お礼とお見送りのひとつでもしたいな、と思いつつプリンセスロードをテクテクしていると、当の本人D先生と遭遇。一緒にランチを食べにゆき、また夕方に改めて手土産の「手作りチョコ、ココナツ風味とミント風味」を携えて、お別れを言いにいく。ありがとうD先生、アナタが勇気付けてくれなかったら、私は今ここマイソールへ来ることもなかったと思います。また東京でヨロシクです。ただしお手柔らかに願います :) なんとなくロイヤルワールドというスーパーで、ヘンナタトゥのチューブを購入。停電で薄暗い夜道をテクテクと散歩がてら歩く。沢山の商店が立ち並ぶ通りは、ロウソクの灯火でいつもより美しく見える。停電って不便だけど(フィリピンでの経験上)、ちょっと見方を変えると、結構新鮮で、月の灯りの有難さとか、むやみに浪費している電気の不要さをヒシヒシと感じる。 おうちに戻ってからは、このヘンナタトゥのチューブで、手から足からアチコチにインド風ヘンナタトゥを施してみる。むちゃ楽しい。ハマる。停電のなかロウソクともして夜更かししちゃった。目指せ!ゴアのビーチで「ヘンナ・タトゥいかがかね?」屋さん!(得意分野=漢字)
2007.03.14
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今日でマイソールを去るユキミを見送りに、10時過ぎに彼女の家を訪ねる。リビングルームで態度のでかいメイド2人とおばあちゃんと、共通言語ナシでおしゃべり。ユミキとは最後の最後まで、いつもと同じようにゲラゲラと笑顔で過ごす。でもココロの中はずいぶんと寂しい。タクシーで一路バンガロールへ向かうユミキを思いっきりハグして、また会おうね、と約束して、バイバイと手を振る。別れなんて、いつだってこんな風に、あっと言う間であっけない。痛いほど熱い日差しを受け、テクテクと歩く帰り道、やっぱり涙がポロポロ溢れてきた。いかんいかん。 インドは暑いから泣いても涙はすぐ乾く。 午後から、シタールの購入とレッスンの受講を企むD君にくっついて、近所に住むシタール奏者のおうちへお邪魔する。私はシタールのことなんてなんにも知らないけど、なにやら面白そうな世界だった。シタールを買いにいった楽器屋さんは、古くて狭くてやたらとモノが溢れかえっていてキッチュだ。シタール奏者のおじさんは、一見怖そうなんだけど、その実とっても良い人オーラがバシバシで、なんか懐いちゃった。ちょっとだけ披露してもらった演奏もステキでした。ちょっとした想定外の出会いで、ちょっと感動。D君ありがとう。 帰りしなにゴクラム界隈のテーラー屋さんへ、注文していたパンジャビやら、布地を選んで作ってもらった特製ヨガマットバッグやらを取りに行く。確かに安くテーラーメイドの服やバッグが作れるが、問題点がいくつか。 1 約束の期限には絶対出来上がらない 2 縫製が乱雑である可能性が高い 3 指示したとおりには、まず、出来上がらない これがクリアになれば、外国人相手のもっともっと良い商売ができると思うのだが、いかがなものかインド人たちよ? 夜はKさん宅で「日本そばの宴」があるというのでお邪魔する。総勢7名ほどのこじんまりとした集まりで、和気藹々。久々の「しょうゆ味」「わさび」「そば」「漬物」に、ついついモリモリと食べすぎる!明日の5時からのレッドクラスはキツイねー、と皆で苦笑しつつも、楽しく夜は更けていった。 明日は5時からレッドクラスが1回あるだけで、そのままシャラは5月中旬までクローズとなる。最後で最後の練習だ、ちゃんと行こうっと。
2007.03.13
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やっと重い腰を持ち上げて、5時にシャラへ向かい練習再開。体中が重い、固い。こりゃイカンとハーフでストップ。となりはメイさん、すごい透明な空気をまとっている。妖精みたい。 11時半からSheila’s Houseで、クッキング・レッスンを受ける。この間会ったAさん&P君の日仏カップルさんも一緒だ。Diもふらりとやってきて(この人も妖精みたいだな)3時間くらいレッスン&試食して過ごす。 先日Tina’sで受けたクッキング・レッスンは、参加者が多かったせいか、なんかTVの料理番組を見てるのと変わらなかったけど、今回は生徒が5人だけで、実際に料理をすることもできたし、トータルで10品目も作ったので、すごい充実!楽しかった!美味しかった!ワーイ:) 夕方メインシャラへ立ち寄り、お土産用にTシャツとグルジの写真を買う。オフィスを覗いたら、グルジが読書(もしくは、ほぼ居眠りと思われる・・・)していたので、買った写真にサインをしてもらう。ミーハーですみません。何百人の生徒がこうやって記念写真を撮ったり、サインをもらったりして、グルジも大変だなぁ。でも、ひとつも嫌な顔せず、サンキューを百回くらい言いたいのは私たち生徒の方なのに、グルジはいつも「サンキュー、サンキュー」ってニコニコしてハグとチューをしてくれる。グルジありがとう、アシュタンガヨガと出会えたのも、インドに来ることができたのもグルジのお陰です。本当、マジで、アイラブユーです:)
2007.03.12
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朝5時からのレッドには行けない。生理がスゴイのもあるけど、もう気持ちが負けちゃってる。駄目だ!。・・・なにがダメなんだ?ワケ判らないぞ、私。 9時にグリーンホテルへ。いつも炎天下で汗だくになって朝食をとるのだが、今日は早めに行き、数少ない日陰のテーブルを確保する!おお、快適である。知人友人がなんだかんだと集って、ワイワイ。楽しい。そろそろみんな国に帰るので、バイバイのハグに握手に、サヨナラ記念撮影、名刺交換、今後の予定のハナシ、などに余念がない。みんなそれぞれが、ここマイソールで、出会って、いろんなモノゴトをシェアしあって、笑顔で別れて、自分の道に立ち戻ってゆく。そんな風にぐるりと一巡して戻った自分ってヤツは、きっと、昔よりもちょっとだけ成長したような感じになるんだろうな。 メインシャラ近くのビューティサロンでペディキュアをしてもらう。ずっとビーサン生活だったので、足の裏は洗っても落ちない程汚れがこびりつき、ひび割れして、真っ黒><これを、すべすべのピカピカにしてもらった。うーん、久々のピンク色した足の裏にうっとり・・・。久々贅沢な出費、150ルピーなり。 夕方、ユミキとリクショーでマイソール北部にある川沿いの寺院へ。 ゴクラムから北に10分も走れば、緑豊かでのどかな光景が広がる。ちょっとした田舎道、風をきってをリクショーで疾走、気持ちよい。南インドは、土地も人々も、なんだかんだと結局、とてもおおらかな感じがする。土っぽくて、しかし緑深く、椰子の木があちらこちらに連なるさまは、フィリピンの田舎と似てるな、と、インドに来てからよく思う。人々の肌の色が、ちょっと暗めになって、点在しているのは教会じゃなくってヒンズー寺院。 ちょっとひなびたヒンズー寺院では、ワケも判らずローカルに混じってお参りをしてみる。それにしてもみんな信心深い。日本で私たちがお寺や神社で、カタチだけでお参りするのとは、根本的に違う。信仰のココロを持ち合わせていない単なる観光客で、なおかつ決定的に部外者である私などが、列に並んだ流れで、お布施をして額にビンドゥの印をつけてもらうのは、ちょっと違うよね、って気もした。申し訳ない、というか、ココロ苦しい、というか。ワーイ、インドぽーい!と無邪気に喜ぶのもアリかもしれないけど、私は、寺院を出てから、こっそりと額のビンドゥを拭き取った。 川沿いでは、人々が洗濯やら、沐浴やら、散歩やらで時を過ごしている。小さな祭壇がアチコチに点在し、それぞれが良い感じに風化していて趣き深い。この辺はやたらとサルが多い。子供たちも元気だ。とある小さな祭壇の前に立つ老人は、意味不明の言語でチョコチョコと説明をしては「100ルピーよこせ」と平然と手の平を差し出す。夕暮れの風が心地よい。お香の臭いと、ゴミの臭い。サルと牛と野良犬と豚と馬と羊と野物乞いとカタワとサドゥと子供と生活者と観光客。ああ、世界はとりえず平和だ。 ところで、ここマイソールで出会ったアメリカ人のユミキとは、結局なんだかんだと気があって、ずっと一緒に過ごしてきた。楽しかった。たくさんのアリガトウでイッパイだ。彼女と別れるのは寂しくなるなぁ。今日、Coffee Days(インドのチェーン喫茶店。クーラーの冷気、インド風でないケーキ、スタバ風ドリンクメニューなど、西洋カフェ文化が恋しくなったら向かう先はCoffee Daysだ。しかし高いぞ。)からの帰り道で、ポツリポツリと結婚のこと、人生のこと、家族のことなどを話しながら、ふと、なんの気なしに思ったので、そのまんま聞いてみた。 私:ねぇねぇ、私たちって5年後どうなってるんだろうねー? ユミキ:私もそれ知りたいー!絶対、keep in touchしとこうね! 私:多分ね、私たちは5年後くらいに、またこのマイソールに来てさ、この辺りをこんな風に歩きながら 「あらー、ゴクラムも変わったわねぇ。ここには昔ココナッツスタンドがあったのよねー」 「そうそう、サルを小脇に抱えた子汚い子供がいつも物乞いにしつこくてねー」 とか、ワーワー言ってるんだよ、きっと。 ユミキ:ワー、きっとそうだねー、アハハハハー 数日後にはサヨナラして、きっともう会うこともないだろうユミキと肩を抱き合いながら、お腹の底からゲラゲラ笑いあう。道行くインド人たちがジロジロ見る。人生ってこんなだよね、とか思いながら、心の中でアイラブユーと言ってみる。彼女の体温が肌に心地よい。女友達ってステキだ、私は幸せものだ、うん。
2007.03.11
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昨日の食べ過ぎが祟って、胃がスゴイことになっている。咽喉元までせり上がる胃液の刺激酸にやられながら、5時に起きるも、カラダが言うことをきかない。全身がだるく、非常に怠惰な状態だ。しかし、高いお金を払ってマイソールくんだりまで来ている身としては、あと何日シャラで練習ができるのか?と考え始め、ついつい「意地でも行かねば!」と奮起したくなる。 6時過ぎに家を出る。しかし、私の足はシャラへは向かわない。いつもと違う方角へ、これまで足を踏み入れなかった区画へ、自然と足が進んでゆくに任せてみる。 日の出直前の街は靄がかかり、まだ消えていない街灯が、ほの明るい空に溶け込むように、弱々しく前夜の疲れを残像のように残している。 行き交う人々はみな寡黙だ、そしてそれが街並みの静けさを、よりいっそう際立たせる。 夜明け前の鼓動。大地の、木々の、建物の、人々の、動物たちの、それぞれの内に秘められた蠢きが、微細な振動と共に熱を発し始める。 落ち葉を箒で掃く音。門前に白粉で描く曼荼羅模様。家の中からかすかに聞こえてくるチャンティング。ジャスミンの香り。チャンダンの香り。人々の生活が始まる、その音、匂い、熱、バイブレーション、全てを包み込みような、大らかなリズム。 夜明け前の静謐な空気の中、知らない小道を徘徊する愉しみに耽る。ふと顔を上げ、後ろを振り向くと、そこには冗談のようにドデカイ太陽が、東の空に堂々と昇ってゆくところだ。空の色が変わる、街の色が変わる、世界のバイブレーションが、またちょっとだけ変わる瞬間。 ああ、美しいなぁ。 無理して練習に行っていたら、この光景を感じることはなかったんだなぁ・・・、と、ちょっとだけ今朝の怠け心を正当化してみる。 皆さんにとって、今日も良い日でありますように。
2007.03.10
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金曜日はレッドクラスの日です。通常5時からと6時半からの2クラスあります。なので、朝6時ちょい前にシャラへ行ったら、生徒数が減ってきているので、今日は5時からのクラスだけしかやらないとのこと、えーん。インフォメーションちゃんとしてよー(昨日インフォしてたのかな?私は休みだったから知らないだけで) せっかく重いからだにムチうって来たのにぃー、と不貞腐れ、家に戻り瞑想して2度寝。それにしてもカラダがだるい、重い、微熱っぽい、調子悪い。ダラダラと寝て午前中を過ごした。 しかし、今日もなんとなくダルイ、せっかくのSheilaでのランチなのに食欲もあんまりナイ。ひょっとしてこのダルさは、おとといの虫刺されが原因?あの後すごい腫れたし、全身倦怠や微熱もその後だし、患部はまだ熱持ってるし、痛痒さは続いてるし。 下宿先のファミリーに聞く 「きっと蜂に刺されたのよー。よくあることだから大丈夫よー。蜂の毒はカラダにいいのよー」 Sheilaに聞く 「きっとアレルギー体質なのねー。とりあえずアンチセプティック・クリームを塗っておけば大丈夫よー」 ゴクラム界隈で買い物、パンジャビを2着しつらえる。ひとりチャイをシバき、薬局で虫刺され用クリームを買い家に帰る。 ああ、もう今日は家でおとなしくしてよう、と家でダラダラ本を読んでると、下宿先ファミリーが総出でワイワイやってきて、私の部屋のPCでエッシャーとかの写真鑑賞。「おー、ユミ!これの意味ワカるか?」「わー、スゲーなぁ」と、みんなコロコロと無邪気に楽しんでいる。なにゆえエッシャー?なぜ私の部屋で?そしてその底抜けの無邪気さはナンダ?ワタシはビビる。インド人はアタマをユラユラさせる。 そうこうししていると、D先生が「体調どうー?」とフラリと立ち寄って、フランス人達との夕食に誘ってくれた。「悪いけど私ことフランス人に対しては、スッゴク偏見持ってるからね!(笑)」とは私の口癖なのだが、「スッゴク良い人達だから、絶対大好きになるよー」との声を信じ、彼らの下宿先に立ち寄った後、グリーンホテルでディナー。 人を国籍で判断しちゃイケマセンね。私だって「日本人だから」という、他人の偏見で計られちゃ堪んない。確かにそこには「国民性」という傾向はあるけれど、基本は個人なんだってことは忘れないようにしたい。 以前チャンティングのクラスでおしゃべりしたカテルちゃん、本日マイソール入りした日本人&フランス人カップル、そしてD先生と楽しいときを過ごす。食後のデザートはCubsという小奇麗な喫茶店で。うーん、満足、満足。あれ、私、体調悪かったハズなのに・・・!
2007.03.09
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ところで、ここにきているヨギ&ヨギーニが全員オームでピースフルか?って言ったら、そんなことはない。実際のところ、「me me me」と自我がエンエンと行進している「エゴセントリック=自己顕示欲でイッパイ」な西洋人が、結構いらっしゃる。つまり、どんな人種かというと、口を開けば「私、私、私・・・」のコトばかり。そして、おおむね他人をジャッジするのが大好きみたいだ。さらに、自分を優位に位置づけたいから、そのジャッジも辛口というか、皮肉的というか、いわゆる批判的である。不思議と日本人にはこのタイプは少ないが、それはきっと「和」を重んじる国民性というか、厳しいほどの個人主義が根付いていないからだと思う。個人主義が大前提にある西洋人からすると、我々日本人の曖昧でナァナァな個の捉え方&共同体意識が根底にある態度には、「言わなきゃ判んないでしょ?」って思いっきり突っ込まれそうだ。しかし「いや、言われなきゃ判んないっていうアナタの態度は、単に想像力と思いやりに欠けてるだけなんだと思うよ」と、私はそれに反論する。ロンドンに住んでいた時に、こういった西洋人のエゴセントリックの洗礼を受けて以来、典型的な純ジャパ性格な私としては、「あー、ガイジンってウザイ」と、差別用語連発で辟易してきた。アンタら、自分のコトしかアタマにないのかい?(答え:イエス)、アンタが世界の中心なのかい?(答え:イエス)、一体自分を何様だと思っているのかい?(答え:ワタクシ様)・・・。以来、日本でも、アジア各国でも、西洋人と関わる機会が多く、エゴマニアック達と出会うたびに、ココロの中でキーキー憤慨しておったのだ。最近ではそういう人種と関わる機会が減り、また関わったとしても「あー、この人はまだ未熟なんだねー、可哀想にねー」と、精神的に突き放せるので問題はない。しかし、少なくとも、ここマイソールでヨガ修行をしている人達の中に、そういう人種を見るのはツライ。勿論、これは私の了見が狭いからなんだろうけど・・・だって「ヨガやって、自己顕示欲強かったらイカンのかー?」と聞かれたら、うーん、イカンなんて言えないよね。先日もココナツ・スタンドで話した白人男性がこのタイプで、エンエンと続く「自分自慢と贅沢な悩み話」に捕まり、ゲーとかなりながら、典型的な純ジャパ性格な私は「NO」と言えず、エンエンと聞き続けた挙句、「アンタ瞑想のひとつでもやれば?その贅沢な悩みってやつが解決するよ」と、ご丁寧にも、彼のプライドを鼻で笑い飛ばすような皮肉を口走ってしまった。彼が目を向いて憤慨し、私を罵倒し立ち去ったのは言うまでもない。自称ヨギーがオンナ相手にF・・・とか言うなよ、って呆れたけど、火に油を注いだのは私だ、反省。で、ハッと思うことがひとつ。あれ?ここで私が非難しているタイプって、つまり、こうやって他者を非難している私自身の態度そのものなのでは・・・?うわ、やばー、修行が足りねー、私こそ瞑想せねばー。
2007.03.08
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生徒がどんどん減ってきている。シャラはガラ空き。マットとマットの間がスカスカで寂しい・・・!あの、熱気はいずこへ?練習開始時間も、どんどん前倒しとなり、次回からは6時半からスタートなさい、とのこと。 旅行代理店でゴア行きのチケット手配。金曜2300R、土曜1300R、日曜360R・・・なんですか?この価格差は???さすがAir Deccanです。みなさんインド国内を旅行される際には、ぜひAir Deccanを!サービスゼロですが、むっちゃ安いです。 シャラ前でユミキを待っているときに、チクリ!と右腕に激痛が走った。なんか虫に刺されたみたいだ。物凄い痛みでビビり、ちょっとショックでうずくまる。クラゲにさされたらオシッコをかけるといい、っていうけど、虫に刺されたときも同じなのかな?なんて、変なことを考えながら、とりあえず、むちゃくちゃムスク臭いウエットティッシュで患部を拭く。 パレスからそう遠くない場所にある3Sistersという自宅レストランでランチ。古めかしく、すごい雰囲気のあるお家だ。力強くて暖かーいエネルギーに満ちている。写真からもオーラがバシバシ。 ダウンタウン、マーケットを徘徊。チャイをしばいて、スプライト一気飲みして、Coffee Daysでブレーク。ちょっと食べすぎ、甘い物も採りすぎ。 「だって暑いんだもん!しょーがないじゃん!」っていう言い訳のもと、日々がどんどんだらけてきてます。オイラのせいにするのはカミュの「異邦人」だけにしてくれー、とお天道様もウンザリなことでしょう。 夜、下宿先で、これまで一度もお見かけしなかったゴキブリを複数匹発見!ことゴキブリに関しては「一時的にヨギを撤回」する私です。慈悲もアヒムサもヘチマもございません。一瞬ダライラマのお顔が目に浮かびましたが、気のせいでしょう。ホウキ片手に一晩中戦い続けてグッタリ。
2007.03.07
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不思議なもので、我々の意思や意図などフフンと嘲笑うかのように、思わぬところで思わぬ形で起ち現れてくる。まるで大いなる歯車が、ゆっくりとしかし確実にギシンギシンと回る中、芥子粒ほどの存在がどんなに抗おうと、反対方向へ行かんと決起奮起しようと、あわれ最終的にはギシンギシンの流れの中、呑みこまれてゆく様のようだ。 しかしだからといって、抗うことを手放すのが最善策かというと、疑問だ。スピ系の視点からすると、ゴールは「手放すことです」なんてお行儀良く言いそうだけど、とりあえずは煩悩葛藤と共に、もんどりうって歩むぞ我が闘争、な私としては、最終的には負けちゃうとしても、それでも「抗う」こと、そしてその因果の体験、それ自体が「そうなるべくして起こった」ことだと思うから、むやみに最初から「諦め」ることができない。つまり、これ煩悩ナリ? 全ては「必然」である、とお決まりのフレーズをのたまうのは結構だが、モノゴトの結果だけを指して、そう安易に言っちゃいけない気がする。だって、そこへ至る過程自体にものすごい意義があるんだから。毎日毎分すべての瞬間において、大小さまざまな「選択」の機会があって、私たちは意識的に、また無意識に何千何万という「選択」をし続けている。そして、そのひとつひとつの「選択」によって、最終的には「必然」となる将来が決定づけられてゆくワケで、これを意識すると、どんな「選択」をも疎かにできないし、What a bleep do we know?じゃないけど、アチコチにあるサインを見逃すな!って感じになってくる。 今目の前で点滅する信号を見て、「走る」か「待つ」か? 本屋で素通りしかけた「とある本」を、立ち戻って手にとるのか、そのまま通り過ぎるのか? バス停で隣り合わせになった人へ、言葉をかけるか、そのまま無視するか? 今目の前にあるこの道を、一体私は右へ曲がるのか?左へまがるのか? 今、私がインドにいるということは、過去のどの部分の選択がキッカケだったのだろう? Choice is yours という言葉が好きだ。つまり、選択はキミのもの=決めるのは他の誰でもないキミ自身だよ、という意。他力本願に陥らないためにも、自身の人生の責任を一手に引き受け、また自分で歩む道を切り開いてゆくんだという、権利と責任をしっかり認識するためにも、とても有効な一言だ。他人にこれを言われると、日本的感覚からすると「突き放された」気分になるかもしれない。でも、そうやって個を尊重されることに慣れてくると、「周りがこうだから私もこうする」ことから遠ざかり、「本当に私が欲しているのは何なのかな?」ってことを知ることができる。 だけど、個とはなんぞや?ワタシのアナタのキミのボクのエゴが作り出している幻影にすぎないのだよ、とは、また別の声。なんだか最近、日本人として培われた精神構造と、西洋と関わることで鍛えられた個人主義的な自我の確立と、ヨガをキッカケに発見してきた気づきや東洋的世界観とで、やたらとクロスオーバーでフュージョンしている自分を見つける。でも結局、要はバランスなんだよね、と、ひとりごちて、こんなとりとめもないことを、エンエンと考えて過ごした一日。
2007.03.06
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春の到来を祝うお祭りの日。よって、シャラはお休み、練習ナシ。 人々はカラーパウダー(色粉)を掛け合い、街中は体中カラフルに変色した人々(牛も羊も・・・)でイッパイ・・・かと思いきや、ここマイソールでは肉体労働者階級(というくくりがあるのかは疑問だが)の若造たちだけが、集団となって楽しそうに色粉だらけにして大騒ぎしている、って印象だ。 このホーリーは、どちらかというと北インドで盛んな行事らしい。ロンプラ(Lonley Planet・世界で一番読まれているガイドブック)には、「この日、観光客は外を歩かないように」と書かれてたけど、少なくともここマイソールでは、阿鼻叫喚の町をあげてのお祭り騒ぎってわけじゃなさそうだ。聞いた話では、現地人が観光客に色粉をつける際には、ちゃんと「やってもいいか」事前に了承をとるみたい。なんか、カワイイ。 私はオデコにだけ、可愛らしくチョコンと色粉をつけられただけ。ゴクラムのココナッツスタンドを通り過ぎると、顔中カラフルに変色した、超人ハルクみたいな知人友人を発見。ははは。 午前中に恒例のグリーン・ホテルでランチ&オーガニックマーケットに行った以外は、なにもせずノンビリと散歩などして1日を過ごした。そのせいか、自分がとってもゆるやかで落ち着いている。街を行き来する人々が、やたらと楽しげなのが微笑ましい。こっちのココロまで暖かくなってくる。ここがインドだからどうの、っていうんじゃなくて、なんか、もっと深いトコロで、「ニンゲンってイイナー」っていう感情に包まれた。 こんな単純な幸福感に酔いしれて家へ戻る道すがら、見上げる空には、スコーンとでっかいお月様。今日も一日ありがとう、ナマステー :)
2007.03.04
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ムーンディ(満月)でシャラはクローズ、よって練習はなし。 Bylakuppe(バイラクーペ)というチベットを追われた難民が住居を構える地へ行ってきた。ここはマイソール市内から車で2・3時間ほど西へ向かったあたりに位置し、Madikeri(マディケリ)というチャーミングな町のちょっと手前にある。 私はこれまでダラムサラ以外にもこのような地があるとは知らなかった。相当に無知である。あまりに恥ずかしいので、ちょっとネット検索をしてみると、中国の迫害から逃れ、祖国から亡命してきたチベット人達が居住を認められた区域は、インド国内に30箇所ほどあることが判った。更にそのほとんどが、なにもない荒れ果てた広大な土地で、初代移住者は相当の苦難を味わい、異なる気候、風土病や野生動物と闘い、命を賭けて開墾していったらしい。このように祖国を追われたチベット人が作り上げたインドの中の「チベット」は、世界中どこにでもある「China Town中華街」と同一視してはいけない気がするし、実際、その有様はまったく違う。 バイラクーペは、やはりだだっ広く何もない土地のど真ん中に、4つのキャンプ(居住区)といくつかの寺院が突然ドカンと存在している。キャンプとキャンプの間や、寺院との間は徒歩では回れないくらい広い。そして居住区も寺院も、キッチリと区画内を外部と分け放つためか、しっかりと壁で囲まれている。「こちら側」と「あちら側」の線引き。この光景は確かに、現地と同化しつつも自文化をキープするチャイナタウンとは別物なのだと、ヒシヒシと思わせる。 ひとつの寺院へ一歩足を踏み入れると、途端にチベタン・ワールドとなる。修行僧たちが寝起きを共にする建物、極彩色まばゆい壮麗なマンダラ画、神々しくもオドロオドロしい神々の姿、五体倒地でお祈りをするチベット人、オムマニパドメフーム、遠くで響く荘厳なチベット音楽の調べ、あどけなさの残る年端の行かない修行僧、メメント・モリ、芝生の広場でくつろぐ家族、そしてパシパシと写真撮影に余念がない私たち観光客。 チベットに対する興味は、子供の頃に読んだ中沢新一で培われた。バルドゥ・トゥドルゥ(死者の書)に表される死後の世界と、最近の臨死体験研究との相似点。生をより生きるために、死を恐れることなく見つめる姿勢。ルン(=プラナ・気)という概念と、生と死。例えば、目を覆いたくなるほどにグロテスクな「死に至る~死後白骨化するまで」を描いた絵画、「われわれの肉体は単なる衣装である」と悟らざるを得ない、富も地位も名誉も無意味な「完全なる現実」である肉体の死の有様が、死後の醜く腐敗してゆく過程を綿密に、容赦なく描きだされている。そこにピーター・グリーナウェイの「ZOO」のセンチメンタルさなどを重ねちゃいけない(笑)。また、たとえば緻密なマンダラ画の中に見られる世界観。チベットの信仰は厳しい気候風土に育まれ、苦難の歴史によって更に強固に培われた、生そのものであり、つまり死でもあり、そして魂の流転であり、それはアルファでありオメガであり・・・要は世界そのものだ。近代化と共に限りなく西洋化し、なまなましい生も死も隠蔽して、表面的な物質的享楽に価値を見出す生活が常の私たち「物質的先進国」住人が、ハッ!と感銘を受け、こころ惹かれるのは不思議じゃない。 そんなアレコレが頭の中をグルグルし、圧倒されるようなチベット・ワールドに目を回す。ひとつの小さな寺院は、小さな螺旋階段で2階、3階、4階・・・と昇ってゆける仕組みになっている。最底辺の壁を囲む地獄絵図ワールドは相当にグロテスクで、そこから1階ずつ昇るごとに、聖なる世界へ変容してゆく。あ、この建物は曼陀羅を立体化したんだ、と気づいた。ピラミッドのように、上へ上へと上昇して、聖なる天へと向かう感じ。もともと曼陀羅の世界観ってのは、2次元に収まるもんじゃなかったに違いない。 この日は運の良いことに、寺院の広場でお祭りっぽい催しがなされていた。荘厳なチベット音楽に乗せて、さまざまな舞踊が繰り広げられていた。広場の周りを覆いつくす家族連れたち、まるで運動会のような、のどかな光景。同じモンゴロイド同志なせいか、チベット人たちの風貌にはついつい親近感を感じてしまい、なんだか妙にホッとする。 文献やメディアの中のチベット、インドの中で知るチベット。でもまだ私は、本当のチベットのことはなんにも知らないまんまだ。
2007.03.03
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2回目のレッドクラス。またまた出遅れて、自分の場所確保に難儀する。あーん、またドアの外かなぁ・・・とキョロキョロしていると、運よくKさんが「ここ空いてるよ~」と声をかけてくれたので、マット間隔0.8mmくらいで、ムリムリ入れさせてもらう、サンキューです。最初と最後のマントラはグルジが唱えたけど、レッドのカウントはシャラート。彼のカウントはゆっくりで気持ちよい。どのポーズで「シゴキ」が入るのかは、前回で判ったので、結構余裕で取り組めた。でも、マリーチD、スプタ、ガルバは通常もっともっともーっと時間をかけてポーズに入るので、レッドだとついてゆけませーん。しかし、隣の人とぶつからずにはいられないほど、ギュウギュウにひしめき合ってのレッドは、そのうち慣れてくるんだろうけど、今のところは、うーん・・・シンドイ、というか、怖い。今日は一番前だったので前方に人がいなかったから良かったけど、自分の前方が巨人男性だったら、いつ顔面にケリが入りやしまいかと、ビクビクものだと思う。 練習後は並んでグルジへご挨拶。今日はちゃんと「チュー」と「ハグハグ」できた:) ところで最近の瞑想が、また変化してきている。インドに来てから五感に入ってくる刺激・情報が変化しているわけだがら、当たり前か、とも思う。ビジョンが知覚される頻度が増えたのが、一番の変化だ。どちらかというと、皮膚感覚、空間を捉える感覚、バイブレーションや聴覚にくることが多く、あまり視覚的な部分は発達していないので、ビジョンはたまーにしか見ない。自分で想像しているイメージ図とは別に、自分でも制御ができないビジョンが、黒い幕に開けられた小さな穴からのぞき見るように現れるのは、面白い。やはり、「インド的なるもの」っぽいビジョンばかりだ。多分インドに来てから、あまりにも沢山の視覚的刺激が多すぎ、それを消化しきれず、瞑想状態の深くリラックスした脳状態で、ここぞ!とばかりワワワワワー!と処理活動が始まっているのではなかろうかと。と、同時に、このサードアイ(第三の目)に位置する、サイキック・ビューイング・スクリーンでのビジュアライゼーション練習(=Chidakasha Dharana)を、先日本(ビーハースクールのシリーズ本のひとつ「Sure ways to self-realization」Swami Satyananda Saraswati著) を手がかりに試してみたからかもしれない。このChidakasha Dharanaは、Clairvoyance(透視能力)の開発効果もあるというので、以前オーラを見て以来、「ちょっと、ここは開発してゆきたいなぁ」という私の愚かな煩悩でイッパイのエリアなのだ。いずれにせよ、日々の瞑想も、アサナの練習同様、「これから、どんなんなってゆくのかなー?」と、非常に興味深いです、ワクワク。 ちょっと、お腹がユルくなってきましたねー。軽く下痢です。ちょと様子見しておきましょう。
2007.03.02
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シャラでの生徒数がどんどん減ってきている。そろそろみんな国へ帰る時期らしい。着いた当初はシャラ内は生徒でイッパイ、順番待ちしてやっと中に入れる、って状態だったのに、もう今じゃスカスカ。人によっては、指定された時間よりも早く来て練習をスタートしているようだ。サラスワティからも、次からは早めに来なさい、と言われた。 練習そのものは、かなり落ち着いてきた。カラダ自体よりも、ココロと自分の内部エネルギーが落ち着いてきたんだと思う。でも、東京で練習している時よりも、浮き沈みの差が激しい・・というか、それに気づけることが驚きだ。例えば昨日のエネルギー枯渇状態がよい例で、そのときの自分の状態が、ああいう形で練習に如実に現れる。もしこれが、感覚を半ば麻痺させてる多忙な東京生活の只中だったら、そういった自分の状態に気づかず、普通に無理して練習していたんじゃないかな。 誰と話しても「マイソールでの練習は質が違う」と口をそろえて言が、それを上手く言葉で説明ができない。だけど、それを体験している当人達にとっては「あー、うーん、そうなんだよねー、わかるわかる」といった、その体験そのものが共通言語として存在する。ヨガは知識をアタマで理解するのではなく、実践によって立ち起こる変化を、自分が実際に経験してゆくことだ。そういった意味で、この「マイソール体験」というのは、私がいくらここで偏執狂的に言葉を連ねたところで、なにひとつ伝えられない。なんかそれがもどかしい。ところでTina’s PlaceでDavid Byckというアメリカ人男性の「It’s a long way to the floor」という本が積まれていたので、Tinaに聞くと、ここによく来ていたお客さんが、自分のヨガ体験について書いた本だという。裏表紙の紹介文を読むと、もともとウェイトリフティングをやっており、ジャンクフード大好き、バリバリのプライドとエゴで競争世界を歩んできた、典型的なA型人間(血液型ではなくAchieve。目標達成に意義を見出すタイプの意)のアメリカ男性が、「ふん、ヨガなんて女子供のやることだよなー」と思いつつも始めたアシュタンガ・ヨガによって体験した、様々な変化や気づき、肉体と精神と魂の成長の過程が描かれているらしい。これは、ちょと面白いですねー、と思い早速購入。すごい判りやすい文章だし、短いのでサクッと読み終える。 私自身もかなり「競争意識」が高く、エゴとプライドで生きてきた(・・・今もそうだけど)ので、共感するところかなりアリ。また、私はヨガをやる前に8年くらいジムでウェイト・トレーニングをしてきた経験や、バリバリの会社で虎視眈々と昇進していった経験から、「目標設定=>頑張る=>目標達成」のプロセスが「イコール=正しい」だと、信じてきた。つまり、なせばなる、努力は報われる、結果は「イコール=どれだけ頑張ったか」だ、という信条。なので、アシュタンガヨガを始めた頃は、「よし、あと何ヶ月でヘッドスタンドを制覇するぞ!」とかココロに決めて、自宅で特訓していた馬鹿者だったので、この作者との共通点がたくさんあって苦笑い。結構みんな似たような課程を経てきいるんだなー、ってね。ちょっと英語がわかれば充分読める1冊なので、興味のあるかたは是非。ただ、そんなに美文ではないし、異文化に対するちょっとした誤解があったり、深遠さに欠けているので、書物として、というよりは、同じアシュタンギのブログを読むような感覚で、どうぞ。
2007.03.01
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