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答え:席がない バラナシ→ガヤのチケットもWLだったけど、発車予定の2時間前に駅でコンファームできた(=座席を確保できた)ので「フーン、当日になればキャンセルがバンバン出て席が取れる、インド鉄道というのはそういうシステムなのかー」と勝手に思ったアホは私です。 ガヤ→コルカタのチケットもWLだったので、発車予定時間のちょい前に、ガヤ駅の専用オフィスで「コンファームして頂戴!」とチケットを差し出すも、「あ、ダメ、これコンファームできないねー」と、突っ返される。え?「では、どうしたらいいんでしょうか、オフィサー様?」と、インド人みたいに権威にゴマをする態度で伺うと、「とりあえず、列車が来たら乗る。そしてTTオフィサーに相談する。必要であればお金を払う」とのこと。TTオフィサーとは、車内で乗車券・予約席のチェックする人で、日本の車掌さんと違い、やたらエラそうなのが特徴だ。そうか、とりあえず乗っちゃえば、なんとかなるんだー、と、バカな私は素直に受け止め、列車が来るのを待った。 やっぱり何時間も遅れたコルカタ行きの列車が、プラットフォームに着くやいなや即車両に乗り込み、空いてる座席はないものか?とウロウロするも、どうやらほぼ満席の模様。これは、TTオフィサー様とやらに相談すべきなんだな、と思い、車両と車両の間の簡易座席にチョコンと座り、TTオフィサー様がやってくるのを待った。トイレの臭いが気になる。視界に入るゴキブリが気になる。寝台車両のシーツや枕を取り替えたりする係員さん達が、どうした?だいじょうぶか?席が見つからないのか?と気にかけてくれるが、私のコンファームされてないチケットを見ると、「可哀想にねぇ」と言わんばかりに、憐れみの顔を見せる。うーん、やな予感。 TTオフィサー様がエラソーに通りかかったので、チケットを見せながら「事情があり、席はコンファームできなかったが、どこぞやに空いているであろう寝台座席を与えてくれないものか?もちろんいくばくかのお礼はするつもりだ」と伝える。TTオフィサー(女性)は、表情ひとつ変えず、私のチケットと、手に持っていた予約座席管理表(らしきコンピュータ打ち出しペーパーの束)とをチェックし、「アナタのチケットはコンファームされていない」と、はき捨てるように言って、サッサと立ち去っていった。「あのー、それは、判っていることなんですよ、オフィサー様、その上でのお願いなんですがー」と、追いかけようとしたが、側に居た係員さんに「ノーノー、やめときー」と、止められる。この係員のおじちゃん曰く、やっぱりこの列車は満員御礼らしい。 え?ひょっとして、私この先10時間の乗車、寝台座席ナシなの? この先10時間ものあいだ、ここのトイレ臭い場所で、半ケツが乗るだけの簡易座席で過ごすの? WLで座席がコンファームされてない、ってことは、こういうことなんだぁ・・・。 わたしゃ、アホや。 つか、なんでこんなチケット売るんだ、インド? 2等座席の車両に空きがないか見に行こうかな?と、一瞬思ったけど、ガヤ駅のプラットフォームに列車が入ってきた時点で既に超満員な2等・3等車両へインド人がオラオラオラオラと猛突進で乗り込んでゆくのを見ていたので、諦める。「いつでもどこでもモッシュピット」に慣れてるインド人ならいざ知らず、かよわき私が乗り込んだところで、「ヒェー、ハラホロヒレハレー」で終わっちゃうのは目に見えてるもんね。 係員のおじちゃん2名組は仕事がひと段落ついたらしく、私の目の前の床に毛布とシーツを敷いて、仮眠をとる準備を始めた。車両と車両の間のトイレがある連結部分、ここが彼らの寝床だ。憐憫の表情でイッパイのおじちゃんは、「ここで寝なさいよ」と、彼の寝床を私に譲ろうとする。でも、私はそこでトイレの水浸しの床のスグ側に横たわる勇気がなく、断る。 半ケツだけ乗る簡易座席に座り、少しでも眠っとこうと目を閉じる。係員のおじちゃんは、拾ってきた紙切れで天井の電気を覆い、少しでも暗くして眠りやすいようにしてくれる。さらに、AC車両のドアを半空き状態にして、涼しい空気が入ってくるようにもしてくれる。ガヤ駅で列車を待っている時から、ムシ暑さにゲンナリしていたので、これには相当楽になった。ふぅ~、極楽~、って感じ。そんな私の様子を見て、バチンとウィンクをひとつくれた係員のおじちゃんは、「2時間後の○○○駅で、きっと誰かが降りるから、そしたら寝台座席を確保できるよ」と、教えてくれる。グッナイ、おじちゃん、ありがと、よい夢を。 こんなちっちゃい簡易座席でも、こんなガタガタ揺れる場所でも、ニンゲンって眠れるもんなんだ。自分でもビックリするくらい熟睡してたらしく、ハッ!と気がついたら係員のおじちゃんに起こされてた。どうやら、寝台座席に空きが出たらしい。「カム!クイック!」と言いながら、新しいシーツと枕を渡し、座席まで案内してくれる。3ACの一番上の席へ、よっこらしょ、とよじ登り「サンキュー・サンキュー・サンキュー」と百回くらい係員のおじちゃんへお礼を言い、「ああ、でも、この席を予約した人がこの駅以降から乗り込んできたら、どうなるんだろう?」と思いながらも、ヘロヘロの頭と身体は横になるや即バタンキュー。下車するのは終着駅のコルカタなので、乗り過ごす心配もなく、ココロ安らかに眠った、眠った。 チケットがWLでも、インドだからとりあえずなんとかなるだろう、と思ってる私も愚かだけど、やっぱりなんとかなっちゃうところがインドらしい。でも、これからはちゃんと座席を確保してから列車に乗り込もう、と、律儀な純ジャパの私は本当に心からそう思った。
2007.05.17
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ここブッダガヤーでは、各国の仏教寺院で修行している坊さん&尼さん以外のローカルなインド人の大半はヒンズー教徒みたいだ。仏教徒の最も聖なる巡礼地なのに、意外だなー、と思いつつ、その数少ないローカル仏教徒の人達と話をすると、ほとんどがヒンズー下層カーストの貧しい生まれ育ちで、自分の意思でヒンズーから仏教徒へ改宗している。 ヒンズー教には「カースト」という階級制度があり、21世紀の現在であっても、インドのあらゆる場面で、このカースト制度は非常に有効、というか、人々のDNAに刻まれた「あたりまえのもの」として歴然と存在する。ローカル新聞を開けば、必ずといっていいほど、アンタッチャブル(不可触民)の悲劇が取取沙汰されている。最底辺のカーストに生れ落ちたら、一生周囲から蔑まれ、穢れたものとして忌み嫌われ、人間以下として生きてゆかなきゃなんない。実際に子供のころ、学校で自分は席を離れた場所に置かされる、自分が触ったものには誰も触れたがらない、ランチタイムは教室から出て行かなければならない、などなどの体験をした、と、自ら仏教徒へ改宗した男性から聞いた。 日本に生まれ育った私たちが「えー、そんなの酷いねー」なんて簡単にジャッジできる次元の問題じゃない。例えば、私たちアシュタンギが敬愛してやまないパタビ・ジョイス、グルジはブラーマン(カースト最高位)の身分だから、自分よりカーストが低い人が作った食事なんて、ゼッタイ食べないよ。それが、あたりまえなんだもん。駅でポーター(荷物運び)に自分たちの荷物を持たせてる中流階級の家族連れの態度を見てごらん。ポーターを「ニンゲン」だなんて思ってないし、そう扱ってないから。電車の中を這って掃除する男の子なんて、虫けら扱いで乗客に足蹴にされてるよ。 それに、日本だって部落やアイヌ、そして女性に対する差別がしっかりあるんだから、その辺の認識や責任をおざなりにして、他国の階級制度に口出す資格はないというか、いや、意見を持つのは自由だけど、説得力はない気がする。 ともあれ、仏教もジャイナ教もシーク教も、ヒンズーのカースト制度に反発するカタチで派生した信仰なわけで、そういった意味ではヒンズーのカースト制度から抜け出すための改宗というのは、「ああ、そうかー」と、やたら納得できる。そして、この地ブッダガヤーは、仏陀が悟りを開いた(=enlightened)まさにその場所、ということで仏教徒のメッカとなり、様々な変容をした各国の仏教寺、僧院、修行僧、巡礼者が集まる中、ここに生活するローカルにとって最も身近な「脱カースト制度」信仰が仏教である、といったところなのかな。 それでは、本来の意味で仏教というのは、一般市民には根ざしてないのか?という疑問が湧いてきた。結局インドはヒンズーの国で、亜流としての仏教、って感じなのかな?とか、色々と。そういえば、これまでに出会ったインド人の殆どは、ヒンズーかクリスチャンかムスリム、たまにシーク(これはアムリッツァへ行ったからだけど)だった。現役&元お坊さん以外で仏教徒にはあんまり遭遇してない。つまり訪れた地域がそういう所ばかりだった、ってことでもある。だからこの点でブッダガヤーは、「村をあげて全面仏教徒!」ってところなのかな?なんて期待していたのに・・・。 そんなこんなを胸に抱えて、各国の仏教寺院、僧院をプラついてみる。チベット、ビルマ、タイ、中国・・・きらびやかな極彩色の建物が立ち並び、門前には物乞いと土産物のストール。オフ・シーズンのせいか、寺院・僧院を訪れる人数は少ない。ほとんどの寺院は歴史が浅く、古くて質の高いものを良しする日本的感覚からすると、「え?ちょっとこれチャチじゃない?安っぽくない?とってつけたような仏像じゃない?」なんて拍子抜けする。それでもココロ落ち着く寺院では、仏陀像の前に座りこんでリラックス。外はメチャクチャ暑いので、静かでひんやりとした境内はオアシスのようだ。たまにインド人の家族連れがドドド、とやってくる。外国人観光客はめったに見かけない。 実はブッダガヤーには2日しかいられなくて、日本寺院で座禅をするか、菩提樹の元で瞑想をするか、どっちにしようかなー?と悩んだ結果、やっぱり菩提樹の元で瞑想でしょー、とあっけなく答えがでた。しかし、ここブッダガヤーも呆れるほど暑いので、朝と夕方に分けて行うことにした。特に夕方は6時から本堂でお坊さんたちが集まり一斉にチャンティングを行い、それがマイクを通して外にも流れてくるのが、とても雰囲気良くてねー。うーん。2500年前の太古に思いをはせ、ゆったりとした時間に身を任せる。自宅でやる瞑想、瞑想会でやる瞑想、お外でやる瞑想・・・それぞれに良さがあるけれど、こうやってお外で神経質にならずに開放的に行う瞑想は気持ちがいい。周りを見ると、いろんな人たちが思い思いに瞑想をしている。自由ですよ、って雰囲気が、そこにはあった。 インドに疲れたなぁ、と思い立ち寄ったブッダガヤーで一息。そこには、特にすごいこともなければ、新しい発見も洞察もなかった。そこにあったのは、なんの変哲もない「ただここにある」っていうことそのもの。白でもなければ黒でもない、右でも左でもない、善でも悪でもない、限りない中庸。インドのヒンズー世界から受ける印象は「極端な両極が同時に存在する混沌と寛容」なんだけど、仏教世界から受け取る印象は、「限りなく中庸」って感じだ。 究極のバランス、その極致、果てに無となり、すべてとなる・・・そんなイメージ。 瞑想をしていると、確かにそんな一瞬がある。一瞬の「中性浮力」状態。内へ内へ内へ・・・と向かい、その果てに全てを覆いつくす、呑み込むような、これまでの世界が論理が常識が「ご破算」になる瞬間。その静けさ、身体感覚もなくなる、浮遊感。 うーん、なんか言葉では言い表せないんだけど、これまでやってきた瞑想の感覚(?)と、ここブッダガヤーで感じた「仏教」的印象がキレイにジグソーパズルみたいにパチンとはまったみたいな気がした。でも、そんなことは、本当はどうでもいい。私は仏教のことなど、ちっとも判ってない。理屈も論理もセオリーも知らない。でも大事なものは、すでにいつも「ここ」にあって、それは私の中にちゃんとあるんだ、ってことに間違いはなさそうだ。
2007.05.17
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どうやら私は変な先入観に惑わされる傾向があるようだ。「ブッダガヤーは、日本人観光客目当てのインド人が沢山いて、片言の日本語でバンバン攻撃してくるよー」と、複数の日本人から聞いて、「うーん、それは苦手だなぁ」と、敬遠していた。が、どうも流れ的にブッダガヤーは行くことになってきた。むむむ、と唸ること数分、とりあえず行っとけー、と私の中でGOサインが出たものの、実はあんまり気乗りがしてなかった。ガヤ駅に着いてからゴミゴミとした悪臭漂うデコボコ道を、リクショーでブンブン振り回されながらブッダガヤーへ向かう間も、「ああ、インドだ、どこへ行ってもインドだ・・・」と、わけの判らない愚痴を繰り返してた。 しかし、ひとたびガヤの街中を抜けると、スコーンと緑まばゆい田舎の風景が広がる。水平にエンエンと続く畑。そして遠くに、山。おお、アジアの光景だよ、いいねー、と瞬時にナゴむ。ブッダガヤーは思っていた以上に、ど田舎のこじんまりとした村だ。名前だけは超有名なのに、こ、こんな、ささやかな村だったのか?とビックリ。点在するお寺に立ち寄らなければ、ほんの1時間足らずで歩いて一回りできちゃう、そんな程度の規模。観光スポットとして人混みでワイワイしているのか?と思いきや、メインのマハボッディ・テンプル周辺にチョコチョコと土産物の屋台があるくらいで、あとは閑散としてる。シーズンオフのせいもあるけど、本当に、かなり閑散としている。そして、数少ない観光客相手の物乞いや物売りも、どこか「投げやり」というか、しつこさがなくて、拍子抜け。バラナシのインド人ビジネス攻撃ワールドが嘘のように思えてくる。 そうそう、物乞いと言えば、これまでに色んなタイプの物乞いチームと対決してきたけど、ここブッダガヤーはちょっとユニークだ。やたらと馴れ馴れしく話しかけて、ついてくる子供たちは、お金やペンや飴玉よりも、「本を買って」欲しがる。「勉強したいけど、お金がなくてできないんだ」というアプローチは、ブッダガヤーなどに来るインテリ層にかなりアピールすること間違いなし。流石だ。 メイン・テンプル脇のマーケットで、普通の単純な好奇心溢れるフツーの人々に囲まれて遊ぶ。なついて離れない子供達と大騒ぎをしてると、隣に居たおじさんは、私のデジカメを手に取り、画面を見ては興奮し、お礼に売り物のきゅうりを3本もくれる。こんなに食べれないよー、と困る私を見て、近くにたむろってた家族連れのおばさんが「こうやって食べなさい」と、きゅうりを切ってくれて、それを頬張る私の姿を写真に撮らせろー、と顔面麻痺の青年が近寄ってくる。一緒に写真に写りたい男の子は、オモチャの紙幣を嬉しそうにかざし、得意満面の笑顔をカメラに向ける。おお、久々の、下心のないフツーの人々だ。癒されるなぁ。 ここ数日間背負ってきた重い荷物を一気に降ろした、そんな感覚が全身を走った。眉間の皺も、肘鉄で身構える姿勢も、荒い呼吸も、負けてなるかと力をこめる視線も、ここならいらないやー。ほっ。
2007.05.17
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Varanasi 混沌のなかの静けさ2007/4/24~27 バラナシに来て、ハイエナのような観光客目当てのインド人にウンザリしてきた。これまで滞在したどの地にも、観光客目当てのインド人は沢山いたけれど、対応はけっこう楽チンだった。でも、ここバラナシは限度を超えてる。そのしつこさや狡猾さもさることながら、なによりも「その数多すぎ!」なのだ。だって、5分とひとりで静かに歩いてられないんだよ・・・Leave me alooooone!と、どれだけ叫んだことか!ウンザリやー、放っといてくれー!そして、連日「信じられないくらい暑い!」ってのも、このイライラに拍車をかけてた。 「道端で声をかけてくるインド人=悪い人」じゃない。これまでに沢山の「見返りを何も期待しない親切」に助けられてきた。単純な素直な好奇心で近づいてくる人達と楽しく過ごしてもきた。確かに、親切を装いながら「あわよくば・・・」って下心ある人も沢山いる。でも、その下心をくすぐらなければ良いだけの話で、なにも全ての声をかけてくるインド人が敵なわけじゃない。そのインド人を敵にするか否かは、自分次第だ。というか、「私たちはみんな仲間なんだよ、ある意味」って、本気で思ってた。 しかし、だ、モノゴトには限度があって、申し訳ないけれどバラナシで私は、5分に1回の「インド人攻撃」に辟易し、日に日に「かたくなな貝」のように閉じていった。日に日に余裕を無くしてゆく。日に日に不必要に神経質になってゆく。面白いことに、ここバラナシで撮った写真は、すごい緊張した顔してんの、私・・・判りやすいなー(笑)。 で、こんな風に自分のハートが閉じて、自分に余裕がないと、自分を守ることが最優先となってしまい、結構平気で周りの人達を傷つけるんだな、と、すごい後悔したことが2回。共に貧しい女の子ふたりを、傷つけ、泣かせ、怒らせた。 インドにいると学校へは行けず、物乞い・物売りをせざるをえない子供たちがたくさんいる。インドの物売りは大概「○○○買ってー!10ルピーお願い」じゃなくて、「どこから来たの?インドは初めて?」と、無邪気に話しかけてくる。さり気なく話しかけて相手の警戒心を解いてから「ビジネス」に移るという寸法だ。でもね、子供の場合、大半は「観光客と話すのが楽しい。構ってもらって嬉しい。楽しいひと時を過ごすのは嬉しい」っていう単純な部分もある。だから、私はこれまでに沢山のちびっ子ギャング達と一緒に遊んできた。物乞いや物売りをしなければならない彼らの顔が、純粋な笑顔で光が射す瞬間が、好きだ。単純に嬉しくなる。そして、そうやってひとしきり一緒に遊んだあとは、お金なんて渡さなくても、「またねー、バイバーイ」と笑顔で別れることができる。 だけど、バラナシの私は「あー、もー、インドやだー!」モードになっていて、うわべだけは優しい観光客のふりをして、作り笑いで対応しながらも、ココロの中では鬼が住み着き、ちょっとでも「インド人ビジネス」の臭いがするやいなや、汚く卑しい言葉で相手を攻撃していた。それが年端もいかない子供相手であってもだ。残念なことに、不必要な警戒心から、貧しく無邪気な物売りの女の子を、2回も、まったく不当に傷つけ、泣かせ、怒らせた。これまで、周囲の観光客の攻撃的な態度を見るにつけ、「ひでーよな」と批判していたのに、同じ事を自分が行っている事実に愕然とし、自分の罪深さに呆れ、これまでの自分の偽善ぶりに虫唾が走った。 こうなると、「インド、ヤダー!」スパイラルに加速が増してくる。日中は42~3度、夜も37度くらいまでしか気温は下がらない暑さにウンザリ。道路をゆくリクショーやクルマのクラクションの騒音にウンザリ。インド人ビジネス攻撃にウンザリ。治らない下痢にウンザリ。人混みにウンザリ。スパイスと糞尿とクミン汗の臭いにウンザリ。人々の怒鳴り声にウンザリ。不必要な押し合いへし合いにウンザリ。止まらない咳にウンザリ。じゃまくさい牛にウンザリ。しょっちゅう起こる停電にウンザリ。インド、やだー!Too muchやー! ということで、気分転換もかねて、さっさとブッダガヤーへトンズラです。 バラナシからブッダガヤーまでは、夜行列車で。夜中の12時発予定は、期待通り4時間ほど遅れて、また駅で野宿。この駅、どの場所もむちゃくちゃ臭いのに辟易・・・信じられないくらい臭い公衆便所を5倍くらいに濃縮して、炎天下で発酵したゴミ収集所と合わせたようなあの臭いは、思わずゲロでそうになった、マジで。でもとなりのインド人はイビキかいて熟睡・・・あー、もー、なんでアンタ達は糞尿とゴミと同じ場所で、ゴキブリとドブネズミに囲まれて、フツーに寝たり食べたりできるのよー、キーッ!・・・と、なんか無性に腹が立ってきた。 やっとやってきた寝台車は、既にデリーから乗ってきた乗客で満席。しかも、みんな熟睡(そりゃそうだよ、朝の4時だもん)、床にはゴミや食べ残しが散乱し、それが人々の匂いと混ざり合い、ゲロゲロだ。私の席も他の誰かに取られており、すでにイライラの私を更に激怒させる。キーッ!このデブッチョ母さんをケリ倒してやろうかと思ったが、そこはグッと我慢。車両のコンダクターに、その役目はやってもらう。寝不足のヘロヘロ状態では、怒りもパワーを失う。とっとと自分の席にもぐりこみ、寝る。気がつけば、11時。ちょうどガヤ駅につく。アナウンスもないし、車掌さんに「着いたら教えてね」とお願いするのも忘れてたのに、よく寝過ごさずタイミングよく起きれたなー、とビックリ。
2007.05.17
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Varanasi 混沌のなかの静けさ2007/4/24~27 バラナシからオートリクショーで約1時間、仏陀が解脱後最初の説法を説いたというSarnathという町へ行ってきた。古い仏教寺院の遺跡と、スプータ。チベット、ブータン、日本、中国、タイなどの色んな仏教国の寺院(&僧院)とジャイナ教寺院が狭い地域に点在する、こじんまりとした町だ。 客引きと自称ガイトの多さとしつこさには辟易したが、きちんと礼儀正しく断れば、バラナシと違って相手も礼儀正しく去ってゆくので扱いやすく、嫌な気持ちになることもなかった。道を行く人々の1/3は観光客、1/3が観光客目当てのインド人、そして残りの1/3がこの辺りの寺院の修行僧だ。これまでの、ヒンズーやシークの町とはちょっと違った空気が流れてる。 メイン・テンプル以外の各国寺院は、殆ど参拝客もおらず、閑散としていた。でも反対に、変に慌しい感じがなくて、ゆっくり見て回れるのが良かった。ヒマそうな住み込みの僧と無駄話をして、お賽銭とお祈り、その繰り返し。やたらケバイ各国寺院を見た後に入った日本寺院では、妙にホォっと落ち着いたあたり、あういうミニマルでミニマムな禅的美しさは私たちのDNAに刻み込まれてるのかな、とか思った。 だから同じ仏教でも、チベットやタイなど他の国の仏教は、「まるで別の宗教」を見ているような気になってくる。でも、大乗・小乗・各国バージョンみんな合わせて全部ひっくるめて大元は、ここインドに生まれ、悟りを開き、教えを広めたシッタールダ・ゴータマさんなんだよね。そうだよ、インドは、仏陀を、仏教を生み出した国だったんだ(な、なにを今更?)。インドに来てから、シーク教だ、ヒンズー教だ、ジャイナ教だ、信仰というものはなんぞやー?と一人盛り上がっておりましたが、肝心の仏教が抜け落ちてたよ!(な、なにを今更?)。ニッポンジンとして「仏教」を感じること・学ぶことをおざなりにしちゃイカンではないか、おー! と、いうことで、この後コルカタへ行く途中で、想像通りブッダガヤーに立ち寄ります。
2007.05.17
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Varanasi 混沌のなかの静けさ2007/4/24~27 午後はオールドシティのバザールを徘徊。基本的に地図は持ち歩かないので、細道の迷宮をさまようのは楽しい。ラビリンス。方向感覚が一気に狂う。もう2度とここから出られないような錯覚。あの角を曲がると何が現れるのか?不安と期待を感じる。自分でコントロールできるものなど、ない。食い入るような視線に晒されながら、行き着く先は火葬場ガート。ああ、ものごとはそういうふうにできてるのだね、と、笑いたくなる。 3体が焼却中。熱と煙で目がチカチカする。もっと臭いのかと思ってたけど、使われてる木材がサンダルウッド系なのかな?香木の臭いが充満してる。意外と外国人観光客がおらず、見学してるのはみなインド人。最後に頭蓋骨をバシーンと叩き割る場面では、パチパチと手を叩いてた。フーン、って思った。へんなセンチメンタルな感情は、ここでは無用だ。 生きて、死ぬ。 身体は滅びる。 あたりまえのこと、それが目の前にある、それだけのこと。 野良犬は人骨にありつけるのは、まだかまだかと、あたりをウロウロして落ち着かない。すぐ側では、子供たちが水しぶきをあげて遊び、洗濯の作業をする人々が汗だくになって働いている。水面にはお供えの花飾りと、灯篭、腐敗しきったゴミ、人間と動物の糞尿、犬の死骸、生活排水、それらが混ざり合い、溶けあって、ヘドロみたいな光を放つ。人々にとって、ここは神殿であり、トイレであり、浴場であり、社交場であり、葬儀場であり、つまり、「生きる」ということの舞台なんだ、きっと。
2007.05.12
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Varanasi 混沌のなかの静けさ2007/4/24~27 むちゃくちゃ暑い一夜を眠れずに過ごしたまま、翌朝5時からボートでガンジス河下り。2時間100ルピーと聞いていたので他の観光客とボートをシェアするのかな?と思いきや、なんと私ひとりのプライベート状態、ラッキー。念のためにボートマンに金額を何度も確認して、ボートに乗り込む。手漕ぎのボートは、水面に波紋を描きつつ、ゆるやかに動き出す。 朝の凛とした空気が漲る中、夜明けのプージャをする人々の息吹と、そして目の前に広がるガンジス河の大いなる存在を感じる。朝日がちょうど昇ってくる。あたりが神々しい色に包まれてゆく。ぞくぞくする。深呼吸をひとつ。バラナシという町はとても美しい神殿のような場所だなぁ、と思った。神々しい存在感が磁力を放つ。 沢山の人達がガートに集まり、観光客を満載したボートが沢山集まり、さらに観光客目当の物売りボートが沢山集まり、沢山のバッファローも水に浸かりに集まり、火葬場の人骨目当ての野良犬も沢山集まり、沢山のゴミと糞尿が集まる様は、まさに「喧騒」という言葉がピッタリの光景だ。なのに、実際に「ここ」に身を置き、全身で感じるバイブレーションは、すごく静かなことに気づく。 この河は、あらゆるものを、なにもかもを、すべての混乱を集める。そして、あらゆるものを、なにもかもを、すべての混乱を包み込み、そして呑み込むのは、この大いなるガンジス河そのものだ。このガンジス河の懐の大きさが、つまり、この静かなバイブレーションを生み出しているのではないかな?って、感じた。 やっぱ、すごいね、デカイよ。 私は、ちっちゃいなぁ。
2007.05.12
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Varanasi 混沌のなかの静けさ2007/4/24~27 文献や写真でしか知らなかったバラナシ。その歴史と信仰と混沌の町を、実際に体験したかった。これは中学生の頃から胸に秘めていた野望で、高校時代の担任の先生(哲学教師)に「私はいつかインドへ行くのです」と、告白したことがある。この哲学教師は、彼自身がインドへ行く度に絵葉書をくれ、バラナシに触れた文章が印象的で、それに触発され「ああ、私も早く行きたい」などと、よく思ったものだ。 学校を卒業してから、気がつくと私は「旅好き」になっていた。日本を飛び出しロンドンへ住み着いて以降、お金をかけずに時間と手間ヒマかける旅行ばっかりしてきた。ヨーロッパをレイルパスで回って各国にちらばる知人友人の家を泊まり歩く。タイ・ヴィエトナム・マレーシア・フィリピンをバックパック背負って歩き回る。仕事をし始めて、金銭的に余裕がでてくると、フィジー・ニューカレドニア・タヒチ・パラオなどの南の島へ行くようになった(それでもパッケージツアーはフィジーだけ)。でも、インドや中東、南米などは、「まだ早い」ような気がしていて、つまり、そうすることで自分で自分に規制をかけていた。 最近になってヨガや瞑想を始めるとともに、またインドに対する憧憬が高まってきた。でも、仕事もあるし、ダンナもいるし、そんな簡単にインド放浪なんてできないよな、って、またまた「自分規制」をするものの、今回はもう流れが「そっちの方向に向かってる」のが明らかで、どう抗おうと、私はインドへ行くことになっていた(笑) なんで、バックパック背負ってアジアを歩き回ってた10年前じゃなくて今なんだろう?って、よく考える。答えは出ない。でも、今でよかったな、ってシミジミ思う。もし、これが10年前だったら、カルチャーショックの連続にオドオド・ビクビクする自分を認められず、不必要に自分を良く見せようと、肩肘張って、ギャーギャー怒鳴りまくって、神経質になって周囲との壁を築いていたんじゃないかな?実際アジアを歩いてた時期って、そんな感じだったもん。気勢ばかり張ってる余裕のない小娘。 今は、どんな場所にいようと、どんな想定外の状況におかれようと、ありのままの自分を認められる。これ、すごい楽ちん。こんなインドなんていうトンデモナイ世界で、どんなに怒ろうと、ウンザリしようと、ムカつこうと、自分の中心が揺らがない安心感がある。ヨガと瞑想の訓練の賜物でもあるけど、年とともに身についた余裕ってヤツなのかもしれない。 いずれにせよ、バラナシ、憧れの地に到着。夕方6時過ぎにガンジス河沿い、Assiガートそばの宿にチェックイン。さっそく夕暮れのAssiガートを散策。蝋燭の火を灯してプージャをする人々。スピーカーから流れるチャンティング。ここはハリドワと違って、変な高揚感がなく、もっともっと落ちついた静けさがある。夕暮れの薄明かり、聖なる時。ガートに腰掛け、ほっと一息をつく。ガンジス河の向こう岸には明かりが見えない。あっと言う間に日は暮れてゆき、辺りが暗闇とオレンジ色の灯りに支配される。 よし、明日は早朝5時からボートに乗って、ガンジス河くだりだ。
2007.05.12
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早朝6時の列車に乗り、聖地ハリドワを後にして、一旦デリーへ舞い戻る。次の目的地バラナシへは、ハリドワから列車に乗って20時間なのだが、残念なことに寝台の席が取れなかった。日数も限られてるし、座席で20時間の旅はイヤなのと、Spice Jetで3000ルピー!と超お得なチケットが取れたので、デリーから一気に飛行機で飛ぶことにした。 アムリッツアへ行く前日に一泊したPaharganjでまた宿をとる。お昼過ぎには到着したので、半日デリーで遊ぼう!と思っていたが、ムチャクチャ暑いので、まず部屋で昼寝・・・してたら、前日殆ど寝てなかったので熟睡してしまった。あちゃー、と4時ごろパタパタと宿を出て、Connaught Palceのシティバンクへ行き、とりあえずRed Fortは見たいなー、とか思ってリクショーで向かってみる。 が、Red Fortは月曜日お休みでしたー。ガーン。リクショードライバーは知っていたに違いない、ヤラレター、ぐすん。デカイ門の写真だけ撮って、あとは辺りのジャイナ寺院や、シーク寺院(また長居しちゃいました・・・好きだなぁシーク寺院)を訪れて、Chandni Chowk辺りのバザールを徘徊。あっと言う間に時間が経っちゃった。 このオールドデリーも、宿のあるPaharganjiも、ゴミゴミしてるけど、やっぱりデリーという都会だけあって洗練されてる。決して清潔じゃないんだけど、ハリドワやアムリツァと比較すると、衛生観念はかなり高いとみた。でも、ゴミゴミの混雑と混沌の規模はデカイね。だって排気ガスやら塵芥やらで町中の空気が煙ってるもん、マジで。世界で2番目に汚染が酷い都市らしいよ、デリーは。たかだか3・4時間外を徘徊しただけで、鼻の中、真っ黒になってた。目もジャリジャリ。 いずれにせよ、トランジットとしての町なので、デリーはこのまま素通り。明日はいよいよバラナシですー。
2007.05.12
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Haridwar ヒンズーの混沌と包容 2007/4/19~22 牛のウンコだらけの路上でハエにまみれてスナックをバクバク食べてたからでしょうか、店先で出されるがままにお水を頂戴してたからでしょうか、それとも単にドコゾヤのターリーにアタったんでしょうか、気がついたら、「うーん、お腹痛いよー、下痢が止まらないよー」なのだ。せっかく風邪が治りかけてきたのに・・・。 3日目の朝、油断してオナラをしたら実まで出ちゃって、思いっきりブルー・・・外出先でなくて良かった。オエーっとエヅきながら「こ・こ・この、パ・パ・パンツ洗わなきゃなぁ・・・ガクブル」、と洗面所でうろたえてると、パンツの軟便の中には小さな白い虫が一匹蠢いている・・・ギャーッ!!!!ホラーショーだよー!エーン、ママーっ!ヤダ、もう帰るー! あわてて「センセー!私、虫が湧いちゃったんです、汚染されてます!隔離してください!」と、近所のドクター兼薬局へ駆け込む。が、フッと一笑され、薬をポンと渡されるだけ。英語がちゃんと通じてないのだろうか?虫だよ、虫!ウンコの中に虫がいたんだよ!いいの?そんなんで?まさか「いやー、ウンコの中の虫は、カラダにいいのよー」なんて言わないだろうな?でも、ここのドクター兼薬局のオヤジは、あんまり相手にしてくれない。せっかく身振り手振りで「今朝ウンコの中に生きた虫を発見」を説明したのに・・・。 でもさ、通りを見ると、死にかけの人達や、腐りかけの人達が、物乞いする気力もなくゴロンゴロンしててさ、そこまでいかなくても信じられないカタワや、らい病患者なんかが、フツーにそこらにゾロゾロいて、それどころか、大半の巡礼者達はホテルに泊まるお金なんてないから、糞尿とゴミと下水と同じレベルの路上で衣食住を営んでいるワケで。そんな中で、安宿とはいえ、ベッドにシーツがちゃんと敷いてある宿で、(インド人からすれば)優雅に過ごしている外国人観光客のオジョーサンが、「ウンコに虫」くらいで、なに騒いでんの?ってトコロなんだろうな、と感じた。 とりあえずは薬のんで様子みて、必要だったらデリーに戻った時に医者行こう、と思い、あんまり気にするのはヤメタ。だって、死んじゃうときは死んじゃうんだし、それが病気であっても、いまここのムチャクチャにグチャグチャな交通状態の路上での事故死であっても、なんら不思議は全然なくって、全ては「運」なんだ、って気がしてきた。 インドでは人の命の重みがない・・・、よく聞くフレーズだし、実際にそう思う。(特にニュースなどを見たり読んだりすると尚更) でも反対に、私たちは命の重みを、過大評価しすぎてるんじゃないかな?今の私たちが「現生」を生きる上で着こんでいる、この「肉体」という乗り物、それが、たとえいまここで消滅したところで、持ち主である私たちの魂はキチンと残っているワケなんだから、なにもそんなにムキになって「現生」の肉体に固執する必要はない、んじゃなかろーか?この辺の投げやり加減は、現実主義の方々から叱咤されそうですが。 例えばゴアからハンピへ向かう夜行バスの、気狂い運転にビビってる矢先に遭遇した、タンクローリーの横転事故。しかも、行きも帰りも・・・。行きはホンの十数車だけ先方で横転していて、道端には遺体(・・・いや、今思うと生きてたのかな?・・・も、もしくは、そこに生活している方々であったのか?)が無造作に横たわっていた。何が原因かは分からないけど、これが私の乗っているバスであっても全然おかしくなかったのだなー、と、暗闇の中「ナンダ、ナンダ?」と野次馬根性丸出しで見に行った帰り道で、シミジミした。帰りに見た事故は、本当に炎上してて、私の乗ってたバスは迂回して素通りしたけど、沢山の人が水桶や壷に水を汲みにいっては、手作業で消火していた。おいおい、燃料積んでるトラックなんだから、気をつけてよー、と思いつつも、「なんで、あそこで横転しているのはこのバスじゃなくて、あのトラックなんだろう?」と首をかしげた。 これまでの人生で、死がすぐそこにある、ってことをヒシヒシ感じる機会なんて、そんなになかった。だから、こんなにも無造作に「ホイヨ!」と、死を身近なものとして差し出されると、現在ある自分の生が、とてつもない奇跡の様に見えてくる。と同時に、この奇跡がこの先も続く保障など、まったくないのだ、と思い知らされる。 さすがインド、すごいぞ!「ウンコに虫」くらいで私をこんなにも哲学的にするなんて・・・。でも、まずは、その運転マナーと衛生観念を改善すれば、死亡率がガクーンと減ると思うよ。だって、無駄死にはやっぱりヤじゃん、インド人?
2007.05.07
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Haridwar ヒンズーの混沌と包容 2007/4/19~22 さて、唐突ですが、これまで欠かさず続けていたアシュタンガ・ヨガのプラクティスを、ここのところ怠ってきております。マイソールを後にして、何時が最後だったかな?ゴアでタラタラ数回は朝練したけど、とにかく暑くてできなくなった。このゴアの家はエアコンがなく、日中の暑さで家自体がオーブンと化し、夜でも室内気温が37度、(ちなみに同じ頃家の外では29度)という、欠陥ハウスだったのだ。(これが原因でパトナムへ引っ越したというのもある) これまでは、1日でも練習を休んじゃうと、罪悪感が湧き上がったものだ。そして焦りのような気持ち。プラクティス自体を楽しむ、というよりは、プラクティスが「なにかを得る=エゴを満足させる」ためのツールになっちゃてたのかもしれない。その「なにかを得る=エゴを満足させる」為の「せねば、せねば」が、私のヨガ原動力だったとすれば、それは本末転倒もいいところで、つまり、プラクティス自体が目的でなかった、ってコトなんだ。 で、現在まるでプラクティスしてない日々が続いて、どうなの?罪悪感に苛まれてるの?というと、そんなことは全然なくって、フツーです。ただ、風邪や下痢、目の充血、咽喉の荒れと咳痰、不正出血、頭痛、目の痛み・・・などが出てきたけど、それはヨガの練習を止めたから、というよりは、慣れない土地で旅行をしている環境のせいだと思う。精神的にはかなり落ち着いて、スローだ、というか怠惰だ。これも気候のせいかな?とか思う。 そんな日々が普通になってて、別にそれでもイイヤー、って感じで。でも、ある日、ここハリドワで、あ、ちょっとプライマリーやってみようかな?って気になった。そろそろやんなきゃ身体が鈍っちゃう、とかっていうんじゃなくて、単純に純粋に「やりたいなー」と感じた。 狭い安宿の部屋にムリムリスペースを作って、マットを敷く。スーハーして太陽礼拝からスタート。すごい身体が軽い。上へ、上へ、のエネルギーが強い。これまでジャンプスルーは足を曲げて折りたたんでから、着地直前に伸ばしていたけれど、今日は足を伸ばしたままスルーできる。前屈がベロンチョでビックリする。ウティタ・ハスタの上げてる足が180度状態。マリーチDが普通にできる。スプタクルマーサナも両足がフツーにアタマの後ろに回せる(でも手は届かない)。ガルバピンダーサナで両手が耳に届いた。はぁ?なんだ、これ?まるで、ヴィパッサナ瞑想10日間コースを終えた後のような、全身の柔軟性ですよ! これは、単にアタマもココロもゆるゆるになって、開いてきたからなのかな?身体の硬さはアタマの硬さに比例する、と言うけれど、現在の私は、アタマもココロも身体もゆるゆる、ってことなのかな?それとも、このハリドワという土地のパワーが一役買っているのかな?あ、なんか、そんな気がしてきた。聖地のパワーだよ、きっと、これは。
2007.05.07
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Haridwar ヒンズーの混沌と包容 2007/4/19~22 4日間このハリドワで、時間だけはタップリあるヒマ人だから、けっこう気ままに、ゆるーく、毎日同じようにガンガー沿いと、迷宮のようなバザールをプラプラ徘徊し、人々ウォッチング、物思いにふける、サドゥや物乞いやインド人観光客や巡礼者に、なつく・怒られる・騙される・泣かされる・遊ぶ・笑う・ムカつく・・・などして過ごした。 花やしきか?東京タワーの蝋人形館か?はたまた温泉街の秘宝館なのか?というくらいキッチュな歴史の浅いヒンズー寺院も、ゲンナリするほど回った。旧市街のゴミゴミした喧騒を逃れて、ガンジス河上流の方へ足を伸ばし、緑豊かなガートでノンビリ沐浴した。 そんなこんなで、アクセクせずに自分のペースで過ごしてると、色んなものが見えてくる。 国中から集まる巡礼者たち・・・裕福なインド人「観光客」はほんの一握りで、彼らの大半はホテルに泊まる余裕などなく、ダラムシャーラという無料の宿泊施設や路上テントに、大家族連れでワイワイ寝泊りしている。 国中から集まるサドゥたち・・・ここに根付いちゃったグループ、ここは巡礼の旅の通過地点だというグループに分かれてる。根付いちゃったグループは煙モクモク美味しそう(!)だったり、ある種の見世物的ビジネスをしていたり、物売り・物乞いで生計をたててたり、と、結構俗物っぽいタイプ多し、と見た。しかし中にまれにいる「マジ・サドゥ」に、慈愛に満ちたウルウルの瞳で見つめられると、グッとくるね。黙礼・目礼したり、胸に手を当て、または両手を合掌して敬意を表したり、単純にココロから優しく微笑んだりすると、向こうも同様に優しい暖かいものを返してくれる。サドゥ相手に何遊んでんだよ、って笑われそうだけど、こんな風に一瞬だけど繋がるものがあるってのは、いいよ・・・なんて悦に入ってると、インチキ・サドゥに「カム!」とかタカられそうになっちゃったりして、あちゃ、油断大敵である。 物乞い・物売りの面々・・・これだけ人が集まるのだから、当然物乞い・物売りも集まってくる。ただ、その数がやたら多くて、笑える。道端という道端「スペースがあれば物乞い」なのか、死にかけ、カタワ、子供たち、サドゥが施しを求める手を、ズラーっと差し出している。そ、そこまでズラーっと揃わなくてもー!と、唖然とする。「怖い」とか、「心が痛む」とかいう次元じゃなくて、これ、凄すぎ。 面白いね、なんでもアリなんだね、ここは。なによりも、悲壮感がない、というか、誰もがハイパーテンションのコンチキ野郎に見えてくる。私のような部外者でも、思いっきり遊べる、ここは安全なワンダーランドだ。
2007.05.07
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Haridwar ヒンズーの混沌と包容 2007/4/19~22 Haridwar=ハリドワは、ヒンズー7つの聖地のひとつであると同時に、4ヶ所ある「クンバ・メーラ(ヒンズー巡礼の大祭典)」開催地のひとつでもある。ガンジス河がヒマラヤと出会うこの聖地には、その流れの速いガンジス河で沐浴やプージャをするために、国中から巡礼者達が集まってくる。(ロンプラより) うーん、なんか、本当のインドのヒンズー聖地っぽいね、なんたってクンバ・メーラの開催地だよ。ビートルズ以降、外国人観光客相手に「スピリチュアリティの大安売り!」をしているリシケシュより、断然「本場のインド」って感じやん!と、膝を叩いたおバカ丸出しの私は、リシケシュ行きを急遽ハリドワ行きへ変更したのであった。 「あらららー、むっちゃベタな町やー」というのがハリドワの第一印象。なんか、ここは浅草か?動物園前か?ってカンジ。 土産物屋が軒を連ね、安宿と巡礼者用宿泊施設が乱立し、アシュラムや寺院や祭壇がアチコチに点在し、そこから聞こえる大音量のチャンティングが耳に痛い。牛も豚もゴミもサドゥも物乞いもカタワも死にかけも、その数倍増、よって「臭い、汚い、あーもーヤダ」度も倍増。バイクとクルマに轢かれそうになりながら、ウンコを踏まないように歩く、迷路のような路地はハエだらけで、そこに、これまた原色ヒンズー神様ワールドのパレードがやってくる・・・ヒエー。巡礼者、サドゥ、物乞い、物売り、観光客がグチャグチャとなって、ワンサカワンサして、町中あげてのお祭り騒ぎ!牛も豚も、よく鳴く! このお祭り騒ぎがピークに達するのは、ガンジス河西岸にあるHar-ki-pairiガートで夕暮時に行われるGanga Aartriというセレモニーだ。何百という人々が集まり、松明が灯され、灯篭ならぬ「花びらを沢山詰め込んだ葉っぱのバスケット」にロウソクを入れ火を灯し河へ流し、ジャカジャカジャカとリズムに合わせて一斉に歌いだし、祈りを捧げる。日が暮れてゆく様と、オレンジ色の松明と蝋燭の火、空気を震わす祈りの歌とそのリズム、人々の興奮、それらがみんなグチャグチャに交差して、なんかちょっとスゴイ。 信仰というものの、敬虔な静謐な美しさを見たシークの聖都アムリッツァから、一転して、原色爆音ヤンヤヤンヤの大騒ぎーのハイパー・ヒンズー・ワールド、ハリドワへ。この落差が、インドだ、おおー。
2007.05.07
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