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【信濃の風景】
前述の十字墓に出会う前に、この無数の五輪塔が集められているところに出会っていました。同じ墓地の別の墓域です。おそらく、この墓地に並べられていた五輪塔を集めたのであろうと思われます。みなさんは、この五輪塔がいつの時代のもので、どういう人々の墓石として建てられたものだとお考えになられるでしょうか。
小生は、この五輪塔群に出会って、必ず何かあると確信して、灌木に隠れた墓石に彫られた文字などを確認しました。やはりありました。その一部が前述の十字墓であり、「皈元」と彫られた墓石です。というのは、ここからそう離れていない村、車で30分で行けると書いたら、警察からクレームが付きそうですが、国道が混んでいたら裏道を走れば40分まではかからないだろうと思えるところに、「五輪原」と呼ばれてきた場所があります。かつて真田氏の一部が上野へ敗走した時に、かなりの数の五輪塔を埋めたと伝えられている場所です。そして、そこからはかなりの数の五輪塔が発掘されています。
これらの小さな五輪塔も、同じ頃にこの村が武装農耕集団であったことを示していると考えられます。そして、16世紀にはまだ、日本の仏教寺院は一般民衆の死に関わるイニシエーションをしていません。にもかかわらず、埋葬ということが行われたことをこの五輪塔が示しています。また、奥にある一番大きな五輪塔は、五輪塔の古い形式を遺しています。
このままここに座っていると、今日は一日中、座っていることになりそうなので、所長とウォーキングに行くことになりました。ただ歩くのは面白くないので、カメラザックを背負って出掛けてこようと思っています。朝食もしっかり食べたので、少しカロリーを消費しないと危なそうです。
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