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【信濃の風景】
前述の五輪塔群があったところの近くにあった墓石です。上部に<〇>が彫られています。そして、それぞれの戒名の右側に「延享庚申?」「同 庚申?」と彫られています。「?」は「大」の下に「モ」が書かれている文字です。また、延享年間に庚申の年はありません。そして、戒名の最下部に「霊位」とありますが、「霊」は「ヨ」の下に「大」を書く「霊」の速記文字です。
間違いなく転切支丹類族墓石であろうと思われます。おそらく、この一帯の武装農耕集団にもキリシタンが伝わっていたのであろうと思われます。それだけではありません。彼らは前述の五輪塔に示されているように、かなり古い時代に、死者を埋葬し、墓石として五輪塔を建てる習慣を持っていたということになります。
やはり、五輪塔には特別な意味があるようです。そして、この板碑型墓石についても考えさせられます。会津にもこれと同じような転切支丹類族墓石が残っています。それも、貞享年間以降(17世紀後半以降)の墓石です。信濃路でも、会津と同じように宗門人別制度に組み込まれながらも、キリシタンの信仰と習慣が継承されていたのでしょうか。
所長と一緒にかなり歩いてきました。写真も撮ってきたので、少し休んだらここでご紹介します。東京分室周辺でも、会津若松市街地よりも放射線量が高いところがあります。文科省も東京都が計っていないので判らないだけだろうと思います。会津で使っている線量計ですから、測定値を会津と比べることが出来ます。