2004年02月09日
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 この本を読んだ人たちは、この本のことを“ナニ本”として読んだのだろう?
 暴露本? 自伝? インタビュー本? ノンフィクション??

 本を読む上で、その本がどのようなジャンルに属するかなどということは、本来たいした意味を持たないはずだ。でも、この作品において「半生を描かれている」高田延彦なる人物が著名な元プロレスラーであり、この本が彼のインタビューを元に構成されている以上、この『泣き虫』が“ナニ本”であるかは、読み手にとって大きな意味を持つように思うのだ。

 『泣き虫』とは、元プロレスラーであり現在は格闘技イベント「PRIDE」の総帥(?)である高田延彦が、自身の生い立ちから現在までを赤裸々に語った内容を元に構成されている。著者は、現在、日本で最も(名実ともに)売れているスポーツライター、金子達仁氏。
 プロレスラーとして3つの団体(細かく言えば4つ?)に籍を置き、そして最後は“格闘家”としてPRIDEのリングにこだわり続けた高田が、移籍の経緯やプロレスの舞台裏を明かしたため、プロレスという“興行”の有する虚業性を白日の元にさらしてしまった……ということでも話題になっている(そうだ)。

 わたしは、プロレスというエンターテインメントに対する思い入れは、ないに等しい。が、興味は大いに抱いていた。
 プロレスは、非常に奇妙で好奇心をそそられる物件だ。存在そのものは、かなりメジャーである。さほどスポーツや格闘技に関心のない人でも、著名なプロレスラーの名前くらいは耳にしたことがあるだろう。スポーツ新聞の一面を飾ることも、決して少なくない。にも関わらず、プロレスは“スポーツ”としての市民権を得ているとは、とても言いがたいのだ。いや、「認められていない」と断言してもさしつかえないだろう。
 その理由のアルファにしてオメガ、それが「所詮は出来レースなんだろ」とい周囲の視線。つまり、スポーツの定義のひとつである「筋書きのないドラマ」と背反する存在だという認識だ。だが、そのような「色物」としてのケチがついているにも関わらず、会場に足を運び、マット上で繰り広げられるプロレスラーの一挙手一投足に熱い声援を送るファンは山ほどいる。ファンの熱狂と、それ以外の人たちの認識の間には、歩み寄りの議論を展開する余地すらないほどに、絶望的な離隔が存在するのだ。


 で、読んで見ての感想。
 かなり「がっかり」である。

 ひとつには、ここで描かれている“プロレス界”が、なんとも平板というか平面的というか、いまいちリアリティに欠けるから。その最大の理由は、結局のところ本の中で描かれているのが“高田の視点で切り取られた”プロレス界でしかないからだろう。
 例えば、こんな叙述がある。
 高田は、最初に所属した団体“新日本プロレス(以下新日)”から、藤原という先輩レスラーに誘われるカタチで脱退する。だが、高田を誘った当事者である藤原は、新しい団体の理念に対しても、そして元所属団体である新日に対しても自分の感情やスタンスを明確に打ち出すことがない。杳として胸中の知れぬ藤原と高田の間には、いつしか埋めがたい距離感が生まれていくのだが、この本では、その藤原の真意については「あの人がどういう経緯でユニバーサル(新団体のこと)へ行ったのかは、いまでもわからないままなんですよ」という高田のコメントを記したのを最後に、以降、言及されることはない。
 ここに挙げたのは最も顕著な例であるが、とにかくこの本、高田以外の人物の胸中や真意は、ことごとく無視しているのだ。例えそれが、高田の人生を大きく左右したであろう人物や状況の場合でも、である。
 確かに高田は、プロレスという世界においてメインストリームに座した人間であろうし、そのような人物の視座で捕らえた世界には、それだけで特別な価値があるはずだ。にしても、この本が“著者初の書き下ろしノンフィクション(帯より)”との惹句を掲げる以上、他の角度からも光を当て、高田の生きた世界に立体感を持たせる必要があるのではないだろうか。アイドルのグラビア写真などが、強烈な光を当てて撮影することにより絵画的な美しさを得るのと引き換えにリアリティを喪失してしまうように、どうも、この本の中で描かれる世界は、手で触れられるような質感や陰影に乏しいと思えてしまうのだ。
 その思いは、『泣き虫』というタイトルをつけたのは著者である(あとがきより)という事実を知るにつけ、より一層強くなる。“泣き虫”……この言葉を以って読者に想起させたいのは「弱さと実直さ」「ずるさとピュアさ」「失望と希望」「挫折と成功」……つまりは、「清濁併せ持った人間のリアルな生き様」みたいなもののはずだから。
 ちょっとタイトル、上滑りしてます。


 例えば、それはこんな場面で露になる。
 高田がプロレスラーを志したのは、一にも二にも、アントニオ猪木に憧れたからだ(そうだ)。この作品の冒頭部分では、高田少年がいかに猪木に心酔していたか、そしてそれ故に、いかに彼がプロレスラーになることを夢見たかが、それはそれは熱い筆致で書かれている。実際に新日に入団してからの高田は、雲の上の猪木よりも直接面倒を見てくれる先輩(前田や藤原)に心惹かれていくが、猪木の付き人になり、さらにその猪木からメインマッチの舞台を与えられたことで、再び“猪木熱”が再燃したことまで丁寧に描かれているのだ。ところがその直後、先にも述べたが、高田は先輩に誘われ「猪木を裏切る後ろめたさを覚えながら」新日を脱退してしまう。
 猪木に憧れたために高校に進学することなく新日に入団し、そしてメインマッチを務めさせてくれたことで「この一件でしょ。これでまた、ぼくの中では(憧れや感謝の気持ちが、前田や藤原より)猪木さんがガーッとリードですよ」とまで言わせしめた猪木。だが高田は、その猪木を裏切ってしまったのだ。その胸中や、いかほどか!? そして、それほどまでの決断に至った理由とは!? 
 読んでいるこちらも、俄然いろめきたつ。だが、その理由として書かれているのは「(先輩である藤原から直接誘われた以上)選択の余地はなかった」のひと言。はっきり言って、こちらは完全に置いてきぼり。肩透かしをくらってしまう。
 なんで? なんで選択の余地がないの? 藤原より猪木への想いが俄然リードしてたんじゃなかったの? 

 他にも理解できない話として、こんなものがある。
 高田が藤原や前田とともに立ち上げた団体“UWF”は、旗揚げまもなく経営難で解散。そして高田や前田は、プロレスの中に本格的格闘技志向を取り入れた“新生UWF”という団体を立ち上げる。「ただでさえ経営難だった団体から派生した“子団体”に未来があるのだろうか」と疑問視するのが、普通の感覚だと思う。ところが、これがもう創設直後から、ファンの“熱狂的支持”を受け、彼らはたちまちプロレス新時代の寵児となった――のだそうだ。ところがここでもまた、なぜそのような「HAPPYな矛盾」が生まれえたのか、ほとんど説明がなされていない。またしてもこちらは、置いてけぼり。著者の筆が熱を帯びてくればくるほど、読み手の気持ちは引いてしまう。そして最終的に、わたしはその理解できない理由を“プロレス的なもの”に求めてしまうのだった。「結局のところ、わたしはプロレスがわからないから、高田と、それをとりまくことごとくが理解できないんだろうな」と。
 この、2つめの「釈然としない理由」は、この本そのものの存在意義を揺るがしかねない大問題のように思う。冒頭にも述べたとおりこの『泣き虫』は、本来なら高田の自伝であるべきところを、わざわざスポーツライター金子氏の著書というかたちをとっている。
 その最大の理由は、第三者の視点を介入することにより、書かれている内容に客観性を持たせ、高田の歩んできた道を“プロレス界の出来事”としてではなく、スポーツ界に存在するひとつの事象として世間にプレゼンしたかったからではないのか? そして、高田がこのような本を出そうと思った理由も(あとがきに書かれているが、この本は高田サイドの意向により上梓されたものだ)、なんやかんや言いながらも自分という存在の原点であるプロレスという世界の真の姿――それは強さへの渇望と“出来レース”との間のジレンマや、「夢を見せる」という理念と、内ゲバ渦巻く実態との乖離だったり――をさらけだすことにより、今の自分を正しく理解してもらいたかったから、ではなかったのか? 
 自分を正当化するわけではないけれど、結局のところ、金子氏という人選に至ったのは、わたしのような「プロレスという存在はなんとなく気になるけれど、なかなか理解できない」と思っているスポーツファンにこの本を手にとってもらいたかったからのように思う。少なくとも、わたしのような類の人間が、読者の多くを占めているはずだ。にも関わらず、結局は釈然としない点が多々生まれ、わたしに至っては、その答を「プロレス的な要因」に求めてしまっている。「求める」というと聞こえはいいけれど、要は投げちゃったのだ。

 何度も言うように、この本が「高田延彦自伝」あるいは「高田延彦半生記」みたいなタイトルだったら、なんら問題はない。
 しかし、本の顔とも言える表紙に書かれた文字は『泣き虫 金子達仁』・・・以上である。しかも装丁をちゃんと見たら、カバーには高田の顔とならんで、著者の金子氏の顔写真まで入っているではないか!!?? 
 あっ、カバーを取ったら、そこにもカネコさんの顔が……。

 今一度、問う。
 この本を“ナニ本”として読めば良いのでしょう?






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最終更新日  2004年02月09日 17時59分24秒
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