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真田様ご出家記念!! …というわけではありませんが^^;黒アンパンマン相木殿はどうしていつも真田様の傍にいるんだろう(脚本上、演出上の都合ってことはおいといて^^;)って考えていたら、 やっぱり真田様に惚れてたんじゃないかな… きっと最初に遭ったのは勘助の屋敷だろうな… 初対面から一目惚れだったんじゃないかな……なあんて考えているうちに、相木殿主役でついついこんな妄想を抱いてしまいました。しかし何ていうか、真田様ご自身を描くより、周りの目線から真田様がいかにステキか☆を形容するのって、クセになりそうな楽しさです♪まあでも私の勝手な妄想も、これで書き納めかもしれません…。一徳斎様にはたぶん妄想は抱けない気がするので…。断言はできませんが。。すっかり冷えていたモノ書きの血を、再びたぎらせてくれた「風林火山」、ありがとう!書いてて本当に幸せだったよ!!(って、まだ終わってないってば…^^;)そんなわけで。私の拙い妄想にお付き合い頂き、ありがとうございました…◇妄想エピソードはコチラ <その1> <その2>
2007.11.01
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戦乱の月日は流れた。十数年の間に武田軍は信濃をほぼ手中におさめ、善光寺平周辺の北信濃一帯の領有を越後長尾家と争うばかりとなった。 その間に真田は村上勢から旧領を回復したばかりか、めざましい働きで知行地を拡げ、押しも押されぬ信濃先方衆のトップとなっていた。 そんな真田の躍進を、市兵衛には妬む気持ちはまるで湧かなかった。 真田に合力することの多かった市兵衛は、この頃には真田の人柄に、また調略の見事さ、用兵の巧みさにすっかり心酔していたのである。(儂の目に狂いはなかった) もとをたどれば同じ清和源氏の流れをくむ。同じ信濃衆が信濃の地を任され、武田家の譜代家臣にも肩を並べているのは快い。 髭を蓄え、一層風格の増した真田を見るにつけ、(譜代家臣と───いや、御屋形様と並べても遜色ない) 次第にそんな思念が湧き起こってくるのを、どうにも止められなかった。 信濃の一族が、信濃を治める。 それは野望というより、夢とも妄想ともつかぬ漠たる想いであった。「…相木殿。ここにおられたか」 この年の秋に攻略した尼飾城に在番中の真田を、市兵衛は訪ねていた。 本丸の櫓から臨む川中島一帯を、夕陽が射して茜色に染める。 戦陣を解いた平穏な晩秋の夕暮れに、市兵衛の隣に立った真田もしばし下界をながめていた。「…ようもまあ、こんな険しい山城を、わずか十日ばかりで陥としたものよの」 市兵衛は呆れたようにつぶやいた。「三年前には陥とせなんだ。此度は御屋形様のご威光が、既にこの周辺に行き渡っておったでの」「おぬしがそのように調略したのではないか。おぬしがおらねば、ここはまだ村上残党の根城であったわ。…いや、村上義清にもまだ手こずっておったかもしれぬ」 真田はかすかな笑みを唇の端に宿すのみで、世辞には応えない。 唯一市兵衛が物足りなく感じるのは、真田のそんなところだった。もっと己の手柄を、智才を自慢すればよいのだ。 そうけしかけたこともあったが、真田は「御屋形様はすべて分かっておられる」と言うだけだった。「…真田殿。おぬし、───このままいつまでも、武田の家臣でおるつもりか」 次第に深まる夕闇が、いつになく市兵衛を感傷的にしたのかもしれぬ。 己ひとりの胸に止めるべき言葉を、そのときふと、市兵衛は口に出していた。「……」 沈黙にちらと見遣ると、その薄い唇を一層固く引き結び、真田のまなざしは眼下の一帯をながめているかのようだった。 残照の西の空を、雁が小さく連なって遠ざかる。「…次に我らが攻めるは、葛山城じゃ」 ゆっくりと開かれた真田の口から出た言葉は、市兵衛の問いの答えではなかった。(はぐらかされたか) その深いまなざしは、依然前方の千曲川流域一帯の平野部へ、そしてその彼方、善光寺北方の山々を見据えていた。「葛山衆の落合一族には、既に静松寺を通じて話をもちかけておる。来年、雪解けを待って御屋形様は川中島へ出陣されよう」「……」「機は熟しつつある。越後と雌雄を決するのも、そう遠いことではなかろうな」「…真田殿。儂は───」「儂は、御屋形様に、天下を取って頂きたいのじゃ」 言いさした市兵衛を遮り、低い声が痺れるような響きを伴って、きっぱりと告げた。「無論、真田家が今こうしてあるは、御屋形様のおかげじゃ。その恩義に報いるには、儂のこれまでの働きなどまだまだ足りぬ。だが、それ以上に儂は───御屋形様を、天下を治める器と思うておる」「…御屋形様に、賭けていると申されるか、真田殿は」 己の声に落胆の色が滲み出るのを、市兵衛は隠しようもなかった。 櫓の横木に両肘をつき、組んだ両手のなかに顎を埋めると、知らず溜息が口から漏れた。「…すまぬの」 そうして、真田はようやく市兵衛に目を向けた。そのまなざしを受け止められずに、市兵衛は彼方を見遣った。 まだ茜色の残る中空に、一番星が瞬き始める。その頼りなげな光にさえ、胸の裡を覗き込まれる心地がした。「すまぬも何もない。儂が真田殿に期待したものを、真田殿が御屋形様に抱いていたというだけのことじゃ。…おぬしにその気がない以上、儂にはどうしようもあるまい」 自嘲気味につぶやくと、真田が息だけで笑っている、そんな気配がする。(儂の肚など、とうに見通していたか…)「───まあよいわ。ただの戯言じゃ。忘れてくれ」 失望と同時に、なぜか安堵の心持ちもして、それでよいと市兵衛は思った。 信義に篤い真田であればこそ、御屋形様も譜代家臣に優るとも劣らぬ信頼を寄せ、武田に抗う豪族たちもその説得に応じてきたのだ。 そういう仁であることは、初対面のときから分かっていた。あのとき、若き真田は、己の想いを口にこそ出さなかったが…「…何じゃ。気持ちの悪い笑い方をして」 思い出せばつい笑みがこぼれ、そんな市兵衛を真田は訝しげに見咎めた。「いや。…昔、おぬしに初めて遭うたときのことを思い出しておった」「おう。府中の、勘助の屋敷であったな」「おぬし、儂を刺客と思うて斬りかかる寸前であったな」 戦陣で、密談で、調略の場で。あのときと同じ、真田の体から立ち昇る気炎を、これまで市兵衛は幾度となく見てきた。 見る者を畏怖させずにおかない空気を身にまとい、研ぎ澄まされた刃のような容貌が、しかしひとたび心を許せば、同一人物と思えないほど柔和な表情に変わるのも。 今もそうした笑顔を浮かべて、「そう言う相木殿も、どこの馬の骨じゃという顔でござったぞ」「馬の骨…さように無礼なことは思うておらん。旧家の青二才がとは思っておったが」「同じようなものではないか」 何のわだかまりも感じさせず、真田は軽く声をたてて笑い、つられて市兵衛も笑った。 次第に闇が濃く立ち込め、冷たい山風が頬を切る櫓の上で、ふたりの武将はいつまでもそうして佇んでいた。END◇あとがき
2007.11.01
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その男に初めて遭ったのは、府中は躑躅ケ崎館の周囲、家臣たちの居館が並ぶ一画にある、山本勘助の屋敷を訪ねたときであった。 元は信濃佐久郡の地侍である相木市兵衛は、二年前に勘助の誘いに応じて甲斐に降り、以来信濃先方衆として武田家の信濃攻略の先陣を任されてきた。 躑躅ケ崎館の近くには市兵衛も屋敷を与えられており、戦が終われば府中へ戻り、屋敷内に暮らす妻子とも再会できる。(何のことはない、人質だ) 武田に心を許したわけではない市兵衛は、冷ややかにそう思っている。 勘助がなぜ武田に仕官したのか、未だに本心のところでは分かりかねていた。 それでも勘助の才覚に一目置いている市兵衛は、「いずれ信濃を治めるは武田」と語る勘助に、ついて行こうという気になった。 そして二年前の長窪城の戦いにおいて、市兵衛は主であった大井貞隆を裏切り、武田に勝利をもたらした。 戦国の世の習いである。強きところを見極め、それにつかねば、地方の小豪族は生き残れぬ。 生き残るだけではない、戦功をあげれば恩賞として所領拡大も夢ではない。 武将としての盛りをこれから迎える市兵衛には、そんな野心もあったのだ。 夏の宵であった。山国だけに昼間の暑さは日が沈めばゆるむ。生ぬるい風に頬をなぶられながら、市兵衛は手土産の徳利をぶらさげ、勘助の屋敷を訪ねた。 酒好き、話好きな市兵衛だったが、屋敷にいてもこれからの戦局や戦術など肚の裡を語れる相手はいない。 まして、一時期生死不明とまで言われた勘助が、無事生還したと聞いてはじっとしてはおられぬ。その日府中に戻った市兵衛は、屋敷に落ち着く暇もなく、勘助に会いに出て来たのであった。 勘助は独り者で、屋敷内には家来の一家族が住むだけだから気兼ねが要らぬ。市兵衛は我が物顔で、勝手知ったる敷地内に足を踏み入れた。「勘助、おるかぁ」 いつもの調子で声をかけ、縁側に腰かけようとした瞬間。 常と違う気配に、市兵衛は身を強張らせた。 ───誰か、いる。 それも、ただならぬ雰囲気を身にまとった者が。 抜き身の刀で撫でられたように、うなじをひやりとしたものが走る。 …その気配はすぐに止み、そして「これはこれは相木様…」 片足をひきずりながら、腰を低くして勘助が現れた。「誰か、おるのか」 知らず声をひそめて訊いた市兵衛に勘助は、宵闇のなかにも強い光を隻眼に湛えて答えた。「真田幸隆様が」「真田…殿が」 そうだ。勘助の存命を知らせた百足衆は、真田幸隆が許に身を寄せていると言っていた。 勘助が真田を欲しがっていたのは知っていたから、そのときは勘助が生きていたこととも併せてただ嬉しかったものだが… 先に感じた殺気のせいか、なぜか苦いものが、乾いた喉に飲み下す唾に混じった。「おあがり下され。お引き合わせいたしましょう、ちょうどよろしゅうござった」 面白くなさげな市兵衛の顔色には気付かぬまま、いや気付かないふりをしてか、笑みを浮かべて勘助は促した。 それで仕方なく、市兵衛は縁台に草鞋を脱いだのだった。 外からは死角になっていた戸板の陰に、その男は座っていた。 縁側に突っ立つ市兵衛にまなざしを軽くあて、「真田幸隆でござる。お初にお目にかかる」 低いがよく透る声で述べたかと思うと、傍らの太刀を掴み、すっと立ち上がった。 そうして席を空けると、勘助の斜め隣に改めて腰をおろしたのだ。「…どうぞ、相木様。お座り下され」 意表を突かれた市兵衛は、勘助の声に我に返り、ぎごちなく部屋の奥へ歩み入った。(この男…) 胸の裡を気取られたか。そう勘繰れば、首筋に淡く熱がのぼる。 しがない地侍に過ぎぬ相木氏に対して、滋野一族の傍流である真田氏の方が格上にあたる。 しかも真田幸隆といえば、滋野一族嫡流・海野家最後の棟梁、海野棟綱の女を母に持つ。 名家を鼻にかけてのうのうと上座に陣取るようであれば、わずか二年とはいえ、先に武田家中に入ったは己だと告げてやろう…この一瞬に、そんな思念が市兵衛の胸に湧いていたのだった。 だが、その振る舞いはあまりにも自然で何のこだわりも感じさせず、かえって市兵衛は面喰らった。「ささ、相木様…」 勘助の差し出す酒を杯に受けながら、市兵衛はその横顔をしげしげとながめずにいられなかった。 無遠慮な視線にも、真田は動じない。勘助が市兵衛について何事か語るのを、静かに杯を口許に運びながらまなざしを伏せて聴いている。(長い食客暮らしを余儀なくされたはずだが…) 無為の日々が長く続けば続くほど、倦み疲れるか、焦りでぎらぎらしたものが、容貌に色濃く滲むものだ。 しかしそのどちらもうかがえないほど、真田は泰然自若としており、敵国にただひとり降った敗残者の面影は露ほどもない。 仄暗い燈篭の灯りを受けながら、微妙な陰影がかたどるその横顔の線の厳しさ、誇り高さに、思わず市兵衛は見惚れていたのかもしれなかった。「…先ほどは、失礼いたした」 不意に、真田のまなざしが市兵衛をとらえた。深い響きを伴った声が耳をうつ。「え、…」「それがし、いつ討手がかかるとも知れぬ身ゆえ…」 市兵衛が現れた際に発した、殺気のことを詫びているらしい。「いや、それがしも驚き申した。それがしを斬るおつもりかと勘違いしたくらいで」 勘助の軽口を遮り、市兵衛は訊かずにいられなかった。「用心はするに越したことはなかろう。おぬし───主筋を裏切って武田についたと聞き申したが」「…さよう」「なぜ武田に降った。武田は滋野一族を小県郡から追い出した張本人であろう」 先刻の苦い味が再び口内に蘇り、市兵衛は問いながら一息に杯を乾した。───真田様に逢うことはできなんだか… あれは、市兵衛が甲府に赴き、躑躅ケ崎館の武田晴信に伺候して間もない頃だった。 屋敷に招いた市兵衛を酒肴でもてなした勘助は、市兵衛が酔って寝ていると思い、家来の報告に残念そうに溜息をついていた。 敵方の武将をひとりでも多く引き込めば、それだけ経略は有利に進む。当然の話ではあるものの、何か面白くない気分が市兵衛の胸にわだかまった。───なんとかなりませぬか。 すがるように訊ねてくる勘助のなかに、市兵衛は己を説得したとき以上の熱意を感じたのだ。(真田幸隆、何するものぞ) 市兵衛とて、若く気概に燃えた武将である。己の戦功を自負してもいる。 信濃先方衆の第一人者である己の立場を、後から来た者にみすみす渡すわけにはいかない。 そんな市兵衛の気負いを知ってか知らずか、真田は何かに想いを馳せるようにまなざしを漂わせ、次には驚いたことに、その薄い唇に笑みを浮かべたのだった。「なぜ、か───そうじゃな。勘助の口車にのせられたかのう」 一瞬の沈黙のあと、勘助が吹き出す。「何を仰る。それがしの口車にのせられるような真田様ではござりますまい」 静かに笑って、真田は杯を傾ける。だが、その眸は笑ってはいない。 真摯な、冷たいほどの光を湛えたその眸に出逢ったとき、ふと市兵衛は、底知れぬ深淵を覗き込んだような感覚に襲われた。 言葉での説明は無意味だと、そのまなざしが、むしろ雄弁に語っていた。己の信義は、己の生き様をもってのみ立証できる、と…(…こんな男が、信濃にいたのか) 地方の一豪族で、ましてや一浪人で終わる器ではない。このとき、市兵衛はそう予感していた。CONTINUED◇続き
2007.11.01
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※この妄想エピソードはフィクションです。 実在する人物・団体、及び大河ドラマ「風林火山」には何の関係もございません。…と、思わず注釈をつけてしまうような妄想をしてしまいました。お気を悪くされた方がいらっしゃいましたら、ひたすら謝ります。ごめんなさい。ドラマ終盤になって現れたリツの存在って何だろう。どういう意図があったんだろう。との疑問に、さる方より「摩利支天のゴールでは」とのご意見を頂きました。そうなると、もうそれしか考えられなくなって、どんな状況で何て言って渡すんだろうなどと妄想が止まらなくなってしまったのです。生きて帰ったら夫婦になる約束でもするのかな。あ、でもよく考えたら、その頃勘助ってば出家しちゃってるんだ…じゃあリツは?思いを断ち切って別の男に鞍替え?そんなんじゃ摩利支天の受取人にはなれないやん。…で、考えた結果が「出家」でした。まだ若いのにかわいそすぎる!だけど、大井夫人逝去(1552年)から勘助出家(1559年)までって、7年も経っちゃってるんですよね。それまで待ってたとしたら、リツは当時の女性の婚期を逃してしまうんじゃあ…とも思ったものですから。まあ、想像です、想像。勝手な妄想。…ゴメンナサイ!真田様と勘助の場面は、完全にシュミの世界です。最近真田様の活躍が見られない鬱憤を晴らさせて頂きました。しかもこっちの場面の方が長いし…。勘助の口を借りて、真田様を褒め称えちゃったりして♪ ああ楽しい♪(←バカ)原作の「風林火山」では、雨飾城は高坂昌信(ゲンゴロー)が陥として在番することになってるんですよね。でも、幸隆様を描いた本では、どれも幸隆様が攻略・在番となっているので、そうしちゃいました。幸隆様の出家の時期も、信玄の出家と同時と書いてあったり、もっと先になってたり。たぶん史料にははっきりと残ってなくて、筆者の想像の余地に任されているのでしょうね。出家後のふたりが「お互い法体になって」と語り合うってのもちょっと想像したのですが、やっぱビジュアル的に真田様の坊主姿は見たくない…という気持ちが働いて、ここではまだ出家していないことにしました。リツの法名を「蓮春尼」としましたが…「蓮春」というのは、実は私の法名だったりします。昔、本願寺でおかみそりを受けたことがあるのです。といっても、お経のひとつも諳んじてませんが…「リツ殿」と勘助に呼ばせるのも何だかな~と思って考えていたのですが、他に適当な名前も思いつかなかったので。。勘助がリツに摩利支天を渡すときのセリフ。ジョーが葉子に言ったセリフのパクリだと思ったアナタ。それは正解です。(←オリジナリティ欠乏症)それにしても、このセリフは素晴らしいと、パクってみて改めて思いました。このあと、何を説明しても、蛇足にしかならないのです。この一言だけで完結している。すごい。(いえ、最初からパクるつもりじゃなくて、頭に浮かんだから書いたのですが、よく考えてみれば同じセリフだったと…。いいわけいいわけ)てなわけで、今回はこのあたりで。。◇妄想エピソードはコチラ
2007.09.29
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※今回の妄想エピソードはフライングです。 今後のドラマ展開とは無関係の勝手な想像なので、先々のネタバレではありませんが、 ドラマの本筋を大事にされる方は、読まずにおかれることをお勧めします。。──────── 永禄二年の初夏、北信の地に足を踏み入れた勘助は、雨飾城の真田幸隆を訪ねた。 松代の北東、尼巌山の山頂に築かれたこの城は、川中島を一望する天険の要害である。かつて村上残党の東条一族がたてこもっていたのを、三年前の弘治二年に攻略した真田は、そのまま在番を命じられ、越後軍の動きを牽制しつつ、更なる調略の手を北信濃一帯に伸ばしていた。「お久しゅうござりまする」 慇懃に挨拶する勘助に、真田は愉快そうな笑い声をたてた。「息災そうで何よりじゃ、勘助───いや、道鬼殿」「お恥ずかしい次第でござる」 勘助も思わずつられて笑みながら、頭巾をとって、剃った頭をつるりと撫でた。「まだどうにも馴れませぬ。何やらここらが涼しゅうて」「御屋形様が出家なさったからといって、おぬしまで出家せずともよいものを」「それがしだけではござらん。原美濃守様、小幡山城様も頭を丸めなされた」「ほう、原殿が…」 何やら思わせぶりな相槌をうったかと思うと、次の問いに勘助は思わずうろたえた。「その原殿の娘御を勘助が娶ると聞いておったが。娘御はいかがしたのじゃ」「…どこで、そんなお話を」「儂の情報網を甘く見るでない。とうの昔に知っとったわ。祝儀を贈ろうと思って準備しておったのに、出家などしおって。無駄になったではないか」「それは勿体ないことをいたしました。出家祝いに有難く頂戴いたしまする」 どうにか気を取り直して言い返した勘助は、真田と目を見合わせて再び笑った。「それで、此度は何用あって参ったのじゃ。まさか坊主頭をわざわざ披露しに来たわけではあるまい」「実は、ちとお願いしたい儀がございまして」「では酒でも飲みながら、久々に語り合おう。忍芽らは砥石に置いておるゆえ気のきいたもてなしもできぬが」 そう言って、真田は控えの者に酒肴の支度を命じた。 流れ込む夜風に火影が揺れる。初夏とはいえ、日も暮れた山上は肌寒いくらいに涼しい。「それにしても、真田様は素晴らしいお働きで」 真田の盃を満たしながら、勘助は褒め称えた。「御屋形様も譜代家臣に優るとも劣らぬ信頼を寄せておられまする」 真田は盃を舐めながら、真意を探るようなまなざしを勘助に向ける。 この鋭い眼力は昔から変わらぬ、勘助は思った。いや、御屋形様に忠誠を誓って後、ますます深く強い色を湛えている。だから安心して信濃一帯を任せられる。「…おぬしのおかげじゃな」 そのまなざしをふいと膝に落とし、真田はつぶやくようにぽつりと言った。「いつか、礼を申さねばと思っておった。あのとき、上州に留まっていたなら、今の儂は───真田家は、なかった」「真田様であれば、立派に武名を轟かせておられましたでしょう。ただし我らの敵として、でござりますが」 そうなっていたら、今頃は一体情勢はどう変わっていただろう。「おそらく我らは村上に手こずり信濃をまだ手中にしておりますまい。そして真田様が関東管領とともに越後に落ち延びていれば、長尾景虎のもとで、どれだけ恐ろしい敵になっておられたことか」「その長尾景虎だが…この春、上洛したそうじゃな」 世辞を言ったつもりではなかったが、真田はかすかな笑みを唇の端に宿したのみで、話の矛先を変えた。「この機に越後に侵攻せよと、御屋形様より下知があるやもしれぬと準備しておったが…」「景虎の留守に攻め入っても、首は取れませぬ」「やはり、おぬしが止めておったか」「いえ、滅相もない。御屋形様のご意向でござりまする」「御屋形様のご意向…か」 つぶやいた真田の口調に、勘助は運びかけていた盃を思わず止め、いぶかしげに目を上げた。「何か、気になることでも」「いや。気になるというほどではない。御屋形様はこの先、いずこへ向かわれるのか…そんなことをふと考えた」「越後を手に入れたあと…のことでございますか」「おそらく儂は、上州を攻めることになるであろうの」 そう言って盃を干した真田から、笑みが消えていた。「…長野業政殿に弓をひくことを、ためらっておられまするか」「ずけずけと申すな」 自ら酒を注ぎながら、真田は低く続ける。「ためらってなどおらぬ。その覚悟なくして敵に仕官などせぬ。儂が上州を出るとき、長野殿もそう申された」「……」「儂はよい。信濃先方衆としてこの地を抑えつつ、東に進むまでじゃ。儂が言いたいのは、おぬしがこの先御屋形様をいずこへ向かわそうとしているのかということじゃ」「それがしがさような恐れ多い…」「軍師ではないか。御屋形様の懐に、誰よりも深く飛び込んでおる。当面の敵は越後勢として、その先をどう見据えておるのか。既に種は蒔いておるのであろう」 勘助は押し黙った。 四郎勝頼に賭けた己の意思を、真田に見透かされているようだった。「…何も咎めだてしているわけではないぞ」 黙ったまま、焼いた川魚をつつく勘助に、真田は苦笑を浮かべる。「咎めだてされるような覚えもござりませぬ」「であればよい。───そうじゃ、儂に相談事があったのではなかったか」 助け舟を出されたようで、内心忸怩たる思いを抱えながら、「されば。…この付近に、城を構えたいと思っておりまする」 と、本題を切り出した。 真田の目が、光った。それが何を意味しているのか、一瞬にして悟ったようだった。「…八幡原の近辺に、か」「さよう」「真田様には、高坂昌信殿とご相談頂き、ふさわしい土地を選定頂きたいのです。いずれ高坂殿がその城の城代となりましょう。御屋形様もそのようにお考えでした」「高坂殿か。若いながら見事な戦ぶりと聞く。よかろう」 真田は快諾し、勘助の盃に酒を注いだ。「おぬしの縄張りを儂もこの目で見たい。…そうじゃ、以前御屋形様が、儂も勘助に城取術を学べと仰せじゃった」「御屋形様が」「無論、儂にもいささかの心得はある。が、よりよい知恵があるなら是非とも学びたい。頼む」 己ひとりの智に凝り固まらない、その柔軟な素直さが真田の強さだろう。そう思いながら盃を舐めた勘助は、続く言葉に不意を衝かれた。「だから、おぬしには生き残ってもらわねばならぬ」 長尾景虎との決戦は近い。おそらく次の決戦で雌雄を決することになる。それは凄絶な戦となるだろう。 武田軍の勝利を勘助は疑ってはいない。そのための城である。 だが、自身の命となると話は別だった。「…真田様には、それがしが討死する覚悟と見えまするか」「おぬしは、おぬしの蒔いた種を見届ける責任がある。そのことさえ忘れねば、それでよい」 はぐらかすように笑って、「だから儂は、何としても原殿の娘御をおぬしに娶ってほしかったのじゃ」「またさような話を。からかうのはおやめくだされ」「いや、からかっているわけではない。女子の力というものは凄いぞ。守るべき者がおればこそ、必ず生きるという執念も湧くのじゃ。既にこの世におらぬ女に忠義だてしていても仕方あるまい」 それが昔亡くなった妻のことか、四年前に他界した諏訪御料人を指しているのか判別する余裕もなく、勘助は真田の追求に閉口した。「それで、その娘御はいかがしたのじゃ。おぬしが出家してしまっては、もう嫁ぐこともできまいに」「…出家なされてしもうた」 苦虫を噛み潰すような顔で、勘助はついに答えざるを得なかった。「儂の返事を待つ間に、とうに娘盛りは過ぎてしまったと、尼に───それがし、原様に合わせる顔がござらぬ」 しばらく勘助をまじまじとながめていた真田は、やがて、「女一人の運命を狂わせるとは…勘助、おぬしも罪な男じゃの」 縮こまった勘助を真顔で非難すると、声をたてて快活に笑った。 風雲は急を告げる。 永禄四年八月。長尾景虎改め上杉政虎が大軍を率いて越後を出立したとの報せが、古府の城下に届いた。 その前年に千曲川を隔てて八幡原を臨む丘陵に海津城が築かれ、城代として入った高坂昌信が狼煙と急使を発したのだった。 ───その朝、勘助はひとり、小さな寺の仏間に黙然と座していた。 早朝の白い空気が、狭い仏間を満たしている。 …やがて近づいたひそやかな足音に、勘助は目を開けた。「───山本殿」 高く澄んだ声が、耳をうつ。 豊かな黒髪を肩の上で切りそろえ、真白な練絹の被衣の下にのぞく顔は、まだ若い。 出家する以前より変わらぬ明るく快活な笑顔を見せて、リツはうれしげに頬を上気させていた。「蓮春尼殿…」 リツが腰をおろすのを待って、勘助はその法名を呼んだ。「わざわざお呼びたてして、申し訳ござらぬ」「何を仰います。お呼びと聞いて矢も楯もたまらず、急いで参りました。お目にかかれる機会も滅多にありませんもの」 直截にものを言う若い娘にこれまで戸惑いっ放しの勘助であったが、ここに至ってその好意が素直に心に流れ込んでくるのは不思議なことであった。「御出陣、なさるのですね」「…父君に聞かれましたか」「今度こそ越後勢と雌雄を決する戦になると、怖い顔で昂奮しておりまする」 微笑んではいるが、その緊張はリツ自身にも及んでいるのだろう。その瞳に何か思いつめたような光があるのに、勘助はふと膝の間に目を落とした。 常と変わらぬ小鳥の鳴き声が、表から遠く響いてくる。「…必ず、お戻りになって下さいまし」 小さな、しかし強い力をこめた声で、リツは言った。 すぐには答えず、勘助はやがて懐にそっと右手を差し入れた。 硬く丸いその触感に、ぐっと握り締める。「…それがしは、もう六十をとうに越えておりまする。人生五十年とすれば既に老境、いつ討死しても惜しくはないと思っておりました」「そのようなことは…」「昔、それがしには妻がござった。父君よりお聞き及びかもしれぬが」 唐突に話し出した勘助に、リツは身を乗り出すようにして真剣なまなざしを向ける。「貧しい村の娘で、先代信虎様に殺されてござりまする。以来、それがしは妻を持たぬと誓い申した」「……」「そなたが何度も言うておった通り、亡くなった姫様───御料人様をお慕い申しておったのも事実でござる。それがしには生涯、亡くなった妻と御料人様の二人だけが心を寄せた女子じゃと思うておった」 言葉を止めて、勘助は右の掌におさめたそれを、己にも説明のつかぬ不思議な心持ちでじっと見詰めた。 古い矢傷に中央を抉られた、摩利支天像。 瞼を閉じれば、リツの弾けるような笑顔が、由布姫の冷たく澄んだ横顔が、生きているものたちより遥かにきらきらと輝く生命力をもって脳裡に浮かんでくる。 再度強く握り締めたそれを、静かに、勘助はリツの前に置いた。「これはそれがしが、亡くなった妻に唯一やれたものにござる。ひとたびは手を離れておったが、訳あって再び戻って参ったもの」 そっと、リツは細かく震える指先に、摩利支天像を取り上げた。「…持っておいて、下されるか」「山本殿…」「そなたに、持っていて欲しいのじゃ」 じっと見詰める瞳が不意に盛り上がり、透明な雫が頬をこぼれ落ちて、掌の像を濡らす。「…有難うございます」 嗚咽に波打つ胸の合間から、鈴を振るような音で、小さな声が震えた。「有難うございまする───」 …これでよい。 なぜかは分からぬ。分からぬままにそう思い、勘助は心が冴え渡ってくるのを感じた。 これで、思い残すことはもう何もない。 存分に越後勢と戦い、蹴散らしてくれよう。 開け放した襖には朝の光が射し込み、初秋の風が涼やかに流れ込む。 出陣を前にしての、ほんのひとときの静謐な時間。それがまるで永遠に続くかのようで、勘助は目を閉じ、深く息を吐いた。END◇あとがき
2007.09.29
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ほんっとーに我ながら、書いても書いても想いが止まらなくて、こういう形に吐き出してしまうのには呆れてしまいます…ずっとPCに向かっている私にパートナーも、「ようそんなに何時間も飽きんなあ」と呆れておりました。もっともパートナーも、私が何を書いているのかは知りません。(汗)告白すると、今日の午後はチビふたり連れて近くのプレイルームに出かけていたのですが、その間ずっと携帯でこの話の前半を打っておりました…。PCならもっと早く打てるのに、とジリジリしながら。もう病気ですね、ホント、末期状態です。あうう。。ここで、読んで下さっている奇特な方々に謝ります。私は史実をまったく知りません。なので、松尾城にこもった真田勢を村上勢が果たして攻めたかどうかも知りません。どのくらいの月日、たてこもっていたのかも知りません。だから、このエピソードはホントにテキトーに作り出した妄想です。ゴメンナサイ。次回以降の本編で、つじつまの合わないことも出てくるかもしれませんが、許して下さい。とにかく、晴信に惚れたことを忍芽に告げる真田様が見たかった…。それだけなのです。私の拙い妄想にお付き合い頂き、本当にありがとうございました。。。◇妄想エピはコチラ
2007.08.19
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月のない漆黒の闇を、篝火が火の粉を散らしながら焦がし続ける。 夜襲を警戒しての戦備は今夜も解けず、蓄積した疲労が鈍く、幸隆の四肢を蝕んだ。 本曲輪の櫓から臨む闇の彼方に目を凝らせば、敵方の城郭にともる灯が、険しい山並みそのままに、遠く連なって瞬く。 砥石崩れの苦い敗走より、真田幸隆は主君・武田晴信の命を受け、同じ信濃先方衆である相木市兵衛の合力のもと、松尾城にたてこもっていた。 これまで敗残兵を追う小部隊との小競り合いは幾度かあったものの、恐れていた村上方の総攻撃はなく、真田勢はどうにか一息つくことを得たのだった。「───ここにおられたか」 声に振り向けば、いつしか相木が櫓の上まであがってきていた。その肉付きのよい頬にも、疲労の色が濃い。「…相木殿」「今宵はもう夜襲もあるまい。少し休まれては如何か」「なんのこれしき」 浮かびかけた笑みは途中で止まり、かすかに自嘲めいた色で、薄い唇の端に張りついて消えた。「これしきのことに耐えられんでは、勘助に合わせる顔がない」「……」 思えば、城にたてこもってこの方、相木と二人でゆっくり話せる機会とてなかったのだ。「相木殿。…村上は何故、攻め寄せぬのであろうな」 逸るなと諫めた武田家軍師・山本勘助の助言を、無視した形で砥石攻めを献策したのは、相木の強い勧めがあってのことだったが、もちろんそれを責めるつもりなど毛頭なかった幸隆は、気まずい沈黙に話題を変えた。「さあ…」「儂であれば、この機に一気に城を包囲し、総攻めを仕掛ける。目の上の瘤であり、喉元に突き付けられた刃でもあるはずのこの城を陥とせる好機を、何故みすみす見逃すのか───それとも」 まなざしを、再び闇の彼方へ向け、幸隆は言葉を紡いだ。「助かったと油断させておいて、奇襲をしかけるつもりなのか」「いずれにしても、油断はならぬということか」「あるいは、高梨との和議はほんの一時的なものに過ぎず、兵力を温存したいのか」「確かに、この城を陥とすにしても、かなりの損害を覚悟せねばならぬからの。…真田殿は、村上の手の内は知り尽くしておるであろう」「儂も、そう思っていた。が、…此度はどうも違ったようじゃ」 ざらざらした苦い味を奥歯に噛み締め、幸隆は呻くように呟いた。「儂が昔、村上と戦っていた頃から考えれば、武田家が勘助を召抱えたように、村上にも謀を得手とする家臣が現れていてもおかしゅうはない。そのことに思い至らなんだ、儂の不明であった。…それに」「それに?」 篝火にゆらめく火の粉がまるで、その向こうの暗い山城が陥ち、火の手があがったかのような錯覚を見せる。そう、それを現実としなければならぬ。そのための方策を、見極めねばならぬ。「…あの城は、外からは陥ちぬ」 それが、一番の誤算であった───幸隆は唇をきつく結んだ。 城にこもる守備兵を減らした上で、何倍もの軍勢で総攻めを行えば、難攻不落の山城といえどいずれ陥とせると安易に考えていた。 それが一月近く持ちこたえられ、城攻めに味方の軍勢が疲れきったところへ、村上の全軍が押し返してきたのだ。「内側から切り崩さねばならぬ、か」「そういうことだ」 それには、時間と、金が要る…幸隆の脳裡ひそかに光が走る。謀がひらめく際に明滅する、かすかな光。それを切らさぬようにたぐりよせ、しかとした策まで練り上げなくてはならぬ。 自らの考えに埋没し、押し黙った幸隆を所在なげにながめていた相木が、ふと身を返した。「───御方」 相木の声に幸隆は我に返り、薄暗がりのなかに妻の姿を認めた。「忍芽。…如何した」「如何したも何も、殿が起きておられるのに私ひとり寝むわけに参りませぬ」 凛とした妻のまなざしを受け止めて、幸隆は静かに微笑した。───殿、よくぞご無事で…! 報せは受けていたのだろう、真田勢が逃げ込んだとき城の守りは既に固められており、幸隆を出迎えた忍芽はただ幸隆の無事を喜んでくれたものだった。 己に全幅の信頼を寄せてくれる妻を、家臣たちを、何としても裏切ってはならぬ。「空き腹ではありませぬか。湯漬けなど持ってこさせましょうか」 傍らの相木にも目を遣りながら優しく問う忍芽に首を振って、「苦労かけるの」 思わずそんな言葉が口をついたのには、幸隆自身も驚いたことだった。「何をおっしゃいます。上州で浪人の妻として過ごした五年間に比べれば、これしきのこと、苦労とも感じませぬ」 苦笑する幸隆に、相木が口さがなく、「さすがの真田殿も、御方にはかなわぬと見える」「その通りじゃ。村上より何より、儂には忍芽が恐い」「ま。お戯れを」 声をたてて笑うのも、久方ぶりのことであった。 疲労と緊張に硬くはりつめていた身体がほぐれ、夜風が臓腑に染み渡る心地がする。「…儂はな、忍芽。討死していったあまたの将兵たちを思えば、かようなことを申すのは憚られるのだが───」 ほぐれた心に任せて、あのとき以来噛み締めていた思いが、不意に言葉となってこぼれた。「負け惜しみではなく、此度は負けて得たものも、儂にとっては大きかったと思うのじゃ」「…驕りを、戒められましたか」「それもある。が、…儂は、御屋形様のことを、ようやく真に分かったような心持ちがするのじゃ」 忍芽の美しい柳眉が、いぶかしげに寄せられる。志賀城攻めの際の非道な振る舞いを知って以来、忍芽は晴信に好感情を抱いていなかった。「勘助が儂を武田へ誘ったとき、御屋形様のことを天下にまたとない方であると、しきりに訴えたものであったな」「殿はその言葉を信じて甲府へ参られた。でも、実際には…」「志賀城攻めのときの御屋形様とは違う。あのとき御屋形様に何が起きていたのか、儂は知らぬ。ただ、上田原の戦いで板垣殿・甘利殿が討死を遂げられて以来、御屋形様は勘助の言う天下にまたとない御方になられた…いや、戻られたのだと思う」 幸隆は相木に視線を移した。幸隆の言葉を見守る相木の目にも、真摯な光が浮かんでいる。───ならぬ!そちは討死する気じゃ。 殿を申し出た幸隆の決意を、晴信は見抜いていた。失策を責めもせず、叱咤もせず、ただ幸隆の前に腰を屈め、同じ目線からじっと見詰めた、そのまなざしの強さ、深さ───「あのとき儂は、御屋形様に、心の臓を鷲掴みにされた心地がしたのじゃ」 再び闇に、見えない敵に目を凝らす。思い返せば熱い昂ぶりが胸の奥深くに湧き上がり、血がたぎるような心地に襲われる。「死んではならぬと言われて逆に、御屋形様のためならいつでも死ねると思ったのじゃ。変な話であろう」「…いや」 相木が低く、強く応えた。「変ではない。ちっとも変ではないぞ。───」 ふたりの武将の感慨を受け止めて、静かに忍芽がうなずいた。 薪のはぜる音が響き、火の粉が絶え間なく闇に散る。櫓の上に流れる穏やかな沈黙に、晩秋近い夜風がただ吹き過ぎていった。END◇あとがき
2007.08.19
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性懲りもなく…^^;それにしても、まあなんてベタベタな内容でしょう。表現くどいし。しかも文字数オーバーして、2分割しちゃうし。やれやれ。とにかく、デレデレとジジ馬鹿になってしまっている勘助様が理解できなくて、何でだろう、何であんなに四郎に入れ込むんだろうと考え続けた結果、こんなものを書いてしまいました…。・御屋形様が好き・由布姫に憧れて(?)いる・その間の子供だから当然好き・自分に子供が生まれていたら、という思い・自分を嫌う三条が嫌い、だからその子供も嫌い・それで余計に四郎に入れ込むまあそんな感じで、いろんな要因が重なったんだろうと思いますが…赤ん坊の目って、本当に蒼くて、きれいなんですよね。そんな純な目で一途に見られたことなんて、きっとこれまで一度もなかったに違いない。(きっと赤ん坊を抱いたこともなかったはず)かたや自分はこれまで、数々の汚れた所業に身を染めてきたわけで。罵倒されて、侮辱されながら生きてきたわけで。それで、救われた思いがしたんじゃないのかな…なんだか、そんな気がしてきたのです。かといって、勘助様を擁護する気にはなれないのですが(汗)やっぱりあんな姿は見たくない。勘助様には御屋形様一筋に、カッコよく謀略をめぐらせてほしいのです。そんなわけで、妄想が膨らんで、こんなモノを書き散らしてしまったのですが…書きながら思い出しました。私って、自分の惚れたええ男が、うだうだ苦悩するのが好きなんでした。まったく、どうしようもない趣味であります。書き始めた最初は、真田様を登場させるつもりはなかったのに~ホントは由布姫と勘助様の会話を考えてました。でも考えれば考えるほど、由布姫のイメージと実際の描かれ方がしっくりこなくて。「四郎を跡継ぎに」と望まない上に、なんだか夭逝しそうにないんですけど…。で、あちこちで罵倒されたり軽蔑されたり叱られたりする勘助様を、ひとりくらい労わってくれる人がいたっていいよな、と。そう考えたら、もう真田様しかいませんもの☆書いてて幸せでした♪ ああなんて煩悩な私…P.S.懺悔します。わたくし、これを書くために、ノベライズ第3巻の、前回放送分を読んでしまいました。続き、というか、目次の第何章だかに『真田の本懐』(違ったかも)とあるのがちらっと見えて、読みたくてかなわない気持ちを抑えるのが一苦労でした。真田様主役の回があるのだわ、そうに違いない、きっと。待ちきれないよ~。あうう。
2007.06.30
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「───勘助。勘助ではないか」 照りつける陽射しのなかを、黙然と重い足をひきずっていた勘助は、呼びかけにふと我に返った。「…真田様」 供の者を連れた真田幸隆が、馬上から勘助を見下ろしている。「いかがした、ぼうっとして。駿河へ参ったと聞いておったが」「真田様こそ、いつ古府へお戻りに」「うむ。この近くに屋敷を与えられたでな。古府に馴染むまでしばらく滞在せよとの仰せじゃ。要は監視であろうがの」 真田は磊落に笑い、勘助を誘った。「いかがじゃ。今宵、我が屋敷へ参らぬか」「いえ、それがしは…」「急ぐのか。また諏訪へ参るのか」 そうだ。諏訪へ───姫様と四郎様のお傍へ、早く戻らねば。 真田の言葉に、いてもたってもいられない思いが突き上げる。 そんな勘助を、しばし真田はじっと見、そして言った。「よし。ならば、今付き合え」「…は?」「甲斐見物じゃ。案内せよ」 従者の馬を勘助に渡させると、返事も待たず真田は手綱をぴしりと打つ。否応もなく、慌てて勘助は馬にまたがり、その後を追った。 川除普請を見たいとの真田の要望に、勘助は御勅使川の土堤まで馬を疾走させた。「洪水を避けるため、川の流れを変えたというのはまことか」 川面から吹く風が、汗ばむ膚に心地よい。流れのゆるやかな淀みに浮かんでは消える泡沫を見遣りながら、勘助は答えた。「石積で流れを分けて、勢いをそぐと聞いておりまする。御屋形様が家督を継がれてすぐに手をつけられ、まだ半分も終わっておらぬとか」「さようであろうな。十年、二十年とかけて行う大工事であろう。自然を相手にかようなことを考えられるとは、まこと恐ろしき御方じゃ」 川向こうをながめる真田の横顔を、勘助はちらりと窺った。 夏草が一面に茂った河原は広く、他に人の姿とてない。「まこと、御屋形様は素晴らしき御大将じゃ」「……」「金山の開拓にも力を入れておられると聞く。国土を守り、財を蓄え、四方の強敵に気を配る。その重責は並々ならぬものであろうな」 地方の一豪族に過ぎぬとはいえ、領主であった真田には、また違う見方があるのだろう。そう感心した勘助は、続く言葉に不審な目を向けた。「そちは何故、御屋形様のお傍におらぬ。とっくに傷も癒えたであろう。何故未だ諏訪から戻らぬ」「…御屋形様のご命令故」 真田は何を言いたいのか。訝しげに見つめる勘助だったが、真田のまなざしがまっすぐ己にあてられると、どことなく後ろめたい心持ちに顔をそらした。「…儂はな。人の心もこの川と同じと思うておる」「……」「吐き出さねば、堰き止められた思いが、いつか氾濫を起こす。ひとたび荒れ狂えば、誰も止める術を持たぬ」「……」「儂は新参者じゃ。新参者故、見えることもある。儂のような者の耳にさえ、いろいろ入ってくることもある。…そちは、御屋形様の、さような語り相手になっていたのではないのか」 思わず目を向けた勘助に微笑で応えると、真田はゆっくりと川に向き直った。 穏やかな清流のせせらぎの、絶え間ない響きのなか、真田の低い声が勘助の耳をうつ。「御屋形様がそちを遠ざけておるように見えるのが、儂の杞憂に過ぎねばよいがの」───その方が、由布も喜ぼう… 和子様に逢える喜びに気にもとめずにいたが、思い返してみれば、諏訪行きを命じた晴信の表情は不可解であった。「遠ざけられてなど…。此度駿河へ参ったのも、御屋形様のご意向なれば」「そちもじゃ」「…は?」「何か、堰きかねるものを抱えておるように見受けたが、いかがじゃ」 射抜くようなまなざしが、一瞬勘助を捉え、ふいと離れた。「抱え込めば、澱となって淀む。それが積もれば毒ともなろう。毒が氾濫すれば、己だけではない、周りすべてを巻き込もう」「……」「…儂は、聞くぞ」 清濁併せ呑む笑みが、その口許にのぼるのを、勘助はじっと見つめた。「そちのためには何も動かぬ。だが、いかなることでも、ただ聞こう」「……」「聞いた端から忘れてやる。だから、安心して何なりと申せ。…氾濫する前に、な」 真田の心遣いが、涼やかな風のように、胸に流れ込んでくる。 このまま、聞き上手の真田に、問わず語りに何もかもぶちまけてしまいたい。己の醜い欲望を、知らず湧き起こっていた黒い夢を。そんな衝動がある。 しかしそうはせず、ただ不意に目頭が熱くなる心地に、勘助は背を向け、空を仰いだ。そして、「…かたじけない」 ぽつりと、それだけつぶやいた。 真田は、それ以上何も言わなかった。二人の男はただ、それぞれの思いを胸に、黙然と佇んでいた。 諏訪へ戻った勘助は、半月ぶりに四郎をその腕に抱きかかえた。 赤子の成長は著しい。たった半月の間に、四郎の瞳には感情や意思がきらめき、勘助を魅了した。「ほんに勘助殿は、じいやのようでございまするな」 侍女のからかい口調も気にならぬ。その穢れなき双眸、奇異や警戒、嫌悪、侮蔑、己に向けられたさまざまな負の視線の対極にある、ただ純心な瞳の光に、己の邪念すら浄化される心持ちがする。 救われようなどとは思わぬ。ただ、既に初老にさしかかった己が身を思うとき、これから衰えゆく己のすべてを、この伸びゆく新芽のような和子様へ注ぎたいのだ。それが己がさだめと思えてならぬ。 姫様の命を救い、御屋形様の側室と為したのも、ただこのためではなかったか─── …辺り一面、白い靄が漂っている。 あまりの静寂に、己の足元すらおぼつかない。(ああ、また夢か───) 前にも、同じような夢を見た。どんな夢だったか。何か懐かしいような、恐ろしいような… 不意に、人馬のざわめきが、陣太鼓の轟きが、波のうねりのように押し寄せてきた。 忘れていた。そうだ、今は合戦の最中なのだ。剣戟の斬りつけあう音が、馬のいななきが、ここかしこに近く遠く響き渡る。 ふと、靄の向こうに、黒い人影が見えた。 武者姿のその人影に、例えようもなく惹かれるものがある。(御屋形様…) 背格好も、威厳を湛えた立ち姿も、御屋形様によく似て。(…いや、違う) 兜の陰に、顔貌はしかとは見えぬ。だが──────四郎様…! それは確かに、長じて家督を継いだ四郎の姿に相違なかった。 勘助の叫びに、若武者は、ゆっくりと顔をあげた… その瞬間。 肩の肉が、弾けた。 続いて腕が、腿が。 黒光りする、あの種子島の凶悪な銃身が数え切れぬほど、若武者へ狙いを定めている。 その前に立ちふさがる勘助の四肢を、小指の先にも満たない鉛の弾が、次々と抉る。 衝撃に倒れまいと足を踏ん張り、しかし不思議と痛みは感じなかった。(…お守りいたしまする) 肉が爆ぜ、血飛沫がほとばしる。(それがしが、お守りいたしまする───) 四郎が、晴信に似たその引き締まった口許が、かすかに笑んだのを、見た気がした。 何かしら恍惚とした心地のなかで、勘助はまぎれもなく、その日を夢見ている己を感じていた。END◇あとがき
2007.06.30
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白い草花が、一面に咲いている。 あたりは薄暗く、靄が立ち込めて、己の足場も定かとは見えぬ。 そんな仄白い闇のなかを数え切れぬほど、夕顔の花が蕭然と浮かんでいる。(ここは…何処だ) 歩もうとするが、ぬかるみにはまっているのか、足を持ち上げることができない。(あれは───誰、だ…) 娘がひとり、佇んでいる。遠目にもそれと分かるほど、腹を膨らませて。 ゆっくりと振り向いた娘は、はじけるような笑みを浮かべた。 不意に、人馬の気配がよぎる。ざわめき。いななき。風の音、矢が空を切る瞬間の─── 叫ぶ間もなく、娘はその場にくずおれた。 どうしたものか、先刻まであれほど動かなかった自分の体が、いつの間にか娘の真横に屈んでいる。(…ミツ…) その名は、泥の底からぽっかり浮かび上がった泡沫のように、口の端からこぼれ落ちた。 ミツがそろそろと、体を起こす。何かを抱えた両腕を、ゆっくりと伸ばしてくる。───勘助… 斬り裂かれたその腹から、朱に染まった両手に、血まみれの赤子を差し出して…───勘助の、子ォずらよ…─── 声にならない叫びを発して、勘助は跳ね起きていた。 荒い呼吸に、肩が大きく上下する。激しい動悸が胸を打つ。(…夢、か…) 何だ、あれは。…思い返すとあまりに生々しく、勘助は額を拭った。 べっとりと、冷たい汗をかいている。首筋に手をやれば、襟が湿るほどに寝汗をかいていた。 どういう意味だ、あれは─── ふらつく体をどうにか起こし、這うようにして縁へ出る。 外は薄暗く、東の方がぼんやり白みかけている。 そのまま庭へ降り立ち、井戸へと歩んだ。膝が、己のものとは思えぬほど、震えている。 汲み上げた水を、そのまま一気に頭からかぶせた。(儂の、迷い、か───それとも) 盛夏とはいえ、夜明け前の風は涼しい。濡れそぼった体はむしろ肌寒いほどで、井戸の縁に両手をついて体を支える。(儂の、醜さか…)───そちは、その己が強すぎるのじゃ。 数日前、断罪されるが如くに受けた罵声が、脳裏に甦る。 知らず左手があがり、さらけ出された見えぬ目に触れていた。あのとき、優美な形をした駿河国主・今川義元は、手にした扇子で眼帯を突付いたのだ。───忠節を隠れ蓑にして、それを人に悟られまいとしておる。それを隠す小賢しさを身につけておる。 醜い傷跡に覆われた、この見えぬ目こそが己の本性で、小細工でいくら隠そうとも隠しきれぬ、と… 水の滴り落ちる頭を、勘助は激しく振った。 儂は、間違ったことはしておらぬ。 亡き諏訪頼重殿が今際の際に、卑しきこの手を握り締めて懇願された、そのことは我が胸ひとつにおさめておけばよいこと。冥府の頼重殿には、どれほど罵られても甘んじて受けよう。 諏訪の領主には、甲斐のためにも、他ならぬ御屋形様と姫様の血を受け継ぐ四郎様こそふさわしい。 誰がそれに異を唱えられる。板垣様も、諏訪満隣殿も賛成し、御屋形様がお決めになったこと…───忠節を隠れ蓑にして。 再び甦った言葉に、勘助は身震いした。 それとも…これは、己の、欲なのか。大義を振りかざして、欲を隠しているだけなのか。 我が命とも思う四郎様、そう思うこと自体が欲なのか。 なぜこれほどまで心惹かれるのか、己にも分からぬ。分からぬが、愛しくてたまらぬ。赤子など、これまでただ煩い、足手まといとしか思えなかったものが。 あの曇りのない眸がじっと己を見上げるとき、その蒼い瞳に吸い込まれそうな心持ちになる。 あの白く、すべやかな頬に触れると、数々の悪しき所業に淀みきったはずの魂の奥底から、何かしら清しい思いがこみ上げてくるのを感じる。 あの、己と同じ人のものとは思えぬほど小さく、やわらかな手が、己の服をつかみ、指先を握る、その弱々しくも確りとした力に、胸がうち震える。 生まれてこの方、何の見返りも望まず、これほどまで慈しめる存在に出逢えたことはない。全身全霊をかけ、一命を賭しても守りたいと願う。 それもみな、心より敬愛してやまぬ御屋形様と、誇り高き姫様の和子様なればこそ。 ああだが、もし…もしも我が子がこの世に無事生れ落ちていたならば、同じ思いを抱いたのであろうか─── 頭をかすめたそんな疑念に、勘助は慄然とした。 もしや儂は───生まれることあたわなんだ儂の子を、四郎様のなかに求めているのか… そんな莫迦な。さような恐れ多い存念など抱くはずが、それこそ己が欲ではないか…(人を信用できぬ者は、己の欲にしがみつくものじゃ) 不意に思い出す。はるか昔、家督を継ぐ前の北条氏康が、さびれた漁師小屋で語ったことがあった。(怨みもまた、人の欲に過ぎぬ。欲にしがみつく者、また平然と人に媚びへつらう) まるで忘れていた。そんな風に諭された昔など。 欲の姿こそ違えども、儂は怨みに憑かれていた浪人の頃と、何も変わっていないというのか。───…それが、そちの醜さじゃ。「違う…!」 唇を震わせて、勘助は叫んでいた。 仮に己の欲であったとしても、御屋形様のお決めなされたことだ。甲斐の、武田家のために、相違ないのだ。「儂は、間違ったことはしておらぬ…」 己に言い聞かせるようにつぶやき、勘助は拳を握り締めた。 その日躑躅ケ崎館へ伺候し、事の次第を報告し終えた勘助は、庭から聞こえた気合の声にふと惹かれ、足を向けた。 声はまだ幼い。果たして、晴信の長子である太郎が、庭の一角で傳役の飯富から剣術の指南を受けていた。 何故かは分からぬ。気付くと、物陰に身を隠していた。 太郎をながめる己の視線が、知らず険しくなる。 一心に剣を習う武田家お世継ぎの逞しくも微笑ましい姿に、妙にささくれ立つ心持ちになるのは何故なのか…「…勘助」 あまりに凝視しすぎたか、飯富に見咎められてしまった。 警戒と疑惑の面持ちで、寅王丸が件を問い質す飯富から、逃れようと立ち去りかけたとき。「───お待ちなさい」 冷ややかな、凛とした鋭い声が降ってきた。 勘助は、この正室が苦手であった。 三条の方の全身から、勘助を拒絶する気が発せられている。 側室に近い者を好かぬという理由の以前から、三条が向けてくるまなざしは蛇蝎を見るが如くであった。 三条を見る度、ざらざらした苦い思いが胸に湧く。 義母のようだ、と… 自分とその実子の幸せを、勘助が土足で踏みにじり、壊そうとしていると言わんばかりの、冷淡かつ嫌悪のまなざし。 今もまた、その場に控える勘助を見下すように睨めつけて、三条は念押しした。「忘れてはならぬ。武田家の嫡男は太郎じゃ。四郎も寅王丸も、いずれ太郎を支えねばならぬ大事な身じゃ」 分かりきった話である。当然のこと… ちらりと太郎をうかがい見た勘助は、その瞬間、胸に湧いた黒い思念に、我知らずハッとした。 だがそれを表情には出さず、「心得ておりまする」 平然と答えた。「そんならもうよい。下がれ」 三条の声音は最後まで厳しく、張り詰めて、蔑むような響きで胸を刺す。 三条には見えるのであろう、この己の醜さが、いかに隠そうとも隠しきれぬ醜い心が… 遣り切れぬ思いを抱えて、勘助は館を後にした。CONTINUED◇続き
2007.06.30
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武田行きに逡巡する真田様の妄想から離れられず、なんと15年ぶりくらいにパロディ書いてしまいました!ああ恥ずい~~我ながらなんてアホなんだか。。。河越夜戦は旧暦4/20だったらしいので、勘助様が介抱されてたのは4/20~末の間。となると月はホントは下弦の月あたりなんだと思うけど、でもでもどうしても深夜月明かりの中考えに耽る真田様って図が書きたくて、思いっきりムシしちゃいました。(ていうか、書いてから調べて冷や汗かいてたりして…)十六夜の月ってなんか語感がいいし、ためらいのイメージで、ピッタリ。ああでもこんなのはホントは許されない。ごめんなさい~~それにしてもホント、こんなに煩悩が炸裂したのは久しぶり。心地よい疲労感、ていうか、どーすんだ明日、いや今日の仕事!!まったく風林火山には困ったもんだす。とにかく今から寝ます。ZZZ…
2007.06.22
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十六夜の月が、中空に浮かんでいる。 朧に霞んだ晩春の月の光が、静かに離れの庭の砂利をうす白く染め上げている。 そのやわらかな光はしかし、心の奥底までひそかに射し込み、臓腑をさらけ出させようとするかのようだ。 縁側に座って腕を組み、幸隆は独り自問を繰り返していた。(この儂は、いかにすべきか) その迷いをもたらした男は、閉ざされた襖の向こうで、深い眠りから未だ醒めない。(我が郷へ還るために、何処へ往くべきなのか) いかに逡巡したところで、理屈では答えはもう見えている。ただ、心が許さないだけだ。だから月の光がこんなにも、覗き込むかのようでうしろめたい。 夜は、刻一刻と更けていく。 不意に夜風が一筋、暗い木陰から項を吹き過ぎて去った。 そのなかに一瞬、血生臭い匂いを嗅いだように思ったが、気の所為なのは分かっている。あの男からしとどに滴り落ち、この身も濡らした夥しい臙脂色の血、その臭いが鼻腔に染み付いて離れないのだ。 錯覚は連鎖的に、記憶を膚に甦らせる。あの血に染まった手のぬるついた感触、無我夢中で木陰に引きずり込んだ、あの弛緩した四肢の重たさ… ふと振り向いたが、襖は固く閉ざされたままだった。 何故助けたのか… そんな疑念が頭をよぎる。 命を救おうとしたその時点で、自分は既に心を決めていたのだろうか。───なぜそのような者を連れて戻られたのです。 妻の硬い声音が耳に甦る。───戦場に捨て置くわけにもいくまい。助かるかどうかも分からぬ。───ならば捨て置けばよかったのです。 賢い妻、忍芽は、既に幸隆の迷いを見抜いていたに違いない。畳み掛けるように重ねた。───所詮、武田の者ではありませぬか。あの頃の勘助殿とは違います。 山本勘助。隻眼跛行の、異相の浪人。 そう、幸隆の知っていた勘助は、しがない浪人だった。 十年前、初めて出遭ったときは、身重の妻を殺された怨みに、武田への復讐心をたぎらせていた。「怨みは使いこなすことが肝要じゃ」 年長の不遇な浪人に、幸隆はそう諭したのだ。己の言葉が今、自身を突き刺すとは夢にも思わず。 勘助は、己の怨みをどう操ったのか。あの戦場で、自分のことはあまり語らなかった。語らせる時間もなかった。───申し訳ござりませぬ…! 五年前に松尾城を落ちのびた、その峠道に勘助は平伏して待っていた。再会したその姿は変わらず浪人姿だったが、ともに行くかと訊ねると、困惑した眼になったのを覚えている。 あのとき既に、武田に入る決心をしていたのか。三年前、偶然潜伏先で出遭った平蔵は、勘助が武田に仕官したと語った。 そして今、勘助はこの自分を誘っている。村上を使ってあの懐かしい真田の里から自分を追い遣った、武田家へ。「それがしは、軍師にござりまする」 兵法の奥義を会得し、軍配の道を極めたいと語った、その夢を叶えたのだ。怨んでいたはずの、武田家で。「御屋形様にお逢い下され」 あの勘助に、一体何が起きたのだ。そこまで変心させた武田晴信とは、一体どういう武将なのだ。 興味は湧く。が、それだけでは怨みを消すことはできない。自分だけの思いではない。忍芽の父は武田に敗れ、討ち死にした。 儂は儂の怨みを、何処へ持ってゆけばよいのか───「まだ起きておられたのですか」 不意に、暗がりから妻の声がした。 眼を向けると、月明かりのもとに忍芽のすらりとした姿が現れた。 さすがにこの五年間の浪人暮らしにやつれてはいたが、凛とした気品を湛える美貌は変わらない。「うむ…」 そのまなざしに、胸中を見透かされるようで、言葉を濁す。「源太郎も徳次郎も、よく眠っておりまする」「さようか。…勘助の具合はいかがじゃ」 忍芽の顔色が硬くなる。「…まだ目が醒めませぬ。熱も高く、よくうなされておりまする。和尚様が、このまま熱が下がらなければ、明後日頃には成仏するやもしれぬと申されておりました」 勘助が死ぬ。勘助が死ぬ、か… 旧知の人間が亡くなる侘しさは心の隅に追い遣り、あえて理知的に考えようと試みる。 勘助が助からなければ、武田との誼もなくなり、迷う必要もないのだ。 だが、上州に逃れた関東管領に再び頼ったところで、もはや我が郷には戻れまい。 仇敵、村上に降ることだけは、何があろうとも出来はしない。 北条…あの見事な戦上手、心は惹かれるが信濃には遠い。和議を結んだ武田を越えてまで触手はのばすまい。 浪人でいては何も出来ぬ。武田、か───武田しかないのか… ふと気付くと、忍芽のまなざしがじっと己にあてられている。「そういえば…今思い出したのだが」 そらすように話し出す幸隆に、忍芽がいぶかしげな表情になる。「昔、山伏に聞いた覚えがある。葦毛の馬の糞を湯に溶かして飲ませると、どんな傷でも癒えるということじゃ」「馬の糞…」 悪戯っぽい幸隆の笑顔に、忍芽もつられて笑みを浮かべる。「どうせ長くない命なら、試してみるのもよかろう。すまぬが明日こしらえて、勘助に飲ませてやってくれ」 すべての鍵は、勘助が握っている。その命にこの決断を託そう。そう思うと何かしら安堵した心持ちになり、幸隆はようやく腰をあげた。 翌朝のことだった。誰か訪ねてきた気配に居室を出ると、風采のあがらない一人の男が、忍芽に連れられて離れの廊下を歩いてくる。 半士半農といった風情で、頭をかきかき、やたらと恐縮している。「殿、以前勘助殿の家来が訪ねてきたと申しましたでしょう。そのときの家来でございまする」「太吉と申すでごいす。旦那様の行方が知れんもんで、もしかしたら何かご存知なんじゃねえかと来たァでごいす」 無骨にそう話しながら、太吉の目は潤んでいた。「大怪我した旦那様を助けて頂いたと、お方様に今お聞きしたでごいす。ほんに、なんとお礼を言うてよいやら…有難いこってす」「まだ助かったとは限らぬ。今日明日が峠じゃ」 その言葉に、太吉の顔が歪んだ。感情がすぐ露になる。こんなにも慕っているのなら、勘助はきっとよい主なのだろう。「折角ここまで連れ帰ったのじゃ、簡単に死なせはせぬ。…忍芽、例の薬はもう作ったのか」「いえ、取りに行こうとしていたところでした」「ちょうどよい。この者にも手伝ってもらうがよかろう」 忍芽がおかしそうな顔をした。太吉はきょとんとしている。 夜、横たわる勘助の側から離れない太吉を、幸隆は酒を手にねぎらった。 太吉はひたすら恐縮して杯を受ける。「そちは勘助には長く仕えておるのか」「へえ、旦那様が武田家へ仕官なさってすぐ、お世話させて頂いておりますだ」「というと、何年になる。三年…四年か」「へえ、だいたい四年半前になりますだ」 ということは、やはり五年前に再会した後間もなく、勘助は武田に入ったのだ。 「だけんども、旦那様と初めて知り合うたのは、もっと前ですだ。もう十年以上前になりますかのう」「ほう。それはいかなる縁じゃ」「旦那様は他所から流れてきた浪人で、わしらもただの農民でごいした。わしらの村にいた女子が乱捕りされるところを、旦那様が助けただ。旦那様とその女子は夫婦になったずら。その女子はわしには家族みてえなもんでごいした」 成程、太吉は平蔵と同じ村の出だったのか。 ほろ酔い加減の太吉は、次々と語った。幸隆の知っていたことも、知らなかったことも。 葉月が捉えた伝兵衛という武田の間者が、勘助の義兄にあたることも。 あの平賀源心が敗れた、海ノ口城での出来事も。「そんとき、わしらはてっきり、旦那様が御屋形様に討たれると思ったでごいすよ。旦那様もきっと覚悟してたずら。だけんども、御屋形様は斬らなかったんじゃあ。刀を振り下ろしたのに、斬らずに首根んとこで止めたんじゃ。そんだのに『山本勘助が首を討ち取った』と言われたんじゃ」 傍らで昏睡する勘助の、閉ざされた瞼に、語らぬ口許に、幸隆は目を落とした。───御屋形様に、お逢い下され。 熱を帯びた声音が耳に甦る。 そうか。そちは、討たれたのか。武田晴信に、心を、怨みを討たれたのだな。 儂が使いこなせと言った怨みを、武田晴信は討ち取ったのだな…。 隣では、太吉がいい調子で酒を舐めながら語り続けていた。「わしみてえな者には御屋形様のお考えは分からんずら。でも伝兵衛やんが言うとっただ。あんとき、旦那様は誰かを庇ってたって、御屋形様が板垣様にそう言われたらしいずら。矢を射掛けたのは別のもンで、旦那様はそれを庇ってわざと討たれに出てきたらしいずら」「…平蔵は息災でおるかのう」 思わずもらしたつぶやきを、太吉がへい?と聞き返したが、幸隆は黙ったまま太吉の杯を満たしてやった。 それから数日後。「熱が下がってきて、顔色も良うなった。これならもう間もなく目覚めるであろう」 晃運字伝の診たてに、幸隆は胸を撫で下ろした。 勘助の息遣いは、安らかなものに変わっていた。時折眼球が瞼の奥で動き、覚醒の近さを予感させる。 傍らでは、忍芽が硬い表情をしている。───甲斐へ、往く。 その前の晩、胸に秘めた決意を、苦難を共にしてきた妻に、ついに幸隆は告げたのだった。 既に見抜いていたのだろう、忍芽は感情を高ぶらせることなく、「何故にございまするか」と訊ねた。「武田は敵にござりまする」「真田の地を奪ったは村上。その村上を倒して我が地を取り戻すには、もはや武田しかない」 それに、と幸隆は重ねた。「儂は、逢うてみたいのじゃ。武田晴信という武将に」 一旦決めたら梃子でも動かない夫の性格を、忍芽もよく分かっている。ただ冴えたまなざしで、幸隆の決意を跳ね返した。「勘助殿が息を吹き返したなら、考えましょう」「あやつはしぶとい。儂を連れて帰るまでは死ぬまい。何しろ八万の大軍のなかに、たった一人で儂を探しに乗り込んできたのだからな」 含み笑いをする幸隆を、忍芽は呆れたように睨みつけたのだった。 武田に降ったところで、真田の郷にすんなり帰れるとは思わない。それでも希望はある。村上と幾度も合戦を交えている自分なればこそ、武田と村上の戦が始まれば先陣をきり、我が領地を奪回してみせよう。 そう力説する夫が、忍芽の目にはどう映ったか。 今また、納得したとは到底言い難い顔色の忍芽をながめ、幸隆は思わず笑みを浮かべた。「殿」 たしなめるように忍芽が呼びかける。「いや、…あの状態から持ち直すとは、あの臭い薬が効いたのかもしれぬな」 その言葉に、傍らで太吉が大声で笑った。笑いながら泣いている。 幸隆も、久しぶりに声をたてて笑った。 逡巡は切れた。流浪と怨恨の日々は終わったのだ。幾度欠けても必ず生まれ変わる月のように、また新たな日々が始まり、そしていつか再び、望月のごとく輝ける時代を築いてみせる。 開け放った襖から、爽やかな薫風が吹き過ぎていった。END◇あとがき
2007.06.22
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