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6月27日の日記「ゲシェDの1Dayコースとトンレン瞑想(前編)」の続きです。 カセットテープの2面は<Opening the heart meditation心を開く瞑想>。こちらはトンレンである。一般的なトンレン瞑想は、他者の苦悩を黒煙としてイメージして吸い込みながら負のカルマを引き受けて、白光をイメージして吐きながら自らの幸福の因や功徳を与えるというものである。このガイド瞑想では更に、自らのエゴを心の真ん中に居座る黒い岩としてイメージして行うので、初心者の方でもやり易いと思う。始める前に説明が入った。他者の苦悩をイメージして自分に取り込んだら、ますます自分の苦しみが酷くなってしまうのではないかと尻ごみをする方もいるのだけれど、実際にはそんなことはない。逆に自らの心を開き広くもつことで心は軽くなるのだ、と。まず1面同様に、意識を呼吸に向けて、呼吸に集中することで自分の内面に集中してゆく。他者の苦悩を黒い煙としてイメージし、息を吸うたびに吸い込んでゆく。病気、戦争、飢餓―様々な種類の苦しみに喘ぐ人たちを想像しては、彼らが苦痛から解放されることを願いながら黒煙を取り込んでゆく。もしくは、自分が直面している問題と同様の問題を抱えている人たちをイメージして行う。その人たちの抱える悲しみ、怒り、絶望―負の感情や負のカルマを黒煙として吸い込んでいると想像するのだ。自己中心的で利己的な心は、心の真ん中に居座る黒い岩石としてイメージする。吸い込んだ黒煙は、心の真ん中に在るエゴの黒岩にぶつかり、岩は粉々に砕け散る。すべては、消えてゆく姿。仏教の「空」を思い、負の要因が消えてゆく様を想う。そうして健康、幸福、英知、功徳―祝福の白い光をイメージして、呼吸とともに吐き出してゆく。黒いエゴ岩が砕けるときに飛び散った火花も白光に吸い込まれ、ますます美しく輝く白光を他者に与え続ける。その白光は幸福の因であり、慈愛と慈悲の心だ。吸い込んだ黒煙で、自分の心にあった黒岩は砕け、白光を吐き出す。受け取った他者の苦悩で、エゴの岩は粉々に砕けて、幸福の因、慈悲を代わりに与えると想像し続ける。遂には心の真ん中に居座っていた黒い岩石は跡形もなく消え去り、自らの全身も白い光に包まれている。これは最もパワフルな癒しの瞑想である。これを自らの苦痛や問題を利用してやると効果的だ。たとえば頭痛に悩まされているのなら、全世界の頭痛に苦しんでいる人たちをイメージしてやると良い。世界中の頭痛持ちの痛みを自分に取り込んでゆく。この痛みを自分が引き受けるから、彼らが痛みから解放されますように、と強く願いながら。日常で遭遇する些細な問題から大きなものに展開してゆくと良い。自らの問題に押し潰されてしまうのではなく、喜んでそれを受け入れることで、心は強くなり軽くなり、逆に平和になるから。この心的トレーニングを重ねてゆくことで、精神力はどんどん強くなってゆく。この瞑想法は、人生で起きる全ての問題や困難さえ、心を鍛えるための精神的修行にしてしまう。これによって、癌でさえ自らの心を覚醒させるための貴重な尊い体験、得難い転機となりうるのだ。トンレンを続けることで、心は平和に、寛容になってゆく。以上が、このテープの瞑想の概要でした。私もトンレン瞑想は習慣的にずっとしているのだけれども、十数年ぶりに(苦笑) このカセットテープを使ってしたガイド瞑想はやはり素晴らしかった。トンレンは、まさに「里の行」だ。昔、不妊治療でトンレン瞑想をしていたころのことを思い出した。オーストラリアに移住して数年後に自分たち夫婦は不妊症の問題を抱えていることを知った。けれどそれは当時も別段珍しい話ではなくて、欧米では一般に6組に1組がその問題で悩んでいると言われていた。それでも不妊治療をしていると、だんだんと「自分だけ…」みたいな被害者意識に苛まれてくる。周りを見れば可愛らしいお子さんを連れたファミリーが大勢いて、通りに出ればベビーカーを引いた女性や、大きなお腹を抱えた妊婦さんの姿ばかりが視界に飛び込んできた。誰も彼もが(あ、男性には無理がありますが)簡単に妊娠して、子どもを産んでゆくような気がしたものだ。とりわけIVF(人工授精)でホルモン注射や尿検査、超音波検査を重ねて採卵手術を受けて、やっと授かった受精卵を子宮に戻して―2週間待ち続けた後に、それが妊娠に繋がらなかったと知ったとき―嫌でも心がぐぅ~んと沈んでしまうのだった。そんなときにトンレン瞑想をしていた。結跏趺坐を組み、といいたいところだけど胡坐を組んで、呼吸に意識を集中して瞑想を始めた。自分の周りに、夫や自分たち同様に、子供を授かりたいのに授かれない人たちをイメージする。その人たちの哀しみ、失望、焦りを想像していった。今回もまた失敗して落ち込んでいる自分の哀しみや授かりたかったという思いを、暗いエゴ岩としてイメージした。そうして彼らの苦悩を、どんよりした暗い煙を吸い込んでいった。自分と同じように不妊症で苦しんでいる人たちの思いを一心に想像しながら、自分の中に取り入れていった。彼らの苦悩を自分が引き受けますから、どうぞ皆がこの問題から解放されますようにと願いながら。黒煙は、私の心の真ん中に居座っていたエゴの黒岩にぶつかって、それを粉々に砕いてしまう。小さいけれども頑強な自分の暗い想い。心に広がっていた哀しみや失望も粉々に砕かれては消えてゆく。彼らの哀しみも自分のそれも、砕けたときに飛び散った光の火花も、すべて慈悲の白光に吸い込まれてゆく、と。その美しく輝く白い光を今度は彼らに向けて吐き出していった。白光は完全な癒しの光であり、祝福の光であり、慈愛の光だ。この光を受け取ることで、皆が一日も早くこの問題から解放されるようにと、強く願いながら。誰もが赤ちゃんに恵まれますようにと、心から祈りながら。たいてい最後には号泣していて、瞑想を終えたときには心はずいぶんと軽く、前向きになっていたのだった。ほとんど清々しいくらいだった。もちろんこの瞑想をしたからといって、誰かの不妊症が私に乗り移って、夫と私の問題が余計に酷くなるというわけじゃない。どこかの夫婦の不妊治療が成功するというわけでもない。だけど確実にトンレンは当時の私が、自分だけが・・・みたいな被害者意識に苛まれてしまうことを防いでくれた。心が問題に圧倒されて、押し潰されてしまうのを助けてくれたのだった。それどころか、ちっぽけな自分の無意味な問題に、意味を与えてくれたのだった。当時の自分は、子どもは自然にできるものだという観念が強かったので、どうしても自分たちの問題に意味が無いような気がしてしまっていたから。だけど自分が不妊治療を経験することで、同じような問題を抱えている人たちの負担が軽くなるのなら、自分の失敗や苦痛にも意味があるように思えてきたから。それが錯覚や思い込みに過ぎなくても、確実にこの考え方は心を軽くしてくれた。心を守ってくれたのだった。ゲシェDがよく言っている。「自分の心をハッピーに保ちなさい。心を暗い考えや想い、想念から守りなさい」、と。実際トンレンは、私たちの心を守るための最もパワフルな瞑想法だと思う。ゲシェDの「トンレン」に関する1日コースは9時から始まって5時半ごろに終わった。トンレン瞑想から始まって、ゲシェの教義。ベジタリアン料理のランチを挟んで、午後にはトンレンをテーマにした討論会、それからまたゲシェの教義だった。この日のトンレン瞑想は、ここで紹介したものよりも少し複雑で仏教的なものだった。けれどエッセンスは同じだ。その日の明け方に見たスピ夢―「His Holiness Dalai Lama is my Guru」と言い切った夢のエネルギーに包まれたまま参加した「トンレン」の1日コースは、トンレン行で慈愛と慈悲の心を培おうと努めた1日になった。お陰で夢のエネルギーを損なうこともなく、というか帰るころにはむしろ朝来たとき以上に強くなっていた。さぁて、今夜はどんな夢が見られるだろう? 夢見をますます楽しみに帰路についたのだった。「にほんブログ村」に参加しています。ポチっと応援クリックをどうぞよろしくお願いいたします。にほんブログ村 この不妊治療の経験から生まれた小説が『Tamago―39歳の不妊治療』でした。Kindle電子書籍 \790単行本 \1296 [マックあつこの著書]『Tamagoー39歳の不妊治療』えっ、不妊症!? ミラー月子はたまご時計に急かされながらベイビーを夢見て先の見えない旅に出た。メルボルンからアラフォー妊活小説『Tamagoー39歳の不妊治療』 Kindle電子書籍『Tamago』 単行本『インスタント・ニルヴァーナ』もしもあなたの大切な人がカルトの罠に嵌ってしまったら? マインドコントロールの鎖は密かに繋がれてゆく。サスペンス長編3部作『インスタント・ニルヴァーナ 上巻』 Kindle電子書籍『インスタント・ニルヴァーナ 中巻』 Kindle電子書籍『インスタント・ニルヴァーナ 下巻』 Kindle電子書籍[Ako Mak 英語の著書]『Someday, IVF at 39』‘Someday, IVF at 39’ ―poignant, humorous and mysterious― a cross-cultural odyssey for motherhood.『Somedsay, IVF at 39』 英語版Kindle電子書籍『Someday Baby: IVF at 40』単行本[マックあつこのHP]マックあつこのHP Ako Mak HP
2019.06.29
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6月15日の日記「サカダワ入り前に、ダライラマ法王の夢」の続きです。もう1月も前の話になってしまうけれど、5月26日の明け方に見たダライラマ法王の夢の余韻に包まれたまま、ゲシェⅮの1Dayコースに参加するために地元のチベット仏教寺院に向かった。ゲシェⅮの講義には毎週参加しているのだけれど(今はツォンカパの『LAM RIM CHEN MO菩提道次第広論』を勉強しています)、1日コースに出るのは久しぶりだった。今回のテーマは「トンレン―The Giving and Taking practice」。 トンレンTonglenとは、チベット語で「与えること」と「受け取ること」を意味する。いわゆる、ギブ&テイク。だけど一般にいう、あげて頂いて、お互いにWinWinのフェアな関係ね、というのとはちょっと違う。 誰に何を与えて何を受け取るかといえば、(自分の利益とは関係なく)生きとし生けるものに自らの幸福を与えて、代わりに彼らの苦悩を受け取るのだ。慈愛と慈悲の心を培う、チベット大乗仏教の重要な瞑想法である。 ゲシェDはまず瞑想について話をされた。 瞑想をしていると、次第に心がリラックスしてくる。毎日続けてゆくうちに平和で、喜びにあふれ、澄んだ心の状態が現れる。その心の状態は自分だけでなく、他者にとっても有益な精神状態である。 私たちは瞑想行で慈愛と慈悲の心を培うことができる。そうして得られた利他的な心こそ、仏陀の教えであり、最も貴重な心の状態であって、何物にも代えがたい内的財産である。 生きとし生けるものは、本質的に、誰もが幸福を求めている。誰もが苦難や苦悩を避けたいと願っている。だからこそ慈愛と慈悲の心が自分にとっても、周りの人たちにとっても重要になるのだ。 まずこの事実をしっかりと認識する必要がある。 例えば、理想のパートナーを見つけたとする。けれど果たして、相手がどれほど幸福の因として頼りになるものなのか?理想の仕事につけたとしても、それがどれほど永続的な幸福の源となるのだろう?より多くの友人をもつことが幸福の因になると思っていても、実際は単に人間関係の問題が益々増えただけかもしれない。 それは果たして、真の幸福の因なのか、永続的な幸福の源なのか、それをまずきちんと識別する英知が重要になってくる。 外的な幸福の要因は、内的なそれに比べ、遥かに脆いものだ。本当は自ら培った慈愛と慈悲の心こそが、人生で最も信頼できる真の友なのだ。 だからこそ日々の生活の中で慈愛と慈悲の心を培う必要がある。そのための瞑想がトンレンであり、大乗仏教の大切な瞑想行なのだ、と。 私がトンレン―The Giving and Taking Meditationを初めて体験したのは20年ほど前だった。このチベット仏教寺院のブックショップで見つけたガイド瞑想のテープが切っ掛けだった。 それを初めて試したときには、英語の聞き間違えかと思ったものだ。ニューエイジ系仏教系に関わらず、それまで試した瞑想の大半はリラクゼーション系のものだったから。 たいていは呼吸に意識の焦点を合わせて、イメージする。息を吐くときには疲れやストレスが黒鉛となって吐き出され、息を吸うときには白い光を吸い込み、その光で全身がゆったりとリラックスしてゆく、と。 ところがこれは、他者の苦しみを黒煙としてイメージして自分の中に取り込んでゆき、吸い込んだら今度は自らの幸福を白光としてイメージし、息を吐き出しながら他者に与えてゆく、というものなのだから。 え、何それ・・・? マジ・・・ですか? 英語のヒアリング・ミスかしら? でもやってみたら、涙が止めどなく溢れてきた。そうして瞑想を終えたときには、驚くほど清々しい気持ちになっていた。今までの瞑想とは比べようもないほど、パワフルな瞑想ができたのだった。 トンレン瞑想自体は行の中で習慣的に続けているのだけれど、このカセットテープを使っての瞑想はもう何年もしていなかった。これを書きながら思い出して、本棚や引き出しの中を引っ掻き回してカセットテープを探してみた。果たしてそれは本棚の下段、棚の中の単行本や文庫本、CDやカセットテープやらが乱雑に押し込まれた奥の奥にあった。 『Meditations for Developing Compassion』by Pende HawterSide1 – Loving-kindness meditation 慈愛と慈悲の瞑想。Side2 – Opening the heart meditation 心を開く瞑想―トンレン瞑想。 改めて見てみると、「The Karuna Hospice Service」とカセットテープに記されている。ホスピスで催されたガイド瞑想を録音したテープらしい。やっと見つけたので久しぶりにやってみることにした。 まずは1面の<Loving-kindness―慈愛と慈悲の心を育む瞑想>から。これはトンレンではないのだけれど、やはり慈悲の心を養う瞑想法です。このカセットテープに入った瞑想のリンクが見つからなかったので、参考になることを願ってせめても概要を説明します。 まずは意識を呼吸に集中することで、心を静かに、平和にしてゆく。 意識を身体に向けて、全身をスキャンしてゆく。緊張のある部分を感じたら、息とともに吐き出し、ほぐし、リラックスさせてゆく。 頭上に白光、目映く光り輝く光の玉(仏陀でもキリストでも自分にとってスピリチュアルな存在があれば、それ)をイメージする。それは癒しの光であり、完全な慈愛と慈悲のエネルギーである。 その温かい光が顔、首、背中へと広がってゆき、完全に全身を満たしてくれると想像する。心配、問題、悲しみ、すべての負の想念や感情も癒され、白光に吸い込まれて、すべての問題が消えてゆく。そうして力や能力、愛と勇気に満たされ、心は完全にオープンになってゆく、と。 自分にとって愛しい人、大切な人を思い浮かべて、心の真ん中からその白い光を送る。家族や友人、親戚の人たちも。彼らが苦悩や問題から解放されて、幸福とその因に恵まれるようにと願いながら。 次いで、自分と対立する相手や嫌いな人、いわゆる敵を思い浮かべる。そうして大切な人同様に、彼らにも光を送る。私たちが嫌いな人たちも、私たち自身や友人同様に、幸福を求め、苦難を避けたいと願っているから。彼らもやはり愛情や思いやりを必要としているから。 周りにいる病気の人たちを思い浮かべる。癌やエイズや肉体的に病気の人、鬱病や神経症や心を病んでいる人たち。日本中の、世界中の病院にいる患者さんたちを思い浮かべて、彼らの全てに光を送る。彼らが病気や苦痛や問題から解放され、癒され、幸福とその因に恵まれるようにと強く願いながら。 世界中で貧困や飢餓に苦しんでいる人たちを思い浮かべて、光を送る。彼らが食事や物質的豊かさに恵まれて、苦しみから解放されるようにと強く、強く願いながら。 世界中の孤独な人たちを思い浮かべる。現代社会では多くの人たちが慢性的な孤独感や憂鬱感に苛まれている。一人暮らしの老人たち、寂しさ頼りなさに圧倒されている人たちを思い、彼らの孤独や痛みを自分のそれのように感じ想像してみる。そうして彼らが苦痛から解放されるよう強く、心から願いながら光を送る。 世界中で紛争や戦争に巻き込まれている人たち、基本的人権が日常的に侵されているような国に住む人たちを思い浮かべる。彼らが日々の暮らしの中で感じている恐怖や不安を想像してみる。彼らの苦悩を思いながら、光を送る。 今度は独裁者や支配者の方にも、同様に光を送る。彼らも私たち同様に慈愛と慈悲の光を必要としているから。 刑務所の囚人たちを思い浮かべる。してはいけないことの理解が足りず、塀の中に閉じ込められている人たちもやはり光のエネルギーを必要としているから、彼らにも光を送る。 最後に、自分自身に。自らの心から光が出て、ブーメランのように戻ってくる、とイメージする。自分自身を心から愛して、自身の弱さや欠点も受け入れる。自分の欠点や弱点を受け入れられずに、他者のそれを受け入れることなどできないから。 他の人たちも自分同様に苦しみたくないと、幸せになりたいと願っていることを心から理解する。そうして他者に心を開くのだと、強く決意をして、瞑想を終える。 この瞑想を初めてしたとき―嫌いな人に光をってところで、早くも心が抵抗してしまったものだった。 え~、せっかく心が良い感じになってるのに…何もわざわざ嫌な奴のことを思い浮かべたくはないかも…、とか。 だけどそれぞれの人たちの思いを想像しながら続けるうちに、世界中の孤独な人たち・・・の辺りで、ほろりとしてきた。最後の刑務所の・・・を思い浮かべるころには、もはや号泣していた。 もちろん私が光を送ったからといって、病に苦しむ人たちが幸せになるわけでは全然ない。お腹を空かせた人たちのお腹が満たされるわけでも、全くない。だけど瞑想を終えたとき、確実に自分の心は軽くなっていた。温かく、優しい気持ちになっていたのだった。 この瞑想を続けるうちに少しずつ、ほんと~に微々たるものではあっても、必ず変化は起きてくる。そうしてその変化は、自分だけでなく、周囲にも広がってゆく。難民を助けることはできなくても、家族にもっと優しくできるようになるかもしれない。スーパーで重そうなカートを一人でよろよろと押しているご年配の方がいたら、一緒に押してあげたくなるかもしれない。ホームレスの人が路上に帽子を置いていたら(メルボルンのシティでは残念ながら良く見かける)、挨拶をして硬貨を入れたくなるとか…。難民の方にだって、直接助けることはできなくても、サポートのボランティア団体に寄付をしたくなるとか。自分のできる範囲でやってみて、それで喜んでもらえたりしたら、それこそ自分の心もますます嬉しくなるだろう。そんな温かい変化は、小さく儚い細波ではあっても、少しずつ広がってゆく。 続きは、6月29日の日記「ゲシェDの1Dayコースとトンレン瞑想(後編)」でお読みください。 「にほんブログ村」に参加しています。ポチっと応援クリックをどうぞよろしくお願いいたします。にほんブログ村 [マックあつこの著書]『Tamagoー39歳の不妊治療』えっ、不妊症!? ミラー月子はたまご時計に急かされながらベイビーを夢見て先の見えない旅に出た。メルボルンからアラフォー妊活小説『Tamagoー39歳の不妊治療』 Kindle電子書籍『Tamago』 単行本『インスタント・ニルヴァーナ』もしもあなたの大切な人がカルトの罠に嵌ってしまったら? マインドコントロールの鎖は密かに繋がれてゆく。サスペンス長編3部作『インスタント・ニルヴァーナ 上巻』 Kindle電子書籍『インスタント・ニルヴァーナ 中巻』 Kindle電子書籍『インスタント・ニルヴァーナ 下巻』 Kindle電子書籍[Ako Mak 英語の著書]『Someday, IVF at 39』‘Someday, IVF at 39’ ―poignant, humorous and mysterious― a cross-cultural odyssey for motherhood.『Somedsay, IVF at 39』 英語版Kindle電子書籍『Someday Baby: IVF at 40』単行本[マックあつこのHP]マックあつこのHP Ako Mak HP
2019.06.27
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チベットのムーン・カレンダーで4月はサカダワ、釈迦の月。西暦で5月から6月にあたるこの月は、チベット仏教では重要な時期である。とりわけ満月の日は、お釈迦様がこの世に誕生して、悟りを開き、しかも涅槃入りした(亡くなられた)日だとあって、トリプル重要な日なのだった。2019年、今年のサカダワ吉日は6月17日だ。 このサカダワ吉日前の15日間は「奇跡の15日間」とも呼ばれ、功徳が億万倍にもなるという、行をするには最適な月なのだった。ちなみに悪行も何億倍にもなってしまうという、要注意の期間でもあるのだけれど(笑、でも気を付けている)。 昔、まだ息子がプレップ(日本では幼稚園の年長さんにあたるのだけど、オーストラリアでは小学校の前準備としてこの年から入学する)だったころ、今日はサカダワの日だからたくさん良いことをして、悪いことはしないようにしようね~と話したことがある。 するとムゥは首を傾げ唇を尖らせたものだ。「そしたら、今日がそんな日だって知らない人や、キリスト教の人たちはどうなるの?仏教に関係ない人たちも、カルマが増えちゃうの?そんなの、おかしくない?」 確かに、功徳倍増と思っている人たちと一緒に行をすれば集団意識でパワー倍増になりそうだけど、そう言われても…だよねぇ。幼いながらもっともな理屈に、二人で話した。知らない人たちは知らないのだし、関係ない人たちには関係ないのだし、人それぞれ、信仰それぞれ、民族それぞれのカルマだってあるわけだし、ママは悟りを開いているわけでもないので、わからない。それでもムゥはもうママから聞いたわけだから、やった方が良いんじゃない?どっちにしろ、いつだって良いことをしていた方が良いのだから、と。 息子はなんとなく納得したようで、「そうだよね。ママがチベット仏教の勉強をしていて、サカダワの話を聞いたのもムゥのカルマだから、だったら良いことをした方が良いものね。いつも良いことをしていた方が、ムゥも周りのみんなだってハッピーになれるものね」と、神妙な顔で頷いていた。ああ、あのころの無邪気な笑顔が懐かしい。 その息子も今年で中学1年生。サカダワ中の釈迦誕生に死亡説、功徳の倍増なんかに関しては益々眉を顰めながらも、哲学好きな男子に育った。とはいえキンキン甲高い声で話してるし、日本語で話すときは自分のことを「ムゥ」とか言ってるし、まだまだ幼い感じではあるのだけれど… そんなサカダワの月に、今年は6月3日から入った。そうしてサカダワ入り前の5月26日に夢を見た。 夢の中で、私は家族と温泉地で寛いでいた。何か観光でもしようと広場に出たが、大型リゾート地にいると思っていたのに、いつの間にか鄙びた温泉宿に移っていたようで、小さなその島には観光スポットもろくにないのだと、広場の屋台の店主が教えてくれた。屋台は2軒並んでいて、どちらも美味しそうだけど似たような饅頭や和菓子が並んでいた。どちらで買おうか迷っていたら突然、地面が揺れ始めた! 広場の向こうに聳え立つ時計塔も大きく揺れている。子どもたちを庇い裏手に逃げたものの、そこも危なそうなので安全な場所を求めて逃げ惑う。いつのまにか夫はいなくなっていて、私はとにかく必死に子どもたちを守ろうとしている。 揺れが収まって、周りの人たちと一緒に安全な場所に戻ろうとしたら、何か物々しい雰囲気の人たちがやって来た。何かの捜査をしているのだと一人が証拠写真を撮り始める。子どもたちをなんとか避難させて、気づいたときには自分も容疑者の一人にされていた。というか、あれよあれよという間に単独犯として疑われていた。誰かにハメられたのだ!?と気づいたときには時遅し、連行されてしまう。 車に乗せられるとき、なぜか道路を動物たちがちょろちょろと動き回っているのに気づいて、その子たちが車に轢かれそうで心配になる。でも自分は助けに行けないので、神仏に動物たちのご加護を祈りマントラを唱え始めたら突然、場のエネルギーが変わったのだった。動物たちが逆に私を助けようとこちらに向かってきて、私を連行した人まで友好的に接してくる。 ヨーロッパ風の大きな教会か裁判所のような荘厳な古い建物の中に連れられていた。裏庭に面したドアから、木目の美しい重厚な扉を開けて、臙脂色の袈裟を纏ったチベット僧が入ってきた。去年ネパールの寺院に帰ってしまったM僧だった。M僧は胸の前にダライラマ法王の写真盾を掲げている。 私は静かに、けれど毅然と言っていた。「His Holiness Dalai Lama is my Guru―ダライラマ法王が私の師です」と、英語で。 するとまた大きく空気が変わった。M僧の後ろから臙脂色の袈裟を纏ったチベット僧や尼僧が次々と入ってくる。辺りはとてつもなく平和で、神聖で、厳かで、圧倒的に美しいエネルギーに包まれていた。これからプージャOffering Ceremonyか裁判か、何か厳かな儀式が執り行われるようだった。私はもう何も恐れてはいなかった。 これからどうなるのかはわからないけれど、何が待ち受けていようとも大丈夫だ。自分に用意はできているのだから先に進みたい、と心を弾ませたとき― なんと夫に起こされてしまった!?夢ではなく現実に。 その日曜は地元のチベット仏教寺院でゲシェDの「トンレン行―The Giving and Taking practice」に関する1日コースが予定されていたので、昨夜家族に6時過ぎに目が覚めた人は起こしてね、と頼んでおいたのがいけなかった。それにしても、なんて間の悪い・・・(泣) ずっとあのまま夢の中に留まっていたかった。「His Holiness Dalai Lama is my Guru」と宣言したときの自分の毅然とした声がはっきりと耳に残っていた。 トランスフォーメーション―意識の変容の夢だと思った。夢日記に記して、ついでに解釈もしてみた。 温泉地で今日は観光でもしようかナとか、どちらの屋台で買おうかナとか、そんな大した意味も目的もなさそうな些細なことで迷っているのは、自分の、のほほ~んとした人生の象徴だろう。けれどそういう生活が土台から揺さぶられるような地震、転機が起きる。時を表す時計塔というのも象徴的だ。混乱と不安の中で流れをポジティヴに変えたのが菩提心で、動物を助けようとしたら実は助けられていたというのも印象的だった。 ダライラマ法王が自分の師だと言い切ったとき、何か自分のアイデンティティを決定づけたような、カミングアウトできたような気がしたのだった。ああ、やっと自分はここまで辿り着けた、みたいな。思えば、初めてダライラマ法王の著書を読んで感銘を受けたのが1999年、初めて法王のオーストラリア・ツアーに参加したのが2002年だった。あれからかなりの年月が流れたわけだ。 法王は2015年のリトリートのとき、夢の内容だけでなく、その印象や目覚めたときの気持ちにも注意を払うようにとおっしゃっていたけれど、夢の中でも、目覚めたときにも、心は温かな自信に溢れ、平静で落ち着いて、何よりもとてつもなく幸福だった。 チベット密教では袈裟を纏った僧や尼僧を見るのは浄化のサインだと言われる。もしかして、負のカルマを一つ昇華できたのかナ?いずれにしてもサカダワの幕開けとしては、私にはもったいないほど有り難い吉夢だった。 その夢のエネルギーはその日1日、しっかりと残っていた。私は夢見のエネルギーを胸に、チベット仏教寺院へ、ゲシェⅮの講義に向かったのだった。 ゲシェDの講義は6月27日の日記「ゲシェDの1Dayコースとトンレン瞑想」に続きます。 ちなみに、私が初めて読んだダライラマ法王の本は『The Art of Happiness』でした。既にメルボルンに移住していたので英語で読んだのですが、その後日本に帰ったときに和訳されていた『ダライ・ラマ こころの育て方』も買ってきて読みました。アメリカの精神科医が書いているので仏教用語も少なくて、一般にも分かり易く素晴らしい本ですよ。 『ダライ・ラマ こころの育て方』ハワード・C・カトラー著、ダライラマ14世著またちなみに、2002年当時は未だブログを始めてなかったのですが、2008年以降のツアーのことはブログに書いているので、よろしければこちらの日記もお読みください(^^♪⇒2015年6月10日の日記『ダライラマ法王のリトリート』、9日の日記、8日の日記、6日の日記⇒2013年6月16日の日記『ダライラマ法王ツアーで、シドニーの旅』⇒2012年7月6日の日記『ダライ・ラマ こころの自伝』⇒2011年6月11日の日記『ダライラマ法王と、Day1』、12日の日記、13日の日記⇒2009年12月1日の日記『ダライラマ法王、オーストラリアに再び』、2日の日記、3日の日記⇒2009年12月10日の日記『ダライラマ法王と朝食会』⇒2008年6月9日の日記『Dalai Lama』、10日の日記、11日の日記、12日の日記、13日の日記、14日の日記、15日の日記 、16日の日記ダライラマ法王の去年予定されていたオーストラリア・ツアーは残念ながら中止になってしまいましたが(泣)、日本には11月にいらっしゃいましたね。法王もご高齢になって今後海外での講義は控えるとのことでしたが、日本にはこれからも来られるようで、羨ましい限りデス。やはりオーストラリアはダウンアンダー、ダラムサラからは遠いものね。日本での講義、私も参加したいな~。 「にほんブログ村」に参加しています。応援クリックをどうぞよろしくお願いいたします。にほんブログ村 [マックあつこの著書]『Tamagoー39歳の不妊治療』えっ、不妊症!? ミラー月子はたまご時計に急かされながらベイビーを夢見て先の見えない旅に出た。メルボルンからアラフォー妊活小説『Tamagoー39歳の不妊治療』 Kindle電子書籍『Tamago』 単行本『インスタント・ニルヴァーナ』もしもあなたの大切な人がカルトの罠に嵌ってしまったら? マインドコントロールの鎖は密かに繋がれてゆく。サスペンス長編3部作『インスタント・ニルヴァーナ 上巻』 Kindle電子書籍『インスタント・ニルヴァーナ 中巻』 Kindle電子書籍『インスタント・ニルヴァーナ 下巻』 Kindle電子書籍[Ako Mak 英語の著書]『Someday, IVF at 39』‘Someday, IVF at 39’ ―poignant, humorous and mysterious― a cross-cultural odyssey for motherhood.『Somedsay, IVF at 39』 英語版Kindle電子書籍『Someday Baby: IVF at 40』単行本[マックあつこのHP]マックあつこのHP Ako Mak HP
2019.06.15
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