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発達障害のADHDやASDはほとんどの保育者が知っているが、「DCD」は2割…手先が不器用・運動が苦手長崎大子どもの心の医療・教育センター長の岩永竜一郎教授らが、2022年度に全国の保育施設を対象に行った調査(580施設が回答)では、注意欠陥・多動性障害(ADHD)と自閉スペクトラム症(ASD)については「保育者の全員またはほとんどが知っている」とした施設が9割に上ったが、子どもの手先が極端に不器用だったり、運動が苦手だったりして日常生活に支障が出る「発達性強調運動症」(DCD)は2割にとどまった。5、6歳児でDCDの診断があるのは0.2%、診断はないが不器用さが目立ったのは4.8%だった。 また、市区町村の乳幼児健診担当者への調査では、約4割がDCDの知識が少なく、健診でスクリーニング(選別)検査を行っている自治体は3割だった。 岩永教授らは調査結果を踏まえ、支援マニュアルを作成。▽ハイハイがうまくできない▽幼児期に食べこぼしが多い▽学童期にひもが結べない――などの兆候や、園や学校で気付くポイント、支援策などを具体的な事例とともに紹介している。 岩永教授は「周囲がDCDについて知り、早期に支援につなげることや、普段の声かけや使う道具を工夫するなどの関わり方が大事だ」と話す。読売新聞オンライン[YAHOOジャパン]DCDの検査はこの辺では行っていないようですが、通常学級でも、就学してから解明するケースも多々あります。懸命に声掛けして見守る姿勢を取っています。☄にほんブログ村にほんブログ村
2026.05.03
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絶対に観るべき!Netflixドキュメンタリー『ラブ・オン・スペクトラム』自閉症の人々の純粋な恋の物語「絶対に観るべきだ」という勧告は、時に受け手にとって負担となる。『ザ・ソプラノズ/哀愁のマフィア』や『ゲーム・オブ・スローンズ』などを突きつけられ、それらを未視聴であることに、ある種の義務感や罪悪感を抱かされることは少なくない。しかし、あえてその言葉を使いたい作品がある。Netflixのドキュメンタリーシリーズ『ラブ・オン・スペクトラム ~自閉症だけど恋したい!~』だ。筆者(編集部スタッフ)も、その誠実な語り口と登場人物たちが放つ魅力に引き込まれ、全エピソードを一気に視聴した一人である。米コメディアンのジェイ・モーアも、本作を高く評価する。ジェイが本作に見出した価値は、名作ドラマが持つ「脚本家と俳優による精巧な錬金術」とは異なる次元にある。そこにあるのは、演出家や演技指導によって生み出されたものではない、ありのままの真実だ。演出を排した先に現れる魂の繋がり『ラブ・オン・スペクトラム ~自閉症だけど恋したい!~』の主人公たちは、自閉症と共に生きる日常の人々である。彼らが体現しているのは、キャラクターとしての役割ではない。彼らは自分自身として存在しており、それ以外の自分を演じる術を知らないのだ。定型発達者の多くは、会話の途中に生じる不自然な沈黙に耐えられず、社交上の不安からその場をやり過ごそうとする傾向がある。しかし、『ラブ・オン・スペクトラム ~自閉症だけど恋したい!~』の画面の中では、時に奇跡的な「繋がり」の瞬間が訪れる。登場人物たちが魂の触れ合いを見出す時、視聴者は深い安堵感に包まれる。彼らが偏見や社交上の強迫観念に縛られず、純粋に相手と向き合う姿は、観る者を日常のしがらみから静かに解放してくれる。独自の誠実さで向き合う、ダニーとタナーの物語例えば、カリフォルニアに住むダニー・ボウマンの物語は、観る者の心を温かく、かつ清々しくさせてくれる。14歳でアニメーション制作会社を立ち上げ、現在はCEOとして活躍する才能豊かな彼女は、人生のパートナーに対しても「アニメへの情熱」を第一条件に掲げる。デートの場でも、ダニーの態度は驚くほど真っ直ぐだ。相手が自分の情熱を共有できるかどうか、ビジネスパートナーとしても歩めるかどうかを、一切の計算なしに確認していく。その姿は、定型発達者が社交上のマナーとして使い分ける建前や駆け引きとは無縁である。彼女がアダンという青年と出会い、外見的な好みを超えて「彼の魂を愛している」と気づくプロセスは、まさに魂の触れ合いそのものだ。また、サウスカロライナ州に住むタナー・スミスも、多くの視聴者に愛されている一人だ。彼の魅力は、底抜けの明るさと、周囲への細やかな気遣いにある。歴史が大好きで、誰に対しても礼儀正しいタナーは、デートの相手であるケイトに対しても「君は素晴らしいよ」「最高の仕事をしているね」と、心からの称賛を惜しまない。彼が歴史的な街並みを楽しみ、動物園でのデートで純粋に喜びを爆発させる姿には、社交上の駆け引きなど微塵も存在しない。そして、シーズン2から登場するコナー・トムリンソンの姿も、深く印象に残る。拒絶を恐れる繊細な彼のために、母親や兄弟は真剣にデートの練習に付き合うのだ。会話のきっかけの作り方や、相手への質問の仕方を、まるで自分事のように熱心にシミュレーションする家族の姿。そこには定型発達者の世界では見落とされがちな、コミュニケーションの本質的な尊さが宿っている。定型発達者の多くは、会話の沈黙に耐えられず、社交上の不安からその場をやり過ごそうとする。しかし『ラブ・オン・スペクトラム ~自閉症だけど恋したい!~』の中でダニーたちが魂の繋がりを見出す瞬間、視聴者は深い安堵感に包まれる。彼女たちの純粋な向き合い方は、観る者を日常のしがらみから静かに解放してくれる。「勝利」という名の充足感自閉症スペクトラムを抱える人々がパートナーを見つけるプロセスは、アスファルトの隙間から咲く花を観察するような、静かな感動を伴う。彼らにとっての一歩は、非常に重い。それは一生をかけた旅路の途上にある、誠実な歩みである。我々が恐れる沈黙の中で、彼らは独自の誠実さをもって愛を育む。その姿は、効率や駆け引きが優先されがちな現代の恋愛観を、静かに問い直しているかのようだ。ジェイは、本作を視聴しながら勝利という感覚を抱いたと述べている。それは脚本家が用意したプロットによるカタルシスではなく、ただ「自分自身であること」を貫き通した人々が、目的地へ到達した時にのみ共有される特別な感情である。彼らの旅路を傍で見守る名誉に預かれることに、視聴者は深い敬意を抱かずにはいられない。2026年に必要とされる物語冷笑主義が影を落とし、あらゆる感情を効率で計ろうとする2026年の今、この純粋な物語は多くの示唆を与えてくれる。「観る必要がある」という確信を持って本作を勧められるのは、視聴後に自分自身や他者に対して、これまで以上に寛容な眼差しが持てるようになるからだ。本作は、現代社会において見失われがちな誠実さを、改めて提示している。『ラブ・オン・スペクトラム ~自閉症だけど恋したい!~』シーズン1~4はNetflixで独占配信中。[海外ドラマNAVI]自閉症でも恋をする、対人関係の難しさを乗り越えてこの上ない、確かな愛を育むんですね。☄にほんブログ村にほんブログ村
2026.05.02
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牛乳パックが“メディア”に。日常の風景を自閉症啓発に変えたキャンペーン朝、冷蔵庫から取り出した牛乳パックを手に取る。何気なくグラスに中身を注ぐその数秒のあいだ、なんとなく目に入ってくるパッケージ。そこに、対話のきっかけが仕込まれているとしたらどうだろう。何百万、何千万という単位で食卓に並ぶ牛乳パックに、広告以上の可能性が宿っていることを示したのがブラジルの乳製品大手ピラカンジュバだ。ピラカンジュバは、4月の世界自閉症啓発デーに合わせ、自閉症当事者が設立・主導する団体「Autistas Brasil」と連携し、啓発キャンペーン「Além do Espectro(スペクトラムの向こうへ)」を開始した。これは、同社の牛乳のパッケージに、自閉症に関する5つのメッセージ(「自閉症は病気ではない」「自閉症の人は一人ひとり異なる」「自閉症の人は生まれつき自閉症である」「自閉症スペクトラムは広く多様である」「自閉症の子どもには支援が必要であり、その母親にも支援が必要である」)を掲載するというもの。パッケージにはQRコードも載せられており、読み取ることでより詳しい情報へアクセスできるようになっている。企画の立ち上げ段階からAutistas Brasilが関わり、メッセージ作成にも専門的な助言を行ったのが特徴だ。この取り組みの背景には、自閉症をめぐる誤情報や理解不足がある。信頼できる質の高い情報へのアクセス不足が、社会が自閉症のある人を理解し、受け入れ、包摂を実践するうえで、今なお大きな障壁の一つになっているのだ。そこでピラカンジュバは、自社の強みである流通網に着目した。同社の商品はブラジルの約9割の世帯に届き、月間で約6,000万個が消費されている。インターネットや特定の関心層に依存しないこの接点を通じて、これまで情報に触れる機会が少なかった層にも知識を届けようとしたのだ。また、このキャンペーンは調査や当事者団体へのヒアリング、そして神経多様性をめぐる文脈への理解を踏まえて設計された。レイアウトは明快で読みやすく、情報が伝わりやすいよう工夫。単に「伝える」のではなく、誰にとっても受け取りやすいかたちに整えるところまで含めて、啓発のデザインになっているのだ。地方で暮らす祖母の朝食の席に、あるいは忙しく働く父親の食卓に、牛乳パックが並ぶ。そうした日常のなかのワンシーンを通じて初めて、自閉症についての正しい知識と出会う人もいる。啓発とは、特別な場所に置かれた広告や作りこまれた動画キャンペーンだけで進むものではない。生活のなかに、どんな入口をつくれるかでも大きく変わるのだ。社会課題の解決というと、新しい制度や大きな予算、革新的な技術に注目が集まりやすい。もちろんそれらは重要だ。しかし、この事例が教えてくれるのは、すでに存在しているインフラや接点もまた、社会を変える資源になりうるということだ。企業が持つ流通力やパッケージという「日常の面」を、理解を広げるためのメディアとして使い直す。その発想が、包摂のあり方を少しずつ塗り替えていく。毎朝の食卓に並ぶ一本の牛乳パックは、見慣れたものの役割を少しずらすだけで、社会に新しい理解の入口をつくれることを教えてくれている。[IDEAS FOR GOOD](インスタグラムの動画あり)日本ではあまり見ないけど、アメリカの牛乳パックにはそれこそ行方不明の子ども達の情報を載せています。情報が上手く伝わり、拡散できる一手ですね。☄にほんブログ村にほんブログ村
2026.05.01
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