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2012.12.11
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『D坂の殺人事件』江戸川乱歩(創元推理文庫)

 今まで何度か引用したり触れたりした『文学全集を立ち上げる』丸谷才一・鹿島茂・三浦雅士(文春文庫)ですが、今回もこんな興味深いことが書いてあったので、ちょっと引用させていただきますね。

丸谷 乱歩は谷崎に一生懸命傾倒したわけだものね。乱歩が人を介して、
   谷崎に色紙を書いてくれと頼んだことがある。ところが谷崎は、「
   大衆作家に色紙は書くわけにいかない」と一顧だにしないで断った
   んだって。僕は、本当は谷崎は、乱歩が自分の真似をしてると思っ
   て嫌だったんだと思うね。
三浦 だって谷崎自身、非常に大衆的な部分ありますものね。
丸谷 谷崎は、自分が文壇で大衆作家と言われるのが恐かったんだよ。
   (略)谷崎が「新青年」に「武州公秘話」なんかを書く。あれは、
   原稿料がものすごく高かったんだそうだけど、だからこそなおさら
   大衆作家と言われたくない。その谷崎にとって、いちばん危険なの
   は江戸川乱歩だったんだよ。
――なるほど、エピゴーネンということか。
鹿島 ラ・ロシュフコーが「エピゴーネンの価値は、真似た人の欠点を拡
   大するところにある」というようなことを言っている(笑)。


 ちょっと長くなりましたけれど、とっても興味深いですよねー。色紙の話なんて、これは本当に本当の話なんでしょうか。本当だとしたら、谷崎の言い分は全く理屈に合わないと思うんですがー。……でも、まぁ、実生活でもそんな理屈にあわなさを実践していたような方らしいですから(有名な「細君譲渡事件」の時の佐藤春夫と絶交した件なんか、谷崎めちゃくちゃですよ)、ひょっとしたら本当かも知れませんね。

 今回、冒頭の乱歩の短編集を読み、そして引用した『文学全集…』の乱歩の部分をぱらぱらと見ていたんですが、全くだなと思ったことが一つ、うーんそうなのかなー、と思ったことが一つありました。

 最初の一つは、乱歩が谷崎にかなり傾倒していたという部分であります。
 本書にある小説以外でもどこかで読んだ気がするのですが、とにかく本書収録の『D坂の殺人事件』の中にも、谷崎の『途上』に触れた個所がありますね。
 それ以外で言えば、サディズム・マゾヒズムについても、乱歩作品には再三出てきたように思いますが、これなんかも谷崎への傾倒でありましょうか。

 しかし一方、引用部で丸谷才一が言っている「僕は、本当は谷崎は、乱歩が自分の真似をしてると思って嫌だったんだと思うね。」というのは、どうなんでしょうか。

 確か以前横溝正史が書いていたと思いますが、第二次大戦終戦直後、今誰の本を出版すれば売れるだろうと友人と話し合った時、一同の納得を得たのが、谷崎と乱歩だったというエピソードです。
 なるほど、一般的には二人の間にさほど違いがないと言うことでありましょうか。谷崎が嫌がったというのは、分からなくはない、と。
 しかしわたくし思うんですが、谷崎と乱歩は、やはりかなり違うんじゃないか、と。

 今回報告の本書には、十二の短編小説が収録されています。総題になっている『D坂…』は、明智小五郎が初めて登場すると言うことで、割と有名な話です。私も再読しました。これ以外にも何作かは今まで読んだことのある作品でしたが、初めて読んだ小説に『虫』と言うのがありまして、これがなかなかよかったです。

 どうよかったかと言いますと、いかにも乱歩的な倒錯とあわせて、作品に「狂気」が描かれているんですね。例えばこんな感じです。

彼は幾度も同じ部分を読み返していたが、やがて、ポイとその本をほうり出したかと思うと、頭のうしろをコツコツと叩きながら、空眼をして、何事か胴忘れした人のように、「なんだっけなあ、なんだっけなあ、なんだっけなあ」とつぶやいた。そして、何を思ったのか、突然階段をかけ降り、非常な急用でもできた様子で、そそくさと玄関を降りるのであった。
 門を出ると、彼は隅田堤を、なんということもなく、急ぎ足で歩いて行った。大川の濁水が、ウジャウジャと重なり合った無数の虫の流れに見えた。行く手の大地が、匍匐する微生物で覆い隠され、足の踏みどころもないように感じられた。
「どうしよう、どうしようなあ」
 彼は歩きながら、幾度も幾度も、心の苦悶を声に出した。あるときは、「助けてくれえ」と大声に叫びそうになるのを、やっと喉のところで喰い止めねばならなかった。


 どうでしょう。私の勝手な思いこみなのかも知れませんが、谷崎はこんな「狂気」は書かなかったんじゃないかと。
 そしてそれは、サディズム・マゾヒズムについても同じで、谷崎にとってそれは骨がらみの我が個性であったけれど、乱歩にとっては、この狂気がそうであるように、サディズム・マゾヒズムも作品の「意匠」のひとつでしかなかったかと、まーそんなふうに、私は考えたわけです。だから、谷崎は乱歩を嫌がった、と。似ているから嫌がったんじゃなくて、そうじゃないのに、似てもいないのにそんな振りをしているから嫌がったんじゃないか、と。

 穿ちすぎですかね。そんな気もしますし、冒頭の引用部で最後に鹿島茂が言っている「エピゴーネン」とは、結局そんなことを言っているのだという気もします。

 ともあれ、谷崎は自分の個性だけを書き、乱歩は様々な意匠を書いたという違いは、もちろん持って生まれたものの違いが大きいのではありましょうが、そのほかにも乱歩はまれに見る勉強家(推理小説についての深い造詣)であったということが、かなり関係しているのじゃないかと私は思うんですがね。
 だって、これも偏見かも知れませんが、谷崎に「勉強家」なんて単語は、ちっとも似合わないではありませんか、ねぇ。


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Last updated  2012.12.11 16:26:11
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シマクマ君 @ Re:思っていたよりも「重く」ない(02/21) 純文さんへ  あたたかいお返事ありがとう…
analog純文 @ Re[1]:思っていたよりも「重く」ない(02/21)  シマクマ君さんへ。  おや、思わぬお方…
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