近代日本文学史メジャーのマイナー

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2015.02.08
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『白道』瀬戸内寂聴(講談社文庫)


 上記作品の読書報告の後半であります。
 前回は、本作品の主人公である西行法師に私がなぜ興味を抱いたのかという話をずるずるとしていたら、いつも予定している分量をだらだらと超えてしまったという訳でありました。……まー、いいか。(よくないだろーっ、という声は無視。)

 私が前回の最後に触れていたのは「三夕の歌」という、高等学校の古典の授業で習った知識の内、かろうじて記憶の片隅に引っかかっていた言葉についてでありました。
 「三夕の歌」というのはこの三つの短歌のことです。(もちろんこれは後で調べて書いています。)

寂しさはその色としもなかりけり槇立つ山の秋の夕暮れ   寂蓮法師
  見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮れ    藤原定家
  心なき身にもあはれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮れ   西行法師


 ……さすがにどの歌も甲乙つけがたい名歌ですね。
 「秋の夕暮れ」という哀愁感覚でいえば、私の好みでは定家の歌が一番ムーディな気がします。岡本おさみ作詞吉田拓郎作曲、歌(オリジナル)は森進一の名曲『襟裳岬』のようであります。

 しかし、やはり西行歌も捨て難く思いますね。
 この捨て難さは一体どこから来るのかとじいっと歌を見つめていると、下の句の「よろしく哀愁」っぽいのと対照的な、無防備のような素直さを持つ上の句の何の衒いもなくふっと口から洩れたような素朴な言葉づかいにこそあるのではないかと、わたくし、思ったのであります。

 という訳でそこに惹かれて、この度わたくし冒頭の本書を読むに至ったわけであります。(やっと、スタートラインにたどり着きましたな。)

 本書の中には、多くの西行歌が挿入されていますが、同様に素朴で感動的な歌がたくさん入っています。きりがないので一首だけ挙げてみます。

さびしさに堪へたる人のまたもあれな庵ならべん冬の山里

 という風に、西行法師の作った歌について学ぶにはなかなか良い本であります。
 ただ何と言いますか、まーこれは私の側の勝手な事情でありますが、実はわたくしは本書を西行法師をモデルとした小説であろうと思って読みだしたんですね。(前回触れた有吉佐和子の『出雲の阿国』はそうでした。)

 すると、冒頭に筆者らしき人格が描かれています。
 もちろんこういう筆者らしい人格(=視点)から始まる書き出しの小説は結構ありますね。ふっと浮かぶこのタイプの小説の名作は、谷崎潤一郎『春琴抄』であります。これは本当に名作。

 次に浮かんだのは司馬遼太郎の様々な歴史小説であります。その中でも『菜の花の沖』なんかは、小説途中に筆者が度々顔を出して博識な歴史事項についてレクチャアなさいます。長いケースでは文庫本まるまる一冊分くらい、我々は司馬先生のご講義を受けさせていただけます。
 そんなスタイルに本書の形式も似ているのでありますが、ただ本書の筆者登場場面は随想なんですね。ご講義では、ありません。

 私は、太宰治の『津軽』なんかも連想しました。
 筆者登場場面について、感覚的にはこれが一番近いです。でも、そもそも『津軽』は、ほぼ私小説をなぞって全編書いてある作品ですから。
 今回の本書のように歴史人物としての西行を描写する史実の場面の中に混ざって出てくることはありません。

 何が言いたいのかというと、筆者の随想場面が西行についての史実を描くべき場面とないまぜに出てくることで、歴史認識が恣意的に感じられることであります。
 要するに、かなり強引な歴史解釈が見えるような気がするのであります。

 結局、本書は歴史小説ではありません。
 上記に私が挙げた小説家になぞって類似作品を考えるならば、司馬遼太郎の『街道を行く』のような歴史随想と呼べそうな作品です。

 だとすれば、小説家の想像力の羽ばたきだけで史実を解釈するのは、はたしてどんなものなのでしょうか。もう少し、歴史的学問的な客観性は必要ないのでしょうか。

 ただ、本当に何も知らない素人の私がそう言い切ってしまうというのもなぁ、という気が大いにします。
 きっと寂聴ファンなら、それは十分納得のいく歴史解釈なのかもしれません。


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Last updated  2015.02.08 14:47:55
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