近代日本文学史メジャーのマイナー

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2015.05.19
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カテゴリ: 昭和期・後半女性

『祭りの場』林京子(講談社文庫)

 上記文庫本には、3つの短編小説が収録されています。
 そのうち、総タイトルにもなっている『祭りの場』は、昭和50年に発表され、その年の芥川賞を受賞しました。

 私が、今さらながら感心するのは、筆者は昭和20年に長崎で被爆し、(自筆年譜によると)本作品発表まで表だった文学活動はなく(同人誌活動はあったようですが)、しかし実に30年間にわたって同一テーマを心の中にひたすら反芻し続けていたことであります。

 それはもちろん被爆体験というものが、現実にその対象の生殺与奪を伴うものであるからでありましょう。しかし、例えばこのような表現における筆者の心情(信念)の在処はいかなるものでしょう。

突然急降下か急上昇か、大空をかきむしる爆音がした。空襲! 女が叫んだ。物音を聞いたのはそれだけである。文字にすれば原爆投下の一瞬はたったこれだけで終る。ピカもドンもない。秒速三六〇米の爆風も知らない。気づいたら倒壊家屋の下にいた。
 爆心地付近の被爆者は原爆炸裂音を殆んど聞いていない。急上昇の爆音は聞いている。
 原爆投下後、逃げる態勢をとるためB29「ボックスカー」は慌てて急上昇した。彼らは人並みに死にたくなかったらしい。

 原っぱは閃光で一瞬に消えた。草つみ幼女の中にオカッパ頭の色白の子がいた。連れの老婆は小がらな人で、孫に似て肌が白かった。老婆は草が燃えている原っぱに孫を抱いて坐っていた。幼女はオカッパ頭が半分そぎとられて、頬にはりついていた。ほっかり唇を開いて眼をあけて死んでいた。白い前歯が光って、口もとだけに幼女の可愛さが残っていた。老婆の体は肉がぼろぼろにはがれて、モップ状になっていた。
 女子挺身隊の少女たちもモップ状になって立っていた。肉の脂がしたたって、はちゅう類のように光った。小刻みに震えながら、いたかねえ、いたかねえ、とおたがいに訴えあっている。「滅私報国」の日の丸のはち巻きをしめて、ベソをかいていた。戦争劇の演出家たちはたくまずしてピエロをふんだんに生みだすものである。


 2つの引用部の最後にある「捨て台詞」のような一文は、実は本作品中に呪いのごとく散りばめられています。
 それは、筆者が30年間、心の中で黒く硬く固めてきた心情の塊であり、おそらく「私は絶対に許さない」宣言であろうと思われます。

 さてそのようにして読むと、本作品には確かに異様なリアリティーがあります。
 例えば私は、夜に本書を読んで翌日職場に行くと、その平和な空間に微妙な違和感と不安を感じたほどでありました。
 しかしこの「リアリティー」は本来の小説のリアリティーなのでしょうか。

 私はそれがどうも分からず、ちょっとネットで調べてみたんですね。
 何を調べたのかというと、この作品は本当に芥川賞がその対象にしている小説作品であるのかという疑問であります。
 これはドキュメンタリーではないのか、という疑問です。

 当時の芥川賞選者による選評がありましたが、やはり私と同様の疑問を持った選者がいたことを知りました。
 ところが、それは一人だけなんですね。(少なくとも選評の中に残している選者は。)

 もとより、小説とは何をどのように書いても可とするジャンルです。
 フィクションだというのが大枠の基準でありましょうが、日本近代文学史上の作家の中には、堂々と「嘘は書けない」と宣言した方もいらっしゃいました。

 一方、ドキュメンタリーを書くサイドで考えても、事実を文字にまとめて切り取る過程の中で、フィクション化とは言わないまでも、筆者の主観・判断を避けるわけにはいきません。
 両者の境界は、文字への定着ということに対して意識的であるほどに曖昧であります。

 ……と言うことも考えつつ、しかし、本作は「小説」なんだろうかという疑問が、私にはどうしても残りました。

 さらに考えれば、原爆を扱った小説作品は数あれど、その多くは「遠景」として被爆体験を据えて人間や社会を描くというのが主流だったような気もします。(例えば有名な井伏鱒二の『黒い雨』とか。しかし原民喜の『夏の花』は微妙ですか。)
 そもそも最もシンプルな被爆体験というものは、(誤解を恐れず思い切って単純に言えば)フィクション化は可能なのかという気もします。

 上記の文章は、我ながら、作品の感動をそのまま受け止めず枝葉末節にこだわった感想だと感じますが、しかし一方で、少し大げさに言えば、私の「小説観」にも関係する疑問のようにも思います。

 ともあれそれは、本当に優れた作品のみが我々に訴えかけてくれる、数多くの疑問のひとつではあるのですが。


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Last updated  2015.05.19 20:12:02
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analog純文 @ Re:「バイブス」「ペニー」「キャパい」「ガンダ」(08/08)  シマクマ君さん、コメントありがとうご…
シマクマ君 @ Re:「バイブス」「ペニー」「キャパい」「ガンダ」(08/08)  ボクも読みました。結構素直な作品とい…
analog純文@ Re:主人公の心情がよくわからない(06/14)  シマクマさん、コメントありがとうござ…
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