近代日本文学史メジャーのマイナー

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2017.06.10
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『文学ときどき酒――丸谷才一対談集』丸谷才一(集英社)

 以前から時々書いてますが、本作の筆者丸谷氏は、その著書をみんな読んだわけではありませんが、私のフェイヴァレット作家の一人であります。
 まずこの作家の、文学に対する知識と造詣の深さに圧倒されるんですね。
 どうしてこんなにいろいろと知っているんだろう、と。

 確か三島由紀夫が書いていましたが、大教養人が大作家でもあった時代はもはや過ぎてしまった、と。
 三島が大教養人であると同時に大作家でもあると考えた文豪は、たぶん森鴎外とか夏目漱石とか幸田露伴とか、そんなあたりの方だと思いますが、なるほど、時代が下ってくると人間が小粒になるなんて言い回しもよく聞くフレーズで、確かにそんな気もしないわけではありません。(ただし、時代が違うということはとても大切な要因で、例えばハイドンは100以上の交響曲を作ったがベートーヴェンはたった9つしか作っていないというのは、言わずもがな、フェアな比較ではないですよね。)

 で、さて、丸谷才一です。この方が大教養人であるとともに大作家であるのかどうか、実はわたくしには判断の基準がないのですが、こと文学の教養・見識についてだけで判断すれば、やはり「大教養人」のように思います。

 例えば本書には10編の対談が収録されているのですが、実に広汎様々な文学的話題が盛り込まれています。ちょっと幾つか、すべて短めに取り上げてみますね。(丸谷氏の発言ばかりではありませんが。)

……本来雑誌というのは、本を読む人の一部が、本を読むことへの味付けとして、あるいは気勢をつけるものとして読むものでしょう。そういう、本と雑誌の関係が、日本では今まで逆転していましたね。雑誌が一番立派なもので、本はその次に来る何かもっと低いものという具合だった。(吉田健一との対談)

 ……(有島)武郎みたいな主人公がいて、その細君が肺病になって死ぬんだが、これは事実そういうことがあったんだ。須磨子がその役で、死の床で自分の日記読んで、回想シーンになる。それがその時分にしちゃ新しい趣向なんだよね。その日記を読むのに、ベッドで横向きもまずいから、上向きにすると、浴衣だから袖が下がっちゃって、二本の腕がニュッと出る。肺病で明日か明後日死ぬやつが、太ってやがんだ。あいつ(笑)。(里見とんとの対談・里見の発言)

 ……和歌というものがあるせいで、女の人たちも自分の意志をはっきり示すことができたわけですね。それは一つには和歌には敬語法を使わなくて良かったから言い切れたんじゃないですか。普通の会話は、当時はむやみに敬語を使うでしょうそれで強いことが言えない。会話は遠慮深い表現の場ですよね。ところが和歌だと、臣下が天皇に向けてものを言うかたちで歌を詠む時でも敬語を使わないという、詩的世界の約束事が確立していましたからね。(円地文子との対談)

 ……ことばの感覚の問題ですが、場合によって日本人と外国人との日本語についての感覚が違うこともあります。たとえば「葵」という名前ですね。日本人にはきれいでしょうが、外国人には「あおい」という語呂は全然よくない。子音がないからでしょう。(ドナルド・キーンの発言)

 ……どうも日本の詩歌の伝統は動植物に一種のランキングをつけているのではないか、と思われるんですね。ランキングの最上位が勅撰集に出てくる動植物であって相撲でいえばこれがまあ東西の三役。次が王朝歌人が取上げた動植物で、これが幕内。その次が俳諧ではじめて取上げた動植物、最後に現代短歌、現代俳句にうたわれるもの――という四段階がある。(大岡信との対談)


 こんな風に列挙していくと切りがないのですが、日本現代文学から日本古典文学、そして西洋文学と実に広く深い含蓄が語られます。

 ……ちょっと考えるのですが、こんな作家って、丸谷氏以外にいらっしゃいますかね。
 司馬遼太郎なんかも何でも知っている方のような気がしますが、あの方の場合は日本歴史一本槍という感じもしますね。(でもないかも知れませんが、昔、ゴッホについて書かれた文章を読んだような気がします。)

 だから思うに、これは一作家の知識量の問題というよりは、自らの持っているそんな知識を広く世間に向かって公開したがるか否かという、そんな物書きとしてのスタンスの話ではなかろうか、と。

 冒頭付近にあげた森鴎外なんて文豪も、きっと丸谷氏ぐらいの様々な知識は持っていたと思われますが(もっとたくさんかも知れませんが)、丸谷氏のようには発表なさいませんでした。(と、思うんですが。)

 これは結局のところ、例えば少し意地悪に書けば、丸谷氏はスノッブな知識のひけらかしとも言えないわけではないでしょうが、うーん、まぁそれはあまりに悪意ある解釈でしょう。
 とすると、今度は意地悪っぽくなく書けば、一つは「啓蒙主義」、もう一つの解釈は、丸谷氏が作り上げ(とまでは言えなくても)洗練させた「知識芸」(これは今私が考えた言葉ですが、こんな書き方を許していただけるなら趣旨はおわかりいただけると思います)ではないか、と。

 おかげで我々は、実に楽しく簡単に、そしてとても深い文学などの世界を垣間見ることができています。
 そしてそれを読んだ我々がその次にすべきものは、それらの知識の断片の「原典」の書物に直接触れることでしょうが、それについても、その世界の扉の前まで、実に懇切丁寧でさらに瀟洒なエスコートをしてくれています。

 やはり丸谷才一は我がフェイヴァレットであります。


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Last updated  2017.06.10 18:37:00
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