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2017.06.30
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カテゴリ: 昭和期・中間小説

『嚇奕たる逆光…私説・三島由紀夫』野坂昭如(文藝春秋)

 先日ついでがあって、中島敦の『山月記』を読みました。
 あの小説はわたくしにとって時々ふっと読みたくなる小説で、すでに何度も読んでいるのですが、今回ちょっとじっくり読んでみると、なんと言いますか、「詰め切れていないんじゃないか」と感じる部分があるように思いました。(えー、当然ながら、それはお前の読解力不足のせいだと指摘されれば、まー、そもそもがアバウトな造りの頭である上に加齢のせいでそこいら中のネジが緩みだしていることは、我がことながら気付いてはいるのですが……。)

 ともあれ例えばそれはどんなところかと言いますと、それは『山月記』の最も読ませどころのひとつであるのですが、「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」というフレーズの部分です。
 ここがね、…えー、かつての私は割りとすっと入っていたつもりだったのですが、今回読むと、なるほどこの対句表現は文章の効果としては素晴らしく、この表現に辿り着いた時中島敦は「やった!」と思ったかも知れないなくらいの想像ができる見事な表現ではあるのですが、今回じーとその前後も含めて読んでいると、「あや? これ、ちょっと、ムリがないか」と、ぼそりと呟いてしまいました。

 ……えーっと、今回のテーマは『山月記』ではありませんのでこのくらいでやめますが、今回も読んでいて、虎になった「李徴」が自らの中に「天才」が存在するか否かについて、本当に七転八倒しながら苦悩している様がまざまざと感じ取れました。
 読んだ後ついでにちょっと『中島敦全集』も覗いてみたのですが、「第三巻」の「断片」に、李徴の苦悩をほぼなぞるような形で敦自身の苦しみが書かれてあるのを見つけ、少し感動してしまいました。

 さて、冒頭の本の読書報告に繋げていこうと思っているのですが、連結のキーワードは「天才」ですかね。まー、三島由紀夫がテーマでもありますから。

 そもそも、表現者(小説家と区切ってもいいのですが)は自らの天才を何によって証明させるものなんでしょうか。
 もちろんそんな証明はハナからできっこないもので、それ故にこそ苦悩があるのでしょうが、いわば古来多くの小説家が、自らの内なる天才の存在を巡って大いに苦悩してきたとは想像できそうです。
 例えば本文にはこんな表現があります。

 三島が、小説に自己の存在を託していたことは確かだ。性倒錯の作品が異端の刻印押され、囂々と非難を浴びるのならそれでまた自らを確認し得る。それはまた戦後のまやかしの証しでもあり、時代を敵としてはっきり見すえることもできよう。戦後の風潮を、三島は早くから憎んでいるが、これは、すでに確固として、世のしきたり、日常生活には適応しきれぬ自覚があり、戦争はこの奇妙な生物も、まともな人間も、ひとしく破滅させてくれる約束だった。あやふやな生を確かめるのに死ほど有力なものはなく、夭折の天才の栄誉にもありつける。平和な時代には、求むべくもない。

 この文の中に「奇妙な生物も、まともな人間」という表現がありますが、「奇妙な生物」とは三島のことを指し、三島は自らの内なる天才を異端性(と裏腹の特権性)によって証明しようとしたのではないかと筆者は説いています。

 少しゴシップめきますが、三島由紀夫がホモセクシュアルであるかどうかについて、筆者はおおよそ否定派であります。そんな行為はきっとあっただろうが、本質はそうではないと書いています。
 三島=同性愛者の原点というべき『仮面の告白』の「仮面」とは、ホモセクシュアルがそれに該当し、上記引用文でも触れていますが、それによって「異端の刻印」を受けることが狙いではなかったか、と。

 では、「仮面」の下にあるものは何なのか。
 実は本書は、「私説・三島由紀夫」とあるように、例えば三島由紀夫の系図を探りながら並行して筆者自身の(少なからず複雑な)系図を語っています。それゆえ、三島についての評論や研究というよりは、三島由紀夫を核にしつつ我が半生を語る長編随筆のような作りになっていて、上記引用個所からも伺えますが、断定はあるが証明はないといった展開がしばしば見えます。(そこが同時に面白い部分とも言えましょうが。)

 ふたたび戻って、「仮面」の下にあるものは何なのか。
 それは、「自己愛」と「自殺志向」。私はたぶんこの二つを、筆者が説いているように読みました。
 なんだそんな二つは、三島を巡る一般的な理解の範疇にあるものに過ぎないではないかという気も全くしないではないですが、そこに誘導していく筆者の、自らの人生の重ね合わせによる共感や反発また飛躍ある直感などにこそ、本書の眼目があると思います。

 特に自殺を巡って、芥川と太宰がすでにあの形で先行した後に、果たしてどんな自殺の「創造性」が残っているか、そして三島の自殺のオリジナリティの高さを指摘する本書に、私は高いオリジナリティを感じました。


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Last updated  2017.06.30 12:17:53コメント(0) | コメントを書く
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