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2019.12.09
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カテゴリ: 昭和~・評論家
『三つの空白―太宰治の誕生』鵜飼哲夫(白水社)

 この間まで森鴎外の伝記関係の本を何冊かまとめて読んでいましたら、結構おもしろかったものの、20冊近く読んだらちょっともう鴎外はいいかなという気になりまして、じゃ次は誰にしようと考えたのが太宰治でした。

 以前から本ブログでも何度か書きましたが、私の好きな日本文学史上の純文学作家は3名で、まぁ、あまりに本線すぎて少し恥ずかしいのですが、漱石・谷崎・太宰であります。
 だから鴎外の次に太宰をチョイスしても別におかしくはないのですが、さて太宰の何を読もうかと探っていると、家に結構太宰の基本文献があったりします。

 といっても数冊だけですが、でも例えば、津島美知子の回想だとか、奥野健男、壇一雄、野原一夫、野平健一、猪瀬直樹などが書いた思い出や研究といった、太宰研究の基本図書がある事に気が付きました。
 あ、そういえば、私の部屋には太宰治のもっとも有名な、例のバー・ルパンで林忠彦が撮った写真のポスターまで貼ってありました。

 そんなわけで、私は太宰治の伝記的な知識は持ち合わせているはずですが、それがかなりぼんやりしているのはなぜだろうかとか思いながら冒頭の本を読んでいました。
 そして、次にこの本も読みました。

『桜桃とキリスト―もう一つの太宰治伝』長部日出雄(文藝春秋)

 冒頭の本は370ページくらい、後者の本は530ページくらいもあって、2冊続けて読むと、もう2冊で少し食傷気味になります。食べ過ぎという感じ。

 で、思い出しました。なぜ私の、太宰の伝記的知識がぼんやりしているかが。
 太宰の作品のすばらしさと驚くほどの落差がある実際の太宰治の人格に、ほとほと嫌気が差したからであります。

 私は、若かった頃、芸術的才能と人格の全人的な調和について少し考えたことがありました。そして両者の間にはほとんど連動するところがないという個人的な結論に至った今でも、やはり、優れた芸術的才能は人格の高さも併せ持ってほしいという思いが強くあります。
 (芸術的才能の中でも、音楽は一番人格とは関連が薄く、文学は文字という理性的処理を通り過ぎますから、比較的関連はありそうに思います。)

 はっきり言って、太宰治にはその連動が見事にありません。
 恐ろしいほどの文学的才能が、人格とは全く無関係に屹立しています。
 その才能の部分を何かで取り去ると、残るのは本当に自己中心的な、「イヤなヤツ」だけでありましょう。

 そんな例は、この2冊にいやというほど書かれていますが、ひとつだけ、津島美知子の孫引きの所を抜いてみます。

​ 〈甘やかせばキリのない愛情飢餓症〉で、〈針でさされたのを、鉄棒でなぐられたと感ずる人なのだ〉と、のちの妻となった津島美知子に観察され、唖然とさせた太宰である。​

 だから私は、太宰治本人への興味は持たないことにして、作品だけ読んでいきたいと思ったのだと思います。で、太宰の伝記的知識は少しずつ忘却していった、と。
 (今回読んだ中に、太宰本人もそのように読んで欲しいと言っていたと書いてありました。「そら、そうだろ」と納得します。)

 でも、だから太宰は絶対的に「有罪」かといえば、やはりそう断定しきれない所があります。
 下記のセリフは2冊の本の両方に書いてありました。離婚した最初の妻小山初代が、その後32才位で亡くなった時、それを太宰に告げた井伏鱒二の言葉です。

​ 「そうか。君は知らなかったのか……、作家というものは、身うちを食ってしまうよ」​

 上記に私は、文学的才能と高尚な人柄は両立しないのかということに触れましたが、井伏鱒二の言葉からは、文学的才能は高尚な人柄を「食ってしまう」とも理解できそうです。

 つまり「人格高潔なやくざ」という表現が矛盾しているなら、ひょっとしたら「人格高潔な作家」というのも、そのたぐいなのかもしれません。(ちょっと極端過ぎる意見ですかね。)
 もしも小説を書いていなければ、太宰治も(そうなると「津島修治も」になりますが)、少なくとも最晩年の、妻美知子がいながらの太田静子や山崎富栄との常識はずれな日々はなかったように思います。

 でも、当たり前ですが、そうなると、私たちはこの目の前にあるすばらしい太宰治の文学作品には出会えなかったわけで、そこがいかにも隔靴掻痒、いい、いっーと、まどろっこしいところであります。

 本文中に司馬遼太郎の言葉が、こうありました。

​ 太宰治の精神、文学が持っているたった一つの長所を挙げよといわれれば、聖なるものへのあこがれという一語に尽きるわけです。​

 これは大いに納得しますよね。
 また、晩年井伏鱒二がインタビューで、あれだけ迷惑を掛けられてもなぜ最後まで太宰と深い関係を持ち続けたのですかと尋ねられた時、だって僕は太宰君が好きだったから、と答えたというエピソードも書かれてありました。

 これも、井伏鱒二のという人ごとの話ですが、つい納得してしまうのが、やはり太宰治の作品であり、ひょっとしたら実際の彼の人柄でもあったのでしょうか。


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Last updated  2019.12.09 08:59:10
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