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勘十郎さんのおみつは、お染から「これこれ、おなごし」と呼びかけられ、ずっこける。笑いは取っていたけどこれはちょっとやり過ぎじゃないかと思う。が、そこから俄然、お染に積極的にイジワルになる。その辺考えていたら、勘十郎さんの解釈が見えたような気がした。お光が久松に出会って十年ちょっとの間の彼女の気持ちの揺れがわかったように感じられた。恋をゆずって出家してしまうくらいなので、彼女、しっかり者だが、決してイジワルなタイプじゃない。お染が久松と相思相愛ってことはおみつも小耳に挟んで知っていたのだ。彼女が大好きな久松のことだからイヤなことでも知っておきたかったから。なのにお染は、久松の実家に若い女がいたら女中だと思うのである。 姉様かぶりで家事をしていれば女中だと思う、そのお嬢様育ちにひがむ一方、その視野の狭さにいらだった。久松の家族のことを知ろうともしない本当に子どもだ。久松はもとは武士の子であったが、父が不祥事の責任を取って切腹、乳母の兄である久作が引き取り、おそらく育児のため、子連れの後家だったおみつの母と夫婦になった。おみつは久松のことを「兄様」と呼んでいるので、久松の方が年上なのだろうが、実際には数ヶ月のことだろう。幼いおみつは一緒に住むことになる久松に初めての恋心を持った。久松は影のある綺麗な少年だったと思う。10歳で久松は大坂へ丁稚に出る。藪入りで帰ってくるたび、背が伸び、垢抜け、大人になっていく、久作も母もできれば二人が夫婦になってというので、一時はおみつもそのつもりでいた。でも肝腎の久松はよい返事をしないし、おみつにはわかったのだ、大坂に好きな人がいるのだと。それが勤め先のお嬢さんということもわかってきて、おみつは一旦諦めた。私は久松にとって妹なのだと。ちょうど母が患ったあと目も不自由になったので看病で忙しくなったこともあった。それでもお夏清十郎の話なんか聞きたくないのである。そうしてるところへ店から久松が帰されてくる。久作は賠償したから店とは縁が切れ、二人を夫婦にしようという。おみつだって数えで17か8、今で言えば高校一年か二年だもん、結婚できるんだと舞い上がっちゃうもんね。まずいタイミングでお染も来ちゃったもんだ。簑助さんのお染は例のごとくむちゃくちゃかわいくてフェロモンが漂ってた。おみつなんか勝負にならないというのはかわいそうに彼女自身にもわかったと思う。衣装も京友禅の最高級品だ。野崎に来るときは襟袈裟(衿の後ろにかけるお地蔵さんのよだれかけみたいなの。まだ娘になりきってない箱入り娘の衣装)はかけてなかったが、16歳、まだ年が明けたばかりなので、満年齢だと14歳だ。中学二年か三年だ。おみつが花嫁衣装としてきてくるのは、タンポポの裾模様の振り袖。袖は切って、結婚後も晴れ着として使う。石持ち(こくもち:紋のところが白い丸で抜いてあるだけ)にステンシルのようなごく簡単な柄(10何年か前見たときは今よりもっと柄が単純だった)、お染の総柄友禅とは全く違う。あのタンポポの着物のような女の子だったのに。前回見たのは、原作通りおみつの母が出たんだけど、作者が「観客を泣かすためならなんでもする」近松半次なので、ちょっとあざとかった。でも、出ないなら出ないで、彼女のお母さん、どうしてるのかしらとちょっと気になったよ。
April 11, 2013
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今朝は4時に目を覚まして、iPad miniの設定をしてから寝よと思ったのだが、いろいろしてなかったことのツケが来て、結局寝られず、このまま京都行きます。両親と従妹(母の方に年が近い)とお食事して、植物園に行きます。総勢34人って大丈夫かなぁ。私は生薬のところを見たいんだけど多分そうはいかないでしょう。それがすんだらさっさと帰って(私は母に十数年泥棒扱いされてたんですが、この間、母が断捨離中にそのブツ[貴金属ではなく巨大なもので「乳飲み子抱えてどうやって持って帰る?やってみ」ってなものです]を発見したので濡れ衣がやっと晴れたんですが、家族三人におもしろおかしく愚痴ったら気が済んで、正直、もうどーでもいいんですが、メールもギリギリ短文で返し、怒ってる振りをしています。いい加減、母の手下でいることは飽きたので、立場の逆転をねらっています[うちの母はそういう人で、私の独立した人格を認めていない])、明日大学に帰る次女のお買い物につきあいます。あ~眠たくなってきました。気をつけて行ってきます。
April 4, 2013
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