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ワイナリー応援団今から3年7ヶ月前、私は島根県が新設したインキュベーション施設への入居が許され、そこから本格的な創業が始まった。私が入居した半年後に一人の醸造家が同じく創業を目指し同じ施設に入居してきた。それから現在にいたるまで、彼の創業のあらゆる場面を見てきた。もちろんすべてが分かっているわけではない。専門領域の話になればまったくもってギブアップだ。しかし、創業者として、経営者としての資質向上と事業の組み立ての部分になれば、お互いに同じ起業家として共通するところも多く、お互いを切磋琢磨し合う仲となった。お互い本気なので、人前でも喧嘩することもある。私は建築家としての創業を行なってきた。クライアント(施主)と建築家という構図なので、事業の仕組みというのか関係性だけで言えばいたってシンプルだ。しかし彼の事業は、単純にエンドユーザー(購買者)と醸造家という構図だけでは収まらないものだ。彼が目指す事業はコミュニティワイナリーというものであり、ヨーロッパにあるような文化としてのワイナリーだ。ヨーロッパでは、エンドユーザー(購買者)と醸造家はもちろん、葡萄の生産農家とエンドユーザーも近い関係にある。つまり文化を共有しあっているのだ。彼はそんなワイナリ-の実現を目指している。ここで重要になってくるのが、いわゆる自治体の協力だ。自治体がこの事業を地域活性化の基幹として捉えてくれるかどうかが重要な要素となる。なぜなら、施設をつくるには莫大な費用がかかるし、生産地というものを創り上げていかなければならない。一般的な栽培方法ではなく、ヨーロッパにあるような一本の葡萄の木から5~6房しか実らせず、葡萄の段階で芳醇なものをつくるというこだわりの生産だ。もちろん土づくりもかなりのノウハウが必要になる。生産としての収入が確保されるのに数年はかかる。果たして本気になってくれるのかどうかが鍵だ。これこそ自治体も地元に基幹産業ができるのだ!という気概で応援してくれなければいけない。いろいろな制度資金について、その活用についても自治体の絶対的な理解と協力が必要だ。一昨年、彼の事業は国レベルの公の機関のビジネスプランコンテストで大きな注目を集め、審査員特別賞を受賞した。もちろん島根県が事業性を認めてインキュベーション施設への入居の許可をきびしい審査を経て与えていることで事業が間違いないものであることが分かるだろう。昨年はじめ、私は応援団を結成し彼の事業をより多くの方々に広めるお手伝いをすることになった。ソフトビジネスパークに集う有志と大応援団をけっせいしたのだ。事業に参画しているわけではないので、事業の組み立てや経営に口を出すという立場にはもちろんない。彼の志がまっすぐであることは誰もが感じていることであるし、おそらく日本ではじめての事業であり、その事業の組み立て成長過程においては様々な障壁が待っていることも容易に想像できる。どのような事業でも創業したものが体験することではあるが、事業の組み立ては組み立てキットを買ってきて行なうものとは違い、目的の実現に向けてアクションを起こせば、それに反応して様々な予期せぬ出来事が連続してやってくる。彼の事業の組み立て作業は並大抵なものではないだろう。我々応援団は、どのような場面でも温かく見つめ、時には手を差し延べることも必要だと思っている。昨年はじめに応援団が集まった。「支援する会」と名付けられたその会には産学官の有志約80名が集まってくれた。彼の事業が組みあがったわけではない。険しい山岳を越えなければ実現しない大変な事業であることは皆分かっている。それに向けていよいよ歩みだそうとしている彼を応援しにやってきたのだ。その会にはなぜかテレビ局が取材に来ていてこの模様がニュースで報じられた。その反響は想像を越えるものがあった。ますます支援の輪が広まった。以来彼は事業の組み立てに邁進してきた。しかし、昨年から今日まで、やはり彼はイバラの道を歩んでいた。簡単な事業であれば誰でもやるだろう。まして崇高な理念はそう簡単には理解できないだろう。事業は彼だけのものではない。そのことは彼が一番よく知っている。皆が一緒に本気になって世界一のワインを創るんだ!という気概を持たなければできない事業だ。だからこそ、同じモチベーションになるように様々な方々と関わってきたという。何より自治体との補助金がらみで彼は大いに苦労をした。何はともあれ、生産者やその生産地域の絶対的な理解がなければ成り立たないし、自治体もしっかり事業の意義を掴まなければいけない。昨年半ば、自治体を事務局として、醸造家、生産農家、自治体をメンバーとした産地協議会というものが結成された。これを聞いた時には応援団としても大いに喜んだものだった。産地も決まり、生産者との話し合いも始まり、苗の植付けも行なわれ、自治体も補助金の交付に向けて動き出すなど、これでようやく事業が本格的に組みあがっていくだろうと思っていた。現在、彼はこの事業が成就されるべく修行に入っている。ほんとうの修行だ。彼にとってこの一年はほんとうに苦しいものものであったろう。自分の力ではどうしようもないものに振り回されてしまっていた。彼は決して人を悪く言わない。寡黙なほどに自分の中に踏みとどまって努力していた。今までの出来事の一部始終を聞かされたのは最近のことだった。思わず涙が出てしまった。大いなる憤りを感じた。生産者や生産地域の方々、自治体はこの事業の本質をまったく理解していなかったのだろう。彼がこの事業をやろう!と思うまでにどのような実績を積み上げてきたのか、どのような志を持ったのか、どのような社会的な使命を感じてきたのか、彼が抱えようとしているのは何なのか。それを感じ取ってほしかった。一企業が、その地域にやってきて、「ここで商売させてください」と言っているわけではない。「この地域の活性化とともに日本でも有数のワイン文化を生み出そう!」と呼びかけているのだ。これこそが荒廃しようとしている里山を救うことであるし、後継者の姿が見えない廃れていく農業を救うことなのだ。少なくとも、島根県ソフトビジネスパークに集う産学官の仲間たちはそれを知っている。産官学の多くの仲間は正しく理解しているからこそ彼の応援団となった。それを見事に踏みにじるものだ。彼は多くを語らない人間だ。実績なども語ろうとはしない。もちろんその実直さ故にそれが人柄となり多くの賛同者を集めているところでもあるが、産地協議会など実際に事業として関わる人たちにそれが伝わっていなければただの企業誘致話になってしまうのだ。彼は20年前、今日の島根県有数のワイナリーとなったワイナリーに醸造責任者として参画し、様々なワインを生み出してきた。本格的なワインづくりも行なってきた。観光を主体とするワイナリーでは一元的な観光客のための安価なワインをつくることを経営側から求められ、そのようなワインをつくってきたという。しかし彼は、日本のワインの本場といわれる山梨県や、フランスのボルドーなどで修行してきた超一級の本格的な醸造家なのだ。実際に外国からも醸造家として来て欲しいと請われているのも私は知っている。彼はその誘いを蹴り、地元でヨーロッパにあるような文化としてのワイナリー、そこには醸造家と生産者がお互いにこだわりをもってワインを創りだし、そのワイナリーに日常的にエンドユーザー(購買者)が訪れ、大いなるコミュニケーションを行なうという構想の実現を目指した。ヨーロッパ型の工房的ワイナリー。彼はスーパーマンなのだ。日本でも有数の醸造家なのだ。それを彼らは理解できなかったのか、理解しようとしなかったのか。この一年の話を聞いた時、彼がかわいそうで思わず涙が出てしまった。彼は寡黙なまでに押し黙り、ひたすら成就に向けて努力を重ねてきたのに、それがねじ曲げられ、いよいよそれは彼の願った方向とは違うものとなっていった。いよいよ軌道修正の時がきた。それでも・・・それでも・・・という期待と努力を失わずにきたのだが限界が訪れた。この間の出来事はあまりにも壮絶で言葉にできないだろう。彼は現在、事業の成就を目指して改めて動き出した。それも、周りの人間に振り回されない確固たる歩みをはじめた。そして今彼は山にこもり修行をしている。信念をますます不動のものにするために。彼を招きたい地域はたくさんあるだろう。しかし彼は地元でそれを成就させたいという思いを勝たせた。しかしそれが見事に裏切られてしまった。かれはすべてを背負った。事情を知らない方々からの叱責にも彼は言い訳をしない。事実は事実として自分の言葉で伝えなければならないとアドバイスした。その上で、もう一度、ほんと~!に理解してくれる生産者、生産地域、自治体と組み、改めて、みんなが待ち望んでいるコミュニティワイナリ-を実現させてもらいたい。金融機関も支援している。なんといっても数多くのパートナー会員や支援する会のメンバーが彼のバックにいることを忘れてほしくない。へこたれるな~!先日の産学官交流会で彼は初めて重い口を開いた。事実ありのままを彼は話した。みんな言葉を失った。昨年の初めに希望に満ち溢れて動き出した事業、生産者の方々も支援する会に参加し、一致団結してやる!と話していたのに。 色々な地域事情に振り回されてしまった。多くの方々がその事業の素晴らしさを理解している。しかし一朝一夕ではできない事業であることも知っている。衰退した農業、その地域を生産者に夢を持たせて活性化させようとするというのは誰が向かっても並大抵のことではない。彼を待っている地域は必ずある。いつか、彼の思い描いたコミュニティワイナリーは必ず実現する。私も地元で成就して欲しいと願った一人だ。自治体の対応や地域の対応にほんとうに憤りを感じる。これで地元はまた大切なものを失った。もういい。彼を待ち望んでいる地域でやればよい。思いっきり醸造家としての力が発揮できる場所でやればよい。それをみんなで応援したい。
2006/07/28
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今週は小樽、来週は東京交流会今週は再び小樽へ行く。部分竣工する物件の完了検査を行なう。今回は最終なので手直しがあれば最後まで見届けなければならない。松江の福祉施設も今週末を目指して重要な局面を迎えている。金曜日が勝負だ。来週は東京交流会が行なわれる。松江の産学官交流会の兄弟版だが、徐々に盛り上がってきた。東京でのはじめての産学官交流会がとても楽しみだ。ここへ来て申込が増えてきた。東京工業大のT教授とは、「誰も参加されなかったら2人で飲もう。」といたって気を楽に持っている。とはいえ、せっかくの機会なので、この交流会にたくさん参加していただきたくさんの出会いを手に入れていただきたいという思いも強い。参加の意向をいただいた方々の肩書きだけを見るととてつもない会だ。肩書きを外して交流する場がどれだけあるのかな。出会わなければ何も始まらないのだから。肩書きが出会いの邪魔をするものだ。この交流会ではその障壁を取り除いた。何はともあれ、分刻みのスケジュールのごとくに、色々なことが繰り広げられる今週と来週だ。日々の業務に埋没しないためにも、このような交流会もあってよいと思う。このような出会いの連続が未来の毎日の出来事のもとになるのだから。今新たな出会いを積み重ねなければ未来はない。
2006/07/24
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魁よりはじめよすべてを受け入れる度量と土壌を持つことは大切だが、しかしそれにも限度があることを今回のことで学んだ。こうだと思い、こうしてくれるものだとばかり思ったことがそうではない答えが出てきた時、非常に不文律を感じた。もちろん規定に照らして物事は進めるべきだろう。しかし、キャパシティというのか、受け入れる度量というのか、それをだめにしてだれも徳をしないではないか。それを通したところでだれも困らないではないか。もう若くて融通のきかないやつは大きらいになった。もちろん道理からすればやつは正しい。しかし、世の中、正しいから正しいとは言えないこともあるのだ。上司も持ち上げられれば「・・・」といわざるを得ないだろう。「持ち上げなければよい。」再三にわたって話した。社会では不条理なことも多いし、泥をかぶらなければ進まないことも多い。かといってもちろん海千山千を肯定しているわけでは決してない。もう瞬間的な危機管理能力の欠如している者とは付き合えない。マニュアル社会の縮図を見るようだ。確かに、マニュアルにそえばヤツの行動は、彼の所属する組織の規定的には正しい。しかし法律や憲法に違反しているわけではまったくない。一民間企業の社内規定に照らしてのことだ。それもほんとうに引っ掛かっているのか?だれが困るものでもなければ社会的に間違っているわけでもない。もっと大きな仕組みの中で物事を捉えてほしい。随分と文句を言わせてもらった。最後はしまったという顔をしていた。彼が将来、同じシチュエーションに立った時、きっと今回のような行動はとらないであろう。世の中のどうしようもない不条理(規定的矛盾)をしっかり見つめてほしいものだ。考えるべきは「顧客の利益」だ。出来事から人々は多くのことを学び取らなければならないと言われている。私自身も今一度「魁よりはじめよ」のごとく常に原点に立つことに決めた。不条理に足を踏み入れることは二度としまい。そのことによって出た答えが、私に向けられるのであれば、その責任は放棄せざるを得ない。それによってだれもその答えを出せないかもしれないしスイッチを押す者もいなくなるかもしれないが、しかしそれは私の責任ではない。そもそも私がその判断をする立場ではない。工務店の社長と顧客がすべきことであって、私の監理は終わっていたのだから。私は請負者ではないのだから。建築家として物事をできるだけ抱えなければいけないと思ってのことだったが、少々踏み込みすぎたようだ。まして融通の利かない若いやからに出くわしたのには閉口した。最後まで、答えを出させるべくその若者を説得しつづけたのだが、最後は何とか顧客のために道をつけようと必死にはなってくれた。最初からそうすればよかったと気付いてくれたのだが後の祭りだ。組織の上まで持ち上がってしまった以上、取り返しがつかなかったようだ。役所の法律的なことでもあるまいし、顧客の利益を考えない組織のあり方に今でも疑問を感じる。自分史として忘れられない出来事になってしまった。
2006/07/23
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10時間の旅今日は朝早く松江市を出発し福山市に出かけた。このところの豪雨で松江市内は冠水で大変な状況だったのだが、朝から天気が回復したこともあり予定していた福山での打ち合わせに向けて出発した。JR山陰線とJR伯備線が全面運休。米子道も不通となれば違うルートで行くしかあるまい。国道54号線(途中で土砂崩れ状態)→中国縦貫道→山陽自動車道 を通り福山にたどり着くのに6時間かかってしまった。福山での打ち合わせはおよそ2時間あまりで終わり、帰路につく。不通となっていた米子自動車道が開通したとの情報が入り、山陽自動車道→中国縦貫道→米子自動車道というルートで帰った。所要時間4時間。一番時間がかかったのは夜の松江市内だった。ま~ったく動かない大渋滞。ようやく事務所に帰り着き久しぶりの日記を書いた。このところ打ち合わせと移動の連続で日記どころではない。というか、私の中から日記のことなどすっかり消えうせていた。しかし、慣性の法則とはおそろしい。毎日のように書いているせいか、松江に戻りふっと一息ついたときに「あ、そうだ!日記書かなきゃ!」別に義務でもないのだが、自分史として書こう!と自分に約束した以上、これだけは守ってやらねばいけないだろう。そうだ。自分との約束だ。そういえば、辛いことも多い中で、随分日記に助けられているな。いろいろ書くことで気持ちの整理もつくことも多い。尊敬する氏がおっしゃっていたが、「創業時期というのは、良いことも悪いことも同時におきて成長するんだよな~」誠にもって私のことをおっしゃっていただいたように感じたものだった。タクシードライバーでもこれだけの連続運転はしないだろう。何はともあれ、長旅ご苦労様でした。
2006/07/19
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訪ねて来てくれる人のありがたさ結局、出張から帰ったあとの連休も出社し作業を行なったが、こういう時にふらっと訪ねてきてくれる人のありがたさを感じる。いなかったらどうするの?と訪ねると、きっといると思った・・・という。喜怒哀楽を繰り返しながら、たまに人と話したくなった時に偶然にもインターフォンが鳴る。ほんとうに人様に支えていただいているなと思える瞬間だ。何かが言いたくて来たのに、話は私にとられてしまって・・・それでも満足そうに・・・? 帰っていく。たまには人の話を聞かなければ!と自分に言い聞かせつつ、思わず話している。創業の坩堝を味わっているのは私だけではない。みんな同じだ。何が頑張れる力になるのか・・・もちろん施主に期待されているのを感じる瞬間だ。小樽ではきびしいことを言われたが、言われて当然であり、それだけプロとして期待されている証拠だ。プロなら当たり前のことなのだが、なんだか言われてうれしかった。何はともあれ人との交わりはいいものだ。
2006/07/17
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金沢での全国大会に参加して金沢で行なわれた経営者の全国大会に参加してきた。中小企業家同友会という会だが、他の社交辞令的な会ではなく、ほんとうに研鑚しあう会なのだが、各地域の代表の方にお会いすることができたが、どなたも人格が素晴らしい方々ばかりであった。なにより、今後、経営者としてどうのような勉強をしていけばよいのかを学ぶことができたのがよかった。建築家と経営者とどのような関係にあるのか。もちろんある意味、同異語だ。どちらもおおやけをm司る使命がある。建築家、すなわち経営者だ。単なる会社の運営をするというのではなく、社会全体を見据えた立場にあるということだ。会社の経営者ももちろん社会全体を背負いながら、つまり顧客の夢の実現を担う立場にあるのだ。同友会の全国大会に参加し、建築家としての使命がより明確になった。
2006/07/16
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コミュニティの創造様々な活動の中で、コミュニティの概念が見えてきたように思う。現在行なっている産学官の交流会にしてもメールによる情報発信にしても、よい働きかけになっているようだ。やはり黙っていては何も伝わらないし、じっとしていたら傍目からは何をしたいのか皆目見当もつかないだろう。能動的な人間というのはじっとしていてもじっとしていられない。私自身強烈な能動型人間だ。出張の行き帰りの飛行機の中でも、最初は周りに気をとられているが、その内に自分の世界にのめりこんでしまう。ああでもないこうでもないと将来のことを考える。単純作業していても頭は崇高な定理を考えている(笑)などというと笑われるかもしれないが、ほんとうにそうなのだ。20歳ごろは、周りからは随分と「生意気だ!」と言われたものだった。もちろん横柄な態度をしていたわけではない。40歳50歳の方々と丁々発止をやったものだから理窟っぽく思われたのだろう。しかしそれは間違っていたとも思わないし、50歳を超えた現在でも当時の考えはそのままで、同じことを言っても今なら「なるほど!」とみんな聞いてくれる。当時としてはしかたのないことだったのかもしれない。なんにしても年寄りからすれば若い者は至らぬ存在でいなければいけないようだ。しかし、これからの時代のあるべきコミュニティの創出を見つめてみると、ここらあたりの部分で年寄りがもっと勉強しなければいけないと思う。私は試みに、私が代表世話人をしている産学官の交流会に、大学生にも参加してもらっているが、これが案外いける。男の客だけしかいない飲食店に若い女性客が入ってきたとたんに雰囲気が一変する(笑)ように、その存在は人間関係に何かの化学変化をもたらし、今までに経験したことのない世界が生まれる。社会には、経営者が集う色々な会が存在しているが、どこか偏った世界に思えてならない。例えば政府系の要人を招く時にはあくまでお客さんで、胸にバラを付けさせられたりしている。交流もなにもあったものではないだろう。というような、普段ならお客さんをしておられる方も、学生も、はたまた主婦も・・・ようするに誰でもよいのだが、そういう方々が集まる交流会だ。こんな会は、公の組織が行なおうとしてもできっこない。なぜなら、目的が見出せないからだ。しかし、コミュニティとはそもそも目的がないものだ。理念で集うものがコミュニティであるわけでもなく、職業の一緒な者が集うのも違う。コミュニティは、社会そのものの状態を素直に受け止めてそのまま再現すればよいだけのことだ。だから「産学官交流会」といっても特別な人たちが集まるわけではない。(職業的には高官と言われる方もいるが)世の中すべての人が産学官のどこかにいるのだから、ようするに単なる交流会なのだ。しかし交流会をしましょうといっても誰が対象か分からない。産学官交流会というと、なんとなく自分も入っているのかなと思ってしまう。交流会は3年経つのにいつ開催しても新鮮で楽しい。普段着で話ができるからだ。そこにはいかめしい代表理事もガバナーもいない。要人も学生も主婦も同じ「参加者」という立場で集う。共通の土俵の上で話ができるのだ。この出会いによって気持ちや人間関係に化学変化を生じ、すがすがしい気持ちになれるのだ。こんな自然であたりまえの集いが、今の社会では皆無に等しい。松江で行なっていた産学官交流会が8月に東京で開催されることになった。まさしく、政府系の方、大学系の方、産業系の方、福祉系の方、学生、主婦・・・今までに体験したことのない交流会を味わっていただけることだろう。関西の大学に行っている息子が、自分も出たいと言ってきたが、ぜひ参加しろ、と言ってやった。普通、親父の関係の世界に息子が入るなどとは考えられないことだが、私にとっては一学生に過ぎないし、むしろ学生にも大いに参加してもらいたいと思っている。くどくど書いてしまったが、要するにコミュニティとは理窟ではない。老若男女であったり様々な職業の人たちであったり、それぞれの間にある壁を取っ払うことができればそれだけでコミュニティは自然に成立する。種を撒いて水を与えれば根は勝手に生えてくる。コミュニティとは根っこのようなもだ。条件さえ与えればよい。カリスマ的理念など邪魔だ。あるいは別の言い方をすれば、海水魚と淡水魚は同じ水槽に飼えるのだ。飼えない!と思い込んでいる人はコミュニティの創出能力はない。海水魚の水槽に少しずつ真水を入れていけば(ノウハウは必要)いつしか半分の濃度の塩分で生息できる。一方、淡水魚の水槽に少しずつ海水を入れていくと、海水の半分の濃度の水でも生息できる。この状態の海水魚と淡水魚を一緒に入れると両方が生息している水槽が実現する。つまり、これがコミュニティなのだ。政府の要人や経営者と学生や主婦が一緒に集えるなどとは一般の常識では考えられない。しかしながら、私の交流会では、2~3回一緒になるとお互いに親しく談笑される状態となる。普段なら、胸ににバラをつけてお客さんをしていらっしゃる方に、学生や主婦が「またお会いできましたね。最近忙しいですか?」などと、街角でであった町内会のようなシチュエーションだ。これこそがコミュニティが実現している状態なのだ。
2006/07/12
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金沢 小樽今週半ば、金沢を経由して小樽入りをする。金沢ではどんな出会いが待っているのだろう。昨年の今ごろ、期待に胸を膨らませて小樽入りをしたことを思い出す。きっと新たなドラマが待っていることだろう。小樽の工事は順調に進んでいる。この時期の北海道はすごい人手だ。こうして一年間小樽に通う中で様々な場面を体験することができた。毎回色々なドラマがあった。春夏秋冬の小樽を体験できたことは幸せなことだ。
2006/07/11
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福山 仕様の決定今日は福山に出かけ、仕上げなどの仕様を決定した。できるだけ自ら選んでいただくように促すのだが、途中でギブアップ。私が提示したものにことごとく決まっていくことは、果たしてよいことか悪いことか。もちろん託された建築家として仕様は示すべきだろうが、やはりクライアント(施主)の気持ちの奥底にあるものに働きかけることも大切だ。そこから思わぬものが出てくる場合があるからだ。いかなる場合でも色々な方々のアイデアなり意見を深く受け止めることが大切だ。自分自身の頭だけで物事を決め付けるのはよろしくない。言い方は悪いが、人の頭も目一杯使い、全員総出で建築を創り上げることが大切だ。もちろん建築家として総合的に纏め上げることはいうまでもない。住まいの場合は、むしろクライアント(施主)にゆだねたほうがよい場合が多い。自分の家のことだから皆さん必死だし、奥にある思わぬ才能が開花することがあるだろう。それを感じ取るのも楽しみのひとつだ。
2006/07/10
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産学官東京交流会3年前から、松江のソフトビジネスパークしまねに集う産学官の有志で行なっている産学官交流会がいよいよ東京進出となる。6月の交流会に東京工業大学大学院のT教授にご参加いただいたのだが、ぜひ東京でもやろう!ということになり、東京工業大学大学院のキャンパスを会場に行なうことになった。要職にある方々も肩書きをはずしてご参加いただいているが、普段出合うことのない方々が出会うことによって色々なことが手に入ることだろう。例えば、国の機関の要職にある方が松江に赴任されても表面的な街しか分からないかもしれない。しかし、交流会には産学官、学生、主婦まで参加される。街で繰り広げられる様々な生の情報を得ることができるだろう。仕事に直結するかどうかは別にして、少なくとも有意義な赴任期間を過ごすことができると思う。東京でも、あれだけの人がいても結局付き合っているのは限られた方々に過ぎないのが現状だ。それも分野別に満遍なく付き合えるという機会は皆無に等しい。要するに単なる立食の飲み会に過ぎないのだが、この場こそが社会へ開かれた扉だと思う。T教授とのすり合わせも進んできた。いよいよ案内メール発信の時がきた。
2006/07/09
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隠れた名店昨夜は、当社の株主さんに招待されて中海にある大根島の隠れた名店に行った。そこでの出会いもよいものだったが、何よりこのような町の片隅にこのような名店が潜んでいようとは。開店して2年あまりで、テレビで紹介されたらしいが、ほとんどテレビを見ない私なのでまったく知らなかった。2次会で連れて行っていただいたスナックも、これまた隠れた名店だった。もちろん知っている人は知っているのだろうが、私にとってはまったく未知の世界だった。時にはこのような息抜きも大切!とばかりに招待していただいた気持ちがうれしい。多くの方々に支えられて今日を迎えている。実績もそこそこに出来てきたし、建築家としてのコンセプトも明確になってきて、約1千人の方々に配信しているメルブックを通して多くの皆様に知っていただけるようになってきた。来週は、またまた福山と小樽へ行く。温泉津も頻繁に通うようになった。松江では、由緒ある古建築のリニューアルの依頼もいただけるようだ。隠れた名店で英気を養うことができたので、さらにエンジン全開だ。
2006/07/08
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温泉津(ゆのつ)での格闘 6時間30分古建築の再生(概念としての新築)を引き受けると、最初に行うのが現状の把握だ。既存を表した図面があるということでそれをいただき検討してきたが、どうにもこうにもつじつまが合わず、本日、大挙しての現地測量となった。柱の位置、通り芯の割り出し。梁(はり)や桁(けた)、帯木(おびき)の入り具合、傾き具合、不都合な点などの洗い出し。作業は実に6時間30分に及んだ。松江の商家リニューアルの時は、こんなものではなかった。一つ一つ解きほぐしていきながらの作業は検討期間を入れながらそれだけで実に1ヶ月以上にも及んだ。幸いに、今回の物件は、複雑なようで構造体は比較的理路整然と並べられていることが分かり、今までに5回の調査を行ってきたが、本日本格的に人手を入れて調べたことにより、おそらくあと2回で調べ終えることができるだろう。古建築の再生プロジェクトは、どの物件でもほぼ同じ要領で進めていけばよいことが分かってきた。クライアント(施主)のコンセプトが明確になれば、あとは顕在化するための計画作業の開始だ。図らずも、古建築の再生を依頼されることが多くなってきたが、まだまだ浅学ではあるものの、以前、京都や奈良の古刹(こさつ)通いをしたことが非常に役に立っている。なにより、私の周りに優秀な職人がいてくれることが、もっとも大きなことだろう。建物の全容が頭に入るにしたがって、イマジネーションの扉が徐々に開き始めている。先日、クライアント(施主)のコンセプトの一端を感じ取れたように思うが、以降、思考がざわめきだしていた。内部にたぐい稀な空間を内包させる。主人公はクライアント(施主)のコンセプト。コンセプトの実現空間。いよいよ話題の旅館の設計開始だ。
2006/07/06
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それでも先を見る今日は福山だったが、移動時間の中で色々なことを考えることができた。昨年は正直色々なことがあった。良いこと悪いことが同時におきた。悪いことのしわ寄せは今でも続いている。正直気の滅入ることも多かった。しかし、そんな状態を救ってくれたのがNHKと日経アーキテクチュアだった。マスコミに紹介されたことが、直接的かつ間接的に全国への足がかりとなったからだ。ピンチとチャンスは同居してるな。出来事から何かを学ぶとすれば、昨年の出来事からは、自分の姿勢の見直しというのか、あるいは強靭な精神力を持つ!ということなのか、自分を信じる力とを持つ!というのか、とにかく前を見て進むことの大切さを学んだ一年だったと思う。アチーブメントの青木仁志先生から教わったことも私を前向きな方向へ導いてくれている。第一象元(目の前のこと)ばかりに手を取られる状態から、第二象元(近未来)に目を向け、先々の対処を事前にできる人間になること、目の前のことに振り回されない自分を実現していくということ。今年の3月からは、ハマムラさんやシンチャンにお手伝いいただきメルブックを発行した。お陰で目の前の様々な出来事に対処しながら、先々を見据えたコンセプトを構築していると思う。理窟の世界ではなく、感性の世界といってよいだろう。まだまだ目の前のことに振り回されているが、しかし、いつしかそれも落ち着いてくるだろう。もしかしたら今が一番揺れのピークなのかもしれない。設計依頼をいただいているその物件、あるいは、クライアント(施主)のコンセプトを見つめることが近未来を見つめることになっている。何はともあれ、とにかく自分を無理やりにでも第二象元に常に導く気持ちが大切なのだと分かった。さすればおのずと道は開けるだろう。最近とみに設計依頼をいただくことが多くなってきた。ありがたいことだ。メルブックのお陰か、実績が積み上がってきたことによるものかは分からないが、何にしても世の中に認められるということは並大抵なことではないことを今更ながらに感じる。ここまできたのだから当面の目標としていたステージを目指す。
2006/07/05
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福山 → 温泉津明日は福山の物件の現場打合せだ。先日は福山から大阪を経由して小樽入りしたが、新幹線の時刻を皆さんで慮(おもんばか)っていただいた。人の心の気遣いを感じ、ありがたくて胸がじ~んとしたものだった。明日再び福山へ。関係の皆さんが工事完了を心待ちにしておられる。施工者の一生懸命さも伝わってくる。きっとよい仕事となるだろう。明後日は温泉津だ。いよいよ旅館リニューアルプロジェクトがスタートした。本日はオーナーと女将の突然の来社にひるむことなく、今度は私が温泉津入りだ。昭和初期に建てられた旅館はまさしくその時代をそのまま感じさせてくれる風情がある。その風情を決して失わせない。仮に大きな改修になろうともだ。「概念としての新築」を果たしてこそ意味ある建築となるが、性格までいじろうとは思っていない。性格は変えられないもの、変えてはいけないものだ。もうじきコンセプトが明らかになる。もしかしたら、今日の雑談の中で出ていたことかもしれない。空間性や手法についてはすでに見えている。問題はコンセプトだ。コンセプトなくして空間やデザインは存在できない。この旅館は、深遠なるコンセプトに包まれた中で存在していくことを要求されている。オーナーの、女将の描くコンセプトだ。明後日は徹底的に建物調査だ。ひとつの生命体として旅館が動き出そうとしている。みんなで生きを吹き込もうとしている。いつしか社会に大きな影響を及ぼすものとなることを、今日のオーナーの話を聞いて確信した。
2006/07/04
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激動の向こう側「今見えているもの、今しているその向こう側にあるものを見つめるんだ」30年前、この言葉を安藤忠雄氏に投げかけられた瞬間のことをついさっきのように思い出される。この言葉は、私が建築家となった現在、さらに真実味を帯びて私に迫ってくる。日常の様々な体験の、あるいは、設計依頼をいただいた物件のコンセプトを見つめるとき、常に聞こえてくる。お陰で、建築家の仕事とはこういうことなのかもしれない、と思える日々を過ごせているように思う。安藤先生の一言がなければ、決して大げさではなく、今日という日は迎えられなかった。建築家の仕事は真実の追究だ。あるいは「意味のないことはしない」という言葉のほうが分かりやすいかもしれない。つまり意味のある仕事をする。意味ある状態にしていく。だからこそ、意味のあること(その向こう側にあるもの)を見つめていく。私の思考は来年を生きている。いや、3年後、5年後、10年後を生きている。その時点その時点でのあるべき姿を想像してそれを現在時点までフィードバックさせ、その辿るべき道筋を描く。そして進む。将来への不安は一切ない。たとえ今がどうあれ、将来の姿を明確に描くことが出来ているからだ。五年前、建築家となろうと決心した。コンセプトを芯とした活動をしよう、いや、コンセプトを芯とした仕事しかしない、と決心した。そして5年後の今日、図らずも、活動は全国へと広がった。コンセプトを見つめなければならない設計依頼ばかりだ。まさしく思い描いたとおりになっている。何はともあれ、長期的レンジで物事を見つめていくことが大切だ。現在手がけている設計物件の一つ一つについても同様だ。次第に、クライアント(施主)の未来を見つめる思考にシフトしてきた。「顧客にとっての生涯にわたる利益の実現」これが、私の建築家としてのコンセプトになろうとしている。本日、温泉津の旅館のオーナーと女将が突如来社され、急遽の打ち合わせとなった。細かいことも当然だが、そこにコンセプトを追い求める姿を見た。「今はまだこういう調子でいいんだね?」と言われ、「そうです。」と答えた。コンセプトを見つめる作業は理窟ではない。何かが成熟したときに明確になる。今は仕込みが終わって熟成させている状態だろう。何はともあれ、建築家としてのコンセプトも問われている。その向こう側を見つめる思考を問われている。クライアント(施主)にとっての拠り所となる建築家。これが私の姿勢だ。
2006/07/04
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建築家の仕事(二)このところメルブック発信を行いながら全国へ出掛け、全国で御目にかかる方々との語らいのなかでメルブックを取り上げてくださる方が増えた。これにより、やはり理念があってこその建築であることを確信した。私が発信している一連のメルブックについて、「まるで東大の大学院出身者の論文のように思えるよ。」と言った人がいるが、それは決して誉め言葉ではなく、もっと分かりやすく書けよ!というアンチテーゼだと感じた。しかし私はこのスタンスを止めるつもりはない。なぜなら、私にとっての一番楽で素直な文章だからだ。これがセールスレターなら、思いっきり分かりやすいプレゼンテーションにすべきだろう。たとえ小難しいと思われても、これが本性だから仕方ないだろうと思っている。比喩が悪いが、人間どこかで「大様の耳はロバの耳!!」と大きな声で叫ぶ穴が必要だ。私にとってそれがメルブックなのだ。ここには、私の理論も理窟も実証もすべて書き綴っている。一方、このところ、全国の方々から理念に賛同してくださる声も増えてきた。小樽で超VIPを紹介していただきお会いできたのもこのお陰だ。建築家の仕事とは、単なるデザイナーとは違う。そこに解きほぐされる理念がなければデザインはできない。「建築」が建築たる所以を指し示されないようなものは、本来、建築家は手がけてはいけない。私の場合は、まして、建築家の回路を閉じての仕事は一切出来ない。だから、とても貧乏している。過去、人は私を理想主義者で現実を見ないという人もいた。ようやく自分の理念と時代が一致してきたのかもしれない。何にしても、理念をご理解いただける方が全国にいらっしゃることが分かった。その方々のところへメルブックが私を連れて行ってくれた。
2006/07/03
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小樽 今回の小樽では超VIPとの出会いの場を与えられた。 昨夜は、VIPとの約3時間あまりの会食の席であっ たが、関係の方々も含めすばらしい人格にふれさせて いただき心洗われる一時であった。私が手掛けさせて いただいた遠藤又兵衛邸リニュ-アルのコンセプトを お話しするとともに、私が発信した遠藤又兵衛邸特集 の「ワ-クショップ」もお渡しできた。 本日(7/2)10時から行われたVIPの講演会に先立 ち楽屋でお会いしたが、しっかり読み込んでいただい たようで、ひとしきり 話に花がさいた。 講演会は、満席の会場で2時間あまりの心洗われる お話しだった。 13:30、遠藤又兵衛邸にVIPをお招きしご案内した。 遠藤邸に設けられた交流ホ-ルは、「一乗ホ-ル」 と名付けられ一般にも貸し出されるという。 ------------------------ 小樽では昨日の朝、アメリカ海軍の空母キティ-ホ-ク が入港し、私が小樽入りした夕方は町中水兵だらけだった。 本日、予定をすべて終了し小樽駅からJRで千歳空港 へ向かう電車の中には、アメリカ本土からきたのだろ うか、兵士一家が札幌駅でおりていった。 空母を間近でみて、世界の本質を垣間見た。
2006/07/02
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