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まだ引きずっているのかと思われたくなかったけれど、ひきずっているようです。「これで最後にする」を何回繰り返したら本当の最後になるでしょうか。件の元友人から年賀状が来ました。ただ、いつも必ずあった美しい文字での一言がありませんでした。私は出さず、返事も返しませんでした。以前彼女からの年賀状がなかった時に、何かあったのだろうかと「お元気ですか。まだまだ寒いですね。」と寒中見舞いを出しました。元友人から私へのそんな便りは、当然ですが、ありません。彼女への誕生日カードも去年から止め、今年も過ぎました。「年賀状」「誕生日」。イベントが終わりました。何と言うのか、アプローチの仕方がこんなに違っているのに、私自身がそれを直視していなかったというのを確認しました。見たくなかったのだと思います。「彼女は友達!」というのが一番で後は目隠しをしていたのです。では、彼女が嫌いなのか?と問えば、そんな思いは湧き上がってこないから不思議です。今年に入って職場の人と待ち合わせてランチに2回行きました。「気になるお店があるんですが、一人で行くのもなんなんで、もしご興味があれば一緒に行きませんか?」という距離感です。そして思ったのは、私の中の友人や知人のグループ分けと付き合い方が単純で硬直したものだったのかもしれない、ということです。当然のようにこの人は友人、この人は知人、この人は…というふるい分けをしていました。そうじゃなくて、私とその人とは縁という糸で結ばれている、という考えが浮上してきました。その糸は、絹糸かもしれないし、毛糸、麻糸、ビニールテープ、ロープ…かもしれない。長さも色々。短いけれど細い糸。遠いけれど太い糸。その糸の強度に合った調度良い力加減で、お互いにピンと張る、というのが良いのかもしれない。きちんと手入れをすれば細い糸が徐々に強くなっていくかもしれないし、放ったらかしで切れてしまうかもしれない。こっちが手入れをしていても、向こうが手放せば、残念ながら縁がなかった。その反対もしかり。一期一会でも糸は張れる、と思う。買物で「これ下さい」「はい、どうぞ」だけでも、波長があえば、ピンと糸が張れる気がする。会う人、会う人と、丁寧にピンと糸を張る気持ちで接すれば良いのかもしれない。それを恐る恐るでも徐々にきつく引っ張って、友人だったらこれぐらいでは切れないはずと試していた気がする。「友人」という言葉にとらわれて、相手に無理を強いていました。無茶していました。ごめんなさい。相手を見て、この人との縁の糸の種類や強さ、お互いの張り具合を感じるようにしよう。それがどんな糸でもきっとピンと張れた時は気持ちがいいはず。そして、残念な時もある、ということを受け入れよう。私も、相手も、晴れの日ばかりではないから。そんなことをぼんやり思っていたので言葉にしました。
2013年02月28日
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