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昨晩、漫画家の戸部けいこさんが亡くなったとの報せを受けた。 篠原涼子主演でドラマにもなった「光とともに…」の原作者の方。レディースコミックでその連載はつづいていて、単行本の第14巻では自閉症の光君もすでに中学生。 新刊が出ないなあ…と思っていたら、昨春から入院中で連載も3月から止まっていたとのこと…。まだ52歳の若さだったのに…。 モデルになった自閉症児への取材だけでなく、いろいろな人や施設への取材を通して作り込んだマンガだったと思う。ストーリーも普通に楽しめるから、一般の方へどれだけ自閉症の啓蒙になったことだろうか。今やどこの学校の図書館に行ってもおいてあるし(私が行ったところはいつも私がリクエストカード書いたけどw)、生徒がはまって読んでいる光景も何度も見た。 タイプがうちのSに結構近いこともあり、作品の中でいろいろと参考になることもあったし、いつも少し先を行ってくれる光君のおかげで、学校のことも社会資源のこともいろいろと勉強できた。たぶん、障害児(特にカナー型の自閉)の親にとって福音みたいなマンガだったのではないだろうか。 障害児やその家族への暖かい視線を持ち、取り巻く環境の厳しさと最新情報を盛り込み、一般の読者を引きつけていく手腕…そんなすごい人にまだまだ活躍していただきたかったからものすごく残念だ。光君が「元気に働く大人」になるのを見届けたかったなあ…。それ以上に、そんな影響力のある良き理解者を失ったことは、日本いや世界の自閉症業界(そんな言い方ないけど)にとっての大損失だ。 戸部けいこ先生、本当にありがとうございました。たぶん、この本のおかげで、知らないところでたくさん助けられていたのだろうなあと思います。 ちなみに私が担当する社会科の選択授業(社会福祉)で、いつまで待ってもレポートが出せなかった人(主にやんちゃ系女子)は、このマンガの第1巻を読んで感想文を書くことになっていて、過去に数人が読みました…。【送料無料!楽天ポイント3倍!】【中古本】光とともに…~自閉症児を抱えて~ (1-14巻続刊)漫画全巻セット 「北の国から」を見ても泣かない冷血わらGがこのマンガには一度泣かされたました…。(笑)。
2010/01/29
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小林繁さん死去のニュースにびっくり。 彼の名はどうしても江川卓さんとの電撃トレード(巨人がズルをした「空白の一日」の代償)で語られるけど、そういう悲劇的な面よりも、その年に「阪神の、巨人にめっぽう強い投手」として、帽子を飛ばしながらすごく熱かったのを思い出す。 実は小学生時代の私は大洋ホエールズ(無理して言えば今の横浜ベイスターズになるのかな)ファンだった。その昔、下関球場がフランチャインズだった影響だった。しかし、当時あまりにも巨人に対して弱い。その弱さたるや2ケタ得点で負けてしまう…。 巨人が勝っているとテレビが切られるアンチ巨人の父を持つ我が家では、大洋の試合はあっという間に中継が終わる。しかし、この小林繁投手の活躍で、放映時間は延び、家族そろって喝采! その頃から大洋ホエールズを見限って(笑)、阪神タイガースファンになったのである。彼のあのかっこいい姿がなければ、私はプロ野球そのものに興味をなくしていたかもしれないなあとまで思う。 とはいえ、こうして突然に心不全でなくなったことがショック…やはり悲劇のヒーロー的要素があるのか…。数年前のCMで、江川氏と言葉を交わす様子があり、「今になってこんなことを引っ張りだすとは…なんとすばらしい(笑)」と思っていたのだが、その後でこうなってしまったことを考えると、あのCMを企画した人は超ファインプレイだったなあ。 阪神つながりっていうのも失礼ではあるが、阪神大震災…神戸が壊滅的だったあの地震から15年。テレビ局もそれぞれの視点でドラマを作っていて、その頃感じたいろいろな感情を思い出さされた。 ちょうどその年は、初めて中3の担任をしていた年で、最初に朝のニュースで火に包まれた街を見て「こんな状況になったら高校入試ってどうなるんだろう?」と思い浮かんだ。 2年くらいして、修学旅行(京都・奈良)の実地踏査の時に、日頃生活指導部の安全指導担当者ということもあって、神戸に足を伸ばして長田区の中学校に話を聞きに行った。長田区はまだ焼け野原になっている部分があったし、ビルが途中から数センチずれていたりしていた。でもその時にたくさんのいい話を聞いた。 近所のコンビニでは少しの窃盗はあったかもしれないが、多くの人は店の人がいないのにレジの上にお金を置いていき、後から来た人もそのお金を取ることなくまたお金を置いていたとのこと。 またまだ公的な支援が動き出す前にY口組などの暴力団組織が焚きだしをして被災者に振る舞っていたということ。なんでも抗争で籠城する時のために食料の蓄えがあったとかなかったとか(笑)。 あと、避難所となった学校には無秩序に人が教室を陣取ってもめていたけど、教員の頭数がそろってから平等な割り当てをして強気で納得してもらったとのこと。防災倉庫はあったけど、役所の人がカギを持っていて到着まで開かないので扉をぶち破ったこと。無茶いう人をいさめたり、みんなで何かやることを呼びかける時に、なんだかんだいいながらも結局、「職業が教師」という人たちがていねいに大胆に仕切っていたこと…など興味深い話が聞けた。 そういう、人のつながりとか命の大切さとか、日本人の道徳性とかを考えさせられるとともに、「この国は捨てたもんじゃないぞ」と当時希望をもらった。 ところがそれから15年たった今、あの時の人のつながりとか道徳性とかどうしてしまったんだろう? 便利なネット社会がライフスタイルを変えていく中で、その頃目立たなかったような意見をたくさん見るようになった。たとえば見ていたホームページとかが荒れ出すとつい成り行きを見守っているけど、あとから「見なきゃ良かった」という気になる。 匿名のまま発言して悪口やあげ足取りがつづく。悪意の応酬に気分が悪くなる。人にはみんな善と悪の二面性があるとは思うけど、軽々しい発言とか、人を小馬鹿にするような発言とかがあまりにひどくて、「こいつが目の前にいたらぶん殴りたいなあ…」という気にさせられながらも何もできないジレンマに気分が悪くなるのだと思う。 かといってそんなところに正論を書いたら自分が袋だたきに合うだろうから絶対に書かないんだけど(笑)。 自閉症協会関係の掲示板あたりも、障害を持つ人をからかう、もっとひどい言い方で差別論者や存在否定者あたりがそういう意見を書いて、まともに反論していった高機能自閉症やアスペルガーの当事者と思われる人が永遠の口論に巻き込まれたりしているのを見るといたたまれない。(ちなみに東京支部は掲示板閉鎖) その匿名性からか、そういうことを期待する人がネットの世界には多いのか、過激な意見や右傾化した意見が目立つ。「あれ、大勢はそっちなの?」と思うこともしばしば。 ジョン・レノンの平和思想が…なんて言ってたら非国民扱いされるような時代が来るのだろうか…。それこそ何年もかけて社会科で、国際理解とか平等とか侵略戦争とか伝えていっても、K林よしのりのマンガが流行ればみんながたくさんだまされていってしまう。というか同じくらいのパワーを持った「伝え手」を平和グループの方が持てなかったことが敗因なのか…。キヨシローだってがんばっていたし、戦争を描く映画の名作は圧倒的に「平和」を訴えているんだけど。 酔ってないのに話が飛躍して支離滅裂になったが、神戸新聞社の7日間というドラマを見た後、「今、あの時の神戸と同じような災害が日本のどこかで起こったら、同じように人の中にせめてもの希望が見いだせるのだろうか?」と考えていて、薄ら寒い気持ちになった。教育は時代の勢いに負けてるってことについてはすみませんとしか言いようがないのだが…。フランスローズ 接木大苗デルバールローズマミー・ブルー
2010/01/18
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この冬休み、昨年は家族の骨折でキャンセルした年始小旅行に行ってきた。 行き先は、浅草花やしき!(写真はただの占いの機械) 昨年は1月4日から1泊の予定にしていたのだが、今年取り直す時になぜか1月3日からにしてしまっていた。3が日は浅草に人が多いのはまちがいない…ので、急遽3日はお台場にまず行って夕方に浅草に行くことにした。 JR新橋駅からゆりかもめに乗っていく。こんなところで、5年前の小学校社会科見学の時の実踏が役に立つとは(笑)。青海駅で降りて、観覧車に乗る。これはでかい。というか高くて恐い。少しだけ開く窓から下をのぞき見るSは何者。 観覧車を降りると長蛇の列。そこの大型ショッピングモールの初売りらしい。人ごみを避けてここに来たのにやっぱり人がいる…東京すごい。 次にめざしたのは、「大江戸温泉物語」…これまた小学校社会科見学の時のひそかな実踏コース。もちろん本番では行かないけど(笑)。ここは、温泉とお店からなる施設で、中でみんな和服に着替えるので江戸気分が味わえる。だけど相場から考えると結構高い。 まあ、正月3が日から風呂に来る人なんてそういないだろう…と思ったのに、開場前に外に20番目くらいに並んだつもりだったが、すでに建物の中に長蛇の列。列は蛇腹のように行ったり来たりしていて入場までに30分くらいかかった。 列が動きながらとはいえ、Sがこういうのを少しなら待てるようになっていて良かった~。 入ってから何が大変だったか…Sが和服を脱ぎたがること。男女一緒に行けるし、後で集合場所にもできるからまずは「足湯」に行こうとしているのに、本人はここが風呂施設だとわかっているから全裸になりたがる(笑)。しかし、足湯でなく温泉に行くにしても、一度江戸の町を通らないと行けないので、そこを全裸ってわけにはいかないので必死に着せる。 で、やっとついた足湯だが、今度はその中を歩きながら脱ごうとするのですそが濡れそうになったり、人の世話を焼いていると自分のすそが濡れていたり、やっと座らせて一安心かと思いきや、今度は足湯に服のままつかろうとしてずり落ちていったり…とまったくくつろげないまま。とにかく早く温泉に入れるしかないので、妻と合流したらすぐにその次の待ち合わせを決めて大浴場へ。 いやあ、人が多くてびっくり。ここは大江戸温泉といいつつも、檜風呂の一部だけが温泉であとはただのお湯。ぜひとも温泉にと思ってうまく誘導したのだが、ちょっとお湯が熱くてSは足だけ入れたまま出たがる。 そして、露天好きなこの男は、私をぐいぐいリードして、外へ。こうして細長くてやや空いていてぬるい露天風呂(温泉ではない)でやっとくつろげた。 風呂上がりは和服に抵抗がなくなったらしく(慣れていないからいやだったのではなく、裸になって風呂に入りたいというアピールをしていたようだ)、江戸の町でコーラ片手にくつろぐS。 食事もすませて、もう一度露天風呂に行き、ゆりかもめで日の出桟橋に戻り、水上バスに乗る。日の出~浅草行き。レインボーブリッジはどんどん離れていくだけだが、たくさんのしぶい橋の下を通ったり、カモメがたくさん飛んできたり、遊覧気分は味わえた。もっとも、揺れ方がちょうど良かったのか、妻は乗ってからすぐ道中の50分くらいすべて爆睡。どう考えてもここまでの流れで疲れてるのは男湯の俺の方なんだけど…。Sは起きていて、景色は見ずにずっと下の方向、船が川の水を切って進むのを眺めて喜んでいた。 あとで気がついたがこの日一日中、「レインボーブリッジ」のことを「ベイブリッジ」と呼んでいた私(笑)。ビデオとりながら言ったり、ゆりかもめで見えている時に言ったり…まわりで聞いていた人は突っ込みたかったに違いない。 水上バスが浅草に着く頃には建設中の「東京スカイツリー」が見えてきた。すでに200m以上できていたので、この3倍(643m)…と考えると完成品はとてつもなくでかい。建設中のを見るのは今しかないわけだから…とうれしくてその後も写真を撮りまくる。(笑) なんとなく、映画「三丁目の夕陽」の作りかけの東京タワーのイメージがあって「おお~」と思ったけど、日頃見えるところで暮らしているわけでもないし、高度経済成長もしていないし、特に感慨はないか…。 浅草寺は5時を回ってもかなり混んでいた。仲見世通りは歩けたけど、参拝する手前で入場制限。待てない系の我が家は、右奥の浅草神社(三社祭はこっちの祭り)に行って満足。 夕食は、浅草ムード漂う店…は混んでいるのでどこにでもある居酒屋「つぼ八」。 それぞれの好物があり満足。 ホテルはドーミーイン浅草。和洋室に3人で泊まったが、素泊まり一人4000円! しかもこのホテルチェーンは大浴場があって夜も入れる。我が家のホテル選びの条件は「ベッド(飛び跳ねるため)&大浴場(寝なかったり夜中に目を覚ますと入る)」で、しかも安かったので最高であった。露天風呂から隅田川と東京スカイツリー…なかなかよかった。 ただ、Sは夜になって、部屋の鏡を見て急に泣いたり興奮したり…もしかしてまた何か出ちゃったというか見ちゃったというか…今回は部屋で写真を撮らなかったのでオーブの出現はわからないが、たぶん私たちにはわからない世界の住人がいたのかも(怖)。 朝食はホテルのバイキングをと思っていたら、この日は「月曜100円カレー」の日。カレーにサラダに飲み物まで付いてこの値段。普通ならすばらしいのだが、実は私以外の二人はカレーが食べられない人たち。Sは寝たまま朝食抜き、妻は近いマックへ買いに行き、私一人100円カレー。味はイマイチ…。たぶん、週に一日メインシェフを休ませるための企画なのかも…と思った。たぶん、この日はバイト君が一人でがんばっているとか(笑)。 2日目(1月4日)にしてやっと浅草寺にもお参りでき、目的であった「花やしき」(古い遊園地)に行けた。ところがここもまた混んでる…。参拝ついでに遊んでいこうというちびっ子連れがたくさん。といっても一番待っても日本最古ジェットコースターの30分待ちが最高。それさえ待てないうちはともかく(笑)、後どれくらいか人の数が見える程度の待ち時間だったので、Sは待つ練習もしながら結構いろいろと乗れた。 昼ご飯のために一度退園して、つくばエクスプレスの浅草駅そばの月島もんじゃまぐろ家浅草店に。ここはうまかった。今回の旅唯一のその土地の味。まあ浅草と月島じゃ、本当はちょっと違うけど(笑)。 もう一度、花やしきに行き、少し遊んでから帰った。 うちの場合、旅行するにしても、仕事の企画並みにものすごく下調べして、そこから取捨選択して、さらに変更パターンまで前もって考える。Sの大泣きとかパニックに対応できない場所や時間になると困るからなのだが、以前よりもSがいろいろなケースに強くなってきたのでずいぶんと出かけやすくなったように思う。 今回も夜ホテルで泣く…というトホホな感じはあったが(隣の音が聞こえ、あまり防音は優れていないので)、それ以外の場面では食事場所でも長居できたしなかなか良い一年のスタートだった。といいつつも、Sが1日に地元の神社でひいたみくじは凶。3日に浅草神社で引き直したみくじは小吉。常盤堂を代表する「雷おこし」です。【東京】常盤堂 上磯部おこし4種ミックス
2010/01/10
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実は初夢には続きがあった(笑)。一度夢を見て、一瞬目が覚めて、また寝たようだ。その後もう一度しっかり目覚めてすぐにメモをとったのだが、先に思いだして書いたメモはこちらの話だった。後から「そうだ、本当の初夢は卓球の話だ」と思い出して続けて2枚目のメモを書いたのだ。そして、「こっちが初夢でよかった」となぜか安心した。それではうなされていた方の初夢その2の話。 私は身に覚えがないほどの大ヤンキーになっていた。湘南爆走族か…っていうような白くて太い特効服。そしてどうもたくさんのヤンキーに追われているようだ。 街中は危険だということで、地下の温泉施設に入っていった。確かにここなら浴衣に着替えられるから目立たない。やたらとメモをとる。なにやら組織の秘密を書いていて、それで追われていたのか…と客観的に分析するもう一人の自分(笑)。 ところがいつのまにか「こどもができて親に報告する!」という喜びの場面にドラマは変わっていた。夢の中の私はどうやら独身のようで(笑)、親に報告に行くのに地上に出て大きな道路を横切ろうとしていた。 「こういう時、ドラマだと車に轢かれる」と思ったようで、「絶対に轢かれないぞ!」とギリギリ行けそうなタイミングでも我慢する。すると思わぬ方向からトラックが猛スピードで走ってきたりして「ほらな」と言っている(誰に?)。何度かそうしたことをくり返し、ついに「渡った~、さあどうだ」という所で目が覚めた。まとめ…メモをとらずに入浴していれば、富士山の絵が拝めただろうに…。鷹の刺繍も見覚えがない…。ひとまず、「よそでこどもができる→独身になる」とならないように気をつけます(笑)。東映 湘南爆走族 DVDコレクション VOL.1
2010/01/06
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経緯は不明だが、今年度から行っているM2中の校内卓球大会にダブルスで出場中の私がいた。 ペアはH中でもM2中でも一緒だった、HなY本主任だ。どうやって勝ち上がってきたのかはまったく思い出せないが、なんと決勝進出! 午後から外国人ペア(どこから参加?)との決勝戦が予定されていた。 が、なんと、練習中だったそのペアの一人がケガをした。「オー、ノー」と日本人がやる外国人のモノマネのように叫んでいたところに、たまたま通りがかった体育科のY和先生が呼び止められ、「カワリニデテクダサーイ」 「あ、そう、じゃあ出ようか」みたいにあっさり決まった。 「え、それ強すぎるよ~」と一応は言ってみたが、まあいいやということになる。そのタイミングで職員会議が終わったらしく、M2中職員たちがドヤドヤと出てきた。「えっ、Y和先生、大会にこれから出るの? 俺も出たい!」となぜか盛り上がり、みんなもやることに。が、参加人数が多いため、卓球大会ではなく急遽ソフトボール大会に変更となった(笑)。 それからなぜか中学野球部の練習のようにトスバッティングを並んで室内で始めたのだが、なぜか昔のH中の教え子のO塚君がいて、しかもトスバッティングが下手なので私がつきっきりで指導する羽目になり、自分の練習ができなかった。 そこから結構遠い外のグラウンドに移動することになり、各自移動し始めたのだがあいにく天気は雨模様になってきた。「これは完全に試合中に降るなあ…帰ろうかなあ」と一気に消極的になる私。そんな時にS中の講師飲み会の中心であるK崎先生がなぜか現れ(勤務校が違うのだが)「昼飯どうします? せっかくだから一杯飲みませんか?」と何人かに声をかけていたので、あっさりと「行く行く。飲もう!」と返事をするのであった。まとめ…富士山も鷹もなすびもなし。運動すべき時さえせずに、結局飲み会を優先するでしょう。ちなみに私は卓球がすこぶる苦手です(笑)Butterfly(バタフライ) 貼り上げ卓球ラケット(シェーク) ワカバ20
2010/01/06
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