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中学部の入学式は不安なスタートである。 慣れない服装ながらも、Sがネクタイを締めてブレザーを着ているうちに、学校ではなく家の玄関で写真撮影。 カメラ目線ながらおそろしく無愛想な写真の数々(笑)。 でも結果的にこの時とっておいて正解であった。 学校に着いた。式当日はいつものスクールバスに乗れずに私の車で一緒に行く。服装は慣れないネクタイ(一応春休みにつけておく練習はしたが)と制服というか標準服のブレザー(これは日常別に着てなくてもいいのだが)。そしてしなくてもいい第1ボタンを止めたがり(自閉症のSには全部開けるか全部閉めるかのどちらかしかない)首は苦しい。学校についた。教室がいつもと違う。何よりも先生がいつもと違う。親がしばらくつくのかと思ったが引き渡したらすぐ会場へとのこと。式が始まるまで、本当に息子が式に現れるか心配であった(笑)。 ちなみに仕事で養護学校中学部1年生の担任をした8年前、担当のI君は式中(呼名には参加できたが)に逃亡し、追って行った私とともに最後まで戻らなかった(興味ある方はブログの最初のころの日記をお探しください。 探しました。ここをクリック )…ということがあったので、息子についても同じような気がしていた。 やはり結構似ていた(笑)。呼名等が無事終わり、入学生徒の代表(高等部生徒)が壇上に上がる時、ステージ横の扉が開いた。 「あっ、開いた」と気が付くとともにSは座席からステージ横に猛ダッシュ! 追いかける担任の先生とともにステージ横に消えていった。 扉の向こうには緩やかなスロープがあり、Sはそこでゴロゴロするのが好きである。あいさつ中のステージに袖から現れてしまうことを心配したが、さすがに出てこず、そこでゴロゴロした後、しばらくするとほこりまみれになって(笑)出てきた。 まあ、一応最後までいられたとしたいところだが、式終了後の退場時に先生の目を盗んで体育館内を走り回る。役員決めが始まっていた高等部の保護者の前をドタドタ走り回って存在をアピールしていた。 その後も教室での待ち時間が長く(保護者は隣りの教室で保護者会)、下校のころには服装はすっかり乱れて、今どきの高校生風(笑)。シャツははみ出て、ズボンは下がり、ネクタイは緩み…そういうのが妙に似合うのは笑える。 で、一緒に下校するころには、Yシャツを引っ張り破ろうとする…。「あと少し、車まで頑張ります」と伝えるものの限界だったのか、第1ボタンを引きちぎった! その後、私に胸倉つかまれて脅されて(人目があるので声は小さく)、やっと我に返って仲良く下校した。駐車場で私服に着替えると超ご機嫌(笑)。食事に行ってもご機嫌であった。 ちなみにそれから1週間、朝は毎日不審な動きを見せていたが、2週目からやっとご機嫌に出かけるようになった。服装は白ポロシャツにブレザー。Yシャツとネクタイは行事の時にまた練習すればいいというので日ごろはしていないが、結構中学生らしくて、こちらがまだ慣れない。制服着て、親と手をつなぎたがるのもちょっとなあ…。 ちなみにその不審な動きの1週間、いやなくせに朝ネクタイを締めたがったり、暑いのにベストを着たがったり、初日と同じ服装をすることにこだわるのを言いくるめるのが大変であった…。 あまりいろいろと変わらないように前と同じグッズを…ということで、ブレザーだけど野球帽という謎のスタイルがすっかり定着してしまった(笑)。特別支援学校でときどき見かけるそのスタイル、「なぜ?」と思っていたけどその理由がよくわかった。そういえばたいてい自閉の子だったなあ。選手着用,ネイビー,激安,アウトレット,帽子,正規販売店,SALE,セール,newera,野球,松坂大輔,メジャーレッドソックス TCキャップ調節アジャスター付NewEra/ニューエラ/Cap A0167【N0001733】
2011/04/27
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すっかり書き忘れていたが、この日記は本来自閉症の啓発活動のはずだったので、うちの息子Sの小学部卒業式と中学部入学式のことを今さらながら(笑)記録&報告。 卒業式については、計画停電の影響で「急きょ、日付変更」というびっくりのできごとがあった。私の中の常識では、そういう学校行事の日程変更ってありえないのだが、時刻の変更ではなくて、前日に高等部の卒業式と一緒にして簡単な形で小中高一緒にやります…との電話連絡があった。 担任も覚悟して電話してきたらしく、恐る恐る私に伝えてきたのだが、今回は「ああ、そうですかわかりました」とは言えない事情があり、根掘り葉掘り経緯を聞くは、管理職に苦情をちゃんと伝えてほしいと気が付けば怒りの電話に…。 学校がちゃんとしているときはとても協力的な親なのだが(自分で言うのもなんだがw)、何かあるとモンスター化(バカ親化)し、学校事情を知っているだけに面倒な存在となるのである(笑)。 確かに東北が大変で、卒業式どこじゃない人たちがたくさんいることだってわかっている。だからって「たかが計画停電」のために、その日がどうなるかもわからない1週間前にあっさり日付を変えてしまい、親には口頭で連絡するだけ…みたいな態度が気に食わない。特に校長が変わって、前の人が良かった分、祖やつのせいに思えて(笑)、余計に腹が立つ。 計画停電が午前の予定の日で、生徒の交通の安全が保証できないということなのでわかる気もするが、その日の午後だってできるような気がするし…。(ちなみに3年前にわたしが行っていたH小学校は翌日にそういう対処をしたらしい) ちなみに高等部の生徒はひとりひとり壇上に上がってひとこと言うという予定通りの内容。もちろんこれはもともとの予定だし、これから社会に出る彼らの卒業式だから異存なし。小中学生はもともとは別の日の開催で、名前を呼ばれて返事をしてゆっくりと壇上に上がって証書をもらう練習をしていたのに、簡略化されて校長が座席で次々と渡すことになったらしい。 内容もさることながら、実は私、この卒業式に行くためにすべての授業変更をがんばって準備していたのだ。そして、一日前倒しになった卒業式の日は「M2中での第2回フォークコンサート(1年ぶり)」の発表の日だったのだ。これだって「私の出勤日に合わせて計画」してくれていたのだ。しかも中心になって歌うその先生は今年度で転勤が決まっていたので最後のチャンス。そういうこっちの都合(個人の勝手と言えばそうだが)などおかまいなしに結局卒業式はそのまま一日前倒しで実施された…。 そういう経緯があったせいか、式中、まったく感動なし。ビデオをとっていたが、息子がもらうシーンは後ろ向きだし、後列の立っている生徒であまり見えないし、あっという間だし、あ~あ~という感じだった。でもこういう場面で取り乱さずに参加できていることはSの成長として嬉しかった。 それを見届けて、途中退場。ふつう卒業式で途中退席の人っていないが…。走って駐車場に行き、車で45分、M2中に移動し、最後の授業(シンディ・シーハンのビデオを見せていた)に途中から参加し、解説&まとめをした。本来、「最後の授業なのにいなかった」というこちらの不手際を、「息子の卒業式なのに中座して授業に来た」という美談に押し上げることに成功(笑)したのは私の話術である。 本当はその授業のためではなく、次の時間に学年集会と銘打ちながらも実は教員の出し物というコンサートに参加したい(爆)から来たのであった。 卒業式の話に戻るが、怒りの一つは、そんなに時間に追われているのに校長の話が長かったこと。養護学校の生徒相手とは思えないような内容を延々と7分近く続けていた…。後日、副籍交流の小学校に行ってわかったことには、そういう関連学校に日付変更の連絡が行ってないらしく、先生たちの祝電は一日遅れで届いたのであった…。もちろん内容は誰にも伝わらず。 翌々日、副籍交流していた小学校(3年生まで支援学級に在籍)に行き、その学校の「なんちゃって卒業証書」(通し番号はないが紙はみんなと同じもの)をいただいた。妻が「自分の母校の卒業証書を息子にももらいたい」と言って転出時に市教委と約束したことを、校長が変わっても果たしてくれた。式には出られないので、午後、校長室でもらったが、こちらの方が少し感動的だった。 思ったより長くなったので、入学式のことは次の日記へ。フォークギター(FG1BK)バリュー・セット!教則DVD、チューナー、ストラップ等が付属
2011/04/27
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4月9日、私たちの結婚式の仲人をしてくれた方が亡くなった。私が教諭として新規採用された時(19年前)の校長である。 その年が校長としての1年目だったのだが、無口なようで面白く、頑固なようでなんだかんだ言っても色々と自由にやらせてくれて、今思えばかなりいい管理職だったと思う。 学校全体の会の飲み会だけでなく、少人数で飲み明かした時もあった。ある先輩の誕生日を祝う若者飲み会をやる時に「わらG、行け」とその先輩に指示されて、校長室に金の無心に行ったのだが(笑)、「ああ、俺は今日予定があるなあ~」と返答され、「お金ちょうだい」というニュアンスは伝わらず、「自分も参加するつもりでいた」というようなある意味飲み仲間になれた人だった。 まあ、今思えば、自分たちの飲み会のお金を校長にもらいに行こうと考える人(その先輩)も本当に言ってみる人(私)もすごいヤツだとは思うが…。 退職後まだ10年は経っていないからまだ60代だった。 直接奥様から電話を受けたので、逆に根掘り葉掘りは聞けなくて、何ガンかわからないが、風邪だと思って病院に行って、ガンが骨まで転移しているといわれて約2週間の闘病で亡くなったとのことだ。 盆と暮れの贈り物だけはしていたが、お礼の電話をいただくたびに「遊びに来てください」と言われ、ずっと行かなきゃと思いながらも、行きそびれた18年間…。同じ都道府県西部ながら南北に離れているため、車で片道2時間かかる遠い場所。電車だとどうやって行けるのかわからないくらいややこしい位置で、車でしか行けなくて、でもあの人と会うのに飲めないんじゃなんだし…と先延ばしになっていた。 Sが生まれてからはなおさら足が遠のく。以前、仲人のお願いに上がった時に自宅にお邪魔した時、家に高そうな置きものがいっぱいあったのを記憶していたからSを入れるのはちょっと…とためらった。 家族は無理でもせめて、「二人で飲みたいなあ」と思い、そのうちどこかにお誘いするか…それなら同期の同じく仲人をしてもらった先生(例のおやじバンドのコンテストでグランプリを取った男)に久しぶりに連絡取ろうかな…と少し思っていたのが去年。 それだけに、後悔や申し訳なさが大きかった。 お通夜の日は、夕方までそっち方面の学校で勤務。なので車で1時間くらいで行けるので参加。 お葬式の日はその曜日の学校が臨時時間割で、講師の授業がたまたまなし。 本当は映画でも見に行こうかと思っていたのだが、「行けるのなら行くべきだ、ずっと非礼をしていた分…」と思い、また行った。 この時期の教諭はやはり学校抜けづらく(またはあまり連絡が回らなかったかも)自分の元勤務校の先生とは誰も会わなかったが、前日も会った「教師のにおいがする人(刑事のにおいにも似ているが・笑)」に声をかけると、校長先生になる前の教頭時代の学校で、新規採用以来、世話になった…という同じような立場の人だった。こちらは今も教諭だが、なんと葬儀場に近い学校に勤務しているらしい。 葬儀の途中で遠くの誰かの携帯から地震警報がピコーンピコーンと鳴った。 会場も結構揺れた。 私の座った端っこの席のそばには、椅子が山のように積んであり、思わず手で押さえたが、激しかったら危険だった。今度からは席に座るの一つでも「もし地震があったら…」って考えるようかもなと揺れながら思った。 その後も葬儀は淡々と進む。普通だったらものすごく悲しいはずが、一瞬にして日常を奪われた今回の津波被害の方たちを思うと、1週間以上、死を迎えるまでの時間を家族と会話しながら過ごせたなんて、校長先生は「幸せな最期だなあ」と思った。 ただ惜しむらく、早すぎた…。 ちなみに私は80歳までは生きるつもりで人生設計しているのですが…。東京テレビ系【カンブリア宮殿】で放送され一躍超人気銘柄へと成長した長野の銘酒。味わいはクリアーな酸味と甘さのバランスがよく大変レベルの高いお酒です。御湖鶴 純米吟醸 Girasoie 1800ml地元ファンの間で話題騒然!!
2011/04/13
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4月から図書館が開館したのでやっと落ち着いて新学期準備の資料作りなどできている。 自分のパソコンが持ち込めるコーナーにいるのだが、そのそばにインターネットのできる貸出しパソコンのコーナーがある。 日ごろは、二人以上で来た小学生がうるさくしてしまって職員に注意されるくらいしか事は起こらないのだが、この2日間で「図書館の方もかなり大変だなあ…」と思うことがあった。 昨日。すごい勢いで、階段を上ってくる音がすると、大きなお兄さんがカウンターにのっしのっしと近づいてきた。「インターネットを使いたいのですが。会員証は忘れました。番号は知ってます。」 うーん、たぶんだけど、ただのあわてている人というより、アスペ系のお兄さん…と背中に感じて、パソコン仕事をしながら話を聞いていた。 司書?のお姉さん「会員証がなくても番号を書いていただければ使えます」 お兄さん「番号は自分で知っています。」 お姉さん「ここに書いてください。」 お兄さん「番号は自分で機械に入れます。」 お姉さん「はい、でもその前にこちらにご記入をお願いします」 お兄さん「うるせえんだよ! この野郎!」 はるかかなたまで聞こえるような大声が響き渡った。やばい空気。 しばらく沈黙の後 お姉さん「じゃあ、こちらに番号を書いてください。」(抑えたトーンで) お兄さん「はい。番号を書きます」 急に素直になっていました…。 思わずほっとしてニヤニヤ笑ってしまった。司書さん? 彼に慣れてるみたいでした。プロだね~って思う反面、これは初めての人はやられたら怖いよなあ。 そして本日。 おじさん(といいつつも60~70代かな)、がお兄さん司書?に絡みながら階段を上がってきた。文句言いながらインターネットの手続きをしてパソコンに座る。 何やら画面に打ち込んで、「ほら、前回、私のやり方が悪いって言ったが、そうじゃなくて、やっぱりつなげないように制限しているんだろう。」 おじさん「やっぱり国の情報隠しだ。」 全然会話の意味が見えないので、しばらく手を止めて、聞き耳を立てて(と言っても大声だから普通に聞こえる)いると、どうやら「福島第一原発の3号機にプルトニウムの燃料があること」とかを調べようとして、あるホームページに行こうとすると入れない…ということらしい。 で、その説明をおじさんがお兄さんにするのだが、私も雑誌で読んだり、インターネットで調べたとおりのお話…ほかの国が手を引いたプルサーマル発電…そのMOX燃料が入っている…だから一番厄介な放射性物質プルトニウムが発生している…国内にほかにも何か所かそれを使っている発電所がある…「そうそうおじさんその通り」なんだけど、なぜそれをお兄さんに文句言う(笑)…。 名前は言わないが中部大学の教授の書いたものにみんなが意見交換をしているページに行きたいのに…と。 で、会話からそのうち「前日もお兄さん二人と館長に絡んだ」ということがわかり、その時に「自宅にパソコンがある人は入れるけど、図書館からは入れない」 「アクセス制限」 そのあたりのキーワードだけが独り歩きをして、「政府がアクセス制限」しているとおじさんは思い、それに従って情報隠しをした(と誤解されている)館長を責めているのだ。 途中で私も気が付いたが、図書館がアクセス制限しているのは、MOX燃料の情報だからではなくて、「個人のブログ」や「掲示板」に対してなのだと思う。「個人のページには不確かな情報が書いてある場合もあるから、公共の図書館では個人のページに行けないようにアクセス制限しています」…なんて説明するもんだから「不確かな情報」の意味を取り違えて、おじさんの勘違いは、より深みへ…。 私も思わず説明したくなったけど、おじさんに優しく語って納得させる自信なし。 お兄さん「ログインした時にサーバーの方が会員でない方からこの投稿アクセスを受け付けない」とか言っているうちに「日本語で説明しろ!」と怒鳴るし、こうなってくると心配よりも、もうおもしろくなってきた。 交代したお兄さん(前日にうその説明をしたとして指名され呼び出された)が、アクセス制限のない図書館カウンターの中の画面で「制限されるものとされないものを見比べて説明します」と提案。 少し遠くに行ったのでやり取りがあまり聞こえなくなったが、そのうち突然、「あっ、そういう意味か」とおじさんの声。 腑に落ちたようで声がやさしくなるおじさん。 あ~解決した~これでこちらも安心して仕事できる。 でもその後も、「なぜ勘違いしたか」の意味の説明や「MOX燃料の歴史」などの話がえんえんと続き、周りの人も、ましてやつかまったお兄さんには安らぎの時間は訪れないのであった。 2件とも冷静に対応して解決した図書館で働く人たち、すごい! 蛇足ながら、中部大学武田教授のブログはここ http://takedanet.com/ いろいろな立場の情報を見て、どれが本当か自分の頭で考える…生徒にはそういつも言ってたけど今回ばかりはどのあたりが適正なのかよくわからなくなってきたなあ。
2011/04/06
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